はじめに
ヒトを対象にした食品の機能性に関する科学的評価に ついては,平成27年度から開始された機能性食品表示 制度の導入に伴い,多くの食品企業が機能性食品の開発 や販売に関心を寄せている.機能性食品の科学的評価に は,ヒトを対象にした試験が不可欠であるが,北海道情 報大学(江別市)では,平成21年に食の臨床試験シス テム 江別モデル (健康情報科学研究センター)を立 ち上げ,道内外の食素材の健康機能の評価に取り組んで いる.登録ボランティアは約7,000名(平成29年1月現 在)に達し,全国の公的機関や民間の食品研究所から 60件以上の臨床試験を受託している.
本稿では農研機構「機能性をもつ農林水産物・食品開 発プロジェクト」のテーマとして採択された中から,抗 酸化作用による動脈硬化の予防効果が期待できるルチン を豊富に含むダッタンソバ「満天きらり」,食後中性脂 肪の上昇抑制に効果が期待できるβ-コングリシニンを多 く含む大豆「ななほまれ」,およびの軽度認知症の改善 の可能性のあるケルセチン高含有タマネギ「クエルゴー ルド」の3つの食素材についてヒト介入試験による機能 評価の結果について紹介する.なお,これらのすべての 試験は,北海道情報大学生命倫理委員会にて承認された のち実施した.
ルチン高含有ダッタン蕎麦「満天きらり」
ルチンはポリフェノールの一種で,抗酸化作用や脂質 代謝改善作用を有していることから,ルチンを含有する ダッタンソバは機能性素材として注目されている(1).し かしダッタンソバは強力なルチン分解活性も有するた め,ルチンが分解して強烈な苦みが生じてしまい敬遠さ れがちであった(2〜4).新品種「満天きらり」はルチンを 高含有し,分解もしにくいため苦味が発生せず,ルチン を高含有する機能性素材として期待されてきた(5).「満 天きらり」の脂質代謝改善作用および抗酸化作用に関す る有用性を明らかにするため,本学健康情報科学研究セ ンターでボランティアを対象に介入試験を実施した.
介入試験は,プラセボを対照とする二重盲検並行群間 比較試験で実施し,スクリーニング検査を行い動脈硬化 指数が正常値からやや高め(2.25±0.65,平均±標準偏 差)の被験者150名を本試験に組み入れた.被験者を
「満天きらり」配合蕎麦摂取群(75名)とプラセボ麺摂 取群(75名)に,性別,年齢,動脈硬化指数が均一に なるように第三者機関で割り付けを行った.摂取期間は 12週間とし,4週ごとおよび摂取終了3週後に検査を行っ た.検査項目は,酸化マーカー(酸化LDL, TBARS), 脂質項目,血糖項目,体組成とした.
試験結果については,試験中止者は5名おり,うち自 己都合による中止が3名,有害事象による中止が2名で
ヒト介入試験によるそば,大豆,タマネギの機能性の 検証 機能性の高い生鮮食品摂取による健康増進の可能性
西平 順,西村三恵
北海道情報大学健康情報科学研究センター
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
セミナー室
機能性農産物開発-2あった.有害事象による中止2名(いずれもプラセボ食 品摂取群)は試験食品との因果関係はなかった.試験完 遂者は145名であったが,試験食品摂取率不足の1名を 解析から除外し,有効性解析は144名で実施した.解析 の結果,酸化LDLと動脈硬化指数については被験食品 摂取による改善は認められなかったが,酸化マーカーの TBARSは,被験食品群で摂取8週後において有意に改 善した(プラセボ食品群の変化量:0.86±3.95 μM,被験 食品群の変化量:−0.56±3.62 μM, =0.027)(図1-1). また体重については被験食品群で摂取8週後において有 意に改善した(プラセボ食品群の変化量:0.02±1.18 kg,
被験食品群の変化量:−0.35±0.82 kg, =0.030)(図1-2). さらに体脂肪率についても被験食品群で摂取4週後にお いて有意に改善した(プラセボ食品群の変化量:0.36±
1.07%,被験食品群の変化量:−0.30±2.39%, =0.038)
(図1-3).脂質項目,血糖項目については,被験食品に よる効果は認められなかった.以上の結果より,ルチン 高含有「満天きらり」加工食品の継続摂取は抗酸化作用 および体重,体脂肪低減作用を有する可能性があること が強く示唆された(6).
