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第 38 回(平成 22 年度)研究奨励金受領者研究報告
出芽酵母におけるリボソーム構成因子の生合成機構の解明
東京農業大学応用生物科学部アイソトープセンター 笠原浩司
【研究の背景】
リボソームは 4種類のリボソーム RNA(rRNA)と約80 種類のリボソームタンパク質(RP)からなる巨大複合体で あり,その生合成は 3種類のRNAポリメラーゼ(Pol I, Pol II, Pol III)の協調的な活性と,膨大な資源やエネルギーを 必要とし,細胞の成長や分裂を始め様々な生物機能に密接 に関与することから,その制御は細胞にとって極めて重要 である.特に,RP をコードする 138個の RP 遺伝子(以下 RPG: RP Gene)群においては,その転写量が増殖時には Pol II によって転写される全mRNA の 50%にも上る一方,
栄養の枯渇やストレスに応じて Pol I や Pol III による rRNA 転写と協調して速やかに抑制されるなど,厳密かつ 複雑な制御の存在が知られており,その解明は分子生物学 における重要な課題である(文献1).
【これまでの研究経過】
申請者が基本転写因子 TFIID の結合タンパク質として 同定した Hmo1 は,ChIP-chip 法,及び ChIP 法による詳 細な解析から,35S rRNA 遺伝子,及び約70%の RPG プ ロモーターに特異的に結合することが明らかになっている
(文献2).申請者は Hmo1 の RPG プロモーターにおける 機能解析を行う過程で,HMO1遺伝子破壊により,その 標的である RPG の転写開始点(以下 TSS; Transcription start site)が上流側にシフトするという興味深い現象を見 出し(文献3),その原因を探る中で,Hmo1 が(申請者が)
IVR(Intervening region)と名付けたヌクレオソーム結合 量が少ない領域に結合すること,HMO1 の欠失により IVR 内部に非特異的な転写開始前複合体(以下 PIC; pre- initiation complex)が形成され,それに伴って新たな TSS が生じることを明らかにした(文献4).これらを基に申請 者は,Hmo1 が下流に結合したヌクレオソームと協調的 に,PIC が形成可能な領域を狭い範囲(コアプロモーター 内)に限定することで,生理的に正しい位置からの転写を 促進するという従来にない新しい概念の転写制御機構を提 唱するに至った(文献4, 及び図1).
【本研究の経過報告】
本研究では,先に見出した Hmo1 による RPG プロモー ターにおける PIC 形成の位置決定の制御機構をより詳細 に解明するために,そのような機構に関わる因子を網羅的 に同定することを目指し,遺伝学的な探索を行った.
Hmo1 の主要な標的遺伝子の 1 つである RPS5 プロモー ターは,HMO1 の欠失により本来の転写開始点(ATG よ り-36 bp 上流)からの転写が減少し,本来 Hmo1 の結合 によって転写開始が抑制されている IVR 内に強い転写開 始点(同-215 bp)が生じることが明らかとなっている(図 2).そこで RPS5 の開始コドンを欠失させ,替わりに本 来の転写開始点(-36 bp)の上流(-156 bp)に,新たな 開始コドンを挿入した改変型プロモーターを,出芽酵母の HIS3遺伝子の ORF に,フレームが合うように接続した レポーター遺伝子をプラスミド上に構築した(図2).この プラスミドを持つ酵母株は,通常 His3 タンパク質が作ら れず,ヒスチジン欠損培地で生育不能であるが,HMO1 遺伝子破壊株では-215 bp の位置から転写された mRNA を鋳型にして ATG(-156)から機能を持った His3 タンパ
図1 リボソームタンパク質遺伝子プロモーターにおける Hmo1 の機能
— —10 ク質の翻訳が起こり,同培地での生育が可能となった.
