• Tidak ada hasil yang ditemukan

はじめに 「このままでは住むところが ... - 日本国際問題研究所

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2023

Membagikan "はじめに 「このままでは住むところが ... - 日本国際問題研究所"

Copied!
10
0
0

Teks penuh

(1)

はじめに

「このままでは住むところがなくなってしまう」と声を震わせたのは、内陸の農村から 深 経済特区に出稼ぎにやってきた青年だった。彼は深 の市街区にアパートを借りてお り、そこを作業場にして自営業をやっていたのだが、今月になって家主から突然「2ヵ月以 上も家賃を滞納している」と言われ、契約にしたがってすぐにアパートを引き払うよう要 求されたという。「でも、おれは家賃の滞納なんかしていない!」。

これがその証拠だと言って、青年は筆者たちの目の前に小さな領収書を広げた。しかし 法律相談員である劉博さんは、相手の目を見つめて「家主さんの署名がカーボン・コピー ですよね。これじゃ法的な効力はないんですよ」と説明した。以上の出来事は、筆者が

2009年 3

9

日に出稼ぎ農民専門に法律支援を行なうNGO「小小鳥打工互助熱線」(小さな

小鳥労働者相互扶助ホットライン)の深 支部事務所を訪れた際に見聞したものである。

現在、中国では農民工と呼ばれる農村からの出稼ぎ労働者の権利を擁護する非政府組織

(NGO)が台頭している。その背景には、労働争議の増大と労働組合の限界、そして社会保 険の未整備が存在する。これらは中国に限った現象ではなく、世界的に非正規雇用が拡大 するにつれて、企業別労働組合は本来の「労働者の権利を守る社会組織」としての機能を 果たし切れなくなっている。企業別の労働組合では、構成員の中心が正規労働者であるた め、流動性の高い非正規労働者の組織化が遅れているからである。

こうした事態に対し、日本では個人加盟ユニオンが非正規労働者を組織しつつある。彼 らの活動スタイルは社会運動型の非営利団体(NPO)に類似しており、実際に労働組合だけ でなく他の

NPOとの間にも相互ネットワークを形成している。一方中国では、農民工は非

正規労働者になることが多く、労働組合に加入していない者が大半であるため、NPOやボ ランティアが農民工向け生活支援の一環として、賃金や労働時間など労働条件の改善を目 ざす活動を展開している。このように非正規労働者の権益保護については、NPOなど社会 福祉団体や相互扶助団体が、従来型の労働組織を補完・代替するのが国際的な潮流のひと つとなっている。

非正規労働者が排除されているのは、労働組合だけではない。失業保険、医療保険、労 災保険、養老保険など社会保険からも農民工は置き去りにされやすい。とりわけ失業と医 療にかかわる社会保険の機能不全は、即座に生活不安を引き起こす要因となっている。言

(2)

い換えれば社会保障制度の未成熟が、福祉ボランティアや相互扶助ネットワークへの需要 を高めているのである。以上の背景を踏まえて、本稿は中国の既存の社会安定装置が時代 の変化に対応をしきれない現状を明らかにし、新たなソーシャル・セーフティーネットの 可能性を分析する。

1

増大する労働争議

現在、中国では労働争議の増大が顕著になっている。政府の公式統計による労働争議の 件数と関与労働者人数の変遷をみると、1996年には

4

8000

件あまりであった労働争議が 約10年後の

2007年には 35

万件と7.2倍にも膨れあがっている。また争議に関与する労働者 の数も上記の期間に3.4倍にもなった(第

1

表)。

こうした状況に対して、中国政府は胡錦濤・温家宝体制のもとで「調和ある社会」(和諧 社会)のスローガンを打ち出し、労働者の保護に力を入れるようになった。2004年には10 年ぶりに最低賃金規定が見直され、最低賃金基準の引き上げが実現した。また2008年1月に は労働契約法が施行され、同年

