−判例研究f
判例研究 取締役辞任後の表見的
取締役の対第三者責任
稲
庭
恒
一
取締役辞任の意思を表明したにもかかわらず取締役の登記が
存在する者について商法一二条の適用および一四条の類推適用
により商法二六六条の三の責任を肯定した事例
名古屋高裁判決昭和五八年一二月一四日︵昭和五七伽五六九
号・損害賠償請求控訴事件︶判例時報一一一〇号一三〇頁一
一部認容・一部取消
︹事実︺ A︵被告・控訴人︒破産後は訴外人︶は︑登記簿によ
れば昭和五二年八月以降訴外B株式会社の代表取締役であり︑
昭和五四年一一月一五目の登記によっても同年一〇月三〇日以
降も﹁取締役に重任﹂となっている︒X︵原告・被控訴人︶は︑ 一二〇B会社と昭和五四年六月頃より金の取引をなし︑B会社に対し保証金返還請求権を取得した︒B会社は昭和五五年三月に倒産したので︑Xは債権の回収が困難となった︒そこで︑Xは︑AのB会社の取締役としての任務懈怠を理由として商法二六六条の三に基づき︑Aに対し保証金額と同額の損害賠償請求の訴えを提起した︒第一審名古屋地裁判決︵昭和五七・一丁八︶によりXが勝訴したので︑Aは控訴したが︑その係属中の昭和五八年三月一目にAは破産宣告を受け︑Y︵控訴人︶がその破産管財人に選任された︒Xは昭和五八年六月の債権調査目に右請求金額を破産債権として届出たのであるが︑破産管財人Yが右の債権全額につき異議を述べたので︑Xは訴の変更をなし︑Yに対し破産債権存在確認を求める訴えをなした︒ Y︵A︶の主張は︑Aは昭和五四年八月末日限りB会社の取締役を辞任しているので商法二六六条の三第一項にいう取締役にあたらない︑というものである︒すなわち︑AはB会社の他の代表取締役Cに昭和五四年八月末日限り会社業務から一切手を引く旨を告げ︑Cの了承をえたので︑AはCの業務執行を監視する義務はない︑と主張する︒Aは︑その辞任の際Cに辞任
登記の手続を依頼しただけで︑その後それが履行されたか否か
の確認や催促も一切なさず︑かつ︑その後に取締役重任の登記
がなされていることにも気づかずにいたものである︒
︹判決理由︺ 本判決は︑XのAに対する請求を認容した原判
決を支持し︑ただ控訴審における訴の変更に応じて︑旧請求に
ついての原判決を失効させるべく原判決を取消すとともに︑変
更後のXの請求全額を認容し︑破産債権として確認したもので
ある︒Y︵A︶のAは商法二六六条の三第一項にいう取締役に
あたらないとの主張について︑次のように判示する︒
﹁たとえ会社の内部において辞任の意思表示をしても︑未だ辞
任の登記をしていない場合には︑形式的にみても︑商法一二条
前段により右辞任の事実を善意の第三者に対抗できないのみな
らず︑会社において従前の取締役登記︑即ちもはや不実化した
登記を是正しないことにつき︑右辞任者が故意又は過失をもっ
て漫然これを放置しているような場合には︑商法一四条の類推
適用により︑実質的にも右辞任の事実を善意の第三者に対抗で
きないものというべく︑これに︑前記二六六条の三が専ら第三
者の保護を目的とする制度であることを併せ考えると︑右の如
き辞任取締役は︑会社に対する関係ではともかく︑善意の第三
者との関係では︑依然右二六六条の三第一項にいう﹃取締役﹄
1取締役辞任後の表見的取締役の対第一.﹂者責任 に該当すると解するのが相当である︒﹂ Aについての役員登記状況は︑Aが取締役辞任の意思表示を為した昭和五四年八月以後も﹁取締役兼代表取締役に就任﹂の登記が在り︑昭和五四年一一月一五日には﹁昭和五四年一〇月三一日取締役に重任﹂の登記が為されているが︑Aの取締役辞任についての登記は一切認められない︒Aは︑その辞任の際代表取締役Cに辞任登記手続を依頼しただけで︑じ後︑これが履行されたか否かの確認や催促を一切なさず︑あまっさえ前記重任の登記にも全く気づかぬまま︑漫然事態を放置したことが認められる︒XはA辞任の事実を全く知らなかったことが認められるから︑﹁さきに判示したところにより︑Aは︑その辞任したという昭和五四年八月末日の後も︑Xに対する関係では︑商法二六六条の三第一項にいう取締役の責を免れないものである︒﹂ Aには︑B会社の代表取締役ないし取締役としての職務執行上の悪意又は重過失が存在するし︑﹁仮に同人が昭和五四年八月末日をもって辞任していたとしても︑上述のようにそれ以後も前記二六六条の三の取締役の責を負う以上︑右以降においても一般的抽象的な義務として︑少くとも代表取締役Cに対する監視義務を免れるものではない︒﹂ 一二一
⁝判例研究−−
︹研究︺ 判旨に基本的に賛成︒
一 本判決は︑取締役辞任の意思表示をしたにもかかわらず
会社がその辞任登記をしないばかりか重任登記をしたがため︑
商法二六六条の三第一項の取締役の対第三者責任を追及された
者に︑商法⁝二条の適用および 四条の類推適用によりその責
任を認めた最初の控訴審判決である︒
伺け 本判決を検討するに際し︑注意せねばならぬ第一点は︑
本判決はAの取締役辞任の事実を明示的に認定していない︑と
いうことである︒﹁仮にAがその︵Y︶主張どおり⁝⁝取締役
を辞任したとしても﹂﹁仮に同人︵A︶が昭和五四年八月末日を
もって辞任していたとしても﹂という表現がみられるのみで︑
逆にAが取締役辞任をしておらず現に取締役であることを前提
とした論述がなされている箇所があるわけでもないのである︒
裁判所としては︑Aの取締役辞任に疑問をいだきつつも︑例え
辞任していたとしても商法一二条および一四条により商法二六
六条の三のXに対する損害賠償責任はある︑だから辞任の事実
を明示的に確定する必要はない︑との考えであったのではない
かと思われる︒もしAが取締役を辞任していないのであれば︑
直接に商法二六六条の三の適用の事例であって︑商法一二条・ 一二二
一四条の︵類推︶適用を経由した商法二六六条の三の適用とい
う議論の多い事例ではない︒その意味で︑本研究は︑Aの取締
役辞任を一応前提したうえで︑為される︒注意すべき第二点
は︑Aの取締役辞任は法律または定款の定めるB会社の取締役
の員数を欠く結果をもたらさない︑ということを前提せねばな
らぬ︑ということである︒本裁判においてこの点は問題とされ
ていないが︑欠員をもたらすのであれば︑他の者が取締役に選
任され就職するまでAが取締役としての権利義務を負うのであ
り︵商法二五八条一項︶︑本件は商法二六六条の三の直接適用
の事例となってしまうからである︒
図 登記簿上取締役であるが︑実体上は取締役でない者を表
見的取締役というが︑この表見的取締役には二つの類型があ
る︒第 類型は︑適式な選任手続を経ていないにもかかわらず
取締役として登記されている場合である︒第二の類型は︑かつ
ては現実に通式に取締役として選任され取締役として登記され
ていたが︑取締役を辞任した後もその辞任の登記が為されず取
締役としての登記が残存している場合である︒
ところで︑商法二六六条の三の責任を負担すべき﹁取締役し
は適式に選任された会社法上の取締役であればよく︑代表取締
役であると平取締役であるとを問わず︑また︑現に取締役として
業務執行に関与したか否かを問わず︑他の取締役に業務の一切
をまかせきりにしていた取締役であれ︑会社に名義のみを貸与
し会社業務に一切関与しない名目的取締役であれ︑任務違反・
監視義務違反により︑その責任を問われる︵鈴木H竹内・会社
法二二九頁以下︑大隅巨今井・新版会社法論中巻一二四一頁以
