中上健次﹃枯木灘﹄
小考
中 根 隆 行
はじめに 中上健次の﹃枯木灘﹄は、﹃岬﹄と澗地の果て 至上の時﹄とともに、登場人物の一致と時間的継起性から通常秋幸三 一−一 部作と称されている作品群の第二作目にあたる。﹃枯木灘﹄は、子が父に対抗する古典的なテーマを扱っている。しかし、 竹原秋幸と実父浜村龍造という父子関係を論じる上で欠かすことができないのは、秋幸と母系との関わりである。石原千 一2一 秋は、﹁﹃枯木灘﹄は、神話的時空とエクリチュールとが、軋み合い、閲ぎ合う小説なのだ﹂といい、父系と母系とが対立 し合う作品として﹃枯木灘﹄を捉えている。﹃岬﹄で犯した異母妹との近親相姦と、﹃楮木灘﹄で犯すことになる異母弟撲 殺は、血縁関係が錯綜する共同体世界のなかでの、父系と母系との対立から派生した事件なのである。本稿では、その複 雑な血縁で結ばれている諸関係のなかで、どのように秋幸が成熟してゆくのかを問題としてみたい。成熟という言葉は、 共同体世界における自己の立場を、差異の相対性において把握しうる能力を身につけるという意味で用いる。本稿では、 秋幸にとっての実父浜村龍造と亡兄西村郁男という存在を、母や姉たちによって構築された彼の記憶との関連から考察し、 次に、秋幸という主体に具備されている﹁風景﹂との交感性という観点に基づいて、父系と母系の双方を否認する、﹃枯 木灘﹄の秋幸の成熟への道程を論じてゆきたい。3
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記憶のない物語 ﹃岬﹄の続編として始まる門枯木灘﹄の主人公竹原秋幸は、いまや異父兄郁男の享年に二つ加えて二十六歳になり、若 社長の義兄文昭とともに現場監督として土建請負業を営む義父の繁蔵の組を支えている。秋幸の一日は﹁人より一時問ほ どはやく起きて土方道具を点検し、揃えること﹂から始まる。それは、っるはしやシャベルが仕事に使う道具である以上 に、﹁つるはしが好きだったしからなのだが、同時に﹁十人居る常やといの人夫らに自分の分け与えた道具で仕事をさせる﹂ のが自分の仕事だからでもある。日のはじまりとともに働きだし、日の終わりとともに働くのをやめる秋幸にとって大切 なことは、肉体労働に従事することなのである。これは、組の経営に参与する繁蔵や文昭と現場のみを任されている秋幸 との違いとしてある。工事を請け負うために必要な裏工作に直接関わることを秋幸が嫌うのは、そうすればη蝿の王しと 称されている浜村木材の経営者で土地の有力者でもある実父龍造と、大して変わらなくなってしまうからだ。秋幸は、実 父との違いを日に染まりながら土とともに働くことのなかに見出しているのである。しかし、その秋幸も入札した工事の 現場を指揮する監督として人夫を使う立場にある。この小説の冒頭部から、秋幸は実父や義父の経営者の側に間接的に関 わっている。 ﹃枯木灘﹄に実父のことが記されるのは、義父の弟文造の里子である洋一が繁蔵と母フサの家に預けられてから、秋幸 が﹁よくはっきりとその男だとわかる夢をみしるようになったというくだりからである。鮎をおびきよせる堰をっくるた めに川石を運ぶ洋一と徹の姿を見ながら、秋幸は、昨夜見た﹁その男﹂、すなわち実父とその子供たちの夢を思い出すのだ。 秋幸は泣いていた。丁度、徹が肝臓癌で倒れたまま寝込んだ父親の臨終の枕元に、女のように尻を畳につけて正座し、こらえかねて 畳に頭をつけて泣いたみたいに。洋一が、文造に噛んで含められて盆の日までの辛抱だと言いきかされていたにもかかわらず、ホi ムを走り、声をあげ、涙を流したように。その男は死にかかっていた。眼と眼が合った。涙が吹き出た。眼がさめて、何故そんな夢 を見るのか秋幸には不思議だった。 その男、それが秋幸の実父だった。生まれてから一度もその男と暮らしたことはなかった。 二〇頁一
秋幸と実父との関係は最後の一文でほぼ尽きている。﹁その男と暮らしたことはなかった﹂と述懐するように、浜村龍 造は秋幸の父親には違いないものの、秋幸にとってその実父との関係は想像上の関係でしかない。また閉枯木灘﹄におい てはじめて登場する人物である洋一は、義父の兄仁一郎の妾腹の子徹と同様、秋幸には義理の従兄弟にあたるが、竹原一 族の血をひいていないという点からすれば、秋幸と関係がより酷似しているといえる。引用箇所の四頁前において、秋幸 は、その﹁洋一が二十年経てば自分のようになると思っ﹂ている。そこで秋幸はその洋一の姿を見て異父兄郁男を想起す るのだ。 秋幸がちょうど洋一と同じ齢ごろに、兄と行った竹藪の中でそれをっくった。どういうはずみか竹が足の皮をむいたのだった。秋幸 はいま思い出す。 秋幸の兄は二十四歳の齢で首を縫って死んでいた。秋幸が十二歳の時だった。秋幸と、死んだ兄の郁男とは父親が違ったのだった。 兄や姉らの父親は死んでいたが、秋幸の実父は生きていた。 一六頁一 実父と種違いの兄郁男の存在が喚起されるのは、両者がともに秋幸の内面において不可解な存在だからである。しかし、 秋幸はこの二人を直接的に呼び起こすのではなく、盆の日まで一緒に暮らすことになった境遇の似ている洋一の姿から間 接的に想起している。 ここでその洋一と同様の役回りを演じるのは、姉美恵の子美智子である。美智子は妊娠して恋人の五郎と駆け落ちした 挙げ句、舞い戻ってきたのだ。美智子は秋幸の姪に当たるが、姉の美恵が昔行商に出ていたフサの代わりに幼少の秋幸の 面倒をみていたので、秋幸にとっては妹のようなものだった。実際年齢も十歳ほどしか離れていない。そこで秋幸は美智 子が生まれた当時のことを思い出すのだが、その一方で﹁その頃一体どういう具合に自分の血の繋がった者たち、母のフ サや種違いの兄、姉たちが暮らしていたのか記憶が﹂ないことに気づく。しかも秋幸がその美智子を美恵と重ねて見てし まうのは、美恵が、幼い頃肋膜を患い体が弱かったので余所へ奉公にも行かず、路地の家で兄郁男と二人で住んでいた時 に、現在の夫実弘と駆け落ちした経緯があったからである。