5月には労働争議調解仲裁法が成立した。さらに政労使間の

三者協議システムも強化された。労働争議の件数は増加し続けているものの、第1表からも 明らかなように、労使紛争に関与した人数は、2003年から

07年までは減少傾向に転じた。

しかし2008年からは、金融危機の影響もあり、再び労使紛争が増大しつつある。とくに

第 1 表 労働争議仲裁委員会の受理した労働争議件数と関連労働者数

件数(件) 48,121 71,524 93,649 120,191 135,206 154,621 対前年比(%) n.a. 48.6 30.9 28.3 12.5 14.4 関与労働者(人) 189,120 221,115 358,531 473,957 422,617 467,150

対前年比(%) n.a. 16.9 62.1 32.2 −10.8 10.5 うち団体労働争議(件) 3,150 4,109 6,767 9,043 8,247 9,847

対前年比(%) n.a. 30.4 64.7 33.6 −8.8 19.4 関与労働者(人) 92,203 132,647 251,268 319,445 259,445 286,680

対前年比(%) n.a. 43.9 89.4 27.1 −18.8 10.5

件数(件) 184,116  226,391  260,471  313,773  317,162  350,182 対前年比(%) 19.1  23.0  15.1  20.5  1.1  10.4 関与労働者(人) 608,396  801,042  764,981  744,195  679,312  653,472

対前年比(%) 30.2 31.1 −4.5 −2.7 −8.7 −3.8 うち団体労働争議(件) 11,024  10,823  19,241  16,217  13,977  12,784

対前年比(%) 12.0 −1.8 77.8 −15.7 −13.8 −8.5 関与労働者(人) 374,956 514,573 477,992 409,819 348,714 271,777

対前年比(%) 30.8 37.2 −7.1 −14.3 −14.9 −22.1

1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年

2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年

* 労働争議仲裁委員会(以下、仲裁委員会と略す)の原型は計画経済期から存在したが、実効性 を発揮するようになったのは改革・開放期に入ってからである。1993年施行の企業労働争議処理 条例および1994年の労働法に基づき、現在では、①地元政府から労働行政主管部門の代表、②同 レベルの労働組合の代表、③使用者側の代表、で構成される。なお、委員会の主任は①が担当する。

(出所) [国家統計局人口和社会科技統計司、労働和社会保障部規画財務司編 2008](末尾「参考 文献」参照。以下[  ]内同様)、表9−1。

(3)

国際市場の影響を直接受けた輸出産業では、企業の操業停止や倒産が相次いだ。『連合早報』

によれば輸出加工地区である広東省の主要都市では、労働仲裁の申請が激増している。広 州市労働社会保障局は、2008年の労働仲裁申請案件は過去

2

年分の合計に相当する

6

万件に 達した、と発表した。また深 市の労働争議仲裁院は、2008年上半期だけで

2

3785

件の 労働関連の仲裁申請を受理したが、これは前年同期比で

24.3%増にもなる

[楊永欣]。さらに 工場労働者のデモやタクシー運転手のストライキが各地で発生している。広東省労働保障 庁の劉友君庁長によれば、広東省全体での2008年9月から年末までの労働争議の件数は、前 年同期比で30%前後上昇したという[呉珊]。

これらの労働争議の主要な要因は、労働報酬と社会保険および契約破棄である。この傾 向は、金融危機の前後を通じて一貫している。第1図は2007年の1年間に全国の労働仲裁委 員会が受理した労働争議の件数を要因別に分類したものであるが、賃金など労働報酬にか かわる案件と社会保険の案件だけで約6割を占める。

同様に、前掲の広州市労働社会保障局の発表でも、2008年に受理した労働仲裁申請案件 の6割が賃金の未払い問題であり、残りは解雇の際の賠償に関連している。つまり生活に即 直結する収入の確保と増大するリスク(失業・労働災害)が労働争議の根幹にあると言える。

2

労働関連法案の整備と問題点

こうした労働争議を早期に解決する道として、2008年5月から労働争議調解仲裁法が施行 された。同法は上記の労働争議の要因を反映して、労働報酬と社会保険および経済補償・

