化学と生物 Vol. 50, No. 5, 2012
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今日の話題
mRNAは維管束の中心で濃く,外側へ行くほど薄くな る勾配をつくっており,内皮に由来するmiR165/6が周 囲の細胞層に向かって徐々に減少する逆向きの勾配をつ くっていることが示唆される.これは植物のmiR165/6 が,動物における「モルフォジェン」と似た機能を担っ ていることを示唆する.
植物の細胞どうしは「原形質連絡」(plasmodesmata, PD) という小さなトンネルを介してつながっている.
この穴は非常に小さいが,SHRを含む一部のタンパク 質は何らかの方法でPDを通過できると考えられてい る.PDの穴の大きさは,開口部に蓄積するカロースと いう多糖の量で決まる.最近になって,PDのカロース 量を組織特異的に操作できる実験系が開発され,この系 を使ってSHRやmiR165/6がPDを介して細胞間を移行 していることが示された(5).また,SHRの細胞間移行 に関与すると考えられる新規なタンパク質因子が報告さ
れ(6),PDを介した植物細胞間のコミュニケーション機 構が徐々に解明されつつある.一方で,成熟miRNAの 大きさは,予想されるPDの透過性の範囲内にある.し たがって,miR165/6が単独で細胞間を移行するのであ れば,根の組織内で比較的自由に拡散していることが想 像される.これはmiR165/6の活性が,内皮から周囲の 細胞層に向かって連続的に減少することとも一致する.
もし様々なmiRNAが植物の細胞間を自由に拡散できる のであれば,他のmiRNA分子も何らかの細胞間コミュ ニケーションに機能しているのかもしれない.
1) K. Nakajima : ,413, 307 (2001).
2) H. Cui : , 316, 421 (2007).
3) A. Carlsbecker : , 465, 316 (2010).
4) S. Miyashima : , 138, 2303 (2011).
5) A. Vatén : , 21, 1144 (2011).
6) K. Koizumi : , 21, 1559 (2011).
(中島敬二,奈良先端科学技術大学院大学バイオサイ エンス研究科)
シスチン ・ グルタミン酸トランスポーター( x c − 系)
細胞へのシスチン取り込みを介した酸化ストレス防御機構と新たな展開
哺乳類細胞膜を介するアミノ酸輸送に関する研究は,
1950年代ころから米国のChristensenらを中心に精力的 に展開され,基質特異性やナトリウム依存性などを指標 としていくつかのアミノ酸輸送系が同定された(1).それ らのアミノ酸輸送系の分子基盤がアミノ酸トランスポー ターと総称される膜タンパク質であり, 1990年代以降,
今日までにほとんどのアミノ酸輸送系を司るトランス ポーター遺伝子が分子クローニングされている. アミ ノ酸トランスポーターの第一義的な機能は,もちろんア ミノ酸を細胞内外に輸送する機能であるが,そこから派 生して様々な生理機能や病態に関係する例が少なからず 知られている.ここでは,そのような例を日本人研究者 によって見いだされたアミノ酸輸送系を題材に紹介す る.
含流アミノ酸の一つであるシステインは,培養液中で 容易に空気酸化されて2分子がジスルフィド結合したシ スチンとして存在する.坂内らは,このシスチンを培養 液から除くと細胞が比較的短時間のうちに死滅すること を観察し,培養系におけるシスチンの重要性を見いだす とともに,培養細胞に発現するシスチン輸送系を初めて 報告した(2).xc−系と命名されたこの輸送系は,細胞外
のシスチンを取り込む際,細胞内のグルタミン酸を1 : 1 の割合で放出する交換輸送系であることがわかった.ま た,活性酸素種など様々な刺激によりその活性が強く誘 導されることが見いだされた.また,xc−系の活性が誘 導されると,細胞内グルタチオンレベルが上昇すること が示された.グルタチオンは,グルタミン酸,システイ ン,グリシンから成る主要な内在性抗酸化物質である.
