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一部誤表記のある保険約款の適用と解釈問題
― 韓国における災害死亡保険金と自殺に関する事例を中心として ―
東洋大学 准教授 李 芝妍
Ⅰ 問題の所在
・生命保険契約(主契約)+災害死亡保険契約(特約)
・災害死亡保険:一般的な死亡保険とは別に災害によって死亡した場合、主な契約の 2~3 倍 の死亡保険金を支払う内容の商品
・問題:一般的に死亡保険約款で定められている自殺免責条項および自殺免責制限条項が災害 死亡特約にも同様に記載。
Ⅱ 問題となった災害死亡特約の約款条項
・韓国商法 659 条 1 項
「保険事故が保険契約者又は被保険者又は保険受益者の故意又は重大な過失により生じ たときは、保険者は保険金額を支払う責任がない」。
・2010 年 4 月以前の生命保険標準約款 16 条 1 項
「会社は次のうち、どちらか一種類の場合によって保険金支払理由が発生した時には保 険金を支払わないと同時にこの契約を解除できる。」
1 号 しかし、保険対象者(被保険者)が精神疾患等で自由に意思決定できない状態で自身 を害した事実が証明された場合と契約の保障開始日(復活(効力回復)契約の場合は復活(効 力回復)申込である)から 2 年を経過した後に自殺したり、自身を害したりすることによっ て障害分類表のうち同じ災害で色々な身体部位の合算障害支給率が 80%以上である障害状 態になった場合にはその限りでない。
・現在の生命保険標準約款 5 条 1 号
「被保険者が故意により自分を害した場合を保険者の免責事由として定めている。そして、
その免責に対する制限として①被保険者が心神喪失などにより自由な意思決定ができない 状態で自分を害した場合、特にその結果で死亡に至った場合には災害死亡保険金を支給す るように規定しており、②契約の保障開始日から 2 年を経過した後に自殺した場合には災 害以外の原因に該当する死亡保険金を支払う。」
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Ⅲ 一部誤表記のある保険約款をめぐる主な判例と学説 1.主要判例の動向
(1)大法院2007年9月6日宣告2006다55005判決
自殺免責制限条項は保険金の支払事由が発生したことを前提として保険者の免責事由を定 めた趣旨ではなく、原則として保険事故に当たらない故意による自殺などを例外的にその 但し書きの要件に該当した場合、特別に保険事故に含めて保険金を支払うべき事由として 判断した。
(2)大法院2009年5月28日宣告2008다81633判決
約款の解釈は、信義誠実の原則に従って当該約款の目的と趣旨を考慮して公正かつ合理 的に行うものの、個々の契約当事者が図った目的や意思を考慮しないで、平均的な顧客の理解 可能性を基準として保険団体の全体の利害関係を考慮して客観的・画一的に行うべきであり、上 記のような解釈を経た後にも約款条項が客観的に多義的な解釈となり、そのそれぞれの解釈に合 理性があるなど、当該約款の意味が明白ではない場合には顧客にとって有利な解釈をしなければ ならない。
災害死亡特約と災害保障特約の約款で主な保険契約の約款を準用するという趣旨の規定を置 いているが、被保険者の死亡などを保険事故とする主な保険契約の約款に定められた‘自殺免責 制限規定’は自殺が保険事故に含まれることがあることを前提として、保険金支払責任の免責とそ の免責の制限を扱ったものであるため、保険事故が‘災害を原因とした死亡’などに制限されるの で、自殺が保険事故に含まれない災害死亡特約などには準用されないと判断するのが合理的で あり、そのように合理的な解釈ができる以上、上記の準用規定の解釈に関して約款の規制に関す る法律第 5 条第 2 項に定めた作成者不利益の原則が適用される余地はない。
(3)大法院2010年11月25日宣告2010다45777判決
免責制限条項は、自殺や自傷行為が契約の責任開始日から相当の期間が経過した後に行 われた場合には、その自殺または自傷行為に共済金を取得しようとする不正な動機や目的 があるかどうかを判定するのは難しいことを考慮して、その免責の例外を認めたものであ って、上記の免責条項によって適用範囲が制限された災害以外の原因による共済事故の客 観的な範囲を再び一部を拡大させる規定として解釈されるだけで、災害による共済事故の 客観的な範囲まで拡張するために置いた規定とは考えられないので、上記の免責条項およ び免責制限条項は災害に当たらない原因によって死亡、または 1 級障害が発生したときは 災害を原因とする障害年金ではなく、遺族慰労金がその共済金として支払われるべきであ る。
