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ナノ針状材料で生きた細胞の情報を探る - J-Stage

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(1)

生体試料の溶液中での観察が可能である原子間力顕微鏡は,

生体分子のイメージングだけでなく,分子間相互作用や弾性 といった力学的な性質を解析する装置としても利用されてい る.さらにわれわれは,ダメージを与えずに生きた細胞を解 析できる,非常に細い針(ナノニードル)を細胞に挿入する ことで細胞内部のタンパク質を検出する手法を開発した.細 胞に針を刺すことは乱暴な行為に思われるかもしれないが,

直径200 nmのナノニードルでは,1時間以上挿入を維持して

も細胞を殺すことはなく,100回に及ぶ繰り返し挿入を行っ ても細胞の分裂速度に影響がない.本稿では原子間力顕微鏡 を用いた細胞弾性の測定および1分子の相互作用解析に加え て,抗体修飾ナノニードルを用いた細胞内タンパク質の力学 検出に関して紹介する.

原子間力顕微鏡

原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscopy; AFM)

は1986年にBinnigらによって開発された顕微鏡であり,

探針で試料表面を走査しながら探針と試料の間に生じる 原子間力を測定し,画像化する装置である.走査型電子 顕微鏡や透過型電子顕微鏡のように真空環境を必要とせ ず,細胞や生体分子を液中で観察できることがAFMの 大きな利点である.また,AFMを用いてカンチレバー と呼ばれる板バネの先に取り付けられた探針を試料に接 触させると,カンチレバーにかかる力を数十ピコニュー トンレベルで測定することも可能である.探針を試料に 接触させると,バネ定数に従いカンチレバーがたわむ.

このたわみ量をカンチレバーの背面に照射したレーザー 光の反射角度の変化から検出する.これによりAFMは 単に分子イメージングに利用するだけでなく,力という パラメーターを用いて細胞や生体分子を標識することな く,自然な状態のまま解析することにも応用されてい る.

細胞弾性率の解析

がん細胞の弾性は転移性と密接にかかわっていると考 えられている.たとえば転移性がん細胞は良性腫瘍細胞

【解説】

Investigation of Inside of a Living Cell by Use of Nanoneedle: 

Analysis  of  Mechanical  Property  of  Biological  Molecules  by  Atomic Force Microscopy

Ayana YAMAGISHI, Chikashi NAKAMURA, *1 産業技術総合研 究所バイオメディカル研究部門,*2 東京農工大学大学院工学府生 命工学専攻

ナノ針状材料で生きた細胞の情報を探る

原子間力顕微鏡による生体試料の力学的性質の解析

山岸彩奈 * 1 ,中村 史 * 1 , 2

(2)

と比較して柔軟性が高いことが明らかとなっており(1)

研究例が多数報告されている.細胞の弾性を測定する手 法には,磁気ビーズを用いたMTC(magnetic twisting  cytometry)法,マイクロピペット吸引法,光ストレッ チャー法,AFMによる圧入試験などが挙げられる.

磁気ビーズを用いたMTC法では,ビーズを細胞に付 着させ外部磁界によって圧入されたビーズの変位量から 細胞弾性率を算出する(2)

.マイクロピペット吸引法で

は,単一細胞の一部,あるいは全体を直径1から10 µm のピペット内に吸引し,細胞の形状変化を経時的に観察 することで,細胞のずり弾性率を算出する(3)

.また,マ

イクロ流路内の細胞を集光したレーザー光により捕捉・

変形させる光ストレッチャー法により,細胞の変形量か ら弾性率を測定できる(4, 5)

.マイクロピペット吸引法と

光ストレッチャー法は,浮遊状態の細胞が対象となるた め,接着状態とは異なる細胞弾性を評価していることに 注意する必要がある.

