II-II 古代日本人の世界賛歌――『古事記』の歌
の表現と和歌の誕生――
著者
マセ フランソワ
雑誌名
日本文化と宗教――宗教と世俗化――
巻
8
ページ
85-96
発行年
1996-03-29
その他のタイトル
II-II Kodai Nihonjin no sekai sanka:
''Kojiki'' no uta no hyogen to waka no tanjo
URL
http://doi.org/10.15055/00003206
H
古
代
日本
人
の
世
界
賛
歌
﹃ 古 事 記 ﹄ の 歌 の 表 現 と 和 歌 の 誕 生 一 づ ζ O 日 O ユ鋤 ∋ oつ ・ ↓● oQ ・ ↓・ ハ﹁ ・ い・ フ ラ ン ソ ワ ・ マ セ公開講演会 文 学 の 分 野 では、 文 学 を 唯 一つの、 客 観 的 な 内 容 に還 元 す る こと は でき な いと いう点 に つい て、 す べ て の人 の意 見 が 一 致 し て いま す。 作 品 が本 物 であ る 限 り 、 内 容 と 形 式 は、 切 り 離 せな い関係 にあ り ま す 。 そ れ が す べ て の翻 訳 を 不 確 か で、 特 に詩 の 翻 訳 の 場 合 、 殆 ん ど 不 可 能 にし て い るわ け です 。 と いう の は、 詩 の最 も本 質 的 な 面 の 一つ は 、 音 楽 性 にあ るか ら です 。 音 、 リ ズ ム 、 ひび き か ら 成 り立 つ 詩 の音 楽 性 は、 少 く と も 、 そ こ に使 わ れ て いる言 葉 の意 味 と 同 じ く ら い の重 要 さを も って い ます 。 広 い 意 味 で の作 品 と 形 式 の物 質 性 と いう こ の分 野 で は、 詩 は言 葉 によ って与 え ら れ た 可 能 性 の極 限 ま で行 く こと が でき ます が、 こ の こと は 、 す べ て の作 品 にも 無 関 係 で はあ り ま せ ん。 他 方 で、 散 文 形 式 の作 品 の場 合 、 そ の形 式 が よ り自 由 に見 え る可 能 性 が あ り ま す が 、 それ でも 、 大 多 数 の作 品 が歴 史 書 、 小 説 、 行 政 書 な ど の、 あ るジ ャ ンル、 あ る モ デ ルに属 す こ と に変 わ り はあ り ま せ ん。 ま た、 こ れ ら の ジ ャ ン ルは、 そ の形 式 と同 じ よう に内 容 に よ っても 定 義 さ れ る わ け で す。 日本 の最 も 古 い文 献 のな か に は、 定 形 に富 ん だ漢 詩 や和 歌 と 並 ん で、 明 確 な モ デ ル に対 応 す る散 文 体 の 作 品 が あ り ま す 。 た と えば 、 ﹃ 日本 書 紀 ﹄ 、 ﹃ 風 土 記 ﹄ な ど が そ れ です。 こ の観 点 か ら言 えば 、 ﹃古 事 記 ﹄ は 問 題 を 呈 し て いま す 。 と いう の は、 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 そ れ が書 か れ た時 代 の中 国 と 日 本 で知 ら れ て いた 、 ど の ジ ャ ン ル にも 組 み 入 れ ら れ な い よ う に 見 え る か ら です 。 ﹃ 書 紀 ﹄ のよ う に史 書 でも な く 、 小 説 や当 時 ま だ知 ら れ て いな か った物 語 の よ う に、 フ ィク シ ョン でも な く、 一 見 し た と ころ 詩 でも あ り ま せ ん。 ま た 、 同 じ よ う な 作 品 の 出 現 を 促 し た 様 子 も あ り ま せ ん。 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 当 時 存 在 し た 百 科 事 典 的 あ る い は、 哲 学 的 な 中 国 の モ デ ルを採 用 す る の でも な く、 出 典 と し て使 わ れ た 作 品 も わ か ら な い の です か ら、 そ れ が神 話 と伝 統 を 寄 せ 集 め た も のだ 、 と言 う こ と も、 問題 の 解 決 には な り ま せ ん 。 詩 、 歌 と の比 較 が殆 ん ど 不 可 能 のよ う に見 え る の に、 こ こ で 私 が提 示 し た い 仮説 は 、 ﹃ 古 事 記﹄ の文 体 と 詩 、 特 に和 歌 と の 間 に は、 強 い類 似 性 が あ る の では な いか 、 と いう も の です 。 そ れ は、 ﹃ 古 事 記﹄ が アイ ヌの ユー カ ラ の よ う に、 韻 文 体 で書 か れ た 可 能 性 が あ る と い う は っ き り し た 理 由 か ら で はな く、 ﹃ 古 事 記﹂ の文 体 が 和 歌 と 同 じ リズ ム、 同 じ 構 造 、 そし てあ る意 味 で同 じ 必 要 性 に対 応 し て いる 可 能 性 が あ る 、 と いう 理 由 か ら な の です 。 こ の仮 説 の提 示 が 恣 意 的 な も の でも な く 、 単 に時 代 の関 連 性 に基 づ い て い る の でも な く 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の形 式 の問 題 を 新 た に 問 い直 す 、 つ ま り 日本 の 文 学 と詩 歌 にお け る、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の位 置 を 問 い直 す 機 会 を 私 たち に与 え て い る のだ と い う こ と を述 べ た いと 思 いま す 。
﹃ 古 事 記 ﹄ と ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 日本 の歴 史 を 、 そ の起 源 か ら 扱 った ﹃ 古 事 記﹂ と ﹃ 日本 書 紀 ﹂ が 、 八 年 の間 隔 を お い て七 一 二年 と 七 二 〇 年 に宮 廷 に献 上 さ れ ま し た 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ と ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ の目 的 は ひと つです 。 つ ま り 、 皇 室 を お こし た 最 初 の祖 先 と さ れ て い る天 照 大 神 ま で さ か のぼ る こと によ って、 皇 室 の正 当 な 王 位 継 承 権 を 主 張 し よ う と いう も の です 。 