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化学と生物 Vol. 54, No. 11, 2016
デジタル RNA シークエンシング
ゲノムワイドな 1 分子定量法
次世代シークエンサの登場により,それを用いた RNAシークエンシングが報告された(1).その後,分子 バーコーディング法を用いたデジタルRNAシークエン シング(dRNA-Seq)が開発されている(2, 3).本稿では,
世界的にも広がりつつあるdRNA-Seqの原理と応用・発 展について紹介する.
シークエンサは,従来,定性的な解析装置であった.
しかし,次世代シークエンサの開発により一度にたくさ んのDNAの配列を読むことが可能になり,どの配列を もつDNAが何分子あるのかを計数することで,定量装 置へと変革を遂げた.この定量性を利用している代表的 な手法の一つがRNAシークエンシングである(1).一般 的なRNAシークエンシングでは,逆転写酵素を用いて RNAをcDNAにし,cDNAを増幅してその増幅産物を シークエンシングする.その後,各遺伝子(など)の配 列をもつcDNAの分子数を計数し,増幅前のRNAの分 子数を推定している.このような新しい方法が開発され ると,さまざまな用途に使われると同時にその問題点も 指摘され始めるが,RNAシークエンシングも同様であ る.増幅産物の量が増幅前のRNAの数に比例するとの 想定が,場合によっては成り立ちにくいことが指摘され てきた.これらは,配列に依存した増幅バイアスや,特 に少数コピーのRNAを定量する場合に注意が必要な増 幅ノイズの影響だと考えられている.
増幅ノイズやバイアスの影響を受けにくい方法,
dRNA-Seq(図1) が,Taipale博 士 とLinnarsson博 士 の共同研究グループと筆者らにより独立に報告され
た(2, 3).この方法では,それぞれ異なる分子バーコード
(DNA配列)を各RNA(またはcDNA)分子に付加す る.この際,高い確率で互いに異なる配列を各RNA/
cDNA分子に付加させるため,十分にたくさんの種類
(配列)の分子バーコードを用いる.その後,分子バー コードが付加したRNA/cDNAを増幅し,増幅産物の RNA/cDNAの配列と分子バーコードをシークエンシン グする.従来法では,RNA/cDNAの配列から増幅産物 の数を計数するが,dRNA-Seqでは,分子バーコードの 種類の数を計数する.同じ分子バーコードをもつ増幅産 物は同じ分子から増幅されているため,分子バーコード 1種類の検出は,ノイズやバイアスの影響を受ける増幅 量にかかわらず,そのバーコードが付加された分子が増 幅前に1分子存在したことを意味する.したがって dRNA-Seqは,増幅前の絶対分子数を1分子の分解能で 測定するデジタル計測である.
正確な計測に必要な分子バーコードの種類数は,サン プル中に存在する同じ種類のRNAのコピー数や解析法 などに依存するが,バーコードとして10塩基程度のラ ンダム配列が用いられていることが多く,このとき(10 塩基の場合),バーコードは約10(〜46 10)種類である.
バーコード配列は,polyA付きRNAを逆転写する際に 用いられるpolyTプライマーの外側に挿入されている例
図1■Digital RNA Sequencing (dRNA-Seq)
(文献8を基に一部改変)
日本農芸化学会
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が多い.この場合,RNAの配列に依存するバーコード 付加のバイアスは小さいと思われる.polyAが付いてい ない種類のRNAにおいても,分子バーコードを付加す ることができれば,デジタル計測は可能である.なお,
バーコードを付加する際に配列などに依存したバイアス が生じる場合でも,試料間の比較は可能だと考えられ る.
