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2012 年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール卒業論文 峠の釜めしが継続して売れる理由
A0942359 三浦周平 1月15 日
2 はじめに
去年ひょんな思い付きで碓氷峠のめがね橋をはじめとする、信越本線廃線跡に行った。
特に目的があったわけではないが、めがね橋を見る、碓氷峠の旧国道を運転してみたいと いう動機で当然峠の釜めしも食した。その後旧信越本線や峠の釜めしについて調べてみた。
峠の釜めしの作られる話、知名度が全国区になるまでの話は分かるもののその後もヒット を継続している理由について述べられているものは何一つなかった。そこで今回卒業論文 という機会を用いて、峠の釜めしが存続できている理由について調べてみようと思った。
3 目次
基本データ編
・駅弁業界の現状(4P)
・駅弁の価格が他に比べて高額
・全国各地の駅弁大会に対する各社の戦略
・峠の釜めしとは(5P)
・おぎのやとは
・信越本線と横川駅
・普通弁当と特殊弁当(6P)
仮説検証編
峠の釜めしが存続している理由
・仮説①:何らかの理由で旅に出られなく、疑似旅行の産物としての消費(9P) A-1旅行に出られない事実があるのか
A-2旅行に行けない層は旅行に行きたい願望を持っているのか(10P) A-3旅行の目的でグルメはどれぐらいの位置を占めているのか(11P)
・仮説②:軽井沢のリピーターが多く、そのリピーターがリピート購入している(12P) B-1リピーターの存在
B-2リピーターの志向 B-3導かれる結論(13P)
・仮説③:峠の釜めしそのものが旅の目的になった 結論(14P)
問題点(15P) おわりに
4 基本データ編
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駅弁の現状
駅弁とは正式には「日本鉄道構内営業中央会」に所属している会員が、JR駅構内で販 売するものを指す。会員企業の販売する弁当には駅弁マークが付与され、「JR時刻表」の 欄外に紹介されるなどの特徴がある。そのため、私鉄で販売している弁当には「駅弁マー クが存在しない」。
1974年に頃がピークとされ、400社以上の業者、1700億円以上の売り上げを誇っていた。
近年では年10社のペースで撤退しており2012年7月1日現在では約120社となっている。
存続している業者の多くはホテル、給食事業など、多角経営によって駅弁事業を続けてい る。駅構内にはキオスク等で販売される「低価格の弁当」、その他エキナカビジネスの発展 により多くの競合商品が現れ、駅弁の未来は明るくはない。
駅弁の明るい側面としては、全国各地で行われる駅弁大会は高い人気を誇っていること がある。例えば京王百貨店で開催される「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」は2010年 には売上が7億円に達し、現在も売上が増加基調にある。ただし、各百貨店に支払う営業 料が売り上げの 20%以上であること、輸送、人件費などもあり英弁事業者にとってはあま り良い収益とはなっていないのが実情である。ただ、駅弁の中には販売の主軸を駅ではな くこれらイベントに移している業者もおり、「いかめし」を販売する北海道阿部商店などが それにあたる。(売り上げの80%がこれらのイベントで売り上げる分である)
駅弁の価格が他の弁当に比べ高額
駅弁 の平均単価 は 1000 円前 後となって おり、 価 格競争におい ては他の 競合商品
(ex:NEWDAYSの250円サンドイッチなど)に対して競争力を持たない。これは駅弁特有 事情による材料費、生産量、容器の費用などが原因となっている。
駅弁は冷めた状態で、揺れる列車内で食べることを想定している。そのため冷めた状態 で食しても十分な風味がでるようにコメなどの素材は高品質なものが選ばれる。また、弁 当を傾けてもご飯とおかずがまざらないように一品ずつ、別の容器に納められ、全ての人 の手で手詰めされる。この結果材料費、容器の費用が増大する。
駅弁は限られたエリアの駅での販売となるため、地方の駅では1日50食も売れないこと もある。また先の「日本鉄道構内営業中央会」が定めた規則により、常温での消費期限が 冬季で8時間、夏場で4時間と定められ、その期限に売れなかったものは全て廃棄処分と なる。この条件下では、大量消費を前提とした大量生産によるコスト削減が不可能になる。