xc−系により,細胞内に取り込まれたシスチンは,速や かに還元されてシステインになる.xc−系の活性を阻害 したり,細胞外のシスチンを除いたりすると,細胞内グ ルタチオンレベルが急激に低下して細胞は死滅する.つ まり,坂内らの発見は,シスチン欠乏により,xc−系を 介するシスチン供給がなくなったために,グルタチオン 減少をひき起こした結果と理解できる.これらのことか ら,システインはグルタチオン合成の律速基質になって おり,それをシスチンという形で細胞外から運び込む xc−系は,少なくとも培養細胞ではグルタチオンレベル の維持に必須であると考えられる.
xc−系を介して取り込まれたシスチンが還元されて生 じたシステインは,グルタチオン合成,タンパク質合成 に使われるが,一部は,構成的に哺乳類細胞膜に発現し
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ている中性アミノ酸輸送系を介して細胞外に運び出され る.細胞外に出たシステインは,短時間のうちに空気酸 化されてシスチンになり,再びxc−系を介して細胞内に 運ばれる.xc−系を発現する細胞の培養系では,このよ うなxc−系,シスチンからシステインへの還元反応,中 性アミノ酸輸送系,細胞外でのシステインからシスチン への酸化反応で構成されるシスチン・システインサイク ルが形成される(図1).培養液中にシステインを添加 しても,すぐに空気酸化されてシスチンとなるため,一 般に,培養液中にシステインは検出されない.しかし,
xc−系が発現している細胞を培養するとシスチン・シス テインサイクルが働くために,培養液中に徐々にシステ インが蓄積してくる.このような状態において,細胞外 のシスチン・システインの存在比は,正常な血漿中のシ スチン・システインの存在比に近い値になっていく.シ スチンとシステインは,血漿中のレドックスを形成する 主要なSH基化合物である.xc−系の誘導は,培養細胞 にとって細胞内グルタチオンの維持だけではなく,細胞 外のシスチン・システインによるレドックスバランスを 維持するための適応応答の一つと考えられる.
1999年にxc−系の分子クローニングが行なわれ,その 本体は,xCTと命名された12回膜貫通型の基質輸送を
担うタンパク質とその機能を発現するために必要とされ る 4F2 heavy chain という既知のタンパク質とのヘテ ロダイマーであることが明らかとなった(3).活性酸素種 などの刺激で誘導されるのはxCTであることも確認さ れた.xCTは,個体レベルでは,胸腺,脾臓,パイエ ル板のような免疫系組織および脳の脳室周囲器官や髄膜 など,脳脊髄液と直接接するような部位に特異的に構成 的発現が認められた.xCT遺伝子ノックアウト (xCT KO) マウスの表現型を解析したところ,見かけ上,正 常に発育し,生殖能力も野生型と差は認められなかった が,xCT KOマウスの血漿中のシスチンが,野生型に比 べて2倍程度に増加していた(4).システインレベルには 有意な差はなかったことから,血漿中のシスチン・シス テインによるレドックスバランスは,xCT KOマウスの ほうが酸化方向に傾いている状態であることがわかっ た.このことが,どのような生理機能や病態に関係する か,今のところわかっていない.
xCTの個体レベルでの真の機能とは何なのだろう か? もちろん,培養細胞で見いだされた酸化ストレス に対する防御機構としての働きは個体レベルでも同様で あろう.実際,最近の研究で,腎臓や肺でも,酸化スト レス負荷によりxCTが誘導されることが示されている.