(4)大法院2016年5月12日宣告2015다243347判決
本件特約は、本件の主契約に付されているものではあるが、保険業法上の第三保険業の
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保険種目に属する傷害保険の一種として、生命保険の一種である本件の主契約とは保険の 性質が異なっており、よって保険事故と保険金および保険料が異なる別の保険契約である。
従って、本件特約の約款11条1項1号は、本件の主契約の約款内容とは関係なく、本件特 約の約款9条との関係で理解すべきである。
本件特約の約款9条は、災害を直接の原因とした死亡、または第 1級障害状態となった ときを保険金の支払事由として規定しており、故意による自殺や自傷行為は偶発性が欠け ているため災害に該当しないので、本件特約の約款11条1項1号は、本件特約の約款9条 で定めた保険金の支払事由が発生した場合に限って適用される免責および免責制限事項と して解釈するなら、本件特約の約款11条1項1号は初めからその適用対象が存在しない無 意味な規定となる。しかし、既に存在する特定の約款条項に対して約款の規制に関する法 律によって、その効力を否定するのではなく、単に約款解釈によってこれを適用対象がな い無意味な規定にするためには、平均的な顧客の理解可能性を基準にするときも、その条 項が適用対象のない無意味な条項であることが明らかになるべきである。しかし、本件特 約の約款11条1項1号をそのように判断することはできないし、むしろ平均的な顧客の理 解可能性を基準に鑑みると、上記の条項は故意による自殺や自傷行為は、原則として偶発 性が欠けているので、本件特約の約款 9 条が定めた保険事故である災害に該当しないが、
例外的にただし書で定める要件、すなわち被保険者が精神疾患状態で自分を害した場合と 責任開始日から2年が経過した後に自殺したり、自身を害したりしたことによって第1級 の障害状態になった場合に該当すると、これらを保険事故に含ませて保険金の支払事由と して判断するとの趣旨で理解できる余地は十分である。
主な保険契約を締結する中、別に加入した災害死亡特約の約款で、被保険者が災害を直 接の原因として死亡したり、第 1 級の障害状態になったとき、災害死亡保険金を支払うと 定めながら、保険金を支払わない場合の一つとして「被保険者が故意に自分を害した場合。
しかし、被保険者が精神疾患状態で自分を害した場合との契約の責任開始日から 2 年を経 過した後に自殺したり、自分を害したりして、第 1 級の障害状態になったときは、この限 りでない。」と定めた事案で、上記の条項は、故意による自殺や自傷行為は、原則として偶 発性に欠けているため災害死亡特約の約款で定められた保険事故である災害には該当しな いが、例外的に但し書きで定める要件、すなわち被保険者が精神疾患の状態で自分を害し た場合と責任開始日から 2 年が経過した後に自殺したり、自分を害することにより、第 1 級の障害状態になったときに該当する場合、これらを保険事故に含ませて保険金の支払事 由であるとの趣旨で理解するのが合理的であり、約款解釈に関する作成者不利益の原則に 合致する。
2.自殺免責制限条項に関する主な見解
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Ⅳ 一部誤表記のある保険約款の適用問題
1.災害死亡特約の自殺免責制限条項と保険者の錯誤の可否
・民法上の錯誤(意義、成立要件、効果)
・災害死亡特約に記載された自殺免責条項とその制限条項は錯誤であるか否か。
2.保険者の真意に対する保険契約者の認識
・保険契約の締結時、保険契約者は自殺が災害ではないと認識していたか。
・平均的顧客の基準による合理的な解釈とは何か。
3.保険者の不注意による誤表示に関する議論
・保険団体性と保険団体の利害関係
・保険約款に対する合意をめぐる判断
Ⅴ 一部に誤表示のある保険約款の解釈問題 1.約款解釈の一般論
・公正解釈の原則、客観的解釈の原則、作成者不利の原則、合理的な解釈原則 2.災害死亡特約における自殺免責制限条項の解釈
Ⅵ まとめ