下︑最判昭和四四・一一・二六民集二三巻二号一二五〇頁︑
最判昭和四八・五・二二民集二七巻五号六五五頁︶︒もちろん︑
適式に選任された取締役であることが要件であって︑その旨が
登記ふ・﹂れているか否かは問題ではない︒
しかし︑判例・学説は︑この商法二六六条の三の責任を実体
上取締役でない者︑すなわち︑前述の表見的取締役︑について
も負担させるべきか否かを問題としてきた︒
圖 前述した表見的取締役の第一類型については︑判例は︑
名目上取締役となることを承諾したが通式の選任がなされてお
らず︑かつ︑当然業務執行にも一切関与しで︑いなかった者に対
しても︑﹁商法一四条⁝⁝にいう﹃不実ノ事項ヲ登記シタル
者﹄ヒは︑当該登記を申請した商人︵登記申請権者︶をさすも
のど解すべきことは論旨のいうとおりであるが︑その不実の登
:取締役辞任後の表見的取締役の対第一︑︑者責任1 記事項が株式会社の取締役への就任であり︑かつ︑その就任に
つき取締役とされた本人が承諾を与えたのであれば︑同人もま
た不実の登記の出現に加功したものというべく︑したがって︑
同人に対する関係においても︑当該事項の登記を申請した商人
に対する関係におけると同様︑善意の第三者を保護する必要が
あるから︑同条の規定を類推適用して︑取締役として就任の登
記をされた当該本人も︑同人に故意または過失があるかぎり︑
当該登記事項の不実なことをもって善意の第三者に対抗するこ
とができないものと解するのを相当とする﹂として︑商法二六
六条の三の責任を課する︵最判昭和四七・六・一五民集二六巻
五号九八四頁︶︒学説の多くもこの判例理論を肯定する︵大隅
H今井・前掲書二四二頁︑田中︵誠︶・再会訂会社法詳論上巻
六五〇頁︑服部・商法総則︵第二版︶四八八頁︑鴻・商法総則
二二四頁︑戸塚・法時四二巻五号一五三頁︑加美・昭和四七年
度重要判例解説︵ジュリ五三五号︶七二頁︑等︒反対説として
は︑今井・商事法務六一九号一〇六頁︑塩田H吉川・取締役の
第三者に対する責任・総合判例研究叢書⑳六頁以下︑竹内・判
例商法−二九叫頁以下︑米津・民商六八巻二号一四五頁以下︑
等.なお︑この学説の検討については拙稿﹁表見的取締役と
二ご︑︑
一判例研究−
商法二六六条の三の責任﹂商学論集五〇巻一号一六三頁以下参
照︶︒しかし︑同じ表見的取締役の第一類型のうち︑取締役とな
ることの承諾を与えたこともなく︑自己が取締役として登記さ
れていること自体知らなかった者については︑﹁なんらかの形
で当該登記の実現に加功し︑又は当該不実登記の存在が判明し
ているのにその是正措置をとることなくこれを放置するなど︑
右登記を登記申請権者の申請に基づく登記と同視するのを相当
とするような特段の事情がない限り︑同条︵注・一四条︶によ
る登記名義者の責任を肯定する余地はない﹂とされる︵最判昭
和五五・九・一一民集三四巻五号七一七頁︶ことから推して︑
判例は↓般に商法二六六条の三の責任を否定するものと考えら
れる︵必ずしも明確ではないが東京地判昭和五六・一〇二二〇
判時一〇四五号一二六頁︶︒ただ︑取締役就任を承諾したこと
もなく︑自己が取締役として登記されたことを知らない者であ
っても︑その登記の現出につき過失があり︑また︑登記の存在
を知って後の過失による登記の放置を理由に商法一四条を類推
適用し︑商法二六六条の三の責任を肯定する判例もみられる
︵浦和地判昭和五五・三・二五判時九六九号一一〇頁︒なお︑
この浦和地判については拙稿・前掲商学論集参照︶︒学説の多 二一四くは︑判例理論と同様に︑取締役への就任承諾を取締役就任登記現出への加功と考えるのであり︑取締役就任承諾のない場合であれ︑この取締役の登記の存在への加功・放置と認定しうる事例であれば商法一四条を類推適用するものと思われる︵浦和地判昭和五五二二・二五前掲の判例批評たる田代・金融商事六〇八号五五頁︑米沢・判評二六五号︵判時九八九号︶四〇頁はこのような態度である︶︒ 二 本判決は︑基本的に︑前述した表見的取締役の第二類型に関する事例につき︑判断したものである︒本節では︑この第二類型に関する判例を検討するとともに︑そこにおける本判決の特徴を明らかにする︒ ω まず︑第二類型に関する判例をみる︒①東京地判昭和三二・五二三下民集八巻五号七三頁 被告Yは昭和二七年六月三〇日に取締役を辞任したが︑取締役の員数を欠くに至ったため後任選任の七月一五日まで取締役の権利義務を有しており︑取締役辞任の登記が為されたのは八月二九日であった︒他方︑原告Xは︑Yが取締役をしている訴外A会社と昭和二七年六月一八日に取引をし︑八月二七目のA
会社の代表者の当該手形を必ず落すとの言明を信じたがため損
害をこうむった︒
﹁取締役が一旦辞任するときは︑その登記前においても︑会
社に対し前記のような義務︵注・善管注意義務と忠実義務︶を
負うものではなく︑かつ取締役としての職務を執行するに由な
いのであるから︑原則としてかかる者に同条︵注・商法二六六
条の三︶の規定する責任を負わせることはできないであろう︒
しかし︑かかる者においても︑外見上取締役としての職務を執
行し︑その職務執行に関連する取引により善意の第三者に損害
を加えた場合であれば︑事情によっては︑損害賠償責任を負わ
なければならないものと解する︵商法第十二条︶︒しかしなが
ら︑・−⁝Yは︑⁝⁝取締役辞任後は勿論︑同月︵注・六月︶
初頃から︑訴外A会社の取締役としての職務を全然執行してい
なかったものであり︑本件取引及び手形の決済関係について
も︑全く関知しなかったことが認められるのであるから︑Yに
右損害の賠償責任はないし
②大阪地判昭和四三・一二・二四判タニ三二号二〇八頁
訴外A会社設立に際し ︵昭和三九年一〇月︶︑訴外Bからの
懇請に応じ︑被告Yは︑A会社の代表取締役として名前を貸す
ことを承諾したが︑会社業務執行の一切をBに任せきりにし︑
一取締役辞任後の表見的取締役の対第三者責任1 A会社の経営状態につき報告を受けることもなかった︒原告XとA会社との取引は設立以来のものであるが︑本件取引は昭和四〇年八月七日に為され︑その支払方法として同年八月二七日に本件手形が振出された︒しかし︑A会社は同年八月三一日に至り倒産し︑Xはその手形金を回収できなくなった︒ただ︑同年八月三〇日に︑Yは八月一三日に︵代表︶取締役を辞任した旨の登記が為されていた︒ ﹁本件の場合︑Yが辞任した後に振出された本件手形は︑・.⁝辞任する前の取引に基づくもので︑その支払方法として振出されたものであり︑かつその振出名義は代表取締役Y名義であるから外見上辞任後も代表取締役の職務を執行していたものと認められるから︑商法一二条の趣旨に照らし右各手形による損害についてもなおYに責任があるというべきである︒し③神戸地尼崎支判昭和五二・三・二九金融商事六〇二号八頁 原告Xは︑訴外A会社と昭和四八年二月から同年七月二〇日頃までの間取引をなしたが︑七月末日にはA会社が倒産したため︑売買代金の回収が困難となった︒被告Yは︑A会社設立
︵昭和四五年五月二〇日︶以来取締役であったが︑代表取締役
Bが独断で恣意的経営をするため対立し︑昭和四六年八月一八
一二五
一判例研究i
日に辞任の意思表示を為し︑Bも︑その辞任を了承し︑その旨
の登記手続をする旨を約した︒その後YはA会社の運営には一
切関与せず︑取締役辞任の登記もなされていると信じていた
が︑Bはその登記手続を放置し︑昭和四八年三月一四日にYに
