【解説】
近 年 の ゲ ノ ム 解 析 技 術 の 進 展 に よ っ て マ イ ク ロ ア レ イ や RNA-seq法が登場し,生命現象にかかわる遺伝子発現をゲノ ムワイドに解析することが可能となった.一方で,同一のゲ ノムを有するクローン細胞集団を同じ環境下で培養したとし て も,個 々 の 細 胞 レ ベ ル で はmRNAや タ ン パ ク 質 の 分 子 数 は不均一であり,この確率論的な遺伝子発現のばらつき(ノ イズ)が,それぞれの細胞の個性的な挙動を生み出している と考えられる.筆者らは,細菌細胞をモデルとして用い,分 子遺伝学的手法,トランスクリプトミクス,単一細胞レベル での遺伝子発現解析を駆使して,細胞のストレス応答を制御 するシグマ因子の発現ノイズが,原核生物特有の遺伝能力,
す な わ ち 遺 伝 子 水 平 伝 播 を 誘 起 し て い る こ と を 明 ら か に し た.さ ら に,細 胞 内 に お け る 当 該 因 子 の 量 的 変 動 に 依 存 し て,一部の細胞が遺伝子伝達に特化した細胞へ形態分化し,
最終的には新規のプログラム細胞死によって死滅することが 明らかとなった.
J. D. Watson と F. Crick によって遺伝子の正体が DNAであることが発見されて以来,生命の設計図が細 胞中のDNAにコードされていることは一般的な事実と
して認識されている.ヒトであろうが植物であろうが細 菌であろうが,生命体としての特徴を生みだすのは DNAであり,その違いを生みだすのもまたDNAであ る.それでは,全く同じゲノムを有する個体間には「違 い」は存在しないのだろうか? 遺伝的に同一,すなわ ち クローン であれば,どこまでも「同じ」と言える のだろうか
?
たとえば,一卵性双生児は全く同じ遺伝的バックグラ ウンドをもっているが,育つ環境や経験することなどに よって,外見的にも性格的にも違いが生まれる.一方 で,動物に育てられた野生児の例などでは,人間である にもかかわらず,その習性や行動は育てられた動物に酷 似する.すなわち,生命体を構成する要素のなかには,
遺伝情報から決定的に定義されるものと,外部からの影 響によってゲノム情報だけでは規定できない「個性的」
なものがある.
似たようなことが,われわれの体のなかでも起きてい る.ヒトの体は,もともと一つの細胞の遺伝情報をコ ピーし,分裂を繰り返すことによって誕生したクローン 細胞集団と言える.しかし,動物や植物のような真核多 細胞生物の場合は,発生の段階のさまざまな要因によっ Evolutionary Implication of Phenotypic Heterogeneity in a Clonal
Population
Ryo MIYAZAKI, ローザンヌ大学
クローン細胞集団における遺伝子発現 の不均一性とその生物学的意義
宮崎 亮
て細胞ごとの遺伝子発現パターンに違いが生まれ,細胞 分化や形態形成が誘導されていくため,クローン細胞集 団であっても,組織や器官によって細胞は全く異なる仕 事をしている.このように,遺伝的に同一なクローン細 胞であっても,外的要因によってその機能や表現型は多 様化しうる.
生命の本質を追求する生命科学の分野では,細胞の表 現型や遺伝子の機能を解明することが一つの目的である が,自然界のように外的要因がランダムかつ複雑に影響 を与える環境下では,観察したい表現型や解明したい遺 伝子機能が大きく変化し,再現性も取りにくい.また,
細胞のサイズは非常に小さく,1個1個の細胞をダイレ クトにハンドリングするのはスケール的にも定量的にも 非常に難しい.
