細 菌 が 産 生 す る メ ン ブ ラ ン ベ シ ク ル(membrane vesicle:
MV) は20〜400 nmの 球 状 構 造 体 で あ り,さ ま ざ ま な 物 質 の 運び屋 として機能する.MVはクォラムセンシングや 遺伝子の水平伝播といった細菌間相互作用のみならず宿主細 胞への毒素の輸送や免疫調節といった細菌‒宿主間相互作用 にも関与する.MVはグラム陰性,陽性および病原性,常在 細菌にかかわらず産生されており,細菌において普遍的かつ 不可欠な機能であると推測される.さらにMVは細菌が能動 的に産生していることも示されつつある.本総説では能動的 に産生されるMVの生合成機構や機能,特に細胞間情報伝達 について近年の研究進展を紹介する.
メンブランベシクルの構造および構成
メンブランベシクル(membrane vesicle,以下MV)
とは脂質二重膜から構成される小胞のことを指し,20〜
400 nmの球状の構造体であり,さまざまな細菌が放出
する(1, 2).MVは微生物の最外層やタンパク質,核酸,
シグナル物質などを含み,このような多様な構成成分の
「運び屋」として機能しており,細菌の病原性や耐性そ して生物間相互作用に寄与すると考えられている(3). MVの脂質二重膜は細菌を構成する最外層,つまり生体 膜から構成される.グラム陰性細菌は外膜と内膜から構 成され,そのMVは外膜由来であると考えられており,
outer membrane vesicle(OMV)と呼ばれることが多 い.MVはグラム陰性細菌のみならず,最外層が厚く固 い細胞壁で包まれたグラム陽性細菌においてもその産生 が認められている(図1A, B).各種の細菌が形成する MVの 大 き さ を 測 定 す る と,最 頻 サ イ ズ は お よ そ 100 nm前後であるが,各細菌によって多少の大きさの 違いが認められる(図1C).また,産生する細菌種に よってサイズの一様なMVを産生する場合と,異なった サイズの集団のMVを産生する場合がある.各サイズの MVは,含有する構成物の組成の違いを反映するという 報告があり(4),MVのサイズの違いは細菌の種類やMV が産生される環境に依存すると考えられる.MVは生体 膜 由 来 で あ る こ と か ら,膜 タ ン パ ク 質 や リ ポ 多 糖
(LPS),ペプチドグリカン(PG)といった細菌の最外 層構造も含有する.MVが生体膜由来であることは種々 の解析からも明らかである一方,
Biogenesis and Functions of Membrane Vesicles Actively Produced by Microbes
Nozomu OBANA, Masaharu KUROSAWA, Masanori TOYO- FUKU, Nobuhiko NOMURA, 筑波大学生命環境系
微生物が能動的に産生するメン ブランベシクルの生合成と機能
尾花 望,黒沢正治,豊福雅典,野村暢彦
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
【解説】
ではそのリン脂質や脂肪酸の組成がMVと外膜で異 なる. を含む多くのグラム陰性細菌では フォスファチジルエタノールアミン(PE)が主要なリン 脂質であるが, MVの主要なリン脂質は フォスファチジルグリセロールであることが示されてい る(5).さらにMVには飽和脂肪酸が外膜と比較して豊富 に含まれており,MVの膜流動性は細胞のそれよりも低 いと予想される.種々の細菌でMVと生体膜における脂 質の組成が異なることが示されているが,
やインフルエンザ菌ではMVと生体膜間の組成は似 ており(6),MVを構成する脂質の組成は種や株によって 異なると考えられる.さまざまな細菌種においてMVの プロテオームが解析されており,その多くは膜タンパク 質であるが,MVにはシグナル配列を含まない細胞質タ ンパク質も多く含まれている.多くの微生物においても シグナル配列のないタンパク質が細胞外より検出される ことが知られており(7),これらのタンパク質はMV産生 中にMV中に局在することによって細胞外へ分泌されて いる可能性がある.一方で,MVに含まれるタンパク質 は細菌の周囲の環境によって大きく変化していることが 示されている. はバイオフィルム中でも 多くのMVを産生しており,バイオフィルム中で産生さ れるMVと浮遊状態で産生されるMVではタンパク質の 組成が大きく異なる(8).つまり,MVが産生される環境 条件がMVによって分泌されるタンパク質を決定してい ると予測される.MVへのタンパク質移行の詳細な機構 は不明な点が多いままであるが,以上のことからMVは
細胞質タンパク質を細胞外に特異的に分泌する機構の一 つと言える.さらにMVはDNAやRNAといった核酸 も豊富に含んでおり,遺伝子の水平伝播に関与する.近 年ではMVの機能解析の一つとして,次世代シーケン サーを用いたDNAおよびRNA seqによる網羅的解析の 例も多い(9).特にMVに含まれるRNAは,「MVを産生 した細胞」の生理状態を示していると考えられ(10),MV の生合成機構や機能を解析するために重要な手掛かりと なる可能性がある.今後どのような機構によって細胞内 の物質(核酸・タンパク質・シグナル物質などを含む代 謝物質)がMVに含まれていくのか,そしてそれらの MVがどのようにして細胞外へ放出されるかが明らかに なることによって,MVを用いた物質運搬やドラッグデ リバリーなどの応用技術の構築に寄与することが期待さ れる.