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秋幸には、そっくりそのままかつて昔あったことを芝屠のように演じなおしている気がした。いや、自分が、 同じ役を振り当てられている気がした。兄の郁男は、美恵をどう思っていたのだろうか、と思った。 かつて十六年前の兄と 一一四頁一 郁男の自殺は﹁いくら解いても解いても新たに仕掛けられる謎﹂として秋幸の内に潜んでいる。秋幸は複雑な血縁関係 のなかにいる自分がかつてのη兄と同じ役を振り当てられ﹂、それがまさに再演されようとしているのだと感じている。 一3︶ すでに秋幸は﹃岬﹄において実父の血で繋がる腹違いの妹と近親相姦を犯していたのだった。門枯木灘﹄は子が父に抗う 古典的なテiマを扱っていると前述したが、厳密にいえば、このテーマは実父と種違いの兄という二つの血によって紡が れているのだ。その輻鞍されたテーマのもとに﹃岬﹄から﹃枯木灘﹄へと物語は展開するのだが、実父との奇妙な父子関 係を小説は次のように語る。 その男龍造蝿の王が、秋幸の実父だった。その蝿の王の周りにはいっも、噂が一yちのぼっていた。大きな男だった。どこの馬の骨や ら、と人は言った。或る時、こんな噂が流れた。熊野の有馬の土地に、浜村家先祖代々の碑をたて、元をただせば馬の骨などではさ らさらなく、戦国の時代、織田信長の軍に破れた浜村孫一という武将が先祖である、と言いはじめた。人の失笑を買っていた。﹁金 があれば御先祖様までええのんと取り換えできるんかいの﹂人は言った。﹁そんなことまでして、町の人の仲聞入りをしたいんかいよ﹂ 一度その碑を見てやろうと秋幸は思っていた。 一二三頁一 実父の噂に対して秋幸が反応するのは、たとえば龍造に恨みを持つ義理の叔母ユキから﹁おっきな体じゃねえ、よう似 とる﹂と何かにつけ容貌の類似を指摘されていたし、また現に町申で自分とそっくりな容貌をしているその実父の姿を見 かけたことがあったからである。しかし、子供の頃母や兄姉たちと暮らした記憶が希薄な秋幸にとって、﹁その男しにつ いての記憶がないのも当然であった。実際秋幸が生まれた当時、浜村龍造は刑務所に服役していたし、出所した後、三歳 の秋幸に向かって龍造が﹁アキユキ﹂と呼びかけたときのことも、姉たちから㍗拭っても消えぬ忌しいL昔話として聴か されていたからにすぎない。十四年前に死んだ兄の郁男がフサや秋幸を殺しに来たときの記憶はいまでも鮮明であるのに 対して、生きている実父については、多くは第三者の語る曝や昔話からしか秋幸に伝えられないという点に注目したい。
父との関係は、まさに秋幸にとって、記憶のない物語なのである。秋幸が耳にするのは、実父浜村龍造の紋切り型のイメー ジでしかないのだ。つまり、秋幸に欠けているのは実の父親という存在の現実感なのである。だから、実父が信奉する先 祖の物語にしても、﹁先祖がそれでどうしたんじゃ﹂と一笑に付すにすぎない。父親という存在に直接関わることのなかっ た秋幸にとって、噂で語られる実父は㍗自分に何のかかわりLもない存在でしかない。 ここで間題となるのは、実父浜村龍造と種違いの兄郁男が、健在と不在の差こそあれ、双方とも、常に姉たちや親類縁 者の身近な人々を通じて秋幸に想起されるということである。再度繰り返すが、秋幸には幼い頃、母のフサや兄姉たち、 母の血で繋がった者らがどのように暮らしていたのかという記憶がないのだ。それにもかかわらず、ひとっひとっのこと をはっきりと覚えているように感じられるのは、それらの出来事が母や三人の姉たちによって何度も語り聴かされたため に、それらがあたかも自分が経験した記憶のごとくに構築されているからである。このように、身近な第三者に媒介され てしか感知されない存在としての両者に対して、秋幸は懐疑を抱いているのだが、それらは次第に生きている実父浜村龍 造という存在に収敏してゆくことになる。 ﹁アカシアしで偶然鉢合わせになった異母弟秀雄の視線を認めると、秋幸は次のように感じる。 秋幸は秀雄に見っめられ、ふと自分が、三っの名前のちょうど真中に位置し、どういうことからも、どういう事件からも無傷のまま ここに至っているのに気づいた。母は、彼一人連れて、母の家から義父と所帯を持った。見棄てられたのは母の先夫の子の四人だっ た。兄は母を殺してやる、と言った。二年前、嫁ぎ先の兄弟喧嘩がもとでの刺殺事件があり、美恵は体のタガが一本はずれて狂った。 何度も死のうとした。精神病院へ行こうという母の言葉に心をかきみだされ、﹁また人を殺すんかあ、人を棄てるんか﹂と母に殴り かかった。秋幸は姉を抱きとめながら、姉もまた母を殺したいのだと思った。おれはその男をどう思っているのだろう、と秋幸は思っ た。 一四七頁一
