ウイルスが植物に感染すると,宿主細胞内でウイルスのゲノ ム(核酸)の増殖やタンパク質の合成が起こり,植物自身の 正常な代謝が阻害される.病徴の発現パターンは,宿主植物 と感染ウイルスの組み合わせに特異的であるが,温度や光な どの環境要因によって異なる場合もある.植物は抵抗性遺伝 子とRNAサイレンシングを作動してウイルス感染を抑制し よ う と す る が,ウ イ ル ス はRNAサ イ レ ン シ ン グ サ プ レ ッ サー(RSS)によりこれらに対抗する.本稿では,病徴発現 における宿主とウイルスの相互作用に注目し,宿主の遺伝子 を偶然にターゲットにしたRNAサイレンシングが病徴発現 のメカニズムであった最近の研究例について紹介する.
ウイルス感染防御機構としてのRNAサイレンシング RNAサイレンシングは塩基配列特異的にRNA分解を 行うメカニズムであり,二十数塩基の短いRNA(small RNA; sRNA)がガイドとなって特定の遺伝子の発現を 抑制する(ジーンサイレンシング)(図
1
).RNAサイレ
ンシング経路にかかわる遺伝子群は真核生物内で広く保存されており,菌,線虫,昆虫,植物,哺乳類などで見 いだされている.それぞれの生物において異なっている も の も あ る が,二 本 鎖 のsRNA生 成 とRNA-induced silencing complex(RISC)によって標的となるRNAの 発現が抑制される過程はすべての生物間で共通してい る.植 物 のRNAサ イ レ ン シ ン グ で は,siRNA経 路,
miRNA経 路,お よ びRNA-directed DNA methylation
(RdDM)経路があり,sRNAの生成過程などが異なって
い る(1〜3)
.siRNAとmiRNAは,
二 本 鎖RNA(double-stranded RNA; dsRNA)が細胞内に生じた際に,dsRNA 特異的分解酵素(DCL)によって21〜24ヌクレオチド
(nt)の長さに分解されて生成する.miRNAの由来とな るdsRNAはゲノム上のmiRNA遺伝子座からmiRNA前 駆体が転写され,DCL1によるプロセシングによって成 熟miRNAが生成する.siRNAの由来となるdsRNAは,
相補配列をもつRNA同士の対合やaberrant RNAが鋳型 になり,RNA依存型RNA複製酵素(RDR)によって合 成される.このdsRNAは続いて,DCL2やDCL4によっ てsiRNAに切断される.miRNAとsiRNAはどちらも似 た長さの短いdsRNAであるが,miRNAは相補配列内に ミスマッチを含み,siRNAはミスマッチを含まない.
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
【解説】
Relationship between Host RNA Silencing and Viral Diseases in Plants
Hanako SHIMURA, Chikara MASUTA, 北海道大学大学院農学研 究院
植物ウイルスの病徴発現における 宿主RNAサイレンシングのかかわり
植物のウイルス病はどのように起こるのか?
志村華子,増田 税
RNAサイレンシングは内在性遺伝子の発現調節機構 として働き,ゲノムDNAからRNAへの転写抑制,あ るいは転写されたRNAの翻訳抑制(RNAの分解)を行 い,前者はtranscriptional gene silencing(TGS)
,後者
はpost-transcriptional gene silencing(PTGS) と 区 別 される.植物では,組織や器官の分化に必要な遺伝子の 発現調節にさまざまなsRNAがかかわることがわかって おり,最近では,雌雄配偶体の分化(性決定)にも sRNAが関与することも報告されている(4).一方,RNA
サイレンシングは,内生RNAの分解を行うだけでな く,ウイルスのような外来RNAの分解も行っている.植物は,脊椎動物がもつような細胞性の獲得免疫系をも たないため,このRNAサイレンシングが植物にとって 免疫のような役割を担い,ウイルス感染を防いでいるの である.
