序
1997年に発生したアジア通貨危機を契機に、東アジア諸国の通貨当局は金融・通貨面に
おいて地域協力を進めている。その地域金融・通貨協力は、東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)諸国(1)の財務省を中心としたチェンマイ・イニシアティブ(CMI: Chiang
Mai Initiative)
とアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI: Asian Bond Markets Initiative)およ び東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(2)(EMEAP: Executives’ Meeting of East-Asia and PacificCentral Banks)
を中心としたアジア債券ファンド・イニシアティブ(ABF: Asian Bond FundInitiative)
である。本稿では、これらの東アジアにおける地域金融・通貨協力の最新の動きを概観しながら、
その特徴と問題点を抽出する。その際に、現在、さまざまな局面で取り上げられている共 通通貨バスケットによって構成される地域通貨単位に焦点が当てられる。
1
通貨危機管理から通貨危機防止へ(1) チェンマイ・イニシアティブのこれまでの展開(3)
チェンマイ・イニシアティブ(CMI)は、2000年
5
月にタイのチェンマイで開催されたASEAN
プラス3
財務大臣会議で合意されたASEAN
プラス3
諸国の間の地域金融・通貨協力 である。CMIでは、通貨危機に直面した国に対して当該国通貨と交換に、外貨準備を金融支 援するという通貨スワップ取極を中心に据えて、2国間通貨スワップ取極がネットワーク化 されて、構築されている(第1図を参照)。ただし、ASEANについては、多国間通貨スワッ プ取極となっている。また、2005年5月
4日にトルコのイスタンブールで開催された ASEAN
プラス3財務大臣会 議において合意された通貨スワップ取極の強化策に従って、通貨スワップ取極額が増額され た。2006年2
月時点で、CMIに基づく通貨スワップ取極の総額は715
億ドルに達している(4)。 その金額は、通貨スワップ取極の強化策が決まったこの会議直前の2005年 4
月末の395
億ド ルを大きく上回り、1.8倍に増大した。CMIは、ASEAN
プラス3諸国の枠組みを通じて、アジアにおける自助・支援メカニズムを強化するために、国際通貨基金(IMF: International Monetary Fund)などの既存の国際的な制 度を補完する地域金融・通貨協力の取極を確立することが目的となっている。そのため、
CMI
では、ASEANプラス3
の通貨当局間の既存の協力の枠組みを強化することとなった。一方、通貨スワップ取極は、通貨危機に陥った国に対して通貨スワップ取極の相手国がそ の取極に従って、外貨準備を融通するという金融協力であるため、通貨危機が発生した後 に金融支援が行なわれることになる。その意味で、CMIに基づく通貨スワップ取極は通貨危 機管理としての機能を有するものである。したがって、この通貨スワップ取極は、通貨危 機管理を目的としたものであって、通貨危機防止を目的としてはいない。また、通貨スワ ップ取極それ自体、通貨危機を防止する機能をもつものではない。
イスタンブール
ASEAN
プラス3財務大臣会議において、CMI
の第2
段階に入るべく、以 下に説明する強化策がとられることが合意された。そして、2006年5月4日にインドのハイ
デラバードで開催された同会議において、その強化策が実現されつつあることが確認され た。第1に、ASEANプラス
3財務大臣代理会議において行なわれている「ASEAN
プラス3経
済レビューと政策対話」(ERPD: Economic Review and Policy Dialogue)と呼ばれる域内経済サー ベイランスをCMI
の枠組みに統合し、強化することとなった。特に、効果的な域内サーベ中国
第1図 チェンマイ・イニシアティブに基づく通貨スワップ取極の現状
フィリピン マレーシア
インドネシア ミャンマー
ベトナム カンボジア ブルネイ 総計715億ドル 2005年4月末時点総計395億ドル
ラオス
韓国
日本 タイ
シンガポール
総額20億ドル 韓国→→インドネシア10億ドル インドネシア→→韓国10億ドル
総額30億ドル 韓国→→フィリピン15億ドル フィリピン→→韓国15億ドル
総額40億ドル 日本→→シンガポール30億ドル シンガポール→→日本10億ドル 総額30億ドル
韓国→→マレーシア15億ドル マレーシア→→韓国15億ドル
〔中国→→インドネシア20億ドル〕
総額10億ドル相当
〔中国→→フィリピン10億ドル相当〕