こ の記 紀 編 纂 の計 画 は、 壬 申 の乱 と いう 内 乱 を 経 て初 あ て権 力 の座 に つ く こと の でき た 天 武 天 皇 ま でさ か のぼ り ま す が 、 こ の こと は 、 記 紀 と いう 二 つの作 品 が 存 在 す る こと も 、 文 字 と いう 手 段 に訴 え る必 要 性 が あ っ た こと 、 記 紀 の 間 に存 在 す る 違 いを 説 明 す る にも 、 不 十 分 な の です 。 と いう の は、 最 も 古 い編 年 記 と し て頻 繁 に 一 緒 に引 用 さ れ な が ら 、 古 い 伝 統 と いう 共 通 の素 材 の取 り 扱 い方 が 、 詩 と 歴 史 書 と の間 ほど エ にも 、 ﹃ 日本 書 紀 ﹄ と ﹃ 古 事 記﹂ では、 異 ってい る か ら です。 一 見 す る と 、 ﹃ 古 事 記 ﹂ は貧 弱 な印 象 を与 え か ね ま せ ん。 三 十 巻 か ら 成 る ﹃ 日本 書 紀 ﹄ と 比 べ て、 与 え ら れ た 素 材 であ る 日 本 の 歴 史 の 一 部 分 し か 扱 わ な い 三 巻 の構 成 を 、 ﹃ 古 事 記﹂ は と って いま す。 ま た 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の記 述 は 、 五 世 紀 末 の顕 宗 天 皇 の統 治 で終 わ り 、 そ の後 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ 完 成 の ほぼ 一 世 紀 前 の 推 古 天 皇 の 統 治 ま で 、 単 に皇 室 の系 譜 が 続 い て いま す 。 そ れ に 対 し て、 ﹃ 日本 書 紀 ﹂ の場 合 は、 そ の完 成 と 書 紀 の扱 う 最 後 の 年 代 と の間 に は、 二〇 数 年 の隔 た り が あ る にす ぎ ま せ ん。 ﹃ 古 事 記﹂ の場 合 、 ﹃ 日本 書 紀 ﹂ と 違 って、 各 天 皇 の統 治 を 用 いた 区 切 り 方 は厳 密 で はな く 、 神 武 天 皇 や 応 神 天 皇 の場 合 の よ う に、 あ る天 皇 の死 後 も そ の記 述 が 続 いた り 、 息 子 であ る倭 建 命 の影 にか く れ て、 殆 ん ど 記 述 のな い景 行 天 皇 の場 合 の よう に、 あ る 天 皇 の 一 生 が 殆 ん ど 付 け 加 え 的 にし か 扱 わ れ な い こと が あ り ま す 。 他 方 で は、 中 国 の正 史 の基 準 に比 べ ても 、 一 番 重 要 な 欠 点 は、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の な か に は、 天 皇 の死 な ど の幾 つ か の年 代 が 用 いら れ て い る にす ぎ な い の です 。 そ の上 、 特 に下 巻 で は、 大 陸 と の交 渉 な ど に関 す る、 ﹃ 日 本 書 紀 ﹂ のな か に記 され て い る 多 く の重 要 な 出 来 事 が 省 略 さ れ て いま す 。 こ の こと は、 記 紀 のな か の崇 神 天 皇 や 仁 徳 天 皇 な ど に つい て の記 述 を 比 較 す れ ば 、 す ぐ わ か り ま す 。 こ の 問 題 に関 し て 、 ﹃ 古 事 記﹂ の献 上 相 手 で あ っ た 元 明 天 皇 が 熱 烈 な 仏 教 信 者 であ っ た の に、 ﹃ 古 事 記 ﹂ の な か で仏 教 への言 及 が 一 度 も な さ れ て いな い こと は、 大 変 示 唆 的 だ と 思 わ れ ま す 。 仏 教 の導 入 と いう 、 八 世 紀 の 日本 の社 会 に と って の重 要 な 出 来 事 は、 全 体 的 にす べ て の近 い過 去 の出 来 事 に関 心 のな い ﹃ 古 事 記 ﹂ の編 纂 者 た ち の計 画 に は、 入 って いな か っ た の です 。 そ し て、 用 いら れ て い る言 葉 、 と いう ﹃ 古 事 記 ﹄ の最 後 の弱 点 が あ り ま す 。 ﹃ 日本 書紀 ﹄ に用 いら れ て い る華 美 な 中 国 語 に
公 開講 演会 比 較 す ると 、 ﹃ 古 事 記 ﹂ の記述 に 用 い ら れ てい る言 葉 は、 不 器 用 に見 え ま す 。 それ は 、 実 際 に、 日本 語 の言 い回 し を 最 大 限 に 用 いよ う と し て い る混 種 語 です が 、 中 国 文 学 に憧 れ 親 し ん で い た 人 々 にと って、 ﹃ 古 事 記 ﹄ を 読 む こと が 難 し か っ た こと に、 変 わ り はあ り ま せ ん 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ と いう 何 か それ で は、 ﹃ 古 事 記﹂ は 、 編 纂 当 時 の出 来 事 に応 え る 、 と い う 意 味 し か も た な い の でし ょう か 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ の序 の中 で表 明 され て い る、 明 ら か に政 治 的 な 意 味 あ い は、 天 武 天 皇 、 も っ と 一 般 的 に は皇 室 の覇 権 を 保 証 す る、 と いう 唯 一つの目 的 のた め にな され た 、 事 実 の歪 曲 と で っ ち あ げ と 同 じ も のと さ れ て いま す 。 た だ し 、 それ が 事 実 であ っ た と す れ ば 、 同 じ 目 的 のも と に、 教 養 語 であ る中 国 語 で書 か れ ると いう 、 当 時 の エリ ー ト のた あ に大 き な 利 点 を も って いた ﹃ 日本 書 紀 ﹄ を 編 纂 す る必 要 は 、 わ か ら な く な り ま す 。 そ うだ とす れば 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 よ く でき て い る思 想 宣 伝 の本 で さ えも な いわ け です 。 ただ 一 つの、 連 続 し た記 述 を す る ため に、 異 っ た 神 話 や 伝 統 か ら、 唯 一つの異 本 を 提 供 す る こと で、 ﹃ 古 事 記 ﹂ は 二 つの タ イ プ の 批 判 に身 を さ らし てい ます 。 それ は、 一 つに は そ の記 述 が本 当 の 意 味 で 直 線 的 でな い こと で す 。 ﹃ 古 事 記 ﹂ の註 釈 者 た ち は 、 長 い間 、 出 雲 神 話 の説 明 の問 題 に苦 心 し てき ま し た 。 