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mekishiko minzoku no hokori to tatakai-taminzoku kyoson shakai no nashonarizumu keiseishi-

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博士号申請論文概要書 山崎眞次 題名 「メキシコ 民族の誇りと闘い―多民族共存社会のナショナリズム形成史」 新評論、2004年9月25日刊(A5版) 本文298頁、〔関連年表、人名索引、事柄・地名索引〕17頁 1.本研究の意図 本年4月に本学で開催されたCOE−CASとCOE−GLOPE共催のシンポジウム で、ベネディクト・アンダーソンは「ナチズムや日本軍国主義の跳梁を許したとして第二 次世界大戦後、ナショナリズムはマイナスのイメージがつきまとい第三世界のナショナリ ズム高揚にもかかわらず政治史研究の対象とあまりならなかった」と基調講演で語り、戦 後 25 年間のナショナリズム研究の沈滞ぶりを指摘した。しかし、1980 年代からスミスを 皮切りに、ホブズボウム、ゲルナー、アンダーソン等の研究者が新しいナショナリズム論 を提唱し、アジアや第三世界の論者もそれに加わり、ナショナリズム論は世界的活況を呈 している。国民国家論、エスニック・ナショナリズム、国家・民族虚構論等様々なナショ ナリズム論が提起されるなかで、メキシコのナショナリズムは奈辺に位置するのであろう か。研究・調査・分析の過程で従来のナショナリズム論ではメキシコのナショナル・アイデ ンティティを包括できないのではないかという疑問が生じ、申請者なりの見解を提示した のが本研究である。 本研究は、メキシコ史上、「国民」や「国家」のアイデンティティをめぐる闘いのシンボ リックな事件や事象を取り上げ、帰納的にメキシコのナショナリズムを分析し、その上で メキシコのナショナリズム生成の流れを構築しようと試みたものである。従来、共通の文 化、言語、宗教、歴史、精神などをネーションの基本要素として、多様なナショナリズム 論が展開されてきたが、メキシコのナショナリズムを考察する上で、メキシコ独自の要素 を抽出し、その民族意識の系譜を明らかにできれば、世界でも稀な多民族共存社会のダイ ナミズムを解明できるのではないか。これが本研究執筆の動機である。 メキシコ政治史研究は古代、植民地期、19 世紀、20 世紀前期、20 世紀後期の時代区分 により時系列的に研究されてきた。そのためメキシコのナショナリズム研究も時代毎に分 断され、これまでメキシコを過去から現在まで俯瞰した研究はなく、メキシコ人のアイデ ンティティ研究は大きく二つの潮流に偏っていた。ひとつは植民地時代のクリオーリョの アイデンティティの調査研究であり、エドムンド・オゴルマンやジャック・ラファイエら

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がクリオーリョ精神の分析で優れた業績を残している。もうひとつは20世紀のメキシコ革 命後に生まれた国家統合理論のメスティーソ主義とインディヘニスモ(先住民擁護運動)、 それにカルデナスの資源ナショナリズムの研究であり、これらのテーマに関してはフェル ナンド・ベルトランやアグスティン・バサベ等が建設的な研究書を残している。しかし、 クリオーリョ主義、メスティーソ主義、インディヘニスモ、カルデナス主義を強調するあ まり、植民地時代と20世紀の新国家建設期のナショナル・アイデンティティに特化した 分析に陥り、メキシコ政治史に継続性を与えていない。これらの研究者は16世紀初頭の 初期クリオーリョ意識や19世紀の反米ナショナリズム、それになによりも現代メキシコ のナショナリズムに触れていないため、一貫したメキシコのナショナル・アイデンティテ ィについてのビジョンが欠落している。その結果、メキシコ政治史に一本の糸を通した「メ キシコのナショナリズム」と銘打った専門書が刊行されていないことに今更ながら驚きを 禁じえない。 メキシコ固有のアイデンティティを表現するものとして、これまで様々な人物や事件、 事象が取り上げられてきた。本書で取り上げたケツァルコアトル、トラスカラ族、コルテ ス父子、クアウテモク、グアダルーペ聖母信仰、英雄幼年兵、外国石油企業の国有化、歴 史教科書論争についても、テーマごとに数量の差はあるものの、現在まで論文や著書が発 表されてきた。