賠償について、当事者の負担を軽減する措置を講じている。

具体的には、労働争議調解仲裁法の第47条の規定により、(1)「労働報酬、労災医療費、

経済保障または賠償を要求し、かつ現地の最低賃金12ヵ月分を超過しない金額の争議」、(2)

「国の定めた労働基準に照らした労働時間、休憩休暇、社会保険などに関して発生した争議」

については、仲裁機構の裁決が最終決定となる、と定めた。この条文が重要な意味をもつ のは、従来の手順では労働争議の解決までに時間がかかりすぎるため、経済的にも時間的

 [国家統計局人口和社会科技統計司、労働和社会保障部規画財務司編 2008]、表9−2。

(出所)

第 1 図 仲裁委員会の受理した労働争議(要因別の件数と比率、2007年)

労働報酬 108,953件(31.1%)

その他 37,363件(10.7%)

一時帰休 1,288件(0.4%)

社会保険 97,731件(27.9%)

契約変更 4,695件(1.3%)

契約破棄 67,565件(19.3%)

雇い止め 12,696件(3.6%)

職業訓練 1,405件(0.4%)

福利 18,486件(5.3%)

(4)

にも余裕のない労働者は、そのコストに耐えきれず泣き寝入りするケースが多かったから である。仲裁機構で裁定が出ても、当事者に不服があれば裁判に訴えることができたため、

二審制の中国では仲裁から一審と二審を経て最終的な法的執行に漕ぎつけるまでに、1年以 上かかる。

以下、実例をみてみよう。2005年

5

22日に四川省西充県の農村から北京に出稼ぎに来

た王波は、河北大元建築労務工程分包有限公司(建設労務下請会社)が請け負った国際花園 工程の建設現場で約4ヵ月間働いた。ところが

2005年 9月 20日に作業が停止になると、会社

は賃金の支払いを拒絶した。そこで王波は豊台区の仲裁委員会に、4ヵ月分の賃金と補償金 を要求する仲裁申請を行なったところ、2005年

10

月12日に受理された。その後、労働仲裁 委員会の2度にわたる審議を経て、2006年

3月 23日に裁決が出た。その内容は、会社が王波

に賃金と補償金を合わせて総額2826.17元を支払うよう請求するものであった。

しかし王波の手元には賃金も補償金も届かなかった。会社側が裁決に不服を申し立て、

豊台人民法院に提訴したからである。裁判は6月

15

日に行なわれ、10月

19

日にようやく

「労働仲裁の裁決を支持する」とする判決が出た。それでも会社は一審の結果に納得せず、

北京市第2中級人民法院に上訴した。二審の判決は

2007年 7月 20日に下され、会社の上訴は

最終的に退けられた。結局、仲裁申請から最終判決が出るまでほぼ2年の年月が必要であっ た。しかも王波が豊台区人民法院に強制執行を申請すると、2008年

2

14

日に結果報告が あり、「河北大元建築労務工程分包有限公司は元の住所にはいない」ことが判明した。法院 は執行のために、王波に自分で手がかりを提出するように言い渡した[陳磊:6

7ページ]

以上の事例は、稀なものではない。仲裁から裁判へのプロセスは「マラソン」とも呼ば れ、2年以上も訴訟を続けるうちに、労働者側が諦めて見舞金を受け取って申請を取り下げ ることも多い。使用者側も最初からそれを狙って、勝訴の見込みがなくても裁判に持ち込 むことがある。労働争議調解仲裁法は、このような事態の解消を図るべく、第47条で賃金 と社会保険、労働時間をめぐる申し立てについては、仲裁委員会の裁決を最終判決とし、

裁決書の作成日から法的効力が発生することを定めたのである。さらに同法第53条は、仲 裁委員会の経費は財政が保障し、当事者から経費を徴収しないことを明記をしている。

しかし労働争議調解仲裁法の狙いが実効性を発揮するには、まだまだ問題が山積してい る。労使仲裁の費用が無料になり、時間コストも軽減されたことから、各地の仲裁委員会 には申請が殺到した。しかも仲裁委員会の立場からみると、従来は裁判所に最終判断を任 せれば済んだものが、2008年