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秋幸は実父の血で繋がった﹁秀雄に見つめられ﹂、異父兄姉の郁男と美恵を想起している。兄は自殺し、姉は狂ったのだっ た。秋幸ひとり﹁無傷のまま﹂でいるのだが、この後に秀雄とその不良仲間による美智子の恋人五郎へのリンチ事件が起 こる。腹違いの弟による妹のような姪の恋人への傷害事件が、これまで﹁母や母の子の兄や姉たち三人、義父や義父の子の文昭が、秋幸がそれに向きあうことを回避させてきたことLに直面させることになる。この事件を知らせる電話で、﹁秋 幸は違うんや﹂と訴える美恵の言葉を尻国に、美智子は﹁おまえの、弟を、よお﹂と秀雄を殺したいほど憎いと叫ぶのだっ た。秋幸はこの事態を﹁当り前の自然な事﹂として受け取る。﹃枯木灘嶋において、噂や話のなかで語られていた実父浜 村龍造が直に秋幸の目の前に現れるのはこれからである。 二、秋幸における﹁風景﹂ ﹃枯木灘﹄と、この小説には表題がつけられてはいるものの、﹁狭いところ﹂と形容されるその舞台は﹁枯木灘しという 土地ではなく、熊野灘沿岸の和歌山県新宮市である。その街にある路地は複雑な血縁関係で繋がる者が多く住む土地であっ た。実際の作者自身がそうであったし、それをまさしく秋幸が体現していた。しかし、前節で指摘したような諾関係のな かに身を置く秋幸という主体は、どのように造型されているのであろうか。次の引用は秋幸自ら﹁自漬﹂となぞらえる土 方現場での肉体労働の描写である。 何も考えたくなかった。ただ鳴き交う蝉の音に呼吸を合わせ、体の申をがらんどうにしようと思った。一申略一秋幸はいま一本の草 となんら変わらない。風景に染まり、蝉の声、草の葉ずれの音楽を、丁度なかが空洞になった草の茎のような体の中に入れた秋幸を 秋幸自身が見れないだけだった。 一一〇二頁一 ㍗いま一本の草となんら変わらないしとあるように、秋幸は、自分を包む﹁風景﹂のひとつひとつに染まりゆく人物と して造型されている。それは、﹁体の中をがらんどうしにして、﹁風景﹂や﹁蝉の声、草の葉ずれの音楽﹂と交感すること 一4一 である。自らを㍗風景Lのひとつにしたいという願望は、複雑な血の繋がりに緊縛されていることに対して生じる反応 でもあるのだ。しかし、秋幸は﹁風景しに染まりゆく自分を見ることはできない。﹁草﹂となった秋幸の身体は㍗風Lによっ ていとも簡単に騨いてしまうのである。
風が吹く。それはまったく体が感じやすい草のようになった秋幸には突発した事件のようなものだった。 二〇三頁一 複雑に錯綜した人間関係の煩わしさかち、このまま﹁自分が考えることもない一本の草の状態にひたっていたかった﹂ と思うのだが、その実、次々と﹁風景﹂に染まりゆく秋幸は、一端﹁風が吹﹂けば﹁草﹂のごとく身を任せて擁いてしま う本性を有している。そして、まさしく﹁風﹂として﹁その男﹂浜村龍造が秀雄を連れて﹁まったく突然に﹂秋幸の前に 現れることになる。 秋幸は男と秀雄に見つめられながら、熱に病んだように自分の体が火照っているのを知った。﹁アキユキ﹂。とその男は、刑務所から 出てきてすぐに三歳の子供に会い、そう呼びかけた。子供は顔をあげる。﹁アキユキか?﹂と再度訊く男の声に子供は頷く。その声 なら分かった。それから二十三年経っていた。今までも街中で声を掛けられたことはあった。声は声に過ぎない。秋幸の体の中に伝 わってくる声ではない。 ﹁秋幸﹂と男は叫んだ。猫撫ぜ声は変らなかった。 一一〇六頁一 ﹁アキユキ﹂と㍗秋幸Lの違いは、単に㍗二十三年Lという時間の隔差をあらわすだけではない。それは姉たちから語 り聴かされていた﹁忌しい﹂昔話のなかの声と、現実に秋幸の前に立つ実父の声との違いなのだ。しかし、その﹁秋幸し という声が﹁体の中に伝わって﹂こないのは、その声もまた、噂に聞く悪行の限りをつくした男の﹁猫撫ぜ声﹂であるか らだ。母のフサを願し、同時に三人の女を孕ませ、数々の人々を陥れて成り上がった蝿の王龍造の﹁猫撫ぜ声﹂に父親と しての現実感は皆無なのである。その一方で秋幸は、﹁その男﹂に対して発する自分の声も﹁泡のように浮きあがってくる﹂ のに気づき﹁言葉をのしむ。だが、秀雄が傍らで﹁薄ら笑い﹂を浮かべて龍造の癖を真似して唾を吐くのを見た瞬間、秋 幸は﹁いきなり自分の体に炎が立3のを感じ、殺意を抱く。
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秋幸は、郁男を想い出した。郁男は秋幸の種違いの兄だった。秋幸はそう思いつき、 幸と同じ気持ち、同じ状態だったのだ。 或る事に思い当り樗然とした。郁男は、今の秋 一一〇七頁一殺してやる。秋幸は思った。 郁男はその時、そう思ったのだった。 一一〇八頁一 父殺しという潜在的欲望は結果として実父には至らず、偶発的な異母弟秀雄撲殺という事件を引き起こすことになるの だが、この箇所においても、秋幸の殺意は、兄の郁男が抱いた母のフサや自分への殺意から紐解かれる。 複雑な血縁関係のなかで起こる出来事に対して、秋幸が﹁そっくりそのまま﹂過去に起こった出来事を﹁演じなおして いる気がした﹂というのはある意味では正しい。