【解説】
菌類の産業利用とコレクション
奥田 徹
菌類は古くから発酵食品製造に用いられてきた.わが国はこ の分野に強みをもっており,独自の文化ともなっている.和 食(日本人の伝統的な食文化)が先頃ユネスコ無形文化遺産 に登録されたのもその表れと言えよう.近代発酵産業でも菌 類 は 重 要 な 役 割 を 果 た し て お り,20世 紀 後 半 に は い わ ゆ る ブロックバスター医薬が菌類から発見された.最近,発酵食 品や天然物創薬に利用されてきた菌株について分子系統学的 手法により新しい分類学や命名のメスが入れられ,興味深い 事実がわかりつつあるが,これは貴重な歴史的菌株そのもの が保存されていたからにほかならない.われわれはニッチと し て の 天 然 物 創 薬 を 夢 見 て,10年 以 上 に わ た り 北 海 道 か ら 西表島まで幅広く,自然界でほかの生物と何らかのインタラ クションのある菌類に特化して探索を続け,15,000以上の菌 類菌株ライブラリと40,000以上の培養抽出物ライブラリを構 築した.抽出物ライブラリはさまざまな生物活性データを付 加してデータベース化しその利用を図ってきた.ここではそ のコンセプトと最近の話題を紹介したい.
伝統的発酵食品から近代発酵産業へ
ビール醸造とワイン生産は,それぞれ紀元前4000 〜 3000年,紀元前4000年頃のシュメール文明までさかの ぼる.製パン技術は,紀元前3500 〜3000年の古代エジ プトが起源だという.いずれも,おそらく
とその類縁の酵母がかかわっていたと考え
られる. は,もちろん日本酒
ほかさまざまな酒類の醸造にもかかわっており,洋の東 西を問わず伝統的発酵産業に重要な役割を果たしてきた 汎世界種である.そのことから . の起源の探 求は興味をもたれるところだ.WangらやBaiは,中国 全土の自然界と醸造蔵から数千株の . を収集 し,中国の分離株は世界のほかの地域より遺伝的変異が 高く, . の起源は東アジアという説を唱え
た(1, 2)
.方法に異論があるかもしれないが,大胆でおも
しろい結果だ.また自然界における 分離頻 度は,花などより樹皮や土壌のほうが高いというのも意 外だった.
一方,それぞれの国々で,気候風土の違いに根差した 特徴ある発酵食品が発達し,文化となったと言われる.
Industrial Application of Fungi and Collection Toru OKUDA, 東京大学大学院理学系研究科付属植物園
各民族の固有の酒は,その原料の多くが,民族の主食と 一致し,製法もその主食の加工法と一致する.つまり,
ヨーロッパの麦・パン・ビールと,わが国の米・ご飯
(つまり炊いた米)
・日本酒の関係を説明できるとい
う(3).
東洋の醸造酒製造の糖化工程では, や などの混合培養が用いられるが,日本酒の醸造に は の純粋培養「種麹」が用いられて きた.種麹は,「もやし」とも呼ばれ,文字どおり麹造 りのための「タネ」であり,蒸した米に木灰を添加して . を生育させてつくる.木灰は広葉樹の葉を焼 いたものが用いられるが,カリウム,マグネシウム,リ ンなど無機栄養を含むため分生子着生能を促進し, .
の生存率が高まり,木灰が蒸米をアルカリ性に保 つため,ほかの微生物群の侵入や繁殖を抑えることにな る(4)
.
純粋培養技術の確立は1876年,ローベルト・コッホによってなされたと,微生物学の教科書では述べ られているが(5)
,わが国では実は1000年前から経験的
に「純粋培養」を行ってきたわけである.ご存知のとお り は,味噌・醤油の生産にも使われ るが,それは糖化酵素だけでなくタンパク質分解活性も あるからなのである.こうして . は日本の伝統 的発酵食品に不可欠の菌類となっている.のコレクション
明治時代に,高峰譲吉は . のデンプン糖化能 力に注目した.彼は,アメリカでウイスキー製造に革命 を起こそうとし,これには失敗したが,その後, .