植物ウイルスの多くはRNAウイルスであり,高次構 造をもつ一本鎖RNA(折り畳まれることでdsRNAとな る部分が生じる)
,または複製中間体として生じる
dsRNAが植物細胞内に存在する.そのため,ウイルス が感染するとウイルス由来のsiRNAが細胞内に多量に 生産され,ウイルスの塩基配列を標的としたRNAサイ レンシングが誘導されてウイルス核酸は破壊される.こ こで,clustered regularly interspaced short palindromic repeats(CRISPER)とCRISPER-associated(Cas)タン日本農芸化学会
● 化学 と 生物
図1■RNAサイレンシング経路の概略図
mRNAなどの内在性RNAやウイルスのような外来RNAからsmall RNA(sRNA)が生成し,そのsRNAはAGOを含むRNA-induced silencing complex(RISC)に取り込まれる.sRNAは片鎖と相補 配列をもつターゲットRNAにさらに結合し,ターゲットRNAの 分解などを通じて遺伝子発現抑制を行う.DCL: dsRNA特異的分 解酵素,RDR: RNA依存型RNA複製酵素.
ウイルスは,いわゆる「生物」とは異なり細胞をも たない.タンパク質と核酸(DNAまたはRNA)から なるウイルスは,ほかの生物の細胞に感染し,その細 胞内にある増殖システムを利用してウイルス由来のタ ンパク質や核酸を増殖する.ウイルスに感染された細 胞は,エネルギーや栄養源をウイルス増殖のために 乗っ取られてしまい,細胞の正常な生理機能が破綻し て死に至る場合もある.これに対し,ウイルスの宿主 となる生物は,ウイルスの増殖を抑制するさまざまな メカニズムを備えて対抗している.動物では,白血球 やT細胞などが構築する免疫系がウイルス防御のため に機能する.植物は動物のような免疫系をもたない が,その代わりに,抵抗性遺伝子とRNAサイレンシ ングがウイルス感染を防御する役割を担っている.抵 抗性遺伝子(R遺伝子ともよばれる)は,NBS-LRR 構造をもつタンパク質を発現し,細胞内への病原体の 侵入を感知して防御応答にかかわる遺伝子群を活性化 する.R遺伝子を介した抵抗性は,ウイルスに限ら ず,菌やバクテリアを攻撃するためにも機能してい
る.RNAサ イ レ ン シ ン グ は,塩 基 配 列 特 異 的 に RNAを分解するメカニズムであり,ウイルス感染防 御以外にも,内在性遺伝子(mRNA)の発現調節に かかわる重要な役割をもつ.ウイルスが感染すると,
植物は抵抗性遺伝子とRNAサイレンシングを作動し てウイルス増殖を抑制しようとする.しかし,多くの 植物ウイルスはRNAサイレンシングを抑制するRNA サイレンシングサプレッサー(RSS)をもっている.
このことから,植物とウイルスの間には,RNAサイ レンシングを介した攻防が存在するのである.
ウイルスが植物に感染すると,モザイク,矮化,壊 疽,奇形などの異常が病徴としてあらわれる.ウイ ルスのタンパク質が病徴の直接的な要因とされる例 もあるが,最近では,多くの病徴にRNAサイレンシ ングの関与が考えられるようになってきた.われわ れは,タバコやトウガラシに特異的に起こる黄化病 徴に注目し,この黄化が起きる分子レベルの要因を 研究している.ここでは,この黄化病徴は,ウイル ス感染によって偶然にも宿主植物の遺伝子がRNAサ イレンシングによってmRNA分解を起こしたという 特異な例であったことについて紹介する.
コ ラ ム
パク質を利用するCRISPER/Cas系に話を向けてみた い.これは,ここ数年で注目され始めた新しいゲノム編 集技術であるが,実は真正細菌と古細菌がもつウイルス
(ファージ)の感染抑制機構を利用したものである(5〜7)
.
CRISPER/Cas系も,外から侵入するDNAを標的とし て20塩基のガイドRNAが分解を誘導するというRNA サイレンシングとよく似たメカニズムに基づいている.原核生物と真核生物のどちらにおいても核酸の相補性結 合を利用して特異的な核酸分解を行っているということ は,このシステムの普遍的な重要性を示唆しており非常 に興味深い.
