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なぜ清酒酵母はアルコール 発酵力が高いのか? - J-Stage

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【解説】

清酒は,世界の醸造酒の中で最もアルコール度数の高い飲料 の一つであり,長年育まれてきた高い醸造技術によりその製 造が可能となった.特に,清酒中のエタノールやさまざまな 香味成分を生産する「清酒酵母」については,先人たちがよ り旨い清酒をより効率的に造るために多くの試行錯誤を繰り 返した結果,現在のような優れた醸造特性を有する菌株群に たどり着いたのだろうと推測される.では,この清酒酵母を 清酒酵母たらしめる原因とは一体何であろうか? 近年行わ れた清酒酵母のゲノム解析およびトランスクリプトーム解析 の結果を活用することにより,清酒酵母の特長を生み出すメ カニズムが遺伝子レベルで徐々に明らかになってきたので,

現在までに得られた知見について紹介する.

清酒酵母の「高発酵性」とは

本題に入る前に,まずは清酒酵母がどれほど清酒醸造 に適しているのかについて知る必要がある.清酒酵母を 用いて醸造した清酒は香味成分のバランスが優れてお り,清酒としての風味を作り出すうえでその存在が欠か

せないことは言うまでもないが,本稿では清酒酵母のも う一つの重要な特性である「高い発酵力」に焦点を当て たい.そこで一例として,清酒酵母と,古くからさまざ まな生物学的研究に利用されてきた出芽酵母菌株(本稿 では「実験室酵母」と呼ぶ)を用いて,酵母植菌量,原 料である白米・麹・水の配合,温度経過などの条件は全 く同一にしたうえで小スケールの発酵試験を実施してみ た.

その結果,清酒酵母のほうが発酵期間を通じて常に大 きい発酵速度を示し,発酵の進行を示すマーカーである 炭酸ガスの総排出量の差が時間の経過とともに拡大して いくことがわかった(図

1

.両者ともに発酵がほぼ終

了した時点(20日後)のアルコール度数を実際に測定 してみると,実験室酵母を使用した清酒もろみは10%

台前半(アルコール度数は容量%で表示する)程度で あったが,清酒酵母を使用した場合には約18 〜20%に まで到達した.さらに実際の清酒醸造の現場では最大で 22%もの高濃度のエタノールを製造可能であることが知 られている.また,図1の発酵試験において,清酒もろ みにおける細胞数は清酒酵母と実験室酵母でそれほど大 きな差がなかったことを考え合わせると,清酒酵母と

なぜ清酒酵母はアルコール 発酵力が高いのか?

渡辺大輔

How Has Sake Yeast Acquired High Alcohol Fermentation Abili- ty ?

Daisuke WATANABE, 酒類総合研究所研究員

(2)

は,個々の細胞の発酵速度を高めることによって高濃度 のエタノールを生産する能力を獲得した菌株であると特 徴づけることができる.清酒業界では,健全な発酵の指 標としてだけでなく経済的な観点からも,原料の白米か らどれだけのエタノールを生産できたかの効率を示す

「アルコール収得歩合」が重要視されてきた経緯を有す る.この数字の改善に向けて最適な酵母菌株を選抜した 結果,発酵速度が顕著に大きい現在の清酒酵母が広く用 いられるようになったのではないかと推測される.

では,清酒酵母細胞の発酵速度が大きい原因は何だろ うか? 出芽酵母においては,解糖やアルコール発酵が どのような酵素により引き起こされ,それらがどの遺伝 子にコードされているのかについて,数多くの生化学 的・遺伝学的研究が行われている.したがって,清酒酵 母の高発酵性の分子メカニズムに迫るのは,一見容易な ことなのではないかと思われるかもしれない.ところ が,清酒酵母においてこのような既知の発酵関連遺伝子 の変化が直接的に発酵力の向上を引き起こしたことを示 す証拠は現在までに得られていない(1)