メンブランベシクルの生合成
上述のようにMVはさまざまな物質を含有することか ら,細菌生態や細菌を取り巻く生命ネットワークに多大 な影響を与えていると認知されつつある.近年MV生合 成の分子メカニズムや制御機構に関する知見が数多く報 告されている.ここでは主にグラム陰性細菌のMV形成 を誘導する推定因子に言及し,さらに近年当研究グルー プの解析において明らかとなってきた新奇MV形成メカ ニズム研究についても紹介する.
図1■微生物が産生するメンブランベシクル が産生するメンブラ ンベシクルのSEM(A)およびTEM(B)像.
(C)精製したMVの粒子数および粒子径の分
布. (左)および
(右)が産生したMVをそれぞれ示す.
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● 化学 と 生物
MV形成を誘導する推定因子
MV産生はさまざまな因子によって制御されており,
主にグラム陰性細菌で外膜の小胞化を誘導する環境因子 や遺伝子が同定され,現在までに複数のMV形成モデル が提唱されている(図2).まず,MV形成を誘導する因 子として,外膜内膜間結合の消失がある(図2A).MV 産生のモデル細菌である や で外膜 内膜の結合にかかわるリポタンパク質や外膜タンパク質 の欠損株ではMV高生産性を示すことが報告されている.
また,外膜内膜間を架橋するPGの消失によってもMV 形成が誘導されることが報告されており,外膜が剥がれ ることでMV形成が起きている可能性が考えられる.外 膜の湾曲化をもたらす因子もMV形成にかかわるとされ る(図2B).グラム陰性細菌の外膜外部に存在するリポ 多糖(LPS)の一種は負の電荷を帯びており,この負電 荷がLPS間の反発力を生むことで膜が湾曲してMVが形 成されるモデルが提唱されている.また,現在研究が進 んでいる形成因子として, が生産するシグ ナル物質の一つ, quinolone signal(PQS)
がある.このPQSは外膜のLPSと結合し,LPS間の反発 力を高めることによって膜の湾曲化に伴うMV形成を誘 導するとされている(11).当研究室の研究においてはPQS が のみならずほかのグラム陰性細菌のMV 形成も誘導することを明らかにしている(12).しかしなが ら,PQS生産は種特異的な現象であり,MV産生の高い 遍在性を考えると複数のMV形成機構が存在することが 予想される.また,ペリプラズム(外膜と内膜の間の空 間)におけるPG(細胞壁成分の一つ)やミスフォール ドタンパク質の蓄積もMV形成誘導因子とされている
(図2C).その場合,ペリプラズム内の膨圧の上昇に伴 い外膜が膨らむことでMV形成が引き起こされるモデル が提唱されている.これら推定要因以外にもMV形成を 誘導する要因として膜タンパク質構造の関与や膜の局所 的な流動性の違い,また,近年では鞭毛遺伝子などの MV形成への関与が示唆されている.また,MV形成は さまざまな環境(外的)ストレスによっても誘導される ことが多々報告されている.たとえば,ゲンタマイシン などの抗生物質によるMV形成や酸化ストレス,熱スト レス,浸透圧ストレスもMV形成を誘導する要因である ことが示されている.上述の複数のMV形成モデルでは 外膜がたわむことによってMVが形成されることが提唱 されているが,その形成過程をリアルタイムで観察した 例はなく,実際にMV形成が膜のたわみによるものなの かどうかを検証することが今後の課題であると考えられ る.さらに,これらMV形成メカニズムに関する研究は グラム陰性細菌で主に行われており,グラム陽性細菌の MV形成メカニズムに関する知見は乏しい.MV生産は さまざまな細菌で見られる遍在的な挙動であることが認 知されてきている一方で,細菌共通のMV形成経路およ びその制御機構は明らかとなっていない.
