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数理モデルを通してみる植物の環境応答力 - J-Stage

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はじめに

行動学の創始者の一人であるNiko Tinbergenは,生 物学の問題に答えるには主に4つの問題設定のやり方が あることを強調した.今ではTinbergenの「4つのな ぜ」としてよく知られている.それは「生物の行動はど のような仕組みで誘発されるか」,「その行動は発育のど の段階で誘発されるか」,「その行動は,その生物にとっ てどのような意味をもつか」,「その行動は系統発生的に どのように生じたか」というもので,大きくわけて先の 2つを至近要因,後の2つを究極要因という.これら4 つのなぜを,植物の環境応答の文脈で捉え直してみる と,先の2つのなぜである環境応答の仕組みや発生につ いては,主にモデル植物を対象とした分子生物学や生理 学において近年研究が進み,高温や乾燥,土壌栄養欠乏 などのストレス環境耐性にかかわる遺伝子やその制御調 節の仕組みが分子レベルで次々と明らかとなってきた.

一方,残り2つのなぜについては,分子メカニズムが未 解明の時代から生態学や進化学において研究がなされ,

植物の環境応答を効率的な生存と繁殖のために発現する 適応形質だとみなし,その進化をもたらした背景が議論 されてきた.これら2つの生物学の側面を接近させるこ とで,植物がいかに生産性を高め多様な自然環境に適応 しているのかその分子メカニズムと適応的意義の両方を 明らかにすることが可能になってきている.本稿では,

数理モデルがこれら2つの側面の橋渡しとなることを,

植物の開花と成長にかかわるトピックを紹介することで 示したい.

植物の繁殖と資源収支モデル

毎年,秋になると森の木々は紅葉しわれわれの目を楽 しませてくれる.視線を地面に落として森を歩くと,毎 年決まって訪れる四季折々の変化に加えて,年とともに 異なる森の様相にも気づかれるだろう.ある年の秋には ミズナラやコナラなどのドングリが大豊作で地面が大量 の堅果で覆われている一方で,ほかの年にはいくら探し てもドングリは見つからないことがある.これは,なり 年や豊凶(あるいはマスティング)と呼ばれ,開花や結 実の季節は固定されているが,その量が大きく年変動し 森林全体で豊作と凶作のリズムが生まれることを指

(1, 2).たとえば冷温帯のブナ林では2〜7年に1回,ミ

ズナラ林では2〜3年に一度の豊作年が訪れるといわれ てきた.こうした木の実の豊凶が,食物網を通じてツキ ノワグマやヒグマ,アカネズミといった哺乳類や,ブナ ヒメシンクイ・ナナスジナミシャクといった種子食性昆 虫の集団にも大きな影響を与えることが知られてい る(3).私たちの生活に身近なミカンやカキ,アボカドな どの果樹においても,果実のなり年と不なり年が交互に 現れる隔年結果が頻繁に見られる.

日本農芸化学会

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セミナー室

植物の生存・成長戦略から見た環境突破力-10

数理モデルを通してみる植物の環境応答力

佐竹暁子

九州大学大学院理学研究院

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植物がマスティングを示すのは,花や種子をほかの個 体と同調して特定の年に大量生産することでより多くの 子孫を残すことが可能になるからだと考えられている.

大量生産の経済説(economy of scale)と呼ばれるこの 仮説は,工場の製品生産からきたもので,一度の生産量 が多いほどコストが節減し製品生産の効率が高まるとい うものである(1).マスティングにおいて究極要因にかか わるこの仮説に対応するものは,花や種子を大量生産す ることでそれらを餌とする捕食者を飽食させる効果があ るとする飽食者飽食仮説や(4, 5),受粉効率が高まると考 える受粉効率仮説であり(6),これらをサポートする野外 データは多く蓄積されている.しかし,花や種子量の豊 凶がどのような仕組みで生じるのか,マスティングを示 す種とそうでない種にはどこに違いがあるのかといった 至近要因については,いまだによくわかっていない.近 年,長年謎とされてきたマスティングの仕組みが,

フィールドワークによる観察,数理モデルを用いた研 究,そして遺伝子発現パターンの野外観測が組合わされ た融合的アプローチによって解き明かされようとしてい る.

