大村 智先生(北里大学特別栄誉教授)らのノーベル生理学・医学賞受賞(2015年),長田裕之先生(理化学研究 所環境資源科学研究センター副センター長)のThe Inhoffen Award受賞(2015年)に続いて,遠藤 章先生(東京 農工大学特別栄誉教授)のガードナー国際賞受賞(2017年)によって,天然有機化合物(天然物)のスクリーニ ング研究の重要性・有用性が再認識されつつある.しかし,2016年の世界の大型医薬品売上トップ10のうち低分 子医薬品は3製品のみであり,残り7製品はバイオ医薬品が占めている.このような現状の中, 切れ味の鋭い生 物活性物質(新薬)は新しいサイエンスを切り拓く の理念に基づいて,アカデミア天然物創薬を目指している 当研究室の最近の天然物創薬ケミカルバイオロジー研究について紹介する.
はじめに
疾患ゲノム解読や病原菌ゲノム解読などが次々に行わ れつつある現在,膨大なゲノム情報から多くの創薬標的 が明らかになりつつある.アカデミアにおいてもこのよ うな生命科学におけるビッグデータを創薬研究に活用す るという アカデミア創薬 の潮流が世界的に押し寄せ ている.化学と生命科学(生物学)の学際融合研究領域 であるケミカルバイオロジー研究は,アカデミア創薬研 究においても創薬シーズの探索・開発,創薬標的の探 索・同定,化合物プロファイリングなどの観点から非常 に重要な地位を占めている.
一方,世界の大型医薬品売上トップ10(2016年)の うち低分子医薬品は,ハーボニー,レブリミド/レブラ ミド,ジャヌビア/ジャヌメットの3製品のみであり,
残り7製品はヒュミラ,リツキサン,アバスチンなど抗 体医薬品をはじめとしたバイオ医薬品が占めている(表 1).近年, スクリーニング技術のさまざまな進 歩にもかかわらず新しい低分子医薬品の開発は停滞して おり,低分子化合物が誘導する表現型を指標とした細胞 レベルでの表現型スクリーニング(phenotypic screen- ing)の重要性が再認識されつつある.実際,1999〜
2008年に米国FDAに認可された新規医薬品(232品目)
のうち,画期的新薬(First-in-Class)の37%は表現型ス クリーニングにより見いだされている(1).
このような背景の中,当研究室では,多因子疾患(が ん,感染症,心疾患,神経変性疾患,免疫疾患など)を 標的としたアカデミア発のオリジナル創薬に向けて,
3つの研究グループ体制(天然物化学研究グループ,ケ ミカルバイオロジー研究グループ,メディシナルケミス トリー研究グループ)で教育・研究を展開している(2〜4). すなわち, 切れ味の鋭い生物活性物質(新薬)は新し いサイエンスを切り拓く の理念のもと,主に下記の4 つの研究課題を中心に先導的ケミカルバイオロジー研究 を世界へ発信している.
1) 創薬リード化合物の開拓を指向した新規生物活性物 質の天然物化学(天然物薬学)およびメディシナル ケミストリー研究
2) 多因子疾患に対する次世代化学療法の開発を指向し た先導的ケミカルバイオロジー研究
3)有用物質生産・創製のための遺伝子工学的研究 4) ケモインフォマティクス,バイオインフォマティク
スを活用したシステムケモセラピー研究
上記研究課題1)においては,天然資源由来の限られ たスクリーニングサンプルに対して表現型スクリーニン グを展開しており,本稿では,特に,新規シデロフォア chlorocatechelin類および新規がん細胞増殖阻害物質 2017年ガードナー国際賞受賞記念特集
Discovery Scienceに魅せられて
天然物創薬ケミカルバイオロジーの最前線 掛谷秀昭
Hideaki KAKEYA, 京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学 専攻,システムケモセラピー(制御分子学)分野
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
saccharothriolide類を中心に紹介する.
