はじめに
大量破壊兵器(WMD)およびその運搬手段であるミサイル等(以下「WMD等」)(1)の不拡 散に関し、近年国際連合安全保障理事会は、一般的な規範形成および個別事案への対応の 双方で大きな役割を果たすようになっている。一般的な規範形成については、米同時多発 テロを受けてWMD等を使用したテロの可能性に対する脅威認識が高まったことを背景に、
国連憲章第7章下で安保理決議1540が採択され、不拡散分野での安保理の役割に大きな変化 をもたらした。一方、個別事案については、北朝鮮およびイランに関して
2006年以来制裁
措置を含む一連の安保理決議が採択され、特に核問題に関し、国際原子力機関(IAEA)の 保障措置ひいては核兵器不拡散条約(NPT)の実効性を担保するうえで、国連安保理が「最 後の砦」として果たしうる役割が明確に示された。これらの一連の決議を通じて、WMD等 の不拡散と安保理との関係は新たな段階に入ったと言っても過言ではないであろう。他方、決議
1540については、安保理がこのような一般的な国際規範を決議の形で設立す
ること(安保理による「立法」)の是非に関する議論がある。また、北朝鮮およびイランに関 する、いわゆる制裁決議(以下「制裁決議」)を含め、憲章第7
章下の安保理決議が定める措 置の加盟国による実施に関する課題も明らかになってきている。本稿では、WMD等の不拡散に関するこのような安保理の役割の意義と課題を、実務者の 視点から考えたい。なお、本稿の内容は筆者個人の見解であるが、外務省内外の関係各位 による貴重な情報や意見等、参考資料としては引用困難な支援への謝意を記しておきたい。
1
安保理による「立法」―決議1540をめぐって国連においては従来、総会の場で継続的に軍縮問題が扱われてきたのに対し、安保理は 国際の平和と安全に関する主要な責任を有する機関として、イラクや北朝鮮のWMD等の個 別事案を扱ってきた。軍縮・不拡散一般については、決議
1540の採択以前には、NPT
に関 連する若干の決議(2)や1992年1
月の安保理首脳会合の議長声明(3)における言及がみられる 程度であった。そのような安保理において、非国家主体へのWMD等の拡散防止一般に関す る決議1540が憲章第7章下で採択されるに至った背景には、言うまでもなく、2001
年9月の 米同時多発テロ以降、テロリストとWMD等が結びつく危険が現実の脅威であるとの認識が
高まったことがある。決議1540に至る経緯および決議の内容についてはすでに多くの研究
が行なわれており(4)、ここでは、安保理による「立法」と言われる決議
1540の意義と課題を
法形式および実施の観点から検討したい(5)。(1) 安保理による「立法」は受容されたか
決議1540の採択は、決議
1373
と並んで安保理による「立法」に途を開いたと言われてい る。これらの決議の特徴は、特定の事態ではなく、テロ(決議1373)
やWMD
等の非国家主 体への拡散(決議1540)
一般を国際の平和と安全に対する脅威とみなして、憲章第7
章下の 安保理決議採択により全加盟国に即刻適用される義務を課した点にあり、安保理による「立法」と言われるゆえんである。しかし、これらの決議の採択は、個別の事態への対処を 超えて安保理が「立法」を行なうことが一般的に受容された結果というよりは、差し迫っ た脅威認識と国際法の欠缺という状況のなかで、いわば緊急避難的に認められたというの が実態に近いと考えられる。
決議1540の採択に至る過程では、WMD等とテロリストが結びつく危険が切迫しているこ と、および既存の軍縮・不拡散体制は非国家主体への拡散問題を扱っていないという国際 法の欠缺があることが強調され(6)、安保理による「立法」という特別な措置の必要性が指摘 された。このような状況認識は、途上国を含むほぼすべての国に共有され、安保理決議に よる「立法」についても、積極的な支持まではいかない場合も、多数国間交渉による条約 作成が望ましいが例外的あるいは一時的な措置として受け入れる(ないし、やむをえない)
との立場が多くの国から表明された(7)。他方で、決議案については例外的に認める場合を含 め、安保理が「立法」を行なう権限を否定あるいは疑問視する見解も途上国側から示され ていた(8)。また、決議案の内容については、途上国を中心に多くの国が不拡散と軍縮は表裏 一体の補完的関係にあることを強調しており、核廃絶の必要に関する主張や、決議案にお ける不拡散と軍縮のバランスの欠如への不満表明もみられた(9)。
決議1540の採択当時、安保理のなかでも、テロと
WMD等の結びつきという脅威につい
て、WMD等の拡散をより強調する国とテロの側面をより強調して決議1373
の文脈で理解す る国があった(10)。決議1540の全会一致での採択が可能であった一つの背景として、内容面
では、決議1373に代表されるテロとの闘いの文脈で理解されることにより、NPT