溶菌による新奇MV形成機構
当研究室では近年,MVのモデル細菌である
においてDNAダメージが引き金となりMV産生が誘 導される新奇のMV形成機構の存在を明らかにした(13). 特に脱窒環境下では,脱窒過程で生成された一酸化窒素 がDNAダメージを引き起こし,DNA損傷の修復機構 であるSOS応答を介してMV形成が誘導される.加え 図2■グラム陰性細菌におけるMV形成誘導モデル
(A)外膜タンパク質やペリプラズムに局在するリポタンパク質,およびPGの消失によって外膜内膜の架橋構造が失われ,MVの形成を誘 導する.(B)外膜に局在するLPSの反発や外膜にPQSが挿入されることによって外膜の湾曲が引き起こされた結果,MVの形成が誘導さ れる.(C)ペリプラズムにミスフォールディングタンパク質やLPSおよびPG断片が蓄積することによってMV形成が誘導される.この場 合,MVは上述の蓄積物を細胞外に排出する機構として機能する.
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● 化学 と 生物
て,興味深いことにpyocin生産がMV形成にかかわる ことも明らかにした.Pyocinは が生産す るバクテリオシンの一種であり,生産菌自身とは異なる 系統の に対する抗菌活性を有する.この pyocinの生産はSOS応答の制御下にあり,DNAダメー ジによって発現誘導される.Pyocin生産遺伝子を欠損 させると,嫌気条件下におけるMV生産量は著しく低下 することが示された.嫌気条件下ではPQSが生産され ないこと,またpyocin生産遺伝子欠損によるMV生産 低下は好気条件下では見られなかったことから,
が条件によって異なるMV形成機構をもつこと を示している.では,pyocin生産を介したMV形成は どのように起きているのだろうか.SOS応答によって 制御されるpyocin生産関連遺伝子は複数あり,pyocin の構造を構成するタンパク質をコードする遺伝子と pyocinを菌体外へ放出するための溶菌にかかわるタン パク質をコードする遺伝子に大別される.各々の遺伝子 欠損株のMV生産を比較したところ,溶菌にかかわる遺 伝子の欠損株でのみMV生産量の低下が見られた.この ことから,pyocinの構造そのものではなく,放出のた めの溶菌機構がMV形成に重要であることが明らかと なった.この溶菌にかかわるタンパク質は,
のみならず,さまざまな細菌においてバクテリオ ファージやファージ様構造体の放出機構として幅広く保 存されている.つまり,当該MV形成機構は細菌共通の MV形成機構である可能性も考えられ,現在その普遍性
についても解析を進めている.
におけるDNAストレスに応答したMV 形成の一連の制御経路が明らかとなったが,溶菌時にど のようにMVが形成されているのだろうか.それに関し て,共同研究者らの超高解像顕微鏡を用いた生細胞イ メージング解析により,溶菌した細胞から形成された膜 断片が短時間のうちに小胞化する様子が観察され,われ われはこの現象を「Explosive Cell Lysis(ECL)」と名 づけた(10)(図3).これまで,MVは溶菌の末に形成さ れた単なる残渣ではないとされてきたが,上述の結果よ り溶菌もポジティブなMV形成誘導因子であることが明 らかとなった.さらに本研究では,溶菌によってバイオ フィルム高次構造形成に必要な細胞外マトリクスの一つ である細胞外DNAの放出も確認でき,このECLがMV 形成のみならずバイオフィルム形成においても重要であ ることを明らかにした.興味深いことに低ストレス環境 下において細菌集団中の一部がECL誘導遺伝子を強く 発現していることも観察されている.つまり,低ストレ ス環境においては一部の細菌が溶菌してMV形成や細胞 外DNA放出を能動的に行うことで,集団(バイオフィ ルム)としての相互作用や環境適応を促進していると考 えられる.MV形成の詳細な分子メカニズムや制御機構 が明らかになることで,細菌生態におけるMVの機能の 詳細も明らかになると同時に,遺伝子工学的なアプロー チによってMV形成の人工的な制御が可能となることが 期待される.
