果実のおいしさは,適度な甘味とさわやかな酸味,多汁によ るみずみずしさに依るところが大きく,さらに,多くの果実 はその特徴的な香りが重要である.香気分析は機器分析によ り得られる化学特性に,ヒトによる感覚特性を組み合わせて 行うことが求められる.生鮮パイナップルを例に,AEDA法 を用いたGCにおいかぎ分析と定量および官能評価を併用し た果実の香気寄与成分の解明について紹介する.なお,本稿 で 果 実 と は,日 本 食 品 標 準 成 分 表(1)に 収 載 さ れ て い る 果 実 類を指すこととする.
果実のフレーバー
果実の成分の大部分は水分であり,果実のみずみずし さに影響する重要な成分である.多くの果実の水分含量 は80〜90%である.果実のおいしさの一つは甘味であ るが,それは主にブドウ糖,果糖,ショ糖の3種の糖類 によるもので,ほかに糖アルコールのソルビトールを含 む果実がある.酸味も果実の爽快なフレーバーに重要 で,クエン酸,リンゴ酸が多く,酒石酸,キナ酸はそれ
ぞれぶどうとキウイフルーツに特徴的に多く存在してい る有機酸である.
果実の完熟状態は,デンプンの分解による糖類の増加 によって甘味が増し,酸味の減少,苦味や渋み成分の不 活性化,色素成分の変化など多くの成分の変化が起こる とともに,組織が軟らかくなる状態である.あわせて,
低分子の揮発性物質である香気成分が生成し,果実の成 熟を認知させる.
果実の香気成分
果実のおいしさに重要な香気成分は,ほかの食品と同 様に多数の成分から構成されている.果実の種類が異 なっても,香気成分は共通することが多く,その量比が 異なることにより,それぞれの果実の香りとなる.たと えば,柑橘類ではテルペン炭化水素やテルペンアルコー ルの種類や量が多く,りんご,いちご,バナナ,メロン などはエステル類,ももはラクトン類が特徴的な香気成 分であるが,これらの香気成分はほかの果実にも存在し ていることが多い.
いちごとパイナップルの香気成分は共通のものが多
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【解説】
Volatile Constituents of Fruits: GC-Olfactometry and Sensory Evaluation
Yukiko TOKITOMO, 山梨大学大学院教育学研究科
果実の香気分析
GCにおいかぎ分析と官能評価
時友裕紀子
く,その組成比が異なるだけであることがわかってい
る(2, 3)
.表 1
のように両者の香気寄与成分は,果実香を有する2-メチルプロピオン酸およびブタン酸のエステル と,カラメル様,パイナップル様の4-ヒドロキシ-2,5-ジ メチル-3(2 )-フラノン(フラネオール)が共通してい る.それらにヘキセナールやメチルブタノエート,2,3- ブタンジオンが加わることによりいちごの香りが形成さ れ,パイナップルの場合は,ウンデカトリエンのような 特徴香成分やダマセノンが加わることによりパイナップ ル香気が形成される.
果実の生鮮香気を得る
香気成分の抽出方法は多様であり,対象とする食品や 目的によって使い分ける.加熱操作による香気抽出に は,水蒸気蒸留法が以前から採用されている.連続水蒸 気蒸留抽出法(Simultaneous distillation and extraction;
SDE法)(4)は蒸留と抽出が同時にでき,抽出溶媒の量も 少なく効率的に香気濃縮物を得ることができる.この方
法は茶など熱水抽出が適したものや食品を煮熟した際の においを得るのに適している.
一方,果実の生鮮香気を抽出する場合は熱の影響をな るべく避けなければならない.果実から揮発する成分
(ヘッドスペースガス成分)を吸着させて濃縮する方法 はヘッドスペース法と言われ,動的ヘッドスペース法
(DHS法)と静的ヘッドスペース法(SHS法)がある.
最近では後者の方法の一つであるSPME(Solid Phase Micro Extraction)を用いた報告が多く見られる.詳細 については,香りの科学全般について書かれた初学者に もわかりやすい書(5)を参考にされたい.