マスティングを引き起こす一つの要因は,開花・結実 に影響を及ぼす気象条件の年変動であると考えられてい る.北海道のブナ林では,例年よりも暖かい春を経験す ることによって花芽形成が抑制される可能性や(3, 7),ア メリカ合衆国カリフォルニア州のバレーオークでは春の 気温とその年の種子量が高く相関していること(8),南半 球のニュージーランドではブナ科を含んだ多様な植物種 において,前年とその前の夏の気温差と種子量に高い相 関があること(9)が報告されてきている.

こうした外的要因によってマスティングを説明する仮 説に対して,植物体内の養分量という内的要因による制 御を重視する仮説も提案されている.確かに,結実後は 炭水化物や窒素資源が減少することや(10〜12),大量の開 花・結実は2年連続して生じることはほとんどないこ と(13)はこの仮説をサポートするものである.そして,

資源収支モデルと呼ばれる数理モデルを用いた研究に よっても,植物内の養分量の年間変動によってマスティ ングが生じることが示されている(14, 15).資源収支モデ ルでは,植物は毎年養分を蓄積するが,それが閾値を超 えると開花,結実し,繁殖のため資源が枯渇すると考え る(図1.この繁殖後の資源枯渇によって繁殖量の年 変動が生じることになる.また,開花から結実へ至る際 に,ほかの樹木の開花量が十分であるときにのみ受粉が 成功し結実するという花粉制限を考慮すると(図1), 異なる植物個体間で繁殖リズムが引き込み合い,集団レ

ベルで新しいリズムが生じることが予測される.資源収 支モデルは,これまでにない見方をマスティング研究に もたらした.それは,温度などの外的環境が安定で,資 源の稼ぎも毎年一定であったとしても,植物内の資源量 は変動し繁殖量は自律的に変動するという考え方であ る.そしてそのリズムは,どれだけ繁殖に資源を投資す るか,そして受粉に他個体からの花粉をどれだけ必要と するかに依存して,毎年開花から隔年周期の開花,そし てカオス的開花挙動といった多様性を見せる(16).つま り資源収支モデルでは,繁殖への資源投資と受粉様式を 進化可能な形質だと捉えると,与えられた環境で進化す る繁殖戦略を説明する問題にも応用できるのである(17). しかし,どういった栄養資源に花芽形成が制御されて いるのか,本当に栄養資源が植物内で年変動するのかに ついては未解明のままであった.その主な理由は,花芽 形成のタイミングを把握するのが典型的なマスティング 種である樹木では難しく,花芽形成と実際の開花時期に は大きなタイムラグがあるため,どの時期の栄養資源量 を観測するべきか明確な基準がなかったことだと考えら れる.そこで私たちは,当モデルの妥当性を検討するた めに,花芽形成にかかわる遺伝子の発現量をマーカーと して長期間野外でモニタリングし,その変化と栄養資源 量を分析することによって,花芽形成を制御する因子の 特定を試みた.まず顕著なマスティングを示すブナにお いて,花成にかかわる主要な遺伝子である

 ( ),  ( ),そして  

( )を同定し,各遺伝子がシロイヌナズナと同様に 図1マスティングを説明する資源収支モデルの模式図

年, +2年, +3年は非開花年, +1年は開花年にあたる.開 花・結実への資源投資量が大きいほど,連続して非開花年が生じ るようになる.他個体から十分な花粉が提供された年に,花は受 粉され結実する.この花粉を介した個体間相互作用によって,集 団内の個体は類似した資源量変化を示すようになり,開花・結実 の同調が誘発される.星印は開花を示す.