と いう のは 、 こ の出 雲 神 話 は 高 天 原 神 話 か ら 一= 一 ギ の天 孫 降 臨 神 話 へ と 無 理 な く 続 い て いる 記 述 の、 論 理 的 展 開 を 中 断 す るよ う に見 え る か ら です 。 応 神 天 皇 の統 治 の最 後 に つ け 加 え ら れ て い る 天 の 日矛 な ど の話 は 、 話 の進 行 上 、 何 の必 要 性 も な く 、 さ ら に 一 層 余 分 に付 け 加 え ら れ た 感 じ を 、 私 た ち に与 え ま す 。 他 方 で、 ﹃ 古 事 記 ﹂ の 記述 上 の 一 貫 性 の欠 如 は、 た び た び 問 題 と さ れ てき ま し た 。 例 え ば 、 イ ザ ナギ 一 人 か ら 誕 生 し た ス サ はは ノ ヲは 、 妣 の国 、 根 の国 へ 行 き た が り ま す が 、 ま た 、 そ こ で使 わ れ て いる 漢 字 は 、 死 んだ 母 親 を 意 味 す る漢 字 な の です 。 ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ の本 文 は 、 こう い っ た 論 理 的 難 し さ を 上 手 に避 け て い ま す 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ の現在 存 在 す る上 中 下 巻 の 分 け 方 に従 って、 私 た ち は 三 つの タイ プ の作 品 を 読 む こと が でき ま す 。 最 初 の神 話 的 上 巻 で は、 神 話 だ け が 存 在 し て い て、 人 間 と の関 係 は間 接 的 で す 。 中 巻 は、 いわ ば 叙 事 詩 体 と 言 え ま す 。 ヤ マト タ ケ ル の命 の 姿 に代 表 さ れ る、 英 雄 の時 代 を 描 い て いま す 。 下 巻 は、 記 述 の 大 多 数 が 歌 の支 え と し て の役 割 し か 果 た さ な い、 歌 物 語 の よう に見 え ま す 。 これ ら 三 巻 に は、 多 く の場 合 、 三 巻 それ ぞれ に、 神 話 の専 門 家 、 歴 史 家 、 文 学 の専 門 家 と いう 三 つの タ イ プ の専 門 家 が関 心 を 示 し て い ます 。 こ の よう な 状 況 で、 こ れ ら の アプ ロー チ の うち の 一 つ 、 つ ま り ﹃ 古 事 記 ﹂ の 一 部 分 だ け が こ の上
も な く 熱 心 にと り あ げ ら れ る こと が 多 い のが 実 情 です 。 と は言 っても 、 ﹃ 古 事 記 ﹂ は、 江 戸 時 代 に いわ ば 再 発 見 さ れ てか ら 、 厳 格 な 国 学 者 ば か り で はな く 、 多 く の読者 を 引 き つ け てき ま し た。 ﹃ 古 事 記 ﹂ か ら発 散 し て い る魅 力 を 理 解 す る に は、 私 の 考 え では、 効 果的 な方 法 と し て、 そ の 対 象 のす べ て 、 つ ま り ﹃ 古 事 記﹄ を 一つの 作 品 と し てそ の 全 体 を取 り あげ る べき だ と 思 いま す。 っ ま り、 ﹃ 古 事 記 ﹂ を 、 内 的 統 一 性 を も つ 、 完 成 し た作 品 と見 る わ け です。 こ の 統 一 性 を浮 き上 が ら せ る た め に、 私 は構 造 と いう概 念 を 用 いま し た。 こ の 構 造 と いう言 葉 は今 は フ ラ ン ス で も 日本 でも、 も う流 行 では な く な ってい ます が、 私 は レヴ ィ スト ロー スが 与 え て い る の と非 常 に近 い意 味 で、 ﹃ 古 事 記﹄ の 構 造 と い う こと を確 か に論 じ る こと が で き る と思 い ま ヨ す 。 古 事 記 の構 造 少 し注 意 深 く ﹃ 古 事 記 ﹂ を よ む こと に よ って 、 神 話 や伝 統 、 歌 謡 の韻 律 学 に親 し ん で い た人 々 に は、 明 ら か であ った はず の、 す ぐれ た 一 慣 性 や微 妙 な 対 応 の か け ひき を 、 私 たち は、 そ こ に 読 みと る こと が でき ま す 。 一 見 し た と こ ろ で は、 こ の種 の主 張 は根 拠 が な い よう に見 え るか も し れ ま せ ん。 けれ ど も 、 こ の 主 張 は、 ﹃ 古 事 記 ﹄ と いう 作 品 の外 にあ る 過 程 か ら出 てき た も の でも 、 十 分 な 考 察 を 行 わ ず に出 てき た も の でも あ り ま せ ん。 十 五 年 ほ ど 前 に、 ﹃ 古 事 記 ﹄ と ﹃ 日本 書 紀 ﹂ の記 述 に認 め ら れ る 三 つのま と ま り に つい て の エ ッセ ーを書 き ま し た。 大 林 太 良 先 生 や 三 品彰 英 の研 究 によ っ て既 に 解 釈 が進 め ら れ て いた火 や光 の 中 で の 出 現、 海 辺 で の誕 生 な ど の いく つ か の テー マ の 繰 り返 し は、 私 に 、 日本 神 話 のな か には、 同 一 の 構 造 にも と つ い て つ く ら れ た、 私 の 言 う神 話連 続 と いう ま と ま り を も っ た単 位 が あ る の では な いか、 と いう考 え を想 定 さ せ ま し た。 秩 序 の 出 現 を語 り、 火 の 中 で の誕生 で 終 わ る第 一 の 部 分 に は、 海 辺 での誕 生 で 終 わ る他 界 への 旅 を描 写 す る第 二 の 部 分 が対 立 し てい ます 。 そ し て 第 三 の 部 分 には、 第 一 の部 分 を呼 応 し てい る征 服 と い う特 徴 が読 み と れ る の です。 す な わち ニ プ ラ ス 一 と い う形 な の で す 。 そ こ で 、 私 は次 の 段 階 と し て 、 同 じ 仮 説 に立 ち な が ら 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ と い う 一つの 作 品 全 体 を 読 む、 と い う試 みを 行 い ま し た。 この機 会 に私 は、 中 巻 が、 上 巻 と そ の神 話 連 続 の構 造 と直 接 照 ら し合 せ る こと な し に 理 解 で き る ことを 、 明 らか にし ま し た。 結 局 、 上 巻 の 内 容 は、 中 巻 の中 で 用 い ら れ て い る テ ー マのヴ ァリ エー シ ョンに よ って 、 だ んだ ん明 ら か にな って い った の です 。 それ は、 例 えば 木 の花 ら の佐 々夜 毘 売 と 沙 本 毘 売 、 あ る い は本 牟 智 和 気 と 須 佐 の男 、 ま た は神 功 皇 后 と 伊 耶 那 岐 を 比 較 し て みれ ば 明 ら か にな り ます 。 はじ め に私 は、 歌 謡 が ふ ん だ ん に用 いら れ 、 し か も 神 話 色 の