AFMによる弾性測定では接着状態の細胞を対象とす る.当然ながら細胞は完全弾性体ではなく,弾性と粘性 の両方の性質を有する粘弾性体である.細胞に接触させ たカンチレバーを振動させることで細胞の動的粘弾性測 定を行い,細胞の粘性を詳細に評価した研究も行われて いる(6)

.しかし,通常AFMを用いた細胞弾性の評価で

は,探針を細胞に圧入した際にカンチレバーにかかる力

とカンチレバーのたわみから算出した細胞変形量から弾 性率を測定する(1)

.図 1

aにわれわれが細胞の弾性率測 定で用いる直径2.4 µmの円柱型に加工したAFM探針を 示している.X軸に細胞変形量,Y軸にカンチレバーに かかる力をプロットしたforce-extensionカーブをHertz モデルによりフィッティングすることで細胞のヤング率 を算出する(図1b)

.AFMを用いる際は,探針が接触

した局所における弾性率を評価することになるため値の ばらつきは大きいものとなる.また圧入するプローブの 形状や大きさ,力を印可する速度(負荷速度)などの測

図1AFM探針のSEM画像(a),および細胞圧入試験により

得られるforce-extensionカーブ,カーブの回帰に用いるHertz モデル(b

細胞の性質や機能を正しく理解するためには,細 胞表面と細胞内部の双方を解析する必要がある.細 胞内部を解析する際に細胞を殺すことなく生きたま ま解析を行うことができれば,細胞の変化を連続的 に追跡調査することも可能である.細胞の経時変化 を評価することは,たとえば細胞を用いた薬剤評価系 などにおいて非常に重要である.細胞内部を解析す るためには解析のためのプローブ分子を細胞内に導 入する,あるいはセンサー素子を導入するなどの方法 が第一に必要となる.しかし,細胞に対する低い物 質導入効率や,物質導入手段の高い侵襲性は,細胞 解析技術において大きな問題点となっている.細胞 外環境と自身を隔て,保護する役割を担う細胞膜は,

外来物質が細胞内へ侵入することを厳しく制限して いる.

われわれは直径数百nmに加工した針状材料(ナノ ニードル)を細胞に挿入することで細胞内部を解析す る技術を開発している.原子間力顕微鏡を用いてこ

のナノニードルを操作することで,細胞膜を貫通し 細胞内に挿入されるニードルの挙動を力学的に検出 することが可能である.針を挿入することで細胞の 生命活動への影響を懸念するかもしれないが,直径 200 nmのナノニードルでは,長時間の挿入を行って も細胞を殺すことがなく,100回に及ぶ挿入を行って も細胞の分裂速度に影響しない.また,挿入・抜去 による穿孔により細胞内へイオンが流入することも なく,細胞の生理状態に大きな影響を与えることな く操作が可能である.われわれはこのナノニードル を用いた細胞操作技術により,高効率な遺伝子導入,

細胞内の酵素活性の測定,mRNAの細胞内検出など に成功している.また,抗体修飾ナノニードルを挿 入することで,細胞内の骨格タンパク質を検出でき ることを示している.AFMを用いた細胞操作技術に は処理速度が遅いという問題があるが,この問題を 改善するためにナノニードルを2次元的に配列させた ナノニードルアレイを用いて多細胞を同時に操作す るデバイスの開発を行っている.

コ ラ ム

(3)

定条件により細胞のヤング率は大きく変動するので,絶 対値の議論は同一条件の測定結果で行う必要がある.

