移動することができない植物にとって季節による日長や気温 の変化に適切に対応することは植域を広げながら繁栄するの に必要な性質と考えられる.この点で植物の概日時計が重要 な役割を担っていると考えられる.シロイヌナズナの研究か ら植物の概日時計の実体が明らかにされつつある.これらの 知識を基盤にして,筆者らは次のような具体的疑問に答えよ うと試みている.日長や気温の季節による変化(シグナル)
は概日リズムを生む中心振動体の「どの因子」に「どのよう な機構で」入力されているのだろうか.本稿ではこの問題に 焦点を絞り最近の筆者らの成果を解説する.
はじめに
植物が「太陽電池で動くカレンダー付き電波時計」を もっていたら便利であろう.24時間周期で自転し,365 日周期で太陽の周りを公転する地球上に暮らすわれわれ にとって時計やカレンダーは必須ではないが何かと便利 である.見たところ植物が「カレンダー付き時計」を もっているようには見えない.しかし昔から人類は「植
物はカレンダー付き時計らしき物をもっている」と考え てきた.24時間周期の葉の上下運動は植物が1日を刻む 時計をもっていることを暗示している.季節ごとの日の 長さ(日長:photoperiod)の変化を感知して花芽を形 成することは植物がカレンダーをもっていることを暗示 している(光周性:photoperiodism)
.20世紀初頭から
植物を対象とした実証的時計研究が積み重ねられ,今日 ではシロイヌナズナを用いた研究からその実体が明らか に な っ て き て い る(1〜6).
植 物 を24時 間 の 明 暗 周 期(light/dark cycles) で 育 て た 後 に 恒 明(constant light)
,あるいは恒暗(constant dark)条件下に移した
後も約24時間周期の概日リズム(circadian rhythm)が継続(free-running)する生理現象が数多く見られる
(Graphical Abstractを参照)
.この約24時間周期の振動
を駆動している自立的で内在的な中心振動体(central oscillator)が概日時計の本体である.植物を恒明条件下 で24時間周期の高温/低温サイクルで育てた後に温度 を一定にしても同様の約24時間周期の自律的リズムが 継続する.すなわち温度サイクルは光サイクルと同様に 時計を駆動することができる(temperature entrain- ment).このことは植物の中心振動体は「光シグナル」
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
【解説】
Plant Circadian Clock and Traditional Japanese Clock
Takeshi MIZUNO, Takafumi YAMASHINO,名古屋大学大学院生 命農学研究科
植物の概日時計と和時計
植物に内在する時計のしくみ
水野 猛,山篠貴史
に加え「温度シグナル」も敏感に受容できることを示し ている.しかし,移した後の環境温度にはほかの化学反 応と比べ鈍感であり,約24時間のリズムの周期性には あまり影響を及ぼさない(温度補償性,temperature compensation)
.このように温度に対する中心振動体の
奇妙な振る舞いを理解することは,永くこの分野の課題 となっている(7〜11).本稿では植物の概日時計研究の歴
史を俯瞰したり,研究の最前線をまとめたりすることは 最小限にとどめ,季節により変動する「光シグナル」と「温度シグナル」が中心振動体を構成するどの遺伝子産 物に入り,その入力が「カレンダー付き時計」としてど のような役割を果たしているかに焦点を当てたわれわれ の最近の研究成果を紹介する(12〜15)
.加えてわれわれの
研究結果の意味するところを「日本の伝統的な和時計」と比較しながら考察したい.
転写ネットワークとしての中心振動体
まず中心振動体の実体に関して現時点での理解につい て簡単に述べる.シロイヌナズナを用いた研究から現在 では中心振動体を構成する時計関連遺伝子が数多く同定 されている(1〜6)(図
1
).朝方遺伝子としては
とそ のホモログである が同定されており,Myb型転写 因子をコードしている.昼間に発現する遺伝子としてはと が 知 ら れ て お り,夕 方 遺 伝 子 で あ る や (またの名を )と 遺伝子ファ ミリーを形成している. もまた転写制御因子を コードしている.夕方遺伝子としてはほかに , ,
, が同定されている.GIはTOC1, PRR5タン パク質の分解にかかわっており,LUX, ELF3, ELF4タ ンパク質はEC(Evening Complex)と呼ばれる複合体 を形成して夜に働く転写抑制因子(Nighttime Repres- 図1■シロイヌナズナの中心振動体をかたちづくる転写ネット ワーク
詳細は「転写ネットワークとしての中心振動体の実体」の項を参 照.
