福島大学地域創造
第33巻 第2号 5〜15ページ 2022年2月
Journal of Center for Regional Affairs, Fukushima University 33 (2):5-15, Feb 2022
論 文
1.は じ め に
「コミュニティ音楽療法」とは,クライエント(参 加者)の有するリソースを尊重し,彼ら彼女らを取り 巻く社会・文化的コンテクストに意識を傾注しつつ,
時にその問題とも対峙することで,より良い社会やコ ミュニティの実現までを企図するパラダイムである。
人権,平等,社会正義といった論点を,音楽療法をめ ぐる国際的論議の中心的アジェンダに据える等の貢献 をなしており,過去20年以上における音楽療法の最も 重要なムーブメントと目されている。
ノルウェーのコミュニティ音楽療法は,なぜここま での目覚ましい成功を収め得ているのであろうか。そ の実態を探るべく,筆者らは2013年〜2019年の毎年8 月下旬に,6回にわたりノルウェーを訪ね,コミュニ ティ音楽療法の理論的指導者,ブリュンユルフ・ス ティーゲ(Brynjulf Stige)へのインタビュー,彼のコー ディネートによる病院,文化・福祉施設,刑務所等の 訪問調査を重ねると共に,音楽療法士養成教育や関連 プロジェクト等の検討を続けてきた1。
本稿では,ノルウェーのベルゲンにおける刑務所 内,及び出所後のコミュニティ音楽療法実践における
意義や特質について考究することを目的とする。手続 きとしてはまず,2017年8月31日の午前中に訪問し たビョルグヴィン刑務所(Bjørgvin prison)におい て,受刑者をサポートするための音楽活動を展開する 音楽療法士,シェティル・ヒョルネヴィック(Kjetil Hjørnevik)へのインタビュー調査の内容を検討する。
次に,同日夕刻に訪問した USF文化センターにおい て,ラース・テューアスタッド(Lars Tuastad)が 手掛けている,出所後の元受刑者を対象としたバンド・
プロジェクトの参与観察の結果を分析する。これらを コミュニティ音楽療法の理論と照合しつつ,検討を加 える。
なお,近年のノルウェーにおけるコミュニティ音楽 療法実践,とりわけスティーゲとオーロによる重要な 学術書『コミュニティ音楽療法への招待』の原著が発 刊された2012年以降のものを日本に紹介した研究は,
管見の限り本研究グループによる諸成果のみであるこ とを付言しておく2。
2.ビョルグヴィン刑務所における音楽活動
2−1 ビョルグヴィン刑務所について
ビョルグヴィン刑務所は,ベルゲンの郊外に位置
ノルウェーにおけるコミュニティ音楽療法の実践
―
刑務所内,及び出所後の音楽活動
―福島大学人間発達文化学類
杉 田 政 夫
名古屋芸術大学
伊 藤 孝 子
福島大学学校臨床支援センター
青 木 真 理 A study on practice of community music therapy in Norway
:Music activities in custody and liberty
SUGITA Masao, ITO Takako, AOKI Mari
する成人男性を対象とした開放型刑務所である。同 施設の受刑者は逃亡の恐れがないということで,監 視・管理レベルは低い。刑期は短期間で,最長でも 5年である。
学校部門を併設しており,基礎科目としてノル ウェー語,英語,スペイン語,歴史,数学,体育な どの教科の指導を受けることができる。それ以外に 特徴的なのは,自転車,宝石,製材,釣り道具,コー ヒーなどの工房が運営されていることである。
教師や指導者は,刑務所の学校部門に所属すると 同時に,コミュニティ内の学校でも勤務している。
彼らは高等学校やカレッジの教師であり,兼務して いる形である。当該コミュニティには,他にもセキュ リティ・レベルの高い国立のベルゲン刑務所や,フィ ヨルドの島の中にあるセキュリティ・レベルの低い 開放型刑務所があり,教師らはそこでも教えてい る3。
後述する音楽の他,アートも扱われており,刑務 所の至る所に受刑者によるアート作品が飾られてい る。指導する教師がとても多才な人物で,まずはヴィ ジュアルアーティストであり,小説家としても6冊 の著書を出版しており,文章を書くコースも担当し ている。哲学にも造詣が深く,受刑者と個別面談を するなかで,自由とは何か,正義とは何か,犯罪と は何かを話し合うのだという。
ということになる。そのような魅力もあってか,自 転車工房は受刑者に大変な人気とのことであった。
自転車工房と同様に,他の工房も受刑者の生活や レジャーに関わるものが多い。例えば,釣り道具の 工房で作った釣り竿を用いて,夏には刑務所の外に ある川に釣りに出かける,製材工房で切り出した木 材を用いて受刑者は小屋を組み立てる,といった具 合である。
同刑務所のコーヒー工房には焙煎機器やグライン ダーが備わっており,また様々な好みに合わせた コーヒー豆も用意されている。ここで焙煎された コーヒーは,苦味がきいて美味しいことで有名で,
Straffekaffe の名称(パニッシュメント・コーヒー の意)でベルゲン中心街でも販売されている。2週 間に1度,ベルゲンのコーヒーショップからスタッ フがやって来て,コーヒーの淹れ方の指導を受け る。ここでの経験をもとに,受刑者が将来的には コーヒーショップ店員として働くことが想定されて いる。つまり,工房で修得した技能は,出所後の職 業選択にも結び付くのである。
受刑者らは,朝8時〜午後3時までが労働時間で あり,それには学校部門での教科の学習,音楽や美 術などの文化活動,先述の工房でのコーヒー焙煎,