AFMを用いた分子間相互作用の解析

AFMは分子間相互作用を解析するための装置として 用いられ多くの解析が行われた.探針上に修飾された抗 体と基板に修飾された抗原の1分子の結合破断に必要な 力を,上記同様にforce-extensionカーブ(X軸は分子の 伸展長さ)から算出する(図

2

a, b)

.まず,探針を基板

に接触させ引き離すと,探針‒基板間の相互作用の破壊 に要する力がforce-extensionカーブ上で引力側の力と

して検出される.最終的に結合が破断し力がベースライ ンまで戻る.ベースラインに戻る直前のピーク値をヒス トグラム化すると,同時破断した分子の数に依存して量 子化されたガウシアンピークが現れる.その最小単位を 1分子の結合破断力として評価する.1分子のSiおよび C間の共有結合(7)

,アビジン‒ビオチン結合

(8)

,抗原抗体

結合(9〜11)

,ペンタペプチドとポルフィリンの結合

(12)

破断力を表

1

に示した.負荷速度に依存して破断力は変 化するのでそれぞれの分子結合に固有の値ではないこと に注意する必要があるが,おおむね1分子の共有結合は 数nN,1対の抗原抗体結合はその10分の1の数百pNで 破断すると考えればよい.

ナノニードルを用いた細胞内解析技術

これまで述べたようにAFMは力学的な特性を測定す る手法として活用されてきた.AFMを用いた細胞解 析・操作技術として,われわれは生きた細胞の内部を解 析するツールとしてAFM探針を極めて細い円柱状に加 工したナノニードルを開発してきた(図

3

a)

.ナノニー

図2AFM探針を用いた分子間相互作用測定の模式図(a),

およびforce-extensionカーブ(b

表1AFMを用いて測定した単一分子の破断に要する力

分子間相互作用 単一分子の破断に要する力(pN) 負荷速度(nN/s) 参考文献

Si‒C(共有結合) 2,000 10 7

アビジン‒ビオチン 150 1 8

HSA-抗HASポリクローナル抗体 240 54 9

FITC-scFV 70‒135 1 10

ポルフィリン-ペプチド 14 4 12

図3AFM探針を加工して作製したナノニードル

a),および細胞に対してナノニードルを挿入した ときに得られるforce-distanceカーブ(b),抗体 修飾ナノニードルを用いた細胞内骨格タンパク質 の検出(c),およびニードル挿入・抜去時に得ら れるforce-extensionカーブ(d

(4)

ドルの作製では集束イオンビームを用いたエッチングに より加工を行うが,カンチレバー部分は加工しないため 本来のAFM探針と同様の力学測定が可能である.この ナノニードルを細胞に接触・挿入すると,図3bのよう なforce-distanceカーブが得られる.ナノニードルの接 近過程において針先端が細胞膜と接触し,圧入すること でカンチレバーにかかる斥力が上昇する.針が細胞膜を 貫通し,細胞内に挿入されることで急激な斥力の緩和が 生じることから,この斥力緩和をforce-distanceカーブ 上で確認する.force-distanceカーブのX軸はカンチレ バーの移動距離であり,ナノニードルの細胞内への挿入 の成否をリアルタイムに判定できる(13)

.実際に,共焦

点顕微鏡を用いた蛍光標識ナノニードルの細胞内への挿 入過程を観察した画像とforce-distanceカーブを対比さ せると,斥力緩和が現れた場合には必ず挿入に成功して いることを確認している.このことは,蛍光色素などで 細胞やナノニードルを標識することなく,細胞へのナノ ニードル挿入を確認できることを示している.

アスペクト比の低いすなわち長さに対して直径の大き い針は細胞膜の貫通に不利であり,細胞への機械的な刺 激も大きい(14)

.針形状および直径の検討を行ったとこ

ろ,先端形状が円錐型より円柱型,針直径が800 nmよ り200 nmである場合,細胞への挿入効率が高いことが 明らかとなっている(15)

.われわれは,通常直径200 nm,

長さ12 µm程度に加工したナノニードルを使用する.

500 pN以上の斥力緩和が出現した場合を挿入成功と判 断し,9種の細胞に対してナノニードルの挿入効率の評 価を試みた(16)

.その結果,挿入効率は細胞ごとに大き

く異なることがわかった.