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● 化学 と 生物
植物に内在する時計のしくみ
動物,植物,菌類,藻類(以上,真核生物),光合
成細菌(原核生物)を含むほとんどすべての生物には 概日リズム(circadian rhythm)と呼ばれる約24時 間周期で変動する生理現象が観察されます.概日リ ズムは生物が昼夜の交代や季節の移ろいという地球 環境の周期的変化に適応するうえで,優位性をもた らす生命機能であると考えられています.概日リズ ムの種類は生物種によって多様ですが(たとえば,哺 乳動物では体温,睡眠覚醒,ホルモンの分泌,摂食な ど,高等植物では胚軸の伸長,葉の就眠運動,気孔
開閉,光合成などが知られています),時間を計測す
るための機構として非常に重要な以下の普遍的性質 を備えています.概日リズムは外部環境の変化がな くても約24時間周期のリズムが自律的に継続します.
その周期は生理学的な温度範囲において,通常の化 学反応と異なり,温度変化の影響をあまり受けませ ん.光および温度による外部からの刺激などに対し てリズムの位相を変化させることで昼夜の変化に同
調することができます.このような特性を保持する 概日リズムを生成するための発振装置としての役割 を果たしているのが概日時計であり,そのなかで中 心振動体として機能するタンパク質の活性および存 在量の周期的変化が生物時計の振動に相当すること が知られています.概日時計には中心振動体に光と 温度などの外部情報を伝達し,時計の振動位相を調 節する働きを担っている入力機構や中心振動体から の時間情報に応じて決まった時間に決まった応答を 誘導あるいは抑制するための出力機構が存在するこ とが知られています.本稿では,筆者らが研究対象 としている高等植物シロイヌナズナの概日時計のし くみに関して,最近明らかになってきた光・温度入 力による中心振動体の位相応答機構を中心に解説し ます.
コ ラ ム
sor)として機能している.これらの遺伝子が形成する 転写ネットワークに関しても一般的理解が得られてい る.「多重フィードバックループモデル」と呼ばれるも のであり,CCA1/LHY, PRRファミリー,ECは転写抑 制因子として機能することにより,中心振動体の中で幾 重にも負の制御ネットワークが形成されることにより,
全体として振動可能なループ構造を構成していると考え られている.同じ転写ネットワークの別の見方として,
「三 竦 み 転 写 制 御 モ デ ル」 が あ り,CCA1/LHY, PRR9/7/5, ECが「ジャンケン」のように「抑制的に三 つ巴の争い」をしており,TOC1が「審判役」として働 いている転写ネットワークである(図1)
.両者とも同
じ転写ネットワークに帰着するが,後者のほうが24時 間を通した波状的な転写リズムの出現を直感的に理解し やすい.このように時計遺伝子の多くは転写抑制因子を コードしているが,転写促進因子として働くと考えられ るRVEやLNKと総称されるファミリー因子も報告されている(5, 16, 17)
.このほかにも多くの概日時計関連遺伝子
が報告されているが,本稿の主題ではないので割愛す る.