その他の費用としてJR各社に支払う構内営業料がコストとして存在しており、全てを計 算すると駅弁の原価率は他の競合商品に比べると高いと推測される。
全国各地における駅弁大会に対する各社の戦略
駅弁大会における駅弁の販売形態には実演販売(調理を実演)と輸送販売(弁当を売る だけ)の二種類が存在する。どちらの形態を採るかは各社で一貫している。
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峠の釜めしとは…
形態:特殊弁当(容器は益子焼)
価格:1000円(H24年10月1日までは900円)
販路:鉄道駅(横川、軽井沢、清里など)ドライブイン(SA など)、長野新幹線(委託販 売)、全国各地の百貨店での駅弁大会(全て輸送販売)
生産方式:セントラルキッチン(2工場、最大52000個/日)
消費期限:調製後4時間程度 その他:宮内庁御用達
荻野屋(現おぎのや)が昭和38年に発売した釜飯駅弁で、駅弁の人気ランキングで上位 に位置するなど全国的な知名度がある。旧信越本線時代で年間 110 万個の売り上げを誇り 2000年には一日1万 3000 個の販売実績がある。旧信越本線横川駅では列車に機関車の連 結、解放のために通常よりも停車時間が長く、その時間を利用して峠の釜めしを購入する 人が多かった。具材は山菜中心で益子焼の容器に入れられ、あたたかい状態で販売される。
販売開始時は横川駅のみでの販売であったが現在では軽井沢駅や上越新道横川サービスエ リアなど他の地域でも販売している。
他の駅弁が参加している百貨店主催の駅弁大会も常連として出店しており、2013年1月 の予定では50店舗以上へ供給している。ここでは供給量の問題なのか11時販売開始13時 に販売終了という販売形態を採っている。セントラルキッチン方式、在庫を抱えないこと から生産コスト、保管コストなどの各種コストは他の駅弁に比べて低い可能性がある。
おぎのやとは…
明治18 年信越本線横川駅にて創業した駅弁当屋。昭和38年に販売開始した「峠の釜め し」を販売。駅構内のみならず国道沿いにドライブインの設置、高速道路SAなどに店舗 が進出している。その成果なのかは不明だが列車旅客輸送量の減少、信越本線横川~軽井 沢間(碓氷峠)が廃止となったのちも廃業することなく存続している。峠の釜めし以外の 駅弁も販売しているが峠の釜めしほど定着する商品はない。
信越本線と横川駅
長野新幹線が開通する前まで軽井沢へのアクセスは信越本線が担っていた。横川~軽井 沢間には通常の列車では登りきることができない急こう配区間である碓氷峠が存在する。
その区間を走行するには特殊な装備、改造を施した車両が必要であり、碓氷峠を通過する 全ての列車が横川駅にてその車両の連結、解放を行っていた。その連結作業の時間を利用 して販売されたのが「峠の釜めし」である。
1997年の長野新幹線開業後、横川~軽井沢間は廃止となったため現在は高崎から延びる 信越本線の終着駅となっている。廃線跡に存在する煉瓦アーチ橋(通称めがね橋)と変電
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所の建物が重要文化財に指定され、今後世界遺産登録を目指すなど観光価値が高まりつつ ある。なお、廃線後も横川駅での販売は継続して行われている。
普通弁当と特殊弁当
駅弁には普通弁当と特殊弁当の二種類が存在する。定義は人によって分かれるものの、
およそ普通弁当とはごはんと数種のおかずを入れたいわゆる幕の内弁当、特殊弁当は主に その土地ごとの食材を全面に押し出した名物弁当のことを指す。人気のある駅弁はほとん どが特殊弁当であり、森駅のたこめしなどがこれに該当し、「峠の釜めし」ももちろんこれ に該当する。
8 仮説検証編
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峠の釜めしが存続している理由
通説では、文芸春秋の記事やフジテレビがおぎのやの女将をモチーフにしたテレビドラ マを放映したことをきっかけに全国区の知名度を獲得して、売上を伸ばしているというも のがある。駅弁が淘汰されていく時代の中で、継続的に知名度と売り上げを確保している 中でこの説明だけでは説明不足である。(実際に販売停止となった有名駅弁が存在する)本 章では、知名度がアップした以降も販売が継続できている理由について論じていく。
前提条件:軽井沢には旅行目的でいくこととする。