しかしこれらの複数の対象を古代から現代までのメキシコ政治史の流れの 中で関連づけ、メキシコのナショナリズムと民族的アイデンティティの生成を考察した研 究書は現在までメキシコでも僅少で日本においては皆無であった。本研究は、これらの要 素を申請者なりの観点で「メキシコのナショナリズム」形成史として編み上げようと試み たものである。 2.本研究の構成と概要 本研究は「第1章」でナショナリズム論を展開し、「終章」でまとめと結論を導いている。 その構成は、大別して古代の部族主義、植民地時代のクリオーリョ・ナショナリズム、19 世紀の反米ナショナリズム、20世紀初頭の資源ナショナリズム、中葉のインディヘニスモ、 20世紀末の現代ナショナリズムからなる。 「第1章」は、メキシコ・ナショナリズム研究の前提として、18世紀以降提唱されてき た著名なナショナリズム論を分析し、従来のナショナリズム論を集約・把握することによ ってメキシコのナショナリズム分析の理論的基盤を探るものである。先ず、ネーションを 国民(民族)、ステートを国家と定義することを前提とし、更に国民を国家を構成する成員 とし、民族を言語、宗教等文化的要素を共有する人間の集団と定義した。そして最近とみ に民族紛争の原因となっているエスニック・グループ(エスノス)を国民国家形成過程で 国家内部に同化・吸収された政治的マイノリティ・グループと解釈した。これら政治的マ イノリティは1国内に存在するだけではなく、人為的国境線の策定によって数カ国に跨る 場合もある。

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ルソーの一般意思による共和国の建設やルナンによって定義された「国民=魂」論は、 20 世紀に「国民」に算入される大量の労働者の登場によって大衆ナショナリズムの時代の 到来を告げた、イギリスの研究家E.H.カーに引き継がれた。19世紀末から20世紀初頭に おける工業の発展、都市人口の増大、労働者の政治意識の自覚、普通義務教育の導入、選 挙権の拡張など社会構造の大変化が社会主義的ナショナリズムを生み出した。この新たな 「国民」がロシアの社会主義革命の原動力となったのである。 アンソニー・スミスは人種とナショナリズムが結びついたエスノセントリズムの研究者 として著名であるが、分離主義的なエスノ・ナショナリズム概念の提唱者としての一面も 忘れてはならない。北アイルランド、スペインのバスク地方、カナダのケベックなどで展 開されている武装闘争をも視野に入れたマイノリティの分離主義運動が近年台頭している。 その特徴は、公認された明確な国境と相対的に豊かな経済をもち、すでに国民国家建設を 終えた国々で運動が起こっていることである。その主な原因は、これらの国々におけるマ イノリティが、中央政府による過度の政治的集権化に伴う排除と、中央からの経済的搾取 を受け続けてきたことである。これは君主制や帝国主義にたいする抵抗ではなく、既存の 民主主義国家にたいする闘争なのである。 ベネディクト・アンダーソンは「国民」を「イメージとして心に描かれた想像の政治的共 同体である」という「想像の共同体」説を発表し、最近最も注目されている。この学説は 近年指摘されるようになった「民族虚構論」の先駆けとなっている。 彼のクリオーリョ・ナショナリズム論は、植民地官僚の同胞意識と出版資本主義が想像 の共同体を植民地の白人層間に構築したというもので、従来の経済的権益を享受すること によって形成されたというクリオーリョの想像の共同体説とは観点が異なり、斬新である。 しかし、インディオ、黒人、メスティーソ等の非白人層と白人クリオーリョ層との間に早 くから連帯感があったかというと、そこには疑問が残る。申請者は両者の連帯は独立戦争 期間中という比較的短期間に形成されたという見解を取る。両者を精神的に結びつけたの が聖母グアダルーペである。 アーネスト・ゲルナーは古代農耕社会における「農耕―識字政治体」の重要性を強調し ている。ゲルナーは読み書き能力をもつ少数の政治権力者と知識階級が、人口的多数派を 構成する非識字者の農民を政治的・文化的に支配する社会を「農耕―識字政治体」と定義 する。政治権力が文化的力(文字)を利用して、農村共同体を分離・支配する構図はメキ シコの古代社会を解明する上で重要な鍵となる。 最後に帝国主義への抵抗の手段としてナショナリズムの果たす精神性を主張するインド の研究家、パルタ・チャタジーの旧植民地からの提起は同じ中進国のメキシコのナショナ リズム考察にとって参考となる。 以上のナショナリズム論を総括すると、多少の相違はあるものの、ナショナリズムが近 代国家の建設に密接に関連していることがわかる。政治的統合を成し遂げ、軍事力を強化 し経済的発展を図ることによって、国力を充実させ国家間競争で勝ち残る。これが近代国

