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第1部 学生たちが見た世界●
新型 コ ロ ナ ウ イ ル ス と 「新 し い 生活様式」 ―中国 に 焦点 を 当 て て ―
外国語学部 中国語学科 4年 小椋 洸
はじめに誰が新型コロナウイルス(以下コロナと表記する)の感染拡大を予想できたでしょうか。コロナ感染拡大の影響により日本政府は四月十六日から五月三十一日まで緊急事態宣言が発令され、NPB(日本野球機構)は当初の開幕予定よりも遅らせた六月十九日になり、143試合から120試合に短縮されました。また、二〇二〇年の夏には東京オリンピックを控えていましたが、延期になるなど異例の年となりました。経済産業省のレポートによると、移動の制限や外出自粛などの影響によって、日本経済の経済損失は対GDP(国内総生産)比でマイナス6・1%、約
30兆円以上を上回ると推定されています。
最初に確認された湖北省武漢(図1)でのコロナ感染者は、中国衛星当局によると二〇一九年十二月八日と発表されています。中国政府の専門家は、二〇二〇年二月にウイルスの発生源について中国に生息するコウモリが感染源だと考えられていました。一方、海外から武漢にウイルスが持ち込まれた可能性も否定できないため、ウイルスの発生源やヒトへの感染経緯の解明には至っていません。そのようなコロナ感染拡大によって例年とは全く異なる生活をしてきました。今回は「中国のコロナ禍における生活」に注目してみたいと思います。人文学会学生部会で開催した学生部会と留学生による討論会「差別とコロナ」を開催した様子と、中国在住の友人にコロナ禍生活についてインタビューを行ったので、読者の皆さんに実際の声を届けたいと思います。
留学生との討論会「コロナと差別」人文学会学生部会で二〇二〇年初めての企画が、五月二十九日の学生部会と留学生による討論会「差別とコロナ」でした。この企画は、コロナ感染拡大によって中国人、アジア人が差別を受け ている問題について、学生部会と留学生(中国二名、イタリア一名)で討論会を行いました。感染拡大当初、欧米で初の感染が確認されたフランスで、アジア系住民に対する人種差別が問題となりました。「アジア系というだけで握手を拒否された」、「電車に乗ると周囲の人が逃げる」、「咳をしただけでタクシーから降ろされる」などと嘆く声が聞かれました。その一方、「感染者はアジア圏に多いのも事実、差別ではなく予防だ。」と差別の意識がなく正当化する声もありました。そこで、
Twitterで「#JeNeSuisPasUnVirus(#私はウイルスじゃない)」と人種差別について声を上げるハッシュタグが拡散されました。このようなコロナ差別について神奈川大学の留学生たちが、安心して大学の講義を受けられるように「コロナと差別」について討論会の企画を立てました。参加者の留学生は日本で差別のような言動や行動をされたことがないと答えてくれましたが、やはり家族はとても心配されていたそうです。イタリアからの留学生は、この差別問題について「近頃の世界が国際化してきたにつれて、人種差別に関係ある事件も増えてきたため、差別問題に関する事件を減らす活動をするべきだ。」と話しまし
図1 湖北省武漢
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● 新型コロナウイルスと「新しい生活様式」―中国に焦点を当てて―
た。この意見に中国からの留学生は「差別を完全になくすことは不可能に近いが、緩和することはできると思う。」という意見がありました。コロナ差別の根本には、「コロナ感染への恐れ」や「元々の中国に対してのステレオタイプ」があるのではないかと考え、お互いの国に対しての理解が極めて重要ではないかと思います。そのため、私たち学生部会は去年に引き続きこれからも留学生との交流会の企画を立て、様々な国の文化など理解する場を作っていこうと思います。
中国のコロナ禍生活私は中国江蘇省在住の友人Aさんにインタ ビューを行いました。Aさんは二〇一九年十二月にニュースでルームメイトと武漢でコロナの感染者が確認されたことを知ったそうです。その当時はまだコロナに対して重要視はしてなったそうです。一月、春節(旧正月のこと。中華圏では最も重要とされる祝祭日である)の二日前に武漢がロックダウンされたものの、Aさんの親戚は、まだコロナについて深刻と考えておらず、春節を家族や親戚で過ごしたそうです。田舎から来たAさんの祖父は村に帰って間もなく閉鎖され、そこから周りの人はコロナを気にするようになり、外出しなく なったと話してくれました。その後、Aさんが住んでいる小区(生活に必要な施設や店舗を伴った市内の居住地区)も閉鎖されてしまい、外出する際一軒ごとに人数と外出回数が制限されたそうです。Aさんは一度だけスーパーへ行ったことがあるそうですが、「入り口で検温と使い捨ての手袋を受け取り、買い物する時は受け取った手袋とマスクを着用しなければいけない。」と言っていました。最後にAさんは、「今はとてもリラックスして過ごせていますが、当時はとても長く感じました。私が一番苦労したことは、メンタルケアです。予定をしていたオーストラリア留学や努力して得た実習の機会がコロナによってなくなってしまいました。しかし、感染した方やその家族の悲しみに比べると、私は良かった方だと思います。」と話