の下で議 論される国家の義務としての核軍縮と核不拡散のバランス論とは一応切り離して考えるこ とが可能であった点が挙げられよう。また、安保理による「立法」が受容された大きな要 因としては、国家に決議の実施義務を課すとはいえ、決議1373と同様に非国家主体がその
ターゲットであったことが挙げられる。仮に不拡散一般、あるいは国家間の不拡散を扱う 決議であったとしたら、安保理の「立法」は可能だったであろうか。緊急性の認識につい ても、NPTを中心に従来積み上げられてきた核軍縮・不拡散の議論との関係でも、広範な賛 同を得ることは困難であったと考えられる。何より、国家の安全保障にかかわる問題につ いて安保理による「立法」という法形式を容認することに対しては、いかなる国であれ躊 躇を覚えるであろう。安保理による「立法」は、通常の条約作成に要する時間を大幅に短縮して即時に全加盟 国に義務を課すことができるが、これは逆に言えば、条約作成では交渉・署名・締結の過
程で関係国が有する、条約の内容、加入の適否、加入する場合の国内措置の要否等を検討 し自らの立場を決定する選択肢と時間を奪うことを意味する。国家を対象とする軍縮・不 拡散、さらには国家の権利義務一般について、多数国間条約の作成に代わるこのような安 保理の「立法」を認めることは、まさに国家の主権の根幹にかかわる問題であり、容易に 受け入れられるものではないであろう。決議
1373
および決議1540
により安保理の一般的な「立法」機能が国際社会に受容されたと言うには時期尚早であり、今後の動向をみる必要が あると考えられる(11)。
(2) 決議
1540
の実施とその課題(イ) 輸出管理の規範化をめぐって
安保理による「立法」も、その内容が加盟国による措置を求めるものであれば、国連憲 章の定める受諾・履行義務があるとは言っても(12)各国による実施なくして実効性の確保は 望めない。決議1540が加盟国に求める義務の内容は、関連物質の管理・防護から国境管理 や輸出管理等広範にわたるが、ここでは、後述の北朝鮮およびイランに関する決議との関 連で、特に輸出管理について考えたい。
決議1540の重要な意義の一つとして、既存の輸出管理レジームへの非参加国を含め、全 加盟国に輸出管理を義務づけた点が指摘される(13)。確かに輸出管理の規範化という概念を導 入した点では、決議1540の意義は大きい。しかし、同決議は加盟国に対して輸出管理制度 の制定と執行を一般的に義務づけ、輸出管理リストの制定を呼び掛けてはいるが、その範 囲や内容は規定されていない(14)。輸出管理レジームリストの受け入れを決議採択前から拒 否していた国もあれば(15)、輸出管理レジームの有用性に言及する国もみられる(16)など、加 盟国の対応はさまざまである。後述するように、輸出管理レジームの規範化については、
決議1540がその嚆矢となったとは言えるが同決議のみでは達成できず、その後の個別事案 に関する制裁決議の実行を通じて規範化が図られている段階と言えよう。
他方、決議
1540においては、輸出管理に関連して求められる義務の範囲は非常に広範で
ある。具体的には、輸出に加えて通過(transit)、積換(trans-shipment)、再輸出(re-export)お よびこれに関連する資金供与や輸送等の役務についても管理が求められている(17)が、これ らは既存の輸出管理レジームにおいては従来規制されておらず、レジーム参加国にとって も義務の範囲が拡大したことになる。A・Q・カーン博士を中心とする核の闇ネットワーク
の活動をみても、拡散はさまざまな拠点を利用して複雑なルートで行なわれている。自国 からの関連物資の輸出を防ぐのみならず、自国が貿易の経由地やサービスの提供地として も利用されないようにすることは、非国家主体に対する場合はもとより拡散一般の防止に とっても重要である。しかし現実には、多くの途上国では輸出管理自体も十分に行なわれ てきたとは言えない。決議1540の採択に至る過程では数ヵ月にわたり協議が行なわれ、NAM諸国との非公式協 議や安保理非メンバーを招いた公開会合も開催された。しかし、それでも安保理の外にい る大多数の国、特に従来十分な制度をもたない途上国にとっては、関連物質の管理・防護 から国境・輸出管理等広範な義務が「空から突然降ってきた」に等しい。これは、後述す
る北朝鮮およびイランに関する決議が定める義務についても同様であり、対象が限定され ているとはいえ、さらに短期間で新たな義務が制定されている。安保理による「立法」も 憲章第7章下の制裁決議もその実施は加盟国の意思と能力にかかっており、決議の実効性を 確保するためには、各国がこれを受け入れるのみならず、決議の実施に必要な制度作りと その厳格な執行のため、人材・資金を含む資源を投入することが不可欠である。このよう な加盟国の広範なコミットメントを得るためには、通常の条約の場合にも増して、特に途 上国に対する粘り強い働きかけと支援が必要とされている。
(ロ) 国際機関の役割
2007年 2