.また,実験室酵

母において解糖系やアルコール発酵に関連する主要な酵 素を高発現させても,清酒酵母のような高い発酵力を獲 得できるわけではないこともわかっている(2)

.つまり,

エタノール生産のためのマシーナリー自体に関する解析 は十分に進んでいるのに対し,このマシーナリーが酵母 細胞内でどのように制御されているのか,そしてその制 御メカニズムをどのように改変すれば酵母の発酵力に影 響を与えることができるのか,といった問いに対する答 えはほとんど未知であるというのが現状である.した がって,清酒酵母の高発酵性の原因解明についても,手 探りの状況からのスタートとなった.

清酒酵母はストレスに弱い

発酵性の向上につながる清酒酵母細胞に特徴的な遺伝

子発現パターンを明らかにするために,代表的な清酒酵 母菌株の一つであるきょうかい701号 (K701) と実験室 酵母X2180を用いて作製した清酒もろみからそれぞれ 酵母を回収し,DNAマイクロアレイ解析に供した(3)

両 者 の マ イ ク ロ ア レ イ デ ー タ の 差 分 を T-Profiler 

(http://www.t-profiler.org/)(4)を用いて解析することに より,発現に差がある遺伝子に共通に含まれるシスエレ メント(転写因子が結合するDNA配列)を多数同定す ることができた.なかでも,最も顕著であったのが,清 酒酵母では実験室酵母と比べてストレス応答転写因子 Msn2pお よ び Msn4p (Msn2/4p)  の 結 合 モ チ ー フ 

(stress response element ; STRE) を 有 す る 遺 伝 子 グ ループの発現レベルが低いという点であった.実際に,

Msn2/4pのターゲットであることが報告されている複 数の遺伝子について発現レベルを確認したところ,発酵 速度が上昇していきピークに達する2 〜5日目にかけて 実験室酵母では明確な発現誘導が認められたのに対し,

清酒酵母では発現レベルが低く抑えられており,ほとん ど誘導されない遺伝子もあった.STREとレポーター遺 伝子の融合遺伝子を用いて転写誘導活性をモニターした 実験においても,清酒酵母ではMsn2/4pとSTREを介 した遺伝子発現に著しい欠損を有することが確認され た.Msn2/4pとは出芽酵母のストレス応答における中 心的な役割を果たす転写因子であり,熱ショック,酸化 ストレス,浸透圧ストレス,栄養源枯渇,エタノールス トレスなどさまざまな環境変化に応答してグローバルな 遺伝子発現の変化を引き起こすことが報告されている

(主なターゲットは,活性酸素除去,糖代謝リモデリン グ,分子シャペロンなどに関連する遺伝子などであ る)(5, 6)

.したがって,Msn2/4pの両方を欠失した酵母

はストレス耐性が非常に低くなる.以上の知見を組み合 わせると,発酵中の清酒酵母細胞の特徴の一つとして,

Msn2/4pを介したストレス応答に何らかの異常を有し ており,外界からのストレスに弱い点が挙げられるので はないかと疑われた.

しかし,この結果はすぐに納得できるものではなかっ た.発酵力の高い実用酵母というものは,自らが生成し た高濃度のエタノールの存在下でも発酵を継続すること ができることが大きな利点である.エタノールの毒性以 外にも,発酵環境には,温度や糖濃度,pH,栄養飢餓,

発酵阻害物質など複合的なストレス要因が存在してお り,これらのストレスに打ち克つことのできる酵母が優 良な実用酵母として用いられるはずだと一般的に考えら れている.「高い発酵力を誇る清酒酵母がストレスに弱 い」というのは果たして本当なのだろうか?

