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得られる生成物は天然物である.一方,筆者らが見いだ したRIRおよびSIRは,N末端および内部アミノ酸配列 解析において上述の既知還元酵素のアミノ酸配列との相 同性はなく,新規のイミン還元酵素の可能性が高い.イ ミンのエナンチオ選択的還元に関与する酵素と微生物を 図2にまとめた.微生物菌体を用いたイミン還元による 光学活性アミン合成も検討されているが,筆者らの研究 を除くと 属(7)と 属(8)の2例にす ぎない(図2).現時点では,イミン還元酵素あるいは 菌体による光学活性アミン合成は第二級アミンに限られ ている.今後,RIRやSIRの機能改良・改変や反応場制 御に取り組むとともに,新たなイミン還元酵素の探索方 法を検討し,様々な光学活性アミン合成に利用できる酵 素触媒のライブラリー化を目指している.
1) I. Ojima (ed.):“Catalytic Asymmetric Synthesis”, John Wiley and Sonsh, 2010.
2) 満倉浩一,吉田豊和: エコバイオリファイナリー ,
シーエムシー出版,2010, p. 160.
3) H. Li, P. Williams, J. Micklefield, J.M. Gardiner & G.
Stephens : , 60, 753 (2004).
4) K. Mitsukura, M. Suzuki, K. Tada, T. Yoshida & T.
Nagasawa : , 8, 4533 (2010).
5) K. Mitsukura, M. Suzuki, S. Shinoda, T. Kuramoto, T.
Yoshida & T. Nagasawa : ,
75, 1778 (2011).
6) 八木達彦,福井俊郎,一島英治,鏡山博行,虎谷哲夫
(編集): 酵素ハンドブック第3版 ,朝倉書店,2008.
7) T. Vaijayanthi & A. Chadha : , 19, 93 (2008).
8) M. Espinoza-Moraga, T. Petta, M. Vasquez-Vasquez, V. F. Laurie, L. A. B Moraes & L. S. Santos :
, 21, 1988 (2010).
(満倉浩一,長澤 透,岐阜大学工学部生命工学科)
病原細菌を標的としたオートファジーにおける新規認識機構
赤痢菌を認識するカーゴレセプターの一員 Tecpr1 の役割が明らかに
宿主の粘膜には腸内フローラ,タイトジャンクショ ン,粘液上皮バリアーを主体とした「物理的バリアー」
と自然免疫・獲得免疫による「免疫バリアー」から成る 生体防御機構が構築されており,微生物の上皮細胞への 侵入を阻止している.しかし,赤痢菌をはじめとする粘 膜病原細菌は,これらバリアー機能を巧みに回避・抑制 して,粘膜上皮細胞を足場として感染し,局所あるいは 全身で増殖しさまざまな疾患をひき起こす(1).
オートファジーは細胞が栄養飢餓状態におちいったと きやストレスに曝されたときに細胞質成分をまとめて非 選択的に分解する現象であり「自食作用」と呼ばれてい る.オートファジーの役割は細胞の恒常性の維持だけで はなく,変性疾患,受精,ガン,自然免疫など多岐にわ たることが明らかになってきている(2).これらの恒常性 維持に必要なオートファジーには基質認識に特異性がな いと考えられてきたが,最新の研究から標的を特異的に 認識する選択的オートファジーの存在が明らかになって きている.
選択的オートファジーは,損傷をうけたオルガネラや 変性タンパク質からなる凝集体,細胞に侵入した病原細 菌を特異的に異物として認識し分解し,その基質特異性 はポリユビキチンなどの標識タンパク質とLC3などの 隔離膜上に局在するオートファジータンパク質とをつな
ぐ,カーゴレセプターと呼ばれるアダプタータンパク質 複合体により決まる(2).病原菌を選択的に認識するオー トファジーにおいても,多くのカーゴレセプターが報告 されており,たとえばA群連鎖球菌やリステリア菌は Ub(ユビキチン)-p62-LC3, またはUb-NDP52-LC3カー ゴにより認識され,サルモネラ菌はUb-NDP52-LC3, Ub-NDP52-LC3, Ub-オプティニューリン-LC3カーゴに よりオートファジー認識される(2, 3).一方で,赤痢菌や リステリア菌のように宿主細胞に侵入後に細胞質へと脱 出する病原細菌は,細胞内で増殖し感染を拡大させるた めの生き残り戦略としてオートファジーを回避すること ができる(3〜5).
赤痢菌のオートファジー認識機構およびその回避機構 を対象とした筆者らの研究から,①赤痢菌 欠失変 異 (Δ ) 株は野生株と比較してオートファジー感受 性が顕著に上昇すること,②赤痢菌の菌体表面にある VirGタンパク質がオートファジー関連タンパク質であ るAtg5と直接結合することによって赤痢菌に対する オートファジーが誘導されること,③それに対し赤痢菌 は病原因子であるIcsBタンパク質を分泌し,Atg5と VirGタンパク質との結合を競合的に阻害することで菌 体のオートファジー認識を積極的に回避していることを 明らかにし,以前報告した(4).