月の決議1540に関する安保理公開会合は、同決議の実施に関連する国際機関の
代表を招いて行なわれたことが注目される。同会合には、国連事務局(軍縮局〔当時〕)、IAEA、化学兵器禁止機関
(OPCW)および世界税関機構(WCO)から関係者が出席し、決議1540の実施に関して各機関が果たす役割について述べている。決議1540
においては不拡散分野における協力推進の重要な手段としてIAEA、OPCWおよび生物兵器禁止条約(BWC)
に言及されているが、決議の実施に重要な役割を果たすとは位置づけられておらず、むし ろ既存の権利義務と抵触しないとの文脈での消極的な言及もみられた(18)。また、WCOにつ いては言及されておらず、このような国際機関との連携の強化は、決議実施の過程でこれ らの機関が有する知見や支援プログラムの重要性が認識されたためと考えられる。
決議1540が言及している途上国等への支援については、同決議の採択に伴って国連の場 に実施のための新たな資金や組織が設けられたわけではなく、1540委員会がクリアリング ハウスの役割を果たしつつ、個々の加盟国や国際機関、地域機構等により実施されてきて いる。なかでも
IAEA、OPCW
およびWCOは、それぞれの分野で専門的な知見を有する機 関として、こうした支援の実施に重要な役割を有している。先述のとおり、安保理は「立 法」により加盟国に即時に義務を課すことはできてもその効果的な実施を確保できるとは 限らず、1540委員会も同決議の実施は直ちに結果が出るとは限らないプロセスであるとの 認識を示している(19)。国際機関との連携強化も、このような安保理の「立法」の限界に対す る認識の高まりを示唆するものと言えよう。2
抜かれた「伝家の宝刀」―北朝鮮・イランをめぐる制裁決議(1)
IAEA保障措置と安保理
2006
年は、国連安保理がWMD
等の不拡散に果たす役割にとって転機となった。この年、北朝鮮については7月の弾道ミサイル発射および10月の核実験実施発表を受けて、それぞれ 決議1695および
1718が採択された。また、イランについては IAEA
理事会からの報告を受 け、議長声明に続き、7月に決議1696、12
月に決議1737
が採択され、2007年に入って決議1747が採択された。
個別の事案に対処するうえでこれら一連の決議が有する重要性はあらためて言うまでも ないが、これに加え、北朝鮮の核実験実施発表から1週間足らずで憲章第
7
章下の制裁決議 が採択されたこと、およびイランの保障措置違反に関するIAEA理事会からの報告を受けて、安保理が段階を踏みつつも憲章第7章下の制裁決議採択に至ったことは、NPT体制および
IAEA 保障措置の擁護に安保理が果たす役割の観点から特に注目される。NPT
脱退宣言、IAEA査察官の国外退去から、核兵器保有宣言を経て核実験実施発表にまで至った北朝鮮の
ケースが、NPT体制に対する公然たる挑戦であるとすれば、あくまで
NPTおよび IAEA
保障 措置の下で認められた平和的な活動であると主張しつつ、過去の未申告かつ秘密の活動や 種々の疑惑により国際社会の信認を得られないまま、合理的な必要性のないウラン濃縮関 連活動を継続・拡大しているイランのケースは、NPT
体制に対する隠れた挑戦とも言えよう。これらの事案に対して安保理が憲章第
7章下の制裁決議採択という「伝家の宝刀」を抜くに
至った背景には、個別の事案の重大さに加え、これらの事態に対して安保理が有効に対処 できなければ、NPT体制およびIAEA保障措置そのものの信頼が揺らぎかねないという深刻 な危機感もあったと考えられる(20)。IAEA憲章においては、IAEA理事会による保障措置協定違反
(non-compliance)の認定が安 保理に報告される旨定められており(21)、安保理の権威はIAEA
保障措置協定の遵守を担保す るための究極的な裏付けとなっている。NPT第3
条により非核兵器国に包括的保障措置の受 諾が義務づけられたことから、安保理は、保障措置協定違反があった場合にIAEAから報告 を受け、これに対処することを通じて、NPT
の下で原子力の平和的利用を担保するためのい わば「最後の砦」の役割を担うことが期待されていると言える。しかし、報告を受けた安 保理がどのような対応をとるかは安保理次第であり(22)、憲章第7章下の制裁決議という「伝
家の宝刀」が抜かれるとは限らない。この観点からは、イランのケースが特に注目される。(2) イランをめぐるプロセス
2002
年の反体制派による秘密の核活動暴露に端を発するイランの核問題(23)については、2005年 9
月のIAEA理事会でイランによる保障措置協定違反(non-compliance)が認定された(GOV/2005/77)後、2006年
2
月のIAEA
特別理事会で安保理に報告することが決議され(GOV/2006/14)、同決議に基づいて提出された
IAEA