RNAサイレンシングを阻害するRNAサイレンシ ングサプレッサー
上記のように,植物はRNAサイレンシングによって ウイルス感染から自らを防御しているのだが,これに対 抗するため,植物ウイルスの多くはRNAサイレンシン グを抑制することができるRSSをもっている.報告さ れているRSSの多くは,RNAサイレンシング経路の dsRNA, siRNAやmiRNAに結合することができる(8〜11)
.
dsRNAやsRNAとRSSとの結合は,DCLによるsRNA の生成,sRNAのRISCへの取り込みを阻害する.ほか にも,いくつかのウイルスRSSが,DCLやAGO(ター ゲットRNAを切断するエンドヌクレアーゼ活性(スラ イサー活性)をもつタンパク質で,RISCの主要な構成 要素)などの主要タンパク質に結合することが報告され ている.すなわち,さまざまなRSSによる多様なRNA サイレンシング阻害様式が存在する.たとえば,tom- bus virusのP19タンパク質はsiRNAと結合するRSSで あるが,宿主植物の特定のmiRNA(miR168)の発現量 を増加させることも報告されている(12).このmiR168は
AGO1(PTGSにおいて主要なAGO)のmRNAに相補配列 をもち,AGO1を負に制御する.すなわち,tombus virus が感染した植物では,RNAサイレンシングの活性化に よりAGO1の転写量が増加するものの,miR168によっ てAGO1タンパク質量は低下し,ウイルスに対する RNAサイレンシングが阻害されることになる.また,植物に感染するDNAウイルスのなかには,PTGSを抑 制するRSSだけでなく,ウイルスゲノムDNAに対する TGSを抑制するRSSをもつものも存在する(13)
.また,
植物ウイルスだけでなく,動物ウイルスや菌ウイルス
(マイコウイルス)においても宿主のRNAサイレンシン グを抑制する活性をもつ因子(多くの場合はタンパク 質)がRSSとして報告されている.すなわち,RNAサ イレンシングはウイルス抑制のために普遍的に利用され
ているメカニズムである一方,ウイルスもその対抗策と してRSSを進化させ続けてきたことを示唆している.
宿主因子との相互作用による病徴発現
ウイルスが植物に感染すると,わい化,奇形,モザイ ク,黄化,壊疽などのさまざまな病徴が現れる(図
2
).
病徴発現や病原性にかかわるウイルス因子または宿主因 子については古くから研究が行われてきたが,その分子 メカニズムの詳細がわかっているものは多くない.ウイ ルスはゲノムとなる核酸と数個(多くて数十個)のタン パク質から構成されるが,病徴にかかわるウイルス側の 因子として,特に,ウイルス由来のタンパク質が宿主植 物のタンパク質と間接的あるいは直接的に相互作用する ことで病徴を引き起こす場合がある.rice dwarf virus(RDV)のP2タンパク質は,植物ホルモンであるジベ レリンの合成にかかわるent-kaurene oxidasesと相互作 用することが知られている(14)
.ジベレリンは縦方向の
伸長成長にかかわるため,その合成が阻害されることで RDVに感染したイネはわい化すると考えられている.日本農芸化学会
● 化学 と 生物
図2■植物ウイルスが感染した際のさまざまな病徴
A: シロイヌナズナの全身壊疽病徴.B: ペチュニアの斑入り
(color breaking)病徴.ウイルス感染によって花弁の赤色がまば らになっている.C: ニンニクの条班モザイク病徴.D: キュウリモ ザイクウイルスに感染したロベリア.健全個体は白色花弁だが,
ウイルス感染によって花弁の一部が青色に着色した.これは花弁 のアントシアニン合成がRNAサイレンシングによって発現抑制さ れていたが,CMVのRNAサイレンシングサプレッサーの影響に よりRNAサイレンシングが抑制され,遺伝子発現が復帰した部分 が生じたためと考えられる.
Cucumber mosaic virus(CMV) の2bタ ン パ ク 質 は,
CMVの長距離移行にかかわるタンパク質として最初に 同定されたが,その後,siRNAやAGOとの結合能力が あることからRSSとしても機能することがわかってい
る(15, 16)
.この2bはさらに,宿主タンパク質のカタラー
ゼに結合するという性質ももつ.カタラーゼは細胞内の 過酸化水素(H2O2)の除去に重要な酵素である.CMV が感染した組織では,カタラーゼの機能不全によって H2O2が過剰に蓄積し,H2O2が誘導する細胞死が進み壊 死病徴となると考えられる(17)
.
RNAサイレンシングと病徴発現とのかかわり RNAサイレンシングが発見されその機能が次第に明 らかになるにつれて,RNAサイレンシングを介した植 物とウイルスの攻防の結果としてウイルス感染時の病徴 が現れるのではないかと考えられるようになった.