表現型スクリーニングにより発見された生物活性物 質と細胞内標的同定の重要性
図1に抗炎症活性,抗がん活性,抗真菌活性,抗菌活 性などを有する生物活性物質の標的,標的同定方法,化 学構造を示した.表現型スクリーニングで見いだされた 生物活性物質を用いた生命現象解明研究(ケミカルバイ オロジー研究)により,ユニークな化合物と標的間の相 互作用が見いだされていることがわかる.たとえば,
thalidomide(8)およびE7820(9)の細胞内標的タンパク質が それぞれcereblon, CAPERαと同定され,特定のタンパ ク質分解という事象が新しい分子標的になりうる可能性
が示されつつある.一方,当研究室では,海洋放線菌 sp. が生産する抗真菌活性を有する8-de- oxyheronamide Cを見いだし,酵母のケミカルゲノミ クスおよび表面プラズモン共鳴(SPR)を駆使して,細 胞内標的が飽和アルキル側鎖を有するリン脂質であるこ とを明らかにしている(11).また,表現型スクリーニン グで見いだされた生物活性物質の標的タンパク質を迅速 に同定するシステムとして,5-sulfonyl tetrazole基の反 応特性を利用した5-SOxTプローブ法(13)およびthiourea 基 の 反 応 特 性 を 利 用 し たTAL(thiourea-modified amphiphilic lipid)プローブ法(14)などの開発に成功して いる.
表1■世界の大型医薬品売上ランキング(2016年)
製品名 薬効等 会社 売上(百万ドル)
1 ヒュミラ 関節リウマチ/乾癬他 アッヴィ/エーザイ 16,513
2 エンブレル 関節リウマチ/乾癬他 アムジェン/ファイザー/武田 9,245
3 ハーボニー 慢性C型肝炎 ギリアド・サイエンシズ 9,081
4 レミケード 関節リウマチ/クローン病他 J&J/メルク/田辺三菱 8,848
5 リツキサン 非ホジキンリンパ腫 ロシュ 8,719
6 レブリミド/レブラミド 多発性骨髄腫 セルジーン 6,974
7 アバスチン 転移性結腸がん ロシュ 6,879
8 ハーセプチン 乳がん ロシュ 6,878
9 ジャヌビア/ジャヌメット 2型糖尿病/DPP4阻害 メルク/小野薬品/アルミラル 6,431
10 ランタス 糖尿病/インスリンアナログ サノフィ 6,317
(KEN Pharma Brain社資料参照)
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
Discovery Science とは,オリジナルな化合物・
遺伝子・生命現象などを発見・解明することである.
ケミカルバイオロジーとは, 化学や生物活性物質
(低分子化合物)を武器(ツール)として生物や生命 現象の理解を目指す学際融合学問領域 であり,生 命・食・環境を研究対象とする関連分野では不可欠 な学問領域である.
ケミカルバイオロジー研究の成功の鍵を握ってい るのは,研究対象となる化学や生物活性物質である.
たとえば画期的な生物活性物質の事例は,遠藤章先 生(東京農工大学特別栄誉教授)が発見した青カビが 生産するコレステロール合成阻害剤ML-236B (com- pactin)であり,高脂血症治療薬スタチン類の開発を 導きコレステロール関連科学を飛躍的に発展させた.
未知の化学構造を有する生物活性物質を見いだす ための戦略をスクリーニング(探索)研究といい,タ
ンパク質や酵素系を利用する 評価系や生きた
細胞を直接利用する (in cells)評価系などがあ
り,後者は,細胞の表現型を利用する点などから表 現型スクリーニングという.前者では,ヒット化合 物が生細胞系でも想定される効果を示すかどうかを 検証する必要があり,後者では,目的の表現型を指 標にしたヒット化合物が目的の標的分子に作用して いるかどうかを検証する必要があり,それぞれ長所・
短所をもち合わせている.
表現型スクリーニングで見いだした生物活性物質 と直接相互作用する標的分子を同定する方法論の開 発にもケミカルバイオロジー的手法は遺伝学的手法 と相補的に大いに役立っている.生物活性物質を固 定したアフィニティーカラム精製法に加えて,われ われは,5-SOxT(5-sulfonyl tetrazole)プローブ法や TAL(thiourea-modified amphiphilic lipid)プローブ 法の開発に成功している.
本稿では,当研究室で展開している創薬リード天 然物の開発を目指したケミカルバイオロジー研究,す なわち 天然物創薬ケミカルバイオロジー研究の最 前線 を紹介する.
コ ラ ム
放線菌 sp. ML93-86F2株が生産する 新規シデロフォアchlorocatechelin類
多くの酸化還元酵素の活性中心として働く鉄はあらゆ る生物に必須な元素である.ヒトのような自ら動くこと のできる生物は摂食により必要な鉄を獲得可能である が,植物や微生物のように動きが制限されている生物は 外界から何らかの手段で鉄を獲得しなければならない.