だが、これまでの秋幸は現実に実父浜村龍造一と秀雄︶に対時し、憎悪 を抱くことはなかったのだ。門枯木灘﹄前半の秋幸は、いわば身近な人々に触発されることによって、偶発的な出来事の 起こる場所に誘い寄せられていくのだ。けれども、それは﹁感じやすい草のような﹂敏感な交感性として秋幸に備わって いる本性なのである。この本性をほとんど直叙によって表象しているのが土方現場での肉体労働の描写である。 日は秋幸を風景の申の、動く一本の木と同じように染めた。風は秋幸を草のように搬った。秋幸は土方をやりながら、自分が考える ことも知ることもない、見ることも口をきくことも音楽を聴くこともないものになるのがわかった。いま、つるはしにすぎなかった。 土の肉の中に硬いつるはしはくい込み、ひき起こし、またくい込む。なにもかもが愛しかった。秋幸は秋幸ではなく、空、空にある 日、日を受けた山々、点在する家々、光を受けた葉、土、石、それら秋幸の周りにある風景のひとつひとつへの愛しさが自分なのだっ た。土方をやっている秋幸には日に染まった風景は音楽に似ていた。 一一一九頁一 肉体労働に従事する秋幸は、﹁風景﹂との交感をして性愛の愉楽へと導かれていく。だからこそ徹に声をかけられて、 秋幸はさも﹁自漬しの現場を見られたように﹁差かしく﹂なってしまうのだが、この性愛と呼ぶにひとしい本性こそ、肉 体労働の場面にとどまらず、﹃枯木灘﹄の秋幸を貫いている性質といってよい。この﹁自漬﹂の場は秋幸にとって、複雑 な血縁関係の葛藤や不可解なる実父の存在から逃れうる唯一の場なのである。 土方現場で働く秋幸は﹁空、空にある日、臼を受けた山々、点在する家々、光を受けた葉、土、石﹂へと何の騰踏もな く通底する人物として造型されている。これが、共同体世界の人間関係という﹁風景﹂に転じたならば、秋幸という主体 を通して、﹁風景のひとつひとつへの愛しさ﹂は、いかなる変容の契機を孕むのであろうか。
三、その男蝿の王龍造、 または父の肖像 秋幸が二士二年前のあのとき﹁アキユキ﹂と声をかけた実父の気持ちがいまになって理解できるように思うのは、﹁まるっ きり違う男になった気がする﹂という変化への自覚からである。このことについては後述するが、前節に即していうなら ば、この変化は自分にではなく、むしろ﹁風景﹂に転倒されてこう変奏される。
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ユ その男が絶えず見ていた。飯を食う秋幸、土方をする秋幸、女と寝る秋幸を見ていた。草むらが風をうけて揺れる。色が変る。 も肉もなくなり土方をやっていた秋幸の体が風を受け、ふと一人の現場監督の土方にもどった秋幸を、その男が見ていた。男は空気 のように遍在した。だが、その男は今の蝿の王浜村龍造ではなかった。一体どこで生まれたのか何をやって来たのか誰も知らない二 十六年前の馬の骨の男だった。博打をやり、女をたぶらかし喧嘩をするηアキユキLと呼んだ二士二年前の男なのであった。 二二六頁一 門枯木灘﹄における秋幸の意識の転換点は、浜村龍造に異母妹さと子との近親相姦を告白する場面に認められるのだが、 見逃してはならないのはその前の時点での認識の変化である。秋幸は、美恵が竹原の家に連れてきたさと子とその母キノ エに対して、フサの態度に現れる疎ましさをいぶかり、美恵が惚けたように涙を浮かべているのを不思議に思う。それと 同時に、さと子たちが帰った後のフサや美恵が、先ほどとは一変して普段と変わりなく話しているのを奇妙に感じる。さ と子やキノエがフサたちの家にいるときの重苦しい雰囲気は、実父との過去に端を発しているわけだが、現在でもその雰 囲気を醸しているのは﹁自分の母親のフサが、父親を否定する﹂からである。そこから秋幸は、母の否定する﹁その男﹂ 浜村龍造に会い、η秋幸やさと子の本当の父親なのかどうか確かめてみたいLと考える。 秋幸の父㍗その男L蝿の王浜村龍造は﹁空気のように遍在﹂する実体のない男である。﹁その男﹂が現在の龍造ではな いのは、秋幸の内に存在する実父は、二十三年前に﹁アキユキ﹂と呼んだ﹁その男﹂であり、記憶ではなく、姉たちの語 る話や噂によって﹁その男﹂のイメージが頭に植えつけられているからである。現に﹃枯木灘﹄のなかで秋幸が﹁今の浜村龍造Lに会って言葉らしい言葉を交わす場面はほんの数回にすぎない。だから、母や義父たちに囲まれて暮らしている 秋幸にとって、竹原という名が﹁生まれる前からついていた気が﹂し、浜村龍造が実の父親であることも﹁架空の物語同 然﹂であったのだ。秋幸は、自分の変化を認識している。変容してゆく秋幸という主体は、﹁がらんどうになった体の中﹂ で﹁風景﹂と交感するシステムには支障を来さずに、蝿の王浜村龍造の像を﹁空気のように偏在﹂する男として、η風景L のなかに投影するのである。果然、個々の﹁風景﹂への﹁愛しさ﹂が﹁自分なのだ﹂という秋幸は、一方では、投影され た﹁風景しとしての﹁その男﹂の像と交感し、他方では、蝿の王龍造の像と㍗今の浜村龍造Lとの違いを問題にする。 料亭﹁茂乃井﹂での実父との対面は、秋幸が浜村龍造を呼び出して実現されるのであるが、それはη架空の物語同然L の記憶でしかない自分の過去と現在とを、現存する実父という存在によって溶接しようという試みとしてある。