この要因を探るために,ホスファチジルコリンからな るジャイアントリポソームやアクチン繊維形成を阻害し たヒトTリンパ芽球細胞JMに対して挿入を試みた結 果,全く挿入できないことからアクチン繊維からなる裏 打ちなどの膜構造がナノニードルの細胞膜貫通において 必須であることが明らかとなった.さらに,アクチン繊 維からなる裏打ち構造の網目のサイズが異なる3種の細 胞に対してナノニードルの挿入を行ったところ,網目サ イズが小さい細胞ほど挿入効率が高いことがわかった.

また,アクチン繊維の一種であるストレスファイバーの 発達度が高いほど挿入効率が高いことも判明した.細胞 は脂質二重膜の下支えとなるアクチン繊維からなる膜骨 格構造を有しているからこそナノニードルの機械的な挿 入が可能であり,細胞ごとに異なるアクチン繊維の構造 が挿入の効率を左右する要因であることが明らかとなっ た(16)

.このナノニードルを用いた細胞操作技術により,

高効率なプラスミドDNA導入(17)

,センサー分子修飾ナ

ノニードルによる細胞内酵素活性の測定(18)

,細胞内

mRNAの 検出(19)などに成功している.

生細胞のタンパク質を検出する技術

iPS細胞など,多分化能をもった幹細胞の応用は医 療,創薬の分野において重要な課題となっている.幹細 胞からの分化誘導において,すべての細胞を目的細胞に 分化誘導することは困難である場合があり,分化誘導の 過程において未分化細胞も含めさまざまな細胞種が混在 した細胞集団が形成される.特に未分化iPS細胞は腫瘍 形成能を有しているため(20)

,細胞種を判別し目的細胞

のみを分離する必要がある.そのため,iPS細胞から分 化誘導した細胞を患者に移植する再生医療では,必要な 細胞を,生物活性が維持された状態で,正確に識別する 手法が求められている.

現在,生きた細胞を識別し分離する技術としてFACS

(Fluorescence Activated Cell Sorting)が普及してい る.FACSでは細胞表面の抗原を,抗体などを用いて蛍 光標識し,レーザーで蛍光測定した結果に基づいて,細 胞を含む液滴を分離する.細胞に大きなダメージを与え ず,大量の細胞を解析できることが利点であるが,

FACSでは細胞表面の抗原しか標的にすることはできな い.細胞内部の蛍光染色には細胞の固定を必要とし,生 きた細胞の識別ができないためである.なかでも神経幹 細胞は細胞表面の抗原に乏しいことが知られており,

FACSを用いた分離においては複数の抗原を組み合わせ た分析が必要である(21)

.一方で,細胞内部にはネスチ

ンやSox1, Sox2, Pax6, musashi-1など多くのマーカーが 存在している.なかでも,ネスチンやケラチン,ビメン チンなどの中間径フィラメントは細胞特異性が高くマー カーとして用いられている.このようなFACSでは対 象にできない細胞内部のタンパク質を生きた細胞で検出 できれば,細胞種の判定精度の向上につながり,また細 胞状態の詳細な解析が可能になる.この目的を達成する ためにわれわれはAFMおよび抗体修飾ナノニードルを 用いた細胞内タンパク質の検出を着想した.

図3cに示すようにAFMを用いて抗体を修飾したナノ ニードルを細胞に挿入し,抗体と細胞内の標的タンパク 質の複合体を形成させ,針の抜去により抗原抗体複合体 を強制的に解離させる.その際の破断力をAFMにより 測定することにより細胞内タンパク質を検出する.当然 のことながら標的となるタンパク質は何らかの形で細胞 体や細胞から抜き出せないオルガネラと結合しているタ

(5)