研究機関で多く採用されている方法例:SAFE Engelらが考案したSAFE(Solvent-Assisted Flavor Evaporation)装置(6)は加熱の影響を受けずに香気成分 を効率良く得ることができ,現在ではわが国でも多くの 香気研究者が用いている.装置内を10−3 Pa以下の減圧 状態にし,トラップ部分を液体窒素で冷却することによ
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においの分析ではにおい物質の「閾値」が重要であ る.「閾値」とは,それ以上低い濃度になるとにおい を感じなくなる最小濃度である.ガスクロマトグラ フにおいかぎ分析では,微量の存在であるが,閾値 の低いにおい物質を捉えることが可能となる.
β
-ダマ セノンは閾値が7.5×10−4 ppbと非常に低く,蜂蜜や アップルパイのような特徴的な香りゆえ,筆者はり んご,もも,ワインなど多くの食品のにおいかぎ分析 でその香りを捉えてきた.しかし,非常に微量のた め,ガスクロマトグラム上でピークとして現れないこ とが多い.黒糖の特徴香気でカラメル様の濃厚な香 りを有する3-ヒドロキシ-4,5-ジメチル-2(5 )-フラノン(ソトロン)は閾値が1×10−2 ppbであり,においか ぎ分析では容易に感じることができるが,同じよう にピークとして検出できないことが多い.
反対にガスクロマトグラム上で大きなピークとし て現れてもにおいを感じない物質もあり,このピーク の物質は閾値が高い,においが薄い,と言うことがで きる.検出器からのデータのみでは得られない閾値 の低い物質の存在がその食品のにおいの特性を決め ることも多く,においかぎ分析は重要である.
においかぎ分析は複数の実験者で行うことが求め られる.あらかじめ訓練して,ソトロンのにおいは黒 糖,
β
-ダマセノンのにおいはアップルパイ,と言うよ うに,においの表現を覚えると意思疎通が容易になる.においかぎを繰り返すうちに,物質名がすぐさ ま頭に浮かぶようになる.におい物質を特定できな いことも多く,その場合は各自の体験でにおいを記 述することになる.また,実験者によっては嗅覚で 捉えられない物質がある.これは実験者側の閾値の 問題である.たとえば,筆者はパイナップルに含ま れるさわやかな草のような香りを示す1-( )-3,5-ウ ンデカトリエンの香りを捉えるのが苦手である.幸 いこの物質が得意な学生がいて,たいへん頼りにし たものである.
においかぎ分析では,1試料で100種類以上のにお いを感じることが多い.果実の分析であっても,さ わやかで甘い果実様の香りだけでなく,金属臭や糞 臭など思いがけないにおいを感じることもある.お いしさにかかわるにおいが複雑な組成でできあがっ ていることを実感する瞬間である.
コ ラ ム
り,揮発性成分をトラップすることができる.
図
1
のaの部分に溶媒抽出物や,果汁などの水溶液を 入れ,徐々に装置内に注ぐことによりcの丸底フラスコ に揮発性成分と溶媒または水がトラップされる.溶媒抽 出物に比べて,コーヒーや茶など水溶液の場合は冷却用 の液体窒素量が多く必要で,時間もかかる.トラップさ れた香気成分は,溶媒抽出物の場合は,別途,蒸留装置 を用いて溶媒を留去し,水溶液の場合は溶媒抽出を行っ て,香気濃縮物を得る.脂肪や色素成分など不揮発性成 分は,装置内のbの丸底フラスコにとどまることで取り 除くことができ,ガスクロマトグラフ(GC)注入口で 高温にさらされることで起こる成分の熱分解やGCカラ ムの汚染を避けることができる.香気成分の機器分析
香気分析ではGCを用いて,成分の分離を行う.ま た,ガスクロマトグラフ-質量分析計(GC-MS)を用い て構造に関する情報を得,標準物質や文献データによる GC保持時間の一致により化合物の同定を行う.現在は 各成分のにおい(香り)を評価しながら分析するガスク ロマトグラフ-オルファクトメトリー分析(GCにおいか ぎ分析,GC-Olfactometry; GC/O)を行うことが主流で ある.オルファクトメトリーとは,嗅覚を意味するol- factoryと計測法を意味するギリシャ語の -metryからな る言葉である.においの性質は同定のための重要な情報 となる.
AEDA法
AEDA法(Aroma Extract Dilution Analysis)はGC のカラムから溶出する香気成分を人間の鼻でかぎ分けて
(Sniffing)検出する,GC/Oの一方法である.GCによ る機器分析と官能評価により各香気成分の強度を数値化 するもので,Groschらにより提唱された(7, 8)
.食品など
の香気における各成分の寄与度を推定することができ,香気寄与成分分析に用いられている(9)
.