5月からは仲裁委員会レベルで当事者を説得する必要に迫られ

るようになった。こうした事態を予測して、各地では早くから労働争議仲裁院を新たに設 置し、人員増強を行なってはいた。しかし人材不足はまだ解消していない。労働争議調解 仲裁法によれば、仲裁員の資格としては、「裁判員の経験者」「法律の教育・研究に従事し、

中級以上の職位にある者」「法律の知識があり、労務管理または労働組合などで専門の業務

に満

5年従事した者」

「弁護士で満3年の実務経験がある者」のうち、どれかひとつの要件を

充足していなくてはならない。しかし増員のなかには、資格条件に満たない者も混在する

[向春華:

17ページ]

(5)

以上の結果、労働仲裁機構は増大する仲裁案件を処理しきれなくなり、かえって仲裁ま での待ち時間が延びるという結果も生まれている。深 市では

2008

年内に受理した案件の うち、一部を2009年

3月まで先送りにしたという

[楊永欣]。

3

労働組合と労使協調の限界

和諧社会を標榜する胡錦濤・温家宝体制下で、労働者の権益保護に向けた法制化は前進 してはいるが、問題はそれらの法の実効性である。法が実際に効力を発揮するには、労働 者の声を代表する主体と場が必要である。そのような場として政府の期待を集めるように なったのが、政府代表が労使交渉に参加する三者協議である。すでに2001年

8

月の時点で、

全国中華総工会(労働組合)、中国企業連合会/中国企業家協会(使用者団体)、労働者社会 保障部(中央政府)が参加する国レベルの第

1

回政労使三者会議(正式名称は「国家協調労働 関係三者会議」)が開催された[小嶋:

68ページ]

。2006年9月

25日には北京で第 10回会議が

開かれ、全国レベルでの労働契約法の修正案や労働契約の推進を行なうことが確認されて いる[中華人民共和国中央政府]。この枠組みのなかで、労働者を代表する権利は、上記の全 国中華総工会とその傘下の組織に限定され、全国中華総工会は労働組合の唯一のナショナ ル・センターとして位置づけられた。さらに工会法第

22

条をみると、雇用主が労働者の権 益を侵犯した場合に、工会が現地政府に法的措置を請求できる事項として、(1)賃金ピンハ ネ、(2)安全かつ衛生的な労働条件を提供しない、(3)労働時間の不当延長、(4)女性労働者 や未成年労働者の特殊権益侵犯、の4項目が挙げられている。したがって第

1

図で示した労 働争議の主要因について、労働者の立場から是正を要求する法的権利は、工会に与えられ ている。

ただし工会は、雇用主も加入する権利をもっており、厳密には被雇用者だけの団体では ない。このため労働側の代表機関としての資格には疑問が残る。また工会法はストライキ 権を労働者や工会に付与していない。スト権が法的権利でない以上、工会のストは法的に 保護されえない。このような状況ではストを背景にした団体交渉は不可能である[彭:

103

ページ]。また工会の幹部人事は中国共産党の一元的管理対象であること、とりわけ地方レ ベルでは党と工会の一体化がみられること[小嶋:70ページ]から、独立した労使交渉の主 体としての機能には限界がある。

一方、三者協議での使用者側の代表性にも疑問が残る。中国の労使関係において企業家 団体と位置づけられるのは、中国企業連合会と中国企業家協会である。1994年の労働法の 法案制定時には、政府、全国中華総工会、中国企業管理協会(当時。現中国企業連合会)の 三者間で協議が行なわれた。しかし中国企業連合会は、設立当初から国有企業を中心とし ており、現在も独立した企業家による自立的な組織というより、政府関連機関の色彩が濃 い。また中国革命以来の歴史をもつ労働組合に比べて、改革・開放にともなって誕生した こともあって、県・郷鎮・街道(日本の「町内」に相当する、都市部の末端行政単位)レベル での浸透が遅れている(1)。このように中央レベルで設定した三者協議は、労使の対等な交渉 の場というよりも、政府の強力な指導の下で協調を図る組織なのである。とくに工会は、