に関連した特許を立て続けに申請した.なかでも,
「デンプンの糖化酵素の製造法」は世界初の微生物酵素 の特許である.彼は,これを医薬に応用できると考え,
消化酵素製剤「タカジアスターゼ」の商品名でパーク・
デイヴィス社から販売し,大成功を収めた(6)
.これが近
代発酵産業の幕開けとなる.興味深いことに,高峰が設 立したタカミネ・ラボラトリーで使っていた菌株は,現 在でもアメリカの公的菌株保存機関NRRL(Northern Regional Research Laboratories)に保存されている(7).
これは驚異的であり,重要なことである.2013年暮れ のNHK特番(8)にも登場した京都の菱六や大阪の樋口松 之助商店など,わが国の伝統的種コウジ屋の菌株,また 高峰がタカジアスターゼ生産に用いた工業株が,今でも 公的に手に入るわけだ.Wicklowらの論文は, .のほうが . より遺伝的変異が高いという内容 だが(7)
,NRRLに菌株が保存されていたからこそ,こう
いう研究が可能なのである(表1
).
と
沖縄の泡盛の醸造所は第二次大戦中大打撃を受けた が,坂口謹一郎らが戦前に収集した「黒コウジカビ」が 東京大学分子細胞生物学研究所に保存されていたために,
復活に成功したというドキュメンタリーは,一般によく 知られている(9)
.一方,
「黒コウジカビ」の学名はつい最 近まで, . , . , . , . , ., . , など諸説あったが,
のタイプ由来株, . (白麹菌)のタ イプ由来株,坂口らの「幻の泡盛」製造の黒麹菌株,多 くの醸造現場由来株などが,分子系統学的手法により,
同種であることが判明し,学名の優先権から,
表1■タカミネ・ラボラトリー(TLと略)の 株
菌株 取得年 分譲者 由来
NRRL 467 1920 K. Oshima TL Ao 5c,Ueda, Osaka=Thom 290‒4429-Ao 5c NRRL 466 1920 K. Oshima TL Ao 5b,Ueda, Osaka=Thom 290‒4429-Ao 5b NRRL 460 1920 K. Oshima TL Ao 1,(株)菱六・京都=Thom 290‒4429-Ao 1 NRRL 1911 1943 S. A. Waksman TL高峰譲吉のタカジアスターゼ生産オリジナル菌株No. 35
NRRL 461 1920 K. Oshima TL Ao N,国立醸造試験所,現(独)酒類総合研究所=Thom 290‒4429-Ao N NRRL 462 1920 K. Oshima TL Ao P,国立醸造試験所,現(独)酒類総合研究所=Thom 290‒4429-Ao P NRRL 455 1920 K. Oshima TL,国立醸造試験所,現(独)酒類総合研究所=Thom 290‒4429-A NRRL 456 1920 K. Oshima TL,=Thom 290‒4429-Ao
NRRL 457 1920 K. Oshima TL,日本醸造工業(株)= Thom 290‒4429-Ao 6 NRRL 458 1920 K. Oshima TL,=Thom 290‒4429-Ao-Old
NRRL 459 1920 K. Oshima TL,国立醸造試験所,現(独)酒類総合研究所=Thom 290‒4429-Ao K NRRL 463 1920 K. Oshima TL,坪井仙太郎=Thom 290‒4429-Ao 2a
NRRL 464 1920 K. Oshima TL,(株)樋口松之助商店・大阪=Thom 290‒4429-Ao 4a NRRL 1919 1943 S. A. Waksman TL,高峰譲吉のタカジアスターゼ生産オリジナル菌株No. 42 文献7を改変.
の名前を復活することで決着をみた(10)
.
