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会計のルール GAAP の考え方
制度形成の基礎理論
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なぜルールが必要か
• 会計=ルールにもとづく測定システム
「承認」(acceptance)の対象。
cf.ルールにもとづかない測定:万有引力の法則
mi;物体iの質量 r;物体間の距離 G;万有引力定数
実験・観察で検証可能。 →「学習」の対象。
2 2 1
r m G m F
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ルールに対する「承認」の必要性
(1)ルールが所与ではない。
複数のルールを想定できる。
(2)測定値が経済的影響を持つ。
cf.経済的影響を持たないルール 右側通行か左側通行か?
→どちらか1つに決まればよい。
(1)(2)の特徴を持つ場合,ルールは「承認」の対象となります。
反対者がゼロにならない。つねに変化の可能性が存在する。
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複数のルールの可能性
資産xの価値
1.期首に資産xを100で購入した。
2.期末に資産xを購入すると110かかる。
3.期末に資産xを売却すると80得られる。
4.資産xを利用し続けると120の収入(現在価値)が得られる。
期末の資産xの価値はいくらか?
取得原価=100 → 保有損益=0 再調達原価=110 → 保有損益=10 売却価格= 80 → 保有損益=-20 利用価値=120 → 保有損益=20
利益への 影響額
測定値の意味
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測定基準 特 徴 適用例
取得原価 当初の投資期待を維持 事業資産(回収原価)
市場価格
①再調達原価 資産の再取得を想定 原材料
②売却価格 資産の売却を想定 遊休資産
①=② 購入市場=売却市場 有価証券 利用価値 企業の主観価値 事業資産(収益性)
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会計基準の経済的影響
会計基準の設定・変更
■企業の経済的実態が不変であっても,会計数 値(とくに利益数値)が変化する。
■富の移転が生じる可能性。
e.g.株価への影響,資金調達コストの変動
■有利な影響を受ける企業と,不利な影響を受 ける企業の発生。
差異の意味の差
■質的な差と量的な差 1. 時間
「3分」の差
新幹線の発車時間に「3分」遅れた。
2. 金額
「10万円」の差
伝票の日付誤記入で,「7万円」の赤字が出た。
7 8
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会計基準の経済的影響
Economic Impacts of Accounting Standards
■投資情報としての会計情報
■資金調達コストの変化→企業における得失の発生
■会計基準はたんなる実態の写像ルールではない。
会計基準の 設定・変更
会計数値の
変化 株価の変動 資源配分の 変化
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会計基準の経済的影響の事例 日本における会計ビッグバン 1997~2003
■有価証券の時価会計を導入
①企業の経営内容の透明化・有用な投資情報の提供
②取引内容の十分な把握・リスク管理・財務活動の成果把握
③会計基準の国際統合(調和化)
■時価会計における利益計算
純利益=原価基準の利益+時価の変動
■株価と利益のスパイラル・ダウン
株価の下落⇒利益の減少⇒株の放出⇒株価の下落・・・
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株式の時価評価とその経済的帰結
• 経済的影響
財務の透明性は高まりましたが,株式持合い(系列)は崩壊しました。
持ち合い比率 15.7%(1991)→5.2%(2002) 「失われた10年」
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会計ルールの選択と機能
• 目的-手段-結果
(1)会計はある目的を達成するための社会的な手段である。
(2)目的によって選択の内容が異なる。
(3)選択の結果(システムの実際の機能)に照らして手段の調整・再選択を 行う。目的の再設定を行う場合もある。
目的の設定 手段の選択 結果の検証
①社会レベルの選択=基準の設定・変更(制度設計)
②企業レベルの選択=会計方針の選択(会計選択) 選 択
(会計選択)
手段の調整・再選択
期待された機能を果たしているか?