ンパク質に限定される.図3dに,中間径フィラメント ネスチンを検出した際に得られるforce-distanceカーブ を示す.挿入過程では斥力の緩和が観察され,抜去過程 では1分子結合破断力測定の場合と同様にベースライン を下回る引力側に変位が観察される.そのピーク値は数 十nNに及ぶ場合もあり,ナノニードル挿入時に数百以 上の抗原抗体複合体が形成されていることを示す.抗原 ペプチドであらかじめ抗体をブロッキングすると引力側 の力のピークは針の抜去に伴う非特異的な相互作用のレ ベルまで低下することからも,標的タンパク質を検出し ていることは明らかである.force-distanceカーブを force-extensionカーブに変換し,引力側を積分した値は すべての抗原抗体結合の破断にかかる仕事を意味し,細 胞内の標的タンパク質の量と相関する値となる.この force-extensionカーブから算出される仕事は引力側の力 のピーク値と良い相関を示すことも確認されたので,わ れわれはこのピーク値をFishing forceと命名し,これ を解析することによって標的抗原タンパク質の有無を判 定することとした.細胞内の標的タンパク質の量はこの 技術により現在までにアクチン(22)

,微小管

(23)

,中間径

フィラメント(24)の検出に成功しており,ほぼすべての 骨格タンパク質を無標識で検出可能であると考えてい る.

実際のタンパク質検出,細胞識別においては,標的タ ンパク質を発現しない細胞に抜き挿しした際のFishing  forceの平均値+4SDの値を細胞識別の閾値として設け た.挿入箇所を変えた10回の挿入操作で1回でも閾値を 超えるFishing forceが検出された場合に標的タンパク

質陽性であると判定することとした.神経系細胞の分化 過程において中間径フィラメントは,前駆細胞,幹細胞 ではネスチンを発現し,分化が進行するとネスチンは消 失し,アストロサイトではグリア線維性酸性タンパク質 を,ニューロンではニューロフィラメントを発現する.

ラット胎児海馬組織由来の初代培養細胞において,細胞 種判別を行った結果を図

4

に示した.中間径フィラメン トのネスチン陽性である細胞2, 4はニューロフィラメン ト陰性であり,ネスチン陰性である細胞1, 3, 5はニュー ロフィラメント陽性であり,それぞれがニューロンへの 分化前後の細胞であることがわかる.ネスチンの閾値が 小さいために細胞1, 3, 5でも閾値を上回る値が見受けら れるものの,細胞2, 4との差は歴然としている.このよ うに本手法では,細胞内部の複数のマーカーを検出する ことが可能である.また生きたまま細胞を識別すること ができるので,その後の操作に細胞を活用することが可 能である.

低温条件による細胞膜貫通効率の向上

先に述べた細胞内タンパク質検出法において,標的タ ンパク質陽性細胞でも10回の挿入操作の中で閾値を超 えない値がいくつか含まれることがわかる.この原因と して,中間径フィラメントの局在性に起因する可能性 と,ナノニードルの細胞膜貫通効率に起因する可能性が ある.ナノニードルの細胞膜貫通効率は,アクチン繊維 からなる膜骨格構造に支配されていることを示したが,

細胞膜を構成する脂質二重膜の高い流動性も挿入を困難 図4nestinneurofilamentの力学的検 出,ラット胎児脳海馬神経細胞の明視野 像(a),細胞15に対して抗nestin抗体 修飾ナノニードルと抗neurofilament抗 体修飾ナノニードルを挿入して得られた fishing force b

(6)

にする要因の一つと考えられる.そのことは,脂質二重 膜のみからなるジャイアントリポソームあるいはアクチ ン繊維を完全に脱重合した細胞ではナノニードルが膜に 陥入するだけで全く挿入できないという現象からも示唆 される.脂質二重膜は温度を低下させると液晶層,リッ プル相,ゲル相と相転移を起こすことが知られている.