(6)

政府に労働者の実態と意見を伝達するという意味で便利な情報媒介機関であり、実態とし ては政府の諮問機関としての性格が強い。

4

失業後の生活保障―農村へのUターンと社会保険

労働組合の機能に限界がある以上、不況下で職を失った労働者は労使交渉以外の対処方 法を考える必要がある。その選択肢のひとつが、故郷の農村へのUターンである。広東省の ような輸出基地では、他地域からの農民工が工場労働者の大半を占めることから、彼らに ついてはリストラされても故郷に帰って農業に戻ることが考えられる。事実、国家統計局 のサンプル調査(2)に基づく推計では、2008年秋からの世界規模の不況で、職を失って農村 にUターンする農民工が激増している。2008年に故郷を離れて都市に働きに出た農民工は 総数1億4041万人にも上るが、うち

2009

年の旧正月(1月26日)までに農村に舞い戻った者 は約7000万人と約半数に達した。こうした

Uターンは、2008年第 1

四半期(1―

3

月)から 徐々に増加してはいたが、2008年の1年間でみると、その

70%以上は第 4

四半期に集中して いる(第

2表)

また地域別にみると、東部からの帰郷者が全体の62.4%で、中部(16.1%)と西部(21.3%)

を圧倒していた。これら帰郷者全体のうち広東省からが24.6%、長江デルタからが17.2%と、

4割以上がこの二省から Uターンしている。業種別では製造業に従事していた者が最も多く、

Uターンした農民工の 36.1%を占めている。次が建設業

(28.2%)で、この

2

業種だけで約

65%

に達している。以上のことから、金融危機から派生した不況に対して、「世界の工場」

中国は、農民工を柔軟な雇用の調節弁として利用したことがうかがえる。

しかし多くの農民工にとって、帰郷は一時的な解決手段にすぎない。旧正月後の情勢を みると、前述の7000万人の

Uターン農民工のうち、故郷にとどまったのは 20%

弱(1400万人)

であり、残りの8割以上(5600万人)は再び都市に出稼ぎに出た。しかもそのうち都市で就 職できた者は

4500

万人(約65%)で、就業先がみつからない者は

1100万人

(約15%)に上る ことから、失業のリスクは小さくない[国家統計局]。

失業した場合のセーフティーネットとして、まず考えられるのは失業保険である。中国 ではすでに

1999年に失業保険条例が成立しており、現在では保険料として賃金総額の 1%を

企業が拠出、被雇用者は本人賃金の1%を納めることになっている。ところが国際労働機関

(ILO)報告によれば、失業保険の給付を受けていない者は失業者の84%にも上っている(第

3表)

第 2 表 2008年中に出稼ぎ先から農村にUターンした農民工人数の 四半期ごとの割合(2008年) 

1―3月

1.44% 8.46% 19.44% 70.65%

18.20% 27.30% 25.10%

4―6月 7―9月 10―12月

10月 11月 12月

1―12月 100.00%

(出所) [国家統計局 2009]。

(7)

たしかに中国の政府統計をみても、金融危 機で失業率が上昇したにもかかわらず、2008 年の保険金の給付者数は

2007

年よりも減少し ている。『中国労働統計年鑑

2008』から都市

部の失業登録者の数をみると、2002年の

770

万人から2006年の

847

万人まで増加し続けて いる。2007年には

830

万人とやや減少したも のの、中国人力資源社会保障部の尹蔚民部長 が

2009

3

10

日に行なった発言によれば、

2008

年には都市部の登録失業率が過去

3

年間 で最高4.2%に達している[余英傑]ことから、

失業者数が再び増加に転じたのは明白である。

ところが失業保険の給付者数は、2002年に440万人で頂点に達した後、2006年には

327

万 人、2007年には

286

万人と低下の一途をたどり、2008年末には261万人にまで下がっている

[張春紅]。つまり

1

人当たりの給付額は引き上げられたが、失業者の増大とは逆に給付対象 者は縮小しているのである。これは決して保険基金が赤字の危機にあるからではない。む しろ失業保険基金は累積黒字を続けている。失業保険基金は2005年から

