政治経済学 I
——7. 剰余価値の生産 ——
7.1 不変資本と可変資本
すでに見たように、資本のもとに利潤が発生するためには、剰余労働が行われていなければなら なかった。剰余労働とは、労働者(とその家族)の生存に必要な生活手段を生産するのに必要な労 働時間(必要労働)を超えて行われる労働のことである。資本主義においては、労働力の価値は 必要生活手段を買い戻しうるような水準に決まるが、資本は購入した労働力を使用することによっ て、労働力の価値を上回る価値を手に入れることができるのである。
このようなことが可能であるのは、労働力という商品が本源的な弾力性を有しているからであ る。資本は生産のために生産手段と労働力を購入するのであるが、生産手段と生産物の間には技術 的な確定性があるため、(他の条件が変わらないまま)生産規模を拡大あるいは縮小すれば、生産 物(の価値)の増減に応じて生産手段(の価値)も増減するという比例的な関係が見られる。一 方、労働力の場合、労働力が生み出す価値と労働力の価値との間には、生産手段(投入)と生産物
(産出)の間にあるような技術的な確定性はない。労働時間が延長あるいは短縮され、労働力が生 み出す価値が変化したからと言って、労働者の消費する生活手段の量がそれに応じて増減するわけ ではないからである。このように、労働力商品には、本源的な弾力性があるのである。
生産のために投下される資本のうち、生産手段に支出される資本部分は、その価値の大きさを変 えることなく、生産物にそのまま移転される。このことから、この部分は不変資本(cで表わす)
と呼ばれる。一方、労働力に投じられた資本部分は、生産を通じて、その価値が変化する。すなわ ち、労働力の価値以上の(場合によっては労働力の価値以下の)価値を生み出すことができる。こ のため、労働力の購入に充てられる資本は、可変資本(vで表わす)と呼ばれる。また、労働力に よって新たにつくり出された価値を新価値と言うが(これに対し生産物に移転された生産手段の価 値を旧価値と言う)、このうち、労働力の価値を超える超過分を剰余価値(mで表わす)と言う。
補論 剰余価値と付加価値( GDP )
剰余価値とマクロ経済学等で学ぶ付加価値は似て非なる概念である。付加価値は、生産額から 中間投入額(不変資本に相当)を引いたものであり、そこには、剰余価値だけでなく、可変資本も 含まれている点に注意が必要である。また、付加価値を表すもっとも代表的な指標に国内総生産
(GDP)があるが、所得分配の分析に際しては、固定資本減耗や海外との所得の受け渡し、間接税・
補助金の調整がなされた、要素費用表示の国民所得(NI)を用いるのが適切である。NIは、雇用 者報酬、企業所得、財産所得の3つに分配されるが、このうち、雇用者報酬は可変資本vに企業所 得+財産所得が剰余価値mに概ね相当する。
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7.2 剰余価値率
資本主義においては、労働力によって新たに作り出される価値(新価値)は、労働者と資本と の間で分配される。この分配の割合は、可変資本と剰余価値の比率、すなわち、剰余価値率 m
v に よって表わされる。
また、剰余価値率は必要労働と剰余労働の比率(労働力の搾取度)に等しい。すなわち、社会の 総労働時間をT、労働者の生活手段の物量をB、生活手段1単位に対象化された労働時間をtとす ると、
m
v = T−Bt Bt となる。
7.3 剰余価値率の増進
必要労働と剰余労働の比率を表わす式は次のように変形できる。
m
v =T −Bt Bt = T
Bt −1
剰余価値率は、T、B、tの三つの要因によって規定されるが、この式からそれぞれの要因が剰 余価値率に及ぼす影響を見て取ることができる。すなわち、いまかりにBが一定であると仮定す ると1、
• Tの増加
• tの減少
の2つの方法によって剰余価値率を増進させうることが分かる。
7.3.1 絶対的剰余価値の生産
Tの増加、すなわち、労働時間の延長(または労働の強度を高めること)によって剰余価値率を 上昇させることを絶対的剰余価値の生産と言う。この方法は、労働力商品の本源的弾力性、すなわ ち、労働力の価値とそれが生み出す価値との間の関係の弾力性に基づいている。
もっとも、労働時間の延長や労働の強化には、物理的・生理的限界に加え、社会の規範や習慣の ような歴史的・文化的限界がある。そのため、この方法による剰余価値率の増進は、決して無際限 に行いうるものではない。
7.3.2 相対的剰余価値の生産
生活手段に対象化された労働時間tを減少させるためには、生産方法の改良によって、労働生産 性を高めてやればよい。このような剰余価値率の増進方法を、相対的剰余価値の生産と呼ぶ。
ここで注意すべきなのは、相対的剰余価値の生産は、個別資本にとっては、あくまで意図せざる 結果であるということである。個別資本は、相対的剰余価値の生産のためではなく、自分が得られ
1このような仮定は恣意的なものに見えるかもしれない。確かに、労働者の生活水準は不変のものではないが、その変 化には長い時間がかかるものであり、それゆえ、短期的には、労働者の生活手段の物量Bは一定と見なすことができるの である。
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る特別の利潤を求めて生産方法の改良に努めるのであるが、結果的には、社会全体の剰余価値率を 上昇させるのである。
また、生活手段部門の生産性を高めることによってだけではなく、生産手段部門の生産性を高め ることによっても、生活手段に対象化された労働時間を短縮することができる。いかなる部門の生 産方法の改良も、社会の剰余価値率の上昇につながるのである2。
2但し、生産手段にも生活手段にもならない商品、すなわち、奢侈品における生産性の上昇は、例外的に剰余価値率に影 響しない。
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