AEDA法は香気濃縮物を一定の倍率で希釈し常に同 量,同条件でGC注入する.GC分離後,TCD検出器を 通過させるか,またはカラム出口で検出器側とにおいか ぎ口に分岐させることにより,溶出された成分のにおい を鼻でかぎ,においの特徴を記録する(図
2
).すべて
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表1■いちごとパイナップルの香気寄与成分
香気成分 香気の性質 濃度μg/kg OAV*
いちご(2)
● 4-Hydroxy-2,5-dimethyl-3(2 )-furanone カラメル様 16,239 1,624
( )-3-Hexenal グリーン,リーフ様 333 1,332
Methyl butanoate 果実様 4,957 991
2,3-Butanedione バター様 1,292 431
▲ Ethyl 2-methylpropanoate 果実様 43 430
■ Ethyl butanoate 果実様 410 410
◆ Methyl 2- and 3-methylbutanoates 果実様 48 150
Ethyl 2- and 3-methylbutanoates 果実様 7 42
パイナップル(3)
● 4-Hydroxy-2,5-dimethyl-3(2 )-furanone 甘い,パイナップル様 26,800 2,680
▲ Ethyl 2-methylpropanoate 果実様,甘い 48.0 2,400
Ethyl 2-methylbutanoate 果実様 157 1,050
◆ Methyl 2-methylbutanoate 果実様,りんご様 1,190 595
1-( , )-3,5-Undecatriene 新鮮な,パイナップル様 8.89 445
β-Damascenone 果実様,甘い 0.083 111
■ Ethyl butanoate 果実様 75.2 75.2
同じマークは同じ香気成分を示す.*OAV: 濃度/水中閾値.
図1■SAFE装置の概要
のピークににおいが感じられるわけではなく,また,ガ スクロマトグラム上に記録されないような微量な成分に 強いにおいを感じることも多い.閾値の低い香気成分の 検出に有効な方法である.
同じ方法ですべてのにおいが感じられなくなるまで分 析を繰り返し,においが感知できる各香気成分の希釈倍 率(最 低 濃 度) をFD factor(Flavor Dilution factor)
として表す.各成分の保持時間(保持指標)を横軸,
FD factorを縦軸にとったグラフをアロマグラムと呼ぶ
(図
3
).
定量分析
微量成分である香気成分の定量は難しいが,一般に定 量にはGCで得られたピーク面積を使用する.内部標準 法では,各物質の検出器に対する感度が異なるため,レ スポンスファクターを算出して定量する.GC-MSでの 定量にはトータルイオン強度(TIC)を用いる方法や,
マスクロマトグラム,シングルイオンクロマトグラムを 利用しての定量,および内部標準物質を添加しての定量 も行われている.安定同位体希釈法(Stable Isotope Di- lution Assay; SIDA)(9)は,香気成分の構造の一部を重水 素またはC13でラベルした物質を合成し,これを内部標
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図2■GCにおいかぎ分析(GC/O)
図3■AEDA法
準物質として香気成分の抽出段階から添加し,GC-MS 分析をすることでより正確な定量が可能な方法である.
官能評価
官能とは「感覚器官の働き」を意味する.視覚,聴 覚,味覚,嗅覚,触覚を使って,モノを検査したり,評 価したりすることを官能検査(評価)と言う(10)
.食品
の官能評価においては,味,におい,テクスチャー,咀 嚼の音などすべての感覚を総合した広義の「フレー バー」が評価の対象となるが,個々の因子についてのみ 評価することも多い.官能評価の手法については成 書(10)を参考にされたい.最近の香気研究で用いられている方法の一つにQDA 法がある.訓練を受けたパネルにより,試料となる食品 のにおいの特性を表現した用語を決定し,その特性表現 用語について,対象とする試料の評価を行うものであ る.結果はレーダーチャートによるプロファイルで示さ れることが多い.
パイナップルの香気寄与成分の特定
以上の分析方法の具体例として,筆者らが行ったパイ ナップル果実の香気寄与成分の特定に関する研究(3)を解 説する.また,この研究方法を応用して行った香気特性 と保存温度の関連(11)についても述べる.