ついて︑昭和四六年五月二〇日任期満了により取締役退任・昭
和四八年二月二三日取締役就任︑の旨の登記を︑Yに無断で︑
行なった︒Yはそのような不実登記の存在をA会社の倒産まで
知らなかった︒
﹁Y⁝は右事実の登記がなされたことにつき何ら加功すること
なく︑故意はもとより過失もなかったものというべきである
から︑Y⁝については商法一四条の類推適用もなく︑したがっ
て︑同法二六六条の三所定の取締役としての責任⁝⁝を負わな
いというべく︑Xの損害を賠償すべき義務はない﹂
④大阪高判昭和五二・一二・二八金融商事六〇二号六頁
③の事案の控訴審判決で︑判旨もほとんど同一である︒
⑤名古屋地判昭和五五・七・三〇判タ四二七号一九一頁
訴外A会社は昭和五二年六月二〇日から八月二日までに支払
の見通しがないままに訴外Bに融通手形を振出し︑Xはそれら
の手形を割引き所持していたが︑A会社は一〇月一四日和議の 一二六申請を行い︑一二月一目和議開始決定があり︑Xは支払を受けられなくなった︒A会社の平取締役Yは昭和五二年の初め頃からA会社の勤務を休みがちで︑同年二月頃には退社したが︑登記簿上は辞任登記はなされていなかった︒ ﹁外見上取締役として職務を執行し︑その職務執行に関連する取引により善意の第三者に損害を加えた場合であるならば︑事情によっては︑商法一二条により︑損害賠償責任を負わなければならないというべきではあるが︑Yは前記のように︑昭和五二年二月頃取締役を辞任して後はもちろん︑同年初旬頃から訴外A会社の職務を執行していなかったものと認められるから︑Yに商法二六六条の三の規定による損害賠償責任はないものといわなければならない﹂⑥東京地判昭和五七・四・一六判時 〇四九号二二一頁 訴外A会社の平取締役であった被告町〜ぬは︑訴外C会社の代表取締役あるいは取締役で︑昭和四七年にC会社がA会社にA会社の資本の約三割に当る資本参加を為すに際し︑A会社の代表取締役Bの経営を監視できるポジション確保という考えから︑A会社の平取締役となったものである︒しかし篤らはC会
社の業務に専従し︑A会社の経営には全く関与せず︑せいぜい
年一回の役員会に出席し︑Bの作成した決算関係書類に対して
意見を述べる程度であり︑昭和五〇年七月六日に町らが再任あ
るいは新任を承諾した時点︵昭和五〇年七月一七日就任登記︶
でも︑翌八月末にA会社が倒産せざるを得ない程経営が悪化し
ていることを全く知らなかった︒篤らは︑八月末にA会社の倒
産を知り︑九月一三日にA会社の代表取締役Bに取締役辞任の
意思表示をなし︑Bもこれを了承したので︑以後昭らはA会社
の取締役としての行為を 切行なっていない︒しかし︑Bは照
らの取締役辞任を了承したものの︑その辞任登記手続をしない
まま放置していた︒昭ら以外のA会社の平取締役について昭和
五〇年一〇月二九日付で辞任登記がなされているが︑これはそ るれらの平取締役自らがその手続をとったものであった︒被告Y
は︑昭和四七年に名目だけということでA会社の監査役就任を
承諾したもので︑監査役としての業務を執行したことは一度も
なかったが︑昭和五〇年二月に監査役辞任をBに申入れ︑か
つ︑その登記の速かな抹消をも要求した︒ぬは︑昭和五〇年七
月に再任︵その旨の登記がなされている︶を承諾したことは全
くなかった︒亀は︑自己の監査役の登記は抹消されているもの
と思っていたが︑八月末にA会社の倒産の噂を聞き登記を閲覧
一取締役辞任後の表見的取締役の対第ゴ︑一者責任−⁝ したところ︑辞任登記がないのみか︑かえって七月に再任の登記がなされているのを知り︑Bに抗議しあらためて辞任の意思を表明し︑速かに辞任登記を履践してくれるよう要求し︑Bもこれを約束した︒しかし︑Bは︑磧からのこの申入れにもかかわらず︑監査役辞任登記手続をしないままに放置した︒原告Xは︑A会社が昭和五〇年八月末に倒産した後に︑その倒産の事実を知り︑かつ︑A会社の債権者集会代表者の了承を得て︑昭和五一年一〇月頃より取引に入り︑その取引はA会社が支払停止をし再度倒産した昭和五三年二月二八日まで続き︑その間に生じたXのAに対する売掛債権が取立不能となった︒町〜ぬの辞任登記は昭和五三年三月二八日になされた︑ ﹁代表取締役は別として︑平取締役︑監査役が一たん辞任の意思を表明し了承されれば︑もはや会社に対する義務といったことは主観的にも客観的にも想定し︑期待する余地がないというべく︑また︑登記義務者の辞任登記の未了H不実登記の放置といういわば不作為的な登記行為への加功といったことが考えられるのか︑といった問題がある︒ ⁝−この場合自己の辞任登記がなされておらず不実の登記が残存していることを知りながら過失で不実登記のままこれを放 一二七
1判例研究−
置していたとき︑又はこれと同視すべき程度の重大な過失によ
りその事実を知らずに放置していたときに限り︑その登記につ
き登記義務者と同様の責任を負担させ︑その者は右の登記が不
実である旨を善意の第三者に対抗しえないと解すべきと思料す
る﹂ 訴外C会社は︑A会社の昭和五〇年八月末の倒産以後もA会
社の大株主であり︑かつ︑倒産前より少ないもののある程度の
ま ヨ規模で取引をする等々の関係があったのであるから︑Y〜Y
は︑辞任後といえど︑A会社代表取締役Bと取引上接触もあ
り︑A会社の現状に当然強い関心をもっていたといえるから︑
﹁取締役辞任の登記が既になされたか否かは極めて容易に確
かめ得たものというべきであって︑それを確かめることなく就
任登記が残存していることを知らなかったとしても︑それは重
大な過失に基づくものといわざるを得ず︑昭ら三名は商法一四
条の登記義務者と同様の責任に任ぜざるを得ない﹂
磧は︑就任登記残存を知らなかったとしても︑故意と同視し
得る程度の重過失があったとはいえないので︑商法一四条の登
記義務者と同様の責を負わない︒
﹁商法一四条の善意とは︑登記を見てこれが真実であると積 二一八極的に信頼したことまでは必要ではなく︑登記と事実とが食い違っていることを知らなければ足り︑それについて無過失を要しない﹂ XのA会社との取引開始時の相手方はBのみで︑Xの念頭には町らの存在はなかったのであるが︑その後取引継続中途においてA会社の登記簿を見る機会があり︑照ら三名が役員として登記されていることを知った︒しかし︑その登記記載が真実か否か確めることもないまま本件取引終了までに至ったのであって︑不実であることにつき悪意とは認められない︒ ﹁堕ら三名は法律上取締役でもないから︑・⁝・監視義務︑忠実義務を負わないといえるが︑商法一四条によって同法二六六条の三の規定が適用される関係においては︑第三者からみて罵ら三名が取締役の地位にある以上︑町ら三名をその地位にあるものとして取扱うのほかはなく︑Bの杜撰な継続的業務執行に
ついては︑町ら三名が取締役としてそれを何らなすところなく
放置していた点に重大な過失があった⁝⁝というべきである﹂
⑦東京地判昭和五八⊥丁二四判時一〇七一号=三頁
原告Xは昭和五一年三月二九日から八月四日までの間に訴外
会社振出の手形を︑他人を経由して所持しあるいはA会社から
直接振出交付を受けて︑所持していたが︑訴外A会社が昭和五
一年一〇月四日会社更生手続開始の申立をなし︑同年二一月一
六日その開始決定がなされた︒A会社は︑経営成績の悪化を糊
塗するため昭和四六年二月から昭和五一年三月の六期にわた
り︑粉飾決算を行なったが︑その決算書類の作成はA会社の経