そこで,従来の分子生物学では,「細胞培養」という ステップを経る(図
1
).外的要因を制御した均一な環
境下で目的の細胞を純粋培養すれば,数時間後あるいは 数日後に得られたクローン細胞集団は,全く同じ性質を もつ細胞が数万倍にも数億倍にもコピーされて増殖した ものに等しい.ふだんわれわれが実験室で細胞を培養 し,そこからDNAやRNA,タンパク質などを抽出して 解析するのはこの理論に基づいている.つまり,集団中 の細胞は完全に均一であるという前提だ.実際に,野生 株と変異株,あるいは対照区と実験区を別々に培養して 比較し,差を検出することで,さまざまな遺伝子機能や 生体機能が明らかとなっている.それでは「差がなかった」ときはどうであろう? 多 くの場合は,「AとBは同等である」「特定の変異(ある いは特定の処理)は目的の表現型に影響を与えない」と いう結論を導くことだろう.はたしてこの解釈は正しい
のだろうか? 忘れてはならないのは,培養した細胞集 団から得られたデータは,あくまでその集団の平均値で あり,個々の細胞の活性や挙動を示しているものではな い(図1)
.したがって,上記の解釈が正解となるのは,
「集団中の細胞は完全に均一」という前提が成り立つと きのみであり,平均値を見ているだけでは均一な細胞集 団なのかどうかは判断不可能である.また,生物はコン ピューターのような “1” か “0” かの世界ではない.仮に 同一ゲノムを有するクローン細胞集団を全く同じ環境下 で培養したとしても,個々の細胞レベルではmRNAや タンパク質の分子数は不均一であり,分子レベルで確率 論的なばらつきが必ず存在するはずである.たとえば,
あるタンパク質Aを100個もつ親細胞が分裂すると,子 細胞に分配される数は50 : 50かもしれないし,51 : 49か もしれない.あるいは細胞内に非常に多く存在するリボ ソームの数も,ある細胞では10,000個であっても別の細 胞では10,010個かもしれない.したがって,「完全に均 一な細胞集団」というのは現実的に存在しえない.実際 は集団として非常にシャープなガウシアン分布を示すか もしれないし,ばらつきの大きいワイドな分布であるか もしれない.あるいは極端な場合は,bimodalな分布 や,非正規分布を示すかもしれない.いくらクローン細 胞集団であっても,一細胞レベルの挙動を解析しなけれ ば,全体を正確に理解したことにはならないのである.
遺伝子発現ノイズに起因する表現型の不均一性 クローン細胞集団における一細胞レベルの不均一性 は,全生物に共通する現象でありながらも,これまでは そのような概念がそもそもなかったこと,また技術的に
図1■培養した細胞集団レベルと,
一細胞レベルから得られる結果の違 い
クローン細胞集団から得られた結果 はあくまでその集団の平均値であり,
個々の細胞が有するばらつきや個性 は反映されない.右に示した4例の ヒストグラムはすべて同じ平均値を 示すが,一細胞レベルの挙動は全く 異なる.
難しかったことから,アプローチできない分野であっ た.たとえばわれわれは,液体培地や固体培地で純粋培 養された細菌のクローン細胞集団は,表現型にほとんど 違いのない均一な細胞の集まりだと考えがちである.し かしながら,近年の精密な一細胞レベルの解析によっ て,その考え方は飛躍していることがわかってきた.つ まり,遺伝的に完全に同一な細胞集団のなかにも,表現 型の違うサブ細胞集団が存在しうる.顕著な例として は,抗 生 物 質 に 対 す るpersister細 胞 の 形 成 が あ る.
persisterとは,うまい和訳が見当たらないのだが,抗 生物質に対して遺伝的な耐性能(たとえば薬剤耐性遺伝 子や遺伝子突然変異など)をもたないにもかかわらず,
高い生存性を示す細胞のことである.一部の細菌では,
薬剤投与など高いストレス環境下に置かれると,集団の 大部分が死滅するものの,一部の細胞がこのようなper- sisterとなり,生き残ることが知られている(1)
.また,
枯草菌の胞子形成やサルモネラ菌の病原因子の発現も,
サブ細胞集団のみで起こることが報告されている(2, 3)
.
これらの例で重要なポイントは,サブ細胞集団における 特異な遺伝子発現とそれに起因する表現型は遺伝子の突 然変異によって起こるのではない,という点である.ゲ ノム情報が均一な集団のなかで,通常の突然変異率より はるかに高い確率でこのような不均一性が観察されるの である.筆者らの研究室では,このような確率論的な遺伝子発 現のばらつきが,はたして生物学的・進化的に意義があ るのか,あるとしたらどのようなメカニズムでどのよう な影響をもたらすのか,という問いに対し,細菌をモデ ルとして研究を進めている.