図1酵母による清酒発酵経過の違いの一例

(3)

そのことを調べるために,清酒酵母K701と実験室酵 母X2180を用いて作製した清酒もろみからそれぞれ酵 母を回収し,強いストレス(54℃の熱ショック,22%の エタノールストレス)を付与することによって細胞が死 滅する速度を解析した(7)

.その結果,DNAマイクロア

レイ解析から導かれた仮説と矛盾することなく,K701 のほうがX2180よりも生存率の低下が急激であること がわかった.さらに,K701以外の複数の代表的な清酒 酵母菌株 (K6, K7, K9, K10) についても同様の結果が 得られることを確認した.以上の結果から,清酒酵母は ストレス応答関連遺伝子の発現の抑制を示し,実際にス トレス耐性が低いという新規な知見を得ることができ た.

ストレス応答欠損が高発酵性を引き起こす

清酒酵母のストレス応答欠損の原因を解明するため に,清酒酵母におけるMsn2/4pやその関連因子上の変 異を検索した(図

2

.近年,清酒酵母K7の全ゲノム配

列が解読されたことにより(清酒酵母ゲノムデータベー スhttp://nribf1.nrib.go.jp/SYGD/にて参照可能)(8)

,こ

のような  での解析を容易に行うことができる ようになった点は特筆すべき進歩である.調べた結果,

K7では, 遺伝子における一塩基置換 (T2C) によ り開始コドンの位置のずれが予想された.さらに,別の 一塩基置換 (C1540T) によりMsn4pのC末端の117ア ミノ酸が欠失していることが明らかになった.Msn4p のC末端に近い領域にはSTREとの結合に必須なジンク フィンガーモチーフが存在することから,この変異によ りMsn4pは転写因子としての機能を欠損していること が予想される.これらの変異は,2倍体であるK7の両

染色体上に存在していた.このように,K7の は 偽遺伝子化していることが配列情報から確認されたが,

一方でMsn4pと相同な機能を有するMsn2pについては K7で正常な機能を有することがすでに報告されてお

(9, 10)

,Msn4pの機能欠失だけでは清酒酵母のストレ

ス応答欠損を十分に説明することができなかった.

そこで次に筆者らは,Msn2/4pの上流活性化因子で あると考えられているRim15pというプロテインキナー ゼに着目した(11)

.K7の

遺伝子では5055番目の アデニン塩基の直後にもう一つアデニンが挿入されてお り (5055insA)

  その結果生じたフレームシフトの影響 でC末端が短縮されていた(図2)

.この変異について

も,K7の2本の第VI番染色体上にホモ型で存在してい た.この変異の意義について調べるために実験室酵母に おいて同じ部位にアデニンを挿入すると, 遺伝 子破壊株とほぼ同一の表現型を示したことから,この 5055insA変異がRim15p機能の完全な欠損を引き起こす ことを確認した.そこで,清酒酵母において実験室酵母 由来の正常な 遺伝子を発現させたところ,熱 ショックに対する耐性が実験室酵母と同程度にまで回復 した.以上の結果から,この5055insA変異が清酒酵母 のストレス応答欠損の主要な原因であると結論づけるこ とができた.なお興味深いことに,この 遺伝子 上の5055insA変異と 遺伝子上のC1540T変異は いずれも K6, K7, K9, K10 などの清酒酵母菌株にのみ 特異的に存在し,それ以外の実用酵母や実験室酵母では 現在に至るまで全く見つかっていない.したがって,こ れらの清酒酵母菌株が,5055insA変異やC1540T変異を 生じたある共通の祖先株に由来しており,さらに,

Rim15p-Msn2/4pを介したストレス応答経路の欠損が清 酒酵母の個性を生み出すうえで重要な役割を果たすため

図2清酒酵母に特異的な高発酵性 原因変異

(A)  ,  遺伝子の機能欠 失変異.(B)  遺伝子の欠失変 異.いずれも上が実験室酵母S288c,

下が清酒酵母K7における遺伝子の概 略を示す.

(4)

に,これらの変異が保存されてきたのではないかと推測 される.