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会計の制度設計
社会レベルの会計選択■目的の設定は社会的合意の対象。マクロ経済政策。
e.g.,利害調整vs.情報提供 原価vs.時価
■経済システムに適合した会計機能の選択と会計 ルールの設計。
■一般に認められた会計原則(Generally Accepted Accounting Principles; GAAP)
経済システムと会計ルール
14 経済システム 行動原理 意思決定 会計の機能 会計ルール
組織原理
主導型 長期安定的 集権的 利害調整 原価主義
市場原理 主導型
スポットの効
用最大化 分権的 情報提供 公正価値
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会計方針の選択
企業レベルの会計選択経営者(企業)の経済的利得の最大化を目的とした裁量的会計行動 1.意思決定支援
経営者の機会主義的行動の抑止,逆選択の回避を目的とした投資者へ の事前情報の提供。その制約下で,経営者は自己に最も有利な裁量的 会計行動をとる。
2.契約支援
投資意思決定(契約締結)の後に発生する可能性のある経営者のモラル ハザードに対処するために行われる投資者への事後情報の提供。その 制約下で,経営者は自己に最も有利な裁量的会計行動をとる。
■第2回を参照
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GAAPとしての会計
• 会計=承認されたルールにもとづく測定システム
「承認」(acceptance)の対象。
GAAPGenerally Accepted Accounting Principles
⼀般に認められた会計原則
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GAAP
一般に認められた会計原則
■「一般に」=ある実務が多くの企業で広く利 用されていること。
■「認められた」=ある実務が企業で実際に利 用されていること。
■「会計原則」=会計のルール。
GAAP の特徴
■経験の蒸溜
A Distillation of Experience G.O.May[1943]
Best Practices
の結晶18
企業会計原則
■企業会計原則は,企業会計の実務の中に慣 習として発達したもののなかから,一般に公 正妥当と認められたところを要約したもので あって,必ずしも法令によって強制されないで も,すべての企業がその会計を処理するに当 って従わなければならない基準である。
19 20
左側が歩く人 京阪電車出町柳駅にて
右側が歩く人 JR品川駅にて
法令によって強制されない⼀般的慣習
関西では他の駅でも「左側が歩く人」
JR三宮駅にて 南海電車和泉中央駅にて 21
東京では他の駅でも「右側が歩く人」
JR東京駅にて 東京メトロ日比谷駅にて 22
他の都市では東京型「右側が歩く人」
23 JR小倉駅にて JR広島駅にて
海外の事情
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ロンドンの地下鉄
25
パリの地下鉄
Denfert-Rochereau
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フィンランド ヘルシンキ空港
27 韓国釜山新世界デパートにて
■「正しい乗り方」が,1つだけあります。
どれでしょうか?
28
その答えは
29 30
JR東京駅 日本エレベーター協会・森ビルのポスター
福岡市営地下鉄のポスター
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地下鉄博多駅にて 地下鉄博多駅にて
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ところが・・・
観察結果
■わが国では,ルールに反する集団行動が,東西 で(地域ごとに),異なる形で,整然と繰り返され ています。
社会科学へのインプリケーション
諸個人の意思から独立した社会全体の流れに着 目することで,原因と結果の因果関連(社会現 象の法則性)を発見することができます。
大塚[1966]
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問題意識
1. 「正しい乗り方」を徹底させるには,どうすれ ばよいだろう?
2. なぜ,そのような不可解な現象が生じるのだ ろう?
問題(研究テーマ)の発見
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GAAP の形成プロセス
環境条件
■複数のルールが存在する。
■ルールの優劣は先験的に決まらない。
■経済主体が共有しなければルールの価値は ない。情報の比較可能性。
どのような経路を辿って均衡点に到達するか?
35 3636
ゲーム理論による説明
A B ルールx ルールy
ルールx
2.1 0.0
ルールy
0.0 1.2
37 37
逢引のジレンマ Battle of Sexes
A B サッカー オペラ
サッカー
2.1 0.0
オペラ
0.0 1.2
プレーヤー x,y の最適反応曲線
38 pはAがルールxを選択する確率
qはBがルールyを選択する確率
事前の調整をしない場合の均衡
Aがルールxを2/3の確率で選択し,ルールyを1/3 の確率で選択し
かつ
Bがルールxを1/3の確率で選択し,ルールyを2/3 の確率でするとき
■AとBは,ともに期待利得2/3を得る。
ナッシュ均衡 混合戦略均衡
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事前の調整をする場合の均衡
偶然機構(たとえばサイコロ/国際機関)に選択を ゆだねる場合,AとBはともに,1/2の確率でルー ルxまたはルールyを選択する。
■AとBは,ともに期待利得3/2を得る。
ナッシュ均衡 相関均衡
■「戦わず」に「事前に調整する」方が,A・B双方 にとって期待利得は高くなる。
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41
まとめ Key Takeaways
1.自然科学の定理や公式と異なり,会計のルールは
「承認」の対象となります。
2.会計のルールは,[目的-手段-結果]のループのもと で設定・評価されます。経済システムに適合した会 計ルールの設計・選択が行われます。
3.目的の設定,手段の選択は,経済主体のゲーム的 な相互作用を通じて行われると解釈すると,現状が 整合的に説明できます。