自然界における日長と気温の変動
「日長と気温の季節変化に中心振動体がどのように応 答するか?」を考えるうえで,まず自然界における季節
変化を見てみよう(図
2
A).これは気象台から公表され
ている名古屋市における日長と最低温度の変化を月ごと に平均した2014度の統計資料である(http://eco.mtk.nao.ac.jpおよびhttp://www.data.jma.go.jp)
.シロイヌ
ナズナの生育には適さない真冬を除けば,当然ながら夏 至までは日長と気温がともに上昇する(季節-I).1カ月
に60分以上も日が長くなるし,6 Cも気温が上昇する.その間しばらく日長は減少し気温は上昇する「ねじれ現 象」が起きるがその変動幅は小さい.夏の暑さを過ぎる と日長・気温ともに減少に転じる(季節-II)
.したがっ
て中心振動体は主に季節-Iと-IIにおける著しい環境変化 に対応する必要があると考えられる.中心振動体はどのようにして日長を測定するのだろう か? 日々の日照時間(光強度の変化)は天候に大きく 左右されて当てにできないことがわかる(図2B)
.この
問題は20世紀の初頭にBünningらにより提起された古 くて新しい問題である(18, 19).彼らは内在性の概日リズ
ムと外部環境としての光シグナルの位相性の一致を考慮 した 外的符合モデル(external coincidence model)なるものを提唱した.しかし,その分子機構の実体は永 らく不明のまま残されている.次に,中心振動体はどの ようにして気温の変化を検知するのだろうか? おそら く1カ月ごとの変化がより顕著な夜の温度変化を検知す ると予想される(図2C,赤の直線(昼間の平均温度の 変化)と緑の直線(夜の平均温度の変化)を比較)
.し
かしここでも深刻な問題がある.季節-Iおよび-IIの間に 関して月平均にすれば気温はスムーズに上昇および下降 するように見えるが(図2A),1日単位で見ると天候に
依存して大きく乱高下することが見てとれる(図2C).
中心振動体が安定した概日リズムを刻むためには,この ような短い周期の温度変動を無視する必要があることが 想像される.温度変化に長期的には敏感で,かつ短期的 には鈍感な一見矛盾した性質はどのように生まれるのだ ろうか? 中心振動体を構成するどの因子から光シグナ ルや温度シグナルが入力されるのか? われわれの最近 の一連の研究から,こうした疑問への答えが得られつつ ある.先に結論を言えば,季節ごとに変動する「日長と 気温」はEC転写抑制複合体(EC nighttime repressor)により統合されて感知されると考えられる(12〜15)
.言い
換えれば,上で指摘した多くの問題点をEC転写抑制複 合体が解決していると言える.EC転写抑制複合体と中心振動体の季節変化への適 応
まず,図
3
を見ながらわれわれの最近の研究から得ら 図2■名古屋市における季節変化詳細は「自然界における日長と気温の変動」の項を参照.
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れた結果を箇条書きにする(12〜15)
.
(1)夜に働くEC転 写抑制複合体は , , , のプロモー ター近傍に直接結合することで転写を抑制する.(2)夜 に高温シフト(たとえば22から28 Cにシフト)すると EC転写抑制複合体の活性が抑えられ,結果として , , , の転写が促進(脱抑制)され る.(3)この現象は16から22 Cへの温度シフトでも起 きるので単なる熱ショックではない.(4)低温シフト(たとえば,28から22 Cへのシフト)では逆の現象が起 きて , , , の転写が抑制される.(5)
夜に光シグナルを与えると赤色光受容体(フィトクロ ム)の働きを介して同じくEC転写抑制複合体に光シグ
ナルが入力され,EC活性を弱めることで , , , の転写が促進される.(6)弱光パルス
(1 µmol·m−2·s−1
,30分間)でも十分にその効果がある.
次に図
4
を見てみよう.(7)最も重要なことは,高温シ フトのシグナルと夜の光シグナルが同時に入ったときの み , , , の転写が相乗的(synergis- tic)に促進されることである.言い換えれば,「warm- night & night-light」の条件下でのみこれらの遺伝子の 発現が著しく前倒しになる(発現時間の前進).
(8)さ らに「低温シフトのシグナル」がEC転写抑制複合体に 入っても,同時に「夜の光シグナル」が入る場合には「低温シフトシグナル」の効果が打ち消される.言い換 え れ ば,「cool-night & no-night-light」 の 条 件 で は , , , の転写開始が遅れる(発現時 間の後退)
.EC転写抑制複合体の標的遺伝子である
の転写に関して以上(1)から(8)の実験結果を模 式的に示したのが図4AとBであり,ここで箇条書きに した結果が視覚的に理解できる.図4Cは一般に公開さ れているデータを基に,16時間明期/8時間暗期,12時 間明期/12時間暗期,8時間明期/16時間暗期に設定し たときの の発現プロフィール(概日リズム)の 実際の結果を24時間の円グラフ上に描いたものである(http://diurnal.mocklerlab.org)
.夜の長さ(図では陰
付)が直感的に比較できるように日の入りの時間を合わ せて描いてある.長日条件下では の発現が相対 的に前進し(左端図),短日条件下では
の転写開 図3■EC転写抑制複合体の働き詳細は「EC転写抑制複合体は中心振動体の季節変化への適応に関 して重要な働きをする」の項を参照.
