【平成19年度日本保険学会大会】
シンポジウム「保険金等の支払いをめぐる再検証問題」
報告要旨:岩瀬泰弘
保 険 金 支 払 漏 れ に 見 る 保 険 経 営 の 特 殊 性 と 課 題
福 井 県 立 大 学 岩 瀬 泰 弘
保 険 金 の 支 払 漏 れ は 、 保 険 事 業 の 自 由 化 に 内 在 す る 問 題 が 表 面 化 し た も の で あ る 。 し か し な が ら 、 こ れ は 氷 山 の 一 角 に し か 過 ぎ な い 。 現 在 、 保 険 事 業 が 抱 え る 本 質 的 な 問 題 は 大 き く 3 点 が 挙 げ ら れ る 。
第 一 は 、 保 険 の 商 品 特 性 、 事 業 特 性 、 お よ び 市 場 特 性 の 問 題 で あ る 。 な か で も 市 場 特 性 の 比 重 が 大 き い 。 日 本 の 保 険 市 場 は 独 占 的 競 争 市 場 を 形 成 し て お り 、 こ の 要 因 と な っ て い る の が 乗 合 代 理 店 と 共 同 保 険 の 存 在 で あ る 。 こ の こ と が 自 由 化 に よ る 代 理 店 手 数 料 の 高 止 ま り や 料 率 ( 価 格 ) ダ ン ピ ン グ を 招 い て い る 。 独 占 的 競 争 市 場 に お い て 、 他 社 類 似 商 品 ( 密 接 な 代 替 財 ) の 開 発 や 安 易 な 料 率 ( 価 格 ) ダ ン ピ ン グ は 、 ブ ラ ン ド 市 場 に お け る 商 品 の 安 売 り と 同 様 、 商 品 価 値 の 低 下 を も た ら し 消 費 者 利 益 を 置 き 去 り に す る 。
第 二 は 、 過 度 の 株 主 重 視 経 営 の 問 題 で あ る 。 す な わ ち 、 外 国 人 投 資 家 の 増 加 に 伴 う 株 価 向 上 を 第 一 義 と し た 経 済 原 理 だ け を 優 先 す る 保 険 経 営 上 の 問 題 で あ る 。 株 主 資 本 コ ス ト を 考 慮 し た E V A 1 を 用 い て 保 険 事 業 を 分 析 し た 結 果 、 R O E
2 に は 一 定 の 限 界 が 見 ら れ る 3 。 現 在 、 保 険 事 業 も 他 業 同 様 R O E を 経 営 指 標 と し て い る が 、 R O E は 「 当 期 利 益 / 株 主 資 本 」 で 表 さ れ る た め 株 主 資 本 を 減 少 さ せ れ ば 自 ず と R O E は 向 上 す る 。 し か し な が ら 、 こ れ は 保 険 事 業 本 来 の 価 値 創 造 で あ る 保 険 引 受 契 約 の 増 加 に よ っ て も た ら さ れ た も の で は な い 。 経 営 目 標 と し て R O E を 過 度 に 追 う こ と は 縮 小 均 衡 の 保 険 経 営 に 繋 が る 可 能 性 が あ る 。 保 険 事
1 E c o n o m i c V a l u e A d d e d ( 経 済 的 付 加 価 値 ) の 略 。 株 主 資 本 コ ス ト の 考 え 方 を 採 用 し た 経 営 評 価 指 標 。 米 国 の ス タ ー ン ・ ス チ ュ ワ ー ト 社 が 商 標 登 録 を し て い る 。
2 R e t u r n o n E q u i t y ( 株 主 資 本 利 益 率 ) の 略 。
3 保 険 自 由 化 以 降 を 検 証 期 間 と し 、 株 主 資 本 コ ス ト 率 を 経 営 者 自 身 が 主 体 的 に 設 定 す る
「 目 標 R O E ( % ) 」 を 用 い て E V A を 計 算 し た と こ ろ 、 R O E に は 一 定 の 限 界 が あ る こ と が 確 認 さ れ て い る 。 岩 瀬 泰 弘 [ 2 0 0 4 ] 「 E V A に よ る 損 害 保 険 業 態 の 分 析 」 『 保 険 学 雑 誌 』 第 5 8 7 号 , p p . 1 6 7 - 1 6 8 参 照 。
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【平成19年度日本保険学会大会】
シンポジウム「保険金等の支払いをめぐる再検証問題」
報告要旨:岩瀬泰弘