自分とさ と子が確かに父の血で繋がる兄妹であるという現実感を、﹁今の蝿の王浜村龍造﹂という存在に対時することによって見 出そうとしたのだ。しかし、秋幸はこの試みに失敗する。浜村龍造の声は﹁猫撫ぜ声﹂であったのだ。実父のその声に対 して﹁なにもかもちぐはぐだった﹂秋幸は、それどころか逆にその﹁猫撫ぜ声しと﹁いまここに﹂いる実父との奇妙な撞 着にいぶかりながらも、二年前に犯したさと子との近親相姦を告白する。これに対して実父浜村龍造が返した言葉は次の ようなものであった。 ﹁しょうないことじゃ、どこにでもあることじゃ﹂男は言った。低く声をたててわらった。﹁そんなこと気にすんな。秋幸とさと子に 子供が出来て、たとえアホの子が出来ても、しょうないことじゃ。アホが出来たらまあ産んだもんはつらいじゃろが﹂ ﹁アホをつくったるわ﹂とさと子は言う。 ﹁つくれ、つくれ、アホでも何でもかまん。有馬の土地があるんじゃから、アホの孫の一人や二人どういうこともない﹂ 二四五∼一四六頁一 それからの秋幸が肉体労働に従事する﹁風景﹂は依然として変わるわけではない。﹁がらんどうになった体の申﹂でひ とつひとつの﹁風景﹂と交感する秋幸も変わりはしない。変わったのは、﹁しょうないことじごと言って﹁低く声をた ててわらった﹂龍造の声が、新たに﹁蝉の声﹂となって﹁秋幸の体の内で響き、外で響﹂くようになったことである。こ
れは﹁がらんどうになった体の中﹂で﹁風景しのひとつとしての蝿の王龍造の﹁蝉の声しに秋幸が染まりゆく可能性を示 唆している。 また、秋幸は、この龍造の低音の笑い声に触発されて を付加する。 、実父に告白した﹁さと子との秘密しに、更にもうひとつの意味 人にしゃべるべき秘密、さと子との秘密は、さと子を抱いた、自分の腹違いの妹と性交した、そんなことではない、と思った。その 女は美恵のようだった。それが秘密だ、と秋幸は思った。その新地の女は、秋幸のはじめての女だった。二十四のそれまで秋幸は女 を知らなかった。それは姉の美恵が禁じた。 二四七頁一 女であり、腹違いの、父親の血でつながった妹であり、種違いの、母親の血でつながった姉であるその女を犯した。 一一四八頁一 ﹁茂乃井﹂での告白の後、蝿の王浜村龍造への不快感は倍加されるものの、現存する実体のある敵意の対象を失った秋 幸の心情は宙吊りにされてしまったままなのである。これに対して異母妹さと子と犯した近親相姦という罪は、更に姉美 恵の姿を重ね合わせて錯綜化されてしまうのである。それは、暗に女性との性行為を秋幸に禁じてきた、姉美恵の抑圧に 対する秋幸の攻撃衝動をも呼び起こすのである。耳に響く﹁蝉の声のよう﹂な男の笑い声は、蝉の﹁嘆き泣く声﹂に転じ、 ﹁風景﹂と交感する秋幸は、﹁立ったまま蝉の声に呼吸をすることさえ苦痛﹂となり、﹁誰にでもよい、何にでもいい、許 しを乞いたい﹂と切望するのだ。これは、﹁父親の血﹂と﹁母親の血﹂、異母妹と異父姉、現実と想像という、けして交わ ることのない血で絡み合った、その﹁女を犯した﹂という二年前の罪に対して乞う﹁許し﹂なのである。実父への憎悪は ﹁許しを乞﹂おうとしたその秋幸の罪を﹁しょうないことじゃ﹂と笑いはぐらかしたことからも増幅されるのだ。 土方現場はこれより、トンネルを抜けた山奥から三輪崎に通じる国道脇のボーリング場に移り、﹃枯木灘﹄の主な舞台 は次第に、大泊、有馬、そして川口へと、山から海の近くへと転じていくことになる。
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四、父系と母系への否認 さと子とのことを﹁しょうないことじゃ﹂と一笑に付された当の秋幸は、そう笑いすませた浜村龍造の背後に実父の信 奉する先祖浜村孫一という人物を見据えることになる。次の土方現場の準備が整うまでの空いた日に、夏の運動会と称し て組の者、近しい者たちと大泊の海水浴場へと繰り出したついでに、秋幸は、大泊から﹁眼と鼻の先﹂にある﹁その男の 生まれた有馬﹂へと足を延ばす。ともに連れ立つのは妾腹の子徹と里子の洋一である。 蝿の王龍造の建てた浜村孫一の石碑は、﹁男の永久に勃起しつづける性器﹂であり、﹁萎えることも、朽ちることもない 不死への願い﹂として秋幸の国に映る。浜村孫一こと雑賀孫市は、戦国時代に武装した一向宗徒のなかで、鉄砲を用いた 近代的な戦闘に長けた雑賀衆の頭領のひとりであった。﹃枯木灘﹄では、孫一と織田信長との戦いは﹁信仰を持つ者と持 たない者との争い﹂と書かれ、﹁仏は、敗走する者らのそばにあったしと付記されている。眼前に熊野灘が広がる有馬の 地は﹁蝿の王浜村龍造の熱病がつくり出す架空の物語の場所﹂なのだ。しかも、実父の建てた浜村孫一の石碑は、駅裏を 焼き、三人の女を孕ませ、路地にまで火を放とうとした﹁その男﹂の成り上がった歴史を肯定する記念碑ともなっている。 男を嘆かせ苦しめるには、男の子である秋幸が、浜村孫一とは何の血のつながりもないと立証するか、敗走してこの熊野の里へ降り て来たという伝説を、作り話としてあばくことだ。いや、浜村孫一を男の手から秋幸が取り上げることだ。秋幸は想った。一切合切、 おまえの言うことを認める。だが、おまえではなく、この俺こそが浜村孫一の直系であり、浜村孫一の眼に守られて在る。 男はただ秋幸をこの世に現わすに必要とした一滴の精液、一匹の精虫の提供者にすぎない。 一一五九頁一 もちろん最後に秀雄を撲殺することになる秋幸にとって、龍造にかわって浜村孫一となるのは門地の果て 至上の時﹄ を待たねばならない。しかし、すでに秋幸には﹁自分がはっきりと変った﹂という自覚が萌えていたことに注目したい。 確かに有馬から戻って大泊の海で泳いでいるときも、﹁いまここに海のように在りたい﹂と願う秋幸は、﹁がらんどうしの 体内で自らを海の塩そして海面に援ねる光に溶け込ませるのだが、その一方で意識的に﹁浜村孫一の直系﹂となることを