理および財務部門の部課長四名と専務取締役によりなされ︑役
員会においては真実のものとして説明されていた︒Xは︑右決
算書の記載内容を真実であると信じて︑A会社の業績は良好で
ると判断し︑前述のような手形割引や貸付を行なった︒被告Y
は︑昭和四七年以来A会社の監査役であったがA会社の決算書
類を提出してもらえず︑かつ︑Yに無断で決算書承認の監査報
告書を作成されたりしたので︑昭和四九年五月頃A社に辞意を
表明し︑同年七月三日に辞任届を郵送し︑A社はこれを受理し
た︒しかし︑Yの社会的信用を利用するため︑A社は︑その辞
任をにぎりつぶし︑かつ︑昭和五〇年六月一八日にはYに無断
で重任の登記をし︑昭和五一年一〇月一日初めて辞任の登記を
した︒ ﹁Yは︑昭和五〇年五月三一日に監査役に重任された旨の登
記があるが︑Yが右重任を承諾しなかったことは⁝・−明らかで
一取締役辞任後の表見的取締役の対第一一﹂一考責任−1 あるから︑昭和五〇年五月三一目から同年一〇月一目までの監査役重任の登記については︑全くA会社が無断でなしたものであって︑商法一四条を類推適用しても︑自己が監査役でないことを善意の第三者に対しても対抗しうる関係にあり︑したがっで\YはXに対し︑昭和五〇年五月三一日以降はA会社の監査役でないことを主張しうる︒しかし︑Yが監査役を辞任した昭和四九年七月三日から右昭和五〇年五月三〇目までの間︑.A会社は−⁝Yの監査役辞任の登記を怠っていたものであるが︑かかる場合において︑Xが︑Yに対しA会社の監査役として︑商法二六六条の三︑第二八○条による損害賠償請求をするについても︑商法一二条の類推適用があり︑辞任登記がなされない以上︑Yとして自己が監査役を辞任したことを善意の第三者に対抗できないと解すべきである︒ そして︑⁝⁝Xは善意の第三者にあたると認められるから︑Yは右期間︑Xに対し︑自己がA会社の監査役でないことを主張することはできない︒﹂ ﹁Yとしては︑右監査時には商法一二条の類推適用によリA会社の監査役としての地位にあったものとされるのであるが︑右類推適用を認めるのは︑⁝⁝第三者の監査役に対する損害賠 二一九
一−判例研究!
償についても︑善意の第三者と辞任したが︑その旨の登記のな
されていない監査役との利害調整を図る必要からで︑かかる観
点からみると︑監査役に右法条所定の任務懈怠があるといえる
ためには若し︑同人が当時の事情の下に監査役として在任して
いた場合に︑その任務を遂行できたか否かということから︑判
定すべきであり︑これを本件においてみると︑⁝⁝Yとしては
右期の決算書の監査は不可能であったといわざるをえないから
同人に⁝⁝監査役としての任務懈怠があったということはでき
ない︒﹂⑧東京高判昭和五八年三月三〇日判時一〇八○号一四二頁
⑥の事案の控訴審判決である︒
﹁磧らの辞任の登記がなされたのが本訴提起後の昭和五三年
三月二八日であることは当事者間に争いがないが︑右登記の遅
延は単なる遅延であって︑これによって不実の登記がなされた
訳ではないから︑この場合は商法第一四条には該当せず︑従っ
て町らが同条によって昭和五〇年九月一三日に辞任した旨の主
張をすることができないとはいえない︒町の場合は︑⁝⁝再任
した旨の不実の登記が存する訳であるけれども︑・−⁝右登記に
ついてぬの責に帰すべき事由はないのであるから︑やはり商法 一三〇第一四条に該当せず︑同条に依拠して境の昭和五〇年二月以降における監査役としての責任を云々することはできない︒L ﹁Yらの辞任登記の遅延については︑むしろ商法第一二条の適用の有無が問題であるが︑もともと同条は登記当事者である商人︵本件の場合は会社︶とその取引の相手︵会社と取締役︑又は監査役との関係から見れば第三者︶との関係を律することを目的とする規定であることは明白で︑かつ商業登記の申請当事者は商人自体︵本件の場合はA会社代表取締役︶であって登記事項に関係する個々の人間︵本件の場合Yら︶は登記申請の権利も義務もなく︑右法条により登記の遅延によって不利益を帰せしめられるいわれはないから︑−⁝・同条の適用があると断定するにはいささか疑問がある︒﹂ ﹁仮りに前段の疑問を積極に解するとしても︑取締役︑監査役の辞任は︑会社内部の関係としては登記をまたずに絶対的に効力を生ずるものであるから︑辞任した取締役がその旨の登記がないからといって会社内部において・−⁝職務を遂行することは法律上も事実上も不能であり︑監査役についても同様である⁝⁝︒してみれば︑笥らはその辞任の後は︑町は⁝⁝︵注・他
の者が︶監査役に就任した後は︵注・昭和五〇年九月二二日︶︑
それぞれ取締役又は監査役として誠実に職務を遂行すべき権限
ないし義務自体がなかったものであり︑仮りにXに対する関係
でそうでないとしても︑Xの主張する損害発生の原因たる事実
が︑Yうの辞任の効力を生じた後にかかわるものである以上︑
Yらの誠実な職務遂行は事実上期待することができないのであ
るから右損害がYらの悪意又は重大なる過失によって生じたも
のということはできない﹂
これら①〜⑧の︑取締役︵監査役︶辞任後も取締役︵監査
役︶の登記が存在し︑商法二六六条の三︵同二八○条︶の責任
が問題とされた事案に関する︑判決のほか︑
⑨東京地判昭和四八・二・二二判時七四七号一〇二頁
原告Xと訴外A会社の間の約一ケ月に及ぶ取引の期間中に︑
A会社代表取締役Yが辞任を表明したことに関し︑取締役まで
辞任する意味であったか否か明らかにせぬまま︑傍論的に︑
︵A会社の他の代表取締役に対し︶ ﹁内容証明をもって代表
取締役を辞任する旨の通知をしたことが認められるが︑その退
任につきその旨の登記をしない以上善意の第三者に対抗できな
いから︑Yは右の退任通知のみではその責任を免れることはで
きない﹂と︑する︒
−取締役辞任後の表見的取締役の対第三者責任一 右の①〜⑨の判例の事案が厳密に︑正式の選任手続を経て取締役となり︑その辞任後の取締役たる登記が存在している場合という︑第二類型に属するか︑はあいまいなものもあるが︵例えば︑⑦⑨︶︑その通式の選任手続の存在自体は争われていないので︑一応この類型に含めた︒ 図 これらの判決は︑この第二類型の解決に関連し︑その
︵類推︶適用を肯定するか否かは別として︑商法一二条あるい
は商法一四条を問題としている︒一二条を問題とし︑ωその
︵類推︶適用により商法二六六条の三の対第三者責任を肯定し
たもの︵②⑦︶︑㈲否定したもの︵①⑤⑧︶︑一四条を問題と
し︑のその︵類推︶適用により対第三者責任を肯定したもの
︵⑥︶︑口否定したもの︵③④⑥⑦⑧︶︑に分類しうる︒判例⑦
は︑一二条と一四条を問題とし︑前者により対第三者責任を肯
定し︑後者の類推適用を否定する︒判例⑧は︑一四条.二一条
の双方を姐上にのせ︑いずれによろうとも対第三者責任はない
とする︒この意味で︑本判決は︑一二条の適用および一四条の
類推適用により二六六条の三の責任を肯定した点で︑新しい意
義を有する︒また︑二一条あるいは一四条のそれぞれを︵類
推︶適用した判例②⑦⑥はいずれも地裁段階のものであり︑本
一三一
−!判例研究i
判決は表見的取締役の第二類型につき一二条・一四条の︵類
推︶適用により対第三者責任を肯定した初めての高裁判決であ
る︒そしてまた︑具体的事案との関連でみると︑表見的取締役
の第二類類型も二つの場面が︑すなわち︑取締役︵監査役︶辞
任後取締役登記残存の場面とその残存後重任︵再任︶登記が辞