総額20億ドル 韓国→→タイ10億ドル タイ→→韓国15億ドル 総額60億ドル相当
日本→→中国30億ドル相当 中国→→日本30億ドル相当
総額80億ドル相当 中国→→韓国40億ドル相当 韓国→→中国40億ドル相当
総額210億ドル相当
①日本→→韓国100億ドル 韓国→→日本50億ドル
②日本→→韓国30億ドル相当 韓国→→日本30億ドル相当
総額20億ドル
〔中国→→タイ20億ドル〕
総額20億ドル
〔日本→→マレーシア10億ドル〕
総額10億ドル
〔日本→→フィリピン30億ドル〕
総額30億ドル
〔日本→→インドネシア60億ドル〕
総額60億ドル
〔中国→→マレーシア15億ドル〕
総額15億ドル
総額60億ドル 日本→→タイ30億ドル タイ→→日本30億ドル
ASEANスワップ協定 20億ドル 2006年2月24日現在
は双方向のスワップ取極、 は一方向のスワップ取極を示す。
上記総額(715億ドル)は、CMIの枠組みにおける2国間通貨スワップ取極の総計であり、新宮澤構想に基づくスワップ取極 額(別途、日・マレーシアで25億ドルを締結)およびASEANスワップ協定の取極額(注5参照)は含まない。
日・中は円・元間、日・韓②は円・ウォン間、中・韓は元・ウォン間、中・フィリピンは元・ペソ間のスワップ取極。その 他は、米ドル・相手国通貨間のスワップ取極。
中・タイのスワップ取極は2004年12月、中・マレーシアのスワップ取極は2005年10月に、それぞれ期限が到来、現在更新 に向け交渉中。上記総計(712億ドル)には、期限が到来し、現在更新に向け交渉中のスワップ取極額も含む。
ASEANスワップ協定は、2005年4月のASEAN外務大臣会議での合意に基づき、2005年11月に総額を拡大(10→20億ドル)。
注1 注2 注3 注4 注5
(出所) 財務省ホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/frame.html)。
イランス能力を強化するための方策を検討するために、「専門家グループ(GOE: Group of
Experts)
」や「経済・金融の監視に関するテクニカル・ワーキング・グループ(ETWG:Working Group on Economic and Financial Monitoring)
」を設置する。前者の「専門家グループ」は、域内の経済・市場専門家から構成され、域内サーベイランスを行なうための独立した経済 評価の組織体として機能する。一方、後者の「ワーキング・グループ」は、域内各国経済 の異変を早期に発見するために早期警戒システムの開発と普及を行なう。
第2に、現行の
2国間通貨スワップ取極のネットワーク全体を多国間通貨スワップ取極と
するマルチ化をめざして、その第一歩として集団的意思決定手続きが採用されることとな った。これまでは、通貨スワップ取極の発動は2国間取極の下で個別の要請と個別の意思決 定によって行なわれることとなっていた。しかし、今後は、事前に調整国を決めておいて、ひとつの要請を契機とし、集団的意思決定メカニズムによって通貨スワップ取極が発動さ れることになる。集団的意思決定メカニズムの導入はマルチ化への進展のプロセスとして 重要な第一ステップではあるが、時として集団的意思決定メカニズムは個別の意思決定よ りも機動性で劣り、合意に時間がかかることがある。そのような問題を回避するために、
多数決原理を導入することや、期限までに意思決定がなされなかった場合に従来の2国間ス ワップの個別の意思決定が採用されることなどが検討されている。
第3に、通貨スワップ取極の規模が拡大された。既存のそれぞれの取極を倍増するととも に、新規取極の締結や片務的取極を双務化することとなった。同時に、ASEAN諸国による 多国間取極である
ASEANスワップ協定が 10億ドルから 20億ドルに拡大した。日本との 2国
間通貨スワップ取極においては、対韓国について、2006年2
月24
日に既存の取極に替え、双方向の通貨スワップ取極(日本←→韓国)を締結した(発動上限額は、日本からが
100
億ドル〔ドル・韓国ウォン間〕、韓国からが50億ドル〔ドル・円間〕)。また、対インドネシアについて、
2005年 8
月31日に既存の取極に替えて上限60億ドルのドル・ルピア間の一方向の通貨スワ ップ取極(日本→インドネシア)を締結した。対シンガポールについて、2005年11
月8
日に 既存の取極に替えて双方向の通貨スワップ取極(日本←→シンガポール)を締結した(発動上 限額は、日本からが30億ドル〔ドル・シンガポールドル間〕、シンガポールからが10
億ドル〔ド ル・円間〕)。さらに、第4に、突然の市場の混乱に機動的に対処することができるように、IMFプログ ラムに連動させることなく発動することができる通貨スワップ額の上限を、現在の10%か ら20%に引き上げた。