ICE
とは生物の遺伝は,受精を伴う有性生殖であろうが,分裂 のような無性生殖であろうが,基本的には親細胞から子 細胞へ垂直方向に進む.しかし細菌は,接合伝達,形質 転換,形質導入という3つの方法を介して自身の遺伝情 報を隣接する他細胞へ,すなわち水平方向にも伝達する ことができる(4)
.この遺伝子水平伝播によって大量の遺
伝情報が細胞間で頻繁かつ複雑に交換されるため,細菌 の進化・適応は飛躍的に加速する.特に,近年のゲノム 解析と遺伝学的実験によって,細菌の染色体上には In- tegrative and Conjugative Element (ICE) と呼ばれる 数十から数百kbにも及ぶ領域が複数存在し,細胞間を 動き回っている(あるいは過去に動き回っていた)こと が明らかとなった(5).ICEは通常,ホストとなる細胞の
染色体に潜り込んでいて,染色体の複製に依存して自身 も複製する.しかし,特定の条件がそろうと,ICEは染 色体から切り出され,細胞質内で環状化する.この過程 はバクテリオファージの宿主染色体への組込み(溶原サ イクル)に似ている.環状化したICEは自身がコードす る接合伝達装置を介して,隣接する他細胞(ここでは受 容菌と呼ぶ)へ伝達される.この伝達装置は,多くのプ ラスミドの接合伝達機構 (Type 4 Secretion System)
に酷似している(6)
.そして,最終的に受容菌に伝達され
た環状化ICEは,再び染色体のなかに潜り込み安定に維 持される.このように,ICEはファージとプラスミドの 両方の特徴を併せ持つ可動遺伝因子であり,このような 因子が実は細菌の染色体上に普遍的に存在するのであ る.さらにICEには,薬剤耐性,重金属耐性,植物共 生,特殊な化合物に対する分解酵素遺伝子など,さまざ まな 貨物 DNAが含まれていることが多く,ICEは 細菌集団のなかでこのような形質を伝播する能力があ る.ICE
の動態にかかわる遺伝子発現の不均一性 筆者らが着目するICE は,好気性グラム陰性細菌の B13の染色体上で発見さ
れ た 全 長 約103 kbのICEで あ る(7) (図
2
).ICE は
3-chlorobenzoate (3CBA) や 2-aminophenol (2AP) と いった特殊な化学物質を分解する遺伝子群をコードして いるため,上述のプロセスで ICE を受け取った細胞 はこれらの化合物を資化して生育することができる.3CBAや2APは環境汚染物質あるいはその中間体として 知られており,ICE の利用はバイオレメディエー ションなど応用的側面においても重要な価値がある.
ICE の水平伝播には,染色体からの切りだしを触 媒する部位特異的組換え酵素 (IntB13) の発現が鍵とな る.つまり, 遺伝子のプロモーター (Pint) が活 性化してIntB13が発現すれば,ICE は環状化し,受 容菌へ伝達されるが,Pint が活性化しなければ伝達され ない.興味深いことに,これまでの研究から,Pint は栄 養条件下の増殖細胞のなかでは厳密に制御され オフ となっているが,栄養源を使い果たし定常期に入った細 胞のわずか3 〜 5%のサブ集団においてのみ オン と なることが明らかとなっている(8) (図
3
).このサブ細胞
集団の出現は,細胞の加齢や遺伝的変異に依存しない完 全にランダムなイベントで,残りの95 〜 97%の細胞で はPint は活性化しない.つまり,確率論的な表現型の不 均一性が存在している.また,Pint の活性化は,正の制御因子InrRの発現によって促進されることも明らかと なっているが,この 遺伝子のプロモーター (PinR) もまた,定常期の3 〜5%の細胞でのみスイッチが入る.
すなわち,定常期の限られたサブ細胞集団においてのみ PinR が活性化してInrRが発現し,同細胞でPint が活性 化するという一連のカスケードが働いている.
一細胞レベルにおけるシグマ因子の ばらつき ここで,一つの疑問が浮かぶ.なぜPinR やPint の活性 化は3 〜 5%の細胞のみで起きるのか? 均一と考えら れていたクローン細胞集団のなかで,この違いを生み出 す原因は何か? 筆者らは,この一連のカスケードが定 常期のみにおいて活性化することから,細菌ゲノムに普 遍的に存在し細胞のストレス・飢餓応答に関与するシグ マS因子 (RpoS) の挙動に着目した.RpoSは定常期や ストレス環境下で特異的に発現し,大腸菌では140以 上,緑膿菌では700以上の遺伝子の発現を制御するシグ
マ因子である.まず,定常期の培養細胞集団における RpoS量を一細胞レベルで定量したところ,典型的なガ ウシアン分布を示した(9) (図
4
).