任者に無断で現出される場面が︑問題となっている判例︵③④
⑥⑦⑧︶は︑その重任︵再任︶登記出現の場面については︑い
ずれも一四条の類推適用による対第三者責任を否定している
が︑本判決は︑この場面についても対第三者責任を肯定してい
る点で︑注目に価する︒
圖 次に︑右の判例①〜⑧をω@のののグループ毎に︑その
論理を事案と関連させて︑検討する︒
㈲の②⑦︒②は︑Y自身は会社業務に一切関与していない
にもかかわらず︑辞任登記が当該取引および手形振出後に為さ
れ︑辞任した目が当該取引と当該手形振出の中間であったこ
と︑しかむ︑当該手形の振出が代表取締役Y名義であり外見上
代表取締役として業務執行していたものと認められること︑を
理由に︑一二条による対第三者責任を肯定する︒⑦は︑当該取
引自体はYの辞任の意思表示後数年もたって為されたのである ゴ﹂一三が︑辞任後その辞任登記が為されるまで訴外A会社が登記を怠
っていたとしても一二条の類推適用があり︑辞任登記がない以
上商法二八○条︵二六六条の三︶の責任がある︑とする︒②で
は当該取引と法律上の取締役の時期的重複と辞任後であれ表見
的に代表取締役としての業務執行のある点が重視されている
が︑⑦は︑Yの責任でなく会社の懈怠によるものであれ︑取締
役辞任後も取締役の登記が残存すること自体を重視して 二条
を類推適用している︒このように一二条の︵類推︶適用により
商法二六六条の三︵二八0条︶の責任を肯定するにしても︑そ
の論理は②と⑦では異なるものがある︒︑
次に@の①⑤⑧︒①は︑当該取引後にYは辞任し︑当該取引
には全く関知せず︑辞任後は取締役としての業取執行を為して
いないことから︑外見上取締役として職務執行していたなら商
法二一条により取締役の対第三者責任を肯定しうるが︑その事
実がないからとしてその責任を否定する︒⑤は︑Yが取締役を
辞任して後に当該取引があったとしても外見上取締役として職
務執行をなしたなら一二条により対第三者責任を負担させるこ
ともありうるが︑Yは辞任前より取締役としての職務を執行し
ていなかった︑としてその責任を否定する︒⑧は︑Yらの辞任
後の取締役・監査役の登記残存は一二条の問題であるとはい
え︑まず第一に︑Yらは=一条の登記当事者ではないから一二
条の適用はない︑第二に︑仮りにその適用があるとしても辞任
後は職務執行の義務がないから対第三者責任を肯定しえない︑
第三に︑たとえ辞任後に職務執行権限・義務が認められたにせ
よ当該取引が辞任後であるから誠実な職務遂行は期待しえな
い︑とする︒
m@を総じて︑一二条の︵類推︶適用に関する論点は︑外見
上取締役として職務執行が存在したか否かにより一二条を問題
とする点︵①②⑤︶︑辞任後も取締役の登記が残存すること自
体で一二条の類推適用を肯定する点︵⑦︶︑そして︑⑧の述べ
る三つの論理である︒
一四条を問題とするのの⑥︒辞任後も取締役の登記の残存に
つき悪意又は重過失によりその登記を放置していた時に限定し
て一四条を適用し︑ヱらの辞任は当該取引の一年以上前である
が︑具体的事実から取締役の登記の残存につき重過失あり︑と
して対第三者責任を肯定する︒
次に口の③④⑥⑦⑧︒③④は︑Yの取締役辞任後一年半以上
を経ても取締役の登記はそのままであり︑その頃から始まった
一取締役辞任後の表見的取締役の対第三者責任1 A会社とXとの当該取引の継続中にYに無断でA会社がYの退任登記と就任登記を為したことについて︑Yは不実登記につき加功することもなく︑故音掌過失もなかったので一四条の類推適用はなく︑対第三者責任もない︑とする︒⑥は︑監査役磧に
ついて︑取締役笥らと異なり︑監査役就任・辞任のいきさつや
A会社や取締役町らとの接触状況等々からして︑監査役就任登
記残存を知らなかったとしても故意・過失はなく商法一四条は
適用ない︑とする︒⑦は︑Yの辞任表明後辞任登記がなされる
までの監査役登記の残存については前述のように一二条の類推
適用を認め対第三者責任を問題とするが︑Yに無断でA会社が
監査役重任登記を為したことについては︑Yの不承認・A会社
が無断で為したことを理由として一四条を類推適用しても︑自
己が監査役でないことを善意の第三者に対しても対抗しうる︑
とする︒⑦も基本的には③④⑥と同じ見解から一四条の類推適
用を否定するものである︒⑧は︑辞任後の取締役・監査役の登
記の残存は単なる登記の遅延であり不実登記が為されたわけで
ないから一四条に該当しないし︑A会社が亀について監査役再
任の登記をしたことは不実登記の出現であるが︑A会社が無断
でなしたもので乳は承認しておらず磧の責に帰すべき事由では
コ二三
1判例研究一
ないから︸四条に該当しない︑とする︒⑧の磧に関する再任登
記についての判断は前述③④⑥⑦と同様の見解に立つものであ
るが︑Yらの辞任後の登記残存についての⑧の判断は不実登記
の出現ではないので一四条の問題ではなく一二条の問題である
とするもので︑⑦と同じ見解に立つものである︒
一四条の︵類推︶適用を問題とする.@◎を総じて︑会社が辞
任登記をせず既存登記が残存している場合と︑辞任後会社が当
人に無断で再任・重任の登記をする場合とにつき︑前者に一二
条の適用を後者に一四条の適用を問題とするもの︵⑦⑧︶と︑
両者を分けず双方に一四条の適用を問題とするもの︵③④⑥︶
とがある︒なお︑事案として前者の場合のみが問題となってい
る①②⑤は一二条の適用を問題としている︒本判決は︑登記
残存と重任登記が問題となる事案であるが︑両者を分けず︑役
員登記残存の場面では一二条であるが︑残存登記を会社が是正
しないことを辞任者が故意過失で放置するときは一四条の問題
である︑として︑一二条と一四条を表裏の問題と解し︑再任登
記の出現自体を特に問題としていない点では︑⑦⑧とも︑ま
た︑③④⑥とも異なる︒しかし︑役員登記残存の場面を一二条
の問題でもあるとする点を除けば︑再任登記の場面も含めて一 一三四四条の適用を問題とする点では③④⑥と同じ立場にある︑といいうる︒それ故︑理論的には︑登記残存の場面については︑一二条のみの適用・一四条のみの適用あるいは一二条と一四条との適用︑のいずれを問題とすべきか︑という点︑再任登記の無断出現の場面を区別せず役員登記残存の問題として一四条の適用を考えるのか︑両者を区別し再任登記出現の場面に限って一四条の適用を考えるのか︑という点︑が問題となる︒また︑一四条適用の際︑事実認定とも関連するのであるが︑役員登記残存に関しては︑単に︑辞任者が辞任登記を要求し︑会社がその登記手続を約したので︑その手続が為されたものと信じたがため登記残存を知らなかった︑ということのみをもって不実登記出現への加功および故意・過失がなく一四条の適用なし︑とするのか︵③④︶︑単にそれのみでは適用なしとするのではなく︑具体的状況の中でその登記残存を知りうる可能性もなかったか否かまで踏み込んでその適用を考えるのか︵⑥︶︑が問題となる︒この点︑本判決は︑辞任者に辞任登記が為されているのかの確認︑為されていなければその催促までをも要求し︑それが為されていなければ不実登記の漫然放置にあたる︑とするものであり︑③④あるいは⑥よりもう一歩辞任者に対し厳しい立場を
提示している︒また︑再任登記出現に関しても︑その出現自体
に承諾を与えたか否かの事実に重点をおいて一四条の適用を考
えるのか︵③④⑦︶︑それのみではなく具体的状況まで再任登
