─ 131 ─ Microbiol. Cult. Coll. 26 (2) :131─133, 2010
1.はじめに
平成 18 年 12 月「感染症の予防及び感染症の患者に 対する医療に関する法律等の一部を改正する法律」(改 正感染症法)が公布された.この改正は,「病原体等 の管理体制の確立」,「感染症分類の見直し」及び「結 核予防法の廃止及び感染症法への統合」の三つが柱と なっている.
病原微生物の保存機関にとっては,新たに創設され た病原体等に係る規制により病原体等の管理体制の確 立が求められている.病原真菌の保存提供を行ってい る千葉大学真菌医学研究センターに関連するのは,三 種病原体等のうち政令で定められたコクシジオイデス 真菌(Coccidioides immitis)のみである.三種病原 体等を所持する者,輸入した者は,その種類等を厚生 労働大臣に事後届出を行い,記帳,運搬の届出,施設 基準,保管等の基準の遵守,事故届出,災害時の応急 措置等が義務づけられている.
さらに報告徴収,立入検査が行われ,問題がある場 合は厚労大臣による施設基準や保管等の基準遵守の改 善命令,指定の取消し等がなされ,改善命令違反等に 対する罰則も定められた.
今回は,まず,千葉大学真菌医学研究センターでの 三種病原体の保存管理状況について述べる.そして,
平成 22 年 1 月に行われた厚生労働省による第三種病 原体の管理状況の立入検査,指摘事項,その後の対応 について述べる.
2.千葉大学真菌医学研究センターでの三種病原体の 保存管理状況
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関 する法律」(平成 10 年)及びこの法律に関連した政令・
省令に基づき,国立大学法人千葉大学病原体等安全管 理規程が制定されている.さらに本学内規定に基づき,
千葉大学真菌医学研究センター微生物取扱管理規定が 定められている.
千葉大学では,改正感染症法に基づき,平成 19 年 6 月 1 日付で三種病原体等として Coccidioides immi- tis 所持の届出を行った.届出に当たっては,三種病 原体等取扱施設が法第 56 条の 24 に規定する三種病原 体等取扱施設の位置,構造及び設備の技術上の基準に 適合していることを説明した書類が必要である.
千葉大学においては,学内規定では表 1 に示すよう に真菌を BSL1-3 に分類している.また,実験室等の 安全設備及び運営,病原体等取扱手続,記録保存,教 育訓練,事故の措置などを定めている.真菌医学研究 センターは,保存株において,BSL1 に含まれる菌種 は保有菌種数及び株数を,BSL2 以上に含まれる菌種 は保有する個々の菌種において,保有菌株数,ウィル ス,細菌,真菌などの分類,BSL の分類,特定病原 体等に該当の有無を年に一度学長に報告している.セ ンター内規定では,現場に即した病原体の取り扱い施 設と運営,実験室の日常安全管理実験室等の運営,緊 急時対策,病原体等を取り扱う職員などの資格と健康 管理などを定めている.とくに緊急時の対策では,三 種病原体等を取り扱う職員には病原体の逸出を防止す る社会的責任があるとしている.具体的には,災害な どの緊急時には,三種病原体および使用中の実験器具 をオートクレーブに入れ密封(電源は入れない),も しくは準備した密閉容器に入れ,ドア,排気系を閉鎖 し退去すると定めている.
3.三種病原体の管理状況の厚生労働省による立入検 査,指摘事項,その後対応
厚生労働省関東信越厚生局より立入検査の通知が届
感染症法改正後の病原真菌の保存管理状況
矢口貴志
千葉大学真菌医学研究センター 〒260-8673 千葉市中央区亥鼻 1-8-1
The preservation and management conditions of pathogenic fungi against the revised infectious disease law
Takashi Yaguchi
Medical Mycology Research Center, Chiba University, 1-8-1 Inohana, Chuo-ku, Chiba 260-8673, Japan
E-mail: [email protected]
実務担当者会議報告
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き,事前に,病原体等管理業務チェック表(二種,三 種取扱施設共通の書式)に記入し,準備を行った.チェック項目は,以下のとおりである.
・所持する三種病原体等の種類
・施設の種別
・所持の目的
・ 実験室等の設備(前室,保管庫,滅菌設備,安全キャ ビネット,飼育設備等)
・病原体ごとの保管場所
・特定病原体等を使用する場所
・主な業務内容(研究内容)及び検査担当者数
・ 特定病原体等の検出状況・検出した場合の対応(検 出した病原体等の種類,所持・滅菌等または譲渡の 実施及びそれまでの保管状況)
・申請書等の記載内容の変更の有無
・ 所持する特定病原体等の使用頻度(平成 19 年 6 月 1 日以降の状況)
・ 記帳義務(病原体等の使用記録,特定病原体等(四 種病原体等を含む)の試験管等の本数,実験室内へ の入室記録,対象者別の教育訓練の記録,定期点検 等の記録)
・ 実験室及び保管庫の鍵の管理,施設(P3 施設,安 全キャビネット,オートクレーブ・冷凍冷蔵保管庫 等)の維持管理の実施状況
・ 日常点検(P3 施設,安全キャビネット,オートクレー ブ・冷凍冷蔵保管庫等)
・ 教育訓練の実施状況(対象者,実施時期,実施内容 について)
・外部講習会等への参加の有無
・事業所内の運搬の有無,ある場合の実施状況
・ 事業所外への運搬実施の有無,ある場合の実施状況
(運搬した病原体等の種類,業者への依頼か公用車 等を利用しての運搬か)
・事故・災害に対するマニュアルの整備状況
・実験室内等に緊急連絡網等の貼付の有無
・ 検査担当者以外の者が管理区域や検査室内に入る場 合の手順や取り決め
・ 情報管理(コンピュータのセキュリティ対策等,帳 簿類の保管方法)
平成 22 年 1 月 22 日に厚生労働省関東信越厚生局の 担当者による立入検査が実施された.当日は千葉県警 の担当者も同行し,立会検査に立ち会った.