1. においかぎ分析
パイナップルの果肉をジクロロメタン抽出後SAFE 装置にて精製して得た香気濃縮物および果肉のヘッドス ペースガスの各々の香気寄与成分をAEDA法により選
抜し,さらにSIDAを行い,生鮮パイナップルの香気寄 与成分の特定を試みた.
香気濃縮物をAEDA法で分析した結果からFDファ クターの大きい成分を選び,SIDAによりGC-MSを用 いて定量した結果が表
2
である.得られた定量値(パイ ナップル中の濃度)を閾値(文献値)で除した値が OAV(Odor Activitiy Value)であり,この値が大きい と香気への寄与が大きいと考える(9).
この結果からエチル2-メチルプロパノエート,メチル 2-メチルブタノエート,エチル2-メチルブタノエート,
1-( )-ウンデカトリエン,
β
-ダマセノン,および4-ヒ ドロキシ-2,5-ジメチル-3(2 )-フラノンがパイナップル 香気への寄与が高いと考えられた.2. 官能評価
表2のパイナップル中の濃度(定量値)を用いて,標 準物質を計量し,パイナップル香気再構成液を調製し
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表2■パイナップル中の香気寄与成分のFDファクター,閾値,濃度とOdor Activity Values (OAVs)
No. 香気成分 香気の性質 FDファクターa)
(2 ) 閾値
(μg/L水中) 濃度
(μg/kg) OAVb)
1 Methyl 2-methylpropanoate 果実様,甘い 3 6.3 154 24.2
2 Ethyl 2-methylpropanoate 果実様,甘い 6 0.02 48.0 2400
3 Methyl 2-methylbutanoate 果実様,りんご様 11 2 1190 595
4 Ethyl butanoate 果実様 2 1 75.2 75.2
5 Ethyl 2-methylbutanoate 果実様 12 0.15 157 1050
6 Octanal 柑橘様,油脂様 1 8 19.1 2.40
7 1-( )-3,5-Undecatriene 新鮮な香り,パイナップル様 5 0.02 8.89 445
8 β-Damascenone 果実様,甘い 3 0.00075 0.083 111
9 δ-Octalactone ココナッツ様 6 400 78.2 0.20
10 4-Hydroxy-2,5-dimethyl-3(2 )-furanone 甘い,パイナップル様 10 10 26800 2680
11 δ-Decalactone 甘い,ココナッツ様 7 160 32.7 0.20
12 Vanillin バニラ様 7 25 5.99 0.24
a)FFAPキャピラリーカラムを用いたGC/Oによる,b)OAV: パイナップル中の濃度/水中閾値
図4■パイナップル果汁と香気再構成液のオーダープロファイ ル
た.官能評価はオルソネーザル(前鼻腔性)で行った が,パイナップ果汁と条件を近づけるため,パイナップ ル中に含まれるブドウ糖,果糖,ショ糖やクエン酸,リ ンゴ酸を添加した再構成液を調製し,官能評価に用い た.あらかじめ選抜,訓練されたパネル8名が,図
4
に あるパイナップル香気の特性用語の決定を行い,さらに 香気再構成液とパイナップル果汁における7つの香気特 性について,非常に弱い〜非常に強い,の7段階の評点 法で判定した.判定の結果は香気再構成液とパイナップル果汁はよく 似たオーダープロファイルを示しており,調製した香気 再構成液はパイナップルの生鮮果汁の香気を再現してい ることが認められた(図4)
.
この結果から,香気再構成液を用いたオミッションテ ストによりパイナップルの香気寄与成分の特定を試み
た.パイナップルの生鮮香気を再現している香気再構成 液から表
3
の物質を除いた6種類の香気再構成液を調製 し,15名のパネルによる3点識別試験法で元の香気再構 成液と識別が可能であるか試験した.たとえば,表2の 12種類からなる香気再構成液(A)と,(A)からβ
-ダ マセノンを除いた11種類の香気再構成液の両者が識別 可能であるかを試験するものであり,識別可能である場 合,除かれたβ
-ダマセノンはパイナップル香気において 特に重要な成分と考えることができる.その結果,表3 のように,エチル2-メチルブタノエートを除いた再構成 液と4-ヒドロキシ-2,5-ジメチル-3(2 )-フラノンを除いた 再構成液が再構成液(A)と識別され,両者がパイナッ プル香気にとって特に重要であることが明らかになっ た.3. パイナップルの保存と香り
熱帯果実のパイナップルは7 C前後に保存することで 味や香りが保たれるが,低すぎる冷蔵温度では低温障害 により食味が低下し,特に香りの変化が大きい.
