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化学と生物 Vol. 51, No. 10, 2013
抗原特異的 B 細胞の分離 ・ 培養法の新展開
迅速なモノクローナル抗体作製法への活用
B細胞は試験管内での培養が困難な細胞であり,通常 の方法では数日間の培養でほぼ100%死滅する.しか し,1975年の細胞融合によるB細胞不死化技術(ハイ ブリドーマ法)の開発によってB細胞をクローン化する ことが可能となり,今日まで無数のモノクローナル抗体 が作製されてきた.言うまでもなく,モノクローナル抗 体は生命科学研究において必要不可欠な検出用ツールと して活用されるばかりでなく,近年ではヒト疾患の治療 を目的とした抗体医薬へと応用され,大きな成果を上げ ている.従来の細胞融合による抗体作製法は,1) 免疫 による抗原結合性B細胞の誘導,2) 細胞融合によるハ イブリドーマの作製,3) 目的の抗体を産生するハイブ リドーマのスクリーニング,という3つのステップから 構成される.そのため,免疫に数カ月の期間を要するこ と,低頻度でしか存在しない目的のハイブリドーマをス クリーニングするために労力を要すること,さらにヒト B細胞の場合,マウスB細胞のように安定したハイブリ ドーマ作製技術が未確立なことなどが大きな課題であっ た.よって,少ない出発材料から迅速かつ効率的に目的 のモノクローナル抗体作製を可能とする新技術の開発が 長年望まれてきた経緯がある.本稿では,ヒト・マウス B細胞の新しい分離・培養技術と,B細胞1個から可能 となる抗体タンパク質作製技術を組み合わせ,迅速性と 高い効率を兼ね備えたモノクローナル抗体作製法の最近 の流れを紹介したい.
タンパク質性抗原を免疫すると,活性化したB細胞が 胚中心において抗体可変領域に体細胞突然変異を導入し て抗原結合性を多様化する.その後,高親和性を有する 一部の胚中心B細胞が抗原とT細胞によって選択され,
記憶B細胞や抗体産生細胞へ分化する.このように,生 体内では抗原結合性の多様化と選択の繰り返しにより,
抗原結合性の優れた抗体陽性B細胞が発達する.近年,
プローブ作製技術の向上により,ヒト免疫不全ウイルス
(HIV) やインフルエンザウイルスを含む複数の病原体 抗原や毒素を標識したプローブが開発され,これらに結 合するB細胞の分離が可能となった(1, 2).さらに,同じ 抗原結合性を有するB細胞の中から,親和性・特異性の 異なるB細胞をフローサイトメトリにより分離すること
も可能になりつつある.たとえば,鶏卵白リゾチーム
(HEL) を抗原として用いた場合,HEL多量体を免疫 原/プローブとすることで,免疫後に誘導された高親和 性B細胞と低親和性B細胞をフローサイトメトリにより 分離可能なモデル実験系が存在する(3).また,HIVのよ うな変異を起こしやすい病原体の場合,複数のウイルス 株で保存された抗原領域をプローブとすることにより,
どのようなウイルス株でも交差反応性を示すB細胞ク ローンを分離することができる(1).実際,このようにし て得られた交差反応性抗体は,有効なワクチンの存在し ないHIVに対する新しいワクチンターゲットとして,
現在大きな脚光を浴びている(4).
ヒト・マウスB細胞の生存・分化を制御するサイトカ イン (IL-2, IL-4, IL-5, IL-10, IL-21 など),細胞表面レセ プターとそのリガンド(CD40, BAFFなど),転写因子
(Bcl-6など),アポトーシス抑制因子(Bcl-xLなど)が 同定され,これらを培養条件に加えることやその遺伝子 を導入することによって,数週間から数カ月のB細胞培 養が可能となった(5, 6).この培養条件により,上記のよ うに分離した抗原結合性B細胞を,細胞融合することな しに一定期間培養することができる.さらに,この条件 下で培養したB細胞は抗体を分泌するため,分泌した抗 体を利用して,目的の抗体を発現するB細胞クローンを より多角的に選別することが可能である.つまり,フ ローサイトメトリでは,B細胞表面に発現した抗体の結 合性によって細胞を選別するが,この方法では,抗体の ウイルス中和活性のような,分泌された抗体タンパク質 のみで検証可能なパラメーターを評価できない.そのた め,この培養法で分泌された抗体を利用し,フローサイ トメトリでは測定不可能な抗体パラメーターを検討項目 に追加できることが大きな利点となる.
さまざまなパラメーターにより選別したB細胞クロー ンからモノクローナル抗体を作製する方法として,抗体 可変領域遺伝子をクローニングして抗体タンパク質を調 製する方法が現在盛んに用いられている(7).これは,単 離した1個のB細胞のcDNAから抗体可変領域2種類
(VHとVL)をPCRにより増幅し,定常領域があらかじ め組み込まれている発現ベクターに組み込んで,ヒト細
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胞株に抗体タンパク質を一過性に発現させるというもの である.そのため,B細胞から数マイクログラムの抗体 タンパク質を得るまでにわずか2, 3週間しかかからない という迅速性がこの方法の最大の魅力である.しかし,
通常の培養スケールから得られる抗体タンパク質の量 は,せいぜい数十
μ
g程度であるため,数mg以上の大量 の抗体タンパク質が必要な場合は,別の細胞株に恒常的 に発現させて大量培養を行う必要がある.実際,この方 法を用いることにより,抗原結合性B細胞を数十%程度 の割合で含むワクチン接種直後のヒト末梢血細胞や炎症 局所のB細胞から,疾患に関連するヒトモノクローナル 抗体の作製が精力的に行われている.しかし,ワクチン 接種直後のドナー由来細胞や炎症局所の細胞のような,抗原結合性B細胞を高濃度で含む細胞を入手することは 容易ではない.そのため,上述の方法により,1) 広範 囲のドナー末梢血中に低頻度で存在する抗原特異的B細 胞を純化・精製し,2) これを培養して上清中に分泌さ れた抗体を用いて抗原結合性の詳細な解析を行い,3)
目的の抗体を発現するB細胞から抗体遺伝子を回収し て,モノクローナル抗体タンパク質を作製する,という 方法の開発をわれわれは試みた(図1).