事務局長報告(GOV/2006/15)も安保理に 伝達された。これを受けて安保理は3月29日に議長声明(S/PRST/2006/15)を発出し、イラン に対しIAEA理事会決議の履行を求めたが、イランはこれに応じなかった。安保理は 7
月31
日、憲章第7章第 40条下の決議 1696
でイランにIAEA理事会決議等の履行を求めたが、イラ
ンはこれにも応じず、EU3(英仏独)+3
(米中露)による外交交渉も成果をみせないなかで、12月 23日、憲章第 7
章第41条下の決議1737
においてイランに対する制裁が決定された。そ の後、2007年3
月24日には決議 1747
で制裁の範囲が拡大されたが、その後もイランはこれ らの決議に従う意向を示さず、本稿執筆時(2008年2
月)には、安保理において新たな決議 の採択に向けた協議が行なわれている(24)。IAEA理事会および安保理における一連のプロセスは、並行して行なわれている EU3や
EU3+ 3による外交努力の成果を見極めつつ、段階的に進められてきている。また、安保理
議長声明および累次の安保理決議はその都度IAEA事務局長の報告を求め、イランが
IAEA
理事会および安保理の要求事項を遵守していないことを確認したうえで次のステップに進 んでいる。この一連のプロセスは、IAEA保障措置違反の報告を受けた国連安保理の対応として、関係国による外交交渉との連携やIAEAとの関係を含め、これまでで最も系統だった 形をとっている。個別の事案における安保理の対応は今後ともケース・バイ・ケースで判 断されるであろうが、憲章第7章下の制裁決議に至る場合の一つのモデルを示していると言 えよう。
以下、北朝鮮およびイランに関し、憲章第
7章に明示的に言及している制裁決議である決
議1718、1737および1747
の内容について、決議1540との関連を含め注目される点をみてい きたい。(3) 輸出管理レジームの規範化へ?
決議1718および
1737
が定める制裁に関してまず注目されるのは、従来輸出管理レジーム において参加国間の「紳士協定」として形成されてきた規制品目リストが、いくつかの限 定はあるものの、北朝鮮およびイランに関する限り全国連加盟国(25)が移転防止を義務づけ られるリストとなったことである。決議1718と決議1737
では、移転防止を義務づけられるWMD等関連品目の範囲に相違があり、生物・化学兵器関連では、決議 1737
には規定がない一方、決議1718においては制裁委員会が14日以内にオーストラリア・グループ(AG)の規 制品目(S/2006/816)を勘案した決定を行なった場合には移転防止の対象となる旨規定され、
制裁委員会の検討結果が公表されて(S/2006/853および同CORR.1)、これらの品目の北朝鮮へ の移転および北朝鮮からの調達防止が加盟国の義務となった(26)。核関連(原子力供給国グル ープ〔NSG〕)およびミサイル関連(ミサイル技術管理レジーム〔MTCR〕)についても、決議
1737においては NSG
で軽水炉関連およびMTCRで特定の無人航空機が除外されているほか、NSGの汎用品の移転防止は、加盟国がイランの濃縮関連、再処理、重水関連または核兵器
運搬手段の開発に貢献すると判断する場合に限定されている。これらの相違はあるものの、
双方の決議においてNSGガイドライン(S/2006/814)およびMTCR規制品目リスト(S/2006/
815)
が引用され、これらの品目等の北朝鮮への、および北朝鮮からの(決議1718)
、イラン からの、および上記の限定を付したイランへの(決議1737)移転等の防止が、全加盟国の義 務とされた。輸出管理レジームは不拡散上の有効な手段であるが、そのガイドラインや規制品目は参 加国の遵守が期待される「紳士協定」であり、遵守を法的に義務づける制度は存在してい なかった。また、レジーム非参加国からの調達という抜け道の存在が従来から指摘され、
特に最近では一部の途上国の経済・技術および貿易の発展に伴い、その懸念が増大してい る。一方、レジームの実効性を維持するためには、厳格な輸出管理を行なうための国内制 度を整備・実施する能力や意思がない国の参加はかえってマイナスとなることから、レジ ーム参加国の大幅な拡大は困難との制約がある。また、途上国のなかには輸出管理レジー ムを閉鎖的な先進国クラブとして批判的にみる向きもあり(27)、輸出管理レジームが発展させ てきた高いレベルの基準をレジーム参加国以外に広く普及させることは容易ではない。
先述のとおり、輸出管理を全加盟国の義務とするという規範設立の意味では、特定の事 案に限定されない「立法」である決議1540こそ画期的であったが、その具体的な内容は規 定されていなかった。これに対し決議1718および
1737
は、いくつかの例外を付しつつも輸出管理レジームのリストを引用して具体的な移転防止の範囲・内容を憲章第
7章下で全加盟
