M: うーん
5. 考察
○ 判断基準
・表4の判断基準でほとんどの文を分類できた点から,これは CR の判断基準として妥当であると考えられる. しかし, 文 脈の影響が大きく,どのような文脈が CR を除外するのか, また, どのような用法の読みを生み出すのかをあらかじめ予測 するのが難しい.
○ スウェ語
・基本的には CR を表すとされているが,本発表の CR の定義では,CR を表さない場合もある.
・TS・PS・「他」のいずれなのか不明な例も見られた.
○ 日本語とハン語
・CR のある例が見られたが,ほとんどの例は CR ではなく,過去に設定されている出来事(単純過去)を表し ていた.・表4の基準2と基準3が重要であった.文の時間設定は ST に近い方が CR を表しやすかった.副詞,または文 脈は明示的に時間を過去に設定しない場合は,ST との関連性が高くなり,CR と分類されることが多かった.
・CR がある文では,特に先行文脈がないものが多かった.また,後続文脈に現在形,または未来形が出現するこ とが多かったため, 過去の出来事が発生したということが発話時点で今後の行為に影響を与えることが分かっ た.
○ 3 言語とも結果性が高い動詞の方が CR を表しやすかった.ただし,スウェ語は TS より PS の方が多かったのに対し, 日本語とハン語は TS が最も多かった.
・結果性が高い動詞はスウェ語では PS を表すことがあったが,日本語とハン語では必ずTS を表した.また, スウェ語は存続状態を表す例が見られたのに対し,ハン語は1件しか現れず,日本語は0件であった.
→ 現在パーフェクト形を持たない言語の方が動詞のアスペクト的特徴に敏感なのか. TS を表しうる動詞は基本 的には TS を表すのか.
→ タ形とハン語の過去形は存続状態を基本的には表さないと考えられる(McCawley 1971: 105, Comrie 1976:60).
・3言語において TS を表す例は時間副詞と共起しないことが多かったのに対し, PS を表す例は時間副詞と共起すること が TS よりは多かった.この点から,TS の方が無標であり, 現在パーフェクトの最も典型的な用法であると考えられる.
6. 結論
① 表4の判断基準は妥当であったが,どのような文脈が CR の解釈を引き起こすのかさらなる研究が必要
② である.結果性が高い動詞の方が CR を表しやすかった.また,結果性が高い動詞しか表し得ない TS は無標であ ったため,結果性は CR に関連していると考えられる.
③ 日本語のタ形とハン語の過去形は CR を表しうるため,単なる過去形ではないが, 基本的には単純過去 形の機能を果たすことが多いと考えられる. 結果性の高い動詞,また,副詞や文脈による文の時間設定は 過去ではなく ST に近い方が CR を表しやすい.
参考文献
Comrie, Bernard (1976). Aspect: An Introduction to the Study of Verbal Aspect and Problems. CUP. Cambridge.
Dahl, Östen & Hedin, Eva (2000). Current relevance and event reference. In: (ed) Dahl, Östen (2000). Tense and Aspect in the Languages of Europe, Mouton de Gryuter, Berlin ・New York, 385-402
Declerck, Renaat (1991). Tense in English. Routledge, London 工藤 真由美 (1995). 『アスペクト・テンス体系とタクスト 』 ひつじ書房
McCawley, James D (1971). Tense and time reference in English. In: CJ Fillmore & D.T Langendoen, eds, Studies in Linguistic Semantics. New York: Holt, Rinehart & Winston.
Parsons, Terence (1990). Events in the semantics of English. Cambdrige MA: The MIT Press.
高齢者の想定外の言語行動に対する調整の分析
-グループホームの外国人介護職員を対象に-
大場美和子 (昭和女子大学)
1.研究の目的
要介護高齢者が利用する介護のサービスには,高齢者の状態に応じて多様な種類がある.その中で,認知症高齢者グ ループホーム(以下,GH)では,入居している高齢者(以下,高齢者)は,少人数単位の共同生活において介護を受けつ つ日常生活を営んでいる.この日常生活では,高齢者が何らかの理由で食事や服薬を拒んだり,部屋や衣服の不満を述べ たりして,業務が必ずしも予定通りに進まないこともある.よって,介護職員は,日常の決まった業務だけでなく,この ような高齢者の想定外の言語行動に対する調整を行うことも求められる.そこで,本研究の目的は,GHで就労する外国人 介護職員を対象に,高齢者の介助を行う際に,高齢者からの想定外の言語行動で介助の遂行が予測通りに進まなくなった 際に,どのようなやりとりを通して調整していくのか,そこにどのような特徴があるのかを,会話データから明らかにす ることとする.高齢者の想定外の言語行動とその調整の特徴を実際の会話データから分析し,新人の介護職員や近年増加 する外国人介護職員の研修などの人材育成につなげる基礎データにしたいと考える.