仮説①:何らかの理由で旅に出られなく、疑似旅行の産物としての消費 主な顧客層:百貨店、スーパーマーケットユーザー(30以上の層)
駅弁祭りが行われる会場に趣く層が、旅に行くことができない代わりに百貨店の駅弁を消 費するというものである。
A-1,旅行に出られない事実があるのか
主婦層に旅に出たくとも出られないという意識や事実があるのかを調査した。
まず、層に関係なく日本全体で旅行へでかける層は減っており、主婦層ももちろん減少し ている。(図1、表1参照)
【図1、過去10年間の宿泊観光旅行参加率・平均参加回数】
観光の実態と志向H22年度版(第29回)
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【表1、性別・年齢別宿泊観光旅行参加率】
観光の実態と調査H22年度版(第29回)
上記の資料では示されていないが、この調査では旅行に行けない要因には「貯蓄」「子供の 養育費や教育費を優先」が経済的な要因が5割を占めているとしている。
A-2 旅行に行けない層は旅行に行きたい願望を持っているのか
年代別の宿泊観光旅行に対する価値観を調べると30~50の年齢層で「高い潜在的な旅行願 望」を示している。(表2参照)
【表2、年代別の宿泊観光旅行に対する価値観】
観光の実態と調査H22年度版(第29回)
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結果20代で若干の落ち込みがみられるものの30~50代では旅行に対する意欲があると見 ることができる。
A-3 旅行の目的でグルメはどれぐらいの位置を占めているのか
旅行の目的でグルメが求められているのかを調べると、おおむね20~30%の層で「グル メをたのしむ」が希望する観光目的として浮上した。(図2)
【図2、過去5年間に宿泊観光旅行を行っていない層の今後希望する旅行の目的】
観光の実態と調査H22年度版(第29回)
また、観光の回数を重ねている層ほど「グルメをたのしむ」を求める人が増え、特に女 性でその傾向が存在している。他にも過去5年間に宿泊旅行を行っている層とそうでない 層を対比して調査すると、後者で「グルメを楽しむ」願望が強くでた。(表3)表は存在し ないが、「グルメを楽しむ」層で多いのは女性50代、女性主婦という結果も存在する。
【表3、過去5年間に一度でも宿泊観光旅行を行った層の旅行目的】
観光の実態と調査H22年度版(第29回)
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これらのことから女性、特に「旅行経験回数が多いもの」または「過去5年間に宿泊旅行 を行っていない」という層に「グルメを楽しむ」需要があると言うことができる。
これらの層に疑似旅行とは言わないまでも、「旅行に行けない代替え消費として、デパー トの駅弁が消費されている」ということができるだろう。駅弁大会で上位に来る「いかめ し」は500円をはじめとする人気の駅弁達は1000円を下回るものもあり、経済性を理由に 旅にはいけないが、その代替えとして消費している可能性は存在すると考える。
あるいは代替え消費がなくとも軽井沢へ旅行に行ったときに峠の釜めしを購入する可能 性があるということを示している。
仮説②:軽井沢のリピーターが多く、そのリピーターがリピート購入している B-1,リピーターの存在
まず、旅行のリピーターには「世帯年収が高い」「主婦の参加率が高い」「関東在住の人 が多い」という要素を持った人に多いことが分かった。次に関東のリピーターが目的地に 選ぶ場所を調査した。(表4参照)
【表4、5回以上リピートしている観光地への主な目的上位10位 お呼び関東圏在住者のリピートする観光地上位10位】
観光の実態と調査H21年度版(第28回)
この結果から、数は多くないものの、軽井沢を選ぶ層が確実にいることは分かった。
13 B-2,リピーターの志向
リピーターが何を求めているのかを見てみる。
(図2参照)
【図2、着地での行動(リピート回数別】
観光の実態と調査H21年度版(第28回)
ここからリピーターはレジャー・スポーツの割合が高いものの何かひとつの目的を求めて いるというよりかは複合的に様々な要素を旅に求めていると考えることができる。
B-3,ここから導かれる結論
軽井沢にはリピーターが存在し、その頻度もかなりのものである。
「峠の釜めし」はその旅の目的にはなり得ないが、軽井沢に求める要素のひとつとして消 費されていると考えることができる。