その後,書類にて下記のように改善すべき事項 3 点,
表1 千葉大学における真菌のBSL分類
BSL1 BSL2,BSL3 に属さない真菌
BSL2 Aspergillus fumigatus Fonsecaea pedrosoi Candida albicans Microsporum canis Cladosporium carrionii Sporothrix schenckii Cladosporium trichoides Trichophyton (C. bantianum) T. mentagrophytes Cryptococcus neoformans T. verrucosum Exophiala dermatitidis
BSL3 Blastomyces dermatitidis Histoplasma farciminosum Coccidioides immitis (三種) Paracoccidioides brasiliensis Histoplasma caspsulatum1) Penicillium marneffei
1) H. capsulatum var. capsulatum と H. capsulatum var. duboisii の両 variant を含む.
註:Aspergillus spp., Chaetomium spp., Fusarium spp., Myrothecium spp., Penicillium spp. の毒素産生株は,BSL2 扱いとする.
また,上記 BSL3 の真菌で Coccidioides immitis 以外のものは二形性真菌であり,
これらが酵母形の場合においては,BSL2 扱いとする.
図1 「クラス 3レベル無菌実験室」
のセキュリティ
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Microbiol. Cult. Coll. Dec. 2010 Vol. 26, No. 2
検討事項 1 点の指摘を受けた.
・改善事項
1)三種病原体を扱う「クラス 3 レベル無菌実験室」
の入退室の帳簿記帳はあるが,帳簿が 1 年ごとに閉鎖 されていない.
2)「クラス 3 レベル無菌実験室」内の冷凍冷蔵庫の 定期点検の実施と記録をすること.
3)三種病原体等の使用に係わる帳簿に,使用者の 氏名を記入する欄がない.
・検討事項
実験室内に緊急時の連絡先を掲示すること.
その後,その対応を検討し,文書で厚生労働省関東 信越厚生局に報告期限内に提出した.
・改善事項に対する回答
1)「クラス 3 レベル無菌実験室」の入退室の帳簿記 帳はこれまで複数年同じ帳簿を使用していたが,1 年 ごとに帳簿を閉鎖し,加筆,修正できないように管理 することとした.
2)「クラス 3 レベル無菌実験室」内の冷凍冷蔵庫は,
使用時における日常点検は実施していたが,定期点検 は実施していなかった.「クラス 3 レベル無菌実験室」
内点検記録簿の対象機器に冷凍冷蔵庫,チェック項目 を加え,以後の点検時より実施することとした.
3)特定病原体等の使用記録は,種名,菌株番号,
日時,場所,目的,使用菌株数,保存菌株数,滅菌数 を記録していた.三種病原体等の使用者は極限られた 研究者に限定され,使用者名は明確であるため,それ を記入する欄がなった.病原体等の保存者,使用者の 欄を追加し,以後の使用時より記載することとした.
・検討事項に対する回答
実験室内には,電話番号のリストは設置されている が,緊急時の連絡先を掲示していなかった.緊急時の 連絡先一覧を作成し,電話近くに掲示した.
4.おわりに
真菌症は,先端医療の受益者,高齢者やエイズなど によって免疫能の低下した患者に発生する日和見感染 として,また,ヒト,物質の国境を越えた移動の急激 な増加による輸入感染症として増加している.これら の原因となる病原真菌の研究には,生きた状態の菌株 が不可欠である.その菌株を収集し,長期に渡って安 定的に性状を保った状態で保存し,それを必要とする 研究者(利用者)に提供するのがカルチャーコレクショ ンの役割である.この役割は,感染症法改正後も変わ らないばかりでなく,国民の健康,安全に寄与するた めにその重要性は増している.
主要な深在性,表在性真菌症原因菌とそれら関連菌 種は,感染症法の改正での影響なく,これまでと同様 な管理,保存を行っている.三種病原体等のうち政令 で定められたコクシジオイデス真菌のみであるが,千 葉大学ではコクシジオイデス真菌の他輸入真菌症原因 菌 5 種(Blastomyces dermatitidis, Histoplasma casp- sulatum, H. farciminosum, Paracoccidioides brasil- iensis, Penicillium marneffei,ただし酵母形になる菌 株は除く)をコクシジオイデス真菌と同様の取り扱い,
管理をしている.そのため,輸入真菌症原因菌計 6 種 の保存菌株リストは非公開とし,提供は設備の整った 機関に,抽出した DNA のみに限っている.
図2 「クラス 3レベル無菌実験室」内のパスボックス,
排気系 図3 「クラス 3レベル無菌実験室」内の安全キャビネッ ト