インフルエンザウイルスの主要な中和エピトープであ るヘマグルチニンタンパク質をラベルした蛍光プローブ を作製しこれを用いることによって,ヘマグルチニンに 結合するマウス記憶B細胞を高頻度で分離することに成 功している(2).われわれは,分離したマウス記憶B細胞 を,B細胞マイトジェンや線維芽細胞,サイトカインの 存在下で培養することにより,抗体産生細胞へと分化誘 導する方法を開発しており(8),これにより,培養上清に 産生された記憶B細胞由来の抗体の結合性を詳細に解析 することが可能である.実際,この方法でインフルエン
ザヘマグルチニンに結合する記憶B細胞を培養し,上清 中に産生された抗体の結合親和性や中和活性を評価した 結果,結合親和性と中和活性の高い抗体を発現するB細 胞クローンを同定することが可能であった.そして最終 的に選択したB細胞クローンから抗体遺伝子をクローニ ングし,細胞株に発現させることによってモノクローナ ル抗体を作製することに成功している.また,われわれ が開発したプローブは,ヒト記憶B細胞の同定・分離に も利用可能と考えられる.実際,このプローブでヒト末 梢血細胞を染色すると,ほとんどの健常人の末梢血中に インフルエンザヘマグルチニンに結合する記憶B細胞が 0.01%程度の頻度で存在し,このヒト記憶B細胞からも 同様な方法によりヒトモノクローナル抗体を単離するこ とが可能である.以上のように,新しいB細胞分離・培 養技術と,抗体遺伝子からモノクローナル抗体タンパク 質を作製する実験を組み合わせることによって,迅速性 と効率の面で優れたモノクローナル抗体作製法が開発さ れた.今後,この方法が有用なモノクローナル抗体作製 に活用されることを期待する.
謝辞:本稿で紹介した研究の一部は科学研究費補助金および科学技術振 興機構「戦略的創造研究推進事業 (CREST)」の支援を受けたものであ る. 1) J. F. Scheid, H. Mouquet, N. Feldhahn, M. S. Seaman, K.
Velinzon, J. Pietzsch, R. G. Ott, R. M. Anthony, H. Ze- broski, A. Hurley : , 458, 636 (2009).
2) T. Onodera, Y. Takahashi, Y. Yokoi, M. Ato, Y. Kodama, S. Hachimura, T. Kurosaki & K. Kobayashi :
, 109, 2485 (2012).
3) T. G. Phan, D. Paus, T. D. Chan, M. L. Turner, S. L. Nutt, A. Basten & R. Brink : , 203, 2419 (2006).
4) F. Klein, A. Halper-Stromberg, J. A. Horwitz, H. Gruell, J.
F. Scheid, S. Boumazos, H. Mouquet, L. A. Spatz, R. Dis- kin, A. Abadir : , 492, 118 (2012).
5) M. J. Kwakkenbos, S. A. Diehl, E. Yasuda, A. Q. Bakker, C. M. van Geelen, M. V. Lukens, G. M. van Bleek, M. N.
B
記憶B細胞の分離 (末梢血中の約0.01%)
1日間
抗体産生細胞への分化誘導 クローニング、産生抗体の解析
1~2週間 蛍光プローブ
B B B
抗体遺伝子
① ② ③
抗体遺伝子のクローニング 細胞株での発現
2~3週間 図1■迅速かつ効率的なモノクロー ナル抗体作製の流れ
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化学と生物 Vol. 51, No. 10, 2013
Widjojoatmodjo, W. M. Bogers, H. Mei : , 16, 123 (2010).
6) T. Nojima, K. Haniuda, T. Moutai, M. Matsudaira, S.
Mizokawa, I. Shiratori, T. Azuma & D. Kitamura : , 2, 465 (2011).
7) J. Wrammert, K. Smith, J. Miller, W. A. Langley, K. Kok- ko, C. Larsen, N. Y. Zheng, I. Mays, L. Garman, C. Helms
: , 453, 667 (2008).
8) Y. Takahashi, A. Inamine, S. Hashimoto, S. Haraguchi, E.
Yoshioka, N. Kojima, R. Abe & T. Takemori : , 23, 127 (2005).
(高橋宜聖,安達 悠,国立感染症研究所)
プロフィル
高橋 宜聖(Yoshimasa TAKAHASHI)
<略歴>1991年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1996年同大学大学院農学系研究 科博士課程修了,メリーランド大学博士研 究員/1998年国立感染症研究所免疫部研 究員/2001年同主任研究官/2010年同第 四室長,現在に至る<研究テーマと抱負>
大学院から一貫して行ってきたB細胞バイ オロジーのさらなる探求と,これを基盤と したユニークな抗体タンパク質の作製.特 に,これまで困難とされてきたさまざまな 物質への抗体をつくりたいと考えています
<趣味>テニス,スイーツ食べ歩き 安 達 悠(Yu ADACHI)
<略歴>2007年東京農工大学卒業/2012 年同大学大学院連合農学研究科博士課程 修了,同大学大学院博士研究生/2013年 国立感染症研究所免疫部博士研究員<研 究テーマと抱負>インフルエンザウイル スに対する交差反応性B細胞の解析<趣 味>サーフィン(ネット),ショッピング
(ネット)