Rim15pやMsn2/4pの機能が酵母の醸造特性に与える 影響を明らかにするために,実験室酵母でこれらの遺伝 子の変異株を用いて清酒発酵試験を実施した結果,いず れも親株より発酵速度が有意に上昇することが明らかに なった.特に, 遺伝子の破壊や5055insA変異に よる効果が著しく,20日間の発酵試験終了後のアル コール度数を測定すると,親株が11.19±0.17%であっ たのに対し,破壊株は17.03

±0.44%,5055insA変異株

は16.76±0.18%と,約50%ものエタノール生産量の改 善につながったことは驚くべき結果であった.このよう に本研究は,清酒酵母の高発酵性を生じさせるメカニズ ムの一つを遺伝子レベルで初めて解明したことに加え,

「ストレス応答因子の働きを弱めることによって高発酵 性を獲得する」という新規の発酵制御メカニズムの存在 を明確に示すものとなった.

そして,もう一つのストレス応答欠損

清酒酵母のトランスクリプトーム解析の結果(3)から は,Msn2/4p以外にも複数のストレス応答関連転写因 子の機能が抑制されていることが示唆されている.ここ ではMsn2/4p以外の例として,転写因子Hsf1pに関す る研究結果を紹介する(12)

.出芽酵母Hsf1pは真核生物

において広く保存されている熱ショック応答転写因子 

(heat shock factor ; HSF)  の ホ モ ロ グ で あ る が,

Msn2/4pと同様に,熱ショックに限らず,酸化ストレ スやグルコース枯渇,エタノールストレスなどに対する 応答にも重要な役割を果たすことが知られている(13, 14)

Hsf1pの タ ー ゲ ッ ト 遺 伝 子 へ の 結 合 モ チ ー フ (heat  shock element ; HSE) とレポーター遺伝子の融合遺伝子 を用いた解析の結果,発酵中の清酒酵母ではこのHsf1p とHSEを介した遺伝子発現にも欠損を示すことが明ら かになった.このようにMsn2/4p以外のストレス応答 経路にも異常が認められたことから,さまざまなストレ ス応答関連遺伝子に欠損が生じることにより元の菌株と 比べて細胞生理状態がダイナミックに変化し,清酒醸造 にとって有用な特性を獲得することができたという可能 性がより大きくなった.

ところで,清酒酵母のHsf1pはどのようなメカニズム により不活性化されているのだろうか? 清酒酵母K7 のゲノム配列を参照したところ,Hsf1pの配列自体に は,Msn4pやRim15pにおいて見られた遺伝子産物の一 部を欠失させるような目立った欠損はなく,清酒酵母と

実験室酵母の アレルを交換した株も作製したが,

互いにストレス応答に影響は見られなかった.一方,ウ エスタンブロット解析の結果,ストレス存在下の実験室 酵母ではHsf1pが一過的なリン酸化レベルの上昇を示 し,しばらくすると低リン酸化状態に戻ったのに対し,

清酒酵母ではHsf1pが恒常的に高度にリン酸化されてい ることが明らかになった.これまでの報告では,Hsf1p のリン酸化レベルの上昇はHsf1pの活性化につながると 考えられていたが(15)

,清酒酵母の高リン酸化型Hsf1p

は不活性型であると考えられ,Hsf1pのリン酸化を介し た新規活性制御メカニズムの存在が示唆された.そこで Hsf1pの制御因子を見つけるため,実験室酵母のプロテ インフォスファターゼ遺伝子破壊株におけるHsf1pのリ ン酸化状態を網羅的に調べたところ, 遺伝子破壊 株のみでHsf1pの恒常的な高リン酸化が見られ,HSEを 介したストレス応答も抑制されていた.これらの特徴が 清酒酵母と類似していたことから,このPpt1pフォス ファターゼの機能が清酒酵母において欠損しているので はないかと考え遺伝子配列を参照したところ,興味深い こ と に,K7の2本 の 第VII番 染 色 体 の 両 方 で,こ の 遺伝子のORF全体を含む領域全体がトランスポ ゾンTy2によって置換されていることがわかった(図 2)