07

年にかけて対前 年比

35%

以上の黒字を計上し、2007年の残高総額は979.1億元にも上った[国家統計局人口和 社会科技統計司、労働和社会保障部規画財務司]。また中国人力資源社会保障部によれば、

2008

年の失業保険基金の残高はさらに増加して1300億元弱に達するという[杜宇]。これは 保険料収入が増えたためでもあるが、給付対象者の制限によるところが大きい。都市部の

2008

年の失業者数を、控えめに2007年(830万人)と同水準であるとみても、都市部に出て 職がみつからない農民工が1100万人に及ぶことから、2008年に失業保険の給付対象となっ た261万人は失業者の13.5%にすぎず、残りの86.5%は失業保険のセーフティーネットでカ バーされていないと推計できる。この数値は第3表で

ILO報告書が示した 84%

に近い。

その他の社会保険のうち、ソーシャル・セーフティーネットとしての意義が問題視され ているのは、労災保険と医療保険である。この背景には医療費の高騰が存在する。第4表が

第 4 表 診療および入院1回当たりの平均費用(実質価格)

1998年 65 123 46 2,515 4,486 1,526

2003年 122 222 93 4,203 7,715 2.708

2008年 151 282 112 4,531 8,085 3,238

全体 都市部

年平均増加率(%)

診療費(元) 入院費(元)

農村部 全体 都市部 農村部

1998―2003年 12.9 12.2 14.8 10.8 11.4 12.2

2003―2008年 4.4 4.9 3.9 1.5 0.9 3.6

1998―2008年 8.8 8.7 9.3 6.1 6.1 7.8

(出所) [衛生部新聞弁公室]。

第 3 表 失業給付のない失業者(2008年)

ブラジル 1.5 93

中  国 17.4 84

日  本 2.1 77

米  国 6.3 57

カ ナ ダ 0.7 57

英  国 0.8 40

フランス 0.4 18

ド イ ツ 13 0.4

100万人 %

(注) 失業者数のデータは、日本、カナダ、米国、ドイ ツは2008年12月、フランスは2008年第3四半期、英 国は2008年9―11月の平均値、中国は2007年12月に おける都市部失業者の推計値、ブラジルは2008年 12月の労働調査による。

(出所) [ILO: 12ページ]。

(8)

示すように、過去

10

年間で診療費は物価上昇分を差し引いても、2.3倍、入院費も

1.8

倍に 膨れ上がった。2003年までの5年間と、その後の

2008年までの 5

年間を比べると、上昇率は 抑制されている。しかし公的医療保険の普及が遅れた農村部では、医療費の上昇は生活に 深刻な影響をもたらす。中国政府は2003年から新型農村合作医療制度(農民本人と政府が資 金を拠出する共済制度で、入院など大病時に医療費の免除が受けられる)を導入しているが、都 市部で働く農民工の場合は雇用主が社会保険に加入しない例が珍しくない。筆者が2006年

10月から 11月にかけて上海社会科学院人口研究所に委託して行なった外地籍の被雇用者 100

人サンプル調査では、故郷でも出稼ぎ先でも社会保険に加入していない者が回答者の

70%

に及ぶことが判明した[澤田:

138―139ページ]

おわりにNGOの可能性とリスク

以上のように、農民工はもともと労働組合への加入率が低いうえに、社会保険の網から も漏れていることが多い。それでは、彼らは仕事や生活面で自力では解決できない問題が 生じた際には、いったい何に頼るのであろうか。筆者は

2005年 11

月から

12月にかけて上海

でアンケート調査を行ない、農民工の女性200人を対象に社会保険の加入状況について尋ね たことがある(3)。その結果、農民工は生活面では親族や同郷者や友人に頼るが、「賃金の未 払い、ピンハネ」や「不当解雇」では第一に地元政府、第二に農民工の相互扶助組織(NGO)