スクリーニングでは,酵母野生株に対し変異源 EMS
(2%)処理を行った後に,このレポータープラスミドを形 質転換し,ヒスチジン欠損培地に塗布し,生育してきたコ ロニーを選択した.His3 タンパク質阻害剤である 3-AT
(0.2 mM)を含む同培地にて擬陽性のコロニーを除いた後,
残りの変異株を野生株と掛け合わせて四分子解析を行い,
His+の形質が 2 : 2 で分離したものを候補として,酵母ゲ ノムライブラリーを用いて原因遺伝子の同定を行った.そ の結果,いくつかの変異株については HMO1遺伝子に変 異が入っていることが確認された.他には,転写関連因子 ではなく,翻訳関連因子の変異が複数同定されたが,これ らの株ではおそらく開始コドンの認識に異常が起こり,欠 失させた本来の開始コドン付近の ATG 類似配列から機能 を持った His3 タンパク質が作られてしまったと推測され る.これらの変異は生育の高温度感受性を伴っているため,
以後はこれを指標に判別・除去することが可能である.現 在,残りの株についてライブラリースクリーニングや,全 ゲノムシークエンス解析などの手法により,原因となる変 異の同定を継続して行っている.
一方, 同様の改変型 RPS5 プロモーターを酵母の URA3 遺伝子につないだレポータープラスミドを別途作成した.
URA3遺伝子産物は,ウラシルの生合成に必須であると同 時に,5-FOA という薬剤を細胞内で毒に変換するため,
このレポータープラスミドを持つ HMO1欠損株は,Ura3 を発現し,5-FOA を含む培地で生育不能となる.この株 に対して,HMO1遺伝子破壊株から作成したマルチコ ピ ー ラ イ ブ ラ リ ー や, ヒ ト 培 養 細 胞(HeLa 細 胞 ) の
cDNA を酵母で発現誘導可能なライブラリー(構築済)を 形質転換し,5-FOA 含有培地にて生育可能なコロニーを 選択することにより,Hmo1 と同様の,あるいは重複した 機能を持つ因子の探索が可能であり,現在これらのスク リーニングを実施している最中である.
【今後の予定】
上記のスクリーニングで取得された因子,及びその変異 株については今後,ノーザン法やプライマー伸長法,
ChIP 法など多角的な手法を駆使することにより,RPS5 やその他の RPG プロモーターへの結合や,遺伝子破壊に よる RPG の転写量,及び転写開始点の変化,Hmo1 や PIC,ヌクレオソームの結合量や位置の変化を調べ,それ らが目的とする因子であるかを検討していく予定である.
これらの解析によって,申請者の見出した新しい転写開始 点決定機構の分子基盤の解明が進むと期待できる.
謝 辞
最後に,本研究を行うにあたり,ご援助を頂きました農 芸化学研究奨励会に深く感謝いたします.
参考文献
1) Warner, J. R. Trends Biochem. Sci., 24, 437–440 (1999)
2) Kasahara, K., Ohtsuki, K., Ki, S.W., Aoyama, K., Taka- hashi, H., Kobayashi, T., Shirahige, K., & Kokubo, T. Mol Cell Biol, 27, 6686–6705 (2007)
3) Kasahara, K., Ki, S.W., Aoyama, K., Takahashi, H., &
Kokubo, T. Nucleic Acids Res, 36, 1343–1357 (2008)
4) Kasahara, K., Ohyama, Y., & Kokubo, T. Nucleic Acids Res, 39, 4136–4150 (2011)
病原体レセプター抵抗性タンパク質による耐病性の制御機 構の解明
奈良先端科学技術大学院大学 河野洋治
抵抗性タンパク質は,病原体の侵入を感知する細胞内レ セプターとして働き,過敏感細胞死や酸化的バーストを伴 う植物の中で最も強い免疫応答を誘導する.抵抗性タンパ
ク質は農業上重要であり,新潟県のほぼ全域では抵抗性遺 伝子を導入したコシヒカリが食用として栽培され,耐病性 が増したことにより,コメ収量の増加に貢献している.現 在までに,主に遺伝学的手法を用いて,抵抗性タンパク質 による免疫に関与する分子の同定が試みられ,シャペロン タンパク質 Hsp90, コシャペロンタンパク質 RAR1, SGT1 などが報告されている.これらの分子は,抵抗性タンパク 質の安定性の制御が主な機能であり,シグナル伝達機構や 図2