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化学と生物 Vol. 52, No. 12, 2014担子菌酵母クリプトコッカスによる酵素生産
新たな発現系が開く可能性
遺伝子組換え技術の発展とともに,その応用技術とし てのタンパク質の組換え生産ではさまざまな宿主が用い られてくるようになった.タンパク質の研究の分野で は,とりあえず大腸菌で試してみるという研究者も多い のではないだろうか.活性型で発現しやすいという理由 で酵母を選択する研究者もいるだろう.タンパク質の発 現系は,研究対象であるタンパク質の発現から,試薬や 医療用タンパク質さらには産業用酵素の生産など多様な 目的に利用されている.現在,組換えタンパク質の生産 に使用できる宿主の例としては,細菌類では大腸菌,バ チルス属細菌,ブレビバチルス属細菌,コリネ型細菌,
放線菌,真菌類では酵母,カビ,さらに動植物培養細胞 を用いたものや,カイコなど動物やイチゴなど植物その ものを用いたものがある.タンパク質合成に必要な試薬 を組み合わせた無細胞系での発現についても複数の方法 が存在する.どうして,これほどまでにたくさんの発現 系があるのかというと,冒頭で述べたとおりさまざまな 生物において遺伝子組換え技術が発達してきた結果とし て,その応用分野として発展してきたという側面がある のではないかと思われる.ある特定のタンパク質につい ての需要は高く,生理活性を有するタンパク質について は医薬品としての利用が注目されている.また,酵素を 利用するバイオテクノロジーの発展もタンパク質である 酵素に対する需要を生み出している.しかし,いまだに どのタンパク質でも大量に発現できる万能な発現系が存 在しないという事実もあり,そのこともさまざまな発現 系が存在している理由だとも思われる.
それぞれ開発されている発現系の目指すところは一つ ではなく,利用する際には,それぞれの特徴によって使 い分ければ良いと思う.産業利用の場合は,より多くの タンパク質を大きなスケールで生産することが一つの目 的となる.一方,タンパク質の研究においては,それほ ど多くのタンパク質が必要ではないが,それぞれの実験 系で必要な量は確保しなければならず,できる限りその 生産量を上げることは,産業利用の場合と共通した課題 である.これまでに,宿主細胞の遺伝的な改変により目 的タンパク質の生産性を高めることなどの発現系開発が 行われている.たとえば,分裂酵母
では,タンパク質分解にかかわるプロテアー ゼの破壊がタンパク質の生産に効果的であることなどが 報告されている.
本稿では,酵母を中心とした異種タンパク質発現系に 注目し,特に新規の発現系の意義と可能性について考え てみたい.酵母による発現系の特徴は,培養が容易であ り,比較的安価な培地を利用できることや,目的タンパ ク質を菌体外に分泌生産させる場合,すでに活性のある 形で生産されることが挙げられる.さらに,培地中に存 在するタンパク質が少ないことも,その後の精製に有利 である.酵母の発現系で特に有名なものは,
と (
)であろう. は1970年代のsingle cell proteinの研究から発展してきた異種タンパク質発現系 であり,メタノールを炭素源として目的とするタンパク 質を生産することができる.近年では,糖鎖改変の技術 も進み,ヒト型糖鎖を有するタンパク質の生産にも成功 している. による異種タンパク質生産のため のキットは以前から販売されており,タンパク質の研究 用ツールとしても広く使われている.これまでに多くの 実績のあるこの発現系であっても万能ではなく,目的と するタンパク質によってはその生産が難しいものも存在 する.発現させるタンパク質またはそれをコードする遺 伝子と宿主の組み合わせには,相性と表現されるような 個々の組み合わせにおける問題が存在する場合があり,
宿主を変更することでその問題を解決できる場合もあ る.現在開発されている酵母の発現系は,上記の
, , 以 外 に も
, ,
などがある(1)
.
sp. S-2(以下S-2株)は,生デンプンを 分解できるアミラーゼの生産を指標として酒類総合研究 所にて単離されてきた担子菌酵母である(2)
.研究当初
は,その酵母が生産する酵素の多様性,新規性について 研究が進められていたが,エレクトロポーレーションに よる遺伝子導入技術や高密度培養技術が確立し,強力プ ロモーターの解析も進んだことから,近年ではタンパク 質生産宿主としての開発が行われている(3).S-2株は担
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子菌酵母であり,これまでに異種タンパク質の発現に用 いられているほかの子嚢菌酵母と比べ,高いGC含量を もつ(表
1
).このことは,同様に高いGCをもつ異種タ
ンパク質遺伝子の発現に有利であると予想される.最近 では,1,000 bp程度の遺伝子の全合成も安価に実施でき るようになり,その場合は,S-2株のコドンユーセージ に合わせた遺伝子の設計が好ましい.現在のところ,異 種タンパク質発現においては,キシロースで誘導可能な キシラナーゼプロモーターを使用し,遺伝子導入マーカーと宿主は,オロチジン酸ホスホリボシルトランス フェラーゼをコードする 遺伝子およびその遺伝 子に変異をもつS-2株のウラシル要求性株を使用してい る(図
1
).なお,本システムで用いる遺伝子導入法で
は,導入された遺伝子断片は染色体に組み込まれ,安定 に保持される.S-2株において,西洋わさび由来のペルオキシダーゼ の異種生産について検討を行ったところ,コドンの最適 化によりその発現量は著しく改善された(4)
.定量PCR
によりコドン最適化前後のmRNA量を調べたところ,コドン最適化によりmRNAが安定に存在していること,
またコドン最適化していないペルオキシダーゼ遺伝子の mRNA量は5
′
領域と比べ3′
領域で低いことがわかった.さらに,mRNAにおけるポリA付加の位置を調べると,
コドン最適化した場合はストップコドンの下流に付加し ていたのに対し,コドン最適化していない遺伝子ではペ ルオキダーゼのコーディング領域に付加していた.つづ いて,この酵素が本来有するC末端液胞輸送シグナル配 列を削除し,菌体外への分泌に最適なS-2株由来のN末 端分泌シグナル配列を付加することで,これまでほかの 宿主で報告されている生産量を超えるペルオキシダーゼ の培地中への分泌生産が可能であった.