図4■時計遺伝子PRR7のEC転写抑制複合体を介 した転写制御
詳細は「EC転写抑制複合体は中心振動体の季節変化 への適応に関して重要な働きをする」の項を参照.
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始が相対的に後退することがわかる(右端図)
.これら
の図4Bに示した の発現時期の変化は図4Aのわ れわれの実験結果でよく説明できる.以上を総合してわ れわれは,EC転写抑制複合体が「夜の温度と光シグナ ル」を統合して感知することで中心振動体の季節変動へ の応答に関して重要な働きをしていると結論した.最も 重要なことは,植物は「warm-night & night-light」の2 つの条件が合致したときに初めて「長日が進行」してい ることを,「cool-night & no-night-light」の2つの条件 が合致したときに初めて「短日が進行」していることを 感知している点である.こうして中心振動体は2つの条 件が合致したときのみ顕著に応答することで,日長には 大きな変化が見られない短期間での気温の乱高下を慎重 に無視していると考えられる.以上のような機構を介し てEC転写抑制複合体は中心振動体の季節変化への適応 に関して重要な働きをしているというのがわれわれの結 論である.日長の測定と外的符合モデル
ここで概日時計による日長の測定理論としてBünning らが80年近く前に提唱した 外的符合モデル とわれ われの研究結果との関係を考えてみよう. 外的符合モ デル では「内在性の概日リズム」と「外部環境として の光シグナルの位相性」の一致を想定している(18, 19)
.
ここで「内在性の概日リズム」を「ECの概日リズム」に,「外部環境としての光シグナルの位相性」を「光シ グナルに加え温度シグナルの暗期でのECへの入力」に 置き換えると 外的符合モデル の実体が理解できそう である.Bünningらは植物には絶対的日長を測る能力が あると考えた.一方,われわれの実験結果からは,日長 と気温が同時に変化する自然界では過去と比較した「長 日の進行」や「短日の進行」として相対的日長の変化を 推定する能力もあることを示唆している. 古典的外的 符合モデル とわれわれの結果との関係は今後の問題で ある.またわれわれが示したEC転写抑制複合体への
「温度シグナル」の入力と「temperature entrainment やtemperature compensation」との関係も今後の問題 である.いずれにしろ図3と図4の結果から,EC転写抑 制複合体は夜の温度変化シグナルと光シグナルを二重に チェックして統合検知することで,下流の標的遺伝子群
( , , , )の概日リズムの位相を慎重 に(短い周期の温度の乱高下は無視して)制御している と考えられる.こうすることで季節による日長や温度変 化に適切に応答して概日時計の働きや,それに支配され
る出力系(生理現象)を調節していると考えられる.
植物の概日時計と和時計
ここで季節変化に適応する植物の概日時計をより深く 理解するために,日本の「伝統的な太陰暦や時刻」とそ れに基づいて考案された「和時計」に関して考えてみた い.日本の伝統的な時刻の概念によれば,1日(24時 間)は12分割されて表され,それぞれの分割には十二 支(干支の名前)が割り振られている(図
5
上).その
重要な特徴は,夜明け(明け六つ)には1年を通して常 に「卯の刻」が割り振られ,日の入り(暮れ六つ)には「酉の刻」が割り振られている.真夜中は「子の刻」で あり,昼は「午の刻」と決まっている.このことは夜が 長い冬は「夜の一刻(約2時間)が長く」時間がゆっく りと流れ,夜が短い夏は「夜間の一刻が短く」時間が速 く流れることを示している(図5上の3つの円を比較)
.