国に義務づけており、北朝鮮およびイランという限られた対象についてではあるが、従来 指摘されてきたレジームの制約を乗り越えてその基準を普遍化する方途を示したと言える。各輸出管理レジームのリスト(NSG〔S/2006/814〕、MTCR〔S/2006/815〕、AG〔S/2006/816〕)は、
いずれも決議1718の採択に際して安保理文書として配布され、前二者は決議
1737
において も引用された。今後とも、安保理において不拡散分野の制裁が検討される際には、これら の輸出管理レジームリストは重要な基礎となると考えられる。なお、決議1718および1737
はこれらの品目等に関し、自国民および自国籍の船舶・航空機による移転や技術訓練・サ ービスの提供等の防止も加盟国に義務づけ、1737は関連する金融資産・サービスの移転防 止まで拡大していることから、レジーム参加国にとっても義務の範囲は従来の「紳士協定」の範囲を超えるものと言える。
個別の事案に関する制裁決議自体は国際法上の新たな規範設立とは言えない(28)。しかし、
北朝鮮やイランという特定の仕向地を対象とする輸出管理も結局、決議
1540が求めている
一般的な輸出管理体制の確立なしには実施困難である。安保理による新たな「立法」決議の 採択は容易でないと考えられるなかで、決議1718
および1737
は、個別の事案に関する決議 の積み重ねを通じて安保理による輸出管理レジームの事実上の規範化(が言い過ぎであれ ば事実上の国際標準化)が漸進的に図られていく流れに位置づけられるのではないか(29)。(4) 制裁の特色―「貨物検査」と個人・団体の特定
北朝鮮およびイランに対する制裁は、最近の安保理による経済制裁の流れである「スマ ート・サンクション」に沿ったものとなっており、制裁の内容や対象が詳細に特定されて いる。そのなかで、決議1718については、WMD等の移転防止に関し加盟国に貨物検査を含 む協力行動を要請していること(30)、決議
1737
および1747
については、資産凍結や入国等の 警戒対象となる個人・団体の具体名をリストに明記していること(31)が注目される。これら は、輸出管理レジームリストとともに、今後の不拡散分野の制裁決議における要素となっ ていく可能性があると思われる。(イ)「貨物検査」
決議
1718 op 8
(f)の「貨物検査(inspection of cargo)」については、決議採択当時、いわゆる「臨検」や「海上封鎖」にあたるのではないかといった議論もみられた。しかし、決議は加 盟国に対し、WMD等関連物資の移転を防止するため、あくまで自国の権限および国内法令 に従い、かつ国際法に適合する範囲内で、北朝鮮向けおよび北朝鮮からの貨物検査を含む 協力行動をとることを要請するものである。あえて類似の概念を見出すとすれば、拡散に 対する安全保障構想(PSI)が挙げられるであろう(32)。
PSI
はその目的に賛同する諸国の任意の活動であり、拡散対抗、なかでも拡散の「阻止(interdiction)」に力点をおき、その具体的な方法として、WMD等関連物資の輸送が疑われる 船舶への乗船や立入検査等の手段を想定している。PSIについても、2003年
5
月にブッシュ 米大統領により提唱された当時は既存の国際法を超える強制的な行動を求めるものではな いかとの見方もあったが、同年9月に採択された「阻止原則宣言(Statement of InterdictionPrinciples)
」では、PSIの活動が各国の国内法、国際法および国際的な枠組みに従って行なわ れることが明記された(33)。WMD等の拡散防止のために加盟国が協力行動をとることは決議 1540
においても一般的な形で要請されているが(34)、貨物検査等の具体的な方法は明記されていなかった。決議
1718
ではその方法がより具体的に記載されており、輸出管理の場合と同様、決議1540で開始さ れた規範化の試みの具体化という流れに位置づけることも可能と考えられる。ただし、決 議1540および1718のいずれにも PSI
の中心的な概念である「阻止」との表現は盛り込まれ ておらず、特に中国は両決議の採択にあたって「阻止」に対する留保を明確に表明してい るなど(35)、これらの決議の規定が国際社会全体によるPSI
概念の受容やその規範化(あるい は事実上の国際標準化)を意味するとは言えないであろう(36)。(ロ) 制裁対象の特定
決議1737および1747には、資産凍結(個人・団体)および入国・通過警戒(個人)の対象 として具体名を記したリストが添付されている。安保理の制裁決議においては従来、制裁 の対象となる個人や団体を名称で特定する場合と、その属性により定義する場合がみられ る(37)。決議
1718においては、資産凍結対象の個人・団体および入国・通過防止対象の個人
について、北朝鮮の核、その他のWMDおよびミサイル計画に関与しているとの属性を定義 しつつ、これらの団体・個人は制裁委員会または安保理が定めると規定されたが、現在ま でその指定はなされていない(38)。これに対し決議1737