しかし,通常酸素分圧下において大部分の鉄は酸化され て水溶性に乏しい水酸化第二鉄のようなFe(III)の形で 存在しているため,鉄を得るのが困難な状況に陥る場合 がある.そのような環境では,微生物や植物はシデロ フォアと呼ばれる低分子化合物を分泌する(15)(図2). このシデロフォアはFe(III)と非常に親和性が高く水溶
性の錯体を形成することができ,形成したFe(III)‒シデ ロフォア錯体を能動的に取り込み,錯体中のFe(III)を 還元して取り出すことで微生物や植物は必要な鉄を獲得 する.
Fe(III)‒シデロフォア錯体の取り込みにはそのシデロ フォアに対応した受容体を必要とする.多くの微生物 は,シデロフォアの生合成遺伝子とそれに対応したシデ ロフォア受容体遺伝子を有するが,受容体遺伝子のみを 有する場合がある.このような微生物は自らシデロフォ アを生産することなく,ほかの微生物が生産し分泌した シデロフォアを利用して鉄を取り込む.この現象は
“siderophore piracy” と呼ばれる(16).また,これを応用
した微生物間の相互作用も知られている(17).いわゆる 図1■表現型スクリーニングにより発見さ れた生物活性物質
図2■シデロフォアの化学構造
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
希少放線の一種である 属放線菌AA4株 は,amychelinというシデロフォアを産生し,
の分化を抑制する(18).
病原菌と宿主生物との戦いにおいてもシデロフォアの 多様性は大きな意味をもつ. 属の細菌や病 原性の大腸菌 はenterobactinというシ デロフォアを分泌して鉄を獲得する(19).それに対して 宿主生物は,enterobactinやそのほかのシデロフォアを 捕捉するタンパク質siderocalinを分泌して外部から侵 入する微生物に対抗する(20).ところが, 属 の細菌や病原性 は,enterobactinを糖鎖で修飾し siderocalinに捕捉されない構造にしたsalmochelin S4を 分泌し,宿主の防衛機構をすり抜けて鉄を獲得してい る(21, 22).
シデロフォアは生産者である微生物や植物だけでなく,
ヒトにとっても重要な化合物である.たとえば などさまざまな微生物の産生するシデロ フォアであるdesferrioxamine B(DFO)は,生化学/
分子生物学の分野で鉄のキレート剤として広く用いられ ているだけでなく,慢性鉄過剰症の治療薬として用いら れている(23).一方,前述のenterobactinはDFOよりも鉄 との親和性が高く,虚血再灌流障害の腎臓の治療が試み られている(24).また,炭疽菌 や日和見 感染菌 の産生するシデロフォアpetro- bactinはその産生が病原性に影響を与えることが知られ ているため,病原性マーカーとして用いることができ る25).
シデロフォアは単体で役に立つだけではなく,別の化 合物と組み合わせることでも有効活用できる.たとえ ば,シデロフォアと抗生物質のハイブリッド化合物ce- fiderocol(S-649266)は,現在,カルバペネム耐性菌感 染症や呼吸器感染症である院内肺炎・人工呼吸器関連肺 炎・医療ケア関連肺炎に対して第3相臨床試験中であ る(26).
このようにシデロフォアは生産者と他生物とのかかわ りを考えるうえで興味深い知見を与えてくれる化合物で あり,かつケミカルバイオロジー的にも重要な化合物で あ る.そ こ で わ れ わ れ は,抗 菌 活 性 お よ びChrome Azurol Sアッセイを指標に,微生物抽出液ライブラ リーから新規シデロフォアの探索研究を行った結果,放 線菌 属ML93-86F2株が生産する,天然物 としては非常に希なアシルグアニジン構造を有する chlorocatechelins A&Bを見いだした(27)(図3).
Chlorocatechelin Aは,分子内に一つのarginine,一 つ の -δ-hydroxy- -δ-formyl ornithine(hfOrn),お よ
び2つの4-chloro-2,3-dihydroxybenzoic acids(CDB)を 有する.構成アミノ酸の立体配置は改良Marfey法によ りいずれもD体と決定し,各種スペクトル(NMR, MS, UVなど)の詳細な解析により全構造を決定した.一 方,chlorocatechelin Bは,CDB, ornitine,およびhfOrn を各一つ有し,構成アミノ酸はいずれもD体であった.
Chrolocatechelin類はこれまでに天然物での報告例のな いCDBを有していた.シデロフォアは鉄の欠乏した環 境で鉄を獲得するために産生される化合物であるため,
鉄の豊富な環境では産生されない.そこで,鉄(FeCl3
あるいはFeSO4)を加えた条件で 属ML93- 86F2株を培養した結果,chlorocatechelin類は生産され ず,本化合物生産菌にとってもシデロフォアとして機能 していることが強く示唆された.なお,われわれは chlorocatechelin Aの安定供給のために全合成を達成し ている(28).