われわれが使い慣れている西洋時計では,冬のAM 6:00 は真っ暗で,夏のAM 6:00にはすでに太陽が燦々と輝い ていることを考えると「和の刻」の概念がよくわかる.「和の刻」は,明暗の切り変え(日の出・日の入りの 光シグナル)を基準とする「植物(生物)の時間」と概 念的に似ている.西洋の時計は1年中同じ文字盤の上を 一定の速度で回り続ければ良いが,「和の刻」を刻む
「和時計」はそう簡単には創れない.しかし日本の昔の 職人は創意工夫を凝らしてさまざまな実用的和時計を考 案した(夜や雨の日には使えない日時計ではない)(図 5下)
.一定の速度で直線的に動く時計の針に文字盤を
合わせる「和時計」が最も簡単である(図5下A).文
字盤は15日に一度,それも最もその季節に合った尺度 のものに取り変える必要がある.この季節変化の(文字 盤を変える)区切りが二十四節季(暦,カレンダー)で ある.また上と下に2つの振り子がついていて,上が夜 の時間の流れる速度(針の動く速度)を,下が昼間の針 の速度を決める時計も考案された(図5下B),文字盤
は変えなくて良いし,「和の刻」の概念を理解した画期 的な工夫であるが,やはり15日に一度の頻度で分銅の 位置を変えねばならない.時計回りに針(M)が一定の 速度で回り,円形の文字盤を15日ごとに変える「和時 計」も考案された(図5下C).最も画期的なものとし
て,針(A)を天井に固定して文字盤を反時計周りに回 転させると同時に刻を表す各干支の文字盤を季節に合わ せ自動で動かすよう考案された「和時計」がある(図5 下C).
「万年時計」と呼ばれ,東芝の創始者である田中 久重が考案した.日本農芸化学会
● 化学 と 生物
表面上の相似性が「植物の時間と和の刻」にあること を理由に「和時計のしくみ」を説明してきたのは,「植 物時計」をより深く理解するうえで「和時計」がヒント を与えてくれるからである.「和時計」を機能させるに は「万年時計」は別にして,15日に一度人間の手を煩 わせなくてはならない.人間は15という数の概念をも つことで季節の変化を日数の経過として捉える(記憶す る)ことができる.記憶の曖昧さを補完するのが二十四 節季の暦である.植物にそうした能力があるとは思えな いので,別の方法で季節の変化を数値として捉えている と考えられる.「機械的和時計」には感知できなくて,
「生物的植物時計」には感知できる季節変化を表す数値 こそ「気温の上昇・下降」ではないだろうか.「和時計」
は「光シグナルと数の概念」を基準にして働く地域限定 の時計であり,「西洋時計」は「数の概念」だけを基準 にして働き時差を考慮さえすれば万国(南極から北極ま で)共通の時計であると考えることができる.「植物時 計」は「光シグナル」を使っている点で「和時計」に似 ているが,植物には「数の概念」がないので「温度シグ ナル」を感知して動いていると考えられる.無機的な機 械にはない生物としての特性を遺憾なく発揮しているこ とがわかる.植物時計は「光シグナル」と「温度シグナ ル」の両方を統合して感知することで昼夜・日長・気温 の変化に合わせて働くことができる.そのしくみに一役 かっている時計因子がEC転写抑制複合体であるという
のが「和時計のしくみ」を考慮した結論である.
概日時計の出力系を制御するEC転写抑制複合体 植物が「光シグナル」と「温度シグナル」を統合検知 して季節の移り変わりに応答できる巧妙な時計をもって いたとしても,生理学的に意味のある出力系に利用しな 図6■植物の概日時計を介した季節による形態制御
詳細は「概日時計の出力系を制御するEC転写抑制複合体」の項 を参照.
図5■伝統的な日本の時刻の概念とそれを測 定する和時計
詳細は「植物の概日時計と和時計」の項を参 照.時計の針の位置を矢印で示した.
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ければ「宝の持ち腐れ」である.そこで最後に植物の概 日時計の活用例をわれわれの研究を中心に紹介した
い(20〜26)(図
6
).まず植物の形態を調べた写真を見ても
らいたい(図6B)
.野生株(Col-0)を長日,短日,高
温,低温条件で生育させたときの形態変化を示している(季節変動を模倣している点に注意)
.