.さらに,この

遺伝子領域におけるTy2は,

K6, K7, K9, K10などの清酒酵母菌株に特異的に存在 し,実験室酵母やそのほかの醸造用酵母では現在に至る まで見つかっていない.以上のデータから,清酒酵母に おいて特異的に 遺伝子が欠失したことにより Hsf1pのリン酸化状態に変化が生じ,Hsf1pを介したス トレス応答が抑制されたのだろうという結論に至った.

なお,実験室酵母の 遺伝子破壊株も親株と比べ て 有 意 に 高 い 発 酵 速 度 を 示 し た こ と か ら,Rim15p- Msn2/4p経路の抑制と同様に, 遺伝子の欠失に よるHsf1pの不活性化もストレス応答欠損と高発酵性の 両方を同時に引き起こすと結論づけられた.今後は,清 酒酵母におけるほかのストレス応答経路についても解析 を続けることで,清酒酵母のストレス応答欠損メカニズ ムの全体像を明らかにし,醸造特性との関係を紐解いて いきたい.

ストレス応答因子による発酵制御メカニズムの解明 に向けて

では,ストレス応答欠損により発酵力が向上するのは なぜだろうか? 現在筆者らは,清酒酵母の高発酵性原 因変異のなかでも特に効果が大きかった 遺伝子 の機能欠損に着目して研究を進めている.ただし,

(5)

Rim15pの分子機能に関しては現在でも未知な点が多 く,解析は容易ではない.Rim15pキナーゼによるリン 酸化の直接のターゲットとして唯一知られているのが,

互いに相同なIgo1pおよびIgo2p (Igo1/2p) と呼ばれる mRNA安定化に関与するタンパク質(16)であるが,これ らがストレス応答に関連する遺伝子のmRNAを特異的 に保護するメカニズムについてはまだよくわかっていな い.筆者らの解析により 遺伝子の破壊も発酵速 度の向上につながることが確認されており(11)

,今後の

Igo1/2pの下流経路に関するより詳細な研究が待たれ る.

また,過去に行われた 遺伝子破壊株のトラン スクリプトーム解析の結果から,Rim15pはMsn2/4pや Gis1pといったストレス応答関連転写因子と同じ経路で 機能することが示唆されている(17)

.このうち,上で述

べたとおり, / 遺伝子破壊株も 遺伝子破 壊株ほどではないが高い発酵速度を示すことから(3)

Rim15pによる発酵制御メカニズムの一部にMsn2/4pが 関与していることが推測される.Msn2/4pのターゲッ トのうち,最もエタノール生産と関連しているのではな いかと予想されるのが,糖代謝に関連する遺伝子群であ る.酵 母 細 胞 は,外 界 の ス ト レ ス を 感 知 す る と,

Rim15p-Msn2/4p経路の活性化を介してトレハロース

(グルコースからなる二糖)やグリコーゲン(グルコー スのポリマー)といった貯蔵性糖質の合成を誘導するこ とが知られている(18)

.これらの合成経路の遺伝子のな

かにはMsn2/4pとHsf1pの共通のターゲットであるも のも複数含まれており,清酒酵母ではこの経路が特に大 きく抑制されていると予想される(19)

.このようなグル

コース同化メカニズムはストレス存在下における生存率 維持のために必須であると考えられるが,人間の立場か ら見ると,酵母自身が生存し続けることよりも,むし ろ,グルコースから効率良くエタノールを生産すること のほうが重要であったはずだ.そこで,解糖からグル コース同化へのスイッチングに欠損を有し,エタノール 生産を止めにくい酵母が有用な菌株として選抜されたの かもしれない.実際に,清酒酵母は実験室酵母と比べて 貯蔵性糖質の合成量が低く,実験室酵母由来の 遺伝子を発現させた清酒酵母では,合成量が大幅に回復 することも確認された(11)

.つまり,清酒酵母のストレ

ス応答欠損により,グルコース同化経路が抑制され,エ タノール生産により特化した細胞へとシフトすることが できたのではないかと考えると興味深い.Rim15pの機 能欠損により酵母細胞内の代謝バランスがどのように変 化し,エタノール生産能が向上したのかを詳細に理解す

るためには, 遺伝子破壊株のメタボローム解析 が現在最も有効な手段であろうと考えている.