および1747
では、決議本文で加盟国 の義務を記載するとともに、決議の付属文書において個人・団体が具体的名称で特定され ていることから、加盟国は決議採択と同時に、これらの個人・団体の資産凍結および個人の 入国・通過警戒と入国・通過があった場合の制裁委員会への通報義務を負うこととなった。制裁の対象が属性のみで定義されている場合は、その規定が一般的であるほど同一の個 人・団体に対し加盟国により異なる判断が行なわれる可能性が高まる。したがって、加盟 国がとるべき措置の明確化の観点からは、具体的名称による対象の特定が望ましい。他方、
これらの個人や団体が別名やフロントカンパニーを使用している場合には(拡散関連の取引 で実際に行なわれている)、具体的名称による特定のみでは実効性に欠けることとなる。また、
団体・個人の名称のみでは対象の特定が十分とは言えないのではないか(同姓同名の個人や 同一ないし類似の名称の団体の存在など)、それぞれの個人・団体が制裁対象となる理由につ いて具体的な説明が必要ではないか、といった指摘も行なわれている。決議1737に比べて、
決議1747のリストでは個人・団体に関してより詳細な情報が記載されているが、その背景 にはこのような考慮もあるものと思われる。制裁対象をいかに効果的に特定するかは拡散 に対する金融面での規制の実効性を確保するうえでも課題とされており、今後とも継続的 な検討が必要と考えられる。
おわりに
安保理決議の正当性と実効性については本号の別稿に詳しいが、全会一致の意義につい て簡単に触れたい。
安保理決議は常任理事国が拒否権を行使せず9票以上の賛成があれば採択され(39)、賛成の 票数により法的効果が変わるものではない。安保理による「立法」であれ制裁決議であれ、
この点は同様である。また、最近の安保理決議は、伝統的に票が割れる中東和平等の案件 を除き、ほとんどの場合全会一致または反対ないし棄権が
1、2
ヵ国に限られている。しか し、安保理による「立法」および制裁決議については、国際社会の一致したメッセージを 発出するため、および加盟国による実施における実効性を確保するため、通常の決議にも 増して全会一致の意義が大きいと考えられる。特に、安保理による「立法」の場合、全加 盟国に一般的な義務を課す内容でありながら安保理のなかでも賛同しない国があるとすれ ば、決議の普遍性に対する疑念を招くであろう。決議1540に関しては、安保理による「立
法」である以上全会一致で採択されることが望ましいとの発言が行なわれたが(40)、このよ うな観点を反映したものと考えられる。また、「立法」であれ制裁決議であれ、加盟国によ る実施が必要であることを考えれば、15ヵ国の間ですら見解の一致が得られない場合には、全加盟国による決議の積極的な実施を期待することはより困難であろう。北朝鮮およびイ ランに関する
2006年以来の制裁決議はほとんどが全会一致で採択されたが
(41)、その背景に はこのような考慮もあったのではないか。WMD等の拡散防止における安保理の役割は近年大きな飛躍を遂げており、
「立法」および個別事案への対応を通じて、これまで限られた国によって行なわれてきた不拡散分野の 実行を全加盟国の義務とし、またその内容を具体化していく流れがみられる。このような 安保理の動きがどこまで進むかは、安保理による「立法」が容易でないことを考えると、
一義的には個別事案の動向次第ということになるであろう。しかし、個別の決議も規範化 の流れと関連づけてみることで、不拡散分野における安保理の役割の全体像がより明確に なると思われる。
(1) 大量破壊兵器(WMD)については、核、生物および化学兵器を指すとの一般的な意味で用いる が、本稿の検討では核を中心に扱う。
(2) いわゆる「積極的安全保証」に関する決議225、およびいわゆる「消極的安全保証」に関する決 議984。
(3) 1992年1月31日、安保理の首脳レベル会合で採択(S/23500)。
(4) 浅田正彦「安保理決議1540と国際立法―大量破壊兵器テロの新しい脅威をめぐって」『国際問 題』第547号(2005年10月)、青木節子「WMD関連物資・技術の移転と国際法」『国際問題』第
567号(2007年12月)、および同「非国家主体に対する軍縮・不拡散」『世界法年報』26号(2007
年)、坂本一也「国連安全保障理事会による国際法の『立法』―安保理決議1373及び1540を手懸 りとして」『世界法年報』25号(2006年)、Olivia Bosch & Peter van Ham(ed.), “Global Non- Proliferation and Counter-Terrorism: The Impact of UNSCR 1540,” Brookings Institution Press, 2007 等。決議 の交渉経緯については、Merav Datan “Security Council Resolution 1540: WMD and Non-State Trafficking”