RNAサイレンシングによるウイルス量の不均一が病徴 となって現れる例として,tobacco mosaic virus(TMV)
が感染したタバコに現れるモザイク病徴(葉で緑色の部 分と退緑した部分が混在する状態)がある.モザイク病 徴部分におけるTMVへのRNAサイレンシングの程度 を調べると,緑色部分は退緑した部分に比べてRNAサ イレンシングが強く働いていることが示されている(18, 19)
.
また,RNAサイレンシングが内生遺伝子の調節とウ イルスの感染防御のどちらも担っていることを考慮する と,ウイルスの感染によって内生遺伝子の調節にかかわ るRNAサイレンシング,主にmiRNA経路が影響を受 けることは容易に考えられる.miRNA経路は細胞の発 達や器官形成を制御しているので,ウイルスの感染に よって生じるウイルス由来の大量のsiRNAやRSSが RNAサイレンシング経路の正常な機能を阻害し,わい 化や奇形といった形態異常を引き起こすと考えられる.
抵抗性遺伝子(R遺伝子)を介したウイルス抵抗性 は,RNAサイレンシングと同様にウイルス感染からの 防御応答を行う重要なメカニズムである.R遺伝子は 共通してNucleotide-binding site‒leucine-rich repeat(NBS- LRR)構造をもち,NBS-LRRを通じて病原体の侵入を 感知して防御応答にかかわる遺伝子群を活性化する.R 遺伝子はウイルスに限らずさまざまな病原体を攻撃する ためにも機能している.近年の次世代シークエンス技術 を利用したsRNAの網羅的解析によって,R遺伝子の発 現制御を行うようなsRNAも発見されてきている.トマ トでは,ウイルス感染と病原菌(糸状菌)感染のどちら も認識するR遺伝子を負に制御するmiRNAが見いださ
れており,このmiRNAの発現量が少ない品種は病原菌 に対して抵抗性となることがわかっている(20)
.一方,
このようなmiRNAによるR遺伝子の負の発現制御は,
ウイルスや細菌の感染によって阻害される場合もあ
る(21, 22)
.miRNAによる制御が外れた状態でR遺伝子が
発現することは過剰な抵抗反応を引き起こすことにな り,予期せぬ細胞死を引き起こすこともある.また,ウ イルスのRSSとR遺伝子とが相互作用する例もある.
Potato virus Y(PVY)のHC-Proは非病原性タンパク 質(Avr)として作用し,サリチル酸を介した防御反応 を誘導するが,CMVのRSSである2bは宿主が発動した サリチル酸応答さえ阻害することができる(23, 24)
.これ
らのRSSによるサリチル酸応答への影響は,RSS活性(sRNAとの結合活性など)を欠失させた場合にも見ら れる.また,turnip crinkle virus(TCV)のRSSであ るコートタンパク質(CP)は,宿主植物のR遺伝子に よって認識され,過敏感反応死(HR)と呼ばれる強い 抵抗性を誘導する(25)
.HRがうまく機能すると,ウイル
スは感染点で死滅し,せいぜい局部病斑を作る程度の病 徴を示すにとどまる.時々,ウイルスの系統と植物の品 種の組合せによってはこのHRは暴走し,全身壊死症状 に発展することもある.この例として,シロイヌナズナ やナタネにturnip mosaic virus(TuMV)が感染したと きに観察される全身壊死があり,この全身壊死はHR抵 抗性が暴走した結果であることが報告されている(26, 27).