自転車修理等々の労働が含まれる。そして自分たち の服の洗濯,台所仕事,夕食づくり,床清掃などを する責任を負っている。これには出所後にきちんと した生活を送れるようにしておくことが意図されて いる。受刑者がきちんと仕事をこなしているかどう かを刑務官が確認し,法務大臣に報告することが義 務付けられている。
受刑者のこれら労働に対しては,1日60クローナ の給与が支払われる。得た収入は,刑務所内で週に 2回オープンする売店で使用することができる。煙 草や飲み物を買ったり,食材を買ってきて自分で調 理したりする人もいるという。
2−2 音楽療法士について
音楽療法士のシュティル・ヒョルネヴィックは,
ベルゲンの刑務所で雇用されている唯一の音楽療法 士である。2008年からビョルグヴィン刑務所に勤務 している。他のアートやスポーツの指導を担当する 教師が学校部門に所属しているのに対し,音楽療法 士については刑務所に直接雇用されている点は興味 深い。彼は,刑務所のシステムの一部をなしている のであるが,他の刑務官のように制服を着ているわ 写真1 美術室と受刑者らのアート作品
自転車工房では,修理やメンテナンス,整備など を手掛けている。多くの受刑者が敷地内で自転車に 乗るため,所内には多くの自転車が置かれている。
受刑者の中には,自転車レースに参加する人,教師 やスタッフらと泊りがけで自転車旅行に行く人もい るという。オスロとベルゲンの間くらいまで出かけ る,ということなので,かなり長距離の自転車旅行
けではなく,教師と同様に私服である。制服を着て いない唯一の刑務官,ということであった。
出身はノルウェーであるが,英国にて11年を過ご し,その間にノードフ&ロビンズの理論に基づくト レーニングを積んだ。主にそこでは,音楽の表出と 無意識の過程,フリー・インプロヴィゼーションを 学び,2005年に修了した4。
音楽活動は,約10年前(2007年頃),コミュニティ の信託資金により楽器を購入したことで,開始され た。主たる対象者は,ビョルグヴィン刑務所の成人 受刑者である。ビョルグヴィン刑務所の敷地内には,
ベルゲン刑務所の分所が数年前に設置され,16〜19 歳の対応困難な受刑者が4名おり,彼らも音楽活動 に参加しているとのことであった。
写真2 ヒョルネヴィックへのインタビュー風景
写真3 音楽室内の楽器
その後,英国内にある精神科の病院に勤務した。
そこは高レベルの保護監督が必要な女性患者を対象 とした病院であり,その状況には刑務所との類比性 があったという。ノルウェーに帰国後,刑務所にお ける音楽療法に関心を持つに至ったのは,そういっ た経緯も影響しているそうである。
ヒョルネヴィックは,刑務所における音楽療法 に関してベルゲン大学大学院で博士論文を執筆中
(2017年当時)の研究者でもある。研究テーマは,「受 刑者が助け合う際にどの様に音楽を使用するのか」
である。またベルゲン大学の研究プロジェクトにも 協力している。著名な量的研究者であるベルゲン大 学のクリスチャン・ゴールド(Christian Gold),後 述するラース・テューアスタッド,そしてスティー ゲらとの共著で,論文も執筆している5。
2−3 刑務所での音楽活動
音楽活動を行う部屋は,他の建物から少し離れた 場所にあり,コンテナ二つを繋いだ造りである。周 辺に建物がないことから,ある程度,大きな音を出 しやすい,という利点があろう。壁面には多くのギ ターやベースが掛けられており,また部屋にはドラ ムやスピーカーの他,多くの民族楽器が取り揃えら れている。
音楽活動では,基本的にコミュニティ志向,リソー ス志向のアプローチを採用しているという。音楽室 や信頼のおける場所で受刑者とセッションをし,改 善を図る,という伝統的な音楽療法の手法は採って いないとのことであった。そのこともあってか,同 刑務所で勤務する中で,音楽療法という用語を次第 に使わなくなったという6。他方で,ヒョルネヴィッ ク自身は,自らのことを音楽療法士と称しており,
そのアイデンティティを保持しているのである。
施設内において,あるいは施設から出た後までを も見越して,その場で起こり得るあらゆる機会を捉 え,方法を用い,受刑者が音楽を創り出すことをファ シリテートし,促し,サポートすることに最大の力 点が置かれている。
ヒョルネヴィックの音楽活動では,多くの受刑者 が望むバンド活動やソング・ライティング,ギター 修得の支援に重きを置いている。可能な限り,刑務 所内でのコンサートをファシリテートしたり,刑務 所の外に出掛けたり,他の刑務所に行ったりと,刑 務所内における,あるいはコミュニティとのつなが りを強化している。
バンドでのパフォーマンスの他,ラブソングなど 自作曲の録音を大切にしている。というのも,同刑 務所の刑期が短いため,常にメンバーを集めること ができるとは限らないからである。例えば,6ヵ月
後のコンサート開催を企画したとしても,メンバー 全員は揃わない可能性もあるし,刑期の長いメン バーであっても,途中で別の施設に移管されるケー スもある。したがってヒョルネヴィックは,今どん な人がいるのか,今何ができるかを常に考え続けて いるということであった。
近年は刑務所の許可を得て,シンセサイザーやデ ジタル・ボックスなどの装置を持ち込み,多くのエ レクトリック・ミュージックの録音を手掛けてきた。
受刑者の中には,そういった機材を用いて音楽素材 を録音することに強い興味を寄せている人たちがい るとのことである。
