数学 IB No.4
10月23日配布
担当:戸松 玲治∗
6 同値関係と商集合
6.1 同値関係
これから同値関係という概念を少々厳密でないやり方で紹介する. ちゃんとした定義は[森,齋1,齋2]
などを見て欲しい.
Xを集合とする. 2元x, y∈X が「何らかの基準で関係」しているとき,x∼yと書く. もしこの 関係が次の3条件をみたすとき,同値関係であるという.
• (反射律)すべてのx∈Xに対して,x∼x.
• (対称律)もしx, y∈Xがx∼yをみたせば,y∼x.
• (推移律)もしx, y, z∈Xがx∼yかつy∼zをみたせば,x∼z.
またx∼yのとき,xとyは同値であるという. 同値関係の例を見てみよう.
問題 53 (1pt.) X を集合, すべての2元が同値であると定める, つまり任意のx, y ∈ X に対して x∼y. これが同値関係であることを示せ.
問題 54 (1pt.) 整数n∈Zに対して,Zの関係をx∼y⇔x−y∈nZと定める. この関係は同値関 係であることを示せ.
問題 55 (1pt.) XをR2の中の三角形をすべて集めた集合とする. 2つの三角形x, y∈Xに対して, x∼yをxとyが合同ということで定めると,同値関係であることを示せ.
問題 56 (1pt.) Mn(R)をn×n実行列全体のなす集合とする. 2つの行列A, B∈Mn(R)に対して, 関係A∼Bを,ある正則行列Pが存在してA=P Bと書ける,ということで定めると同値関係にな ることを示せ.
問題 57 (1pt.) Mn(R)をn×n実行列全体のなす集合とする. 2つの行列A, B∈Mn(R)に対して, 関係A∼Bを,ある正則行列Pが存在してA=BP と書ける,ということで定めると同値関係にな ることを示せ.
問題 58 (1pt.) Mn(R)をn×n実行列全体のなす集合とする. 2つの行列A, B∈Mn(R)に対して, 関係A∼Bを,ある正則行列Pが存在してA=P BP−1と書ける,ということで定めると同値関係 になることを示せ.
問題 59 (1pt.) R2において格子Z2:={(x, y)∈R2|x, y∈Z}を考える. 関係x∼yをx−y∈Z2 として定めると同値関係であることを示せ.
問題 60 (1pt.) V をR上ベクトル空間,Wをその部分空間とする. 2つのベクトルx,y∈V に対し て,x∼y⇔x−y∈W と定めると,これは同値関係であることを示せ.
問題 61 (1pt.) R上のn次元ベクトル空間Rnの部分集合Rn\{0}に,関係x∼y⇔ ∃c∈Rs.t. x= cyと定めれば,これは同値関係であることを示せ.
∗http://www.ma.noda.tus.ac.jp/u/rto/sched.html
問題 62 (1pt.) R2の正方形集合R= [0,1]×[0,1]上に次のようにして同値関係∼が入ることを示 せ. a= (x1, y1),b= (x2, y2)に対して,
• 0< x1<1ならば, a∼b⇔a=b.
• x1= 0,1ならば,a∼b⇔a=borx2= 1−x1&y2= 1−y1.
問題 63 (1pt.) 集合`∞(N)を,有界な実数値数列全体のなす集合とする†. 2つの数列{an}∞n=1,{bn}∞n=1
の関係を{an}∞n=1∼ {bn}∞n=1⇔ lim
n→∞(an−bn) = 0と定める. これは同値関係であることを示せ.
問題 64 (各1pt.) 次の問いに答えよ.
(1) 2点集合A={a, b}の考えうる同値関係をすべて挙げよ.
(2) 3点集合B ={a, b, c}の考えうる同値関係をすべて挙げよ.
あとでやるが,同値関係は次のタイプのものしかない.
問題 65 (1pt.) 写像f:X →Y があるとき, Xの関係をx1 ∼f x2⇔ f(x1) =f(x2)と定めると, これは同値関係であることを示せ.
問題 66 (1pt.) 2つの写像f:X →Y,g: X →Z があるとき,問題65のように, X上に2つの同 値関係∼fと∼gが入る. これらが等しい関係‡ であるための必要十分条件を求めよ.