いずれもタイプ由来株を含め現存していたことが幸いし た帰結である.天然物創薬,その夜明けから黄昏
ペニシリンの発見は,あまりに有名なので繰り返さな いが,第二次大戦中の開発史は臨場感があり興味深い.
ElanderはSIM News誌にウィスコンシン大学や英米企 業コンソシアムの活躍ぶりを描き(11)
,わが国の碧素委
員会の奮闘は,角田に詳しい(12).いずれも国家プロ
ジェクトであった.Flemingのオリジナルのペニシリン生産菌は
とされ,現在広く用いられる生産菌はイリ ノイ州の市場のカンタロープ・メロンから分離され, .
と呼ばれた.その後 . の種名も . の異名とされてきた.ところが分子系 統 解 析 の 結 果,ペ ニ シ リ ン 生 産 菌 に は2種 類 あ り,
Flemingのオリジナル菌株や多くのペニシリン生産菌,
また全ゲノム解析が行われた菌株は, .
ではなく, . であり,別種であるという衝撃的 な,しかし興味深い結果が示された(13)
.このような研
究が可能なのも,Flemingのオリジナルの菌株がきちん と保存されているからであろう.この論文の中で,Flemingの菌株は当初 . と誤同定されたと長ら く言われてきたが,そうではなさそうだという話が語ら れていて,おもしろい(表
2
).
ペニシリンの次に登場する菌類由来の重要な抗生物質 は,1948年に発見された“
”
が生産するセファロスポリンである.Brotzuの生産菌は当初
と考えられていたが, 属には命名法上
の問題もあった.Gamsは, 属のタイプ 種は接合菌のケカビの仲間 属,現在の
で あ り,属 名 そ の も の が
(混乱名)であるとして命名法上使えなくな り, 属 に 移 さ れ た(14)
.
という種は, に移さ
れ,セファロスポリンを生産するBrotzuの分離株は と 再 同 定 さ れ た(15)
.
ま た ウィスコンシン大学で育種に使われた別の菌株はシネマ チンB(ペニシリンN)を生産し,当初とされたが,その後テレオモルフが 発見され,現在は と呼ばれる.
なお は分子系統解析の結果,現
在, に移された(16)
.一方,菌類
の命名規約変更(メルボルン規約)により,菌類の例外 措置であった二重命名法が外され,2013年1月1日付 で,1種には一つの学名のみが許されることになり,現 在,その作業が国際的枠組みの中で進行している.属は形態が単純なため多系統だと言われて おり,学名の取り扱いの帰結が注視されている(17)
.分
類学者以外の方々は,以上の点について「分類が混乱し ている」という印象をもたれるかもしれないが,そうで はなく,上記には分類の問題と命名の問題の両方が含ま れるのである.さて,菌類が再び探索されるようになるのは,サイク
ロスポリンが から,メバロチ
ンの原料が から,ロバスタチンが から,ミカフンジンの出発物質が sp. から発見された1970 〜1990年にかけて である.ミカフンジン以外,いずれもいわゆる抗生物質 ではなく,ほかの領域の医薬であった.特にスタチン系 の医薬は,売れ行きからブロックバスターと呼ばれ,製
表2■ と
菌株番号 ペニシリン生産 種名 分離源・場所 摘要
CBS 306.48 + . チーズ,コネチカット州ストーズ
村,USA . のレクトタイプ由来
株
CBS 355.48 + ヒソップの枝,ノルウェー . のタイプ由来株
CBS 197.46 + ブドウ汁の雑菌,ベルギー 液体深部培養で最初にペニシリン生
産に使用
CBS 205.57 + 細菌培養の雑菌,英国 フレミングのペニシリン生産オリジ
ナル株
NRRL 792 + 不明 . のレクトタイプ由来株
CBS 307.48 + カンタロープ・メロン,イリノイ州
ペオリア,USA ウィスコンシン株,ほとんどのペニ
シリン高生産株の親株
Wisconsin 54‒1255 + 同上 全ゲノム解析に用いた株
文献13を改変.