Chlorocatechelin Aは二座配位子を3つ(2つのCDB と一つのhfOrn)有しているが,chlorocatechelin Bは CDBが一つ少なくなっており2つの二座配位子しか有し ていない.Fe(III)は六配位の錯体が安定であるため,
chlorocatechelin BはFe(III)との錯体形成に複数分子 を要することが推測された.実際に緩衝液中でFeCl3を 用いた滴定実験により,chlorocatechelin Aは1 : 1, chlo- rocatechelin Bは3 : 1の比率でFe(III)と錯体を形成す ることを明らかにした.また,サイクリックボルタンメ トリーを用いたFe(III)‒シデロフォア錯体の還元電位の 測定結果より,chlorocatechelin AのFe(III)との親和 性は,chlorocatechelin BやDFOよりも大きいことを明 らかにした(27).
次に,DFO感受性の細菌群に対する抗菌活性を検討 した結果,vancomycinは高い濃度でも魚類感染菌で あ る や 牛 肺 炎 原 因 菌 で あ る に対して増殖阻害活性を示さ なかった.一方,chlorocatechelins A & Bは両菌に対 して増殖阻害活性を示し,特にchlorocatechelin Aは chlorocatechelin Bよりも強力な活性を有していた(28). 図3■Chlorocatechelins A & Bの化学構造
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
ま た,同 じ ア ッ セ イ 条 件 でDFO非 感 受 性 菌 で あ る に対する抗菌活性を試験すると,
vancomycinが非常に低い濃度で阻害活性を示したのに 対して,chlorocatechelins A&Bは高い濃度域において のみ阻害活性を示した.Fe(III)親和性の高いchloro- catechelin Aがchlorocatechelin Bよりも高い活性を示 し た こ と と,chlorocatechelin Aとchlorocatechelin B がDFO感受性の菌株に対してのみ増殖阻害活性を示し たことから,この活性はDFOと同様に微生物が利用可 能な鉄を制限することによる効果であることが強く示唆 された.
と こ ろ で,Marahielら は 放 線 菌
が生産するシデロフォアmirubactinを報告して いたが,われわれはmirubactinの各種スペクトルの帰 属およびシデロフォアとしての構造に疑問を感じた.そ こで,mirubactinの真の構造はdechloro-chlorocateche- lin Aであると推測し,chlorocatechelin Aの全合成経路 に倣って,dechloro-chlorocatechelin Aの全合成を達し た.得られたdechloro-chlorocatechelin Aの1H-NMRス ペクトルおよび13C-NMRスペクトルは文献値と良い一 致 を 示 し た 結 果,mirubactinの 真 の 構 造 はdechloro-
chlorocatechelin Aであると結論づけた(29)(図4).さら にmirubactinは,1 : 1の比率でFe(III)と錯体を形成し た.また,mirubactinのFe(III)との親和性は,chloro- catechelin Aよ り も 低 い こ と を 明 ら か に し,chloro- cateshelin A内のCl基の重要性が示唆された.
希少放線菌 sp. A1506株が生産する 新規がん細胞増殖阻害物質saccharothriolide類 生物活性物質のケミカルスペース拡充戦略において,
希少放線菌の利用は極めて有効である.われわれは,ヒ トがん細胞を用いた表現型スクリーニングと LC-MSデータベースを併用することで,希少放線菌
sp. A1506株が生産する新規がん細胞増殖 阻 害 物 質saccharothriolides A〜Fを 見 い だ し た(図 5)(30, 31).
属放線菌は,rebeccamycin, sacchathri- dine A, tianchimycin Aをはじめとして化学構造的にも 生物活性的にも多様性に富んだ化合物群を産生している が,saccharothriolides A〜Eは分子内のすべての 3炭 素が不斉炭素である10員環ラクトンを基本骨格として いるのが特徴的である.Saccharothliolide Fは,saccha- rothriolides AおよびDのC-2位における脱メチル体で あった.これらsaccharothriolide類の化学構造は,各種 スペクトル(NMR, MS, UVなど)の詳細な解析やECD スペクトルのTD-DFT法などにより決定した.さらに,
saccharothriolides BとE, AとDはそれぞれジアステレ オマーの関係にあるなど,同一生産菌におけるこれら類 縁化合物の生産の意義および生合成経路に興味がもたれ た.われわれは現在,saccharothriolides A〜Cの生合 成経路を図6に示したとおり推定しており,ごく最近,
図4■全合成によるmirubactinの構造訂正
図5■Saccharothriolides A〜Hの化学構造とがん細胞増殖抑制活性
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
中間体pre-saccharothriolide Xの単離・同定に成功し た(32).