(2) チェンマイ・イニシアティブのいっそうの充実
チェンマイ・イニシアティブ(CMI)に基づく通貨スワップ取極は、すでに述べたように、
ASEANの多国間通貨スワップ取極
(ASEANスワップ協定)を除くと、2国間通貨スワップ取 極のネットワークとして構築されている。これらの2国間通貨スワップ取極のネットワーク が通貨危機管理のために迅速に、効率的に機能するためには、ネットワークを構成する2国
間通貨スワップ取極間における適用条件などの共通化・ハーモナイゼーションが必要とな る。イスタンブールASEANプラス 3
財務大臣会議では、通貨スワップ取極のマルチ化をめざすことが明らかにされ、各取極の共通化・ハーモナイゼーションに向けて動き始めた。
しかし、マルチ化の途中段階である集団的意思決定メカニズムにおいては、むしろ機動性 が阻害される可能性もあるので、さらに進んで多国間通貨スワップ取極を実現する必要が ある。
また、域内経済サーベイランスを
CMI
の枠組みに統合して強化することになったが、そ れは今後、通貨危機管理だけではなく、通貨危機防止のためにCMIに基づく通貨スワップ 取極を機能させるうえで、サーベイランスが必要だからである。迅速な通貨危機管理を可 能とするだけでなく、通貨危機を防止することにも寄与するサーベイランスの充実を図る べきである。サーベイランスには、経済パフォーマンスを悪化させまいとするインセンテ ィブを各国政府に与える効果もある。IMF
が1999
年に、流動性不足に起因する通貨危機を防止するために緊急融資枠(CCL:Contingent Credit Line)
を創設した。経済ファンダメンタルズは悪化していないが、一時的に流動性不足による外貨準備不足に陥った場合に、事前の審査によって経済パフォーマンス が良好であると判断される国に限定して、緊急融資枠を設けるというものである。緊急融 資枠が設定された国が万が一、通貨危機に直面したときに、即座に緊急融資を受けられる ことから迅速な金融支援が可能となる。また、緊急融資枠を設定されるように経済ファン ダメンタルズを良好に維持しようというインセンティブが働くことになる。
ただし、IMFにおいては、緊急融資枠の利用国がなかったことから、2003年に緊急融資枠 が廃止された。緊急融資枠が利用されなかった理由として、コミットメント料が高すぎた こと、事前審査で経済パフォーマンスが良くないと判定されたり、その後経済パフォーマ ンスが悪化して緊急融資枠の適用外になったりすると、国内経済に対する信認が低下する というシグナリング効果が懸念されたことが挙げられている。IMFの緊急融資枠は危機管理 に不可欠であり、復活させるために廃止の原因を克服する必要がある。その克服のために は、各国政府にモラルハザードを引き起こさせない程度にコミットメント料を低下させる 必要がある。そして、ASEANプラス
3諸国のすべての国を緊急融資枠の審査対象とすると
同時に、審査結果、すなわち適用・適用外は公表としないことによって、情報を公開する ことで起こりうる無用な経済混乱を防止することができる。経済ファンダメンタルズが悪化していなくとも、自己実現的な投機によって通貨危機が 発生することがある。自己実現的投機とは、ヘッジファンドによる投機攻撃である。こう した投機家によって引き起こされる通貨危機を防止するためには、民間部門の通貨当局に 対する信頼が重要である。投機家が投機攻撃を加えても、通貨当局が豊富な外貨準備を有 していて、為替相場制度が崩壊する恐れはないという安心感を国民や民間部門に与えられ れば、パニックは避けられる。
豊富な外貨準備を有していることを知らしめる方法として、地域金融協力として外貨準 備をプールすることによるシグナリング効果を期待することができる。外貨準備のプール は、通貨スワップ取極に実体を加えるという意味で、より進んだ地域金融協力である。ま た、通貨スワップ取極から外貨準備のプールに至るプロセスにおいて、通貨スワップ取極
における外貨準備のイヤーマーク化もシグナリング効果を部分的に期待することができる。
2
アジア債券市場の育成(1) ダブル・ミスマッチ解消のための域内債券市場の活性化
アジア通貨危機の教訓として、国内金融機関の資産・負債における通貨と満期のダブ ル・ミスマッチによって通貨危機から金融危機を引き起こし、さらに金融危機を深刻化さ せたと指摘されている。タイでは国内金融機関が外国通貨建て、とりわけドル建てで短期 債務のかたちで借り入れる一方、その外国から借り入れた資金を国内企業に自国通貨建て で長期債務のかたちで貸し付けていた。このようなダブル・ミスマッチのなか、いったん 自国通貨が大きく減価すると、国内金融機関のバランスシートが悪化し、金融危機に発展 することとなる。金融危機を防止するために、そして、万が一金融危機に陥った際に金融 機関による貸し渋りの影響を最小限に抑えるために、金融機関による金融仲介を中心とし た間接金融のみならず、債券市場を通じた直接金融もバランスよく機能する金融システム を作り上げることが必要であることが認識されている。