(図2)学生部会と留学生による討論会の様子
(図3)中国江蘇省
(図4) 2020 年 1 月、武漢でコロナ感染が確認 された後、車から見た景色。
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第1部 学生たちが見た世界●
してくれました。次に中国遼寧省大連在住の友人Bさんにインタビューを行いました。Bさんには現在の状況について聞きました。最近の中国では、ほとんどコロナによる感染は抑えられているため、マスクを着用しなないで外出することもできますが、人通りの多いところで は着用しなければいけないそうです。日本のニュースでは、政府の規制が強いような報道をしていますが、実際に政府の信頼性が高く、「規制されて大変なんて全く感じていなかった。安全検査が増えたくらい。」と話していました。(図
9)の画像は
Bさんが送ってくれた「健康通行码(健康証明書)」です。中国のアプリケーションであるWeChatやAlipayで管理がすることが でき、所有者のウイルス感染に対する安全度を判定し、表示することができるアプリケーションです。このアプリケーションがなければ公共交通機関も使えず、ショッピングモールや小区にも入れないために中国在住の方なら誰もが使用しているアプリケーションです。このようにコロナの感染拡大をきっかけに「健康」を軸に人が情報化する時代になるかもしれま
(図 5)「商品に直接手を触れないでください」
という注意喚起。
(図 6)道路に表している横断幕
「遊びに出かけると、ウイルスに感染 します」と書かれている。
(図 7)4月、街の様子
街には人の姿が見られるようになっ た。
感染状況も徐々に緩和され、自由に買 い物へ行けるようになった。しかし、
マスクは必ず着用しなければならな い。着用してなければお店に入ること ができない。
(図 8)中国遼寧省大連
(図 9)健康証明書
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● 新型コロナウイルスと「新しい生活様式」―中国に焦点を当てて―
せん。これは中国に限らず、世界中で必須ツールになっていく可能性は十分にあると思いました。こうした様々な対策によって中国国内ではコロナ感染を抑え込んだと言えるでしょう。
中国で活躍している日本人最後に中国で活躍している日本人を読者の皆さんに紹介したいと思います。竹内亮監督を皆さんはご存知でしょうか。竹内監督は中国南京在住のドキュメンタリー監督です。二〇一四年に映像制作会社の南京和之梦传播有限公司を創業しました。二〇一五年より中国の各動画サイトで、日中両国の間で相手国に住んで活躍する人々に注目したドキュメンタリー紀行番組『我住在这里的理由(私がここに住む理由)』の配信を行い、約四年で再生回数は6億を超えています。竹内監督が制作した中国湖北省武漢市の人々に密着した作品『好久不见,武汉(お久しぶりです、 武漢)』が二〇二〇年六月二十六日に配信され、中国・日本ともにインターネットで話題を呼びました。この作品は、コロナ最初の感染者を出した武漢市の人々がコロナと戦った日々や現在の生活状況を表現しています。居酒屋を経営する男性や中学校の英語教師、バイク便配達員、看護師、マスク工場の部門責任者などの十名がコロナ禍の生活についてインタビューを受けていました。竹内監督は社内で武漢行きを止める声が出る中、「武漢で何が起こっていたのか知りたい。今の武漢の本当の姿が見たい。」と話していました。撮影を終えた後、竹内監督は「もう一度武漢に行きたい。武漢の人は情熱的で、優しい人ばかりだった。」と締めくくりました。そして、二〇二一年一月一日に新作『后疫情时代(アフターコロナの時代)』が公開されました。この作品は竹内監督が、自分の視点でコロナの感染拡大を抑え込み、経済復興を進めている中国の様子を表現しています。ヤフージャパンや百度の トップページでも紹介されていました。竹内監督は「目下、中国が感染防止と経済復興を同時に成し遂げているのは、一四億人の努力による賜物。決して政府の力だけではない。あなたは、中国を色眼鏡で見ないことは分かっていますので、まずはこの作品を見てみてください」と話していました。紹介した作品は、動画配信サイトYouTubeの「和之夢 公式チャンネル」で公開されているので、興味のある方は是非ご覧になってください。きっと中国の見え方が変わり、現在のコロナ禍生活に希望を持つことができると思います。
おわりにまもなく二〇二〇年が終わろうとしていますが、私たちが暮らしている神奈川県では今もなお感染者が四百人(十二月三十日現在)を超えています。また、厚生労働省は十二月二十八日に感染力が強いとされているコロナの変異種に新たに男女七人が感染していることを明らかにしました。皆さんはコロナ禍による「新しい生活様式」についてどう向き合っていきますか。メディアで見るコロナに対する中国の報道とこの記事を読んでイメージは変わりましたか。私はこの記事を書くため、中国在住の友人にインタビューをしてきましたが、実際に現地の声に耳を傾けることによって視野を広げることができました。今後はコロナと共存していく中で、「新しい生活様式」に焦点を当てて考える必要があると感じました。
(図 10)ドキュメンタリー作品 『好久不见,武汉』
(図 11)ドキュメンタリー作品 『后疫情时代』