志向しているのである。何にでも染まってしまうことと何かになることは同じようでいて違う。秋幸こそが﹁浜村孫一の 眼に守られて在るしのなら、その実父である龍造は、孫一の血を秋幸に伝えるための﹁一滴の精液、一匹の精虫の提供者﹂ でしかない。浜村孫一の石碑になぞらえて、秋幸はηその男Lを男性性器と捉えたのだが、﹁浜村孫一の直系﹂は秋幸で あるのだという認識からすれば、石碑の立つ有馬の地に象徴されている蝿の王たる男が程造した﹃枯木灘﹄の共同体世界 も、﹁架空の物語﹂が浸透している空間でしかない。つまり、﹁蝿の王浜村龍造﹂という存在こそ﹁架空の物語し世界の﹁王﹂ であり、現実の実父龍造は﹁永久に勃起しつづける性器﹂ではなく﹁一滴の精液﹂にすぎないのだ。 一5一 ここで石尾芳久の被差別部落に対しての研究をもとにした柄谷行人の浜村孫一についての考察を取り上げてみたい。
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王 歴史学者の石尾芳久は、被差別部落は、申世以来のものとは異質であり、そうした申世的な構造を解体する浄土真宗一一向衆一の運 動を、徹底的に弾圧した信長・秀吉によって、報復的に創り出され、徳川体制によって制度的に確立されたものであると主張してい る。たとえば、浜村孫一に同調した南紀の門徒たちが被差別民にされたことを示す文書がある。とすれば、﹁孫二伝説は、被差別 一6一 民が創り出した幻想などではなく、その逆なのだ。それを幻想とすることこそ、起源の隠蔽である。 柄谷氏が論じているのは、二十九歳の秋幸を描く榊地の果て 至上の時﹄における㍗孫一伝説Lであるのだが、その際 の右の指摘は﹃枯木灘﹄でも有効であると思われる。近世の全国規模の民衆運動である一向一撲の最後期に鉄砲で武装し た雑賀衆が﹁信長・秀吉しの武力によって敗北し、その結果として被差別部落成立に一向宗が関わっているのだとすれば、 石尾氏の主張する被差別部落の近世起源説に則るその論旨は、最終的に権力の側によって抑圧された後に制度化された被 差別部落の歴史性が重視されるべきであるというところにある。被差別部落の構造を露呈している﹁路地の母系的形態は、 一7一 古代的なものではなく、歴史的敗北が生みだした屈従の姿でしかない﹂。 秋幸が実父浜村龍造に対抗するために、龍造が先祖だと称している浜村孫一を射程に据えたことは注目に値する。何故 ならば、龍造が加担する﹁孫一伝説﹂という物語への反逆、あるいは孫一となることによって﹁蝿の王﹂の統御する共同 体世界の外部に立とうとする秋幸の試みは、孫一という先祖を信奉する虚妄の血筋に支えられた実父に対抗するとともに、 権力の側によって抑圧された㍗路地の母系的形態Lの歴史性を暴露することで、蝿の王龍造を蔑称しながらも、紋切り型のイメージとは気づかずにそれを語り続ける﹃枯木灘﹄の共同体の成員とも異なる立場をとることになるからである。こ のことは、端的にいえば、母系の血を担う母のフサや姉たちという存在への懐疑として現れている。 それが顕在化するのが盆の十五日の夜である。熊野灘が園前に迫る川口で、仁一郎ら死んだ者たちの精霊舟が燃えて黒 い海の彼方へと流れてゆくのを眺めながら、秋幸は﹁息苦しさ﹂を訴える。それは、母フサとともに川原に残った秋幸の いる場所と、実父浜村龍造とその家族がいる場所とが﹁あまりに近すぎた﹂からである。秋幸が、この﹁息苦しさ﹂から 逃れるために、その刹那見出すのは﹁路地﹂という場である。門枯木灘﹂において、被差別部落を意味する﹁路地﹂とい う言葉が重要な意味を帯びつつ多用されるのは、この盆の黒い川原の灯籠流しの場面での秋幸の言葉によってである。年 に一度のその場所はある意味で﹁路地﹂に似ている。 ﹁踊るんやと言うて﹂フサは秋幸の背申をたたいた。一瞬、秋幸は背に鳥肌立つのが分かった。一中略一竹原秋幸、その名前が嫌だ。 竹原フサ、その名が嫌だ。秋幸は背に広がった鳥肌と不快感が何故なのか分からないまま思った。浜村秋幸、その名も嫌だった。実 父、浜村龍造はすぐそばにいた。そこで世聞並みに、死んだ者の霊を海にむかって送っていた。 路地では、いま﹁哀れなるかよ、きょうだい心中﹂と盆踊りの唄がひぴいているはずだった。言ってみれば秋幸はその路地が孕み、 路地が産んだ子供も同然のまま育った。秋幸に父親はなかった。秋幸はフサの私生児ではなく路地の私生−日几だった。私生児には父も 母も、きょうだい一切はない、そう秋幸は思った。 一二四六∼二四七頁一 ﹁何故なのか分からなピとはいうものの、秋幸が母のフサに背を叩かれて﹁鳥肌立つ﹂のは、亡夫との聞に生まれた 西村という姓の四人の子を捨て、竹原という姓を名乗りながらも、首を吊って死んだ郁男の想い出を平然として忍ぶ母親 に対する﹁不快感﹂からである。秋幸の記憶は母や姉たちによって構築されたと前述した。亡兄とのよき想い出のみを語 る母や姉たちの話に秋幸は欝陶しさを感じていた。それは㍗女たちが集まり、死んだ者をいま現にあるものとして呼んで いる気がLするからである。郁男のことが始終不可解な謎として秋幸の脳裏に呼び起こされるのは、秋幸が現実の記憶と して覚えている兄の姿が荒ぶる兄であったからなのだ。その兄は、毎晩のように母のフサと秋幸を殺しに竹原の家にやっ て来たのである。