間接金融と直接金融がバランスよく機能することによって、国内と外国の貯蓄を国内投 資に有効に向けることが可能となり、その結果資源配分を改善することができる。そして、
債券市場における投資手段が多様化することによって、投資家にとっては効率的な資産運 用や有効な金融リスク管理を行なうことができる。また、単に債券市場が存在するという ことに加えて、その債券市場が深みのある流動的な市場であることによって、流動性プレ ミアムを解消して、金利を低下させるとともに、債券価格や金利の急激な変化やボラティ リティーを抑制することができる。そして、これらの債券市場のメリットを享受すること によって、バランスのとれた直接金融と間接金融を通じて東アジア諸国の国内に頑健で効 率的な金融システムを構築することができる。
また、今後、東アジア諸国の経済がさらに発展し、経済成長を遂げるにつれて、生命保 険市場や年金市場が成長することが予想される。その場合に、生命保険および年金の資金 を運用する機関投資家が東アジア地域における資金循環において重要な役割を果たすよう になるであろう。機関投資家の資産の運用は融資よりも証券投資が中心となることから、
その運用先を充実させる観点からも、債券市場の育成と発展が必要となるであろうし、東 アジア地域における機関投資家の今後の成長によって、この地域の債券市場の活性化が促 されるであろう(小川
2001)
。(2) アジア債券市場育成の地域協力
最初に述べたように、アジア債券市場育成のための地域協力として、ASEANプラス
3諸
国の財務省を中心とした供給サイドからのアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)が 進められている。一方で、需要サイドから東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)を中心としたアジア債券ファンド・イニシアティブ(ABF)が進められている。
東アジアにおいて債券市場を育成することを目的として、2002年
12
月のASEANプラス3
諸国の財務省の非公式セッションにおいて、「ABMI」が提案され、これに沿って具体的検討を行なっていくこととなった。ABMIは、債券発行主体の拡大、アジア通貨建ての債券の 発行を促進することにより、市場に厚みをもたせる一方、債券市場育成のための環境整備
(保証・格付機関・決済システム等)を行なっていくことを柱としている。2003年
8
月にマニ ラで開催されたASEAN
プラス3
財務大臣会議で、6つのワーキング・グループ(①新たな債 務担保証券開発のためのワーキング・グループ、②技術支援に関するワーキング・グループ、③ 国際開発金融機関、政府系機関およびアジアの多国籍企業による現地通貨建て債券発行に関する ワーキング・グループ、④域内の格付および情報発信に関するワーキング・グループ、⑤信用保 証および投資メカニズムに関するワーキング・グループ、⑥外国為替取引と決済システム等に関 するワーキング・グループ)が設立され、それらのワーキング・グループを通じて、早期の 具体化に向けた作業が進められた。こうした状況を踏まえ、2005年
5
月のイスタンブールASEAN
プラス3
財務大臣会議で、ABMIのいっそうの加速・推進および域内各国の債券市場のいっそうの発展のために、現行
のワーキング・グループの体制を見直すこととし、各国の定期的な自己審査、情報の一元 的管理のための新たな体制整備、アジア通貨バスケット建て債券の研究の開始が合意され た。また、将来のアジアにおける国際債券市場の発展に向けた検討(アジア・ボンド・スタ ンダード)の開始についても合意がなされた。2006年5
月のハイデラバードASEANプラス 3
財務大臣会議では、資産担保型アジア通貨バスケット建て債券とクロスボーダーの域内通 貨建て債券の発行が、債券市場のいっそうの発展に寄与すると言及されている。これらの 合意を受けて、具体的な作業が進められている。一方、東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)メンバーの中央銀行は、ABF を進めている(5)。2003年
6
月に日本、オーストラリア、ニュージーランドを除く8ヵ国・地 域のドル建て国債および準国債を投資対象としたアジア債券ファンド(後述するABF2と区別
するためにABF1と呼ばれる)が創設された。その後、2004年12月に同じ8
ヵ国・地域におけ る現地通貨建ての国債および準国債を投資対象としたアジア債券ファンド2