図3■Explosive cell lysisに よ っ てMV が産生される
(a, b)f3D-SIMを用いたExplosive cell lysis およびそれに伴うMV形成のライブイメー ジング観察.FM1-43fxによって蛍光染色 された脂質膜を白で示す.経過時間を秒(s)
で示す.Bar=0.5 µm. (c)mChFP発現 のf3D-SIM観察像.FM1-43fxを 青,mChFPを赤で示す.左は ,右は 平面を示しており,矢じりは形成されたMV がmChFPタンパク質を含有することを示 している.Bar=0.5 µm. (d)
のf3D-SIM観察像.FM1-43fxを青,EthHD で染色されたDNAを赤で示す.上は , 下は 平面を示しており,矢じりは形成さ れたMVがDNAを含有することを示して いる.Bar=0.5 µm. Reprinted from ref. 10, Copyright 2016 Nature Publishing Group.
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● 化学 と 生物
メンブランベシクルによる微生物間相互作用 MVの微生物間相互作用への関与は,人工的に抗生物 質をMVに取り込ませた系で最初に確かめられた(14).そ れ以来,MVが生物学的に重要な役割を果たすことが明 らかとなってきている.MVを介した微生物間相互作用 には,遺伝子の水平伝播,栄養素の供給,細胞間シグナ ル伝達の協調的作用や細菌を溶菌させる競合的作用など が挙げられる(3, 15).これらはいずれもMVを介さずに起 こりうるが,MVを介すことで以下のような特性が付与 される.疎水性の物質の拡散性向上,内容物の濃縮,内 容物の分解などからの保護,同時に異なる内容物を運搬 することによる受容細胞に対する相乗効果,さらには,
MVの細胞付着性の違いが細胞選択性を付与する可能性 がある.こうしたMVによる微生物間相互作用の特徴を 踏まえ,比較的研究が進んでいる のMVを 介したシグナル伝達を紹介する. は細胞 間で少なくとも3種類のシグナル物質を介して細菌間コ ミュニケーションを行い,そのうちのキノロン系シグナ ル物質PQSは疎水性が高い.そこで,どのようにして 細胞間で伝達されるかが疑問であったが,MVによって 伝達されることが明らかとなった(16).PQSの伝達性は MVの細胞への付着性に依存するため,性質の異なる MVによってシグナル伝達性に差異が生じる(17).MVに よってPQSが運搬されるためには両者の生産のタイミ ングが重要となってくるが,前述のとおりPQS自身が MV形成を誘導する(16).PQSはその疎水性の高さゆえ,
膜に挿入され,PQSが挿入された膜がたわむことで,
MVが形成されると考えられている(11).PQSが物理的 にMV形成を誘導することは 以外の細菌 のMV形成を誘導することで確かめられている(17).し かしながら,PQSには溶菌活性も示されており(18, 19), PQSによるMV形成が本当に膜のたわみによるものか,
われわれが提唱したような溶菌によるものか(10),今後 詳細な検討が必要である.いずれにしろ,拡散性の低い PQSがMVによって運搬されることで,細胞間で伝達さ れ,生物学的に活性をもつことを強調しておきたい.と ころで,PQSのようなシグナル物質は,その細胞内濃度 が閾値に達することで遺伝子発現制御を行うことから,
クォラムセンシング(QS)シグナルとも呼ばれる(20). 試験管などの閉鎖系においては,PQS濃度が閾値に達 することは比較的容易であるのに対し,実環境中などの 開放系においてPQSは希釈され,局所的に蓄積する微 小環境が形成されない限りは,閾値に達することは難し いと考えられる.実証はされていないものの,MVに
PQSが含まれることで,PQSが濃縮された微小環境が 形成され,MVを受け取った細胞はシグナル濃度が閾値 に達しやすいことが推察される.実環境中でのシグナル 伝達を考えた場合には,MVを介したシグナル伝達は効 率的なシステムであるのかもしれない.
MVの機能を解明する過程で鍵となるのはMVの動態 に加えて,その中身である.興味深いことに,多くの細 菌で共通してMVにDNAが含まれている(1, 2).MVに包 まれたDNAはDNaseによる分解を逃れるため,MVは 実環境中での遺伝子プールとして大きな役割を果たして いることが予測される.また,MVを介した遺伝子の水 平伝播は同種・異種間ともに報告されている(21).海洋 中 か ら 単 離 さ れ たMVもDNAを 含 ん で い る こ と か ら(22),今後その動態を解析することは興味深く,MVが 実環境中での遺伝子水平伝播にどれほど寄与しているの か,その解析が待たれる.これまでに,多くの細菌にお いてMVにDNAが含まれることが報告されているにも かかわらず,どのようにしてMVに包括されるのかは解 明されていなかった(23).MVは外膜が出芽するような形 で形成されると考えられており,そうした場合,グラム 陰性細菌の細胞質内物質は内膜を超えない限りはMVに DNAが包括されない.この疑問に対して,前述で詳細 を示したとおり,われわれの提唱する溶菌モデルが一定 の答えを与えるものと考えている(10).このECLによる 細胞死の巧みなところは,同種集団中の一部の細胞での み誘導される点であり,生存した細胞はMVを利用でき る.細菌集団における一部の細胞死の意義はまだあまり わかっていないが,細胞間相互作用においても重要な役 割を果たしていることが示唆される.このように,MV 形成メカニズムが明らかになることで,細胞間相互作用 研究の新たな展開が拓きつつある.