また,ラッカーゼをターゲットに,S-2株と
で異種タンパク質の生産性の比較を行った(5)
.複数
のラッカーゼについてその発現を調べたところ,や 由 来 の
ラッカーゼについては, による発現量をはる かに超える生産量(それぞれ143倍,60倍)を示した.
ペルオキシダーゼやラッカーゼは糖タンパク質であり,
S-2株が生産するこれら異種発現酵素もN糖鎖が付加し ていることは,脱糖鎖酵素PNGaseやEndoH処理によ り分子量が減少することから確認されている.
このS-2株による異種タンパク質発現系を利用すれ ば,S-2株が本来生産する酵素の生産性の向上も可能で ある.S-2株が生産するクチナーゼ様酵素 (Cutinase like enzyme (CLE)) は,酵母から見いだされた最初の クチナーゼ様の酵素であり,プラスチックの分解(6)や エステル交換反応(7)に特徴的な性質を示す.このCLE の生産においては,異種タンパク質生産同様,ウラシル 要求性を相補する 遺伝子とS-2株由来のキシラ ナーゼプロモーターやCLEのプロモーターの下流に CLE遺伝子をつないだ遺伝子断片を導入し,最適な誘 表1■異種タンパク質発現に用いられる酵母の使用コドンにお
けるGC含量
酵母 GC含量(%)*
子嚢菌酵母
39.8 42.2 39.8 40.1
( ) 49.6
53.7 担子菌酵母
sp. S-2 60.4
* Codon Usage Database (http://www.kazusa.or.jp/codon/)
図1■ sp. S-2における遺伝子導入と組換え酵素
(タンパク質)生産
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化学と生物 Vol. 52, No. 12, 2014導条件の下,従来の親株の50倍以上の生産が可能で あった.これら遺伝子組換えに使用する各遺伝子は,
S-2由来のものであり,CLEを高生産するセルフクロー ニング株の育種も可能であった.さらに,S-2株由来の 好酸性セルラーゼについても,S-2株による遺伝子組換 え生産が可能であり,培地成分の流加培養により7 g/L の分泌生産が可能であった(8)
.
新たに開発される酵母発現系は,従来の発現系では難 しいタンパク質の生産を可能にするかもしれない.現在 でも,さまざまな発現系が開発され続けており,利用す る側の選択肢は広がっている.宿主の改良により発現が 改善される場合もあるが,発現の可否を決定づける要因 は明らかではない場合も多く,新たな発現系にも期待が 寄せられる.一方で,新たなタンパク質も発見され続け ており,異種タンパク質発現の需要はこれまでどおり続 くと思われる.酵素の産業利用も増えていくと思われ,
異種タンパク質の生産はバイオテクノロジーの基幹技術 として,今後さらに重要になると思われる.膜タンパク 質など,発現が難しいタンパク質についての技術課題は まだまだあるが,少しずつ成功例を積み重ねていくこと で,タンパク質発現についての理解が深まっていくので はないかと思う.
1) E. Celik & P. Calik: , 30, 1108 (2012).
2) H. Iefuji : , 58, 2261
(1994).
3) K. Masaki : , 93, 1627
(2012).
4) Y. Utashima : , 98, 7893
(2014).
5) N. Nishibori : , 115, 394 (2013).
6) K. Masaki : , 71, 7548
(2005).
7) N. R. Kamini : , 37, 405 (2001).
8) 正木和夫: , 17, 167 (2010).
(正木和夫
*
1,家藤治幸 *
2, *
1 酒類総合研究所,*
2 愛媛 大学農学部)プロフィル
正木 和夫(Kazuo MASAKI)
<略歴>1993年北海道大学理学部高分子 学科卒業/1995年同大学大学院理学研究 科修士課程生物科学専攻修了/1999年同 大学大学院理学研究科博士課程生物科学専 攻(単位修得退学)/同年蚕糸昆虫農業技 術研究所重点基礎研究研究員/2000年博 士(理学)(北海道大学)/同年科学技術特 別研究員(酒類総合研究所)/2003年酒類 総合研究所任期付研究員/2006年同研究 所研究員/2008年同研究所主任研究員,
現在に至る.2011年より広島大学大学院 生物圏科学研究科食資源科学講座客員准教 授(併 任)<研 究 テ ー マ と 抱 負>微 生 物
(特に酵母)機能の応用利用<趣味>テニ ス,美術鑑賞
家藤 治幸(Haruyuki IEFUJI)
<略歴>1975年京都大学農学部食品工学 科卒業/1977年国税庁醸造試験所/1978 年広島国税局/1982年金沢国税局/1987 年国税庁醸造試験所/2001年酒総研環境 保全研究室長/2002年広島大学大学院生 物圏科学研究科併任教授/2004年同大学 同学科客員教授/2006年酒総研醸造技術 応用研究部門長/2009年研究企画知財部 門長/2011年酒総研退職/2012年愛媛大 学農学部客員教授<研究テーマと抱負>現 在,高校生などに理科や科学への興味をも たせる活動を行っている<趣味>古い町並 み歩き,レース鳩飼育
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