最後にRim15pは,代謝を含むさまざまな生物学的活 性の低下した休止期(またはG0期)と呼ばれる生理状 態への移行に中心的な役割を果たすこともよく知られて いる.酵母細胞は,増殖に適した条件下では細胞周期の サイクルを進行させるが,細胞数が飽和したり外界のス トレスを感知したりするとRim15pを活性化することで 細胞周期をG1期で停止させ,休止期へと移行する(18)

これらの知見と矛盾することなく,Rim15pの機能が欠 損している清酒酵母は免疫抑制剤ラパマイシン存在下で のG1期停止に欠損を示し,実験室酵母由来の 遺 伝子を発現させることによりこの表現型が回復すること を筆者らは確認した(11)

.さらに,実験室酵母において,

G1期サイクリンCln3pの分解を抑制することにより休 止期への移行を妨げた変異株では発酵速度が向上するこ とも明らかにした(20)

.以上のデータを組み合わせて考

えると,清酒酵母におけるRim15p機能欠損が高発酵性 につながる原因の一つとして,休止期移行がスムーズに 進まないことにより,文字どおり発酵を「休止」できな いことが挙げられるかもしれない.一般的に,酵母細胞 はある程度発酵が進行すると休止期に移行して発酵を停 止させる.そのことによって,周囲の環境の悪化(エタ ノール濃度の上昇)を防ぎ,自らの生存率を高く維持し ようとする.一方,清酒酵母細胞は清酒もろみ中のエタ ノール濃度が上昇しても発酵を継続して,自らが死滅す るほどの高濃度のエタノールを生産してしまう.このよ うな性質は酵母自身から見れば決して望ましいものでは ないが,アルコール収得歩合がより高い酵母を求める人 間にとっては必要不可欠なものだったのだろう.このよ うな清酒酵母の性質をわかりやすく示すために,筆者は

「働き者酵母」または「ワーカホリック酵母」という言 葉を用いることがある.ストレス応答や休止期移行など 自らの身を守るためのメカニズムを犠牲にして高い発酵 力を獲得した清酒酵母は,人間の手で長期間飼い慣らさ れた結果,自然界で厳しい生存競争に勝つことは難しい かもしれないが,人間にとって都合の良いツールへと変 貌を遂げたのかもしれない.

以上のように,ストレス応答因子による発酵制御メカ ニズムについては,遺伝子発現,代謝,細胞周期などさ まざまな細胞内の調節システムが複雑に絡み合っている と考えられいまだに謎も多いが(図

3

,これから一つ

ずつの点と点をしっかりとした線でつないでいきたい.

そうすることによって,冒頭で述べた「エタノール生産 のためのマシーナリーが酵母細胞内でどのように制御さ

(6)

れているのか,そしてその制御メカニズムをどのように 改変すれば酵母の発酵力に影響を与えることができるの か」という問いについて明確な答えを得ることができる ようになるだろう.清酒酵母の研究を通して,太古の昔 から知られており人類にとって最も身近な生命現象の一 つである発酵について,何か新しい知見を付け足すこと ができるのではないかとの期待が高まっている.