﹁哀れなるかよ、きょうだい心中﹂は、恋する妹をそれとは知らずに殺してしまった果てに自死する兄の悲劇を歌う盆 踊り唄であるが、これによって暗示されるのもまた、昔、美恵と若夫婦のように路地の家で暮らしていた兄郁男なのだ。 秋幸にとってその唄は、﹁女たちしの語る亡き兄の姿と同様に、過去の歴史性を捨象して、毎年盆がやって来るたびに繰 り返し歌われる唄としてある。加えてそれは、過去だけではなく、現在の置かれている状況をも隠してしまうような構造 性を持つ装置でもあるのだ。秋幸がフサに背を叩かれ﹁鳥肌立つ﹂のは、それに気づかない﹁女たち﹂への不信感をも孕 んでいる。 また先に引用した文章は、その直後川原を立ち去ろうとした秋幸を﹁兄やんよお﹂という﹁猫撫ぜ声﹂で誘い寄せた実 父浜村龍造に対時する場面でも再び繰り返される。その川原に集う者たちと同様、実父龍造も、秀雄たち家族との閥に﹁親 和しを帳らせていたのだった。 秋幸は男を見ていた。その男は、駅裏のバラックに火をつけ、その足で路地にあらわれたのだった。男は路地に火をつけようとした。 火をつけて、路地を消し去ろうとした。その路地は何処から来たのか出所来歴の分からぬ男には、通りすがりに立ち寄った場所だが、 秋幸には生まれ、育ったところだった。共同井戸、それは、まだあった。路地の家のことごとくは、軒下に木の鉢を置き花を植えて いた。愛しかった。秋幸は川原に立ち、男を見ながら、その路地に対する愛しさが、胸いっぱいに広がるのを知った。長い事、その 気持ちに気づかなかった、と秋幸は思った。竹原でも、西村でもない、まして浜村秋幸ではない、路地の秋幸だった。盆鋼りが今、 たけなわであるはずだった。 一二五二頁一
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} 母のフサと実父浜村龍造の双方に対する秋幸の不快感について前記二箇所の抜粋部分は綴られている。母が、先夫との 間の四人の子を捨てた経緯を省みずに、死んだ兄郁男をたえず現在に喚起するという不合理な執着心を見せるのに対して、 実父は、現在有する権力を背後に﹁架空の物語﹂を紡ぐことで自己の血筋を強力に歪め、孫一の時代にまで遡行して虚偽 の歴史を形成する。この双方に違いはあるものの、注目すべきは、秋幸が、そのどちらに対しても否認する姿勢を表明し ている点にある。そこで、竹原・西村・浜村という三つの名字を断固として拒んだ﹁路地の私生児﹂たる秋幸が選んだ名 前が、﹁路地の秋幸﹂なのである。五、路地の私生児 ︵緒びにかえて︶ ﹃枯木灘﹄以降の中上健次の作品群を知る読者にとって、この﹁路地﹂が門千年の愉楽﹄で体系化され、﹃地の果て 至 上の時﹄等の作品に欠かせないキーワードとなることは周知の事実であるのだが、このことに関して、渡部直己は、﹁﹃地 一8一 の果て 至上の時﹄を生んだのは、︿路地の消滅Vではなくその成立にほかならない﹂と述べている。つまり、﹃枯木灘﹄ における﹁路地﹂は、まだ後に見られるような明確な場としては成立していないのだ。厳密にいえば、秋幸が﹁愛しさし という最上の形容表現とともに吐露する﹁路地﹂は、嫌悪すべき血の繋がりの絶対性をも相対化させてしまう不安定な概 念としてのみある。秋幸が異母弟秀雄を撲殺してしまうのは、夜の川原で実父龍造とその家族のもとを離れた直後である。 それはまさに﹁突発的に起こったのだった﹂。 本稿では触れずにおいたが、恋人紀子の胎内に子を孕ませたまま刑務所に服役する秋幸は、そうすることによって二十 三年前に﹁アキユキ﹂と呼びかけた実父浜村龍造の反復を演じることになる。﹃岬﹄で異母妹と近親相姦を犯し、美恵の 一9一 子美智子を妹のように思い、異母弟秀雄を殺害してしまう秋幸は、いうまでもなく自殺した兄郁男の生をも反復している。 けれども、秋幸は、たえず実父あるいは亡兄と類比されながらも、その同一性のなかに摺曲されてしまうことを拒み続け た存在なのである。 異母弟秀雄を撲殺した後には、次のような描写がなされている。 秀雄の血かそれとも川の水なのか判別がつかないものが、石と石の隙聞でひたひたと波打っていた。それは黒く、海まで続いていた。 はるか海は有馬をも、この土地をも、枯木灘をもおおっていた。 一二五六頁一 秀雄の血であるのか水であるのか﹁夜目には判別がつか﹂ないその液体は、﹁ひたひたと波打﹂ちながら海へと流れて いく。後に秋幸は自分が兄郁男にそっくりであると﹁身震い﹂するのだが、それは﹁郁男の代わりに秋幸しが、﹁秋幸を 殺した﹂からである。また、その結果からすれば、蝿の王浜村龍造を殺すことができなかった代わりに実父の血で繋がっ