2.先行研究
高齢者と介護職員のやりとりについては,特定の介助や行動に着目した研究がある.まず,Backhaus・鈴木(2010)は,
介護老人保健施設でのモーニングケアのやりとりに着目し,利用者が起床に明示的・暗示的な拒否のサインを提示するも のの,介護職員は利用者の起床の同意を促し,起床の活動を行っていくプロセスを記述している.介護職員は利用者の起 床の承諾の獲得に表面上は成功しているが,半ば強要している可能性も指摘している.次に,細馬(2010)は,GHの高齢 者の立ち上がり行動に着目し,高齢者が目の前のお盆に執着して立ち上がれずにいる際に,介護職員が隣のテーブルにお 盆を置くよう声をかけ,最終的に高齢者が立ち上りを達成するプロセスを記述している.介護職員は,高齢者のお盆への 執着という問題行動の制止はせず,お盆を置くという短期的な目標を設定する解決策を取ったとしている.以上は特定の 介助や行動を詳細に記述しているが,GHでは少人数の介護職員によるシフト制で勤務を行っており,交替勤務の中で 身体介助や生活援助など全業務を遂行することが期待され,分業化は馴染みにくい.よって,特定の介助や行動の分 析を参考にしつつ,GHの一日の業務全体のデータを対象に,高齢者の想定外の言語行動を検討する必要があると考える.
大場(2019)は,介護技術講習会の5種類の介助(移動,排泄,衣服の着脱,食事,入浴)のロールプレイの24談話 の全発話を対象に発話機能(国立国語研究所1994)を付与し,介助の談話の構造を分析している.この結果,介助の種類 自体は異なっても,介助の談話に共通する構造があることを指摘している.大場(2019)のデータは介護技術講習会で,
利用者役は介助者役に協力的な言語行動であるが,実際の介護の現場では必ずしもスムーズに介助が遂行されるわけでは ない(Backhaus・鈴木, 2010; 細馬, 2010).しかし,高齢者の想定外の言語行動やそれに対する介護職員の調整も無秩 序に行われるわけではなく,表面上は異なる言語行動にも何らかの共通する特徴が観察されるものと予測される.
3.調査の概要
調査対象者は,GH(職員8名程度,入居者9名程度)で就労する新人の外国人介護職員M(ミャンマー語母語話者,日 本在住25年程度,40代女性)である.調査では,まず,インタビュー調査をMやMの職場関係者に複数回行い(2018年 8月~11月),Mに関する状況を確認したうえで就労場面調査(2018年12月-2019年1月)を行った.このインタビュー 調査より,Mは以前は介護とは関係のない会社で就労しており(日本語で業務),調査時点で介護の経験もなく,関連する 資格も未取得であることを確認した.次に,就労場面調査では,MにICレコーダーを装着し,勤務中(早番,遅番,夜勤)
の音声を連続収集した(計32時間).ICレコーダーの操作はMに委ね,調査者2名は業務に介入しないよう業務の様子を 記録しつつ参与観察を行った.本報告では入浴介助の含まれる早番(7:30-16:30,休憩1時間)に着目する.
4.分析
分析では,早番8時間分の全文字化資料と参与観察の記録から,業務表の業務をMが遂行している際に,高齢者が何ら かの想定外の言語行動を行い,業務の遂行が予測通りに進まなくなった際のMとのやりとりの談話を23例抽出した.そ して,この23例を帰納的に,(1)行為拒否/改善・変更要求,(2)不満表明の2つに分類した.(1)行為拒否/改善・変更 要求とは,高齢者が進行中の介助を拒否したり,改善や変更を求めたりする言語行動である.例えば,服薬や食事の拒否,
移動先の変更の要求などである.(2)不満表明とは,食事をしていない,部屋が寒いなどとその状況に対する不満を高齢 者が述べる言語行動である.(1)(2)ともMは高齢者の発話の内容を確認し,要求や不満に応えたり,応えることが望まし くない場合は,高齢者の気持ちに配慮しつつ現行の介助を継続したりするなどの調整を行う必要が生じる.そこで,抽出 した23例における高齢者とMの発話に対し,国立国語研究所(1994),大場(2019)をふまえて発話機能を付与し,想定 外の言語行動とその調整のやりとりの特徴を分析した.