問題 67 (1pt.) 2つの集合X, Y の上に同値関係が∼X, ∼Y がそれぞれ定まっているとする. この とき直積集合X×Y の上に次の関係を定める. (x1, y1)∼X×Y (x2, y2)⇔x1∼X x2 かつy1∼Y y2. このとき∼X×Y は同値関係であることを示せ.
問題 68 (1pt.) Zの関係をx∼y⇔x−y >0と定めると,同値関係ではないことを示せ.
6.2 商集合
集合Xに同値関係∼が入っているとする. このとき各元x∈Xに対して, 部分集合C(x)を C(x) :={y∈X |y∼x}
と定める. これをxの同値類(equivalence class)とよぶ. C(x)はxと同値な元をすべてまとめてき たものである. C(x)を[x]とかx¯と書くことも多い.
問題 69 (1pt.) 問題53において,x∈Xの同値類C(x)を決定せよ.
問題 70 (1pt.) 問題54において,x∈Zの同値類C(x)を決定せよ.
次が同値類に関する基本定理である.
問題 71 (各1pt.) 集合X に同値関係∼が入っているとする. 次を示せ.
(1) すべてのx∈Xに対して,x∈C(x).
(2) C(x) =C(y)⇔C(x)∩C(y)6=∅ ⇔x∼y.
(3) C(x)∩C(y) =∅ ⇔x6∼y.
†数列{an}∞n=1が有界⇔supn|an|<∞.
‡x∼fy⇔x∼gyということ.
(4) X= ∪
x∈X
C(x).
今からやりたいことはx∼yとなる2つの元を一つに「同一視する」ことである. 問題71の(2) を見ると,x∼yとなる2元の同値類は一致していることが分かる. そこで, 集合C(x)を元とする新 しい集合X/∼を次で定める.
X/∼={C(x)|x∈X}.
くどいようだが,X/∼の元は同値類C(x)であって,C(x)∈X/∼が正しく,C(x)⊂X/∼ではない. 同値なものをひっくるめて, 1つの点にしてしまったというイメージである.
問題 72 (1pt.) 問題54において,Z/∼={[0],[1], . . . ,[n−1]}であることを示せ.
普通この商集合をZ/nZと書く.
問題 73 (1pt.) 自然数nに対して,n点集合{1, . . . , n}上の全単射全体のなす集合をSnと書き,n 次の対称群とよぶ. 符号写像sgn : Sn→ {±1}に対して,Sn上の同値関係∼sgnを問題65のように 入れる. 商集合Sn/∼sgnの元の個数を求めよ.
6.3 写像の well-definedness
集合Xに同値関係∼が与えられているとし,X/∼をその商集合とする. 今写像p:X →X/∼を p(x) = [x]で定める. これを標準的射影(canonical projection)とよぶ.
問題 74 (1pt.) 標準的射影p:X →X/∼は全射であることを示せ.
問題 75 (1pt.) 問題65の決め方で, 標準的射影p:X →X/∼から定まる同値関係∼pはもともと の同値関係∼と一致することを示せ.
商集合X/∼からもっとわかりやすい集合Y に写像を構成する場合がある. つまり写像f:X/∼ →Y を構成することが問題になる. もしそのような写像が与えられていれば, 全射p:X →X/∼と合成 することで写像f◦p:X →Y が得られる. では逆にどんな写像g:X→Y がこういう形をしている のか気になる. 次の定理は,主張だけでなく証明方法も重要なので証明もつけておく.
定理 6.1 集合X に同値関係∼があり, X/∼をその商集合とする. Y をもう一つの集合で, 写像 g:X→Y が与えられているとする. このとき次は同値である.
(1) もし2元x1, x2∈X がx1∼x2をみたせば, g(x1) =g(x2)である.
(2) ある写像f:X/∼ →Y が,g=f◦pとなるように存在する. またこのようなfはただ1つに 決まる.
証明 (2)⇒(1). そのようなf: X/∼ →Y をとってくると, g =f ◦pである. もしx1∼x2ならば, p(x1) = [x1] = [x2] =p(x2)である. したがって,g(x1) =f(p(x1)) =f(p(x2)) =g(x2).