おわりに

清酒酵母におけるストレス応答欠損による発酵力向上 のメカニズムについてはいまだ解析途上であるが,本研 究により得られた知見をほかの実用酵母菌株の育種に応 用することも現在検討している.一例として筆者らは,

発酵効率が高いことで知られているブラジル由来のバイ オエタノール酵母NCYC3233株についても, 遺 伝子破壊により発酵速度がさらに向上することを証明す ることができた(21)

.清酒もろみと全く条件の異なる廃

糖蜜の発酵試験においても 遺伝子破壊が発酵速 度の改善に有効であったことは興味深い.また,ワイン 酵母のなかでも特に発酵力が高い菌株として知られる EC1118株が, 遺伝子破壊株と同様に定常期にお

けるストレス耐性が低く,経時的寿命が短いことを示す データが近年スペインのグループから発表されてお り(22)

,清酒酵母で明らかになったメカニズムがワイン

酵母においても同様に成り立つ可能性が示唆されてい る.したがって,本研究により得られた知見を応用する ことで,目的に適った発酵力を有する実用酵母菌株を人 為的に作出できる技術を確立することができるかもしれ ない.古くは「神の恵み」と考えられてきた発酵である が,後に人類はそれが微生物によるものであることを発 見し,そのことによって発酵技術が大きく向上した.

「アルコール発酵の調節のための鍵を握る遺伝子」の発 見もまた,未来の発酵技術の発展に貢献することを願っ てやまない.

謝辞:本研究は,独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系 特定産業技術研究支援センターの「イノベーション創出基礎的研究推進 事業」として,また,公益財団法人野田産業科学研究所の奨励研究助成 により実施されました.また,本研究に携わった当研究所醸造技術基盤 研究部門の下飯仁前部門長(現・研究企画知財部門長),赤尾健前主任研 究員(現・研究企画知財部門主任研究員),酵母研究グループの皆様,共 同研究者の大矢禎一教授(東京大学),高木博史教授(奈良先端科学技術 大学院大学)に感謝します.この場を借りまして厚く御礼申し上げます.

文献

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図3Rim15pを介した発酵制御メカニズム

実線は詳細な分子メカニズムが明らかになっていることを,点線 は関連があることはわかっているが具体的なメカニズムは不明で あることを示す.

(7)

  16)  N. Talarek, E. Cameroni, M. Jaquenoud, X. Luo, S. Bon- tron, S. Lippman, G. Devgan, M. Snyder, J. R. Broach & 

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  20)  D. Watanabe, S. Nogami, Y. Ohya, Y. Kanno, Y. Zhou, T. 

Akao & H. Shimoi : , 112, 577 (2011).

  21)  井内智美,周 延,渡辺大輔,赤尾 健,高木博史,下

飯 仁: 第63回日本生物工学会講演要旨集 ,2011,  p. 

65.

  22)  H.  Orozco,  E.  Matallana  &  A.  Aranda : , 78, 2748 (2012).

藤 田  景 子(Keiko Fujita) <略 歴> 2001年三重大学生物資源学部生物資源学 科卒業/2006年岡山大学大学院自然科学 研究科博士後期課程修了,博士(農学)取 得.日本学術振興会特別研究員/2008年 山梨大学大学院医学工学総合研究部附属ワ イン科学研究センター研究員/2012年県 立広島大学生命環境学部生命科学科助教,

現在に至る<研究テーマと抱負>果樹の環 境応答機構の解明.現場での問題を研究 テーマとし,得られた成果を現場に還元す る<趣味>散歩

星 野  貴 行(Takayuki Hoshino) <略 歴>1975年東京大学農学部農芸化学科卒 業/1980年東京大学大学院農学系研究科 博士課程修了(農博)/1980年日本学術振 興会奨励研究員/1981年通産省工業技術 院微生物工業技術研究所研究員/1985年 同主任研究官/1989年筑波大学応用生物 化学系助教授/2001年同教授(大学院生 命環境科学研究科)/2008年附属駒場中・

