IFRS17がもたらす影響とその諸 課題:適用上の課題を探る
2019年11月16日
令和元年度第2回日本保険学会関西部会報告会
(関西学院大学梅田キャンパス)
静岡県立大学 上野 雄史
本報告の目的
• IFRS17がもたらす影響とその諸課題について考察する。
•
現段階では、実証的な検証を行うことは難しいため、本報告で は定性的な考察に留まっている。• IFRS17を巡る会計処理を巡る議論が収束し、次のフェーズは
「どうやって基準を適用し、財務報告を作成するのか?」、か つ「それをどのように質の高いものにするのか?」という点に 絞られてきた。
•
また、IFRS17が任意適用の状況にある日本における課題も考え ていきたい。問題意識と背景
IFRS17公開後の動向
• 2017年に公開草案が出て以降、IFRS17「保険契約」の適用に
向けた動きが本格化。
• IASBにおいてはTRG(Transition Resource Group)を設置し
ている。TRGは、基準適用に向けたリソース(情報提供)なら びに、IASBメンバーに対する助言を行う。適用が想定される企 業関係が中心メンバー(日本、アメリカ企業関係者は入ってい ない)。• IAA(国際アクチュアリー協会)は、IFRS17における実務的な
インプット情報を基準公表後から提供し、アップデートしてい
問題意識と背景(続き)
エンフォースメント体制の必要性
「IFRSが高品質か否か?」というよりは、各国間におけるエン フォースメント体制が問われるようになってきた。
•
例えば、Christensen et al.(2013)、Brown et al.(2014)、
Preiato et al.(2015)
などは、多国間比較を通じてエンフォース メント体制が、財務報告の質に与える影響について検証してい エンフォースメント(enforcement)とは?る。•
法律、規制がどの程度、準拠して適用されているのか(正しく 適用されているのか)という事を表す際に使われる。問題意識と背景(続き)
• 2018年11月に、IASBはIFRS17の発行日を1年延期することを
提案し、延期されることになった(IFRS9の適用の一時的免除 も2022年まで延長)• *財務報告作成者の準備不足やIFRS17の修正を行うための公開
草案を公表するために延期。
• 2019年6月に、IFRS17の内容を一部修正する公開草案を公表。
•
適用を巡っての実務上の調整がまだ続いている状況にある。IFRS17における保険負債の構成要素
リスク調整
期待キャッシュ・フロー の見積もり
契約上のサービスマージン
(CSM)
割引率 履行キャッシュ・フローの現 在価値(以下、履行
CF
)=最良推定負債、
予想保険金支払額 保険契約の将来利益=保険
契約期間で定額法により認 識する
・保険負債の売却価格(出口価値)ではなく、保険契約履行時 の現在価値で測定する。
・将来の収益部分と、リスク調整部分とを明確に切り分けてい るのが特徴。
IFRS 17の適用の意義
• IFRS 17は、暫定基準であるIFRS4を置き換える基準。
•
現行の基準においては、各国間の会計処理が多様で比較するこ とは困難であった。IFRS4は①異常危険準備金や平衡準備金の 負債として計上の禁止②負債十分性テストの実施③情報開示な どを定めただけで、各国の基準に従って処理することとされて いる。•
自主的開示としてはEV(エンべディットバリュー)などが普及 しているものの、他業種との比較は困難。•
財務会計のルールの中で、保険負債の会計処理方法が定められIFRS17に対する期待
• IASBの議長であるHans Hoogervorst氏は、IFRS17について次
のように述べている。https://www.ifrs.org/news-and-events/2017/05/video-iasb-chairman-hoogervorst-introduces-ifrs-17/
IFRS17に対する期待
『保険産業は、グローバル経済において重要な役割を担っている。
それゆえ、マーケットの参加者に対して保険者がどのような財務 的な活動を行っているかを表す質の高い情報は、きわめて重要で ある。IFRS17は、現行の多様な会計アプローチを、投資家、そ の他の関係者に比較可能で、最新の情報を提供するシングルアプ ローチに置き換えるものである。』
IFRS17に対する期待
• EIOPA(European Insurance and Occupational Pensions Authority:欧州保険・企業年金監督局)はIFRS17について次
のような分析をおこなっている。『IFRS17は、保険負債に関するリスク志向で、かつ現在価値を 通じた評価と保険者の収益性に関するより詳細な情報を通じて透 明性に向上することが期待される。』