(Disarmament Diplomacy, No. 79, April/May 2005)に詳しい。
(5) 以下の各国の見解につき、2004年4月22日の安保理公開会合(S/PV. 4950および同Resumption 1)、 同年4月28日の決議採択会合(S/PV. 4956)、2007年2月23日の安保理公開会合(S/PV. 5635および 同Resumption 1)参照。
(6) van Ham & Bosch, “Global Non-Proliferation and Counter-Terrorism: The Role of Resolution 1540 and Its
Implications”(Bosch & van Ham, op. cit.)は、決議1540が埋めた「欠缺」として、非国家主体に焦点 をあてたこと、生物兵器に関する国際機関の不在(BWC)、運搬手段を明示的に含むこと、NPT・
BWC・化学兵器禁止条約(CWC)を超える義務を加盟国に課すこと、執行が義務とされているこ とを挙げている。
(7) フィリピン、アルジェリア、アンゴラ、ニュージーランド、スイス、エジプト、韓国、ヨルダン、
ナイジェリア、ナミビア等が、安保理決議を例外的あるいは一時的措置と位置づけている。
(8) アルジェリア、パキスタン、インド、キューバ、インドネシア、イラン、エジプト、メキシコ、
ネパール、ナミビア等が、安保理による「立法」権限を否定ないし疑問視する見解を示した。
(9) 国により言及ぶりは異なるが、ブラジル、アルジェリア、ベナン、ドイツ、カナダ、ペルー、ニ ュージーランド、南アフリカ、インド、アイルランド(欧州連合〔EU〕)、スイス、キューバ、イ ンドネシア、イラン、シリア、マレーシア(非同盟諸国運動〔NAM〕)、メキシコ、ノルウェー、
カザフスタン、アルゼンチン、オーストリア、ヨルダン、リヒテンシュタイン、ネパール、ナイ ジェリア、ナミビア、クウェート、タイ等が軍縮(特に核軍縮)の重要性を取り上げた。
(10) 決議1540採択時の発言で、フランス、英国およびドイツは不拡散に関する安保理の役割を強調 し、スペインおよびフィリピンはテロとの戦いの側面を強調している。
(11) 2004年4月の公開会合で、日本は、安保理が立法機能を担う以上、国際法体系の安定を阻害しな
いよう慎重であるべき旨述べている。
(12) 国連憲章第4条および第25条参照。
(13) 浅田、前掲論文(注4)、青木、前掲論文「非国家主体に対する軍縮・不拡散」(注4)、Scott Jones,
“Resolution 1540: Universalizing Export Control Standards?” Arms Control Today, May 2006。
(14) 決議1540 op 3、op 6参照。決議1540における定義の曖昧さとその影響につき、Lars Olberg,
“Implementing Resolution 1540: What the National Reports Indicate”(Disarmament Diplomacy, No. 82, Spring 2006); Ben Steyn, “Understanding the Implications of UN Security Council Resolution 1540”(African Security Review, Vol. 14, No. 1, 2005)参照。
(15) 2004年4月の公開会合におけるパキスタンの発言。
(16) 2007年2月の公開会合におけるロシア、フランス、ベルギー、ベラルーシ(レジームの透明性の
必要にも言及)等の発言。イスラエルは既存のレジームのリストを国内法制に取り込んだ旨発言。
(17) 決議1540 op 3(d)。
(18) 決議1540 op 8(c)およびop 5。
(19) 1540委員会の安保理への報告(S/2006/257)。
(20) 阿部信泰、“Existing and Emerging Legal Approaches to Nuclear Counter-Proliferation in the Twenty-First Century”(New York University Journal of International Law and Politics, Vol. 39, No. 4)は、IAEAの検証 制度そのものは十分な強制力をもたないとしたうえで、国際の平和と安全の維持に対する責任を 有する安保理がその責任を果たすべきとしている。
(21) IAEA憲章第12条C。同第3条B4参照。
(22) IAEA理事会による保障措置協定違反の認定と安保理への報告が国連憲章第7章下の安保理決議