その際,音楽療法士は,リソースは用意するもの の,あまり手を出しすぎないよう留意しているとい う。受刑者が音楽を完成させることができるよう,
常にプロセス全体をみながらサポートしているので ある。時には天気の良い日に野外でのコンサートと いうセッティングで録音することもある。様々な機 会を上手く捉えることで,人々が参加できる場をみ つけられるよう努めているとのことであった。
活動範囲はビョルグヴィン刑務所内に留まらず,
コミュニティの高等学校や刑務所の学校部門のス タッフ,他の刑務所とも協力して,CD《Infused》
も制作している7。
味深く,集中した,実り豊かなコラボレーション を生み出しているのである。
同刑務所のバンド,クリムゾン・ルースター・バ ンド(Crimson Rooster Band)は,スタジオにお いて自然発生的に結成へと発展していったという。
彼 ら の 楽 曲《Wicked Ways》《Detroit City》 は,
正統的で落ち着いたテイストのアコースティックな バンド・ミュージックであり,(バンド名から想起 される)キングクリムゾンのようなプログレッシブ さは感じられない。前者の楽曲は英語で歌われてお り,ブルース色が強い。後者は,ノルウェー語によ るフォーク調のナンバーである。
解説によると,このCDの制作は,ベルゲンのオー サネ(Åsane)高等学校とアイルランドのコーク
(Cork)刑務所との協同から始まった。両者は2013 年に EU の Free‑IT(リハビリテーションの促進と 受刑者のトレーニングを通した就業可能性の向上)
プロジェクトで初めて出会い,ベルゲンとコークの 受刑者及び元受刑者の演奏によるジョイントCD を 制作することで合意した。つまり国境を越えた連携 がまずあり,コミュニティの刑務所を包摂していっ た形である。ビョルグヴィン刑務所はどこかの段階 で参加することになったのであろう。地域に根差し た活動が,国際的にもつながっている興味深い事例 と言ってもよい。謝辞には,ヒョルネヴィックや テューアスタッドの名前も含まれている。
ところで,同じコミュニティにある高監視レベル のベルゲン刑務所には音楽療法士はおらず,その代 わりに学校部門に音楽教師がいるとのことである。
同刑務所では受刑者の刑期が短く,数週間〜数ヵ月 程度と入れ替わりが激しいそうである。音楽療法は 通常,1年半〜2年程度をかけるため,そういう意 味でもベルゲン刑務所の方は音楽療法よりも音楽 教育の方が適しているのではないか,とヒョルネ ヴィックは述べた。
2−4 コミュニティ音楽療法の意義と成果
ヒョルネヴィックが考える,刑務所での音楽療法 というリソースの意義であるが,受刑者が生活上の 困難をコントロールし,他のサービスをより良く使 うことができるよう寄与しているとのことである。
また,QOL(Quality of Life)の向上に資すること により,多くの受刑者が経験する精神的な疾患,不 適応の予防にも役立っていると述べる。ヒョルネ 写真4 CD《Infused》
CD解説には,ビョルグヴィン刑務所について,
以下のように素描されている。
ビョルグヴィン刑務所は,人々が来ては去り,恒 常的な変化のダイナミックな過程の中で,グルー プは絶えず形成されては,変容し,解散する。こ ういった条件は,定期的で安定したバンドの結成 を困難にしている。がしかし,ここに提示された 2つの歌にみられるように,それらがしばしば興
ヴィック曰く,最も予防的なのは,受刑者が自分の 人生について再考し,新たな経験をすることである。
そして人によっては,音楽は社会生活を送っていく うえで生涯にわたり関わっていく大切なものになっ ているという8。
音楽活動は,背景の異なる様々な人々を巻き込 み,結び付けるポテンシャルを有しているとし,そ れが諸々の社会的分断の克服にも貢献しているとの ことであった。ここでの分断とは,例えば社会と刑 務所,刑務所内によるノルウェー人受刑者と外国人 受刑者,年齢や服役理由による差別などを指す。音 楽が,人々の間にある障壁を低くし,協力・協働へ と誘い,互いの理解を促進しており,こういった洞 察が,グループ全体に貢献しているという。
音楽活動で重視されていた録音であるが,関係性 を修復することに貢献している様である。ヒョルネ ヴィックは次のように述べる。
通常,人々は外の世界の人々との接触があるのに 対し,受刑者はそれができていない。例えば,10 年間刑務所にいるならば,ガールフレンドとの関 係は困難になっているし,面と向かって話すこと も難しくなっているだろう。しかし,音楽で心情 を表現することができ,またそれを送ることがで きる。もしも受刑者に小さな子どもがいて,子ど もとの関係を維持するのが難しいとき,音楽を録 音して送れば,関係を持ち続けることができる。
中には,つながりを失ってしまっていた相手と,
再び関係を取り戻すことができた人もいる。
罪(再犯率)9の減少にもつながっていると考えて いる。
3.USF文化センターにおける音楽活動
次に,元受刑者を対象とした USF文化センターに おける音楽活動を紹介したい。
写真5 ヒョルネヴィックを囲んで
ヒョルネヴィックは,こういった関係性の(再)
構築が音楽療法による貢献の一つであり,これが犯
写真6 USF文化センターの外観
3−1 音楽療法士と活動のコンテクスト
ここでの活動をサポートしている音楽療法士,