つまり,集団中で RpoSの発現レベルにばらつきがあることがわかった.そこで筆者らは,このRpoSのばらつきがサブ細胞集団 を生みだしているのではないかと仮説を立て,RpoSの 量とPinR あるいはPint の発現の相関を調べたところ,
RpoSを多く発現している細胞においてPinR やPint が活 性化しているという正の相関が見られた.また,通常
遺伝子は染色体上に1コピー存在するが, を 2コピー保持する変異株ではPinR およびPint が活性化す るサブ細胞集団は約20%まで上昇し, の破壊株に おいては0.8%まで減少した.実際に 破壊株からの ICE の水平伝播効率は,野生株の場合と比べて約 1/400にまで減少した.以上の結果から,定常期の培養 細胞集団にはRpoSの発現レベルにばらつきが存在し,
より多くRpoSを発現している細胞において PinR と Pint が活性化し,ICE が伝達されることが明らかとなっ
図2■ICE の構造と水平伝播の 模式図
ICE 上にコードされる分解酵素遺 伝子によって,宿主は3CBAと2AP を資化利用できる.ICE の水辺伝 播には組換え酵素IntB13の発現が必 須であり,制御因子InrRはPint から の転写を正に制御する.
図3■サブ細胞集団のみで活性化す るPint およびPinR
各プロモーターをそれぞれ異なる蛍 光のレポーター遺伝子と連結し,同 一 細 胞 内 に 導 入 し た.写 真 は,
eCherryおよびeGFPを発現する細胞 をとらえた蛍光顕微鏡像.Pint およ びPinR の活性化は定常期の3 〜5%の みの細胞で起こり,両者の間には正 の相関がある.
た.しかし同時に,RpoSを高発現していてもプロモー ターのスイッチが入らない細胞も多数存在している.こ の原因として,1) RpoSによる遺伝子発現の確率的変動 性,2) RpoS以外の制御因子の存在,という2つの可能 性が考えられるが,現在詳細を解析している.いずれに せよ,本研究は,細胞集団内における遺伝子発現の不均 一性が,遺伝子の水平伝播に直接かかわることを示した 最初の例と言える.
遺伝子発現の ばらつき がもたらす細胞の形態分化 近年筆者らは,この確率論的に誕生するサブ細胞集団 の挙動をさらに詳細に解析するため,Pint の活性とICE- の水平伝播をtime-lapse顕微鏡を用いて一細胞レベ ルで観察した.予想どおり,ICE の水平伝播はPint がオンになった細胞のみから起こり,これらの細胞は水 平伝播に必要な条件をそろえた活性化状態にあることが わかった(10)
.しかし,この活性化細胞は,残りの95%
の非活性化状態にある細胞には見られないさまざまな特
徴を併せ持っていた(図
5
).興味深いことに,活性化
細胞の生長速度は遅く,分裂能は著しく阻害され,細胞 の形状も異常であった.また,細胞膜は健全性を失い,細胞内には活性酸素種が蓄積していることが特殊な染色 法によって明らかとなった.さらに,最終的には活性化 細胞は溶菌し,観察視野から消失した.この表現型は活 性化状態にある3 〜 5%の細胞すべてで観察され,また 不可逆的である.つまり,活性化した細胞はすべて死滅 する.また,この細胞死はIntB13の過剰発現や ICE の切りだし・伝達反応自体が原因で起きるのではなく,
受容菌の存在も必要としないことから,活性化したサブ 細胞集団のみにおいて何らかのプログラム細胞死が発動 していると考えられた.そこで,この細胞死を引き起こ す因子を明らかにするため,さまざまな分子遺伝学的ア プローチを試みたところ,最終的にICE 上の (日 本語で 死 を意味する)と という2つの遺伝子 の同定に成功した. や 遺伝子を欠損した株で は,細胞死を引き起こす活性化細胞数は著しく減少し,
また ICE の伝達効率も低下した.一方, と 図4■一細胞レベルにおけるRpoS の発現量(左図)とPint 活性との相 関性(右図)
Pint が活性化した細胞を赤で囲った.
集団全体の約5%に相当する.RpoS を多く発現している細胞において,
Pint が活性化している.
