資産負債アプローチに依拠した 基準設定が複式簿記に与えた影響
財務会計論
A
1
もくじ
1
はじめに2
検討の枠組み3
一次認識の変化として現れた影響4
二次認識の変化として現れた影響5
検討結果の総括6
簿記理論に対する影響7
おわりに2
1 はじめに
資産負債アプローチに依拠した基準設定の特 徴
1.
経済的便益の有無にもとづく資産・負債の 認識認識
2.
公正価値を原則的測定属性とする測定3
2 検討の枠組み 会計のプロセス
4
取 引 記 録 報 告
認識対象 一次認識 二次認識
3 一次認識の変化として現れた影響
1.
認識の縮小を伴う一次認識の変化 手形割引,試験研究費,社債発行費等2.
認識の拡張を伴う一次認識の変化リース,退職給付,資産除去債務等
手形割引
【設例1】
為替手形
1,000
を取引銀行で割り引き,割引料100を差し引いた手取金900は当座預金とし
たた。
検 討
•
仕訳1
と仕訳2
の違いは,割引料を手形売却損で 処理するか割引料で処理するかという点にある。•
割引料による場合は,割引料を,割り引いた手割引料 よる場合 ,割引料を,割り引 手 形の満期日までの日数によって日割り計算して 期間配分し、満期日が当期の決算日以後の場 合には翌期の分は前払利息として計上しなけれ ばならなかったが、新ルールの導入後は、手形 を割り引いた時点で手形売却損として全額費用 計上する処理に改められた。7
つづき
•
つまり,仕訳1
は,手形割引に係る前払利息の 計上否認という形で会計的認識を縮小する変化 を含意しているのである。•
経済的便益の実在性に依拠した資産・負債認識 を指向する資産負債アプローチは,繰延項目の 貸借対照表計上を制約する機能を有している。この事例は,資産負債アプローチのかかる機能 が発現したケースということができるであろう。
8
リース
【設例2】
以下の条件でリース契約を締結し,第
1
年度 首に当該リース取引を開始した。1
リースの公正価値12 000 1.
リ スの公正価値12,000
2. リース期間 3年
3.
各年度のリース料4,406
4. 見積残存価額
ゼロ5.
利子率5
%9
リース取引に係る数値の経年変化
10
仕 訳 検 討
• 仕訳3によれば,リース料4,406の3年にわたる支払い という将来の資金事象に依拠してリース資産とリース 負債が公正価値で認識され,その認識を受けてリー ス資産に係る減価償却費とリース債務に係る支払利 息が毎期損益計算書に計上されることになる。
息 毎期損益計算書 計 される なる。
• これに対して,リース会計基準が導入される以前は,
仕訳
4
で示されるような会計処理がなされていた。両 者の比較から明らかなように,リース会計基準の導入 は,リースの資本化(capitalization)という形で,会計 的認識の拡張をもたらすものとなっている。つづき
•
ここで留意されるべきは,契約条件に変更が ない限り,全リース期間にわたる一連の金額 は,リース取引開始日にすべて一意的に決ま るということである。るということである。
•
ということは,すなわち,リース取引に関する 会計処理は,第一義的には一次認識の拡張 として現れるということである。13
3 二次認識の変化として現れた影響
1.
売買目的有価証券2.
その他有価証券3.
デリバティブ14
売買目的有価証券
【設例3】
売買目的有価証券として保有する株式の決 算日における帳簿価額と時価は,次の通りで ある
ある。
1.
帳簿価額1,000
2.
時価1,500
15
その他有価証券
【設例4】
その他有価証券として保有する株式の決算日 における帳簿価額と時価は,次の通りである。
1.
帳簿価額帳簿価額2,000 2.