ラース・テューアスタッドにインタビューを実施し た。彼は,ソグン・フィオルダーネ大学に音楽療法コー スがあった時分よりスティーゲの薫陶を受け10,音 楽療法コースが2010年にベルゲン大学へと移設され ると同時にこちらへと移ってきた。ベルゲンの刑務 所における音楽実践に関する修士論文を作成し,博 士論文でも刑務所のプロジェクトを扱った。つまり,
スティーゲ他(2019年)の言うところの典型的な学 者兼実践家11であり,現在,ベルゲン大学GAMUT
(グリーグアカデミー音楽療法研究所)で教鞭もとっ ている。その他,ビョルグヴィンDPS(地区精神医 療センター)でも,オイスティン・リドヴォ(Øystein Lydvo)らと音楽活動を展開している12。
テューアスタッドは,音楽療法士のローア・フィ ンソス(Roar Finsås)と共に,刑務所内と出所後 双方で音楽活動への参加可能性を提供するプログラ ム「収監と釈放における音楽」を展開してきたこと でも知られる。当該プログラムは,1990年代初頭 にヴェーニャ・ルード・ニールセン(Venja Ruud Nilisen)が着手した国家プロジェクトを発展させ たものであり,今日のノルウェーでは大半の刑務所 において,禁錮中は刑務所内で,刑期終了後はコミュ
ニティにて音楽活動に参加できる環境を提供してい るとされる13。
テューアスタッドら(2008年)は受刑者らのライ フヒストリーに関する先行研究のレビュー,及び生 活状況の調査を通し,彼らが相対的にみてリソース へのアクセスに乏しく,教育を受けておらず,就職 にも問題を抱えていること,また比較的貧しく,健 康上,あるいは薬物などの問題を抱えていることを 見出した。テューアスタッドらは,発言権を獲得す る可能性及びコミュニティ参加に焦点化するエンパ ワメント哲学に立脚したアプローチを採用し,以下 の三つのフェーズを組織した。第1に収監中におけ る刑務所内でのバンド活動,第2に出所した際のコ ミュニティ文化センターにおけるバンド活動のサ ポート,第3に参加者が「自由」の状態を維持する ため,趣味や職業としての音楽活動の着手である。
当該プログラムは,あるフェーズにおかれた参加者 のコンテクストや生活から,別のフェーズへの移行 を支援し,起こり得る波及効果にも関心を寄せるな ど,生態学的志向に沿ったものであった。プログラ ムでは公開,または準公開の演奏がプロセスの中心 に位置付けられたという14。
現在は刑務所内の実践は行っておらず,刑期を終 えて自由になった元受刑者を対象としている。ただ し,刑務所との連携はなされており,例えば刑務所 の音楽クラスに連絡をし,ドラマーをリクルートし てもらうこともあるという。
3−2 音楽活動の参与観察
USF文化センターでの音楽活動は,週1回,17 時〜20時まで行われている。現在,3つのバンドが 活動している。ここでは音楽的スキルと社会的スキ ル双方の修得が目指される。特に孤独に陥りがちで 再犯率が高いとされる出所直後に,一人ひとりが自 身の役割を持って参加することを重視しているとい う。
USF文化センターで活動するロックバンド,ガー テンス・エヴァンゲリウム(Gatens Evangelium)
の練習風景を参与観察する機会に恵まれた。このバ ンドは14年前(2007年頃),メンバーの二人が刑務 所内の音楽活動で出会い,結成された。ヴォーカリ ストは,薬物依存で困難を抱えた自らのライフス トーリーや,音楽がそこから抜け出すための重要な 方途であったことを歌でもって伝えている。テュー アスタッド曰く,彼は音楽を通して新たな考え方や
アイデンティティを獲得したのである。現在では薬 物依存を克服し,嗜癖治療の会議等におけるコン サートで演奏している。2019年にスティーゲにイン タビュー調査した際,ヴォーカリストの話題に及ん だ。彼は26年ぶりに仕事に復帰し,今日では公的な 会議等で,音楽療法の意義を当事者の立場から雄弁 に語り,また音楽療法の医療認定化を後押しする キーパーソンになっているという。
写真7 ガーテンス・エヴァンゲリウムの活動風景
(中央が音楽療法士のテューアスタッド)
結成当初からのもう一人のメンバーは,楽器演奏 の技巧に優れた人物であり,哀愁を帯びたメロディ アスなキーボードを巧みに聴かせたかと思うと,
テューアスタッドとのツインギターでは,チョーキ ングを駆使したギターソロを披露してくれた。コー ラスもぴたりと合わせるなど,歌唱力も持ち合わせ ていた。ドラマーは,薬物のオーバードースに関す る大きなイベントでパフォーマンスした後の途中参 加であった。重量感あふれる安定したリズムを刻ん でいた。彼が参加して以降,確実に音楽にグルーヴ 感が加わった。
バンドは以上の4人編成で,音楽的なスタイルは パンクロックからの影響が強いと思われる。日本の ロックバンド,THE BLUE HEARTS(ザ・ブルー ハーツ)の《チェルノブイリ》を想起させるような 楽曲もあった。我々オーディエンスを意識した渾身 のパフォーマンスを披露してくれたのであるが,と りわけヴォーカリストのマイクさばきやアクション はエネルギーに満ち溢れ,大いにひき込まれた。幾 つかの曲について,英語で解説をしてくれたのであ るが,その解説自体が,実にポエティックであった。
実際の歌はノルウェー語なので歌詞内容の詳細まで は理解できなかったが,彼の楽曲解説によって,ど
のような歌なのかをある程度推察することができ た。一部を以下に紹介しておく。