薬企業のドル箱となり,このころ天然物創薬は最盛期を 迎えた.奇しくも,これと時を同じくして生物多様性条 約が発効した(1993年)
.しかし,今世紀に入る前後か
ら,さまざまな理由で欧米製薬企業各社は,天然物創薬 から撤退し,わが国の大手でも自社で関与するところは 激減してしまった.同時に天然物由来のブロックバス ターは姿を消した.世の中の動向とわれわれの活動
いまや医薬業界は,切れの良い抗体医薬,核酸医薬に よる遺伝子レベルでの治療などの研究開発に方向転換し ている.そしてわが国が先鞭を取るiPS細胞では,加齢 黄斑変性の臨床研究が開始されている.これにワクチン を加えれば,いずれも高分子の医薬と言える.しかし低 分子医薬品が不要になったわけではなく,全く新しい低 分子医薬の創製が手詰まりになのが現状だ.
Billsによれば,あまり探索されていない糞生菌に期 待がもてるという(18)
.自然界での草食動物の糞の分解
過程で微生物コミュニティがひしめいて競合しており,糞生菌は抗生物質を含む豊富な二次代謝産物のソースで ある.事実,われわれの経験でも多くの新規物質を発見 することができた.しかも,全ゲノム中の二次代謝に関 与する遺伝子のマッピングからも,未知の多くの代謝産 物が予測できるとされる.今後の天然物創薬には,その 重要性の認識と長期間の資金投下が欠かせないと結論し ている.
わが国でも,天然物由来の化合物は必要という声は大 きく,そのために,大学やベンチャー企業が独自の戦略 で天然物創薬を目指す例や,組織同士が協力してコンソ シアムを作って活動する例があり,また,学会レベルで のコンソシアムの提案も行われている.なかでも古くか ら成果を出していて,最も活動的なのは北里研究所の北 里生命科学研究所(http://www.kitasato.ac.jp/)であ り,そのほか,理化学研究所の化合物ライブラリ(NP Depo http://www.npd.riken.jp/npd/ja/)
,
国 家 プ ロ ジェクトの成果として誕生した産業技術総合研究所の次 世代天然物化学技術研究組合などがある.日本化学療法 学会・日本感染症学会からの抗菌薬研究開発のための新 しい仕組み作りの提言もなされた(19).さらにごく最近
欧米の大企業でも感染症分野に特化した天然物創薬の復 活がされつつあるらしい.このような状況下で,製薬企業研究者としての経験の あるわれわれは,天然物創薬の復活を夢見て,2000年 から菌類の収集を開始した.10年以上にわたり採集分
離してきた菌類を用いて,菌株バンク15,000株とその培 養抽出物ライブラリ41,000サンプル,およびきのこ子実 体粉末1,200サンプルのライブラリを構築してきた.
われわれは,二次代謝は哺乳類の免疫に類似するとこ ろがあるという仮説に基づき,自然界でほかの生物と密 接に細胞間情報伝達をすると考えられる菌類,すなわち 植物内生菌,植物病原菌,菌類寄生菌,昆虫寄生菌,土 壌小動物寄生菌,もしくは子嚢菌の中でも非常に分化し ているHypocrealesと未利用担子菌にターゲットを絞 り,北海道から西表島に至る国内で採集分離を行ってき た.分離株はすべて顕微鏡下で観察し,可能な限り属レ ベルまで仮同定をしている.現在,15,000株700属近く に達しており,1属で全保有菌株数の10%を超えるもの はなく,逆に全菌株数の0.5%に満たない属が600属以上 あることから,分類学的には非常に多様性に富んだライ ブラリと断言できる.この中には,新種
, ,
, 難培養菌類 , 日本新産種
,
, spp., spp.を含んでいる.