表1は,高齢者の想定外の言語行動とMの調整をまとめたものである.食事や服薬の拒否からエアコンの不調まで,
(1)(2)の内容や程度は多様である.「No.」は抽出した談話の通し番号である.「機能」は,「拒否」(行為拒否),「改善」(改 善要求),「変更」(変更要求),「不満」(不満表明)の分類である.「予定上の言語行動」は高齢者が本来行うことが予定 された言語行動であるのに対し,「高齢者の想定外の発話内容」はその予定に対する高齢者の想定外の言語行動時の発話 の内容である.不満表明の場合,状況への不満で「予定上の言語行動」と直接的には関連がないため「-」としている.
「介護職員の調整結果」は調整の結果で,「遂行」と記入がある場合,予定された介助の業務が遂行されたことを示す.
表1 高齢者の想定外の言語行動と介護職員の調整
No. 機能 予定上の言語行動 高齢者の想定外の発話内容 介護職員の調整結果 1 行為 居室からフロアへ移動 衣服が整っていないので移動できない 遂行:着替えて移動
2 行為 食事 「わからない」(意図不明) 遂行:食事継続 3 行為 居室からフロアへ移動 衣服を整えてから移動したい 遂行:着替えて移動
4 行為 食事 満腹なので食べたくない 遂行:食事継続
5 行為 食事 食べたくない 食事は終了してお茶で水分補給
6 行為 服薬 既に飲んだ(偽情報)ので飲まない 遂行:服薬
7 行為 水分補給 飲みたくない 遂行:水分補給
8 行為 尿取りパッドの取り換え 汚れていないので取り換えない 取り換えの必要ないことを確認
9 行為 おやつ 食べたくない 遂行:おやつ
10 行為 衣類の受け取って畳む 畳めない 話題のずれ
11 改善 口腔ケア 痛い,冷たい(ので歯磨をやめてほしい) 遂行:歯磨き継続 12 改善 着替えて入浴準備 衣服が合わない 遂行:衣服を確認して準備
13 改善 着替えて入浴準備 衣服が合わない 話題のずれ
14 改善 着替えて入浴準備 衣服が合わない 遂行:衣服を確認して準備 15 改善 着替えを確認して入浴 準備した着替えの服を変えたい 遂行:準備した服のままで問題ない 16 改善 シャワー 苦しい(のでシャワーを止めてほしい) 遂行:姿勢を調整してシャワー継続 17 改善 移動して排泄 鞄がないので取りに行きたい 遂行:鞄は後で届けると伝えて先に排泄 18 変更 トイレからフロアへ移動 フロアへ戻らず居室へ行きたい 遂行:居室へ移動
19 変更 トイレからフロアへ移動 フロアへ戻らず居室へ行きたい 遂行:居室へ移動 20 不満 - エアコンがついていない - ACの確認
21 不満 - エアコンがついていない - ACの状態の説明(問題ない)
22 不満 - 屋上に行きたい - 話題のずれ
23 不満 - 食事をしていない(偽情報) - 次の食事の説明
表1より,高齢者の想定外の言語行動に対してMの調整が行われ,(1)行為拒否/改善・変更要求の19例中15例は,
予定されていた介助も結果的に遂行されていることがわかる.談話10,13,22は調整結果に「話題のずれ」とあるが,
全て同一の高齢者の例である.この高齢者はMに常に話しかけており,3例とも深刻な内容ではなく,Mと話すことを目 的としているような様子であった.Mもそれを理解しており,冗談も含めた会話で対応しており,結果的に話題がずれた ものである.談話5は,高齢者がほぼ食事を終えた状態であったため食事介助は継続されなかったが,お茶の水分補給を 行っている.談話8は,尿取りパッドを取り換えるようMが言ったものの,「汚れていない」という高齢者の発話が実は 正しいことが判明したものである.よって,排泄介助としてのパッド取り換えの「遂行」はなかったが,必要のなかった ものである.つまり,高齢者の想定外の言語行動によって予定されていた介助に遅延は生じたとしても,基本的に介助の