この曲は,肉体的にも心理的にも落ち込み,何も かもに飽き飽きしていたとき,イメージの中の自 分の写真を見て,それを軽蔑した。それが自分で はないことを知っているから,見ることも嫌なの だ。自分を愛することができなかったから,鏡の 中の男に告白するためにこの曲を作った。この曲 は僕の裏切りの全てを歌っている。不安や長い間 の不安定さを歌っている。歌詞は次のような感じ だ。「誰もが私に,この世界を止めろと言おうと した。でも私は聞かなかった。もし私が聞くこと ができていれば,鏡の前に立って自分を恥じるよ うな人間にならないようにすることができたの に」。
激しく落ち込み精神的に滅入っているときに曲を 書くので,ある種のセラピーになっている。この 歌は,以前自分と向き合って話したのがいつだっ たのか思い出せない,消えてしまったのは過去の 自分なのか,今の自分なのか。過去の自分を見る のはやめ,新しい未来に向き合うときだ,という 歌だ。
音楽療法士のテューアスタッドは,リーダーや指 導者のような振る舞いではなく,メンバーの一員と して彼らに自然と寄り添っているように思われた。
4.考 察
4−1 コミュニティ音楽療法の諸特性に照らした分析 以上のインタビュー調査,及び参与観察の結果 を,スティーゲが提示したコミュニティ音楽療 法の理論,とりわけそれが有する7つの諸特性
(PREPARE)を視座に分析してみたい。PREPARE とは諸特性を示す頭字語のことであるが,ここでは 概略のみを提示するので,詳細はスティーゲ他(2019 年)や杉田他(2021年)を参照されたい15。 参加型の(Participatory)特性とは,必ずしも 専門家主導ではなく,民主主義的コンセプトに基 づく実践であることを示唆する。リソース志向
(Resource‑oriented)とは,音楽的リソース,関係 性上のリソース,コミュニティ・リソースなどを活 かす取り組みである。生態学的な(Ecological)特 性とは,社会的コンテクストにおける個人,グルー プ,ネットワーク間の相互的関係における取り組み を示唆する。パフォーマンス的な(Performative)
特性は,生態学的コンテクストにおける関係性の行 為,及び人間の発達に焦点を当てるものである。
活動家(Activist)の特性は,人々が抱える問題 の解決のために,音楽療法士として社会的障壁に対 峙する意志を示すものであり,社会変革がコミュニ ティ音楽療法のアジェンダの一部を構成することを 提起する。省察的な(Reflective)特性は,コミュ ニティ音楽療法実践のプロセス,結果,含意を認識 し,理解するための対話的・協働的な試みである。
倫理推進的な(Ethics‑driven)特性は,実践,理論,
研究が,人権を活性化させる価値や,活動を導く権 利に根差しているのかに着目するものである。健康 とウェルビーイング,コミュニティ,ミュージッキ ングは中心に位置づき,これらが自由,敬意,平等,
結束といった価値に基づく実践において実現するこ とが求められる。
まずビョルグヴィン刑務所の音楽活動であるが,
参加が強要されることはなく,受刑者の自由意思が 尊重されている。音楽療法士はむしろ手出しし過ぎ ないよう留意しつつ,リソースを準備しミリューを 構成することに専心する。音楽活動の方向性は,受 刑者側が主体的に決定し,療法士はそれに寄り添う 形である。このような形態は,参加型のエートスや リソース志向を反映するものであるし,自由や平 等,敬意を重んじる倫理推進的な特性も投影されて 写真8 メンバーとの集合写真
いる。
音楽療法士は,刑務所内はもとより,出所後も受 刑者が継続的に音楽活動できるようにファシリテー トしている。つまり,生態学的な移行期までを見据 えた実践であることが窺われる。
他の刑務所や刑務所外に出て演奏する機会を設け ることで,地域コミュニティとのつながりの強化や 社会参画が企図されている。
コミュニティの教員や,他の刑務所と協働しての CD制作は,コミュニティ音楽療法の特質ともいえ る「パートナーシップモデル」(特に施設間連携)16 や,「他職種連携」を想起させる。地域に根差した このような活動が,国境を越えて繋がっているとい う点は特筆に値するであろう。このような国際的連 携が,相手側であるアイルランドのコーク刑務所内,
並びに周辺コミュニティにどういった影響を及ぼし ているのかは,興味深いところである。今後の訪問 調査の必要性を感じている。
ヒョルネヴィックは,刑務所における音楽活動が 社会的分断の克服に寄与していると述べた。社会と 刑務所,刑務所内における出身国や服役理由による 分断を乗り越えるという理念の根底には,人権を重 んじるコミュニティ音楽療法の活動家的,倫理推進 的な特性が関与しているであろう。
USF文化センターの実践では,特に再犯率が高い とされる出所直後に焦点を当て,各参加者が自分の 役割を持って活動することを重視している。これに は,刑務所から一般社会へ,という生態学的移行を サポートするという意味合いがある。
ヴォーカリストの音楽への入れ込み具合,そして バンドへの愛情は並々ならぬものがあった。テュー アスタッドが述べていた通り,音楽が確かに彼の人 生を変え,新たなアイデンティティを獲得させたの であろう。今度は彼自身が,苦境に陥っている人々 を救おうと,活動家的な様相を呈しているのである。
音楽療法士のテューアスタッドのメンバーとの接 し方は穏やかで温かい。彼のまなざしと佇まいから は,倫理推進的な平等,敬意といった諸価値を大切 にしていることが自然と滲み出ているように思われ た。
4−2 出所後の QOL を支える音楽
ノルウェーの元受刑者の再犯率は,国際的に見て 低い。それは,元受刑者の出所後における QOL の 高さと関係があると思われる。QOL の維持と向上