これらの菌株を,経験的に優れていると思われる10 種類の異なる培地から,菌株1株につき2種類の液体培 地と2種類の固体培地,合計4種類を選んで培養し,そ のブタノール抽出物を96穴プレートに分注し濃縮乾固 した.プレートは,酸素を透過しないナイロン袋に入 れ,シリカゲルと脱酸素剤を封入して冷蔵庫で保管する ことにより,生産物の分解を防いだ.一方の菌株は保護 材を添加したグリセロール溶液に濃厚な菌体を懸濁し て,−80℃で保存する.1970年代の抗生物質スクリー ニングの華やかな頃は,新鮮分離株でないと物質生産の 再現性など問題があると言われたが,それは誤解であ る.当時の多くのスクリーニング研究室では,分離株は 継代保存されていたため,簡単に変異してしまい再現性 がとれなかった.現在では,分離株は直ちに超低温保存 し,必要なときに菌株を復元して,決して継代しないの が常識であり,これにより形態の変異(胞子形成の劣 化)を防ぐことができるのみならず,生産の再現性は飛 躍的に上昇する(20, 21)
.
さらに効率良い利用を目指すために,過去の天然物創 薬の成功例では,ほとんどのリード化合物に弱い抗カビ 活 性 が あ る と い う 事 実 に 則 り(表
3
),
感 受 性 酵 母( ,
感受性変異株, )や糸状菌を用いた抗 カビアッセイ,ならびに数種の抗バクテリアアッセイ
( , ,
, )
,アポトーシス誘導
活性(MCF7, A549, ACH, PC-3細胞),細胞毒性(HeLa
細胞),抗酸化作用などを測定し,MS ACCESSを用い
たデータベースに,すべてのデータを登録し,利用の便 宜を図っている.たとえば,菌類寄生菌で,酵母に抗菌 活性を示すサンプルとか,昆虫寄生菌で,抗細菌活性は なく,抗カビ活性のあるサンプルなど,ユーザーの希望 に応じたチェリー・ピッキングが可能である.これらの豊富なデータを伴った付加価値の高い培養抽 出物ライブラリを,共同研究を通じ,あるいは企業の 方々に利用していただき,いくつかの成果を出してき た.そのうち, から見いだされた スフィンゴ脂質に作用するC型肝炎阻害剤,NA 255は その誘導体が臨床第1相後期に達した(22)
.昆虫病原菌
としても知られる から発見され た新規物質pochonicineは,昆虫の脱皮に関与する, - アセチル・グルコサミニダーゼに対する強い阻害活性を 示し(23),殺虫剤としての可能性を期待して現在,岡山
県下で試験中である.新種発表したは多孔菌類寄生菌として知られ,新規抗カビ 抗生物質,F 2928-1とF 2928-2が発見された(24)
.昆虫
病原菌としても知られる 属の .からは,初めての二次代謝産物mariannin AとBが見 いだされ,弱い抗グラム陽性菌活性を示した(25)
.昆虫
病原菌として知られる から
は新規preussin誘導体が見つかり,弱い抗カビ活性を 示した(26)
.