公開講演会 あ る出 来 事 が含 ま れ て い な い、 と い う 理由 か ら、 他 の 二巻 と 非 常 に 異 っ た特 徴 を も つ 下 巻 に、 上 中 巻 に試 み た と同 じ分 析 が可 能 だ と は思 ってい ま せ ん でし た。 と ころ で 、 神 話 連 続 の中 に み ら れ る 左右 対 称 の 関係 に よ って 結 び つ け ら れ てい る 二 つ の部 分 と 、 最 初 の 部 分 を 呼応 し て いる も う 一つ の部 分 の存 在 か ら、 私 は 、 神 話 連続 の間 にみ ら れ る のと 同 じ 関係 に あ る、 よ り大 き な サイ ク ル (神話群) の存 在 を 想 定 し ま し た 。 つ ま り 、 神 話 連 続 、 そ れ を さ ら にま と め る サ イ ク ル、 そ し て ﹃ 古 事 記﹄ 全 体 と い う 三 つの段 階 で、 三 つの要 素 か ら 成 る 構造 を 内 に も つ ﹃ 古 事 記﹄ の全 体 が 現 わ れ た わ け です 。 す な わ ち 、 最 小 の 単 位 であ る神 話 連 続 の構 造 と ﹃ 古 事 記 ﹂ 全 体 の構 造 と が 一 致 し て いる と いう こ と です 。 こ の分 析 の初 め の段 階 で、 私 は 、 天 地 が ま だ 未 分 化 な 時 代 か ら 顕 宗 天 皇 のよ う に、 完 全 に人 間 の天 皇 と な る時 代 へ と 続 く 記 述 を 展 開 し て い る、 新 し い研 究 対 象 に直 面 し ま し た 。 こ の記 述 は、 直 線 的 でも 、 平 坦 でも 、 単 調 でも な く 、 リズ ムを 伴 って い る の です 。 そ の上 、 ﹃ 日本 書 紀 ﹄ の よう に、 未 来 に向 か って開 く必 要 のあ る歴 史 書 と は反 対 に、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の記 述 は、 閉 ざ さ れ た か たち 、 つま り そ れ以 上 先 に続 け る こと が でき な い作 品 、 と し て 現 わ れ て き ま し た。 実 際 に ﹃ 古 事 記 ﹂ に は、 ﹃ 続 古 事 記 ﹄ は 存 在 し ま せ ん し 、 特 に 近 い 過 去 の出 来 事 に関 心 を 示 さ な い ﹃ 古 事 記 ﹄ に は、 続 き の存 在 す る理 由 が な いわ け です 。 それ は、 ﹃ 古 事 記 ﹄ が 、 記 述 の対 象 と す る創 始 の出 来 事 し か扱 わ な い か ら であ り、 そ の上 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ が年 代 順 に出 来 事 を書 き連 ね る と い う 構 成 を と って い な い こと か ら も き て い ま す 。 ﹃ 古 事 記﹄ が推 古 天 皇 以後 中 断 さ れ る 理由 を め ぐ る幾 つ か の仮説 は、 現在 の と ころ立 証 が でき な い わ け です。 この よ う に ﹃ 古 事 記﹄ は、 閉 じ ら れ た 形 を も って いま す 。 最 後 の 大 き な サ イ ク ルを締 め く く る顕 宗 天 皇 のあ と 、 物 語 を 続 け る こと は でき な い わ け です。 ﹃ 古 事 記﹂ は、 現 在 に結 び つ く 必 要 を少 し も も って いな い の です。 そ の目的 は 、 私 の考 え では 、 ほ か にあ り ま す 。 最 後 のサ イ ク ル の中 に模 範 的 な 天 皇 を 配 置 し てし ま う と 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ に は、 歴 史 は必 要 では な く な る の で す 。 そ こ で私 た ち は 、 そ のタ イ ト ルふ る こと のふ み が 要 求 し て いる よ う に、 古 い事 が ら だ け を 閉 ざ さ れ た 形 の中 で描 写 す る 、 と い う 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ が要 求 し て い る も の と の合 致 、 と いう こと を 推 測 でき る の です が 、 こ の閉 ざ さ れ た 形 は、 他 の問 題 を 呈 し て い ま す 。 そ の 一つは遠 い過 去 と の関 係 です 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ は 、 神 代 と 最 初 の人 間 の天 皇 を 結 び つ け る物 語 を 、 遠 い過 去 の中 に留 あ る こ と に よ っ て、 過 去 と の関 係 の し方 に新 し い道 を 開 い てい ます 。 こ こ で 私 た ち は、 新 し い全 体 を 作 りあ げ る た あ に、 神 代 が人 間 の 時 代 の 始 ま り に ま で 、 は み出 し てい る よ う な印 象 を受 け ま す。 そ し て こ の 全 体 は、 原初 の 時 代 の 役 割 を果 た し て いる よ う に見
え ま す。 実 際 には、 こ のよ う な制 限 を設 け る こと は、 物 語 を閉 じ る と いう 論 理 に 応 じ た こと か ら生 ま れ た も のだ と考 え ら れ ます 。 当 時 手 に入 れ る こと が 可 能 であ っ た 情 報 全 体 のう ち 、 ﹃ 古 事 記﹄ は崇 神 や 垂 仁 天 皇 の場 合 のよ う に、 省 略 と いう 代 価 を払 いな が ら 、 そ の 一 部 分 し か 用 い て いま せ ん 。 こ のか た ち の論 理 か ら 見 れ ば 、 す べ てを 語 り 、 伝 達 す る の は無 意 味 な わ け です 。 と いう の は、 そ の形 式 そ のも のが 、 情 報 の全 体 と 同 じ く ら い重 要 な意 味 を 提 供 し て い る か ら で す。 こ の こ と は、 こ の 二 つの 要 素 に よ っ て リズ ム付 け を され た物 語 の、 閉 ざ さ れ た 形 、 に つい て の 第 二 の問 題 、 つま り詩 の領 域 にお け る定 形 と 呼 ば れ る形 と の関 係 を 想 定 さ せ ます 。 