には,ヒョルネヴィックが強調している通り,元受 刑者が地域社会で他者との関係を再構築できるよう 支援することが重要である。そのような関係の再構 築と QOL の高さに対し,音楽活動が大いに貢献し ている。そして,そういった音楽活動が展開できる 要因として,刑務所の内と外の連携があり,刑務所 の「外」の活動における音楽療法士の役割も大きい と言えるであろう。
4−3 地域社会の中の刑務所
地域社会で元受刑者が生きるためには,地域住民 の理解と協力が欠かせない。本稿で論じた通り,ビョ ルグヴィン刑務所では,刑務所内の教育に地域の教 育者が協力している。つまり,地域の教育者は,刑 務所と地域の学校の双方において教育活動を行って おり,それは元受刑者を地域社会へと繋ぐ役割をも 果たしている。
受刑者の作る製品や技術が,地域社会の消費者に 提供されており,それは刑務所の受刑者から地域住 民への貢献である。また,受刑者の出所後の就労に 繋がる可能性を有しているのである。
5.お わ り に
今回の訪問調査でまずもって驚かされたのが,刑務 所の開放感である。セキュリティ・レベルが低いとい うこともあろうが,通りがかった受刑者と談笑を交わ すことさえも可能であった。全般的に受刑者,元受刑 者に対する敬意や信頼というものを感じた。
翻って日本の場合,例えば受刑者が刑務所外に出て 自転車で一泊旅行をする,あるいは釣りをする,など という活動が許容されるとは考えづらい。どうやら「犯 罪」「犯罪者」「受刑者」への受け止め方が,彼我では 大きく異なっているようである。
その一端は,ノルウェーが修復的司法を採用してい ることにあると思われる。平松毅によると,修復的司 法とは「裁判のように既存の規範を強制するのではな く,当事者である被害者と加害者との合意に基づく紛 争解決の制度」17のことである。平松は,ノルウェー における修復的司法の制度化に多大なる影響を与えて きたニルス・クリスティの思想を概括し,以下のよう に述べている。
その思想は,要するに,社会に紛争があるというこ とは,市民が自由に思考し,行動していることの証
拠であり,市民は,紛争を通じて何が社会の規範で あるか,その規範は有効か,その規範は現実に適用 できるものであるかを体験することができるから,
紛争というのは市民の共有財産であり,それから学 ぶ機会を弁護士や検察官などに独占させることは,
市民を法から疎外することになるということにあ る。すなわち,紛争というのは,犯罪の加害者にとっ ても被害者にとっても,さらに社会の一般の人々に とっても,社会秩序や社会連帯を維持するために市 民が何をすべきかを学ぶ貴重な機会であるから,そ れは国民共有の財産である18。
つまり,犯罪やそれが引き起こす被害者,加害者間 の紛争までをも市民,国民の共有財産,すなわちそれ を起点に社会の秩序や連帯を維持するために学び,体 験するある種のリソースとして位置付けられているの である。この制度は,弁護士や検察官といった専門家 による紛争の独占を許容しない市民参加型の司法シス テムとして機能している。
これは生態学的にみて,「犯罪」や「受刑者」に対 する人々の認識,というマクロシステム・レベルにま で及んでおり,このことが刑務所内や出所後のコミュ ニティ音楽療法実践などの文化活動にも影響を及ぼし ていることが充分に考えられる。同国の司法制度とい う社会的コンテクストまでを包含した当該事例の仔細 な分析,考察については,今後の重要な課題としたい。
次に,これまでベルゲンにおける病院や文化施設な どのコミュニティ音楽療法実践もみてきたが,刑務所 や出所後の音楽活動においても,ロックやポップと いった参加者側の音楽的リソースが大切にされてい た。テューアスタッドが教えてくれたのであるが,ベ ルゲンがロックの街として国際的に知られていること も,その様な音楽が採用されている一因と思われる。
また,音楽療法士側もそういった音楽に通じている ケースが多く,当該地域の音楽療法士の多くを輩出し ているベルゲン大学音楽療法学科の入試方法が,その 様なリソースを有する受験生に対応できていることも 大きいと思われる。
さらに,こういった志向性の一端は,ノルウェーに おける音楽療法が,その草創期からハイ・アートに対 するカウンター・カルチャー(対抗文化)として自ら を位置付けてきたことにも起因するのかもしれない19。 スティーゲはこの時代の音楽療法が,政策的に適切な 反エリート主義カウンター・カルチャーと記述するこ とが可能で,またこの価値がノルウェーの音楽療法を
確立する上で有益であったと述べているのである20。 日本でも実践においてポップやロックが使用される ケースは多々あろうが,それがこの国でもキャノライ ズ(聖典化)されてきた西洋芸術音楽(=ハイ・アー ト)的価値への対抗文化,あるいはオールタナティブ な美学の探究を意識してのものとは言えないケースが 大勢であろう(このことは1990年代以降,理念レベル での実質的論議がストップしたまま,なし崩し的に ポップやロックが導入されている日本の学校音楽教育 領域にも同様に当てはまる)。既述の通り,参加者の 音楽的リソースに合致したロック,ポップの使用は重 要であり,このこと自体は否定されるべきではない。
問題は,従前まで日本の音楽療法では,こういった音 楽の価値をめぐる議論がほとんど展開されてこなかっ た点にある。このことが,相変わらず音楽療法の成否 を「芸術的に優れた音楽」「独創的な表現」「巧みな演奏」
「卓越した即興」「技法の洗練」等々といった西洋近代 美学に親和的な価値のみに帰趨させる風潮が根強いこ との遠因となっているように思われる。(さもなくば,