細胞膜を構成する主たるリン脂質であるホスファチジル コリンの相転移温度は19.6 Cであることから,通常の試 験は37 Cあるいは室温で行うところ,4 Cに維持するこ とで細胞膜流動性が抑制され,ナノニードルの細胞膜貫 通効率が向上すると考えられた.実際に,中間径フィラ メントのビメンチンを標的として抗ビメンチン抗体を修 飾したナノニードルを挿入したとき,37 Cから4 Cへと 培地温度を低下させると,閾値を超えたFishing force の平均値は,約2倍程度まで増大することがわかっ た(25)

.低温条件下で抗原抗体相互作用が増大している

可能性もあるため,抗ビメンチン抗体とビメンチンの1 分子の抗原抗体結合破断力の評価を行ったが,4 C, 37 C ともに130 pN付近に単一分子破断力が確認された.す なわちFishing forceの平均値の増大は抗原抗体結合の 温度依存的な変化によるものではなく,4 Cで細胞膜の 流動性が抑制された条件で挿入を行うことにより,膜貫 通効率が向上したため,検出効率が向上したものと推察 される.以上より,細胞膜の相転移温度を考慮した低温 条件下における測定によって,細胞内タンパク質の検出 感度を向上できることが明らかとなった.

おわりに

AFMを用いた力学解析法は,1分子の相互作用解析 や細胞表面の解析にとどまらず,ナノニードルを用いる ことによって従来解析が困難であった細胞内部という空 間での新しい解析法へと発展した.ナノニードルの挿 入,抜去では細胞へのダメージが極めて小さいだけでな く,穿孔によるイオンの流入もないため電気生理的に遮 蔽された状態での解析も可能である(26)

.AFMを用いた

細胞操作技術にはスループットが低いという大きな問題 点がある.この問題を解決するために,われわれはナノ ニードルを2次元的に数万本配列させたナノニードルア レイを新たに開発し,多細胞を同時に操作する技術の開 発を行っている(27, 28)

現在までの研究により,Fishing forceの測定ではあ る程度定量的評価が可能であることがわかってきた.

force-distanceカーブから得られる情報はさまざまであ り,今後はより詳細な解析によって細胞内タンパク質の

構造解析など,定性的に評価する手法の開発に取り組み たいと考えている.

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23)  Y. R. Silberberg, R. Kawamura, S. Ryu, K. Fukazawa, K. 

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28)  D. Matsumoto, M. Nishio, Y. Kato, W. Yoshida, K. Abe,  K.  Fukazawa,  K.  Ishihara,  F.  Iwata,  K.  Ikebukuro  &  C. 

Nakamura:  , 84, 305 (2016).

プロフィール

山岸 彩奈(Ayana YAMAGISHI)

<略歴>2011年東京農工大学工学部生命 工学科卒業/2015年同大学大学院工学府 生命工学専攻博士後期課程修了,博士(工 学)/同年同大学産学官連携研究員/2016 年産業技術総合研究所特別研究員,現在に 至る<研究テーマと抱負>高転移性乳がん 細胞株における中間径フィラメントネスチ ンの機能解明,がんの転移抑制に有用な分 子標的の探索,およびこれを標的とした新 規薬剤・治療法への応用を目指しています

<趣味>旅行

中 村  史(Chikashi NAKAMURA)

<略 歴>1990年 東 京 農 工 大 学 工 学 部 卒 業/1995年同大学大学院工学研究科博士 後期課程修了,博士(工学)/同年工業技術 院産業技術融合領域研究所研究官/2001 年東京農工大学連携大学院客員准教授(併 任,2009年より客員教授)/2008年産業技 術総合研究所セルエンジニアリング研究部 門グループ長/2010年現職セルメカニク ス研究グループグループ長に就任,現在に 至る<研究テーマと抱負>機能化したナノ ニードルを用いた細胞工学.細胞の内部で 起こる生命現象を解明する技術で新しい医 工学分野を切り拓くことを目指しています

<趣味>サッカー観戦,ラーメン屋巡り

<所属研究室ホームページ>https://unit.

aist.go.jp/bmd/biomed-cme/

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.196

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