記を知りえたかまで踏み込んで適用を考えるのか︵⑥⑧︶︑が
問題とされている︒しかし︑本判決は︑辞任者が再任登記出現
に承諾を与えたわけでないとしても︑その出現自体に気づかな
いでいたことが︑辞任登記手続の履行確認・催促をしなかった
ことの延長においてではあれ︑不実登記の漫然放置にあたる︑
とするものであり︑辞任者には辞任登記残存について以上に厳
しい立場を示したものである︒
判例③④⑥⑦⑧のように︑役員登記残存と再任登記出現との
双方が問題となる場合︑前者の場合と後者の場面を分かって︑
一方にのみ一二条あるいは一四条の︵類推︶適用を認め︑他方
には全く認めない可能性も生じうる ︵例えば⑦︶︒この場合︑
その適用を認められる場面と当該取引との関係が問題となって
こよう︒判例⑦の場合は︑辞任登記残存の場面にのみ一二条の
類推適用を認め︑その時期に粉飾決算がなされていたにもかか
わらず承認された決算書を信頼して取引が為されたから︑登記
残存していた時︵再任登記出現時︶より 年後の取引について
−取締役辞任後の表見的取締役の対第一.﹂者責任−・ も監査役でないことを善意の第三者に対抗しえない︑とされている︒本判決は︑その双方の場面につき一四条の類推適用を認めるので問題とはしていないが︑その場面によリ一四条の適用を異別にするとなれば︑X・B会社間の当該取引・特にXの保証金返還請求権発生時と辞任時・重任登記出現時との関連の検討が必要となる︒すなわち︑当該取引はAの辞任前に始まっているものの︑前述の請求権が重任登記以後に生じたとすれば︵本件金取引と当該請求権の発生の事実関係が不明確であり︑また︑その発生時も明らかでない︶︑例えば︑登記残存時には取締役でないことを対抗しえない︑重任登記出現後は取締役でないことを対抗しうる︑とされるなら︑この取締役でないことを対抗しうるとされる時期に生じた保証金返還請求権と取締役でないことを対抗しえないとされる時期との関係が改めて問題となり︑その関係如何によっては対第三者責任が肯定あるいは否定されることになる︒二六六条の三の損害発生と任務懈怠︵のないことを対抗できないこと︶との相当因果関係の問題であろトつ︒ ㈲ 一で述べた表見的取締役の第一類型に関する判例理論と
の関連で︑これら第二類型に属する判例を比較検討する︒
=二五
一判例研究−
第一類型とは異なり︑第二類型では︑辞任登記残存の場合の
みが問題となるか︑その場面とともに再任登記の場面も問題と
なるか︑という事例上の類別がみられ︑一二条・一四条を適用
すべきか否か︑という問題を提起している︒もっとも︑前述判
例⑧は︑辞任者は一二条の当事者ではないから 二条の適用は
ない︑とするが︑第 類型についての判例理論は︑不実登記出
現への加功・不実登記の放置を理由に︑一四条を登記当事者以
外にも拡大する︒判例⑧のこの点に関する論理は判例理論と矛
盾する︵近藤・判評二九九号︵判時 〇九四号︶三七頁以下参
照︶︒ 一二条適用を︑外見上取締役としての職務執行が存在し
たか否か︑により判断する判例がみられるが︵①②⑤︶︑判例
理論は︑業務執行に一切関与していない事案に一四条を適用す
る︑また︑当該取引に表見的取締役の名称等が現実に使用され
たかを問題とせずに一四条を適用する︵判例②は手形面上に表
見的取締役の署名があることを二二条適用の大きな要素として
いる︶︒ 本判決は︑③④⑥⑦の判例と同様︑不実登記出現への加功・
放置を理由とし一四条の適用を論ずる第︸類型についての判例
理論の延長上において︑第二類型についての事案の解決をはか 一三六るものである︒そして︑外見上取締役としての業務執行を問題としていない点も判例理論と同様である︒ 三 表見的取締役の第二類型に関して︑学説も基本的に第一類型に関する考えの延長において論じている︵柿崎・法律のひろば三六巻 ○号六八頁以下︑近藤・前掲︑宮島・金融商事六九三号五四頁以下︑中島・ジュリ八一五号一〇二頁以下︑大野・後掲法律のひろば︑上村・法律のひろば三七巻一二号七二頁以下︶︒そして︑ 二条・一四条の︵類推︶適用を肯定するもの︵柿崎︑中島︶と否定するもの︵近藤︑宮島︑大野︑上村︶とに分かれる︒筆者も︑基本的に第一類型に関する考えの延長上において論じてよいと考えるものであり︑それ故︑学説の検討は基本的に前述拙稿商学論集に譲る︒ここでは︑そこにおいて提示した筆者の考えを再検討し︑第二類型︑特に︑役員登記残存・再任登記出現︑と一二条・一四条の適用の問題を考察する︒ 臼け 筆者は︑商法一四条について︑真実と登記簿上の外観が異なる場合︑その外観成立に登記によリ与因した者が故意・過失により原因を与えている限り︑その外観を善意で信頼した第
三者に対してはその真実を対抗しえない︑とする外観への信頼
保護規定である︑と考える︒その際︑真実と異なる外観成立に
登記により与因した者については︑判例理論・多数説と同様︑一
四条の類推適用により不実登記出現への加功・放置を為した者
を含ましめる︒ただ︑外観への信頼保護規定と解する立場から
すれば︑厳密に言えば登記簿を現実に見てその登記簿上の外観
を信じたか︑が問題となり︑登記簿を見ないで取引をすることが
大部分である取引実務からすれば︵第二類型の判例で登記簿を
見たことが確認されているのは⑥⑧の一事例のみである︶︑一
四条の直接適用はほとんどなく︑登記簿を見なかった者は一四
条による保護を受け得ないこととなる︒しかし︑現実の取引に
おいては登記簿上の外観に相応する登記簿外の外観が存在する
ことも多く︑その登記簿外の外観を信頼して取引を行なってい
る場合も多い︒そこで筆者は︑登記簿上の外観と同じ内容の登
記簿外の外観が存在する場合︑前者の外観に原因を与えた者と
後者の外観に原因を与えた者とを峻別し︑後者への与因者が前
者への与因者でもある場合には︑登記簿を見ないまでも登記簿
外の外観へ信頼し登記簿上の外観と同じことを真実と信じた場
合には︑商法一四条を類推適用しうる︑と考える︒この考えに
対しては︑﹁登記簿外の外観は︑なぜ登記簿上の外観と一致し
−取締役辞任後の表見的取締役の対第一︑一者責任・ た場合にのみ︑信頼に価し保護に価するものになるのか︑しかもその保護が一四条によって与えられるべきであるのか必ずしも明らかでない﹂ ︵加藤﹁商業登記における不実登記の効力に
ついて﹂和歌山大学経済理論二〇〇号五三頁以下の注⑳︶︑登
記簿外の外観を信頼した﹁第三者は︑一四条とは無関係に︑表
見代理その他の外観保護規定あるいは一般外観法理をもってこ
れを保護すれば足りる﹂ ︵加藤・前掲五四頁︶との批判が為さ
れる︒確かに︑登記簿外の外観への信頼の保護を厳密には登記
簿上の外観への信頼を保護する規定である一四条により企図す
ることは疑問とされるかもしれない︒しかし︑登記事項が登記
された限りにおいては︑その登記簿上の外観は公的に信頼に価
するものとされ︑それへの信頼は強く保護される︒登記簿上の
外観は︑公的なものであるが故に︑それと同一内容の登記簿外
の外観へもその外観が信頼に価するとの効力をおし及ぼしてい
る︒登記簿上の外観と同一内容の登記簿外の外観は︑登記簿上
の外観によって客観的・公的に確認・補強された外観であり︑
それへの信頼はそれだけ強く保護するに価するものとなる︒こ
のように︑登記簿上の外観と密接に関連する登記簿外の外観で
あるが故に︑一四条の類推適用を可能とする︒確かに︑登記簿
て.﹂七
一判例研究!
