Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
知覚過敏の患者さんで処置をしても改善がみられない場 合はどうすればよいでしょうか?抜髄処置しかないので しょうか?
Author(s) 村松, 敬
Journal 歯科学報, 122(3): 366‑368
URL http://hdl.handle.net/10130/5980 Right
Description
はじめに
日常の臨床で象牙質知覚過敏症はよくみられる 疾患です。一過性ではありますが痛みが鋭いため患 者さんが気になり来院されることは多いです。一般 的には知覚過敏処置を行うことにより症状は軽減,
消失していくことが多いのですが,奏功しないこと もあります。
本項では症状の発生,処置の基本を説明した上 で,治療が奏功しない場合に確認すべき事項を述べ たいと思います。
象牙質知覚過敏症の発生に対する基本的考え方
象牙質知覚過敏症とは露出した象牙質に加わっ た擦過,乾燥,温度変化,浸透圧の変化,あるいは 化学的外来刺激によって一過性の鋭い痛みが誘発さ れ,その刺激を取り除くと痛みが直ちに消失する状 態をいいます。一般的な象牙質知覚過敏症(原発性 象牙質知覚過敏症)は歯頸部や露出した根面にみら れ,歯種では上顎犬歯,下顎前歯部,小臼歯に多く みられます。では歯頸部や根面,そして上記の歯種 にみられるのはどうしてでしょうか?歯頸部はエナ メル質が菲薄で咬合力によるアブフラクションや亀 裂が生じ,これに歯ブラシによる摩耗や酸蝕が加わ ることでエナメル質が剝離して象牙質が露出しま
す。したがって歯頸部や露出根面,そしてくさび状 欠損を生じている歯種にみられやすいということに なります。象牙質が露出することで象牙細管内の水 分移動が生じ,これにより自由神経終末が刺激され ることや象牙芽細胞自体が水分の動きを受容するこ とに起因して痛覚が発生すると考 え ら れ て い ま す1,2)。
処置の基本的考え方
象牙質知覚過敏症に対する処置の基本的な考え 方を図1に示します。
処置の基本的な考え方として,1)感覚の鈍麻
臨床のヒント
Q&A
保存修復系
Q&Aコーナーは,東京歯科大学の3病院の臨床研修歯 科医から寄せられた質問に対しての回答です。回答は本 学3施設の専門家にお願い致します。内容によっては基 礎や臨床,あるいは歯科や医科と複数の回答者に依頼す る場合もあります。毎号掲載いたしますので,会員の皆 様もご質問がございましたら,ぜひ東京歯科大学学会ま でeメールかファックスで依頼していただきたいと存じ ます。必ずご期待に添えることと思います。今号は象牙 質知覚過敏症への対応に関する質問です。
Question
知覚過敏の患者さんで処置をしても改善がみられない場合はどうすればよいでしょうか?抜髄 処置しかないのでしょうか?
Answer
図1 象牙質知覚過敏症に対する処置の基本的な考え方 366
―120―
(閾値の上昇),2)象牙細管内のタン パ ク 質 凝 固,3)象牙細管の封鎖があります。1)では硝酸 カリウムが配合されている象牙質知覚過敏用歯磨剤 で患者様によるセルフケアがとられます。2)では グルタールアルデヒド配合知覚過敏抑制材を用いま す。3)についてはシュウ酸(スーパーシール5 秒,モリムラ),リン酸とフルオロアルミノシリ ケートガラスの混合液(ナノシール,日本歯科薬 品)などの象牙質知覚過敏抑制材の塗布やコンポ ジットレジンやグラスアイオノマーセメントの充塡 があり,最も多く行われる処置です。耐酸性強化の ためフッ化ナトリウムを塗布することもあります。
知覚過敏抑制材を用いるのは肉眼的に実質欠損がみ られない,またはあってもごくわずか(0.5mm 未 満)なときに行います。実質欠損が0.5mm 以上の 場合には修復処置を行います。
1.効果がない場合には?(その1)
いただいたご質問には「知覚過敏の患者さんで フッ化物塗布の処置をしても改善がみられない患者 さんに,あまりコンポジットレジン処置を行わない のはなぜでしょうか?」というのがありましたが,
フッ化物塗布をしていたということは実質欠損がほ とんどない場合と推測されますので,この場合には コンポジットレジン修復の対象にはなりません。他 のやり方で物理的に刺激を遮断するボンディング材 塗布というのがありますが,この場合にはボンディ ング材が歯肉縁部で溜まってしまうと清掃性が悪く なり,歯周病を誘発することや悪化させることにつ ながるので注意して使用してください。
またフッ化物塗布が長期にわたって使用されて いたとすると歯質の耐酸性が向上していることが予 想され,ボンディング材を塗布する際にセルフエッ チングプライマーの効果が若干,悪くなる可能性が ありますので,アクティブ処理のようにしっかりプ ライマーを擦りつけるようにやってからボンディン グ材の塗布をしてみてください。
2.効果がない場合には?(その2)
いただいたご質問には「知覚過敏抑制材塗布や 修復処置をしても改善しない場合は抜髄処置しかな いのでしょうか?」というのがありました。ご質問
の通りで,治療が奏功しない症例はあります。どう しても改善しない場合には抜髄というのも方法のひ とつなのですが,あくまでの最終手段であり,抜髄 の前にもう少し考える必要があると思います。
