[話題]
作用場流動分画法( Field‑Flow Fractionation) の環境試料への適用
はじめに
我々を取り巻く環境、特に 犬然水中には 種々の コロイド粒子が複合して多鼠 に存在し ている。これらのコロイドは、水中の溶存微 醤元素 の主たる吸着担体として働くだけでな く、天然有機化合物や人工の有害物質の除去 や移動に大きな影響を与えている 。 とくに金 属水酸化物や粘土に由来する コロイド に対し て、これまで数多くの吸着実験が精細に 実施 され、その結果、コロイドヘの各種化合物の 吸着機構に関する研究は大きく進展した 。 し かし、天然水中に存在するコロイドの分析は あまり行われておらず、これまでの研究のほ とんどがフィルターの孔径の相異を 利用した コロイドの粒径分画と分離にとどま ってい る。そのため、天然水中で生成し て循環する コロイドの 内、どの ような様態のものが実際 の吸着担体の役割りを担っているのか、ま た、その化学成分組成は何か、といった疑問 には未だ答えを見いだせないでいる 。
最近 、Beckettら[I, 2]、Murphyら[3]は作用 場流動分画法 ( Field‑Flow Fractionation,
F F F) による環境試料中のコロイド分析を
試みてい る。F F F法によると、分子量が大き いコロイドでも充分に相互分離ができるので コロイドの粒径分布のみならず、粒径ごとに その化学元素組成比が正確に求まることにな る。現在のところ、 F F F法によるこうした 詳しいコ ロイド分析を行な っているのは、
Beckettを中心とするグループである 。以下
に、この方法の原理と実際について紹介す る。
*京都大学理学部化学教室
塩 谷 岳 樹 、 桑 本 融 *
F F F法の原理
1966年、 G iddings[ 4
I
は従来のクロマ トグ n[能であ っ た分f
量 数百万の 巨大分子やその会合体、例 えば、細胞、 蛍 白質 、無機コロイドなどを分 離する目的で、 F F F法の原理を提唱し、その 後 、実働する装 置 を開発した 。F F F法に よる分離の原理は、分析試料と
分離場との相I‑[作川の差を利用する、1ばで、ク ロマトグラフィーと同様である 。 しかし、
F F F法では、 クロマ トグラフィーの様に固
定相は存在せず、移動相中の試料の分離に は、カラム流路に対して垂直に働く各種作用 場(重力場、磁場、電場、横断流場、熱勾配 場など)との相互作用を利用する 。 そのた め、溶離液にはコロイドを保持している母液 をそのまま用いることができる 。 この原理か ら解かるように、 F F F法はp H に敏感な化合 物や壊れやす い物質などの分離に 有利であ り、現在では灰化学や生化学の分野で広く応 用されている 15‑7]。
F F F法の分離カラム (図1‑A) は、J厚さ70 250μ m、幅数c mの巾 空状の薄層である。
通例 、こ れをC hannelと呼び、作用場はこれ に垂直な方向に働く 。サイズ分離をする目的 では、作
Jl:j
場として重)J場(遠心力)を用い ることになるが、こうした F F F法をSedi‑mentation F F F と呼ぶ 。遠心力の作
JI j
によっ て、試料中の 重いコ ロイドはChannelの下層 に移り、軽いものは、比較的中央層に 移る 。 一方、図 lに示すようにC hannel 内には浴離 液が流れていて、流線が放物線状の定常的な 陪流が形成されている 。即ち、 C hannelの中(16) 海 洋 化 学 研 究 第7巻第1号 平 成6年4月
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図1 Sedimentation F F Fの原理と実際
(A) F F FのChannel (B)Channelの拡大図とコロイドX,Yの分離(C)作用場の方向(D)典型的なフ
ラクトグラム、回転数(点線)をプログラムにより液衰させている。 (論文6より一部改訂)
央層では溶離液の流速が速く 、 コロイドの溶 出も速いが、 C hannelの下層では、コロイド の溶出は遅くなる 。言い換えれば、軽い物質 は速く、 重い物質は遅く溶離され、両者の分 離が達成される[6]。
分離は、コロ イ ド粒子の半径 (ct) と、溶 離液と試料の密度差( △p) に依存するた め、粒 子半径による分離が可能となる 。但 し、試料中に極端に密度の違う物質が存在す ると分離が不可能になる場合がある 。図1‑C の ように 遠心力を受けてChannel の下層に位 置するコロイドと、遠心力を受けないで上層 に分布する物質(例えば質罹の小さいイオン など)は、共に同じ流速で溶離されるので、
両者の分離は困難となるf6]。 この問題を避け るために、とくに環境試料ではコロイド粒子 のみを捕集する前処理が必要である 。
試料の謂整
天然水を試科とする時には 、通例、コロイ ド粒子のみを捕集する目的と感度の増大をは かる 目的で、前濃縮を行なう 。Beckettは、 (I) on‑channe) での濃縮、 (2)分子量分画フィ ルターでの捕捉と濃縮 、(3)遠心分離機での 濃縮、 (4)凝析による濃縮を試みている 。濃 縮したコロイド試料は、少量の溶離液に分散 させた後、 F F F法により分離する 。上掲の 渡縮法は、いずれを用いても 、精度 よく 再現 するので、どの操作法も環境試料中のコロイ
ドの実際のサイズ分布を忠実に反映するもの と考 えら れるll]。但し、遠心分離法は小さい コロイドに適用できない欠点がある。また凝 析法は、操作後、凝集してサイズが変化する
コロイドには適用できない 。T O C を多く 含 む試料水にこの傾向があることが分かってい る。 しかし、この点を除けば、凝析法は最も Transactions of The Rese血 h Institute of
Oceanochemistry Vol. 7, N o. 1, April 1 9 9 4 (17)
簡便な方法である。
検出器
検出には、 H P L C用の示差屈折計などを用 いる。同 一粒径のコロイドについて質量濃度 を求めようと思うと、 Evaporative M a s s De‑