(ABF2)が創設 された。ABF1からABF2への特徴的な展開は、債券ファンドの通貨表示がドル建てから現 地通貨(の通貨バスケット)建てに発展したことである。ただし、ABF2の現地通貨建て国債 のファンドから日本円建ての国債が排除されていることには留意する必要がある。東アジ ア地域において通貨の交換性が最も高く、金融市場の相対的規模も大きな日本円が本来的 にはABF2に含まれるべきである。
3
地域通貨単位の創設に向けてチェンマイ・イニシアティブ(CMI)とアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)およ びアジア債券ファンド・イニシアティブ(ABF)に共通している政策課題として、地域通貨 単位の創造が挙げられる。CMIに関連してサーベイランス・プロセスにおいて、地域通貨単 位としての共通通貨単位を利用した為替相場のサーベイランスが必要である。一方、ABMI およびABFに関連して、アジア債券の表示通貨として共通のアジア通貨バスケットから構 成される地域通貨単位の創造が重要である(Ito 2003, 2004)。事実、ASEANプラス3財務大臣
会議において、ASEANプラス
3
リサーチグループを毎年立ち上げ、東アジア地域金融協力 の強化のための政策課題が研究検討されている。2006年5月のハイデラバード ASEAN
プラ ス3財務大臣会議では、東アジア地域のいっそうの金融安定に向けた地域通貨単位構築の手 順の研究が、2006―2007年の研究トピックのひとつとして取り上げられている。
地域通貨単位の研究については、アジア開発銀行(ADB)によってアジア通貨バスケット から構成されるアジア通貨単位(ACU: Asian Currency Unit)が検討されている。一方、Ogawa
and Shimizu
(2005)、小川・清水(2006)も類似の地域通貨単位としてアジア通貨単位(AMU: Asian Monetary Unit)およびサーベイランス指標として
AMU
乖離指標を計算し、発表 している(6)。アジアで地域通貨単位を作るときには、ユーロ導入前に欧州通貨制度(EMS: European
Monetary System)
の下で、欧州連合(EU)のなかのEMS
参加国によって採用された欧州通貨単位(ECU: European Currency Unit)の計算方法が参考となる。ECUは、国内総生産(GDP)と 域内貿易額のそれぞれのシェアを勘案したEMS参加国通貨の加重平均値となっていた。ま た、ECUは公的ECUの役割と民間ECUの役割の両方を有していた。公的
ECUについては、
ECU
を基準としてグリッド方式と呼ばれる各国通貨間の乖離指標として利用されていた。また、EUにおいて計算単位として利用されていた。一方、民間
ECU
については、民間部門 が発行する債券などの金融商品の表示通貨として利用されていた。アジアの地域通貨単位 についても、前述したように、サーベイランス指標としての利用目的と、アジア債券の表 示通貨としての利用目的の両方が考えられる。サーベイランス指標としての利用目的にとっては、サーベイランス対象国であるASEAN プラス3の13ヵ国すべてを含むべきである。一方、アジア債券の表示通貨としての利用目的 にとっては、通貨の交換性、すなわち、外国為替管理や資本管理の有無やその程度がその 構成通貨に含むべきかどうかを左右する。したがって、地域通貨単位を作る目的によって 作るべき地域通貨単位、およびその構成通貨とそれぞれのウェイトが異なる。
また、地域通貨単位として通貨バスケットを計算する際に加重平均すべきウェイトは、
尺度によってそれぞれの国のウェイトが大きく異なる場合がある。
Ogawa and Shimizu
(2005)や小川・清水(2006)は、ウェイトの尺度として、(1)名目
GDP、
(2)購買力平価で測ったGDP、
(3)貿易額、(4)国際準備高(マイナス金)を利用して、各国のウェイトを計算すると、日本円の場合、貿易額で
27%、名目GDP
で69%と大きな相違がみられる。金融市場の規模
を利用すると、その相違はさらに顕著である。また、地域通貨単位のニュメレールをどの域外通貨、あるいは、域外通貨バスケットに するかも、その地域通貨単位の価値を表わすときに重要である。東アジア経済は、アメリ カのみならず欧州などの域外諸国と緊密な経済関係にあることから、ニュメレールとして は域外通貨、例えばドルとユーロの通貨バスケットが考えられる。例えば、東アジア全体 にとってのアメリカとユーロ圏との貿易量からドルとユーロの通貨バスケットのウェイト を計算すると、65%:
35%
となる(Ogawa and Shimizu 2005)。結 論