(1)⇒(2). 次に(1)がなりたっているとする. 元t∈X/∼を取ってくると, t= [x]となるx∈X が 存在する. ここで,f(t) =g(x)と定義したい. しかしx∼yならば, t= [y]となりf(t) =g(y)でも なければならない§. なぜならば,もしg(x)6=g(y)となるx∼yがあれば, 2通りの式f(t) =g(x)と
f(t) =g(y)が整合しないからである. 幸い(2)の条件からx∼yなら必ずg(x) =g(y)となるので,
f:X/∼ →Y を定義できる. fの決め方からこれは明らかにg=f ◦pをみたす.
さてこの式をみたすf が2つあったとする:f1◦p= g =f2◦p. すると任意のx∈X に対して, f1([x]) =f1(p(x)) =f2(p(x)) =f2([x]). しかしX/∼の任意の元は[x]という格好をしているから, f1=f2が分かる.
§ここの箇所が写像のwell-definedness (ちゃんと定義できていること)をチェックしているところ.
これを写像から決まる同値関係の言葉を使うと次のようになる.
問題 76 (1pt.) 定理6.1において,問題65の決め方で写像gから定まるX上の同値関係を∼gと書 く. 定理の条件(1)は次のように言い換えられることを示せ. 「同値関係∼は∼gよりも強い,つま りもし2元x1, x2∈X がx1∼x2をみたせば, x1∼gx2 である.」
定理6.1をヒントとして,いくつかの商集合の分かりやすい表現をみていこう.
問題 77 (2pt.) 自然数n, m∈Zに対して,商集合Z/nZ,Z/mZを考える. もしもnがmの倍数な らば,写像f:Z/nZ→Z/mZをf([k]) = [k],k∈Zとして定義できることを示せ. またこれが全射 であることも示せ.
問題 78 (2pt.) 写像g:R→R2をg(t) = (cos(2πt),sin(2πt))で定める. 今までのように写像gか ら決まるR上の同値関係を∼gと書く. 全単射f:R/∼ →S1でf([t]) = (cos(2πt),sin(2πt))を構成 せよ. ここでS1:={(x, y)∈R2|x2+y2= 1}. 図的にどういう意味かも考えよ.
問題 79 (2pt.) 問題59における同値関係について,全単射f:R2/∼ →S1×S1を構成せよ¶. 図的 にどういう意味かも考えよ.
問題 80 (2pt.) 集合RP1を「R2の原点を通る直線全体」とする. R2に同値関係を問題61のよう に入れる. このとき全単射f: R2/∼ →RP1を構成せよ.
問題 81 (2pt.) R2に同値関係を問題61のように入れる. このとき全単射f: R2/∼ → S1を構成 せよ.
問題 82 (1pt.) 問題62において商集合R/∼を分かりやすく図示せよk.
問題 83 (各1pt) 問題60の商集合V /∼を考える. このとき次の問に答えよ.
(1) V /∼に加法, [x] + [y] = [x+y]が定義できることを示せ.
(2) V /∼にスカラー倍,α[x] = [αx]が定義できることを示せ.
(3) V /∼は, (1), (2)の演算と[0]を0ベクトルとして,ベクトル空間となることを示せ.
このベクトル空間V /∼をV のWによる商ベクトル空間とよび,V /W で表す.
ガウスが進んだ道は即ち数学の進む道である. その道は帰納的である.特殊から一般へ!それが標語である.それはすべての 実質的なる学問において必要なる条件であらねばならない.数学が演繹的であるというが,それは既成数学の修業にのみ適用 するのである. 自然数学においても一つの学説ができてしまえば,その学説に基づいて演繹をする.しかし論理は当り前なの だから,演繹のみから新しい物は何も出て来ないのが当り前であろう.もしも学問が演繹のみにたよるならば,その学問は小 さな環の上を永遠に週期的に廻転する外はないであろう.我々は空虚なる一般論に捉われないで,帰納の一途に精進すべきで はあるまいか.
高木 貞治「近世数学史談」
参考文献
[森] 森田 茂,集合と位相空間,朝倉書店.
[齋1] 齋藤 毅,集合と位相,東京大学出版会.
[齋2] 齋藤 正彦,数学の基礎 集合・数・位相,東京大学出版会.
¶この商集合はR2/Z2と書く.
kメービウスの帯と呼ばれる.