そ こ で、 こ の問 題 に つい て触 れ た いと 思 い ます 。 ﹃古 事 記﹄ の形 成 私 た ち が リ ズ ムや ひ び き を問 題 に す る場 合 、 音 と同 じ よ う に、 物 語 のイ メー ジ 笹筋 も 同 じ様 な 問題 を も ってい る ことを 考 え て いた だ き た いと 思 いま す 。 これ ま で見 てき た よ う に、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の基 本 的 単 位 は 、 火 の中 で の誕 生 と 海 辺 で の誕生 と い う全 編 で 繰 り 返 さ れ る モチ ー フを 取 り 巻 く 二 つの 結 び つ き の 対 立 に裏 打 ち さ れ た 神 話 連 続 です 。 た だ し 、 こ の繰 り 返 し は、 決 し て 機 械 的 なも の ではあ り ま せ ん。 一 方 で、 左 右 対 称 と対 立 の組 み合 わ せ が 、 反 復 す る モ チ ー フを 変 換 し て 、 異 った テ ー マ の ヴ ァリ エー シ ョン を 作 り出 し てい ます 。 た と えば 、 カ ク ッチ と いう火 の誕生 、 同 じ モチ ー フか ら生 ま れ た コ ノ ハ ナ ノサ ク ヤ ビ メ の 出 産 や サ ホ ビ メ の 稲 城 のな か で の 出 産 、 な ど を考 え て いた だ け れ ば よ いと 思 いま す。 こ の三 つの 要 素 か ら な る構 成 に 支 え ら れ た か た ち に 焦 点 を あ てる と、 これ ま で に 私 た ち が 問題 にし てき た ﹃ 古 事 記﹄ の幾 つ か の 特 殊 性 が わ か り や す く な り ま す。 例 え ば 、高 天 原神 話 と 天 孫 降 臨 神 話 の間 に挿 入 さ れ て いる オ オ ク ニヌ シ の神 話 は 、 大 き な サイ ク ル の最 後 の、 音 楽 で言 う 弱 拍 にあ た ると 考 え ら れ ま す 。 それ で、 リズ ム によ る調 子 づ け と いう 観 点 か ら 言 え ば 、 こ の大 よ み 国 主 神 話 は不 可 欠 な わ け です 。 と いう の は、 こ の神 話 は、 黄 泉 と 高 天 原 と いう 単 純 な 白 黒 の対 立 関 係 か ら 、 根 の国 を 入 れ て他 界 と いう テ ー マ を 浮 き 彫 り にす る、 と いう 役 割 を 果 た し て い る の です 。 別 の言 葉 で言 えば 、 リズ ム の存 在 は、 単 な る直 線 的 記 述 が浮 き 上 がら せ る こと の でき な い要 素 を 、 導 入 す る こと を 可 能 に も て い る の です 。 も う 一 方 で は、 神 話 連 続 の構 造 の強 さ が物 語 の記 述 の展 開 に 従 っ て変 化 す る、 と い う特 徴 があ り ます 。 こ の記 述 の構 造 と論 理 の間 の関 係 で お こ るヴ ァリ エー シ ョンは、 ﹃ 古 事 記 ﹄ のな か で 明 白 に語 ら れ て い た事 が らを 説 明 す る の に、 役 立 っ て い ます 。
公 開講演会 例 え ば 、 ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ は、 崇 神 天 皇 の 時 代 に崇 神 が天 照大 神 を 恐 れ て、 天 照 大 神 と 同 じ 大 殿 に住 ま な い こと を決 あ た、 と 記 し て いま す 。 こ の話 は 、 人 間 の世 界 と 神 の 世 界 を 明 ら か に引 き離 し た こと を 示 し て いま す 。 し か も 、 伊勢 神 宮 の 起 源 と も 関係 の あ る こ の話 は 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の中 に は出 てき ま せ ん。 この 二 つ の 世 界 の断 絶 を 示 す た め に、 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 神 話 の 論 理 に し た が う 物 語 記 述 と 話 の筋 の間 に見 ら れ る ズ レ 、 と い う 別 の手 段 を 用 い て いま す 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ を 、 年 代 順 に続 く物 語 記 述 の連 続 であ る ﹃ 日本 書 紀 ﹄ に比較 でき る 本 、 と し て では な く、 これ ま で見 てき た よ う に、 リ ズ ム によ って構 成 さ れ た 形 が つ く り出 す定 形 の作 品 、 と 見 る こと によ って、 私 た ち は ﹃ 古 事 記﹄ が全 てを 語 る 必要 の な か っ た こと が わ か り ま す 。 こ の仮 説 に立 つこと で、 一つに は、 ﹃ 古 事 記 ﹄ に よ る事 が ら の選 択 は 排 他 的 では な い のだ 、 と 考 え る こと が でき ま す。 そ れ は つ ま り 、 ﹃ 古 事 記﹄ が 語 ら な い事 が ら は切 り捨 てら れ た の で は な く 、 逆 に こ の選 択 は ﹃ 古 事 記 ﹄ 編纂 当 時 の聞 き手 ・ 読 み手 に知 ら れ て いた 伝 統 の全 体 を 前 提 にな さ れ た、 と い う 見方 に立 つこと を 可 能 にし て いま す 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ を定 形 に近 い 作 品 と仮 定 し た場 合 、 第 二 の問題 と し て詩 、 特 に定 形 詩 が 簡 潔 な 形 によ ってあ る事 柄 の 全 体 を表 現 でき る 、 と いう 特 徴 が 問 題 にな り ま す。 こ の 点 に つ い て 私 は、 詩 と の関 連 で言 えば 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の編 纂 者 たち の記 述 方 法 は、 長 歌 や あ る種 の中 国 の詩 の スタ イ ルに対 し て、 和 歌 の創 始 者 た ち の 記述 方 法 に近 い の で は な い か、 と考 え て い ます 。 古 事 記 の 世 界賛 歌 そ こ で 問 題 に な る の は、 ﹃ 古 事 記﹂ の構 造 に認 め ら れ る、 こ の あ る種 の定 形 が、 ﹃ 古 事 記﹂ の、 独 自 で 非 典 型 的 な性 格 を 一 層 強 め る こと に な る、 孤 立 し た現 象 を 意 味 す る の か ど う か、 と い う点 です。 