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最近,筆者らはこの研究をさらに発展させ,赤痢菌の VirGを認識する新たなカーゴレセプターを見いだし た(6).筆者らは赤痢菌を認識するカーゴレセプターが VirG-Atg5から構成されることを見いだしていたことか ら,Atg5をベイトにしたイーストツーハイブリッド法 により,Atg5結合因子のスクリーニングを行なった.
その結果,機能未知の因子であるTecpr1 (Tectonin domain-containing 1) を得た.Tecpr1は線虫からヒト まで高度に保存された分子量約130 kDaの機能未知タン パク質であり,Tecpr1のヒトの組織分布をリアルタイ ムPCRで調べた結果,どの組織においても普遍的に発 現していた.GSTプルダウンアッセイを行なった結果,
GST-Tecpr1とリコンビナントAtg5との直接の結合が 確認され,さらに抗Tecpr1抗体を用いた免疫沈降実験 を行なった結果,Tecpr1はヒト細胞内においてオート
ファジーに必須のAtg12-Atg5-Atg16L1複合体とAtg5 を介して複合体を形成していることが明らかになっ た(6).このことは,Tecpr1が新規オートファジータン パク質であることを強く示唆している.そこで,赤痢菌 を標的としたオートファジーにおけるTecpr1の局在を 調べた結果,Tecpr1は赤痢菌を標的とするオートファ ゴソームにおいてAtg5やLC3と共局在し,さらに赤痢 菌の一極にはVirG, Atg5, Tecpr1が共局在することを見 いだした.GST-VirGビーズとリコンビナントのAtg5, Tecpr1を 用 い た プ ル ダ ウ ン ア ッ セ イ の 結 果,VirG, Atg5, Tecpr1からなる複合体形成が認められた(6).さ らに,Tecpr1-Atg5カーゴレセプターが初期オートファ ゴ ソ ー ム で あ る 隔 離 膜 に ア ン カ ー さ れ る た め に は Tecpr1 と WIPI-2〔WD repeat domain phosphoinosit- ide-interacting protein 2 ; 隔離膜上に局在するPtdIns
図1■Tecpr1による選択的オートファジー
Tecpr1は赤痢菌などの病原細菌,アグリソーム,傷害を受けたミトコンドリアに対する選択的なオートファジーに関与している.隔離膜 上にアンカーされたPtdIns(3)P-WIPI-2-Tecpr1-Atg5カーゴレセプターはこれらの標的を特異的に認識し,オートファジーによる分解へと 導く.
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(3)P(ホスファチジルイノシトールトリスリン酸)結 合性オートファジータンパク質〕との結合が必要である ことが明らかになり,VirG-Atg5-Tecpr1-WIPI-2-PtdIns
(3)Pが赤痢菌を認識する新規カーゴレセプターである ことが示唆された(6) (図1).
そこで,Tecpr1ノックアウトマウスを作製し,そこ から作出したMEF細胞を用いて赤痢菌に対するオート ファジー解析を行なったところ, −/− MEF(マウ ス胎児繊維芽細胞)細胞に Δ 株を感染させた結果,
野生型MEF細胞と比較して, −/− MEF細胞では 赤痢菌 Δ 株に対するオートファジーが大幅に低下 し,赤痢菌の細胞内増殖性が顕著に上昇した(6).これら の結果から,Tecpr1が赤痢菌に対する選択的オート ファジーにおいて必須であることが明らかになった.興 味深いことに,Tecpr1はアミノ酸飢餓で誘導されるカ ノニカルなオートファジーにはほとんど関与していな かった.そこで,他の選択的オートファジーにおける Tecpr1の関与に関して解析を行なった結果,Tecpr1は 赤痢菌だけではなく,サルモネラ菌,A群連鎖球菌など 他の病原細菌を標的とするオートファゴソームにも局在 した.さらに,Tecpr1は傷害を受け脱分極したミトコ
ンドリアや変性タンパク質からなる凝集体(アグリソー ム)を選択的に標的とするオートファゴソームにも局在 し, −/− MEFでは脱分極した形態が異常なミト コンドリアが蓄積し,アグリソームのクリアランス能が 低下していた(6).これらの結果から,Tecpr1が選択的 オートファジーにおいて広く一般的に関与していること が示唆された(図1).
本研究の結果は赤痢菌に対する認識機構のみならず,
変性タンパク質の蓄積によるハンチントン病などの神経 変性疾患や異常ミトコンドリア蓄積による若年性パーキ ンソン病の発症機序の解明や治療薬の開発にも重要な手 がかりを与えるものと考えられる.今後,ユビキチン化 された基質に対するカーゴレセプターとTecpr1との関 連性について追究したいと考えている.
1) M. Kim : , 8, 20 (2010).
2) N. Mizushima & M. Komatsu : , 147, 728 (2011).
3) Y. Yoshikawa : , 11, 1233 (2009).
4) M. Ogawa : , 307, 727 (2005).
5) M. Ogawa, H. Mimuro, Y. Yoshikawa, H. Ashida & C.
Sasakawa : , 55, 459 (2011).
6) M. Ogawa : , 9, 376 (2011).
(小川道永,東京大学医科学研究所)