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花成促進の機能をもつことをシロイヌナズナにブナ遺伝 子を導入した形質転換体を用いて確認した.そして,ブ ナの分布北限にある北海道黒松内ブナ林と羊ヶ丘の植栽 ブナを対象に,5年間にわたりこれらの遺伝子の発現量 をモニタリングしたところ,発現が高い年と低い年が2 年周期で生じ,それは実際に翌年の春に見られる開花率 と高く相関することが示された(18)(図2a,b).このこと は,日長など毎年決まった季節変化を見せる因子だけで は,遺伝子発現の年変動は説明できないことを意味して いる.枝における栄養資源量を測定した結果, 遺伝 子発現量と窒素資源量の間に高い相関が見いだされ,枝 の窒素含量も2年周期の変動を見せることが明らかと なった.そこで,窒素施肥実験によって実際に花成が誘 導されるか確認したところ,窒素量が十分であればどの 遺伝子も顕著に発現が上昇し,その結果2年間連続で開 花することが証明された(17)(図2c).この結果は,花芽 形成のオン・オフスイッチが窒素資源量の変動によって 制御されることを示唆するものであり,資源収支モデル を出発点として,マスティングを生み出す原因因子の候 補を絞ることができた.近年は豊凶様式が著しく変化し ていることが指摘され,多くは温暖化に起因すると考え られているが,本研究は人間活動に伴う窒素負荷の増大 と豊凶の関連を示唆する新しい視点を提供するものだと 考えている.

今後は同様のアプローチを,異なる環境に生息する個 体群およびブナ以外の種へ応用し,個体群間・種間比較 を行うこと,および窒素循環と気象要因の関係を詳しく 分析し,本成果の一般化を検討していく必要がある.ま た,窒素資源の年変動が生じる仕組みは,年ごとに土壌 からの供給量が変化するからなのか,それとも繁殖への 資源投資による自律的な変動なのかは,今後明らかにさ れるべき課題である.さらに,本稿では日本のように はっきりとした四季のある地域で見られる豊凶現象を紹 介したが,マレー半島からスマトラ,ボルネオにかけて の東南アジア島嶼部では温度,日長,降水量のいずれも 明確な季節性を見せないにもかかわらず,数年間隔で生 じる一斉開花・結実現象がフタバガキ林で観察されてい

(19, 20).この熱帯で見られる一斉開花と温帯地域で観

察されるマスティングを,同様のアプローチを用いて分 析することで,マスティングや一斉開花種に特有なシグ ナル伝達経路や開花遺伝子間制御関係を見いだし,それ らが獲得された進化的背景について議論することが可能 になるだろう(21)

植物の成長とデンプン代謝の概日時計制御モデル 植物が栄養成長から繁殖成長へと相転換する前には,

個体として十分成長し子孫である種子に栄養を分配する 図2ブナ開花遺伝子の相対発現量変化と窒 素との関係

a:  青:  ,黒:  ,赤:  の相対 発現量変化.黒棒は開花率を示す.b: 7月の 発現量と翌年の開花率との関係.c: 窒素 施肥実験の結果.KM1‒3とHG1‒2は黒松内調 査地の対象3個体と羊ヶ丘調査地の対象2個体 をそれぞれ示す.

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準備を整えなくてはならない.この植物の成長を支える 背後にある,巧みなデンプン管理の存在が近年の研究に よってわかってきた.また,これまで示された実証デー タの断片を,デンプン代謝の概日時計制御モデルを用い て結びつけることで,新しい発見が得られてきた.本稿 の後半では,このテーマについて簡単に紹介したい.

一度種子が発芽し定着すると移動することのない植物 は,一日の周期で生じる昼夜の光環境変化や一年を通し て生じる日長の連続的な変化に適切に応答し,成長する 仕組みを発達させてきた.一日の中で生じる昼夜の光環 境変化に対しては,光合成の可能な昼の間に生産された 光合成産物の一部を,光合成のできない夜の蓄えとして 分配することで夜間のエネルギー不足をしのいでいる.