IFRS17の特徴は、毎期、評価替えを行うことにあるが、長い議
論を経て受け入れられる環境は整ってきた。IFRS17に対する期待とその課題
• IFRS17に関わる各団体(実務団体やEFRAG(European
Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グルー
プ)からも肯定的な意見が出されている。一方で、実務に向け た課題も多数指摘されている。•
例えば、EFRAGは遡及適用に関する課題や年次コホートの要件(annual cohort requirements)についての改善の意見を出して いる。
•
大筋においては同意していても契約の集約レベルの要件や開示 などについてはまだ実務上の課題が存在する。IFRS17に対する期待とその課題
• EIOPAのIFRS17に対する見解:
「IFRS17の概念は複雑で一般の人には、開示情報を含んだその 情報を理解することは容易ではない。財務アナリストとのコミュ ニケ―ションが、実施に向けた取り組みについて重要な部分を住 めるであろう。」
IFRS17で提供される情報が、かなり複雑で理解しがたいものに
なる、という評価は異なる識者からも出されている。IFRS17を巡る次のフェーズ
• IFRS17を巡る会計処理を巡る議論がある程度収束してきた(ま
だ問題はあるものの)。
•
次のフェーズは「どうやって基準を適用し、財務報告を作成す るのか?」、かつ「それをどのように質の高いものにするの か?」という点に絞られてきた。•
つまり、各国における基準実施体制、エンフォースメント体制 が問われてきている。•
基準を作成するまではIASBで、それを高品質なものにする役割 は各国に依拠している、という時代。La Portaらによるエンフォースメント研 究
• La Prota et al.(1998)は、法律とエンフォースメントの関係に着目し、
49か国における投資家保護の法律が、エンフォースメントの質で度
のどのように変化するのか、そして株式の所有割合の変化がどのよ うになっているのかを検証した。彼らの結果を要約すると以下の通 り、①法律のエンフォースメントの質は、スカンジナビア国とドイツが最 も高く、次に、慣習法の国、そして最も低いのがフランスである。
②大陸法(civil law)の国は、慣習法の国よりも投資家に弱い法律上の 権利を付与している。慣習法の国は、株式投資家と債権者の権利が比 較的強い。フランスーが最も弱く、ドイツとスカンジナビア関係国は 一般的にその中間に位置する、など。
La Portaらによるエンフォースメント研 究(続き)
• La Porta et al.(2006)では、証券法がどのように機能してい
るかを検証。•
公的なエンフォースメント(public enforcement)、つまり規制 監督当局による性質や法律を通じての強制的な規制がどの程度 機能しているかを検証し、株式市場におけるベネフィットをも たらすという証拠はなく、情報開示に関する法律や損害賠償 ルール(liability rule)などの私的なエンフォースメント(private enforcement)がベネフィットをもたらすという強い 証拠が得られた、結論づけている。
La Porta et al.(2006)の補足
La Prota et al.(2006)は、監督当局の公的なインフォースメント
の側面を次のような点に焦点を当ている。監督当局の基本的な性格たとえば専門的なスタッフ、政治的な影 響を防ぐようになされているか、また独立した組織かどうか、監 督当局が、委任した組織の意思よりもデュープロセスを重視して いるか、など。
エンフォースメントの研究においては、各国の状況を何らかの形 で指数化(インデックス化)して行われる。どういった変数を取 るのか?という点では議論があろう。(例えば、大日方
(2016))。
企業会計上のエンフォースメントの意味
FEE(Accountancy Europeの前身組織)は、2002年に公表した”
Discussion Paper on Enforcement of IFRS within EUROPE”の
中でエンフォースメントを次のように定義づけている。• “Enforcement is a system to whenever possible prevent, and thereafter identify and correct, material errors or omissions in the application of IFRS in financial information and other
regulatory statements issued to the public.”