外の外観を信頼したにすぎないから﹈四条の適用は不可能であ
るが︑登記簿上の外観の公的性格から登記簿外の外観も信頼す
.るに価するものとされていると考えうるから︑登記簿外の外観
への信頼に一四条を類推適用することは可能となるのである︒
登記簿外の外観への信頼保護を一四条の類推適用により図ると
はいえ︑登記簿外の外観に与因した者が登記簿上の外観へ与因
していない場合には︑そもそも登記簿上の外観への信頼を一四
条によって保護することが不可能なのであるから︑登記簿外の
外観への信頼を一四条の類推適用によリ保護することは不可能
となる︒反面︑登記簿上の外観へ与因した者が登記簿外の外観
成立に与因していない︵外観成立を阻止すべく努めたという積
極的な場合はもちろん︑消極的に与因したと認め難い場合も含
まれる︶ときには︑登記簿外の外観への信頼があろうとも︑一
四条の類推適用による保護はできない︒この点︑登記簿上の外
観への与因者は﹁︐登記簿外でも同一の外観が示されることを予
期すべきであり︑第三者との関係において︑登記簿外の外観が
他の者によって作出された場合に扱いを異にする点には検討の
余地がある﹂ ︵石山﹃事実上の取締役理論とその展開﹄二二四
頁︶との批判があるが︑多くの場合登記簿上の外観への与因者 =︑.八は登記簿外の外観への与因者であろうが︑なおかつ︑登記簿外の外観へは与因していなかった場合もありうると考える︵後述参照︶︒ 商法一四条の︵類推︶適用の要件を右のように解したうえで︑筆者は︑基本的には表見的取締役の第﹈類型への︵類推︶適用が可能であると考えた ︵拙稿・前掲商学論集︶︒そして︑このように解した一四条を表見的取締役の第二類型に類推適用してよいと考える.︑しかし︑この第二類型に↓四条︵一二条︶を︵類推︶適用することに対し︑取引の相手方が誰が取締役であるかにつき常に信頼をおいていると推論するのは実態とかけはなれている︑外観信頼保護による二六六条の三の責任の肯定は辞任者に酷な結果をもたらす︑との批判がある︵宮島・前掲五九頁︑近藤・前掲四〇頁︑大野・後掲八○頁︶︒第一の批判については︑信頼の対象が取締役個人︵その資産・経営手腕・信用等︶であることもありうるところがらその信頼保護が問題となりうるし︑取締役と登記されている者あるいは取締役として取引上明示されてきている者を取締役と信じたのに︑外からはうかがい知れない辞任という事実でもって︑辞任していない
者には責任を認め︑辞任した者には責任を認めない︑というよ
うにその信頼の保護に差をつけるのは不合理であろう︒また︑
第二の批判については︑筆者のように一四条の適用要件を厳格
に考える限り︑外観信頼保護のため二六六条の三の責任を肯定
しても決して辞任者にとって酷な結果をもたらすものではな
く︑信頼した取引相手方と辞任者との妥当な利益衡量をはかり
うるものと考える︵中島・前掲一〇四頁参照︶︒
図 表見的取締役の第二類型についての判例は︑前述のよう
に︑一二条の︵類推︶適用を問題とするものと一四条のそれを
問題とするものがある︒ただ︑辞任後取締役登記残存時につい
ては︑一二条を問題とするもの︵①②⑤⑦⑧および本判決︶と
一四条を問題とするもの︵③④⑥および本判決︶とに分かれる
が︑登記残存後重任︵再任︶登記が為された事案についての判
例は︑この重任︵再任︶登記現出の場面については一四条のみ
を問題とし︑一二条を問題としていない︵③④⑥⑦⑧および本
判決︶︒両場面が問題となる判決は︑前者の場面に一二条を︑
後者の場面に一四条を問題とするもの︵⑦⑧︶︑と︑双方の場
面に一四条のみを問題とするもの ︵③④⑥︶︑とに分かれる︒
本判決は︑登記残存の場面については一二条と一四条を表裏の
関係にあるものとして明瞭に双方を︵類推︶適用しているが︑
一取締役辞任後の表見的取締役の対第一︑︑者責任− 重任登記現出の場面については︑登記残存の場面の延長で考えているのか明らかでない︒ただ︑少なくとも︑この場面について重任登記の漫然放置を理由に対第三者責任を肯定するものであり︑一四条の類推適用を考えていることは間違いのないところである︒ ここでは︑表見的取締役の第二類型と一二条・一四条の︵類推︶適用との関係を︑登記残存の場面と重任︵再任︶登記現出の場面とも関連させて︑考察する︒ 一般に一二条の把握について︑通説は︑登記までは事実をも
って悪意の第三者に対抗しうるにとどまり︑善意の第三者には
対抗しえない︵消極的公示力︶︑登記後は第三者は善意であって
も悪意を擬制される︵積極的公示力︶︑とする ︵大隅.商法総
則︹新版︺二六五頁以下︑鴻・前掲書一二九頁以下︶︒これに
対し︑登記制度を外観主義の一表現と解し︑一二条との関連で
は︑登記事項という取引にとり重要な事項については︑その事
項の対抗力は登記されることにより初めて非登記事項の対抗力
と同一になる︑というように登記という外観に結びつけて対抗
力を決する︑という考え︵服部・前掲書四七八頁以下︶︑ 一二
条を公示主義的に解し︑登記事項については︑公示主義を機能
ゴ二九
一判例研究−
させんがため登記まで登記義務者を不利に扱い登記を励行させ
るべく︑登記事項は登記により非登記事項と同じ対抗力に復帰
する︑とする考え︵浜田﹁商業登記制度と外観信頼保護規定﹂
民商八∩︶巻六号六六〇頁以下・同八↓巻二号二〇︸頁以下︶︑一
二条を登記義務未履行者に対する民事制裁負課規定と解し︑登
記義務履行後はこの制裁が消滅し登記事項は非登記事項のもつ
対抗力と同様の対抗力に復帰する︑との考え︵加藤﹁商業登記
の一般的効力と外観保護規定﹂和歌山大学経済理論一九三号五
八頁以下・七一頁以下︶が提起されている︒この一二条の理解
についての少数説は︑通説が︑登記後には善意の第三者も悪意
を擬制される︑とする点に対する批判︑特に︑通説が登記と異
なる登記簿外の外観を信頼した者を悪意を擬制するとしながら
商法二六二条等による保護を優先させることへの疑問︑から提
起されたものである︒そのように一二条の理解の仕方は異なる
にせよ︑登記前には事実をもって悪意の第三者に対抗しうる︑
とすることに異論はない︒そして︑ここで問題としている表見
的取締役の第二類型の︑かつては真実であったが辞任により虚
偽となってしまった取締役登記残存の場面に一二条を適用し︑