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家の目的であり、その戦略のためにナショナリズムが構築され発展していったと言えるの ではないか。近代以降に限定して捉えるならば、「国民国家の統合、独立、発展を意図する 政治的イデオロギー」とみなすことができる。 そして近代ナショナリズムは三つの型に分類されるであろう。まず、①複数の民族が政 治的統合を意図する国民国家型である。この型にはさらに二種類があり、ひとつは一民族 が他の複数の民族を支配し国家を建設する場合、もうひとつは拮抗する複数の民族が統一 国家を指向する場合である。次に、②外国の支配から独立をめざす民族独立型で、この型 には三種類がみられよう。すなわち18世紀末から19世紀初頭に勃発した新大陸での独立 戦争、第 1 次大戦前後の大王朝からの独立運動、第二次大戦後のアジア、アフリカ、ラテ ンアメリカを中心とする第三世界の植民地独立である。最後に、③民主的国民国家からの 分離を目的とするエスニック分離型である。 「第 2 章」は、アステカ帝国とトラスカラ国の抗争をテーマに古代メキシコの部族主義 を解明しようとするものである。ナショナリズムとは国民国家が誕生した18世紀以降の概 念であることを勘考すると、メキシコ古代社会にそのような概念を探すことには無理があ る。しかし、言語、宗教、人種、領土といった原初的な紐帯によって構成される血縁的共 同体の重要性が昨今見直されていることを考えれば、古代社会の部族主義もナショナリズ ムの原型と言えるのではないか。そのような観点から両部族の抗争もナショナリズムのひ とつのテーマとして提示した。また、「古代世界では社会の安定化のために支配階級が社会 を水平的分割線で区切り、階層の差異化を図る」というゲルナーの理論を応用し、トラス カラ社会の分析を試みた。さらに古代世界の部族神ケツァルコアトルの存在と、メキシコ 人のアイデンティティに及ぼしたその影響力を解明するという狙いがあった。「ヨーロッパ 白人伝道者=ケツァルコアトル渡来説」はアメリカ大陸固有の伝承ではなく当時のヨーロ ッパ人の言説であり、サイードのオリエンタリズム論に倣えば、西欧による新世界の読み 替えであった。この言説が18世紀末にミエルの聖母グアダルーペ新説を生み出す根拠にな ったことを考えれば、古代メキシコのケツァルコアトル信仰は変質しながらも18世紀末 まで健在であったと言えるのである。 「第3章」と「第 4章」はクリオーリョ・ナショナリズムの萌芽と確立を分析した。ク リオーリョ・ナショナリズムが植民地時代後半にすでに存在したというアンダーソンの指 摘は的を射ているが、その萌芽が征服直後にあったことを解明するためにマルティン・コ ルテスの陰謀事件を検証した。出自が植民地というだけで本国人と差異化されるクリオー リョの苦渋は 16 世紀前半にすでに始まっていたのである。また本研究が人種論をメキシ コ・ナショナリズム形成史解明の重要な手がかりと見なしていることから、征服者コルテ スと先住民女性の間に生まれた異母兄マルティンの存在は大きい。彼は 350 年後にメキシ コ国家の根幹を担うメスティーソの始祖であった。 クリオーリョたちは植民地時代に経済的特権は享受したものの、政界と宗教界では特権 的地位への就任を拒絶され、同じ白人でありながら、本国人の後塵を拝さなければならな

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いことに不満を募らせていた。クリオーリョが植民地社会で着実に地歩を固め、その存在 感が大きくなればなるほど相対的に彼らの社会的地位の低さが顕著となり焦燥感は募るば かりであった。そのような不満分子のひとりが神父のセルバンド・テレサ・デ・ミエルで あった。彼は本国の支配の道具として利用される聖母グアダルーペではなく、クリオーリ ョ、インディオ、メスティーソから構成される「メキシコ人」の精神的支柱となるような 聖母をもとめたのである。ミエルはスペイン人とメキシコ人を平等化し、本国と競合でき る聖母信仰を作り出し、スペイン王室が掲げる植民地支配の正統性の根拠を無効にしよう とした。