C3植物において夜の蓄えは,葉肉細胞内に蓄積された 非水溶性のデンプン顆粒であり,それを分解することで 呼吸や成長に必要なショ糖を昼夜問わず利用することが できると考えられる.しかし,昼夜問わず成長するの は,それほど簡単ではない.デンプンを蓄え過ぎると,

昼に利用できるショ糖が枯渇してしまうし,逆にデンプ ンの蓄えが少なすぎると,今度は夜間にショ糖が枯渇し 成長が阻害されてしまう.また,蓄えられたデンプンを 一定速度で分解するだけでは,夜の終わりにはショ糖は 枯渇してしまう可能性がある.さらに,季節変化に伴う 夜の長さの変化にも対応できるよう,デンプンの蓄えと 分解の仕方を柔軟に変化させなくてはならない.このよ うに,異なる日長条件においても昼夜にかかわらず成長 するためには,デンプンの蓄積と分解が巧みに制御され ほど良いバランスを生み出すころが必須であるが,この 巧みなデンプン管理はどのようになされているのだろう か?

実証研究によって明らかとなっているシロイヌナズナ の回答をまず紹介しよう.シロイヌナズナのデンプン量 は,明期にはほぼ一定速度で増大し,暗期にはほぼ一定 速度で減少する(22〜24)(図3.そして,夜の長い短日条 件では,その蓄積速度は大きくなり,逆に夜間の減少速 度は小さくなる(25〜27)(図3).その結果,日長にかかわ らず夜の終わりには僅かではあるがデンプンが枯渇する ことなく残る.つまり夜が長くなると,短い昼の間に一 所懸命デンプンを蓄え,それを少しずつ消費して長い夜 をしのいでいるのである.この特性は,光強度やCO2

濃度をさまざまに変えても共通して観察されるものであ

(28〜30).シロイヌナズナの回答を要約すると,①デン

プン量の昼間の増大と夜間の減少を一定速度で(ほぼ線 形に)行う,②日長に応じて,デンプンの蓄積と消費速 度を柔軟に変えて夜明けにほぼ同じ量のデンプンを残

す,という2点である.

シロイヌナズナの回答の背後にあるデンプン制御の仕 組みを説明するために,これまで異なる発想に基づいた 2つの数理モデルが提案されてきた.一つ目のモデル は,夜間のデンプン利用を説明するもので,植物は日没 時に自らがどれだけデンプンを蓄積したかを計測してい ること,そして概日時計によって夜の長さを正確に計測 していること,を仮定している(31).本稿ではこれをデ ンプン計測モデルと呼ぶ.この仮定を用いると,日没時 のデンプン量を夜の長さで割るだけで,適切なデンプン 減少速度,つまり,どんな日長でも同じ量のデンプンが 夜明けに残るような分解の仕方,を求めることができ る.デンプン計測モデルでは,デンプン量と夜の長さの それぞれを計測する仮想的な分子を想定し,それらの化 学反応によって,日長に依存した適切なデンプン分解速 度が決まると考えている.本モデルは,植物が割り算を することを示した例として,驚きをもって迎えられた.

また,その後デンプンの動態と詳細な時計遺伝子制御 図3典型的なデンプン量の日周変化

12時間明/12時間暗条件(黒色)と8時間明/16時間暗条件(灰 色)の比較

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ネットワークを結びつけたモデルも提案されている(32). 2つ目のモデルは,デンプン計測モデルとは異なり,

植物の成長に直接利用されるショ糖に着目したものであ

(33〜35).ここでは,それをショ糖計測モデルと呼ぶ.

ショ糖計測モデルでは,葉肉細胞内のショ糖量とデンプ ン量の変化が,光合成産物の生成と代謝プロセスをもと に数式化されているため,デンプンとショ糖量変化の関 係を直接捉えている.その結果,シロイヌナズナが示し た回答の一つである,デンプン量変化に見られる線形性 は,実はショ糖ホメオスタシス(ショ糖量が昼夜問わず 常に一定量に維持される)と同値であることが示され る.つまり,ショ糖の供給量が昼夜問わず常に一定であ るときにデンプンは昼には線形に増加し,夜には線形に 減少するのである.さらに,デンプン分解速度が概日時 計の制御により一日の中で振動すること,そして概日時 計の位相(針の位置)はショ糖量に応答して変化するこ とでデンプン分解速度が日没に最小値,夜明けに最大値 をとるように調節されていると考えると,ショ糖ホメオ スタシスが成立し,それと同時にどのような日長でも夜 明けにはデンプンが枯渇することなく残されることが示 される.