日本ではフィリピン産のパイナップルが最も多く販売 されている.フィリピンの現地で計画的に作付,栽培,
収穫され,収穫後直ちに冷蔵されて5日にわたる航海の 後,日本の港に到着する.港に併設した倉庫で防疫後,
各地の市場に送られ,収穫7日後には店頭に並ぶ.パイ ナップルは追熟をさせる果実ではないので,畑で適熟と 判断されたものを7 C前後の冷蔵温度を保って運搬され
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表3■高いOAV香気成分のオミッションテスト
香気再構成液より除外した成分 香気再構成液とは香気が
違うとしたパネルの 人数(パネル15名中)
Ethyl 2-methylpropanoate 8 Methyl 2-methylbutanoate 4 Ethyl 2-methylbutanoate 9*
1-( )-3,5-Undecatriene 7
β-Damascenone 5
4-Hydroxy-2,5-dimethyl-3(2 )-furanone 11**
* <0.05, ** <0.01.
図5■AEDA法を用いたGC/O分析によるパ イナップルの保存温度とその香気の比較 写真は収穫後,表記の温度に保存し7日目のパイ ナップルである.1. Ethyl 2-methylpropanoate, 2. Methyl 2-methylbutanoate, 3. Ethyl 2-methyl- butanoate, 4. 1-( )-3,5-Undecatriene, 5.
β-Damascenone, 6. 4-Hydroxy-2,5-dimethyl- 3(2 )-furanone, 7 & 8. Unknown compounds.
ており,したがって入手後はなるべく早く食べるとよ い.
パイナップルのフレーバーに及ぼす保存温度の影響を 明らかにするため,2 C,7.2 C,13.5 Cで保存,運搬し たパイナップルを試料とし,AEDA法と官能評価を用 いた前述の方法による香気分析を試みた(11)
.
図
5
のように,パイナップルの保存には高温である 13.5 C保存は濃厚な香りを有し,特にエステル類のFD ファクターが高く,過熟の状態であることが示された.低温障害があると考えられる2 C保存もエステル類など のFDフ ァ ク タ ー が 高 い 傾 向 に あ っ た.2 C保 存 と 13.5 C保存ではゴム様,あるいは発酵したミカンを思わ せる不快臭が特徴的であり,保存に不適である両温度に 類似したにおいの特徴があることは興味深い.保存適温 の7.2 Cは甘い香りが強すぎることがなく全体として調 和のとれた香気組成であることが示唆された.本研究に ついては官能評価も実施し,香気分析結果を裏づける結 果を得ている.
おわりに
以上のように,AEDA法による香気分析と官能評価 を組み合わせることが香気寄与成分の探索に有効である
例をパイナップルで示した.柑橘類では,AEDA法と 香気の再構成試験およびオミッションテストにより,オ レンジとグレープフルーツ果汁の香気寄与成分と加熱に よる香気変化に関与する成分が報告されている(12)
.果
汁に限らず茶類など加熱に伴うオフフレーバー成分はご く微量なため解明困難であり,また,僅かな成分変化が 香りに大きく影響し,品質劣化の原因となる.ヒトの感 覚と機器分析を組み合わせた分析手法が重要である.文献
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10) 古川秀子: おいしさを測る食品官能評価の実際 ,幸書 房,2007, p. 1.
11) 時友裕紀子,戸栗彩花,小宮山幸子:山梨大学教育人間 科学部紀要,15, 185 (2013).
12) 熊沢賢二,和田善行,増田秀樹:食科工,54, 266 (2007).
プロフィール
時友 裕紀子(Yukiko TOKITOMO)
<略歴>1978年お茶の水女子大学家政学 部食物学科卒業/1980年同大学大学院家 政学研究科修士課程修了/1985年山梨大 学教育学部講師/1989年博士(学術)(お 茶の水女子大学人間文化研究科)/2005年 山梨大学大学院教育学研究科教授,現在に 至る<研究テーマと抱負>食品香気の分析 研究,日本の家庭料理の聞き書き調査,家 庭科における食教育<趣味>寺社,美術館 など文化財鑑賞
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.743
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