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第 39 回(平成 23 年度)研究奨励金受領者研究報告
植物細胞壁成分キシランの生合成の分子機構
立命館大学生命科学部 石水 毅
研究目的
植物細胞壁を構成する多糖は,セルロース,キシランな どのヘミセルロース,ペクチンから構成されている.これ らの機能解明,およびバイオ燃料の効率的生産などへの応 用には,多糖の生合成の分子機構解明が必須である.しか し,その解明には至っていない.各多糖の構造が複雑でそ れらの生合成に複数の酵素が必要であること,多糖合成酵 素が微量膜タンパク質であることが主な理由である.
細胞壁多糖のうち,バイオ燃料源になる二次細胞壁の主 要成分であるキシランは,キシロースがβ1-4結合した多 糖の骨格をもち,いくつかの側鎖が結合している.最近,
二次細胞壁の生合成に異常をきたす変異体植物体の解析か ら,キシラン合成に関わる酵素遺伝子として,IRX9, IRX10, IRX14, IRX15 などが挙げられている.しかし,
それぞれの遺伝子産物のキシラン合成における役割は何 か,これらの遺伝子産物が複合体を形成しているのか,不 明なままである.
奈良先端大・出村らにより,道管分化を誘導する転写因 子を形質転換した植物培養細胞が作成された.この培養細 胞はキシランを含む二次細胞壁を多量に作る.微量にしか 発現しない細胞壁合成に関わる酵素を解析するのに格好の 材料である.この材料を用いて,キシラン合成酵素(図1)
を生化学的に解析することを試みた.
本研究申請時点で,キシラン合成酵素の活性測定法を構 築した.酵素のアクセプター基質になる蛍光標識したキシ ランオリゴ糖とドナー基質の UDP- キシロースを化学的に
調製し,これらの基質を用いて,植物の膜タンパク質抽出 物を作用させ,キシラン合成活性を HPLC 上で定量的に 観察する方法である.この方法を用いて,キシラン合成酵 素をタンパク質として同定することを最終目標に,本酵素 の生化学的解析を行った.
結果と考察
道管分化を誘導する転写因子を形質転換したタバコ BY-2細胞を酵素源とし,キシラン合成酵素の生化学的特 徴づけを詳細に行った.デキサメタゾンで転写因子の発現 を誘導するが,キシラン合成酵素活性は発現誘導後48時 間後に最大となり,誘導前の 6倍以上の活性を示した.こ のキシラン合成酵素はアクセプター基質としてキシロース 残基3糖以上連なったオリゴ糖に活性を強く示した.至適 pH は 6.0~6.5 であった.20分の反応時間では,至適温度 は 20℃であった.本酵素は膜タンパク質であるが,試し た 12種類の界面活性剤のうちでは非イオン系界面活性剤 TritonX-100 が最も可溶化し,1%(v/v)濃度で最大の効果 を示した.EDTA 存在下では失活し,10 mM マンガンイ オン存在下で最大の活性を示した.4℃保存でも少なくと も 96時間は失活は見られない.数百mM の塩化ナトリウ ム存在下では,若干(50%程度)の失活が見られ,酵素が 複合体を形成している可能性を示唆した.これらの至適条 件を用いて,転写因子で二次細胞壁合成が誘導された BY-2細胞由来のキシラン合成酵素の活性を測定すること にした.
膜タンパク質複合体の解析で実績のあるブルーネィティ ブ電気泳動法により,複合体を形成させたまま,キシラン 合成酵素の分離を試みた.道管分化を誘導した BY-2細胞 からミクロソーム画分を可溶化し,電気泳動により分離し た.ゲル上のタンパク質を切り出し,キシラン合成活性を 測定したが,この方法で用いるクマシーブリリアントブ ルー (CBB G-250) で本酵素が失活することが判明した.
そこで,この色素を用いないクリアネィティブ電気泳動法 を適用して分離した.CBB G-250 の代わりにドキュセイ トと TritonX-100 の混合ミセルを用いると失活せずに電気 泳動できた.比較的ブロードに分離された分子質量540~
700 kDa の画分にキシラン合成酵素の最大活性があった.
これは,キシラン合成酵素が複合体を形成していることを 示唆しており,このようなデータを初めて示すことができ 図1 キシラン合成酵素. た.