このように,増幅産物をシークエンスしながらも,増 幅時のノイズやバイアスに依存せずに増幅前のRNA/
cDNAをゲノムワイドに定量することができるdRNA- Seqは,1999年に報告された,核酸を計数するデジタル PCR(4)をシステムワイドな計測へ発展させたものとも捉 えることができる.dRNA-Seqは既存のシークエンサを 用いることができるので,現在,世界でも広く使われ始 めている.しかしながら,高精度であるがゆえに実際の 測定においては注意も必要である.たとえば,用いる分 子バーコードの種類や数,シークエンシングのエラーな どが結果に影響する.筆者らは,より多数の分子を一度 に測定できる分子バーコードをデザインし,実験と解析 を重ねて測定系を評価して,高精度で安定したdRNA- Seqを実現している.
dRNA-Seqは,特にノイズが大きいとされる低コピー RNAの測定に有効である.そのため,1細胞解析におい てその威力を発揮している(5).筆者らも,1〜100細胞の 測定を行うdRNA-Seqパイプラインを立ち上げ,免疫関 連の細胞などの遺伝子発現解析を多くの共同研究者の 方々と行っている.たとえば,さまざまな細胞種がそれ ぞれの役割を果たしている免疫システムの研究では,研 究の進展により細胞種をより細かく分けることができる ようになってきているが,これは同時に,得られる細胞 数やRNAの量が少なくなることも意味している.した がって,高精度のdRNA-Seqが有効となる.
核酸のデジタル計測について紹介してきたが,タンパ ク質を対象にした場合はどうであろうか.細胞内におい ては,大腸菌内に発現させた蛍光タンパク質一つひとつ が光学顕微鏡で検出されており,これはデジタル計測で ある(6).さらに近年,タンパク質を検出するELISA
(Enzyme-linked immunosorbent assay)をデジタル化 した方法が野地博行博士の研究グループ(東京大学)に
より開発されている(7).彼らは,デジタル化によるノイ ズの低減により,従来法より極めて優れた検出限界値を 得ている.このように,新しい技術の開発により,生体 分子のデジタル計測化が進められている.
生命をたくさんの要素から成り立つシステムと捉える 考え方が生まれ,たくさんの要素(遺伝子発現など)を 一度に網羅的に測定するハイスループットな計測法が開 発されてきている.網羅的に計測する場合,まずは全体 像を捉えることが優先されることも多く,個々の要素を より正確に計測することは次の課題とされてきた感も否 めない.しかし,少数の分子や細胞が全体の振る舞いに 影響を与える生命現象もあり,一つひとつの要素をより 正確に測定することが必要とされてきている.今後もこ れらを実現する測定技術の開発とともに,生命システム の理解が深まっていくであろう.
1) A. Mortazavi, B. A. Williams, K. McCue, L. Schaeffer &
B. Wold: , 5, 621 (2008).
2) T. Kivioja, A. Vähärautio, K. Karlsson, M. Bonke, M.
Enge, S. Linnarsson & J. Taipale: , 9, 72 (2012).
3) K. Shiroguchi, T. Z. Jia, P. A. Sims & X. S. Xie:
, 109, 1347 (2012).
4) B. Vogelstein & K. W. Kinzler:
, 96, 9236 (1999).
5) S. Islam, A. Zeisel, S. Joost, G. La Manno, P. Zajac, M.
Kasper, P. Lönnerberg & S. Linnarsson: , 11, 163 (2014).
6) J. Yu, J. Xiao, X. Ren, K. Lao & X. S. Xie: , 311, 1600 (2006).
7) S. H. Kim, S. Iwai, S. Araki, S. Sakakihara, R. Iino & H.
Noji: , 12, 4986 (2012).
8) 城口克之: , 24 (2), 21 (2016).
(城口克之,理化学研究所生命システム研究センター)
プロフィール
城口 克之(Katsuyuki SHIROGUCHI)
<略歴>日本学術振興会特別研究員/海外 特別研究員,Harvard University Postdoc などを経て現在に至る<研究テーマと抱 負>たくさんの細胞を正確に計測して,集 団・組織・個体の状態を同定する<趣味>
サッカー(選手&コーチ)<研究室ホーム ページ>http://guppy.riken.jp/index.html
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.787
日本農芸化学会