時価2,300
16
検 討
•
これらの会計処理は,企業会計基準第10号 が導入される以前は実施されていなかったも のであり,かつまた同基準の導入後は決算 記入に限って実施されるものである。記入に限って実施されるものである。
•
つまり,売買目的有価証券とその他有価証券 の会計処理は,二次認識の拡張を意味する ものとなっているのである。つづき
•
前節で見てきた一次認識の拡張と異なる二次認 識の拡張の特徴は,追加記入される金額が事 前に確定していないということである。その金額 は,時価の不断の変化に晒されている。そのた めに,当該金額については,毎期の決算におい,当該 額 ,毎期 決算 お て追加的な修正記入が不断に必要とされるので ある。•
つまり,有価証券の上記の会計処理は,実際に 発生する資金事象の制約を受けない会計処理 となっているのである。デリバティブ
【設例
5
】国債先物を
1,000
で売り建てて,委託証拠金とし て現金50
を差し入れた。19
検 討
•
年度の経過中に時価の不均一な変動が発生し,決算日に売建債券先物未収金と売建債券先物 が異なる金額となった場合に,その差額が債権 または債務として貸借対照表に記載されること になる
20
になる。
•
問題となる論点は,(1)時価評価差額は仕訳7の 記録をもとに算出されるが,(2
)時価評価差額の 会計処理自体は二次認識において行われると いうことである。つづき
•
(1)の側面を重視する場合には,認識の拡張(の可能性)を伴う一次認識の変化の事例と 考えることができるが,(2)の側面を重視する 場合には 二次認識の拡張をもたらす変化の 場合には,二次認識の拡張をもたらす変化の 事例と考えることができる。
•
デリバティブ取引に関する会計処理には,こ うした解釈の余地が存するのである。21
5 検討結果の総括
一次認識の変化
認識の縮小
22
二次認識の変化 資産負債アプ
ローチの影響 認識の拡張
6 簿記理論に対する影響
簿記に対する2つの立場
(
1
)技術(art)
(2)科学(science)
検 討
•
資産負債アプローチに依拠した基準設定の 進展によって純資産直入項目ないしその他 の包括利益項目が発生し(Ⅳ節1
で取り上げ たその他有価証券の時価評価差額がそれに 該当),その結果,資本等式(資産-負債=資本)がもはや成立しなくなった。
•
資本等式に代わって出現したのは,純資産 等式(資産-負債=純資産)であるつづき
•
資本等式には,物的二勘定系統説,資本主 理論,資本主理論的損益計算論という伝統 的な複式簿記の本質をなす理論的含意が縮 約的に備わっていた 資本等式が成立しなく 約的に備わっていた。資本等式が成立しなく なったことによって,そうした伝統的な簿記理 論も財務諸表のレベルでは成立しなくなった のである。25
つづき
• 資本等式の右辺は「期首に投下された資本額と当該期間 中に発生した利益ないし損失を表示」し,「資本主持分勘 定が表示している原初資本プラス純利益はつねに,財産 勘定によって表示される純財産と一致しなければならな い」ということを,当該等式は表現しているとされる (Hatfield[1916]p.10,傍点は原文イタリック)。
( [ ]p
• つまり,資本等式は,左辺の財産計算と右辺の持分計算
(成果計算)が結果として一致しなければならないというこ とを表現しているのである。それは,資産と負債の差額が 資本に等しいという単なる算術計算的な関係を示している わけでは,決してないのである。
26
つづき
• 資本等式において縮約された簿記理論からは,「資本主 持分の増減をもって損益とみなす」(中野1992, 321)損益 計算論が誘導されることになる。この損益計算論は,固有 の独立した意義を持つ資本主持分(資本)の存在を前提 にして初めて成り立つものである。資本主持分を,資産と 負債の差額に過ぎない純資産に置き換えた場合,純資産 負債の差額に過ぎな 純資産に置き換えた場合,純資産 の増減は何を意味するかが,改めて問われなくてはならな いであろう。
• この問題は,純資産の増減要素のうち,損益計算書を経 由させるべき金額と貸借対照表に直入するべき金額を識 別する基準は,純資産等式のもとでは何によって与えられ るかという問題に帰着する。
27
つづき
• 企業会計基準第5号では,純資産の内訳項目として 株主資本を別途用意することで,この問題への回答と している。この場合,純資産の増減それ自体は,経験 的な意味を持たない無内容なものと規定されたに等し い制度設計となる(斎藤[2013] 63頁)。制度設計 なる(斎藤[
]
頁)。• 安藤他執筆・編修
[2013]
(16
頁)や大塚・川村他執筆・編修
[2013]
(15
頁)では,純資産を資本と呼び変えるという措置を講じている。そのような措置を講じなけれ ば,利益を概念的に説明することができないからであ る。
28
7 おわりに
•
以上では,伝統的な複式簿記のプロセスを一次 認識と二次認識の連続体と捉えたうえで,各認 識の特徴をふまえた影響のパターン分析を行っ た。•
以上の検討は,会計基準のコンバージェンスお よびIFRS
のアドプションに主導された今日の会計 制度変化のもとで複式簿記がどのような変化を 遂げつつあるかを洞察するさいの前提となるで あろう。参考文献
• Hatfiefd, H.R.[1916], Modern Accounting: Its Principles and Some of Its Problems, D.Appleton and Co., reprint ed., Arno Press, 1976, 松 尾憲橘訳[1971]『近代会計学―原理とその問題―』雄松堂書店。
• Paton, W.A. and A.C. Littleton [1940], An Introduction to Corporate Accounting Standards, AAA Monograph No.3, AAA、中島省吾訳『会 社会計基準序説』改訳版、森山書店、1958年。
安藤英義他執筆 編修[2013]『新簿記』実教出版
• 安藤英義他執筆・編修[2013]『新簿記』実教出版。
• 大塚宗春,川村義則他執筆・編修[2013]『高校簿記』実教出版。
• 斎藤静樹[2013]『会計基準の研究』増補改訂版,中央経済社。
• 中野常男[1992]『会計理論生成史』中央経済社。
• 藤井秀樹[2015]『入門財務会計』中央経済社。