高等学校長を兼務,現在に至る.この間,

1985 〜 86年米国コロラド大学客員研究員

<研究テーマと抱負>魚の微生物学と称し て,魚類用プロバイオティクスの開発と実 用化を目指した研究,水圏生息生物からの 有用微生物の探索と応用を目指した研究を 行っている.大学に近い霞ヶ浦を主フィー ルドとして,コイを対象に,コイヘルペス ウイルス症対策も含めた研究を行い,プロ バイオティクス乳酸菌の投与によるブラン ドコイの開発も進行中である.放射性物質

による汚染の問題にも苦しめられている 霞ヶ浦や鹿島灘の水産業の復活に向けて,

少しでも寄与できればと考えている<趣 味>釣り,山菜・きのこ狩り,アメリカン フットボール(もちろん観戦のみ)

松 田  陽 介(Yosuke Matsuda) <略 歴>1999年名古屋大学大学院生命農学研 究科林学専攻博士後期課程修了/1999年 東京大学アジア生物資源環境研究センター 研究機関研究員/2000年三重大学生物資 源学部助手/2007年三重大学大学院生物 資源学研究科助教/2009年同准教授,現 在に至る<研究テーマと抱負>森林生態系 における樹木や下層植物の菌根共生系の構 造と機能の解明<趣味>ガーデニング,

サッカー観戦,映画鑑賞

峯   昇  平(Shouhei Mine) <略 歴> 1999年九州大学大学院薬学研究科博士後 期課程修了(薬博)/1999年国立循環器病 センター研究所研究員/2001年NEDO産 業 技 術 フ ェ ロ ー シ ッ プ 研 究 員 /2004年

(独)理 化 学 研 究 所 特 別 研 究 員 /2004年

(独)産業技術総合研究所研究員,現在に至 る<研究テーマと抱負>有用遺伝子探索,

タンパク質のリフォールディング 山 田  明 義(Akiyoshi Yamada) <略 歴>1992年信州大学理学部卒業/1997年 筑波大学農学研究科修了,博士/1997年 茨城県林業技術センター/1999年信州大 学農学部助手/2002年同助(准)教授,現

在に至る<研究テーマと抱負>外生菌根菌 全般,特に生態・生理<趣味>自然現象を いろいろと調べたり体感すること 大 和  政 秀(Masahide Yamato) <略 歴>1994年千葉大学園芸学研究科卒業/

1994年(株)環境総合テクノス/2009年鳥 取大学農学部助教<研究テーマと抱負>ス トレス環境における菌根菌の生態と利用技 術の開発<趣味>魚釣り

柚 賀  正 樹(Masaki Yuga) <略 歴> 2007年東北大学農学部応用生物化学科卒 業/2009年東北大学大学院農学研究科生 物産業創成科学専攻博士前期課程修了/

2012年東北大学大学院農学研究科生物産 業創成科学専攻博士後期課程修了/現在,

合同酒精株式会社酵素医薬品研究所に在職

<研究テーマと抱負>タンパク質分解,タ ンパク質異種発現に興味をもって研究して います<趣味>野球観戦,旅行,マンドリ ン

吉川宗一郎(Soichiro Yoshikawa) <略 歴>2004年鳥取大学医学部生命科学科卒 業/2006年東京医科歯科大学医師学総合 研究科免疫アレルギー学教室で修士号取 得/2009年同教室で博士号取得.同教室 でポスドクを経て,2012年7月から同教室 の助教<研究テーマと抱負>好塩基球の機 能解明.世界が驚くような発見をしたい

<趣味>ジョギング(走ること),音楽

プロフィル

Referensi

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が種子のように見えます。)花びら(花弁)の先は 5 つにギザギザと分かれています。これは、もともと 5 枚だっ た花弁が合わさり 1 枚になったものです。③のように花の集まりを内側から順番に並べてみましょう。花がだんだ んと成長していることがわかります。内側の花は、まだつぼみですが、外側になるほど成熟していきます。 《タンポポの運動》