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Title
Bone‑targeted alkaline phosphatase treatment of mandibular bone and teeth in lethal
hypophosphatasia via an scAAV8 vector
Author(s) 池上, 良
Journal 歯科学報, 121(2): 210‑211
URL http://hdl.handle.net/10130/5530 Right
Description
論 文 内 容 の 要 旨
1.研 究 目 的
低ホスファターゼ症(HPP)は,組織非特異型アルカリホスファターゼ(TNALP)遺伝子の変異により生 じる骨系統疾患で,発症時期により病型が分類されている。重症型 HPP の主な臨床所見は,出生時からの骨 の石灰化不全により呼吸不全をきたすため短命となり,口腔内においてもセメント質形成不全による乳歯早期 脱落が認められる。近年 HPP の治療法として,骨親和型 TNALP(TNALP-D10)を用いた酵 素 補 充 療 法
(ERT)が承認された。しかし,ERT で継続的な治療効果を得るためには反復投与を長期に行う必要があ り,さらに注射部位副反応や高額な医療費が問題となっている。これを解決するため,単回投与での治療効果 が期待できる酵素補充遺伝子治療が期待されており,TNALP-D10を発現したアデノ随伴ウイルス(AAV)ベ クターを用いた遺伝子治療により,重症型 HPP モデルマウスにおいて延命効果や骨格の改善が認められるこ とが報告されている。しかし,この治療が顎骨や歯の形成不全にどの程度効果を与えるかについてはまだ不明 である。そこで本研究では,重症型 HPP モデルマウスに対して AAV ベクターを用いた遺伝子治療を行った 際の顎骨や歯の形成不全に対する効果について評価した。
2.研 究 方 法
本研究は,日本医科大学動物実験委員会の承認を得て行われた(承認番号27−107)。重症型 HPP モデルで あ る TNALP ノ ッ ク ア ウ ト(Akp 2−/−)マ ウ ス に 対 し て,出 生1日 後 に 筋 肉 特 異 的 ク レ ア チ ン キ ナ ー ゼ
(MCK)プロモーターにより TNALP-D10を発現する AAV8型ベクター(scAAV8-MCK-TNALP-D10)を筋 肉内に注射し,20日齢と90日齢において下顎骨と歯の評価を行った。比較対象として,野生型と未治療Akp 2−/−
マウスを用いた。エックス線撮影を行い,下顎骨の長径と高径を計測した。また,マイクロ CT 撮影を行い,
第一臼歯の全長,歯根長,セメントエナメル境−歯槽骨頂間距離(CEJABC)を計測し,下顎骨臼歯部を評価 した。また,骨形態計測として骨密度,骨体積比,骨梁幅,骨梁数,骨量間隙を測定し,歯槽骨の形態を評価 した。組織学的評価として下顎骨脱灰パラフィン切片を作成し,H&E 染色とセメント質のマーカーであるオ ステオポンチン(OPN)による免疫組織化学染色を行った。
氏 名
いけ うえ りょう
池 上 良
学 位 の 種 類 博 士(歯 学)
学 位 記 番 号 第 2212 号(甲第1408号)
学 位 授 与 の 日 付 平成30年3月31日
学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当
学 位 論 文 題 目 Bone-targeted alkaline phosphatase treatment of mandibular bone and teeth in lethal hypophosphatasia via an scAAV8 vector
掲 載 雑 誌 名 Molecular Therapy 2018年
論 文 審 査 委 員 (主査) 新谷 誠康教授
(副査) 佐藤 亨教授 村松 敬教授 山本 仁教授 笠原 正貴教授 歯科学報 Vol.121,No.2(2021)
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3.研究成績および結論