中間体pre-saccharothriolide Xの存在を証明できたこ とで,より効率的に,さまざまな求核試薬と反応させ簡 便にsaccharothriolide類の類縁化合物を合成可能なpre- cursor-directed synthesis(PDSS)法の開発に 成功した.PDSS法の利点は,反応性に富んだ不安定中 間体の単離精製や生合成酵素の同定・精製が不要である ことや任意の求核試薬を利用可能であることなどであ る.これまでに sp. A1506の培養抽出物 に対して,求核試薬として -anisidineを用いたPDSS法 により,saccharothriolides G & Hの合成を報告してい る(33)(図7).
Saccharothriolides A〜Hのヒト線維肉腫HT1080細胞 における細胞増殖抑制活性は,図5に示したとおり,
saccharothriolide Bが最も強くIC50値は13.9 μMであり,
C-2位における置換基および立体化学,C-7位およびC-2″ 位における置換基など非常に興味深い構造活性相関を示 した.現在,saccharothriolide類のより詳細な構造活性 相関研究および薬理活性評価を行っており,本化合物群 が示す非常に興味深い作用機序が判明しつつある.
化学コミュニケーションのフロンティア
平成29年度,文部科学省・新学術領域研究(領域提案 型)「化学コミュニケーションのフロンティア(H29〜33 年度)」(領域代表・掛谷秀昭(京大院薬))が発足した.
本領域では,多種多様な化学コミュニケーションの統合 的理解にきわめて有効な「革新的高次機能解析プラット フォームの構築」を行い,「天然物リガンドの真の生物 学的意義の解明」および「ケミカルツール分子・創薬
シーズ開発」を推進している.その結果,本領域は,医 療・農業・食糧分野などに貢献し,最終的には自然環境 における多様な生物種における化学コミュニケーション の解明と制御を主眼とした「分子社会学」という新しい 学問領域の確立を目指すものであり,天然物創薬ケミカ ルバイオロジー研究分野において,世界における日本の プレゼンス向上にも大きく寄与するものである.本領域 の詳細は,領域ホームページを参照されたい(34).
おわりに
本稿では,Discovery Scienceに魅せられた筆者らの 最近の天然物創薬ケミカルバイオロジー研究について,
新規シデロフォアchlorocatechelin類および新規がん細 胞増殖阻害物質saccharothriolide類を例として紹介し た.さらに,生物活性物質のケミカルスペース拡充戦略 において,生合成中間体などを効率よく活用するPDSS 法の開発・応用について紹介した.また,日本発の天然 物創薬ケミカルバイオロジー研究をより一層推進可能な 新学術領域研究(研究領域提案型)「化学コミュニケー ションのフロンティア」の発足について紹介した.世界 図6■Saccharothriolides A-Cの推定生合 成機構
図7■PDSS法 に よ るsaccharothriolides G&Hの合成
図8■化学コミュニケーションのフロンティア
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
遺産(古都京都の文化財)に囲まれた筆者らの天然物創 薬ケミカルバイオロジー研究が,人類の健康・福祉に貢 献する日を期して,一層精進する所存である.
謝辞:Chlorocatechelin類およびsaccharothriolide類に関して,岸本真治 博士,五十嵐雅之博士,Shan Lu博士,西村慎一博士をはじめとして,
多くの共同研究者の皆様に深謝します.
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34) 新学術領域研究「化学コミュニケーションのフロンティ ア」・領域ホームページURL: http://www.pharm.kyoto-u.
ac.jp/fr̲chemcomm プロフィール
掛谷 秀昭(Hideaki KAKEYA)
<略歴>1989年慶應義塾大学理工学部化 学科卒業/1994年慶應義塾大学理工学研 究科博士課程修了/同年理化学研究所・研 究員(抗生物質研究室)/2003年理化学研 究所副主任研究員/2007年京都大学大学 院薬学研究科教授,現在に至る<研究テー マと抱負>創薬科学,切れ味の鋭い生物活 性物質(新薬)によって,新しいサイエン スを切り拓き,人類の健康・福祉に貢献し たい<趣味>サッカー,テニス,ハイキン グ
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.210
日本農芸化学会