業 の 原 価 で あ る 純 率 は 大 数 ( た い す う ) の 法 則 が ベ ー ス に な っ て お り 、 保 険 会 社 の 経 営 が 縮 小 均 衡 に 陥 れ ば 純 率 ( 原 価 ) の 精 度 が 下 が る と い う 問 題 が 生 じ る 。
第 三 は 、 保 険 事 業 に 携 わ る 経 営 者 の ス タ ン ス の 問 題 で あ る 。 自 由 化 以 降 、 保 険 会 社 の 競 争 は 熾 烈 を 極 め て お り 、 収 入 保 険 料 が 伸 び 悩 む 中 、 商 品 の 多 様 化 に よ る 担 保 範 囲 の 拡 大 を 進 め る 一 方 、 銀 行 や 一 般 事 業 会 社 等 他 業 界 か ら の 参 入 に よ り 、 過 度 の 価 格 競 争 か ら 料 率 ダ ン ピ ン グ を 繰 り 返 し て い る 。 つ ま り 、 売 上 ( 保 険 料 ) 競 争 、 マ ー ケ ッ ト シ ェ ア 競 争 、 お よ び 販 売 網 の 数 の 競 争 か ら 未 だ 脱 却 で き ず 、 利 益 競 争 や 販 売 網 の 効 率 競 争 へ の 本 格 的 な 変 革 が 図 ら れ て い な い 。 こ の こ と が 料 率
( 価 格 ) 秩 序 の 崩 壊 に 繋 が り 、 さ ら に 過 度 の 人 員 削 減 に よ る 消 費 者 へ の 商 品 説 明 不 足 と 相 俟 っ て 保 険 市 場 を 混 乱 さ せ て い る 。
以 上 、 自 由 化 以 降 の 保 険 事 業 が 抱 え る 本 質 的 な 問 題 を 述 べ た が 、 保 険 金 の 支 払 漏 れ は こ れ ら が 複 合 的 に 絡 み 合 い 表 面 化 し た も の で あ る 。 保 険 事 業 は 、 資 産 の 大 半 が 有 価 証 券 、 負 債 の 殆 ど が 保 険 契 約 準 備 金 と い う 事 業 で あ る 。 新 し い 保 険 契 約 を 獲 得 す る と 責 任 準 備 金 が 増 え る 。 新 し い 保 険 の 引 受 は 現 在 価 値 を プ ラ ス に す る た め 、 準 備 金 は 株 主 に と っ て 新 し い 企 業 価 値 を 創 造 す る 。 こ の 大 き な 負 債 項 目 の 管 理 ・ 運 用 こ そ が 保 険 事 業 の 極 め て 重 要 な 業 務 で あ る 。 金 融 の 自 由 化 は 予 想 を 上 回 る ス ピ ー ド で 進 展 し て お り 保 険 事 業 も 例 外 で は な い 。 総 じ て 言 え る こ と は 、 今 後 保 険 事 業 が 健 全 な る 発 展 を 遂 げ る に は 、 資 産 が 抱 え る リ ス ク 量 の 適 正 な 把 握 と 、 そ れ に 対 す る 負 債 と 資 本 の 適 切 な 管 理 お よ び 効 率 的 な 運 用 を 図 る こ と が 必 要 で あ る 。 そ の た め に は 、 そ の 前 提 と な る 料 率 ( 価 格 ) 秩 序 の 再 構 築 と そ れ を 支 え る モ ラ ル ス タ ン ダ ー ド の 確 立 が 急 が れ る 。
保 険 事 業 を 取 巻 く ス テ ー ク ホ ル ダ ー は 、 株 主 、 経 営 者 、 従 業 員 、 代 理 店 、 規 制 当 局 、 格 付 機 関 、 消 費 者 等 様 々 で 、 そ れ ぞ れ そ の 捉 え 方 が 異 な る 。 し か し な が ら 消 費 者 を 置 き 去 り に す る こ と が あ っ て は な ら な い 。 保 険 事 業 の 健 全 な る 発 展 は 、 こ れ ら の ス テ ー ク ホ ル ダ ー が 協 力 し 合 い 一 体 と な っ て は じ め て も た ら さ れ る の で あ る 。 保 険 は 人 類 が 生 み 出 し た 英 知 で あ る 。 保 険 事 業 に 携 わ る 株 主 と 経 営 者 は 勿 論 の こ と 、 保 険 を 取 り 巻 く す べ て の ス テ ー ク ホ ル ダ ー は 今 一 度 そ の 本 質 を 真 摯 に 見 つ め 直 す 時 期 に あ る 。
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