未治療Akp 2−/−マウスは出生後3週間以内に死亡するため,90日齢では治療Akp 2−/−マウスと野生型マウス のみでの評価となった。エックス線画像解析より,治療Akp 2−/−マウスの下顎骨長径は未治療Akp 2−/−マウス よりも高値となり,下顎骨の形成不全は scAAV8-MCK-TNALP-D10による治療で改善されるということが示 唆された。マイクロ CT 撮影より,Akp 2−/−マウスの臼歯歯根は20日齢では石灰化が認められなかったが,90 日齢の治療Akp 2−/−マウスでは石灰化の進行が確認できた。また,90日齢の第一臼歯の全長,歯根長は治療 Akp 2−/−マウスは野生型マウスより低値であった。治療Akp 2−/−マウスの骨形態計測は,20日齢では骨密度,
骨量幅,骨量間隙において未治療Akp 2−/−マウスよりも改善が認められたが,90日齢では野生型マウスとの間 に差が認められ,また CEJABC は高値となった。以上の結果から,HPP の歯根や歯槽骨の状態は,正常レベ ルには達しないものの,scAAV8-MCK-TNALP-D10投与による治療により改善効果が示唆された。組織学的 評価から,治療Akp 2−/−マウスにおいて歯槽骨頂の低下や歯根膜の線維芽細胞の配列不整,無細胞セメント質 の部分的な欠如が認められ,歯根周囲の OPN の発現は治療Akp 2−/−マウスでは不明瞭であった。以上から,
scAAV8-MCK-TNALP-D10の治療により歯周組織の改善は不完全であることが示唆された。
通常の TNALP は細胞膜の表面に結合しているのに対し,TNALP-D10は血中を循環するが,scAAV8-MCK- TNALP-D10の投与により血漿 ALP 活性が上昇した。HPP の下顎骨や歯に対しても成長障害や石灰化が改善さ れ,歯の早期脱落のリスクが減少した。将来的には,scAAV8-MCK-TNALP-D10遺伝子治療を ERT に併用す ることにより,ERT の頻度を減らし,HPP 患者の負担を軽減させることが期待される。
結論として,重症型 HPP 患者に対する AAV ベクターを用いた TNALP-D10単回の遺伝子導入により,延命 効果のみならず下顎骨や歯に対しても改善効果が得られ,QOL 向上に寄与することが期待される。
論 文 審 査 の 要 旨
低ホスファターゼ症(HPP)の治療法として遺伝子治療の検討が行われているが,本論文は,アデノ随伴 ウイルスベクターを用いた筋肉へ骨親和型アルカリホスファターゼ単回の遺伝子導入により,下顎骨や歯に対 して治療効果が得られることを報告したものである。
本論文審査では,1)評価を90日齢に設定した理由は何か,また90日齢以降も行うとするとどのようなこと が予測されるか,2)治療効果を更に向上させるためにはどのような方法があるか,3)歯科補綴学分野と本 研究との関わりについて指摘された。これらの質問に対し,1)マウスの下顎骨の成長は70日齢程度で止まる という報告があり,成熟した時点での評価として90日齢が適すると判断したためで,血漿アルカリホスファ ターゼ(ALP)活性の値は投与後に減少傾向にあるため,再び遺伝子治療を行わない場合は硬組織の形成不 全の更なる改善は厳しいことが予想される。2)ウイルスベクターの投与量を増加させ血漿 ALP 活性を上昇 させることや,胎児期からの治療介入について検討されている。3)重症型 HPP の患者が治療により延命効 果が得られたとしても,顎骨や歯の状態が悪いままであると補綴処置が困難となる恐れがあり,補綴方法や更 なる改善効果が得られる治療法について検討していかなければならない。以上の回答が得られた。その他の質 問においても概ね妥当な回答が得られた。更に図表の改善,英文表現方法の誤り,評価法の設定についての追 加事項等が指摘され,審査後に訂正追加された。
以上より,本研究で得られた結果は,今後の歯学の進歩,発展に寄与するところ大であり,学位授与に値す るものと判定した。
歯科学報 Vol.121,No.2(2021) 211
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