高β-コングリシニン大豆「ななほまれ」
大豆β-コングリシニンは中性脂肪低減効果などの健康 増進効果を有するものの,必要摂取量が多いことから現 在サプリメントの形状でのみ提供されている.そこでβ- コングリシニン高含有大豆(7)を利用して,通常の食品で 必要量の摂取が可能なレベルに高含有化した大豆加工食 品を開発し,ヒトへの健康増進効果,特に脂質代謝改善 作用を,ヒト介入試験により検討した.
介入試験は,ダッタンソバと同様に,プラセボ対照二 重盲検並行群間比較試験で実施した.スクリーニング検 査を行い,中性脂肪値が正常値からやや高めの被験者 150名を本試験に組み入れた.被験者背景は男性45名,
女 性105名,平 均 年 齢54歳,中 性 脂 肪 値111.8±44.5 mg/dL(平均値±標準偏差)であった.被験者を高β- コングリシニン大豆摂取群(75名)と低β-コングリシニ ン大豆摂取群(75名)に,性別,年齢,空腹時中性脂 肪値が均一になるように第三者機関で割り付けを行っ た.試験食品は大豆フレーク21 g(8食),豆乳200 mL
(3食),蒸し大豆42 g(3食)を1日2食,1週間で14食 図1■1: TBRASの継時的変化,2: 体重の継 時的変化,3: 体脂肪率の継時的変化
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
タマネギ,大豆,蕎麦などに限らず,アスパラガス やキノコなど 体にいい と言われる農産物の有用性 や安全性について,人を対象にした科学的エビデン スは意外と少ない.食のヒト介入試験システム 江別 モデル (北海道情報大学健康情報科学研究センター)
では,これまで65件の臨床試験を実施し,食と健康 に関する情報を蓄積してきた.野菜類に加えて,海 産物や乳製品など多くの機能性食品の臨床試験を実 施し,これらの莫大なデータを分析している.この結 果は,地域や国全体の健康づくりのためのヒントを 与える.事実,本センターの取り組みは,本学が位 置する北海道江別市の健康な街づくりに向け活用さ れている.
現在, 江別モデル には約7,000名が登録し,食生 活にかかわる健康情報や一部血液データも蓄積し,食 生活改善による健康増進のための研究に取り組んでお り,近い将来地域の健康づくりや介護予防サービスな どに具体的に活用することを検討している.学術研究 として,個々人の体質に合わせたより効果的な食事摂 取(個別化栄養)について具体的な提案を目指し,生 活習慣,血液データ,遺伝子などバイオ情報を解析す るバイオインフォマティクスにも着手している.この 取り組み 江別モデル が,限られた地域にとどまる ことなく広く活用され,科学的エビデンスにもとづく 機能性食品が開発され,食を基盤にした国民全体の健 康増進につながるものと考えている.食の臨床試験か ら得られた結果をもとに,私たちの食生活が改善され,
健康長寿な社会が形成されることを願っている.
コ ラ ム
摂取させることとした.摂取期間は12週間で,4週ごと に検査を行い,脂質項目(TG, TC, HDL-C, LDL-C)や 血糖項目(空腹時血糖,HbA1c,インスリン),体組成
(体重,体脂肪率,BMI)などの測定を行った.
試験中止者は12名おり,うち自己都合による中止が8 名,有害事象による中止が4名であった.有害事象によ る中止4名のうち2名は試験食品との因果関係は認めら れなかった.プラセボ食品摂取群でも2名の有害事象事 例があったが,食品との因果関係は認めなかった.試験 完遂者は138名であったが,試験食品摂取率不足(80%
以下)2名と試験期間中の試験食品以外の大豆加工食品 摂取過剰2名を除外し,134名で有効性解析を行った.