デンプン計測モデルとショ糖計測モデルは,着眼点が 大きく異なるものではあるが,デンプン分解速度の日周 変化については,ほぼ同じ結果が得られた.夜の終わり に近づくほどデンプン分解速度は大きくならなければな らないということである.しかし,その理由は2つのモ デルで大きく異なっている.デンプン計測モデルでは,

デンプン量変化に見られる線形性(つまりシロイヌナズ ナの回答①)を生み出すためであり,ショ糖計測モデル では,むしろ昼夜にかかわらずショ糖供給を一定に保つ ためなのである.この違いは,2つのモデルの根本的な 発想の相違を際立たせるものである.前者のモデルは,

実証データで報告されたデンプン制御の仕組みを説明す るためのものであるのに対して,後者のモデルはデンプ ン制御の仕組みだけではなく,植物が何を最適化(この 場合にはショ糖ホメオスタシスの実現)するために特徴 的なデンプン分解の日周性を発達させてきたのか,とい う適応的意義にかかわる問題についても答えようとする ものである.また,2つのモデルは両者とも概日時計の 関与を考慮したものであるが,その取り入れ方はシロイ ヌナズナの回答②に関して特に大きく異なっている.デ ンプン計測モデルは,概日時計によって夜の長さが計測 されていると考え,その計測情報をもとに与えられた日 長に適切なデンプン消費速度を計算できるという提案で ある.一方で,ショ糖計測モデルでは,概日時計の光リ

セットと類似の位相変化がショ糖刺激によっても起こ り,デンプンの蓄積と消費速度が与えられた日長に合う よう時計の位相が調節されるという仕組みを提案してい る.

デンプン計測モデルとショ糖計測モデル,いずれが植 物の実体に迫るものであるかを判断する材料は現段階で は十分ではない.ここでは現状で報告されている実証 データについて紹介し,今後何が求められるかを整理し たい.まず,デンプン分解にかかわる概日時計の関与を 示すデータは,これまで数多く報告されている.たとえ ば,シロイヌナズナを対象にした夜間長の操作実験に よって,植物は夜明けがいつ訪れるかにかかわらず前日 の夜明けからおよそ24時間後にデンプンを使い尽くす ようにプログラムされていることが示されている(26). また,約17時間に短縮された体内時計周期をもつ ‒

二重突然変異体は,12時間明/12時間暗の明暗サイ クルではデンプン分解が速すぎて夜明け前にデンプンを 使い果たしてしまうが,8.5時間明/8.5時間暗のサイク ルでは炭素資源は枯渇することなく,適切に利用される ことが報告されている(26).これらの結果は,2つのモデ ルで仮定された概日時計によるデンプン分解の制御を強 く示すものであるが,デンプン分解速度が夜明けにピー クを迎えるような振動を実際にみせるのかどうかについ てはわかっていない.デンプン分解速度の振動をもたら す実体解明については今後の課題である.

そのほか近年の研究によって明らかとなってきたこと は,ショ糖による概日時計の制御である.光合成葉で生 産されたショ糖の根への輸送が,地上部と地下部の体 内時計の同期に関与している可能性(36)や,培地への糖 投与によって多数の遺伝子の日周性リズムの位相変化 や,中心的な時計遺伝子である

