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筆者は1997年より3年間上記大学の博士課程に在籍 し、東アフリカの地域統合に関する論文で学位を取得致 しました。本稿ではこの研究について紹介したいと思い ます。
1.研究の概要
1977年の東アフリカ共同体(EAC I)の崩壊後、ケニ ア、タンザニア、ウガンダ3国は、95年に東アフリカ協 力機構(EAC II)を結成し、地域統合を主要政策課題と して掲げました。また本年1月には政府間合意に基づく EAC IIを格上げし、関税同盟及び共通市場、単一通貨、
連邦制の設立を目標とする条約ベースのEast African Community(EAC III)が正式に発足しました。そこで 論文では当該三国の域内・域外貿易に焦点を当て、EAC IIIの共通市場によって各国の生産及び貿易構造がどのよう に影響を受けるか、計量モデルを用いて分析しました。
2.アフリカの地域統合
地域統合は90年代以降アフリカ諸国の間で一種のブー ムとなっており、少なくとも政治指導者の言葉の上では 統合に対する熱意は冷めそうにもありません。EACの他 にもCOMESA(東・南部アフリカ共同市場)、ECOWAS
(西アフリカ諸国経済共同体)、SADC(南部アフリカ開 発共同体)等、各地域あるいは旧植民地毎のスキームが 10以上存在し、統合諸政策の実現に向け政府間交渉がな されています。[1]
これらの動きは、a)80年代以降の経済危機を克服する 上で、b)グローバル化する世界経済と、c)NAFTA、EU等 の世界的な統合の動きの中で、アフリカにおいても経済 的小国が生き残るために統合は不可欠であるとの共通認 識に基づくものです。しかし実際には70年代初頭の第一 次ブームの失敗と同様に、域内貿易自由化に伴う競争に 対する既得権層の抵抗、関税撤廃による税収入の減少、統 合から得られる利益配分に関しての加盟国間の対立、各 スキーム内でのリーダー的な役目を負う国の不在などか ら統合の実施は遅々として進んでいないのが実情です。[2]
3.東アフリカでは
EAC3国による統合は他のスキームに比べスムーズに進 むのではないか(あくまでも比較の問題ですが)と考え ています。これは、i)当時世界で最も進んだ地域統合の一 つであったEAC Iの経験、ii)スワヒリ文化を共有すること から各種取引費用も少なく、iii)共通のイデオロギーに基 づいた政治経済体制の存在といった要因が統合プロセス を後押しすると考えられるためです。
さて域内貿易ですが、EACでは(一次産品の輸出と工 業製品の輸入という互いに似通った貿易構造のために、
大陸内の貿易は成り立ち難いという)
アフリカに対する一般の認識とは逆に、
過去数十年間一貫して高い域内貿易集 中度が観察されています。これは各国 の生産は基本的には農水産業に依拠す るものの、他2国に比べ経済が多様化
しているケニアからの輸出とともに、細分化された品目 レベルでは3国間で一定の補完性が存在することによって も裏書されています。
この3国経済が統合された場合、各国の生産・貿易及び 経済的厚生にどのような影響を及ぼすか。結論から言え ば、少なくとも短期では劇的な変化は期待できないと考 えられます。第一に、域内貿易の完全自由化や通関手続 きの平準化、決済制度の整備等の統合政策が実施された と仮定して、確かにある程度の域内取引の増加は見込め ます。過去25年間のデータからも、地域統合スキームの 存在と域内貿易量とは正の関係にあることが確認されま した。しかしそのインパクトは低いレベルにあります。
第二に、各国の対世界と対域内の比較優位構造から判断 して、共通市場による域内の競争に伴う生産構造には大 きな変動が起こりえず、また前述の補完性の存在から大 きな貿易創出効果も期待できず、期待される静学的な厚 生の増加には限りがあると思われます。また3国の経済規 模も考慮に入れれば、統合の範囲が東アフリカのみに収 まる限り、(長期の動的効果も含め)統合の絶対的効果は ごく限られた規模になると考えられます。
4.最後に アフリカの地域統合のあり方
以上のことから東アフリカの経済発展のチャンスは、3 国の統合あるいはアフリカ大陸内のそれに留まるのでは なく、むしろ EAC IIIをベースにした世界経済への統合を 通じてこそより得られると考えられます。この意味にお いて、現在 EAC IIIとEUとの間でロメ協定の代替として 協議されている自由貿易協定等による先進国経済との統 合は、輸出市場の拡大及び先進国側からの投資等が期待 され、長期的視点から東アフリカ経済の発展に貢献する ものと考えられます。またドナー側もこのような地域統 合に対するサポートを通じ、「地域」単位で途上国の開発 を考えるという視点があっても良いと思います。
[1]Common Market for East and Southern Africa, Econom- ic Community of West African States, Southern African Development Community
[2]拙著(2001)Regionalism: Sub-Saharan Africa and East Asia Compared in Lawrence, P.R. and C. Thirtle(eds)
Africa and Asia in Comparative Economic Perspective,[London: Macmil- lan], pp.103-127 参照
平成9年度高等教育学位プログラム研修員
マンチェスター大学開発政策行政研究所助手