アンダーソンが指摘するように、「大西洋のこちら側で生まれてしまった」運命共 同体の精神、植民地に培われたクリオーリョ階級の理念は、メキシコのナショナリズムの 原点と言える。 「第5章」は米墨戦争と英雄幼年兵について、米国とメキシコの研究者の論文を下敷き に反米ナショナリズムの形成を考察したものである。隣国に国土の過半を奪われたこの戦 争のダメージは領土だけの問題ではなく、政治、経済、文化等あらゆる分野で米国と競合 できないのではないかという民族的劣等感と反米感情を生み出した。二つのネガティブな 民族感情を生成したという意味においてメキシコのナショナリズム形成上、重要な事件で あった。 スペインという脅威を排除して独立を達成し、近代国家建設の途についたメキシコの前 に立ちふさがったのが米国である。19世紀の米国はマニフェスト・デスティニーを理論 的根拠に民主主義と経済的繁栄を新大陸に広げることは自国の天命であると主張し、奴隷 制度という矛盾を孕みながらも西方へ領土を拡大した。用意周到に戦闘態勢を固めた米国 に対して、メキシコの指導者たちは一致団結するどころか、これ幸いと戦争を権力奪取の 機会と捉えた。国内は分裂し、武器弾薬は不足するなかで、功名心ばかり強い無能な指揮 官に率いられた士気の低い兵士が戦力では当然悲惨な結果しか待ち受けていなかった。反 米をスローガンとする一時的な戦意高揚現象は存在したが、ルソーが指摘するような、国 家に命を捧げるほどの愛国心は国民の中には生まれていなかった。しかし脱走兵が相次ぐ 戦場で、純粋な軍人の使命感に燃える士官学校生が存在した。軍部は早くから「英雄幼年 兵」に関する正確な情報を把握していたが、伝説化された学生たちのイメージが壊れるこ とを恐れ、彼らに関する資料をあえて公開しなかった。先行した伝説と記録された公文書 との乖離が、その後の様々な憶測を呼ぶ原因となった。軍部と政府は、多様な民族から構 成される国民の団結心を強化し、愛国心を鼓舞するために、国家の精神的統合のシンボル として、伝説化・神話化された士官学校生を利用したと言える。チャプルテペック公園に 建設された巨大な慰霊塔は、見殺しにした幼年兵への良心の呵責の表れであり、また侵略 戦争を仕掛けた隣国への抗議の叫びである。 「第 6 章」は長期にわたりメキシコ経済を支配してきた欧米石油資本に挑戦したメキシ コの資源ナショナリズムを考察した。フアレス政権の「自由と改革」に代え、コントの実 証主義に基づく「秩序と進歩」をスローガンに長期独裁政権を確立したディアスは、自分

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たちの権利に目覚めた労働者と農民によって打破され、メキシコは20世紀初頭に革命政府 を樹立した。その新政府を最も悩ませたのが、ディアス政権によって外国企業に付与され た地下所有権であった。土地の所有権を本源的に国家に帰属させた1917年憲法第27条は メキシコ資源ナショナリズムの具現化であったが、外国企業は同条を容認しなかった。石 油企業の労働争議を足がかりに企業と全面対決に踏み切ったのが、カリスマ的大統領カル デナスである。カルデナスが外国石油企業の国有化を宣言した瞬間、メキシコ・ナショナ リズムは頂点に達した。カルデナスが欧米の石油企業を敵に回して大胆な政策を実施でき たのは、メキシコが革命を経て国民国家建設に成功し、大衆が国民として一致団結して政 府を支援する体制が整備されていたからである。E.H.カーが指摘した「大衆参加型のナシ ョナリズム」がメキシコにも生まれたのである。そしてカルデナスはメキシコ・ポピュリ ズムの体現者であった。 「第 7 章」はメキシコの征服者、エルナン・コルテスの遺骨発見を契機にスペイン主義 の復活を目論む20世紀のクリオーリョのアイデンティティを考察した。メキシコではコル テスの銅像はおろか、彼の名を冠した通りさえも見かけることはない。メキシコ人は、ス ペインによる征服と植民地統治時代を極端に否定し、アステカ王クアウテモク、独立戦争 期の建国者たち、それに革命期の英雄たちをことさらに賛美する傾向が強い。その国民性 は、スペイン以降も米国やフランスなどの列強に侵略・支配された苦い経験から生まれた 特有の民族主義に根ざしている。多くのメキシコ人にとってコルテスは侵略した忌まわし い外国人の象徴なのである。