散 文 と の関 係 か ら は、 類 似 性 を さ ぐ る の が困 難 な こと は既 に見 ま し た か ら、 詩 歌 と の関 係 の問 題 が残 る わ け です。 も し も ﹃ 古 事 記﹄ の 記述 形 式 が、 既 に知 ら れ てい る他 の例 に 直 接 結 び つ け ら れ な い と し ても、 だ か ら と言 って 、 そ れ が 何 の 特 徴 も な い、 無 意 味 な も の だ 、 と いう こ と に は な り ま せ ん 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ の記 述 に は、 あ る種 の リズ ムが 存 在 し ま す 。 それ は、 物 語 記述 の 、 あ る種 の配列 の 理解 を助 け てい た、 一 言 で 言 え ば、 存在 理由 のあ る リ ズ ムだ、 と考 え ら れ ま す。 これ 以 上 に仮 説 を 推 し進 め る こと は危 険 です が、 ﹃ 古 事 記 ﹄ が も ってい る この ザ ズ ム と構 造 に は、 少 し も強 制 的 、 あ る い は 不自 然 で 外 か ら押 し つ け ら れ た性 格 が な い、 と推 測 す る こと は でき ま す。 別 の 言 い方 を す れば 、 こ の 表 現方 法 は、 与 え ら れ た 素 材 を、 詩 に近 い、 全 く新 し い形 に う つ し か え る こと を意 味 し
てい た の では な く、 逆 に こ こ で 用 い ら れ て い る形 式 が、 あ る意 味 で素 材 と 一 体 を 成 し て いた 、 つま り 素 材 か ら 生 ま れ た 形 式 だ っ た、 こ と を意 味 し て い ます 。 私 た ち は、 素 材 の 理解 の たあ に、 こ の形 式 が必 要 だ っ た の だ、 と推 測 す る こ と が でき る の で す。 言 葉 を換 え れ ば、 神 話 は単 に そ の内 容 か ら見 て大 切 な 記 述 が 問題 に な る だ け では な く、 あ る条 件 の も と では、 あ る形 と切 り 離 せ な く な り ま す 。 そ の上 、 こ の全 体 形 式 を 用 い る こ と に よ って 、 す べ て の 神 話 や表 面 に現 わ れ てい な く ても い つ で も使 う こと の でき る神 話 のヴ ァ リ エ ー シ ョンを、 毎 回使 う必 要 は な く な り ま す。 これ が す べ て の神 話 記 述 の 場 合 にあ ては ま る、 と は言 い ま せ ん。 た だ、 文 字 文 化 の誕 生 以 前 に、 そ の 肉 感 的 と も言 え る美 点 のた め に、 語 り に与 え ら れ て いた 重要 さ を考 え る と、 次 の よ う な こと が 言 え る と 思 いま す 。 つ ま り 、神 話 記 述 は、 直 線 的 な 語 り のな か で、 事 柄 が 単 に つ な ぎ 合 わ さ れ た だ け の平 た ん な 記 述 では あ り 得 な い こと 、 逆 に、 原 初 の時 代 の語 り が 、 宗 教 的 コン テク ス トと 切 り 離 せ な い以 上 、 そ れ が 芸術 的 創 造 や 語 り の 分 野 で、 人 間 が 想 像 でき る 最 上 のも のを 示 し て いる だ ろ う 、 と考 え ら れ る 、 と いう こと です 。 詩 歌 、 歌 謡 そ し て神 話 の関 係 は 、 上 手 く いか な い はず はな い の です 。 私 の仮 説 は 、 神 話 と 詩 歌 が 切 り 離 せ な い関 係 にあ る 創 造 が 可 能 だ 、 と いう 前 提 にも と つ い て いま す 。 私 の こ の仮 説 は 、 神 話 に お け る イ メ ージ や音 の配 置 が 、 定 形 詩 に お け る のと 同 じ よう に、 言 葉 のも つ 意 味 と 同 じ 重 要 さを も っ て い る、 と い う前 提 に 立 っ て い る の です 。 つま り、 こ の仮 説 に立 つ と 、 神 話 を 語 ると き に でき てく る リ ズ ム が、 単 な る言 葉 の表 現 と は異 っ た感 動 、 感 情 を 神 話 に与 え るだ け で な く、 対 立 や類 似 の関 係 が生 み出 す リズ ム が、 全 体 と の関 係 の な か で 理解 さ れ る べき 、 そ れ ぞ れ の要 素 に副 次 的 意 味 デ ィ ス コ ス を 与 え る と 共 に、 全 体 の枠 組 か ら み る と 、 別 の 話 ( 内容) を 作 り出 す こ と が 理解 でき る わ け です 。 デ ィス コ ス こ の別 の内 容 を も つ 話 は 、 火 の中 で の誕 生 と海 辺 で の誕 生 と い う結 び つ き の対 立 を 中 心 とす る ﹃ 古 事 記﹄ の 一 貫 性 を、 浮 き あ が ら せ て い ます 。 こ の結 び つ き を取 り巻 く対 立 は、 死 と 不死 、 近 い結 婚 と遠 い結 婚 、 稲 の栽 培 と猟 な ど の非 常 に多 様 な 問題 を扱 う こと を可 能 に し て い ます 。 初 め の結 び つ き は、 火 を 中 心 に、 近 い結 婚 であ る近 親 相 姦 ・ 植 物 ・ 文 化 ・ 死 ・ 現 世 ・ 閉 ざ さ れ た空 間 を扱 ってい ま す。 第 二 の 結 び つ き は、 水 、 遠 い結 婚 ・ 動 物 ・ 自 然 ・ 不死 ・ 他 界 、 開 い てい る空 間 を扱 ってい ま す。 つ ま り、 こ の二 つの 結 び つ き を 用 い る こと に よ って 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の 中 では、 世 界 に内 在 す る全 ての複 雑 さ と 矛盾 が 示 さ れ、 説 明 さ れ 、 歌 わ れ て いる わ け です。 これ ま で に見 てき ま し た が、 結 局 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ は世 界 を歌 っ て いる のだ と考 え る こと が でき ま す。 原初 の 出 来 事 を語 り な が