『エンフォースメントは、財務情報とその他の公的に発行された 法的なステートメントにおいてIFRSの適用の実質的な誤りまた
企業会計上のエンフォースメントの意味
(続き)
FEE(2002)はエンフォースメントを、高い品質の財務報告を作成するための総合
的なプロセスとその実施と捉え、主要な要素を以下に挙げている。•
企業が財務情報を作成するための内部の状況、内部監査、監督者(監査委員会、監督委員会)による適時のレビュー
•
企業内における適切な財務報告を作成するためのプロセス。•
外部監査ならびに外部のレビュー、適切な質を保証するための効果的なエン フォースメント団体•
エンフォースメントを支援する上場規則を伴う証券市場•
高い財務報告の質にコミットする支援者、助言者、投資家•
明確な倫理観をもち、適切な財務報告の発行を支援する投資家、アナリスト、格 付け会社。監督当局(エンフォースメント団体)による監督の要素も入っているものの、多 くの要素はLa Porta et al.(2006)でいうところのPrivate Enforcementの領域。
IFAC Questionnaire(参考)
124. Does any organization of professional accountants/auditors organize a program of quality assurance review to monitor
compliance with accounting, reporting and auditing requirements?
If YES, briefly describe the monitoring and enforcement mechanism.
125. Under what authority does the organization conduct the program of quality assurance review?
126. Who performs the review (e.g., one firm reviewing another firm, staff from the national professional organization, contractors, or a combination of these)?
Section 10 I – Investigation and Discipline
127. Is there a process for investigating and disciplining the
エンフォースメントに関する情報提供
• ESMA( European Securities and Markets Authority:欧州証
券市場監督局)は定期的に各国におけるエンフォースメント活 動における状況を報告している。• ESMAは、金融危機を背景に2011
年に欧州の金融監視システムとして,CESR の任務を引き継いだ。CESR と比べてより広い コンポーネントを有し,法的に直接的な効力を持つ規制基準と 履行基準を公布することができるEU 法人として創設された。
•
この辺りのことは佐藤(2019)が詳しい。IFRSエンフォースメント研究
• Brown et al.(2014)、 Preiato et al.(2015)
:監査と会計のエン フォースメント状況に着目した多国間比較の検証を行っている。•
こうした研究ではFEE(Federation of European Accountants、現在のAccountancy Europe)やIFAC(the International
Federation of Accountants:IFAC)のエンフォースメントに
関する情報をインデックス化して用いている。•
一連の研究で明らかになったことは、各国におけるIFRSの適用 状況が相当異なるということ、高品質な情報を生み出すために は高いエンフォースメントが必要になる、ということ。個別の会計事象でも・・・
• Glaum et al.(2018):
IFRS適用後のデータを用いて「のれん」の減損の実態を検証し
ている。その結果として、各国のエンフォースメントが強い国と そうでない国で「のれん」の減損の実態に差があることを明らか にしている。つまり、「エンフォースメントが弱い」国において は減損が遅れる傾向にある。IFRSエンフォースメント研究からの示唆
High qualityな情報が提供されるかは各国次第?
•
原則主義であるIFRSにおいてはエンフォースメントの程度が会 計情報の品質にも関わってくる?•
裁量が強い基準であればあるほど、エンフォースメントに左右 される可能性が高い、とも考えられる。•
今後は、会計基準とエンフォースメントの相互的な作用に着目 し、エンフォースメントを高められるような会計基準の設定と いうのも求められる可能性もある(エンフォースメントでカ バーできる領域と会計基準が担うべき領域との区分も重要)。IFRS17適用において重要になるのはアク チャリーか?
•
数理上の計算においてはアクチュアリーが担う点が多くなると 想定される。• IFRS17の適用後、実務上の多くのインプット情報を
IAA(International Actuarial Association:国際アクチュアリー
会)は提供している。• IAAとIASBは相互の活動をについての支援と適切なインプット
情報の提供についてのMoUを2012年に締結している。
他の団体においては?
•
外部団体としてはIAA⇒実務上のインプット情報を提供してい る。他の団体においては、どうか?