に帰着した例として、イラクに関する決議707があるが、違反の発見は、湾岸戦争終結後の安保理 決議687で憲章第7章下の強力な権限が与えられた査察の結果であった。イラクはすでに制裁下に あり、決議707は、イラクの保障措置協定違反を非難し、イラクに対しIAEAへの完全な協力を求 めるとともに医療用等の若干の例外を除いてあらゆる核関連活動を停止するよう求めている。
北朝鮮については、1993年、94年および2003年の3回、IAEA保障措置違反が安保理に報告され、
1993年には議長声明(S/25562)および決議825、1994年には議長声明(S/PRST/1994/13および28)
が発出されたが、いずれも憲章第7章下の決議には至らなかった。
この他、ルーマニアおよびリビアにより過去に行なわれた核活動に関して、安保理に対する情
報提供のみを目的として報告され、リビアについてはWMD放棄を歓迎する安保理議長声明(S/
PRST/2004/10)が発出された。
(23) イランの核開発およびEU3+3による外交交渉の経緯については、木村修三「中東における核拡 散問題―イスラエルの核とイランの核をめぐって」『国際問題』第554号(2006年9月)に詳しい。
(24) 2008年3月3日、安保理決議1803として採択された。
(25) 制裁の実施主体について、決議1718は全加盟国(all Member States)、決議1737および1747はす べての国(all States)としている(ただし決議1737は一部のパラグラフでは全加盟国〔all Member States〕としている)が、ここではその異同には立ち入らない。
(26) 決議1718 op 8(a)(ii)参照。
(27) 2004年4月の公開会合におけるパキスタンの発言等。
(28) Paul C. Szasz, “The Security Council Starts Legislating,” American Journal of International Law, Vol. 96, No.
4, October 2002.
(29) アルゼンチンは決議1718採択時に、S/2006/814、S/2006/815およびS/2006/816の配布は同決議のみ を目的とするものであり、安保理が汎用品に関し立法行為を行なうものではない旨述べた(S/PV.
5551)。決議1737ではNSG品目のイランへの移転に関し汎用品は異なる取り扱いをされているが、
対象はNSGリストが用いられており、MTCRについてはほとんどの汎用品がそのまま対象となっ ている。また、イランからの調達禁止品目にはNSGおよびMTCRの汎用品がすべて含まれる。決 議1737採択時にはアルゼンチンはこれらの点について特段発言していない(S/PV. 5612)。
(30) 決議1718 op 8(f)。
(31) 決議1737では10団体および12個人、決議1747では13団体および15個人が定められている(決 議1737 op 10, op 12, Annex, 決議1747 op 2, op 4, Annex I)。
(32) ボルトン米常駐代表(当時)は、決議1718採択直後の安保理での発言において、同規定は既存
のPSIの活動に基礎を置いている旨述べている(S/PV. 5551)。ただし、PSI自体は特定の国や非国
家主体を対象とする活動ではない。
(33)「阻止原則宣言」全文は外務省ホームページ英語版(http://www.mofa.go.jp/)、仮抄訳は同日本語版
(http://www.mofa.go.jp/mofaj)に掲載。
(34) 決議1540 op 9–10。
(35) 決議1540の採択に際しては、阻止への言及が中国の提案で削除された旨(S/PV. 4950)、決議 1718の採択に際しては、北朝鮮に関する貨物検査の実行を支持せず、同規定には留保がある旨
(S/PV. 5551)述べている。
(36) 決議1540は米国により当初PSI型の拡散対抗として構想されたが、決議作成過程で協調的努力を 内容とする文言に変化していったとされる(Datan, op. cit.)。
(37) 例えば、アフガニスタンに関する累次の決議においては、オサマ・ビン・ラディン、タリバン、
アル・カイダ等の固有名詞による特定が行なわれる一方、タリバンやアル・カイダに関連する団 体や個人という属性に着目した指定も用いられている。
(38) 日本は独自の措置として、北朝鮮籍を有する者の入国を原則として認めておらず、また、安保理
決議1695実施の一環として15団体および1個人を指定して支払い・資本取引規制を行なっている。
(39) 手続事項については常任・非常任の区別なく9票の賛成(国連憲章第27条)。
(40) 2004年4月の公開会合におけるスペイン、チリの発言。
(41) イランに関する決議1696(制裁を含まない)にカタールが反対。また決議1803にインドネシア が棄権。
いちかわ・とみこ 外務省軍縮不拡散・科学部 不拡散・科学原子力課長