公開講演会 ら、 世 界 を 歌 って い るわ け です 。 そ の手 段 と し て 、 様 々 な テ ー マの イ メ ージ やヴ ァリ エー シ ョンが 駆 使 さ れ て いま す。 こ のよ う に、 物 語 記 述 と イ メ ージ を 出 発 点 と し て、 最 も抽 象 的 な 問題 ま でを 幾 つ か の調 子 に合 わ せ て歌 う こと か ら、 一 種 の メ ロ デ ィ が つ く ら れ て いま す 。 こ の ﹃ 古 事 記﹄ が生 み出 す音 楽 は、 本 当 は暗 い音 楽 です が 、 近親 相 姦 と 死 の問題 に始 ま って 、 主 権 、 そ し て人 間世 界 を織 り な す極 限 の問題 ま でを扱 ってい ます 。 お そ ら く 、 ﹃ 古 事 記﹄ は こ の理由 か ら神 代 を扱 う こと だ け では満 足 せ ず、 最初 の 人 間 を歌 っても いる の で す 。 他 の民族 の 文 化 に つ い て 私 たち が知 ってい る事 か ら考 え ても 、 私 た ち は 日本 の 神 話 が、 あ る条 件 のも と で 語 られ てい た、 と 推 測 す る こと が でき ます 。 し かも この語 り は、 何 か を 学 ぶ、 知 る、 と いう目 的 でだ け行 わ れ た、 と は思 われ な い の です 。 それ は同 時 に、 言 葉 のも つ 力 に よ って 、 この語 りが 一 種 の神 を 呼 び お こ す 力 、 儀 式 的 効 果 を も っ て い た こと を 想 定 させ て いま す 。 こ の 見 方 に立 つと、 リズ ム は最 も 重 要 にな りま す 。 こ の神 話 の語 り は、 で す か ら、 神 と人 間 の間 に位 置 す る、 と 言 わ れ る和 歌 と 、 類 似 し て い る はず な の です 。 和 歌 は、 神 の世 界 と 人 間 の世 界 に 橋 渡 し を し て い る の です 。 これ は、 ﹃ 古 今 和 歌 集 ﹄ の序 で紀 貫 之 が彼 流 に言 って い る こと です 。 詩 歌 が 宇 宙 のご く 初 ま り に出 現 す る の は、 詩 歌 が 神 の時 代 の特 徴 を も って いる か ら な の です 。 従 って、 スサ ノ ヲ が 出 雲 の国 を 歌 っ た と き 、 これ は 最 初 の和 歌 と 言 わ れ て います が、 そ れ は決 し て 偶 然 と は思 わ れ ま せ ん。 八雲 立 つ 出 雲 八 重 垣 妻 隠 み に 八 重 垣 作 る そ の八 重 垣 を 最後 に、 これ ら の 神 話 と伝 統 が ど のよ う に 記述 さ れ た のか、 と い う問 題 が残 り ます 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 そ の 序 が示 し てい る よ う に、 原 始 的 な 神 話 記 述 を 忠 実 に移 し か え たも の ではあ り ま せ ん。 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 それ が 編 纂 され た時 代 の、 正 に語 りか ら記 述 へ と 神 話 が変 化 す る 時 代 に位 置 し て い ま す 。 つま り ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 こ の変 化 に続 い て現 わ れ た作 品 な の です 。 こ の こと は 太 安 万 侶 が稗 田 の阿 礼 が 暗 誦 し た ﹃ 古 事 記 ﹄ の原 形 を でき るだ け尊 重 し よう と し た 、 と 言 って い る こと を 見 れ ば わ か り ま す 。 それ でも ﹃ 古 事 記 ﹂ は書 か れ た 作 品 であ り 、 書 か れ た 作 品 と し て構 想 され た の です 。 こ の こと か ら 、 私 た ち は ﹃ 古 事 記 ﹄ が も って い る定 形 が 、 部 分 的 に は、 こ の記 述 形 式 を 決 定 す るプ ロセ ス 、 特 に こ の簡 潔 な スタ イ ルを 選 ぶ に到 っ た プ ロセ スか ら 生 ま れ た の で はな いか 、 と 問 う こと が でき ま す 。 と いう の は、 そ の素 材 の性 格 か ら 言 っ て、 ﹃ 日本 書 紀 ﹄ のよ う に ﹃ 古 事 記 ﹄ が も っ と 長 い作 品 にな っ た 可 能 性 も あ るか ら です 。 ま た 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ の な か に見 ら れ る リ ズ ム の 問 題 か ら言 えば 、 大 き な サイ ク ルと 神 話 連 続 そ れ ぞ れ の段 階 にお い て、 左 右 対 称 の均 衡 が 、 認 あ ら れ る こと が あ げ ら れ ま す 。 そ し て、 こ のど ち ら の段 階 にお い ても 、 最 後 の部 分 が 最 初 の部 分 と 呼 応 し て いま
す 。 こ こ で 、 和 歌 の問題 を 見 てみ た いと 思 いま す 。 最 初 の和 歌 は、 多 く の場 合 、 こ のニ プ ラ ス 一 と いう構 造 と非 常 に近 いか た ち を と っ て い ます 。 具 体 的 に は、 一つ に、 ま だ和 歌 の五七 五 プ ラ ス 七 七 と いう 古 典 的 か たち が でき あ が って いず、 五七 と 五七 プ ラ ス 七 と いう 形 を と って い る こ と、 し かも 初 め の五七 と 五七 が 強 く 結 び つい て、 最 後 の七 字 か ら 成 る句 が 二番 目 の句 の繰 り 返 し にな って い る こと が あ げ ら れ ま す 。 例 えば 、 仁 徳 天 皇 の歌 への返 し 歌 と し て黒 姫 の 歌 と さ れ て い る次 の作 品 を 見 てみ ま ( 7) し ょ う 。 倭 方 に 往 く は 誰 が夫 隠 津 の 下 よ延 へ つ つ 往 く は誰 が 夫 こ こ で、 ﹃ 古 事 記 ﹄ と最 初 の和 歌 のか た ち の間 に、 完 璧 な 一 致 が み ら れ る 、 と 言 ってし ま え ば 、 軽 卒 にな り ま す 。 と 言 って も、 こ の両 者 の間 に強 い類 似 性 が 認 め ら れ る こと に変 わ り はな い と、 私 は 思 いま す 。 つ ま り 、 私 た ち は 、 こ の変 化 を も た ら し た最 も大 き な 要 素 が 、 神 話 の語 り と 強 く 結 び ついた 、 左 右 非 対 称 で 、 し か も 三 つの要 素 か ら 成 る リ ズ ム の存 在 であ っ た 可 能 性 が あ る、 と考 え る こと は でき る の です 。 