が相談相手として高い評価を得ていた。

冒頭で紹介したNGO小小鳥打工互助熱線も、1999年に誕生してから

2008年末までに 12万 8775件の電話相談を受けている。彼らの支援で実際に未払い賃金を取り戻した労働者の数

は2008年

1

年間に限定しても9826人で、その回収金額は

2257万元に上るという

[小小鳥打工

互助熱線

2009]

。また、深 では

2004年に農民工自身の権益擁護組織として深

市外来工協

会が組織され、翌年には同協会の傘下に深 市春風労働争議諮詢服務部が成立している。

このようなNGO型の自主労働相談組織は、内外のマスコミの注目を浴びて存在感を強めて いる。小小鳥打工互助熱線の深 支部での筆者聞き取りによれば、活動経費の出資元は多 岐に渡っており、海外(ドイツ大使館、欧州連合〔EU〕委員会)からもプロジェクトベース で多額の援助がある。また瀋陽支部は米国大使館から資金援助を受けて、農民工向けの労 働法の情報宣伝活動と電話相談のプロジェクトを準備している[小小鳥打工互助熱線

2008]

しかし同時に、このような自主労働組織の発展にはリスクも存在している。小嶋によれ ば、2006年

11

月に深 市外来工協会は「訃報民間組織取締暫行弁法」による取り締まりを 受けて、活動停止に追いやられた。協会代表者の張治儒は、その原因が労働紛争仲裁処理 費の撤廃を求める大規模な署名活動を行なったことにあると推測している[小嶋:73、78ペ ージ]。したがって非正規労働者の雇用と生活にかかわるNGOが存続・発展できるか否かは、

その活動の範囲と位置づけにかかっているようである。すなわち現時点では、自らの活動 を社会サービスの提供に限定し、政治的な要求を掲げた大衆運動に繋がる可能性をみせな いことが肝要になる。そのためには、民主化と社会保障制度の実質化が急がれる。

(9)

1) 企業家の利益を代表する団体として、立法過程で顕著な活動をしているのは、中華全国工商業連 合会(略称「工商連」)である。私営企業の比率の高い長江流域では、地方レベルの三者協議に工 商連が参加する事例が発生している。また末端レベルになると、国家資産委員会や経済貿易委員 会、商工連合会、自営業協会・私営企業協会などが三者協議の際の使用者代表となるケースも存 在する。

2) このサンプル調査は、中国31省で7万8000世帯の農村住民を対象に国家統計局が2009年旧正月 時に実施した大規模なものである(国家統計局)

3) このアンケート調査は山口大学の横田伸子教授を代表者とする科学研究費事業「アジアにおける 経済のグローバリゼーションとジェンダー構造の変化」(平成16―18年度)の一環として行なった。

■参考文献

①日本語(著者50音順)

小嶋華津子(2009)「労働者の権益保障をめぐるガバナンス」、佐々木智弘編『現代中国の政治的安定』

(アジ研選書17、現代中国分析シリーズ2)、日本貿易振興機構アジア経済研究所、59―79ページ。

澤田ゆかり(2008)「上海における外地籍就労者の社会保障―100サンプルを中心に」、若林敬子編

『中国における人口と環境―都市化と人口流動に関する調査と分析』(文部科学省科学研究費基 盤研究B海外学術調査2004―2007年課題番号16402025、「途上地域人口社会学研究報告書」17号) 東京農工大学大学院農学府、3月、134―145ページ。

彭光華(2002)「中国改正工会(労働組合)法の成立と課題」『法政研究(九州大学)』第69巻第1号、

93―116ページ。

②中国語(著者ピンイン順)

陳磊(2008)「 一裁終局 告別維権馬拉松」『中国社会保障』第3期(総第165期)、6―9ページ。

国家統計局(2009)「2008年末全国農民工総量為22542万人」3月25日発表(http://www.stats.gov.cn/

tjfx/fxbg/t20090325_402547406.htm、2009年3月30日閲覧)