RpoS の量 (AU) Pintの活性 (AU)
図5■ICE の活性化した細胞が 形態分化していく様子
定常期において活性化した一部の細 胞は,水平伝播能を示す一方で,生 長が阻害され最終的に死滅する.活 性化しなかった細胞は通常どおり増 殖し,再び定常期において3 〜5%の 割合で活性化細胞を生みだす.写真 は非活性化細胞(赤色)と活性化細 胞(橙色から緑色)をとらえたtime- lapse共焦点レーザースキャンニング 顕微鏡像.時間の経過とともに,活 性化細胞が消滅している.
遺伝子両方の発現を人工的に誘導した場合,細胞の生長 は阻害され,上述のようなプログラム細胞死特有の表現 型が観察された.このことから,ShiとParAは協調的 に働いて細胞死を誘導し,この細胞死がICEの水平伝播 の効率を高めていることが明らかとなった.Shiは85ア ミノ酸からなる非常に小さいタンパク質で,既知のタン パク質と明確な相同性はないが,マウスの電位開口型カ ルシウムチャネルのサブユニットに近いドメイン構造を もつ.一方ParAは,プラスミドや染色体の分配にかか わる細胞内重合タンパク質と高い相同性を示す.Shiと ParAによる細胞死の分子メカニズムについては現在詳 細に解析を進めているが,少なくともこれまでに報告さ れているようなプラスミドのtoxin‒antitoxinシステム や,真核生物のアポトーシスに代表されるCaspase依存 的プログラム細胞死とは異なるメカニズムであると考え られる.また,遺伝子の水平伝播―特にこの場合は,特 殊な化合物に対する分解酵素遺伝子の伝達―という細菌 の生存戦略として有益な現象と引き換えに,プログラム 細胞死がなぜ起こるのか,その生物学的意義についても 現在検証を進めている.
おわりに
本稿では,クローン細胞集団における遺伝子発現の確 率論的なばらつきが,ある一部のサブ細胞集団において のみ特定のレギュロンを活性化させ,最終的に進化に影 響を及ぼす機能(遺伝子水平伝播)を発現する例を紹介 した.自然界のようなダイナミックに環境が変化する条 件下では,個体間における多様性が種の生存に必須であ ることはダーウィニズムの観点からも理解できる.しか し,遺伝情報を書き換える「遺伝子変異」による多様性 は,確率的に非常に低いイベントで時間を要し,集団全 体を考慮すると遺伝的にも表現型としても完全に固定さ れてしまうため一長一短のリスクを伴う.一方で,遺伝 情報に変化を与えない表現型のばらつきは,急激な環境 変動に対する短期的なアクションとしては,極めて理に かなった生存戦略であると言える.実際に,一細胞レベ ルの遺伝子発現をゲノムワイドに解析すると,ほとんど すべての遺伝子発現において細胞間ノイズが存在し,遺 伝子の種類によってノイズのパターンが異なることが報 告されている(11, 12)
.
また,筆者らは表現型の不均一性を生みだす因子
(RpoS) を操作することで,目的のサブ細胞集団のサイ ズをコントロールできることを証明した.細胞が発生・
分化する過程では,必ずどこかで遺伝子発現のノイズが かかわると考えられるため(13)
,本研究のようにノイズ
を制御することによって,今後再生医療やがん治療など 応用的研究においても新しいアプローチが期待できる.謝辞:本稿において紹介した研究は,スイス・ローザンヌ大学のProf.
Jan R. van der Meerグループにおいて実施したものである.同グルー プのメンバーに敬意を表する.なお,本稿で紹介した内容の一部は,
Swiss National Science Foundation (3100‒67229, 3100A0‒108199 および 31003A̲124711),ならびに日本学術振興会海外特別研究員制度の支援に より行われた.
文献
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プロフィル
宮 崎 亮(Ryo MIYAZAKI)
<略歴>2003年東北大学農学部生物生産 科学科卒業/2008年同大学大学院生命科 学研究科博士後期課程修了/2008 〜 2013 年スイス・ローザンヌ大学研究員/2013 年産業技術総合研究所生物プロセス研究部 門研究員,現在に至る.この間,2005 〜 2008年日本学術振興会特別研究員 (DC1), 2008 〜 2010年日本学術振興会海外特別 研 究 員,2010 〜 2012年 Swiss National Foundation Junior Scientist<研究テーマ と抱負>遺伝子発現の不均一性がもつ生物 学的意義の解明とそれを利用・操作した応 用技術の開発<趣味>スポーツ,釣り,ハ イキング