•
解釈や意見(監査団体、監督団体⇒IFRS17の理解可能性を高め るための取り組みを加速させている。)•
個々の国においても(オーストラリア、カナダ、イギリス)で は、各国のアクチュアリーの業界団体内において、IFRS17の評 価方法(基準に準拠して保険債務を見積もる方法やその課題)について議論が行われている。
IFRS17のエンフォースメントの特徴
•
他の基準と比べると、アクチュアリーが担う点が多い。IAS19(従 業員給付、退職給付に関する会計)と同様。• IFRS17に準拠した財務報告の作成を担えるアクチュアリーの育成が
重要になる。かつ、そのアクチュアリーの業務を理解できる監査人 も必要。公認会計士が最終的に財務報告の監査責任を負っているこ とには変わりない。
•
日本でも退職給付会計適用後、アクチュアリーが財務報告に係る機 会が多くなり、会計に係るアクチュアリーの数が増加(具体的には、監査法人内で雇われるアクチュアリーの数も多くなった)。
• 2015年の会計・監査ジャーナル(vol.27(No.4))でも、日本アクチャ
リー会理事長と日本公認会計協会会長との対談の中で、今後の連携 の重要性が、IASBの保険会計の適用を念頭に語られている。IFRS17を巡る今後の展開
• 2022年の適用までは(再延期もありうる?)、IFRS17を巡る
実務上の話が主になっていくであろう。各団体における作成プ ロセスの話。
•
基準適用を巡っては、どのようにシンプル化するか、という議 論も残された課題。•
「複雑性」に起因する問題。情報量が多すぎる。恣意性が強い。•
結果として、情報作成に携わる関係者への負担が大きくなる(プレッシャーが大きい)。
*監査人のメンタルヘルスの問題と複雑性に関する問題は今後検
証していくべき課題かもしれない。複雑性がもたらす問題
FASB前議長のHerz氏も、現代の会計基準が複雑になり
すぎていることに警鐘を唱えている。•
受け入れることが出来ない数の項目は、結果として、透明性の欠如をもたらし、財務報告の分析を複雑化さ せる。
•
財務報告システムにおいて見解の相違と異なる実務を 生じさせる。•
会計士の熟練度によってギャップが生じる。Herz(2016,301)
任意適用下でIFRS17をどのように捉えれ るか?
•
強制適用の予定のない日本の問題⇒TRGにも入れなかった。•
そもそも適用を想定していないので、IFRS17は一応みておくという 姿勢。•
日本は任意適用ベースでIFRSの任意適用拡大していくという特 異な状況にある。ある意味ユニークなポジショニングになった。任 意適用企業も拡大中(来年度にはトヨタもIFRS?)⇒自国内に おいて、複数の基準が競争している状況?•
我が国の保険会社においてIFRSを任意適用する動機はない。海外で資金調達をするという動機づけはそれほど強くない。
IFRS適用の動機はどちらかといえば、グループ企業内の財務データの
統一という側面が大きい。またIFRSにおいて有利な基準を採用したい任意適用下でIFRS17をどのように捉えれ るか?
•
基準開発ということにそれほど価値が無くなっていく(今後は マイナーチェンジになっていく?)とすれば、複雑な会計処理 を含むIFRS17のような基準において、どのようにすれば質の高 い財務情報を提供できるのか?というプロセスに注目すべき時 代になっているのではないか?•
任意適用の中で、どのようにエンフォースメント体制を構築す るのか?⇒現状では公式なエンフォースメント体制は日本にお いては構築されていない。•
任意適用がもたらす負の側面にも着目する必要がある。主要参考文献(各基準書については割愛)
• 大日方隆.2016. 「La Porta et al.(1998)の再検討」『商学論究』63(3):227-242.
• 佐藤誠二.2019.「欧州における会計エンフォースメントの現状──ESMA「ピアレビュー報告(2017 年)」を中心に──」
• 『同志社商学』71(1):1-21.
• Brown, P., J. Preiato and A. Tarca,“Measuring Country Differences in Enforcement of Accounting Standards: An Audit and Enforcement Proxy,” journal of Business finance and Accounting, 41(1-2): 1-52.
• Christensen, H. B., L. Hail, and C. Leuz. 2013. Mandatory IFRS reporting and changes in enforcement. Journal of Accounting and Economics 56 (2/3): 147–177.
• EIOPA.2018. EIOPA’s analysis of IFRS 17 Insurance Contracts
• European Securities and Markets Authority(ESMA).2018.Enforcement and Regulatory Activities of Accounting Enforcers in 2017
• Fédération des Experts Comptables Européens(FEE). 2002. Discussion Paper on Enforcement of IFRS within EUROPE
• Glaum, M., W. R. Landsman, R. and S.Wyrwa.2018 Goodwill Impairment: The Effects of Public Enforcement and Monitoring by Institutional Investors, The Accounting Review 96(6):149-180.
• Herz, Robert. More Accounting Changes: Financial Reporting through the Age of Crisis and Globalization . Emerald Group Publishing Limited. Kindle 版.
• La Porta, R., F. Lopez-De-Silanes, and A. Shleifer. 2006. What works in securities laws? Journal of Finance 61 (1): 1–32.