東アジアにおける地域金融・通貨協力の一貫として地域通貨単位の構築は重要な政策課 題である。将来的に地域通貨単位を構築することには異論は少ないであろう。問題は、ど のようなロードマップに従って地域通貨単位を構築するかである。地域通貨単位の構築に 向けて、最初の第一歩を踏み出すことが必要である。その第一歩が、ASEANプラス
3
財務 大臣会議におけるサーベイランス・プロセスでの為替相場をサーベイランスの対象とする ことである。そのサーベイランス・プロセスのために地域通貨単位を創設することである。その後のロードマップは、さまざまなルートが考えられる。ひとつのルートは、最初か ら東アジアの地域通貨単位を創設し、利用していくことである。ただし、このときの問題 はその地域通貨単位がドル、ユーロなどの域外通貨に対して必ずしも安定化しないことで ある。もうひとつのルートは、各国通貨当局がドル、ユーロなどの域外通貨から構成され る共通の通貨バスケットをターゲットとすることによって、域外通貨とともに域内通貨の 為替相場を安定化することを図ることである。ただし、この場合には、日本円が域外通貨 として扱われるべきか、域内通貨として扱われるべきかという問題が残る。
(1) ASEAN10ヵ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、ラ
オス、ミャンマー、ブルネイ、カンボジア)と日本、中国、韓国から構成される。
(2) オーストラリア、中国、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フ ィリピン、シンガポール、タイの11ヵ国・地域の中央銀行・通貨当局から構成される。
(3) 小川(2006a,b)に基づきながら、2006年5月4日にインドのハイデラバードで開催された
ASEANプラス3財務大臣会議の議論を踏まえて、その後のCMIの発展を反映させた。
(4) 財務省ホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/kokkin/frame.html)のなかのCMIを参照せよ。
(5)「EMEAPメンバー中央銀行によるアジア・ボンド・ファンド2の開始について」(http://www.boj.
or.jp/type/release/zuiji/kako03/eme0412a.htm)を参照。
(6) AMUとAMU乖離指標は、一橋大学21世紀COEプロジェクトと経済産業研究所(RIETI)の共同
プロジェクトである。AMUとAMU乖離指標のデータは毎週、RIETIのウェブサイト(http://www.
rieti.go.jp/users/amu/index.html)で更新されている。
■参考文献
Ito, Takatoshi(2003)“Construction of Infrastructures for the Development of Regional Bonds Market,” in Choong Yong Ahn, Takatoshi Ito, Masahiro Kawai and Yung Chul Park, eds., Financial Development and Integration in East Asia, Korea Institute for International Economic Policy, pp. 206―221.
Ito, Takatoshi(2004)“Promoting Asian basket currency bonds,” in Takatoshi Ito and Yung Chul Park, eds., Developing Asian Bondsmarkets, Asian Pacific Press, pp. 67―89.
小川英治(2001)「アジア債券市場と生命保険会社の国際証券投資」『文研論集』(生命保険文化研究所)
第134号、pp. 115―137ページ。
小川英治(2006a)「アジア通貨協調のためのバスケット通貨戦略」『フィナンシャル・レビュー』第81 号、154―176ページ。
小川英治(2006b)「東アジアにおける金融協力・通貨協調のあり方」、小川英治・財務省財務総合政策 研究所編著『中国の台頭と東アジアの金融市場』、日本評論社。
Ogawa, Eiji and Junko Shimizu(2005)“AMU Deviation Indicator for Coordinated Exchange Rate Policies in East Asia,” RIETI Discussion Paper, 05-E-017.
小川英治・清水順子(2006)「東アジアにおける為替相場政策協調のためのAMUとAMU乖離指標」、 伊藤隆敏・小川英治・清水順子編著『東アジアにおけるバスケット通貨構想』、東洋経済新報社
(近刊)。
おがわ・えいじ 一橋大学教授 [email protected]