化学と生物 Vol. 50, No. 2, 2012
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今日の話題
以上述べてきたように,試験管内再構成系や蛍光イ メージングを用いたアプローチにより,COPII小胞形成 過程における積み荷タンパク質の選別や濃縮のメカニズ ムが徐々に明らかとなってきた.小胞体からの輸送に限 らず,細胞内のすべての小胞輸送経路において,輸送小 胞の形成は低分子量GTPaseによって制御されているた め,その基本メカニズムは共通していることが予想され る.他の輸送経路における制御メカニズム解析において も,小胞体からのCOPII小胞形成が良いモデルとなる のではないかと考えている.
1) K. Sato & A. Nakano : (review), 581, 2076
(2007).
2) P. Malkus, F. Jiang & R. Schekman : , 159, 915 (2002).
3) K. Sato & A. Nakano : , 12, 167
(2005).
4) K. V. Tabata, K. Sato, T. Ide, T. Nishizaka, A. Nakano &
H. Noji : , 28, 3279 (2009).
5) S. M. Stagg : , 134, 474 (2008).
6) C. Kodera, T. Yorimitsu, A. Nakano & K. Sato : , 12, 591 (2011).
(佐藤 健,東京大学大学院総合文化研究科)
核内タンパク質の品質管理機構
分裂酵母のユビキチン化経路を特定
タンパク質がその機能を発揮するためには適切な立体 構造をとることが必要であるが,環境ストレスや熱 ショックなどにより異常タンパク質や変性タンパク質が 産出されることがある.一方,翻訳時に新しく生産され る全タンパク質のうち約30%のものは本来の立体構造 をとらない変性タンパク質として生産されるという報告 もあり(1),通常状態においても細胞内で変性タンパク質 や異常タンパク質が恒常的に生じている可能性がある.
このように,細胞内のタンパク質は正常型のものだけで はなく,様々なコンフォーメーションをとった分子種が 不安定に混在した状態にあると考えられる.
これら異常タンパク質や変性タンパク質の細胞内での 蓄積は,アルツハイマー病やパーキンソン病で知られる ように,細胞毒性を誘引することがある.そのため,細 胞はタンパク質の品質管理を行なっている.これは,異 常となった立体構造を修復する経路と,修復不可能なも のを分解する経路の2つに大別でき,両経路の協調的な 働きにより細胞内のタンパク質の品質管理が効率よく行 なわれている.前者は主にヒートショックシャペロンな どの分子シャペロンにより,一方後者は非選択的タンパ ク質分解を担うリソソーム/液胞システムや選択的タン パク質分解を担うユビキチン・プロテアソームシステム
(UPS) により行なわれている(2).UPSはすべての真核 生物における選択的なタンパク質分解機構であり,ユビ キチン活性化酵素 (E1)‒ユビキチン結合酵素 (E2)‒ユ ビキチンリガーゼ (E3) から構成されるユビキチンを付 加する反応系とユビキチンで標識されたタンパク質を分
解するプロテアソーム系から構成される.UPSはこれ まで,細胞周期制御因子や癌抑制因子を含む広範囲な細 胞内タンパク質の選択的分解を担っていることが示され ている.
タンパク質の品質管理については,これまで細胞質内 に存在する分子経路が非常によく研究されてきたのに対 して,核内における分子経路についてはその存在自体が 最近までわかっていなかった.しかし,代表的モデル生 物の出芽酵母において「核内タンパク質の品質管理機 構」の存在が初めて報告された(3).すなわち,核内にお いて生じた変異型タンパク質を特異的に認識し,選択的 タンパク質分解の目印であるユビキチンを付加するタン パク質として,San1が同定された.San1はRINGフィ ンガードメインを有するユビキチンリガーゼであり,ミ スフォールディングした核内変異タンパク質(Cdc68や Sir4など)を分解へと導くが,同じタンパク質の正常型 は分解しないことが, と の両面において 示された.