コルテスを自分たちのアイデンティティのシンボルとみなす 白人系のクリオーリョ層は、メキシコ革命以降、スペイン的なものをタブー視し、先住民・ メスティーソ文化を国のアイデンティティとした国家の方針に常々反感を抱いていた。彼 らは人口的マイノリティとして自分たちの屈折した感情を長年抑制してきたが、コルテス の遺骨が発見されるや一気に自らを解き放った。自分たちの英雄を肯定し擁護する声は称 賛の声へと高揚していった。しかしそのようなコルテス賛歌にたいして、コルテスを容認 しない圧倒的多数の人々から即座に反対の声が上がり、スペイン派は押されていく。革命 以降築き上げられた国家イメージへの誇り、革命理念に基づいて確立された土着的・メス ティーソ的アイデンティティがそれだけ根強いと言える。そして何よりも、メキシコの人 口の大半を占める下層・中産階級の人々にとってコルテスを称えるということは、革命で 大衆の諸権利がようやく獲得されたという歴史を捨て、白人特権階級を再び崇拝せよ、と 言われることに等しかったのである。 「第 8 章」はアステカ最後の王、クアウテモクの遺骨発見を契機に高まった全国民的大 論争とインディヘニスモの高揚を考察した。コルテスの遺骨発見の 3 年後に日の目を見た クアウテモクの遺骨は調査委員会によってその信憑性を疑問視されたが、国民の大半はそ の科学的報告書を認めようとしなかった。その背景にはメキシコ革命によって樹立された 新政府が打ち出したメスティーソ主義があった。19世紀後半以降のラテンアメリカでは「ヨ ーロッパ白人種は有色人種に優る」という人種論が知的エリートに強いインパクトを与え

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た。このような白人優位説に対して、先住民とメスティーソの人口が国の大半を占めるメ キシコやペルーではアメリカ大陸固有の文化の重要性を強調し、有色人種も白人種に劣ら ないとして、先住民とメスティーソを擁護する運動が展開された。この先住民擁護運動(イ ンディヘニスモ)は社会の周辺者として取り残されているインディオを救済するという政 治的性格を帯び、貧しさに喘ぎ世間から蔑視されている先住民に土地や教育を与えること によって、彼らの社会参加を促した。しかし、国家にはインディオをメスティーソ中心の 「国民国家」に同化するという政治的戦略があったことを忘れてはならない。劣等人種と して一般社会から疎外されたインディオを国家の中に取り込み、全階層を糾合した「国民 国家」を構築して初めて欧米並みの近代化への展望が開けると為政者は考えたのである。 インディヘニスモを内包するメスティーソ主義は白人とインディオの混血によって双方 のポジティブな要素を受け継いだ人種が生まれるとみなす、新人種主義である。両文化を 融合させることによって、独創性豊かな新しいラテンアメリカ文化を創造しようとするイ デオロギーである。メスティーソ主義が求めるものは、人種の融合を超えた文化の融合と 変容である。この文化変容が達成されれば、大衆=メスティーソを中心とした国民統合が 完成され、欧米と対等な近代国家が誕生すると考えたのである。科学的データといえども メスティーソ主義を否定するようなものは、大きな反発を受けるのがメキシコという混血 国家である。 「第9章」は1992の歴史教科書大幅改訂によって巻き起こされた国民的論争を通してメ キシコの最近のナショナリズムを探るものである。メキシコで小学生用の無償教科書が配 布されるようになったのは1960年のことである。それ以来1991年まで文部省が検定する 国定教科書に登場する英雄はスペインに抵抗したアステカ王クアウテモク、独立の父イダ ルゴ、米軍に抵抗した幼年兵、革命の先駆者マデロ、外国石油企業を国有化したカルデナ スらである。これらの英雄を記載した教科書の歴史観は、伝統的に排外的民族主義の傾向 を帯びているのが特徴である。大統領サリナスはそのような従来の歴史観を変更しようと した。サリナスの意図は、メキシコ革命以来継続されてきたコーポラティズム的国家体制 を刷新し、米国、カナダと提携したNAFTA(北米自由貿易協定)を梃子にネオリベラ リズに依拠する経済政策によって欧米に伍する新国家を建設することにあった。そのため に旧来の歴史観を見直し、現代史に大胆に踏み込んだ記述が加筆された。それまでタブー 視されてきた「68 年闘争」をあえて掲載したのは、新時代を切り開く意欲に燃えたサリナ ス政権が過去を曖昧なままに放置せず、節目ある総括を決意したためである。また、学生 運動とそれを弾圧する軍部との対立という事態は国家の進歩にマイナスと判断したことも 理由のひとつである。学生の過度な政治運動は軍部の介入を招いて、社会不安を助長する。 このような事実はたとえ過去のことであっても、外資の進出を阻害する懸念があった。ま た、歴史学的に「独裁政権」と規定されてきたディアス時代を「進歩と発展の時代」と評 価したことは、従来のディアス像を転覆するものであった。NAFTA締結を念頭におい た政府は、米国との良好な経済貿易関係を樹立したディアス政権を正当化することによっ