MVによる微生物間相互作用の状況証拠が積み重なっ ていくなかで,今後解明すべき大きな課題となるのが,
放出されたMVの細胞選択性とMVがどのようにしてそ の中身を受容菌に受け渡しているか,である.さらに,
グラム陽性菌の場合は厚い細胞壁に覆われており,グラ ム陰性菌の場合は内膜が存在するため,MVの中身が細 胞質内に到達するにはいくつかの障壁がある.われわれ はMVをトラッキングするための技術を構築すること で,MVが細胞に付着したあとに起こる現象の解明を目 指している.MVの内容物の受け渡しを理解すること で,MVを介した微生物間相互作用の全貌が明らかと なってくるだろう.
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● 化学 と 生物
メンブランベシクルによる微生物‒宿主間相互作用 病原細菌が産生するMVにはしばしば特定の病原因子 が濃縮されている場合があり,MV産生者である細菌の 病原性と深く関連があることが示唆されている.たとえ
ば歯周病菌 のMVには病原因
子であるgingipainやLPSが含まれており,上皮細胞の剥 離や免疫反応に関与することが明らかとなっている(24). また,多くのMVは非常に安定であり, や Enteropathogenic (EPEC)のMVはエ ンドサイトーシスによって宿主細胞に取り込まれるが,
リソソームによって完全に分解されることなく,長時間 残存することが可能である(25, 26).さらに,
や のMVは宿主細胞と膜融合
を介して毒素を運搬する(27, 28).このようにMVは産生 細菌の病原因子をパッケージして宿主に届けるミサイル のような役割を果たしていると考えられる.一方,MV は産生細菌の防御機構の一つとしても機能する.血清成 分や抗生物質,バクテリオファージの多くは細菌の最外 層(LPSや膜タンパク質)を認識するが,MVは細菌の 最外層からなっており,上述の物質の撒き餌として機能 することでMV産生者である細菌を守る働きを果たすと 考えられている(1).さらに,黄色ブドウ球菌のMVは
β
-ラ クタマーゼを含み,アンピシリン感受性のグラム陰性菌 およびグラム陽性菌に抗生物質耐性を付与することか ら,薬剤耐性のまん延にも関与すると予想される(29).MVはLPS, PGやリポタンパク質を含むことから,宿 主免疫を調節する活性を有しており,細菌の急性感染や 慢性感染に深く関与すると予想されている(30).また,
結核菌( )のMV中にはリポタ
ン パク質 で あ るLpqH, LppX, LprAが 濃 縮 さ れ て い る(16).これらのタンパク質はToll用受容体(TLR)2の リガンドとして働き,樹状細胞やマクロファージにおけ る抗原提示を阻害することが知られている(17).既存の MV研究では病原性細菌を用いることによって,MVと 病原性との関連を解析する報告が多く見受けられた.一 方で,実環境中からMVが単離される事実は,病原細菌 のみならず環境細菌や常在細菌といったさまざまな細菌 がMVを産生する可能性を示している.プロバイオティ クスとしても用いられる乳酸菌である
は免疫調節能を有するMVを産生する(31).さ らにわれわれは腸内の悪玉菌および食中毒細菌として知
られる がMVを能動的に産生し
ており(32), のMVはTLR2シグナリング 経路を介して宿主細胞の自然免疫を誘導することが示唆
された(未発表データ).つまり,MVは腸管内細菌叢 と宿主における相互作用にも関与する可能性があり,今 後の研究進展が望まれる.このように免疫原性はMVに 普遍的な特性であると考えられ,MVはヒト常在細菌を 含む細菌‒宿主間相互作用において重要な役割を有して いると予想される.MVの免疫原性を利用したワクチン 開発も展開されており,実際に欧米では人工的に作成し たMVが髄膜炎菌ワクチンとして認証されている(33). またMVの鼻腔への免疫によって,全身の粘膜面にMV 由来細菌特異的な分泌型IgAの誘導を促進することが 示されており,粘膜性免疫においてもMVの利用および 展開が期待される(34).