音楽的価値については一切の不問に付す,のいずれか が,日本の音楽療法における典型的なスタンスといえ るであろう)。無論,上述の西洋近代美学的な価値も,
状況によって重要なものとなり得ることは,言を俟た ない。肝心なのは,スティーゲも述べる通り21,我々 が音楽的価値について,コンテクストに応じていかに 包括的たり得るか,ということではあるまいか。その ためには,音楽療法士による,多様な音楽的価値の探 究が欠かせないのである22。
最後に,これまでの訪問調査を通して感じるのが,
ノルウェーの音楽療法士における研究遂行力の高さで ある。ノルウェーの音楽療法士の多くは,研究者兼実 践家という二重のアイデンティティを有しており,研 究に熱心に取り組み,その成果を実践へと還元させて いる。この点は,日本との大きな懸隔を感じる部分で もある。
なぜこの様な理論と実践の往還が可能なのかについ ては,様々なことが考えられる。例えば,この地域で 活躍する音楽療法士の多くを輩出しているベルゲン大 学の音楽療法士養成カリキュラムにおける理論・研究 の重視,マスターレベルでの資格付与,またベルゲン 大学のグリーグアカデミー音楽療法研究所(GAMUT)
とPOLYFON23には国際的に活躍する研究者20名程度 を擁していること,修了生やコミュニティの音楽療法 士が大学との接点や連携を維持していることなどが挙 げられる。
このことを確かめるべく,今後はノルウェーにおけ る音楽療法士養成の制度や教育の特質について,資格 を付与しているベルゲン大学,ノルウェー国立音楽大 学のカリキュラムや入試方法等につき,博士課程まで 含めて調査を深めたいと考えている。
1 例えば,杉田政夫・青木真理・伊藤孝子「ノル ウェーにおけるコミュニティ音楽療法に関する一 考察―スティーゲ氏へのインタビュー,及びオラ ヴィケン病院への訪問調査を通して―」『福島大 学総合教育研究センター紀要』第19巻,2015年,55
〜64頁,杉田政夫他「ノルウェーの音楽療法におけ る POLYFONプロジェクト」『福島大学地域創造』
第28巻第2号,2017年,107〜119頁,杉田政夫他「ノ ルウェーにおけるコミュニティ音楽療法の今日的展 開に関する研究―スティーゲへのインタビュー及 び実践現場への訪問調査を中心に―」『福島大学 地域創造』第32巻2号,2021年,37〜53頁を参照さ れたい。
2 上記注1の業績に加え,ノルウェーの音楽療法に ついては,下記の成果を発表してきた。
杉田政夫・青木真理・伊藤孝子「トム・ネスの音 楽療法に関する一考察」『福島大学総合教育研究 センター紀要』第17号,2014年,29〜38頁。
【翻訳】トム・ネス,エヴェン・ルード著,杉田政夫・
伊藤孝子訳「聴取可能なジェスチャー:臨床即興 からコミュニティ音楽療法へ」『福島大学地域創 造』第27巻第2号,2016年,61〜72頁。
【翻訳】カレッテ・ステンセス,トム・ネス著,
伊藤孝子・杉田政夫訳「 一緒に! ラグナロック,
バンドとメンバーの音楽的ライフヒストリー」『名 古屋芸術大学研究紀要』第37巻,2016年,31〜51頁。
3 なお,ビョルグヴィン刑務所が男性のみを対象と しているのに対し,ベルゲン刑務所や,フィヨルド の島の刑務所には男性,女性用の刑務所がある。
4 現在でもそのメソッドに興味があるし,これまで 多くのアイデアを得てきたという。ノルウェーに 移って以降は,異なるコンテクストとの出会いが あったため,現在ではそこにいる人々のニーズに応 えていくことを大切にしている,とのことであった。
5 例えば,刑務所と音楽療法に関する以下のような 研究業績がある。
Gold, C., Due, F. B., Thieu, E. K., Hjørnevik, K., Tuastad, L. and Assmus, J. (2020). 'Long‑
Term Effects of Short‑Term Music Therapy for Prison Inmates: Six‑Year Follow‑Up of a Randomized Controlled Trial', International Journal of Offender Therapy and Comparative Criminology, 65(5), 543‑557.
Hjørnevik, K., and Waage, L. (2019). 'The prison as a therapeutic music scene; Exploring musical identities in music therapy and everyday life in a prison setting', Punishment and Society, 21
(4), 454‑472.
Gold, C., Assmus, J., Hjørnevik, K., Qvale, L. G., Brown, F. K., Hansen, A. L., & Stige, B. (2014).
'Music therapy for prisoners: Pilot randomised controlled trial and implications for evaluating psychosocial interventions', International Journal of Offender Therapy and Comparative Criminology, 58(12), 1520‑1539.