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て、新しい経済政策を推進しようとした。サリナス政権は過去をも貫くネオリベラリズム 的教育方針を内外に示し、経済政策への協力と信頼を勝ち取ろうとしたのである。しかし サリナスの「歴史を再構成する」という意図は政治的な「歴史の改竄」として国民の反発 を受け、新教科書は廃止の憂き目にあった。このようにサリナスの歴史観改造計画は挫折 したが、1994年に刊行された教科書では伝統的排外的な歴史観は希釈され、反米的記述は ほとんど名残を留めていない。 以上の考察から近代メキシコのナショナリズム形成の主要ファクターは次の4点に集約 される。 (1)クリオーリョ主義 出自が本国人と異なるという理由によって差別された植民地生まれの白人(クリオ ーリョ)の疎外感はエルナン・コルテスの嫡男マルティンの時代に遡る。本国に対 する不満の鬱積は 300 年間の植民地時代に蓄積され、独立戦争の直接的引き金とな った。クリオーリョ主義はメキシコ人が初めて自己のアイデンィティを凝視した結 果生まれたメキシコ・ナショナリズムの原点である。 (2)反米主義 米墨戦争の屈辱的大敗によってメキシコ人が痛感したものは、領土的喪失感だけで はなく隣国に対する民族的敗北感でもあった。北の巨人の存在はその後のメキシコ の政治、外交、経済、社会、文化等あらゆる分野に影響を与え、メキシコ人の動向 を規制し、国策も左右した。この歴史的トラウマを打破したのが外国石油企業の国 有化を断行したカルデナスである。カルデナスが推進した資源ナショナリズムはお よそ100年間耐え忍んできた欧米特に、米国への政治的・経済的従属を断ち切るこ とを目的としていたために民衆の圧倒的支持を受けたのである。大衆動員による欧 米企業の排斥はメキシコの長年の悲願であった国民国家が建設されたことの証でも あった。しかし、この伝統的反米主義がNAFTA発効後の北米経済圏進行の過程 で後退し、メキシコ現代社会においては精神的紐帯より経済的利益のほうが優先さ れている。 (3)メスティーソ主義 スペイン人による軍事的征服直後から先住民との混血化が進行したメキシコでは、 500 年間に欧米の白人種でも新大陸固有のインディオでもないメスティーソが人口 の7割を占めるまでに至った。「メスティーソ主義」はメキシコ革命後の国民統合論 となり、国民国家のなかにクリオーリョを取り込み、先住民を同化した。このメス ティーソを中心とする人種主義は他人種の反発を受けながらもメキシコ近代国家建 設の礎となり、メキシコ・ナショナリズムの根幹となった。 (4)インディヘニスモ メキシコのインディヘニスモは社会の周辺者に位置づけられ、二級国民として差別

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されてきたインディオに土地と教育を与えて、彼らの生活水準を向上させるという 先住民擁護運動として展開されてきた一方で、後進的エスニック・グループを国民 国家に同化することによって近代国家を建設しようとする国民統合的側面も備えて いた。しかし、為政者が推進したそのような客体的同化論に反発し、インディオ自 身が主体的に自らを変革し、国政に参加しょうとするインディオニスモが1970年代 に生まれた。政府もインディオへの干渉政策を改め、インディオの自立性と独立性 を尊重する政策へ変更した。その結果、1992年に憲法第4条は改正され、メスティ ーソ主義が多民族主義に変更されたことは、メキシコが抑圧的民族政策を改めて、 多様な多民族社会の共存を公式に承認したことを意味する。 申請者は第1章の結論としてナショナリズムを3型に分類した。その分類を踏まえメキ シコのナショナリズムを総括すると、メキシコは19世紀初頭にスペインから独立する際に 「民族独立型」を、20世紀初期の革命により「国民国家型」を、そして20世紀末にサパテ ィスタ解放軍の反乱により「エスニック分離型」のナショナリズムを経験した稀有な国家 と言える。 