2009年以降,神奈川県から委託された「微生物から の抗がん剤候補化合物のスクリーニング」プロジェクト を,木原記念生命化学振興財団とバイオベンチャー企業 合計4社とコンソシアムを組んで行い,38,800サンプル から,ある基準でチェリー・ピッキングしたサンプルを 供試し,キナーゼ阻害活性のある化合物2種を単離同定 した.その中で,NH1は,大腸がん,黒色腫由来細胞
に対して強い増殖抑制効果を示し,糖尿病との関連性も 指摘された.また 解析の結果,誘導体にも酵素 阻害活性が認められた.一方,NH4は新規骨格の化合 物で,乳がん,大腸がん由来細胞に増殖抑制効果を示 し,卵巣がん,膵臓がんに関与する別の酵素に対しても 阻害活性を示した.これは経済産業省の平成25年度グ ローバル技術連携支援事業にトップで採択され(http://
www.chusho.meti.go.jp/keiei/sapoin/2013/0731global koubo.pdf)
,
「国内産カビ由来の新規成分を応用して線 維症治療を目指した医薬品原料に試作開発と海外製薬企 業への販路開拓」のために,大量培養により,NH4の 単離精製を行い,現在,動物体内動態と毒性試験を行っ ている.生物資源としての菌類の今後
2010年には,生物多様性条約(CBD)の国連締約国 会議が名古屋で開催され(COP10)
,会期末の土壇場で
名古屋議定書が採択され,当時はマスコミ報道も盛んで あった.それから3年が経過し,現在,わが国では名古 屋議定書の批准に向けて,国内措置のあり方について環 境省を中心に検討が重ねられている.そもそもCBDの 重要性については,経済産業省が,発効前後の1992年 頃からバイオインダストリー協会(JBA)を通じて検討 を重ねてきた.その結果,CBD,法的拘束力のないボ ンガイドライン,そして昨今の名古屋議定書の内容も,多くの国内企業に理解され,重要性が十分認識された結 果,企業における海外遺伝資源の取り扱いには懸念材料 がなくなった.一方,大学の認識は一般的にまだ甘い.
たとえば海外の大学の研究者個人との単なる共同研究や 現地業者へ対価を支払っての海外遺伝資源の利用は,商 業利用ではない,アカデミックに利用するのだという主 張も,理解が不十分である.そのため環境省のみなら ず,文科省でもヒアリングなどを通じて対応を検討して 表3■天然物創薬成功例の特徴
物質名 生産菌 生理活性 抗カビ活性
ML-236B HMG-CoA還元酵素阻害 +
Lobastatin HMG-CoA還元酵素阻害 +
Fumagillin 血管新生阻害 +
Cyclosporine 免疫抑制 +
FK506 免疫抑制 +
Rapamycin 免疫抑制 +
Bredinin 免疫抑制 +
Myriocin 免疫抑制 +
Epothilone チューブリン阻害 +
SM-216289 (Xanthofulvin) sp., sp. セマフォリン阻害 +
おり,啓発活動も盛んになってきた.
一方,海外各国は生物遺伝資源の囲い込みを行ってい る.たとえば,中国は生物に関する最重要政策として,
自国(特に雲南省,四川省,青海省など)の生物資源
(パンダ,蘭,作物の原種,微生物,そして中国生薬)
を重視し,国内での研究を推進奨励している.中国科学 院微生物学研究所には中核的研究機関としての使命が下 され,大量の資金が投入された.中国ではゲノム解析の みならず,微生物の分類学を勉強すると就職先には困ら ないという話も聞いた.
あまり知られていないが,オランダ王立の菌類多様性 センター(CBS-KNAW Fungal Biodiversity Centre, Cen- traalbureau voor Schimmelcultures ; CBS)でも,国を 挙げて微生物資源の研究に注力している.CBSは,わ が国の中核的微生物資源センターに相当するところであ る.2012年に,この研究所から,長らく見つかってい ない子嚢菌 の生きた標本を求む という300ユーロの懸賞金付き広告が出された(http://
connect.barcodeoflife.net/forum/topics/at-the-cbs-we- are-looking-for-the-type-of-stagonospora-to-barcode)
.
微生物は,遺伝子情報も大切だが,菌株そのものが あって初めて,応用面で役に立つし,学問的に証拠とな る.企業の自社による微生物探索をやめた場合,あるい は大学の研究者が退職した場合,往々にして探索に用い た菌株は不要となる.場合によっては新規物質の生産株 も廃棄される場合がある.未発表なら仕方がないが,も し生産菌が公的機関に寄託されることなく,専門誌の論 文となっていた場合は,追試不能な文字情報しか残らな いことになりかねない.最近は多くのジャーナルで,
DNA情報の登録や菌株の寄託が推奨されているので,
これを守ってもらいたいものだ.