た弟秀雄を殺してしまったともいえる。亡き兄の反復を演じたのか、それとも実父の代理として異母弟を見立てたのかは 大した問題ではない。重要なのは、秀雄を殺してしまったという理由を、秋幸が、この二者択一的な選択に還元しないと ころにある。引用部分は、その秋幸の立つ場を、色の識別さえも不可能な暗闇の場所として暗示しているのである。 そこで秋幸の立つその場について異なる視点から考えてみたい。盆の十五日の場面において﹁枯木灘しという地名が、 有馬と新宮という小説の舞台とともに記されているのは何故だろうか。闇に覆われた夜の川原で、﹁路地﹂への秋幸の想 いが﹁愛しさ﹂という形容を伴って再三強調されるのと同じく、﹁枯木灘﹂も﹁貧乏なところしとして数回記されている のだ。枯木灘海岸は紀伊半島の尖端潮岬の西側に広がる海岸である。小説のなかでそこを訪れた者は唯一、浜村孫一だけ である。伝説によれば、﹁浜村孫一は、片眼片脚になり、神経のきかぬ片脚をひきずりながら、枯木灘海岸から、熊野山 中の中辺路を﹂経由して有馬に至る。しかし、枯木灘海岸は主要な小説空問から距離を隔てたところに広がる海岸なのだ。 その﹁枯木灘﹂が重要な意味を帯びてくるのは、それが秋幸の立つスタンスと重なるからである。﹁枯木灘﹂は唯一門枯 木灘﹄の共同体世界の外部なのだ。 息が苦しかった。蝉が耳をっんざくように鴎った。梢の葉一枚一枚が白い葉裏を見せて震えた。 秋幸は大地にひれふし、許しを乞うてもよかった。 日の当るところに出たかった。日を受け、臼に染まり、秋幸は溶ける。樹木になり、石になり、 のように震えた。 空になる。 秋幸は立ったまま草の葉 へ二六五頁︶
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! これは、秀雄を殺した後、本宮まであとわずかのところにある山中へ駆け込み、一夜を過ごした秋幸の最後の描写であ る。﹁大地にひれふし、許しを乞う﹂とは、結果的に﹁郁男と秀雄を殺し﹂てしまったのは自分なのだという罪の意識を 指すと思われるのだが、この意識とは果して何なのか。前述したように、秋幸は複雑な血縁関係のなかで生まれ育ち、竹 原という姓のもと、義兄とともに義父の組を支えていた。また、二十六になるまで﹁どういう事件からも無傷﹂でいられ たのは、母のフサや種違いの姉美恵たちによって守られてきたからである。しかし、秋幸はその母や姉たちを疎ましく思 う。特に母フサに対しては﹁鳥肌立つ﹂ような﹁不快感﹂さえも感じるに至る。種違いの兄郁男を死へと向かわせたのは、母のフサであり、美恵であり、そして秋幸なのである。 ﹃枯木灘﹄は、蝿の王浜村龍造に対抗する秋幸という枠組みで捉えられる傾向があるが、実父浜村龍造への反発にしても、 伏線として変奏される兄郁男の生の反復にしても、母のフサや姉たちという母系を中心にした共同体世界が大きく関係し ている。秋幸は実父とともに、母系を代表する母のフサをも否認しているのだ。それが、秋幸の出生から纏わりついてき た西村、浜村、竹原という三つの姓を拒み、﹁路地の私生児﹂である﹁路地の秋幸しなのだと断言せしめる理由である。従っ て、自ら私生児であると述べる秋幸に悲劇的な要素は微塵もない。むしろ、それは成熟なのである。﹁私生児には父も母も、 きょうだい一切はない﹂のだから、秋幸は、対立し合う父系と母系との狭聞に位置している現実の自分を相対的に捉える ことができるのだ。故に、﹁路地の私生児﹂の名において父系と母系の双方を否認した秋幸が﹁大地にひれふし、許しを 乞うしのは、錯綜した血縁関係のなかで起こる諸々の事件に、自己の存在が間接的に媒介している現実を認識した上での、 すでに犯してしまった罪に対する蹟罪意識からである。異母弟秀雄を撲殺してしまうとはいえ、﹃枯木灘﹄の秋幸が最後 に立つのは、実父浜村龍造を、そして母のフサや姉たちをも否認する、﹁路地の私生児したる成熟した者としての見地な のである。 一ユ一﹃枯木灘﹄は一九七六年から翌年にかけて﹁文薮ごに発表された連載小説である。底本は河出書房新杜刊の単行本とした。引用の 末尾に示したのは、河出書房新社刊本による頁数である。また本稿において括弧一﹁㌧付けで表示したものは底本からの引用と する。 ﹃岬﹄は七五年に﹁文学界﹂、﹃地の果て 至上の時﹄は八三年に書き下ろしとして新潮杜から発表されている。 一2一石原千秋﹁﹃枯木灘﹄し?国文学解釈と鑑賞﹂別冊﹃中上健次﹄ 一九九三年九月一 一3一﹃岬﹄において秋幸の妹はさと子ではなく久美と表記されている。 一4一渡部直己﹁愛しさにっいてし一﹁すばる﹂一九九五年四月号一において、渡部氏は申上健次の一言葉を用いて、﹁︿草のフェティシズム﹀ とも呼ぶべき︿交感﹀の沃野﹂と述べ、秋幸の土方現場の描写についても詳述している。
一5︶石尾芳久﹃一向一撲と都落﹄一二二書房 一九八三年一 一6一柄谷行人﹁差異の産物﹂一﹁新潮﹂一九九三年十月号一 一7︶同上 一8一明確な場とは、短編集﹃千年の愉楽﹄一初出η文籔L 一九八○年七月∼一九八二年四月一に体系化された物語空間の場として稼動 する路地のことである。これについては渡部直己﹁真近さについて﹂?新潮L一九九三年十月号一のなかで論じられている。 一9一秋幸が、異母兄西村郁男と実父浜村龍造の生を反復していることに関しては、川村二郎﹁文芸季評﹂一﹁季刊芸術﹂一九七七年四月一、 長野秀樹﹁﹃枯木灘﹄論﹂一﹁國文學し一九八八年八月号︶、石原千秋一前掲︶等に指摘されている。