図1■哺乳類培養細胞におけるシス チン・システインサイクル
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また,酸化ストレス負荷に対して,xCT KOマウスのほ うが野生型マウスより生存率が有意に低下することも示 されている.一方で,最近,がん,特にグリオーマに代 表される脳腫瘍に対して,xCTの機能を抑制すること で症状の改善が見られるという実験結果が相次いで報告
された(5, 6).xCTが発現すると,シスチンを取り込む代
わりにグルタミン酸が放出される.グルタミン酸は,神 経伝達物質の一つであるが,過剰にあると神経細胞に対 し興奮毒性をひき起こす.したがって,xCTが発現す る部位では,局所的にグルタミン酸濃度が高まり,その ために周囲の神経細胞が興奮毒性を生じ,またグルタミ ン酸によるシスチン輸送阻害が起こることで脳腫瘍の増 悪化をひき起こすと考えられる.一方,がん細胞の中に は,xCTが強く発現しているために細胞内グルタチオ ンレベルが高くなっているものがある.このような細胞 では,ある種の抗がん剤によって生じる活性酸素に対し て抵抗性を示すだけではなく,グルタチオン抱合体を効 率よく形成することで抗がん剤を速やかに細胞外へ排出 する機能が亢進する.これらのことは,xCTが,がん 治療の標的分子になり得ることを意味しており,将来的 に脳腫瘍などの治療法の一つとしての発展が期待でき る.
免疫組織におけるxCTの役割についても興味深い結 果が報告されている.xc−系の活性化によって,システ インの細胞外への放出が増加するが,これが,リンパ球 などxCTを発現していない細胞のシステイン供給源と
して利用され,細胞増殖が促進される.また,xCTを 発現するマクロファージや樹状細胞によってシスチン・
システインサイクルを介して形成される細胞外レドック ス環境が,T細胞の活性化やB細胞の抗体産生など,リ ンパ球の機能発現において重要な制御因子となることが 報告された.一方,免疫系組織にもグルタミン酸受容体 が発現しているという報告もあり,xc−系を介して細胞 外に出されるグルタミン酸が,免疫系のような組織でも 何らかの機能を担っている可能性が高い.
以上のように,培養細胞を用いた研究で明らかになっ たxc−系の機能,すなわち細胞内グルタチオンの維持と 細胞外レドックスの維持に加え,xc−系が働くことに よって細胞外へ放出されるグルタミン酸とシステインに 新規の生物学的機能が見いだされつつある(図1). xCTは,記憶や行動,視覚機能,骨代謝,ウイルス感 染などに関わるという報告もあり,まだ未知の生理機能 や病態に関与する可能性は残されている.
1) H. N. Christensen : , 70, 43 (1990).
2) S. Bannai & E. Kitamura : , 255, 2372
(1980).
3) H. Sato, M. Tamba, T. Ishii & S. Bannai : , 274, 11455 (1999).
4) H. Sato : , 280, 37423 (2005).
5) S. A. Lyons, W. J. Chung, A. K. Weaver, T. Ogunrinu &
H. Sontheimer : , 67, 9463 (2007).
6) N. E. Savaskan : , 14, 629 (2008).
(佐藤英世,山形大学農学部)
In Vitro 精子形成の条件
培養成功のカギは血清代替物 . 重要因子はアルブミンか?
精子幹細胞から始まり精子産生に至る精子形成の全過 程は,マウスでは35日間,ヒトでは64日間の長期間に 及ぶ.この特殊な細胞分化の過程を培養下で再現すると いう試みはおよそ1世紀前に始まり,多くの研究者がこ の課題に挑戦してきた.しかし,これまでの成果はいず れも,部分的な成功に留まっていた.昨年,筆者らのグ ループは新生仔マウス精巣組織を培養下で成熟させ,精 子を産生させることに成功した(1).ここでは,客観的な 視点から, 精子形成について概説する.
生殖の目的は,多様性をもつ多数の子孫をつくること であると言える.したがって,精子形成においても,①
できるだけ数多くの精子を産生すること,②それらの精 子の遺伝的多様性を担保すること,さらに③受精成功率 を上げることという3つの重要な役割がある.①の目的 のためには,精原細胞の増殖があり,②のために減数分 裂という過程があり,③のために精子完成 (Spermio- genesis) という,円形精子細胞が運動能をもつ精子に なる過程がある.このように複雑かつそれぞれが明確な 目的をもった精子形成の3段階を単調な培養条件下で再 現することはそもそも最初から困難な課題であろう.そ のため,3つの段階はそれぞれ別個に研究対象とされて きた経緯があり,それぞれに成果がある.