おわりに
MVに関する報告はこの10年足らずで飛躍的に増加し ており,MV研究分野は注目を集めつつあるといえる(35). また海洋や活性汚泥といった自然環境中からもMVの単 離報告があり(22),MV産生は実環境中でも実際に起こり うる現象と考えられる.これまでMV産生は受動的な細 胞死や脂質の自己会合などの人為構造に捉えられがちで あった.しかしながら,滅菌された細菌細胞からはMV は生産されず,細胞死を含め,能動的な代謝がMVの産 生には必須であることが示されている.さらには,われ われを含めた複数の研究者が異なる遺伝子がMV産生に 関与することを明らかにしている.つまり,これらの事 実は細菌においてMVは能動的に産生され,実際の環境 中でさまざまな細胞間相互作用に寄与すること示してい る(図4).これまでにグラム陰性,陽性細菌問わず,
MV産生が全くない遺伝子変異株が取得されたという報 告がない事実を合わせると,MV産生は細菌にとって不 可欠な機能であり,生育環境に応じて複数の遺伝子に よって複雑に制御されていることが予測される.MVの 応用に向けた研究動向に関してはほかに優れた総説(36) があることからそちらを参照していただきたいが,MV
図4■MVを介したさまざまな細胞間相互作用のモデル図
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● 化学 と 生物
による細菌間もしくは界を超えた相互作用の機構解明 は,腸内細菌の宿主への作用や新しいワクチン開発,ド ラッグデリバリーシステムといったさまざまな応用分野 への展開が期待できると考えられる.
謝辞:本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業,科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業によるサポートを受けましたこと感謝いたしま す.
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34) R. Nakao, H. Hasegawa, K. Ochiai, S. Takashiba, A. Ainai, M. Ohnishi, H. Watanabe & H. Senpuku: , 6, e26163 (2011).
35) J. H. Kim, J. Lee, J. Park & Y. S. Gho:
, 40, 97 (2015).
36) 渡部邦彦:化学と生物,54,720(2016).
プロフィール
尾 花 望(Nozomu OBANA)
<略歴>2008年筑波大学第二学群生物学 類卒業/2011年同大学生命環境科学研究 科情報生物科学専攻修了/同年同大学生命 環境系研究員/2013年日本学術振興会特 別研究員(PD)/2015年筑波大学生命環境 系持続環境学専攻特任助教/2016年同助 教,現在に至る<研究テーマと抱負>グラ ム陽性細菌のバイオフィルムおよびメンブ ランベシクル形成機構の解析,最近は特に 微生物集団の不均一な遺伝子発現を介した 集団制御に興味をもって研究しています
<趣味>クライミング,ハンドボール 黒沢 正治(Masaharu KUROSAWA)
<略歴>2014年筑波大学生命環境学群生 物資源学類卒業/2016年同大学大学院生 命環境科学研究科生物資源科学専攻修了,
現在に至る<研究テーマと抱負>膜小胞を 介した細菌間メンブラントラフィックの分 子機構解析<趣味>マラソン,登山,読書
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
豊福 雅典(Masanori TOYOFUKU)
<略歴>2008年日本学術振興会特別研究 員(筑波大学生命環境科学研究科)/2009 年筑波大学大学院生命環境科学研究科博士 後期課程修了/2010年上原記念生命科学 財団海外ポストドクトラルフェロー(Uni- versity of Zurich)/2011年筑波大学生命 環境科学研究科研究員/2012年同大学生 命環境系助教/2014年同大学国際テニュ アトラック助教/2015年University of Zu- rich, Department of Plant and Microbial Biology 客員研究員兼任, 現在に至る<研 究テーマと抱負>細菌が生産するメンブラ ンベシクルを中心とした細胞間相互作用
<趣味>ジョギング,読書,土いじり,う さぎのお世話
野村 暢彦(Nobuhiko NOMURA)
<略歴>1988年広島大学工学部発酵工学 科卒業/1995年同大学大学院工学研究科 工業化学専攻博士課程修了/1996年筑波 大 学 応 用 生 物 化 学 系 助 手/1999年 同 講 師/2004年同大学大学院生命環境科学研 究科生物機能科学専攻助教授/2013年同 大学生命環境系教授,現在に至る<研究 テーマと抱負>細菌だからこそ見える生命 の根源を探求し,さらに応用へ結びつけた い<趣味>ゴルフ
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.812
日本農芸化学会