また、これは軽井沢に限った話ではなく、関東から上信越自動車を使って旅をした帰りに SAで峠の釜めしを購入するというスタイルが存在することへの根拠ともなり得る。
仮説③:峠の釜めしそのものが旅行の目的になった
仮説②で、グルメそのものを目的とする層は少ないことが判明している。
ある程度の層が存在する可能性はあるが、これが峠の釜めしが存続できる理由とはならな いだろう
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結論
3つの仮説の検証より、峠の釜めしを消費されるパターンには2種類が存在し、これら は販売チャネルで区別される。
パターン①
旅行の願望があるものの、なんらかの事情により旅行ができない人が消費する 販売チャネル:全国各地の駅弁祭り
パターン②
軽井沢に来るリピーターが、軽井沢に求める定番要素のひとつとして消費する 販売チャネル:鉄道における販売、自動車のドライブインなど
軽井沢=峠の釜めしとなったことについて検証が存在しないが、これは単純に軽井沢の 玄関口に販路を設けていたことが作用しているものと考える。現在では軽井沢へ至る自動 車、鉄道全てのモードのルート上全てに販売店が存在しているが、これらは全てそれぞれ のモードの交通量が増えだしたころに設置されている。(図3参照)
図3:運輸省「運輸経済統計要覧」一部抜粋 単位は100万人キロ
横川本店→信越本線開業時
横川ドライブイン(軽井沢へ至る国道沿い)→1962年
横川サービスエリア→1993年(上信越自動車道開通1992年)
軽井沢駅、長野新幹線での販売→長野新幹線開業時
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このように軽井沢へ至る玄関口で常に販売を行っていることが、ブランド知名度の維持を 可能にした。軽井沢へ赴いたことのない者に対しては百貨店の駅弁がブランド認知の役割 を果たしていると考える。
「軽井沢=峠の釜めし」のブランドイメージと需要を創造した後には、旅行ができる者、
旅行ができない者に対して適切は販売チャネルを提供する。これが現在まで峠の釜めしが 存続するひとつの側面であると結論づける。
問題点
上記の結論の問題点は、いくつか存在する
仮説検証に用いたデータが平成12年度以降のものであり、昭和~平成初期を網羅して いるわけではないということ。そのため今回導かれた結論はあくまで2000年以降の話限定 ということになる。宿泊旅行のサンプルのみで日帰り旅行などは考慮していない。軽井沢 は関東からの日帰り圏内に存在しており、日帰り旅行者のことも考慮にいれるべきである。
使用したデータが旅行者一般のものであり、軽井沢に来る人のみのサンプルが使われて いないこと。このことにより他の観光地を含めた一般リピーターは食を数ある一要素程度 に捉えているものの、軽井沢はそうではないという可能性を残す。
仮説検証とはいうものの調べ学習の域を脱することができておらず、何かの法則を明ら かにしたわけではないということ。本論文作成にあたって、日本人の食生活の変化や旅行 事情となにかリンクしていることがないかを考えた。しかし検証を進める中で、疑似相関 の疑いがあり今回はその一切を記述することをためらった。
おわりに
今回の卒論のテーマを終えてみると導きだした結論は極めて限定的な状況かつ普通の結 果に終わり特に面白いことはないと思う。それゆえに、アプローチ次第では面白い答えが 出てきたのではないかなという悔いが残る。今回卒論作成を通して実感したのが、仮説を 立てられるほど知識も技術(統計を使いこなすなど)も足りないということであった。知 識や技術ありきではないと思うが、足りないことが明白である以上今後の課題となる。
出来はよろしくありませんが私の卒論はここで終了です。卒論作成に協力してくれた 方々に感謝を示して終わりにします。
16 参考文献
江澤隆志 「徹底解析!!最新鉄道ビジネス新幹線・特急列車の経済学」洋泉社、2012年 神埼宣武 「食の文化フォーラム20 旅と食」ドメス出版、2002年
小林しのぶ「ニッポン駅弁大全」文藝春秋、2005年 日本観光協会「観光の実態と志向(第29回)」2012年 日本観光協会「観光の実態と志向(第28回)」2011年 林順信、小林しのぶ「駅弁学講座」集英社、2000年
おぎのやHP< http://www.oginoya.co.jp/index.html>
軽井沢観光協会HP< http://karuizawa-kankokyokai.jp/>
日本レストランエンタプライズHP< http://www.nre.co.jp/>