6 基本的には,「音楽活動」と呼んでいるとのこと であった。
7 CD にはプロモーション用,非売品,と書かれて いる。
8 ヒョルネヴィック自身は,受刑者が刑務所にいる 期間にフォーカスすることになる。刑期終了後に刑 務所は,元受刑者に対する権限をもたないからであ る。刑期を終えた受刑者らに対する音楽活動につい ては,後述する通り,ラース・テューアスタッドら のように刑務所の外側から支援をしている音楽療法 士が関わることになる。
9 ノルウェーは,国際的にみて再犯率の低い国とし て知られている。
齋藤実によると,北欧5ヵ国では2005年のデータ を基にして各国の再犯率の比較調査がなされたとい う。それを参照すると,スウェーデン43%,フィン ランド36%,デンマーク29%,アイスランド27%, ノルウェー20%となっており,ノルウェーは最も低 い数値となっている(齋藤実「ノルウェーにおける 刑事政策の現在(いま)」『学習院法務研究』第7号,
2013年,114頁)。
10 コミュニティ音楽療法の原点に位置付けられる,
スティーゲらによる西ノルウェーのサンダーネで展 開された「グルッペン・プロジェクト」(1983年〜)
の成功を受け,1987年にソグン・フィオルダーネ県 に県立音楽療法センターが設立され,翌1988年,ソ グン・フィオルダーネ大学に音楽療法コースが開設 された(井上勢津「ノルウェーの音楽療法事情」国
立音楽大学音楽研究所音楽療法研究部門編『音楽療 法の現在』人間と歴史社,2007年,362〜363頁,参照)。
11 スティーゲ他前掲書,2019年,403頁。スティー ゲ曰く,音楽療法の専門職者として働くということ は,学者兼実践家という二重のアイデンティティを 持つことを意味する。コミュニティ音楽療法の場 合,実践では例えばアート的,コミュニケーション 的,療法的スキルが求められるであろうし,共同的 ミュージッキングを開始してサポートするスキルが 求められる。連携の中で柔軟に働く能力も求められ る。理論的には,例えば健康やサポート,音楽の社 会的側面の理解は不可欠な部分とされている(同書,
403〜404頁)。
12 ビョルグヴィンDPS におけるコミュニティ音楽 療法実践については,杉田他前掲論文,2021年に詳 しい。
13 スティーゲ他前掲書,2019年,11頁。
14 同 上,11〜12頁, 及 び Tuastad, Lars &
Finsås, Roar (2008). Jeg fremfører, altså er jeg Jeg fremfører, altså er jeg En studie av deltakernes opplevelser i to rockeband tilknyttet musikktilbudet Musikk i fengsel og frihet . Unpblished Master Thetis. Bergen, Norway: The Grieg Academy, University of Bergen. https://
core.ac.uk/download/pdf/30861911.pdf (2021年12 月9日にアクセス)を参照。
15 以下,コミュニティ音楽療法の7つの諸特性につ いては,スティーゲ他前掲書,2019年(主に第1章),
及び杉田他前掲論文2021年,39〜42頁からの要約,
抜粋である。
16 スティーゲ他前掲書,400〜401頁,参照。
17 ニルス・クリスティ著,平松毅・寺澤比奈子訳『人 が人を裁くとき―裁判員のための修復的司法入門
―』有信堂,2006年,17頁,参照。
18 同上,18頁。
19 スティーゲ,ブリュンユルフ著・阪上正巳他訳『文 化中心音楽療法』音楽之友社,2008年,100頁。
20 同上,100頁。
21 同上,101頁。
22 音楽科教員もまた然りである。
23 POLYFON とは,ベルゲン大学の音楽療法士養 成教育と音楽療法研究,地域の病院,施設,刑務所 などの実践現場,自治体や企業,財団などのステー クホルダーをネットワーク化していくプロジェクト である。ノルウェーにおける音楽療法の医療認定化
を見越し,優れた音楽療法士の数を早急に増加させ ることを目的としている。詳細については,杉田他 前掲論文,2017年を参照されたい。
<主要引用・参考文献>
阪上正巳『音楽療法と精神医学』人間と歴史社,2015年。
中河豊「文化としての音楽療法―ノルウェーから」
平成22‑24年度科学研究費補助金基盤研究 「北 欧ケアの実地調査に基づく理論的基礎と哲学的背 景の研究」研究成果報告書(研究代表者:浜渦辰 二)『いま,北欧ケアを考える』2013年。
若尾裕『音楽療法を考える』音楽之友社,2006年。
<謝辞(Acknowledgements)>
両実践現場への訪問調査をコーディネートしてく ださった,ブリュンユルフ・スティーゲ氏(Brynjulf Stige)に厚く御礼申し上げたい。また我々の訪問を 温かく迎え入れてくださったシェティル・ヒョルネ ヴィック氏(Kjetil Hjørnevik),ラース・テューアス タッド氏(Lars Tuastad),そしてガーテンス・エヴァ ンゲリウム(Gatens Evangelium)のメンバーに,衷 心より感謝申し上げたい。
本実地調査には,執筆者らのほか,大垣女子短期大 学の菅田文子氏,福島大学の谷雅泰氏,高橋純一氏が 参加し,研究をサポート頂いた。記して御礼申し上げ る。
【本稿は,科研基盤研究 「ノルウェーのコミュニティ 音楽療法を基軸とした POLYFONプロジェクトの研 究」(研究代表:杉田政夫,2019〜2021年度,課題番 号:19K00213),及び科研基盤研究 「障がい当事者 の社会参画を目指した地域コミュニティにおける音楽 療法パラダイムの提言」(研究代表:伊藤孝子,2020
〜2022年度,課題番号:20K00222)の成果の一部で ある。】
「原稿受付(2021年12月13日),原稿受理(2022年1月14日)」