われわれのバンクは,2012年に日本微生物資源学会 によって,わが国の23の公的カルチャーコレクション の一つとして認知された.私立大学では,東京農業大学 の乳酸菌,帝京大学の医真菌,石巻専修大学のヒゲカビ 類に続いて4番目である.一般公開できる菌株はまだ少 ないが,今後も,わが国の微生物資源を収集保存,そし て利用するために,TAMAを維持発展管理していく所 存である.
おわりに
われわれの15,000に及ぶ菌株や40,000以上の培養抽出 物の,天然物創薬へ利用は,ひと頃よりトーンダウンし たが,最近は製薬企業以外から興味深い打診がある.す
なわち特定物質の分解,特定の物質の生産,特定の酵素 スクリーニング,微生物農薬を含む農薬などである.読 者の中で,われわれの菌株ライブラリや培養抽出物ライ ブラリ利用に興味をもっていただければありがたい.
北京で開催されたアジア菌学会2013の懇親会のス ピーチで,アメリカのJoan Bennett教授からたいへん 興味深い話を伺った.発泡スチロールの代替品として,
きのこの菌糸と籾殻から作ったパッケージ用梱包材を製 造販売しているバイオテック企業,Ecovativeがある
(http://www.ecovativedesign.com/)
.
こ の 梱 包 材 は,自然分解する環境順応型の材料であるが,整形も簡単,
軽量で発泡スチロールの利点も保有している.Bennett 教授曰く,このアイデアは,菌学者が出したのではな く,全くの部外者だという.つまり新しい発想は,自分 のコミュニティの中では出てこないが,異分野との交流 によって生まれるという例である.
これと少し異なるが,ゴルフ場では,シーズン中毎日 排出される芝せん定物を敷地内に野積みし自然分解させ ているが,嫌気発酵による悪臭の発生やそれに伴う蝿蚊 の発生などが企業イメージを悪化させる一因にもなりう る.
われわれは,菌株ライブラリから,アオキ・ツツジ・
芝などのせん定枝を効率的に分解する能力のある菌株を 探索し,植物の難分解成分であるリグニンを分解する能 力の高い担子菌を見いだし,特許出願した.さらに,ゴ ルフ場の芝葉部に棲息していた担子菌を分離し,これが 非滅菌下の野外環境において芝せん定物を分解している ことを発見した.さらに既存の安価な土壌改良剤,食品 添加物などの組み合わせにより,本菌がほかの微生物の 影響をほとんど受けずに芝基質に優占し安定的に分解で きることを見いだし,芝せん定物分解は,自然分解(腐 熟)時に比べ体積比で1.5から2倍の減容効果があるこ とがわかった.本技術をフィールドレベルにおいて確立 させることができれば,ゴルフ場で排出された芝せん定 物を現地で堆肥化し,これを再び芝目土として芝に還元 するという「循環型社会」のシステムの構築が実現でき ると期待している.こういう環境分野への菌類の利用 は,今後高く評価されるだろう.
本稿は,2013年11月21日,つくば国際会議場にて開 催された,第13回糸状菌分子生物学コンファレンスの シンポジウム「糸状菌の多様性〜種,ゲノム,機能」に おいて,筆者が行った講演内容をもとに書き直した.
文献
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プロフィル
奥田 徹(Toru OKUDA)
<略歴>1973年東京大学農学部農芸化学 科卒業,農学博士/同年日本ロシュ(株)研 究所/1995年田辺製薬(株)創薬研究所/
2000年玉川大学学術研究所菌学応用研究 センター/2014年東京大学大学院理学系 研究科付属植物園<研究テーマと抱負>菌 類の利用とコレクション,菌類の分類と生 態,菌学の発展<趣味>オーケストラ・室 内楽でのヴァイオリン演奏,版画・篆刻・
油彩制作,雑文執筆,オペラ・文楽・歌舞 伎・能楽鑑賞,日本画・洋画・仏像鑑賞