したがって,ウイルス感染による病徴発現は,RSSによ るmiRNA経路の阻害の影響に加えて,R遺伝子がかか わる防御反応の乱れの影響も加味された結果として発現 するとも考えられる.ウイルスに寄生するサテライトRNAが誘導する RNAサイレンシング
ウイルスタンパク質ではなく,ウイルス由来の特異的 な塩基配列が原因となり,RNAサイレンシングの直接 関与によって病徴が引き起こされる特殊な例もある.植 物ウイルスの粒子中には,サテライトRNA(satRNA)
と呼ばれるサブウイルスが含まれていることがある.最 小の感染性病原体とされるウイロイドもサブウイルスの 一種である.CMVで見つかっているsatRNAは,330〜
400塩基の一本鎖RNAで,タンパク質をコードしない noncoding RNAで あ る.CMV satRNAは,CMVの 複 製酵素と移行システムを利用してCMVとともに増殖す る.複製酵素の競合が起こるため,satRNAが感染する とCMVの増殖量が低下し,CMV単独感染時よりも CMVとsatRNAの同時感染では病徴が弱まることが多
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
い.このため,satRNAはCMVに寄生するRNAとさ れ,CMVの弱毒化に利用される例もある.しかし,
satRNAの種類によってはCMVの病徴が逆に強まるこ ともあり,特に有名な例が,四国のタバコ畑で発見され たY satellite RNA(Y-sat)である.CMVはタバコや トウガラシに感染したときに緑色のモザイク病徴を誘導 するが,CMVとY-satが感染すると鮮やかな黄化病徴 に変わる(図
3
).この黄化病徴は,別の種類のsatRNA
とCMVがタバコに感染した場合には起こらない.ま た,シロイヌナズナやトマトにCMVとY-satが感染し た場合にも黄化は見られないことから,宿主側の因子と Y-satの塩基配列の両方が黄化病徴にかかわると考えら れてきた.Y-satによる特異的な黄化誘導は世界中の植 物ウイルス学者に注目され,20年以上にわたりさまざ まな研究が行われてきた.1989〜1992年までに,黄化 誘導に必要なY-sat内の配列の解析が進んだが(28〜32),宿
主側の要因は不明のままであった.2004年,ウイルス のRSSを発現させた組換えタバコではY-sat感染時の黄 化病徴が起こらないことが報告され(33),Y-satによる黄
化誘導にはRNAサイレンシングがかかわることが示唆された.さらにその後の2011年,Y-satによる黄化誘導 メカニズムがついに解明された.Y-satの塩基配列には,
タバコのクロロフィル合成関連遺伝子Mg protoporphyrin chelatase subunit I(ChlI) のmRNAと 相 補 的 な22塩 基の連続した配列があり,Y-satが感染したタバコで生 じるY-sat由来のsiRNAがChlIのmRNAをRNAサイレ ンシングによって切断することがわかった(34〜35)
.すな
わち,CMVとY-satが感染したタバコではChlI発現量 の低下が起き,その結果クロロフィル欠失が生じて黄化 病徴となると考えられる.これは,ウイルスの病徴発現 に宿主のRNAサイレンシングが直接的に関与すること を実験的に示した世界で最初の例である.satRNAなどのサブウイルスによるほかの黄化病徴の 例として,スイカズラの葉脈透過病徴や,ウイルスの病 徴について記した最古の記述とされる万葉集のヒヨドリ バナの黄葉病徴も有名だが,これらの病徴誘導メカニズ ムはまだ明らかになっていない.また,ウイロイドも satRNA同様に多量のsiRNAを生じることから,ウイロ イドの病徴発現とRNAサイレンシングの関連を調べた 研究も進んでいる.ウイロイド由来のsRNAには宿主植 物のmRNAにRNAサイレンシングを誘導すると想定さ れるものが見いだされ,実際に,mRNAの分解が起き ている例も報告されている(36〜38)
.
宿主ゲノムとウイルス病との関連
近年のシークエンス技術およびバイオインフォマティ クスの発展により,ウイルス由来のsiRNAの網羅的な 解析が可能となっている.TMVを用いた解析では,
TMVから生じたsiRNAの中に宿主遺伝子をターゲット するものがあることが示唆されている(39)
.しかし,こ
れらの遺伝子発現とTMVによる病徴誘導との関連は不 明であり,ウイルスゲノム由来のsiRNAが植物mRNA にRNAサイレンシングを起こすという報告はまだな い.したがって,植物のRNAサイレンシングが病徴誘 導メカニズムとして直接的に関与することは,起源不明 とされるサブウイルスのnoncoding RNAでのみ起こる 限られた現象なのかもしれない.一方,動物では,ウイ ルス由来のmiRNAが宿主mRNAの発現制御を行う例 も報告されている(40).さまざまな生物のゲノム解析が
進み,動物だけでなく植物においてもゲノム内にウイル ス様配列があることがわかってきているが(41〜43),この
内在ウイルス様配列の存在と病気や抵抗性の発現との間 には関連があるのかもしれない.たとえば,エボラウイ ルスを保有するが病気を発症しないコウモリは,エボラ日本農芸化学会
● 化学 と 生物
図3■CMV YサテライトRNA(Y-sat)による黄化病徴 CMVがタバコやトウガラシに感染すると緑色のモザイク病徴が生 じるが(写真左),CMVとY-satが同時に感染すると黄色のモザ イク病徴になる(写真右).この黄化病徴は,トマトやシロイヌナ ズナでは起こらない.この黄化病徴が生じる原因は,Y-sat由来の siRNAが植物のクロロフィル合成関連遺伝子(ChlI)にRNAサイ レンシングを誘導し,その遺伝子発現を抑制するためであること がわかっている.黄化病徴が起こるタバコやトウガラシのChlIに は,Y-satの配列と相補する22塩基の連続した配列がある.一方,
黄化病徴が起こらないトマトやシロイヌナズナのChlIは,その配 列部分に2または5カ所のミスマッチを含むため(赤字),Y-sat siRNAのターゲットとならない.