国家統計局人口和社会科技統計司、労働和社会保障部規画財務司編(2008)『中国労働統計年鑑2008』 北京:中国統計出版社。

労働和社会保障部『労働和社会保障事業発展統計公報』2008年版(http://w1.mohrss.gov.cn/gb/zwxx/

2008-06/05/content_240415.htm、2009年3月25日閲覧)

杜宇(2008)「中国失業保険基金累計結余近1300億元」『新華網』12月26日(http://news.xinhuanet.

com/newscenter/2008-12/26/content_10563994.htm、2009年3月21日閲覧) 魏偉(2005)『我是一只小小鳥―一個打工仔的公益事業夢』、河南文芸出版社。

衛生部統計信息中心(2009)「2008年我国衛生改革与発展状況」、2月16日発表(http://www.moh.gov.

cn/publicfiles//business/htmlfiles/zwgkzt/pnb/index.htm、2009年3月16日閲覧)

衛生部新聞弁公室(2009)「衛生部公布第四次国家衛生服務調査主要結果」2月27日発表(http://www.

moh.gov.cn/publicfiles/business/htmlfiles/mohbgt/s3582/200902/39201.htm、2009年3月23日閲覧) 呉珊(2009)「省労働保障庁庁長劉友君:広東整個労働関係現在是穏定的」『南方網』3月6日(http://

news.southcn.com/gdnews/nanyuedadi/content/2009-03/06/content_4964760.htm、2009年3月30日閲覧) 向春華(2008)「労働仲裁機構面臨新挑戦」『中国社会保障』第3期(総第165期)、16―17ページ。

小小鳥打工互助熱線(2008)「小小鳥近期(2009)発展計画」11月12日(http://www.xiaoxiaoniao.org.

cn/html/sczj/2008-11-12/121158.html、2009年3月15日閲覧)

小小鳥打工互助熱線(2009)「小小鳥打工互助熱線2008年終報告」1月15日(http://www.xiaoxiaoniao.

org.cn/html/lm_96/2009-01-15/110833.html、2009年3月15日閲覧)

楊永欣(2008)「企業倒閉員工被裁、広東労働糾紛激増」『連合早報』12月13日(http://www.zaobao.

com/special/us/pages9/fincrisis081213.shtml、2009年3月10日閲覧)

(10)

余英傑(2009)「尹蔚民:促進就業有初歩成効 是否趨於好転有待観察」『新華網』3月10日(http://

news.xinhuanet.com/video/2009-03/10/content_10981498.htm、2009年4月1日閲覧)

張春紅、王宝傑、楊寧(2008)「胡暁義在全国社保局長座談会上指出構建以人為本的社会保障大公共 服務体系」『中国労働保障報』3月3日、1面(http://szb.labournews.com.cn/zgldbzb/20090303/index.

htm、2008年4月2日閲覧)

中華人民共和国中央政府(2007)「中華人民共和国労働争議調解仲裁法」(12月29日、第10期全国人 民代表大会常務委員会第3回会議可決)、新華社(http://www.gov.cn/flfg/2007-12/29/content_847310.

htm、2009年3月30日閲覧)

③英語(著者アルファベット順)

ILO(International Labour Organization), IILS(International Institute for Labour Studies)(2009)“The Financial and Economic Crisis: A Decent Work Response,” Geneva: IILS Publications(http://www.ilo.org/public/

english/bureau/inst/download/tackling.pdf、2009年3月25日閲覧)

さわだ・ゆかり 東京外国語大学教授

Referensi

Dokumen terkait

クの負担の重さは、コロナ下になる以前から何度か指 摘されていました。関係者の努力によってそれなりの 水準を保ちつつ今日まで続いてきましたが、継続だけ でよいのかという疑問は共有されてきたところです。 電子メディアの進展が進んだ社会状況もあって、新た な日々を迎えようとする今年度に向け、30号を区切り とする提案にいたったものと受け止めております。