 ( ),  ( ),

 ( )における振動の周期変化が生じるこ とがこれまで指摘されてきている(37〜39).また,これま で知られていた光刺激に加え,葉の気孔から与えられた ショ糖パルス刺激に反応して,概日時計の位相が調整さ れることも明らかになった(40).概日時計の針が主観的 な朝の時間帯にあるときには時計の針が進み,一方,概 日時計の針が主観的な夜の時間帯にあるときには時計の 針が遅れるのである(40).これは,概日時計がデンプン 代謝を制御するという一方向的な関係ではなく,概日時 計自体もデンプン代謝のアウトプットであるショ糖に よって制御されるというフィードバック機構の存在を強 く示唆するものである.これは,ショ糖計測モデルの発

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想と合致したものであり,今後はショ糖刺激に対する概 日時計の位相応答の意義をショ糖ホメオスタシスおよび 植物の最適成長の視点から説明することが課題である.

デンプン計測モデルにおいては,デンプン量を計測する 分子,夜の長さを計測する分子の実体を明らかにするこ とが求められている.

巧みにデンプン代謝を調節するメカニズムはいまだ謎 に包まれている側面が多いが,近年得られた新しい知見 と,これまで提案された数理モデルの仮定や予測を照合 することによって,現状の数理モデルはより洗練され実 証研究への洞察を与えるものに成長していくことが期待 される.

おわりに

本稿では,植物の環境応答のメカニズムとその適応的 意義の両者を橋渡しする数理モデルの役割について強調 してきた.環境応答の各プロセスにおいて応答を担う分 子や制御関係に関する知識が毎年蓄積されている現在,

各プロセスは子孫を残すためになぜ必要なのか,自然界 でどういう役割を果たしているのか,という視点を導入 することで,膨大な可能性から本質的な意味をもつ因子 を絞り込むことや,一見関連のない因子間の結びつきを 見いだすことが可能になるだろう.一方で,野外で見ら れる植物の多彩な環境応答力を見いだしその進化的背景 を明らかにするとき,分子レベルの知見を取り入れるこ とによって,形質の多様化の背後にある種を超えた共通 なメカニズムをもとにした議論ができるようになる.動 き回ることのできる動物である私たちとは異なる生活史 をもつ植物は,予測をはるかに超えた豊かな環境応答力 を示し,私たちを驚かせてくれる.今後,多角的視点を もって植物と向き合うことでどのような新しい驚きを得 ることができるか,楽しみである.

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N. Dodd, M. J. Gardner, M. A. Stancombe, M. J. Haydon,  G.-B. Stan, J. M. Gonçalves  : 

108, 5104 (2011).

40)  M. J. Haydon, O. Mielczarek, F. C. Robertson, K. E. Hub- bard & A. A. R. Webb:  , 502, 689 (2013).

プロフィール

佐竹 暁子(Akiko SATAKE)

<略歴>2002年九州大学理学研究院博士 課程修了/同年日本学術振興会特別研究員

(ペンシルバニア州立大学・京都大学)/

2005年日本学術振興会海外特別研究員

(プリンストン大学)/2007年スイス連邦 工科大学水圏科学技術研究所グループリー ダー/2008年北海道大学創成科学共同研 究機構特任助教/2011年同大学大学院地 球環境科学研究院准教授/2015年九州大 学理学研究院准教授<研究テーマと抱負>

植物の季節応答の分子メカニズム,熱帯雨 林で見られる一斉開花,人間や動物の意思 決定機構などを,非線形力学・格子モデ ル・ゲーム理論・学習理論と野外実験・分 子生物学的実験を合わせた統合的アプロー チによって研究している.主著『生態学と 社 会 科 学 の 接 点』(編 著,共 立 出 版)

『Temporal Dynamics and Ecological Pro- cess』(共 著,Cambridge  University  Press)など<趣味>スキー,俳句

Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.205

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

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カイコの周期的な摂食行動と特徴的行動の発見 カイコ は,その産業的な役割から,これまで にさまざまな分野の研究が行われてきている.栄養学的な研究 は,1960 年代から始まった人工飼料の開発の際に集中的に行 われたものの,摂食行動に関する研究は,カイコのみならず他 の昆虫種でも全く行われていなかった.それは,摂食行動の良