「葉身の長さ」を 見てもらうと生育条件により変動していることがわか る.高温(28 C)や短日(SD: short-day)で育てると,適温(22 C)や長日(LD: long-day)で育てたときより 相対的に葉柄が長いことがわかる.写真には示してない が実生における「胚軸の長さ」にも同じ現象が見られ る.これら季節(生育条件)による形態制御の生理的意 味はよくわかっていないが,それを制御している因子は よくわかっている.PIF4とPIF5と呼ばれるフィトクロ ムと相互作用する2つの転写因子である.これらの遺伝 子は と同じくEC転写抑制複合体の直接の標的で
ある(21, 22)(図6A)
.すなわち「日長シグナル」と「温
度 シ グ ナ ル」 の 季 節 変 化 に 応 答 し て / は と同じ様式で転写制御を受けている.このことで 季節に応じた形態制御がうまく説明できる( と同 じ夜の光と温度変化による転写産物の増減を考えてもら いたい)
.もちろん
欠損変異株では季節変化による 形態制御が著しく損なわれる(図6B右).PIF4は花芽
の形成時期にも影響を与えることがわかっており,高温(27 C)では短日であっても花芽形成を促進することが 知られている(27)
.これらを考え合わせると,概日時計
におけるEC転写抑制複合体が栄養成長から生殖成長に 至る過程を季節の変化に応じて制御していることがわか る.この例からだけでも,植物の概日時計は「持ち腐れ の宝」ではなく「天下の宝刀」であることがわかる.おわりに
シロイヌナズナを用いた研究を通して植物の概日時計 の中心振動体を形づくる転写ネットワークが明らかに なってきた(図1)
.この転写ネットワークは日々の明
暗変化や季節変化に連動して働く.夜昼の変化や季節の 変化を暗示するシグナルは「光」と「温度」の変化であ る(図2).植物の概日時計はどのようにして日長を測
るのだろう? 日々変化する温度をどうやって季節の変 化を示す「安定な温度シグナル」として検知するのだろ う?「日長変化すなわち夜の光シグナル」と「長期的な 温度変化のシグナル」の両方を統合して転写ネットワー クに入力することで季節変化に時計を連動させるのに一 役かっている時計因子がEC転写抑制複合体である(図1,3,4)
.
「光シグナル」を基準としている点で植物の 概日時計は「伝統的な日本の刻の概念とそれを測る和時 計」に似ている(図5).しかし「植物時計」は「和時
計」よりも巧妙であり,生物の特性を生かして「温度変 化シグナル」をも感知することができる.「光と温度」のシグナルを統合する時計因子こそEC転写抑制複合体 である.短い周期での日照時間の変化や気温の乱高下に 惑わされることなく2〜3週間単位の明暗変化や温度変 化に連動して働くことで,明暗・日長・気温の季節変化 に適応して成長・分化を適切に調節するのが「植物の概 日時計」
,すなわち「太陽電池で動くカレンダー付き電
波時計」と考えられる.なお,ここでの和文解説を欧文 解説としても発表しているので参考にしていただきた い(28).
謝辞:本稿に関係するわれわれの研究は,貴重な研究材料を提供してい ただくと同時に,有意義な討論をさせていただいた,Dr. Fankhauser
(University of Lausanne),Dr. Ishiura(Nagoya University),Dr. Kay
(University of Southern California),Dr. Lin(University of California at Los Angeles),Dr. Komeda(University of Tokyo, Japan),Dr. Mil- lar(University of Edinburgh),Dr. Onai(Nagoya University),Dr.
Prat(Campus University),Dr. Whitelam(University of Leicester, UK),Dr. Wigge(University of Cambridge)のご厚意のもと進めるこ とができた.この場をお借りして厚く感謝の意を表したい.
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プロフィール
水 野 猛(Takeshi MIZUNO)
<略歴>1972年名古屋大学農学部農学科卒業/1977年同大学大学 院生命農学研究科博士課程修了/同年三菱化成生命科学研究所研 究員/1984年名古屋大学大学院生命農学研究科准教授/1989年同 教授/2015年同名誉教授,現在に至る
山篠 貴史(Takafumi YAMASHINO)
<略歴>1993年名古屋大学農学部食品工業化学科卒業/1998年同 大学大学院生命農学研究科博士課程修了/1999年同大学大学院医 学研究科助手/2001年同大学大学院生命農学研究科助手/2007年 同助教/2014年同准教授,現在に至る
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.174
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