ウイルスの遺伝子と相同性をもつ配列をゲノム内にもっ ているのに対し,エボラウイルス感染により病気になる ブタや霊長類はその配列をもっていない.同様な相関が 非レトロウイルス型のウイルスとそれに似た内在性配列 をもつ宿主の間にもあることが指摘されている(44)
.ま
た,ゲノム内のウイルス様配列が実際にmRNAのよう に転写され,相同性をもつウイルス感染の抑制にかかわ ることも示唆されている(45).ここで紹介したCMVの
Y-satも,CMVとの塩基配列の相同性はなく起源不明と されてきたが,最近では,タバコの野生種のゲノム内にミスマッチのある24塩基程 度の相同配列があるとされている(46)
.病気の発症と宿
主ゲノム内の内在性ウイルス様配列との関連を明らかに することは,そもそもウイルスとは何なのか? そして どうして病気を起こすのか? などさまざまな謎の解明 につながるかもしれない.文献
1) D. Baulcombe: , 431, 356 (2004).
2) A. L. Eamens, M. B. Wang, N. A. Smith & P. M. Water- house: , 147, 456 (2008).
3) G. Meister & T. Tuschl: , 431, 343 (2004).
4) T. Akagi, I. M. Henry, R. Tao & L. Comai: , 346, 646 (2014).
5) P. Horvath & R. Barrangou: , 327, 167 (2010).
6) L. A. Marraffini & E. J. Sontheimer: , 11, 181 (2010).
7) T. Gaj, C. A. Gersbach & C. F. Barbas 3rd:
, 31, 397 (2013).
8) J. Burgyán & Z. Havelda: , 16, 265 (2011).
9) S. W. Ding & O. Voinnet: , 130, 413 (2007).
10) T. Hohn & F. Vazquez: , 1809, 588 (2011).
11) B. M. Roth, G. J. Pruss & V. B. Vance: , 102, 97 (2004).
12) E. Várallyay, A. Válóczi, A. Agyi, J. Burgyán & Z. Havelda:
, 29, 3507 (2010).
13) R. Vanitharani, P. Chellappan & C. M. Fauquet:
, 10, 144 (2005).
14) S. Zhu, F. Gao, X. Cao, M. Chen, G. Ye, C. Wei & Y. Li:
, 139, 1935 (2005).
15) K. Goto, T. Kobori, Y. Kosaka, T. Natsuaki & C. Masuta:
, 48, 1050 (2007).
16) X. Zhang, Y. R. Yuan, Y. Pei, S. S. Lin, T. Tuschl, D. J.
Patel & N. H. Chua: , 20, 3255 (2006).
17) J. Inaba, B. M. Kim, H. Shimura & C. Masuta:
, 156, 2026 (2011).
18) C. J. Moore, P. W. Sutherland, R. L. Forster, R. C. Gard-
ner & R. M. MacDiarmid: ,
14, 939 (2001).
19) K. Hirai, K. Kubota, T. Mochizuki, S. Tsuda & T. Meshi:
, 82, 3250 (2008).
20) S. Ouyang, G. Park, H. S. Atamian, C. S. Han, J. E. Sta- jich, I. Kaloshian & K. A. Borkovich: , 10,
e1004464 (2014).
21) F. Li, D. Pignatta, C. Bendix, J. O. Brunkard, M. M. Cohn, J. Tung, H. Sun, P. Kumar & B. Baker:
, 109, 1790 (2012).
22) J. Zhai, D. H. Jeong, E. De Paoli, S. Park, B. D. Rosen, Y.
Li, A. J. González, Z. Yan, S. L. Kitto, M. A. Grusak : , 25, 2540 (2011).
23) L. H. Ji & S. W. Ding: , 14, 715 (2001).