この発見に引き続き,筆者らは最近,分裂酵母での
「核内タンパク質の品質管理機構」に関わる分子種を同 定した(4).すなわち,分裂酵母のヒストンシャペロンで あるAsf1の変異型タンパク質Asf1-30を核内タンパク質 の品質管理を研究するモデル基質として,この核内局在 型変異タンパク質がUPSによって選択的に分解される ことを明らかにした.さらに,11個のE2候補の中から この分解に関わるE2としてUbc4を,またE3として San1を同定した(図1).加えて, において他の
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核内局在E3ではなくSan1がAsf1-30をポリユビキチン 化する特異性をもつことを証明した.これらの結果は,
核内で生じた異常タンパク質がE1 (Uba1)-E2 (Ubc4)- E3 (San1) によりポリユビキチン化された後,プロテア ソームにより選択的に分解されることで核内タンパク質 の品質管理が行なわれることを分裂酵母において初めて 示したものであった(4).なお,出芽酵母ではE1 (Uba 1)-E2 (Ubc1/Cdc34)-E3 (San1) 経路が「核内タンパク 質の品質管理機構」に働いており,部分的に分子種が異 なっている(3).
核内の異常タンパク質は,核内で分解されるのであろ うか? San1が核内に存在し,プロテアソームが核膜 の周辺に集積していることから,筆者らは,核膜周辺で 分解されていると推測しているが,必ずしも核内で分解 される必要性はないと考えている.San1がどのように して核内変性タンパク質を選択的に認識しているのかと いう疑問に対しては,最近,変性タンパク質の表面に露
出した疎水性部分をSan1が巧妙に認識していることが 提唱されている(5).
このように,ユビキチン・プロテアソーム系を介した
「核内タンパク質の品質管理機構」が進化的に離れた2 つの酵母に保存されていることから,広範囲の生物種に 同様な機構が存在することが期待できる.しかし,
San1の明確なホモログは酵母類以外の生物には存在し ないことから,哺乳類細胞においてはSan1以外のユビ キチンリガーゼが核内タンパク質の品質管理に貢献して いると考えられる.哺乳類の組織を構成するほとんどの 細胞は静止期にあることから,核膜の崩壊が起こってい ない,すなわち細胞質内と核内が核膜で遮断された状態 にあるため,哺乳類細胞においては核内タンパク質の品 質管理はきわめて重要な役割をもつ.また,パーキンソ ン病などの多くの神経変性疾患において,核内での異常 タンパク質の過度な蓄積が病因と関わっていると考えら れていることからも,「核内タンパク質の品質管理機構」
の全容解明は重要である.その中で,哺乳類細胞では UHRF-2がユビキチンリガーゼとして働いているという 報告があり(6),哺乳類細胞にも類似の「核内タンパク質 の品質管理機構」が存在すると考えられる.
1) U. Schubert : , 404, 770 (2000).
2) A. Goldberg : , 426, 895 (2003).
3) R. Gardner : , 120, 803 (2005).
4) Y. Matsuo, H. Kishimoto, K. Tanae, K. Kitamura, S. Kata- yama & M. Kawamukai : , 286, 13775
(2011).
5) E. K. Fredrickson, J. C. Rosenbaum, M. N. Locke, T. I.
Milac & R. G. Gardner : , 22, 2384 (2011).
6) Iwata : , 284, 9796 (2009).
(川向 誠, 島根大学生物資源科学部)
カフェオイルキナ酸は神経細胞保護作用をもつ
学習 ・ 記憶障害の抑制効果に期待
カフェオイルキナ酸 (caffeoylquinic acid, CQA) は,
コーヒー豆から初めて単離された成分である.コーヒー 豆の他に,サツマイモ,プロポリス,野菜などに多く含 まれていることが知られている.コーヒー酸のカルボキ シル基がキナ酸のヒドロキシル基とエステル結合した構 造をもつ化合物であるCQAには,カフェオイル基の数 や位置に応じて,5-CQA(クロロゲン酸),3,4-di-CQA, 3,5-di-CQA, 4,5-di-CQA, 3,4,5-tri-CQAなどのCQA類縁体
が存在する.その生理活性作用としては,抗酸化,抗腫 瘍,抗高血糖,抗炎症などが挙げられる.本稿では,筆 者らが見いだしたCQAの新しい生理活性作用,神経細 胞保護作用や老化促進モデルマウス (senescence-accel- erated prone 8 mouse ; SAM-P8) の学習・記憶障害の 改善効果について紹介する.
アルツハイマー型認知症ではアミロイド
β
タンパク質(A
β
) が神経細胞に沈着し,神経細胞に傷害をきたす.図1■分裂酵母に見いだされた核内異常タンパク質分解系