解析の結果,高β-コングリシニン大豆摂取群でプラセボ 食品摂取群と比較して,空腹時中性脂肪値が摂取4週 後,摂取12週後において有意に低下した(摂取4週後の プラセボ食品摂取群変化量:0.27±44.13 mg/dL,摂取4 週後の高β-コングリシニン大豆摂取群変化量:−20.31
±43.74 mg/dL, =0.035),(摂取12週後のプラセボ食品 摂取群変化量:−0.14±65.83 mg/dL,摂取12週後の高 β-コングリシニン大豆摂取群変化量:−21.30±46.21 mg/dL, =0.041)(図2-1).以上の結果は,高β-コング リシニン大豆加工食品を継続摂取することにより,血中 中性脂肪が改善することが示唆された(8).
ケルセチン高含有タマネギ「クエルゴールド」
これまでのケルセチンはアルツハイマー病モデルマウ スを用いた実験で,記憶(音刺激による静止行動)障害 の進行が遅延するが報告されているが(9),ヒトを対象に
したケルセチンの認知機能に関する研究は十分実施され ていない.このため,本試験はケルセチン高含有タマネ ギの認知機能改善効果に関する有効性を明らかにするた めに実施した.
介入試験は,プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験 とした.スクリーニング検査を行い健常および軽度の認 知機能低下が認められる被験者60名(男31名,女29名)
を本試験に組み入れた.また,本試験ではスタディー パートナーとして被験者の家族などを試験に参加を依頼 した.被験者をケルセチン高含有タマネギ粉末(ケルセ チン配糖体摂取量60 mg/1日)摂取群(30名)とケルセ チンをほとんど含まない白タマネギ粉末摂取群(30名)
に,性別,年齢,認知機能検査の点数が均一になるよう に第三者機関で割り付けを行った.摂取期間は24週間 とし,摂取開始前,摂取12週後,摂取24週後に認知機 能検査と血液検査,摂取開始前に採便を行った.主要評 価項目はミニメンタルステート検査(MMSE)と認知 機能検査とし,副次評価項目は協力者アンケート,血液 検査(脂質,血糖,酸化マーカー)とした.
試験中止者は10名おり,うち6名は自己都合による中 止,うち4名は有害事象による中止であったが,試験食 品との因果関係を認めなかった.最終被験者人数は50 名であり,解析除外者はいなかったため,有効性解析は 50名で実施した.解析の結果から,主要評価項目の MMSEについては,全体解析では群間比較で有意差を 認めなかったが(図3),年齢中央値の層別解析の結果,
年齢が若い集団(72歳未満の集団)では,被験食品摂 取群で摂取24週後において有意に改善した(プラセボ 食品摂取群の変化量:−0.31±2.10点,被験食品摂取群 の変化量:1.64±2.11点, =0.019)(図4).興味深いこ とに,副次評価項目の協力者アンケートの「症状の重症 度」では被験食品摂取群で摂取12週後および摂取24週 後において改善傾向が認められた.同様に,協力者アン ケートの「協力者の負担度」でも被験食品摂取群で摂取 12週後において改善傾向が見られた.以上の結果から,
ケルセチン高含有タマネギ加工食品の継続摂取は認知機 能改善作用を有することが強く示唆された.
考察と今後の展望
脂質異常症を病因とする生活習慣病の拡大は医療費の 増大につながるなど大きな社会問題となっており,食の 改善を通した脂質代謝改善は重要な課題となっている.
同時に,超高齢社会となったわが国において認知症の患 者数は増加しており,厚生労働省の調査によると65歳 図2■空腹時中性脂肪の継時的変化
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
以上の高齢者について,認知症有病者数は約462万人,
軽度認知症患者数は約400万人と推計されている.認知 症は患者本人のQuality of Lifeの低下を引き起こすのみ ではなく,介護のために家族の負荷も生じ,経済的,社 会的な負担が極めて大きい.しかしながら,根本的な治 療法はないことから多くの対策が検討されており,機能 性食品の摂取による認知症の予防が有用であると考えら れている.このように,健康維持・増進のための食の重 要性がますます高まっている.本稿では,ルチン高含有 ダッタンソバ,β-コングリシニン高含有大豆,およびケ ルセチン高含有タマネギの健康機能性の高い食材につい てヒト介入試験を実施し,ダッタンソバと大豆は脂質代 謝異常を改善,またタマネギは軽度認知症に改善効果の あることを紹介した.