そ し て こ のリ ズ ムは 、 文 字 と の対 決 を せ ま ら れ る こと に よ って、 再 び 活 発 にな っ た の かも し れ ま せ ん。 この こと は 同時 に、 和 歌 の原 形 が 、 他 の分 野 で用 い ら れ て い た、 よ り古 い時 代 の 、 三 つの 要 素 か ら 成 る リ ズ ム の存 在 と関 係 が あ っ た可 能 性 が あ る、 こと も意 味 し て いま す 。 こ の奇 数 の性 格 は、 無 際 限 に繰 り 返 さ れ る 可能 性 を も つ 、 左 右 対 称 を 打 ち 砕 く こと を 、 可 能 にし て い ます 。 それ は、 詩 ば か り では な く 、 人 間 世 界 の閉 ざ さ れ た 性 格 を 浮 き 彫 り にも し て い ま す。 私 の 考 え では 、 そ れ は ﹃ 古 事 記 ﹄ が 私 た ち に示 し て い る 偉 大 で 、 し か も厳 し い 教 え の 一つ な の です 。 ﹃ 日本 書 紀 ﹄ が す べ てを 年 代 順 の綱 目 に組 み 込 む こ と に工 夫 を凝 ら し て いる の に 対 し て 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 歴 史 と いう 素 材 か ら、 そ の 神 話 的 枠 組 に入 れ ら れ る も のだ け を、 と り あ げ て いま す 。 も し、 ﹃ 古 事 記 ﹂ に認 め ら れ る リ ズ ムが、 あ る種 の 神 話表 現 と 結 び つ い てい る のだ 、 と考 え る と、 こ の 点 に つい て 、 神 話 思 想 と いう 綱 目 を 通 し て 読 ま れ た伝 統 を表 現 す る こと も 可能 だ と 思 いま す 。 私 は、 こ の理由 か ら、 ﹃ 古 事 記 ﹄ が 不変 の 伝 統 を 保 存 し て い る最 後 の生 き 証 人 な のだ と は思 ってい ま せ ん。 ﹃ 古 事 記﹂ の記 述 は、 む し ろ 、 大 陸 文 明 のイ ンパ ク トを き っ か け にお こ っ た 伝 統 的 な リズ ムを も つ 神 話 的 思 想 の反 応 の結 果 でき あ が っ た のだ 、 と 考 え ら れ ま す 。 も し そ う で あ れば 、 この 思 想 の 一 種 の制 度 化 に、 私 た ち は出 会 う こと にな り ます 。 も っ と も そ れ は、 は っ き り 表 現 さ れ た 一 種 の神 学 の よう な 形 を と る の では な く 、 古 い三 つの要 素 か ら 成 る リズ ム の中 に、 伝 統 的 な 内 容 と 新 し く 生 ま れ つ つ あ る 形 を 一つにし た 作 品 つ ま り ﹃ 古 事 記 ﹄ と いう 様 相 で現 わ れ た の です 。 こ の伝 統 と あ る 形 を 結 び つ け る と いう 作 業 は、 いわ ば 緊 急 の 必 要 性 と いう 条 件 下 で行 わ れ た の です 。 こ の急 務 は 、 日本 文 化
公 開講演 会 の主要 部 分 のす べ て で、 中 国 化 の完 成 が 進 ん で いた 七 ∼ 八 世 紀 に位 置 し て い る の です か ら 、 当 然 観 念 的 な も の でも あ っ た わ け です 。 ま た 、 そ の反 応 と し て、 ﹃ 古 事 記 ﹄ や 和 歌 な ど が そ の良 い例 です が 、 意 識 的 こ の中 国 化 の波 か ら 守 ら れ た 領 域 が つ く ら れ ても い っ た の です 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ は 、 自 身 の過 去 の土 着 の部 分 を 守 ろ うと す る意 志 の証 人 と し て存 在 し 続 け て いま す 。 そ のす べ て は、 和 歌 の よ う に、 中 国 文 学 と 思 想 の イ ンパ ク ト に対 す る や ま と言 葉 と 日本 的 感 性 か ら の答 えだ った、 と 考 え ら れ ます 。 ﹃ 古 事 記 ﹄ は、 伝 統 の全 体 、 別 の言 い方 を す れば 、 あ る種 の世 界 観 を 一 度 に把 握 し よ う と い う壮 大 な努 力 の結 晶 の よ う に現 わ れ てい ま す。 そ れ が ﹃古 事 記 ﹄ を 、 神 の時 代 か ら人 間 の時 代 へ の 移 行 と いう 原 初 的 時 期 を生 き生 き と し た ま ま残 そ う と す る 、 一 種 の人 間 世 界 の全 体 を歌 う和 歌 、 つ ま り 他 に例 のな い作 品 、 に仕 上 げ て いる のだ と、 私 は考 え て いま す 。 註 (1 ) 拙 稿 ﹁ 日 本 の伝 承 記 述 に 見 る 二 つ の エ ク リ チ ュー ル . ﹃ 古 事 記 ﹄ と ﹃ 日本 書 紀 ﹄ の文体 比較 の 試 み ﹂ ﹃ 現 代 思 想 ﹄ 一 九 九 二年 、 二 〇 巻、四号 、 五 八 頁 ・ 六 九頁 、 訳 美 枝 子 マセ。 ( 2) 津 田 左 右 吉 の ﹃ 日本 古 典 の 研 究 ﹄ に基 づ い て井 上 光 貞 氏 は ﹁ 古 事 記 で は、 つぎ の仁 賢 天 皇 以 後 に は系 図 の 記載 し か な く 、 物 語 は 一つ も 記 さ れ て いな い。 こ の こと は 、 旧辞 が、 神 話 か ら は じ ま って顕 宗 天 皇 ま で で終 わ って い た こと を 示 し て い る﹂ (神 話 か ら 歴 史 へ 一 五 頁 ) と 説 明 し ま す が 、 この 説 明 は不 十 分 だ と思 い ま す。 ( 3) 拙 稿 ﹃古 事 記神 話 の構 造 ﹄ 中央 公論 社 ( 4) ..Oユ αq ヨ ①9 冨 日。 弉 穹 く 畠 。 αq Φ傷 き 巴 .p 〒 α 巴弩 ω Φ δ口 寓o 一ω ω 雷 ρ ロ o 口 8 ω ∋旨 三 ρ ロ Φ ωα 二 内 o 旨 匹 Φ けα 信 Zぎo コ ω軍 o 匹 ..畢 () 9 三① 諺 α .o ε α Φ ω ① け 色 o ωα o o 鐸 ヨ Φ 三 ω ω ロ = Φ のお嵩 σq 一〇 口 ω α = の 巴O ロ 一. ( 5) 拙 稿 ﹁ 垂 仁 天 皇 記 の構 造 分 析 ﹂ ﹃ ユリ イカ ﹄ 一 七 巻 、 一 号 、 一 九 八 五 年 ( 6) ﹃ 古 今 和 歌 集 ﹄ 岩 波 日本 古 典 文 学 大 系 、 九 三 ∼ 九 四頁 ( 7) 土 橋 寛 ﹃ 古 代 歌 謡 論 ﹄ 三 一 書 房 ( 8) 古 事 記 歌 謡 五 六 、 ﹃ 古 事 記 ﹄ 岩 波 思 想 大 系 、 二三 三頁