24) M. Shams-Bakhsh, T. Canto & P. Palukaitis: , 130, 103 (2007).
25) C. W. Choi, F. Qu, T. Ren, X. Ye & T. J. Morris:
, 85, 3415 (2004).
26) C. E. Jenner, X. Wang, K. Tomimura, K. Ohshima, F.
Ponz & J. A. Walsh: , 16, 777 (2003).
27) Y. Kaneko, T. Inukai, N. Suehiro, T. Natsuaki & C. Masu- ta: , 110, 33 (2004).
28) M. Devic, M. Jaegle & D. Baulcombe: , 70, 2765 (1989).
29) C. Masuta & Y. Takanami: , 1, 1165 (1989).
30) M. Jaegle, M. Devic, M. Longstaff & D. Baulcombe:
, 71, 1905 (1990).
31) S. Kuwata, C. Masuta & Y. Takanami: , 72, 2385 (1991).
32) D. E. Sleat & P. Palukaitis: , 2, 43 (1992).
33) M. B. Wang, X. Y. Bian, L. M. Wu, L. X. Liu, N. A. Smith, D. Isenegger, R. M. Wu, C. Masuta, V. B. Vance, J. M.
Watson : , 101, 3275
(2004).
34) H. Shimura, V. Pantaleo, T. Ishihara, N. Myojo, J. Inaba, K. Sueda, J. Burgyán & C. Masuta: , 7, e1002021 (2011).
35) N. A. Smith, A. L. Eamens & M. B. Wang: , 7, e1002022 (2011).
36) B. Navarro, A. Gisel, M. E. Rodio, S. Delgado, R. Flores &
F. Di Serio: , 70, 991 (2012).
37) A. L. Eamens, N. A. Smith, E. S. Dennis, M. Wassenegger
& M. B. Wang: , 450‒451, 266 (2014).
38) C. R. Adkar-Purushothama, C. Brosseau, T. Giguère, T.
Sano, P. Moffett & J. P. Perreault: , 27, 2178 (2014).
39) S. Qi, F. S. Bao & Z. Xie: , 4, e4971 (2009).
40) E. Gottwein, N. Mukherjee, C. Sachse, C. Frenzel, W. H.
Majoros, J. T. Chi, R. Braich, M. Manoharan, J. Sout- schek, U. Ohler : , 450, 1096 (2007).
41) R. Belshaw, A. Katzourakis, J. Paces, A. Burt & M.
Tristem: , 22, 814 (2005).
42) M. Horie, T. Honda, Y. Suzuki, Y. Kobayashi, T. Daito, T.
Oshida, K. Ikuta, P. Jern, T. Gojobori, J. M. Coffin : , 463, 84 (2010).
43) S. Chiba, H. Kondo, A. Tani, D. Saisho, W. Sakamoto, S.
Kanematsu & N. Suzuki: , 7, e1002146 (2011).
44) K. Tomonaga: , 62, 47 (2012).
45) K. Fujino, M. Horie, T. Honda, D. K. Merriman & K.
Tomonaga: , 111, 13175 (2014).
46) K. Zahid, J. H. Zhao, N. A. Smith, U. Schumann, Y. Y.
Fang, E. S. Dennis, R. Zhang, H. S. Guo & M. B. Wang:
, 11, e1004906 (2015).
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
プロフィール
志村 華子(Hanako SHIMURA)
<略歴>1999年北海道大学農学部生物資 源科学科卒業/2005年同大学大学院農学 研究科博士課程修了/同年森林総合研究所 北海道支所非常勤職員/2006年北海道大 学大学院農学研究院博士研究員/2009年 同大学院農学研究院助教,現在に至る<研 究テーマと抱負>植物ウイルス学,園芸 学,植物と微生物の相互作用<趣味>植物 の育成,家族旅行,手作りすること
増 田 税(Chikara MASUTA)
<略歴>1981年北海道大学農学部農業生物 学科卒業/同年日本専売公社入社/1984〜
1986年 米 国Purdue大 学 留 学(修 士 課 程)/1996年北海道大学農学部助教授/
2000年同大学大学院農学研究科(現農学 研究院)教授,現在に至る<研究テーマと 抱負>植物ウイルス学,細胞工学,ウイル スと植物エピジェネティクス<趣味>読書
(主に時代ものと漫画),スーパーでウイル スに感染した植物を見つけること
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.42
日本農芸化学会