tee tor が必要となる 。しかし 、波長2 5 4 n mの 光吸収を用いて、吸光度を溶離時間に対して 記録することに より描かれたフラクトグラム
(クロマトグラムに対応する)は、 Evapora‑
tive M a s s Detectorから得られるフラクトグラ ムと多くの場合 一致する(図 2 ) 。 そのた め、相対濃度を求めるならば、 U V 2 5 4 n m検 出法を用いるほうが簡便さにおいて有利であ る[1]。U V 2 5 4 n m検出法で検知する光量の増 減は、コロイドの光吸収によるものではな
く、光散乱によるものである 。
その他に、 M u r p h y らは、 ICP‑Mass に溶出 液を直接導入し、コロイドの成分を求める研 究を試みている[3]。
0.04 0.02 / o.os 0 .06 1.0
0.8
0.4
DIAMETER (μm) 0.07
A Variable wavelength detector
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2
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u ° Q
6 A 2 0 0 8 6
0 0 0 0 0 1
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5 0 0.05 0.06
100 0.07
0.08
150 0.0 8
゜
2 0
゜
8 E vaporative mass detector
5 0 100 TIME (min)
150
図 2 Evaporative m a s s detectorとU Vの比較 U V 2 5 4 n mはEvaporative m a s s detector と良 い相関を示している(論文1より引用) 。
as uo ds aJ
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環境試料の分析
M u r p h y らは、 F F F法を適用して河川水中 のコロイド分析を行なっている(3]。その結果 を要約すると次のようになる 。(1)0.05 から
0 .5 μ m ま で の 大 き さ で あ る コ ロ イ ド 粒 子 は、粒径に対して連続的に分布すること 。 (2)粒子状化合物を取り除くために多用され るフィルターの孔径 ( 0 . 2 0 . 4μ m ) より小 さい、 0.1μmの大きさのコロイドが多いこと
(図3b) 。(3)コロイド粒子の化学組成は、
そのサイズによって変化する(図 4 ) 。 ま た、コロイドの Si/Al比は粒径の増大と共に 大きくなるのに対し 、M g / A l比は逆に小さく なる 。 これが、粘土鉱物の種類がそのサイズ によって異なるものなのか、あるいは河川水 中で何らかの化学反応が起きたことによるも のなのかは定かではない 。
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図 3 Darling川で採水した試料のSedimenta‑
tion F F F
(a) フラクトクラム(b) 粒径分布 実線はU . V.2 5 4 n mの応答、
記号は I C P ‑ M a s sを用いたイオン電流の応答 H , BはAl、G はF eを表す
海 洋 化 学 研 究 第7巻 第1号 平 成6年4月
(a) 4 3 2
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(b)
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ヽジ、^ し、ゞ...
..,.,.,,,,.
0.1 0.2 0.3 0.5
ヽ 〜
し .‑〜
0.1 0.2 0.3 0.5
Diameter (μm)
図4 Darling川で採水した試料中のコロイドの
元素組成比
(a) Si:AI (b) Mg:AI (c) Rb:AI (d) F e :AI
また Beckett らは、河川水中のコロイドに
燐などの栄養塩を吸着させて、その吸着機 構 を検討してい る[2]。 い ず れも0 .0 5 0.5μ m とい った 、比較的大きいコロイドの分析は可 能になったが、さ らに小さい粒径のコロイド の分析も今後、可能になるだろう 。
F F F法 は 、 こ う し た 用 い 方以外にも様々 に適用されている。重力場に変わる作用場と して、電場、横断流場、熱勾配場などを用い て、燐酸鉄などのコロイド粒径分布(8]、アル プ ミ ン 、 グ ロ ブ ミ ン な ど の 生 体 物 質 の 分 離 (9]、有機溶媒中でのポ リマ ーの粒径分布ll0]
などに用いられている 。F F F法 の 理 論 から 求めたコロイドの粒径は、 信頼性の高いもの
Transactions of T h e Research Institute of
Oceanochemistry Vol. 7 , No. 1, April 1 9 9 4 (I 9)
であると 言 われているが、この粒径を基礎に すると、現在我々が扱っているフィルターや 標準試料などに記載された 孔径や粒 度 は実際 のサイズよりも大きいことが、 一般的な傾向
として認められる 。
F F F法は 、例えば、検出器としてT O C測
定装置を用いる ことにより湖水中のバクテリ アなどの総餓 を、サイズ別に分けることを可 能 にするであろう。 また、 珪酸と アルミニウ ムの可溶性縮合体のように、 p H に敏感でし かも分子量 が小さいものから大きなものまで 連続的に変化する ような複合系[11 Jの解析で
も、 F F Fは有効 な分離手段である 。
参考文献
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11
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