3.今後の課題 本研究はメキシコ政治史上、メキシコや欧米の研究者も試みたことがない古代から現代 までの様々な人物や事件、事象を取り上げることによって、申請者が独自の総合的・包摂 的メキシコ・ナショナリズム形成史を編み上げようと試みたものであるが、成功している か否かは他の研究者の判断に委ねるしかない。 申請者は本研究書の刊行によってメキシコのナショナリズム研究に一定の方向性を示し たつもりであるが、メキシコから米国に移住したメキシコ系アメリカ人のアイデンティテ ィについては言及していない。また、ラテンアメリカ研究者としてメキシコに限定したナ ショナリズム研究だけではなくより広範なラテンアメリカのナショナリズム論にも挑戦し ていく必要があろう。今後の研究課題としては、ひとつはメキシコ以外のラテンアメリカ 諸国のナショナリズムの研究であり、もうひとつはグローバリゼーション下で、ヒスパニ ックと呼ばれるメキシコ移民が米国内で形成しつつあるアイデンティティの研究となろう。 前者の研究については、申請者には以前からブラジル、ペルー、キューバ、アルゼンチ ン等のナショナリズム研究に関心があり、ラテンアメリカ全般のナショナリズムを分析し て初めてラテンアメリカのアイデンティティを包括的に俯瞰できるのではないかという強 い思いがあった。また、昨年から早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で申請者に教鞭を とる機会が与えられ、メキシコ一国のナショナリズム研究では多様な院生のニーズに応え ることができないと痛感したことも理由のひとつである。軍政ひとつを例にとってみても、 メキシコは軍政を経験していないが、ブラジルでは軍部、テクノラート、外資の 3 本柱の 提携による長期軍政が開発志向のナショナリズムを生み出し、ペルーではインディヘニス モとマルクス主義の影響をうけた社会主義的軍政が一時期存在し、ペルー独特の先住民を

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包摂するナショナリズムを構築している。 後者の研究については、米国においてヒスパニック人口が黒人人口を凌ぎ、マイノリテ ィのマジョリティになったことから、ヒスパニック研究は最近とみに注目を集めている。 近年における発展途上国農村への商品経済の浸透は、一方で基礎食料である穀類の外部依 存によって農村における再生産を根底から変質させるとともに、他方では日用品等の商品 の浸透により、衣食住全般にわたり、農民の生活や消費スタイルを変え、その結果、従来 農村を支えてきた社会的慣習や規範を崩壊させ農村の解体が進行している。メキシコでも 生まれ故郷を離れ米国に職を求める合法・不法移民が後を絶たない。 メキシコ人の米国への移民は古くは19世紀末に始まったが、本格化したのは第2次世界 大戦期である。大戦中の農業労働力不足を米国はメキシコ政府との「ブラセロ計画」によ って解決しようとした。この総数500万に及ぶ対米移民が季節的還流移民の原型となった。 このような、労働による所得を得る場所としての米国と家族が生活する場としての故郷を 還流する移民の流れは近年その様相を変え、米国への長期滞在型や定住型が増加している。 出稼ぎ型のメキシコ農民は帰村することによって、伝統的村落共同体のアイデンティティ を保持していたのにたいして、長期滞在型や定住型のメキシコ人たちは当然のことながら 故郷との精神的紐帯が希薄化しているのではないかと推測される。近年、米国の大都市に 定住化傾向が著しいメキシコ人移民のアイデンティティはいかなるものなのか。故郷を遠 く離れメキシコ人としてのナショナル・アイデンティティは弱まり、米国社会に同化され、 スペイン語の代わりに英語を積極的に学ぶのか、他民族に囲まれて逆にメキシコへの帰属 意識は強化されるのか、あるいはヒスパニックとしてのまったく新しいアイデンティティ が生まれているのか。人、物、資本、技術が国境を越えて自由自在に出入りするグローバ リゼーションの時代に、米国―メキシコ間に越境空間を形成するヒスパニックの存在は従 来の国民国家を基調としたナショナリズム論で対応可能なのか、われわれに新たな問題を 突きつけている。

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