— —10 現在,このタンパク質複合体の解析を進めている.分離 がブロードであること,酵素活性に対応する明確なタンパ ク質バンドを見いだせていないことから,電気泳動法の最 適化,分析試料の改良(ミクロソームではなく酵素が局在 するゴルジ体を多く含む画分から分析試料を調製する)な どを行う.比較的シャープな分離が得られれば,SDS- PAGE により各構成タンパク質を同定することで,複合 体の構成因子を見いだす.この道管分化誘導BY-2細胞の EST 解析が進められているため,構成因子の同定が行い
やすい.本研究が達成されれば,キシラン含量がより多い,
あるいはより少ない植物体を作成するデザインが可能とな り,バイオ燃料としてより適した植物体を選抜できる基盤 技術が整う.
なお,本研究は奈良先端科学技術大学院大学の出村拓教 授との共同研究で遂行したものである.最後に,本研究を 遂行するにあたり,ご援助してくださいました財団法人農 芸化学研究奨励会に感謝申し上げます.
フォスファチジン酸を利用した植物の耐病性向上に関する 研究
高知大学教育研究部総合科学系 木場章範
植物‒病原体相互作用は過敏感反応に代表される植物免 疫の誘導機構に焦点が当てられ,世界中で精力的に解析が 進められている.特に病原体の感染の認識に関わるレセプ ターの同定と認識の分子機構,細胞内情報伝達にかかわる タンパク質分子に関しては世界的に注目され,精力的に研 究がすすめられている.一方,①植物の病害感受化・受容 化機構に関しては未知な部分が多い.申請者は植物の免疫 応答発動システムのみならず,植物の罹病化・病害感受化 機構の解析を進めてきた.その過程でリン脂質,特にフォ スファチジン酸(PA)含量の変化が植物免疫応答の調節に 関与することを見出だした.
これまでに,①PA を脱リン酸化しジアシルグリセロー ルに変換する PA フォスファターゼ (PAP) 遺伝子をノッ クダウンした植物では,PA の蓄積に伴い耐病性が向上す ること.②PAP ノックダウンした植物では,PA の蓄積 量が増加しているが通常の植物と変わりなく成長し,免疫 応答の活性化も起こっていない.しかし病原体の感染を受 けると,通常の植物と比較して過剰な PA の蓄積に伴う急 激・強力な免疫応答が誘導されるプライミング(病原体に 対する反応性を高めるられる状態)が生じる.ことを明ら かにしている.
そこで,本研究は植物細胞内での PA 蓄積量の人為的上
昇による植物の耐病性を向上について検討するために,① PAP 抑制形質転換タバコ植物の作出,PAP 遺伝子欠損シ ロイヌナズナ系統の収集と種々の病原体への免疫反応の検 討.②プライミング効果を誘導するために必要な感染刺激 についての詳細な解析を行う.③PAP 抑制植物内で蓄積 している PA の分子種を解析し,プライミング効果を持つ PA 分子を特定する.ことを目的とした.
1. PAの人為的処理による病害防除効果
PAP 遺伝子抑制タバコ植物では耐病性の向上が認めら れるが,PA の蓄積が直接的な原因となっているかを確認 するために,PA を人為的処理することによる耐病性付与 が可能か否かを検討した.PA を処理したタバコ植物では 青枯病の発病が著しく抑制されたが,対照として用いた フォスファチジルコリンやジアシルグリセロールの処理で は耐病性の付与は認められなかった.さらに,防御関連遺 伝子の発現解析の結果から PA 処理によって直接的な免疫 応答の誘導は生じないことも確認できた.すなわち,PA の人為的処理によってもプライミング状態を引き起こすこ とができることが明らかとなった.
2. PAP遺伝子抑制形質転換植物の作出
カリフラワーモザイクウイルス由来の 35S プロモーター の下流にヘアピン構造の RNA を発現するように PAP 遺 伝子断片を挿入したコンストラクト(RNAi コンストラク ト)を,アグロバクテリウムを介して形質転換Nicotiana tabacum(普通タバコ)に導入し,12系統の形質転換体を 得た.現在,効率よく PAP 遺伝子が抑制された系統の選 抜を行っている.また,トマト(品種マイクロトム,マ ネーメーカー)の形質転換植物を作製・選抜を進めてい る.今後,PAP 遺伝子タバコ植物および対照植物にナス 科青枯病菌,タバコ野火病菌,ジャガイモ疫病菌,トマト モザイクウイルス等の病原体を接種し,病原体の増殖,発 病程度,防御関連遺伝子の発現を解析する.また,PAP 図