ルチン高含有「満天きらり」加工蕎麦の摂取による明 確な抗動脈硬化作用および酸化LDL低下作用や脂質代
謝改善作用,血糖改善作用も認められなかったが,抗酸 化マーカーであるTBARSについては摂取8週後におい て被験食品摂取群で有意に低値を示した.また,体重,
BMIについても摂取8週後において被験食品摂取群で有 意に低値を示し,体脂肪率についても摂取4週後におい て被験食品摂取群で有意に低値を示した.この結果か ら,ルチン高含有「満天きらり」加工蕎麦の摂取による 抗酸化作用および体重,体脂肪低減作用のあることが強 く示唆される.今後は 試験や 試験を実施 し,その作用機序および精製したルチンとの機能性の違 いを明確にする必要があると考えている.
また,高β-コングリシニン大豆加工食品の継続摂取は 空腹時中性脂肪改善作用を有することを示した.今後は 高β-コングリシニン大豆の加工および調理方法の違いに よる効果の違い,あるいはルチン高含有蕎麦との組み合 わせた食事メニューによる効果的な脂質改善効果による 健康増進の可能性について検討する必要があると考えて いる.
一方,ケルセチン高含有タマネギについては,MMSE において全体解析では群間比較で有意差は認められな かったが,年齢中央値の層別解析の結果,若い集団(72 歳未満の集団)では被験食品摂取群で摂取24週後にお いて有意に改善した.このことから,ケルセチン高含有 タマネギ加工食品の継続摂取は認知機能改善作用を有す る可能性があると考えている.今後は評価項目や摂取期 間を増やした介入試験を実施することにより,ケルセチ ン高含有タマネギ加工食品の認知機能改善作用について より明確な結論が得られるものと考えている.
まとめ
機能性の高い生鮮食品摂取により,以下の結果を得 た.
1. ルチン高含有「満天きらり」加工食品を12週間継 続摂取することにより,体重と体脂肪率が改善し,抗酸 化作用を示すこと
2. 高β-コングリシニン大豆「ななほまれ」を12週間 継続摂取することにより,空腹時中性脂肪値が摂取4週 後,摂取12週後に改善すること
3. ケルセチン高含有タマネギ「クエルゴールド」を 24週間継続摂取することにより,認知機能が有意に改 善すること
今後は,多くの生鮮食品摂取の介入試験を実施し,科 学的エビデンスに基づく健康食品の開発を進めていきた い.
図3■ミニメンタルステート検査の点数の変化量(全被験者)
白:プラセボ食品摂取群,黒:被験食品摂取群.
図4■ミニメンタルステート検査の点数の変化量(年齢が若い 集団)
白:プラセボ食品摂取群,黒:被験食品摂取群.
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
文献
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プロフィール
西 平 順(Jun NISHIHIRA)
<略歴>1979年北海道大学医学部医学科 卒業/横須賀米海軍病院インターン/同大 学医学部内科学第二講座医員/1984年米 国ノースカロライナ州ウェークフォリスト 大学附属ボウマングレー医学部リサーチ フェロー/1992年北海道大学医学部中央 研究部講師/1998年同大学医学研究科分 子医科学助教授/2006年から北海道情報 大学医療情報学科教授,現在に至る/2013 年から北海道大学大学院薬学研究院客員教 授(兼任)/2006年江別市立病院糖尿病外 来担当医師(兼任)<研究テーマと抱負>
腸管免疫,ニュートリゲノミクス<趣味>
世界文化遺産巡り
西村 三恵(Mie NISHIMURA)
<略歴>2008年武庫川女子大学薬学部薬 学科卒業/同年理化学研究所分子イメージ ング科学研究センター/2013年北海道大学 大学院生命科学院医薬科学コース修了/同 年北海道情報大学健康情報科学研究セン ター臨床試験コーディネーター,現在に至 る<研究テーマと抱負>機能性食品,機能 性野菜,食欲制御<趣味>食べ歩き
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.421
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