以下,1)〜4)に考えるべきことを記載しま す。
1)咬合の確認
先にも述べたようにアブフラクションが原因の ひとつと考えられるので,咬合に対するアプローチ も必要になりますが,象牙質知覚過敏症だけに頭が いってしまい咬合を見落としていることもありま す。まずは咬合を確認してみて下さい。咬合が強い 場合には抑制材を使用しても新たなアブフラクショ ンが生じてくることがあります。修復した場合でも 過度なたわみがかかるため辺縁の接着性が悪くなっ たり,新たなアブフラクション,さらには亀裂が生 じる可能性もあります。必要に応じて咬合調整をす ることによって症状が軽減されることもあります。
またブラキシズムなどを有する場合もあるので場合 によっては睡眠時筋電図測定を行った後にナイト ガード,スプリントなどの口腔内装置が必要な場合 があります。
2)飲食物の確認と指導
知覚過敏抑制材を塗布して象牙細管内にシュウ 酸カルシウムなどの結晶を作ったり,象牙質基質の 耐酸性を向上させることができたとしても,酸性の 食べ物や飲み物を好む人の場合,象牙質に脱灰が生 じてしまい,結果として症状が繰り返されることが あります。特に象牙質の場合には臨界 pH が6.0〜
6.5の間であるため飲食物の影響は意外と大きいで す。また口腔清掃状態が悪い場合にも同様に象牙質 に脱灰が起こりますので併せて指導をしてくださ い。
3)使用している薬の確認
薬の副作用として象牙質知覚過敏の症状が出て くる場合があります。
統合失調症などの治療で用いられる抗精神病薬 の一部には副作用として象牙質知覚過敏の症状がで ることがあり3),添付書類に記載されているものも あります。薬によってはアドレナリンの併用が禁忌 となっているものもあるので,安易にアドレナリン 含有局所麻酔薬を使用しないようにしてください。
歯科学報 Vol.122,No.3(2022) 367
―121―
麻酔診を行う際には短時間の検査になりますのでメ ピバカイン塩酸塩(スキャンドネスト)などの使用 も有効だと思います。
また教科書には書かれていませんが,ステロイ ド療法と象牙質知覚過敏症の関係についても報告が あります4)。これによると象牙質知覚過敏の症状が ステロイド投与患者の17.7%にみられ,特にパルス 療法を受けた患者に多くみられたということです。
明確な発生機序は明らかではありませんが,ステロ イド療法により浮腫が起こることを考えると象牙細 管内の水分が移動し,症状が出ている可能性があり ます。よって患者様の全身状態や服薬のチェックも 必要です。
さらに副作用として唾液分泌が抑制される場合 には再石灰化が生じにくくなります。このため,知 覚過敏抑制材を塗布して象牙細管内に結晶ができた としても脱灰されてしまう可能性があります。
4)非歯原性歯痛の可能性を考慮
上記以外にも三叉神経痛や筋・筋膜痛のような 非歯原性歯痛の可能性も考えられます。筋・筋膜痛 では患歯の特定が困難な持続性自発痛であったりす るので歯髄炎と類似していますが,象牙質知覚過敏 の症状が強くなって歯髄炎になったと考えないよう にしてください。このような場合にはペインクリ ニックなど,疼痛を専門に扱っているところに紹介 し,調べていただくことをおすすめします。
まとめ
象牙質知覚過敏症の治療と奏功しない場合につ いて図2にまとめました。象牙質知覚過敏症の多く は歯磨剤や知覚過敏抑制材の使用,修復処置で改善 されるのですが,改善されない場合には他の原因を
見逃している可能性もあるため安易な抜髄は回避し てください。
Answer:村松 敬
東京歯科大学保存修復学講座 文 献
1)Braennstroem M, Astroem A : A study on the mecha- nism of pain elicited from the dentin, J Dent Res,43:
619−625,1964.
2)Shibukawa Y, Sato M, Kimura M, et al. : Odontoblast as sensory receptors : transient receptor potential chan- nels, pannexin−1, and ionotropic ATP receptors me- diate intercellular odontoblastneuron signal transduc- tion, Pflugers Arch,467:843−863,2015.
3)中村広一:抗精神病薬起因の錐体外路症状に由来する顎 口腔領域の臨床症状について,有病者歯医療,14:1−
7,2005.
4)Shoji N, Endo Y, Iikubo M, et al. : Dentin hypersensitiv- itylike tooth pain seen in patients receiving steroid therapy : An exploratory study, J Pharmacol Sci,
132:187−191,2016.
図2 象牙質知覚過敏症の治療と効果がない場合の確認 事項
368 歯科学報 Vol.122,No.3(2022)
―122―