辞任の事実をもって善意の第三者に対抗しえない︑とすること 一四ρ︐︶に異論はないと思われる︵小橋﹁商業登記の消極的公示力をめぐる↓問題﹂商法論集−二 頁参照︶︒ただ︑このような場面について︑一二条のみを問題とするのではなく︑一四条をも問題とする立場がみられる︒すなわち︑前述の登記制度を外観主義の一表現と解する立場で︑﹁一二条は登記という外観を基準として対抗力を決しようとしているが︑一四条はその補強的規定として︑たとえ登記と事実とが相異している場合にも︑登記という外観を基準としょうとするものである︒したがって︑事実に反する登記がなされたときは︑登記を基点として考えれば
一四条の問題となり︑事実を基点として考えれば↓二条の問題
となる﹂とする︵服部・前掲書四八六頁以下および四八○頁注
2︶︒この一二条と一四条とを外観主義的に表裏の関係にあると
する立場を支持するものもある︵この第二類型に一二条二四
条を媒介として二六六条の三の責任を問うことに反対するが一
二条と一四条との関係についてはこのように解するものとして
宮島・前掲五八頁︶︒本判決が︑取締役登記残存の場面につい
て︑外観主義的に把握するかは別として︑少なくとも一二条と
一四条とを表裏的に考えていることは︑判文上明らかである︒
次に︑辞任後再任登記を会社が無断で為した場面について一四
条を問題とすることに異論はないであろう︒前述のように︑本
判決も︑この場面については︑重任登記の漫然放置を理由とし
てあげているので一四条の類推適用を考えていることは間違い
のないところである︒しかし︑表裏の関係としての一二条の適
用を考えているかは不明である︒筆者は︑取締役辞任により虚
偽となった取締役就任登記を残存させておくことは虚偽の登記
の放置であり一四条の類推適用の問題ともなり︵大隅.前掲書
二八四頁︑服部・前掲書四八八頁︶︑会社による無断の再任登
記の現出の場面は︑その漫然放置と関連して︑一四条の類推適
用の問題となる︑と考えるので︑本判決の︑一二条および一四
条の︵類推︶適用の場面と当該条文との関係については妥当で
あると考える︒付言するなら︑登記残存の場面・再任登記現出
.の場面の各々あるいは双方につき一二条の適用のみを問題とす
るのは疑問である︒虚偽登記の放置となるか︑が重要と思われ
るからである︒反面︑一四条の適用のみを問題とすることは許
される︒ 圃 次に︑本事案についての一二条および一四条の適用の仕
方について検討する︒特に︑ここではωで述べた筆者の考える
一四条との関連で検討することとする︒
−取役締辞任後の表見的取締役の対第三者責任一 Xが登記簿を見たか︑あるいは︑登記簿を見ないまでもXとB会社との取引においてAが代表取締役あるいは取締役であるとの外観が存したか︵特に︑代表取締役であった場合には︑判例②のように手形面上に外観が存在したりすることもありえよう︶︑は何ら事実認定されていない︒この点︑ 一四条の適用としては問題がある︒本判決は︑XがAの取締役辞任を知らなかったことをもって一二条・一四条の︵類推︶適用を肯定する︒一二条および一四条の適用については︑不知で足り︑過失の有
無は問わないとするのが一般である︵大隅・前掲書二六七頁.
二八四頁︑鴻・前掲書二二〇頁・二二四頁︑田中︵誠︶・商法総
則詳論四二四頁・四三四頁︶︒ただ︑筆者は︑登記簿外の外観
への信頼について一四条の類推適用を認める場合には︑この登
記簿外の外観は登記簿上の外観ほどに強固ではなくそれへの信
頼も一定の注意を要し︑無重過失であることを要すると考える
︵喜多﹃外観優越の法理﹄六七三頁は一二条につき登記簿外の
外観への信頼につき無重過失を要するとされるが︑ 四条につ
いては︑その六七四頁で︑登記簿上の外観への信頼のみを問題
とされ︑善意であれば過失の有無を問わないとされる︶︒次に︑
Aの登記簿上および登記簿外の外観への与因の問題である︒辞
一四一
一判例研究f
任登記を約束した会社を信じていただけでは足りず︑その確
認・催促までしなければ不実登記の漫然放置にあたる︑とする
本判決は︑前述のように判例③④あるいは⑥より辞任者に厳し
く︑広く与因を認めるものである︒しかし︑そこまで為すこと
を義務づけるのは厳しすぎると思われる︒会社の辞任登記の約
束をもって一応は与因なしとされるものの︑なお︑その約束の
状況あるいはその後の具体的状況の中でその登記残存を知りう
る可能性がなかったか︑すなわち︑過失による与因の可能性を
判断する必要があると考える ︵判例⑥の立場︶︒再任登記現出
についても同様に︑その現出に承諾を与えていなければ一応与
因なしとされるものの︑なお︑具体的状況において再任登記を
知りうる可能性︑すなわち︑過失による与因の可能性を判断す
べきであり︑︵判例⑥⑧の立場︶︑承認を与えていないことをも
って与因なしとすべきではない︒この点の本判決についての見
解には疑問である︒登記簿上の外観への与因と登記簿外の外観
への与因を区別する筆者からすれば︑それぞれの外観への与因
は別個に判断されねばならない︒例えば︑登記簿上の登記につ
いて過失による与因ありとされる者でも︑取締役辞任の挨拶状
を自らあるいは会社をしてこれまでの取引先に出して︵出させ 一四二て︶いたのに会社がその後の新規の取引において無断で辞任者を取締役であると表示していたような場合には︑登記簿外の外観への与因を否定してよいのではなかろうか︒ 以上のように︑筆者の一四条の適用要件からすれば︑本判決は疑問のところも多く︑より立ち入った事実認定と法的判断を必要とすると思われるのであるが︑もし︑その適用要件を充足するのであれば︑AはXに対し︑取締役でないことをもって対抗しえないこととなり︑次に商法二六六条の三の適用要件が問題となる︒ 四 商法二六六条の三の適用要件に詳しく立ち入ることはしないが︑前述の判例⑧が提起していた第二の論理︑すなわち︑辞任後は職務執行の義務がないから対第三者責任を肯定しえな
い︑とする点と︑第三の論理︑辞任後に職務執行の義務が認め
られたにせよ当該取引が辞任後であるから誠実な職務遂行は期
待しえない︑とする点︑および表見的取締役の第二類型へ一四
条を介して二六六条の三の責任を肯定することに反対する学説
の基本的立場︑についてのみ言及する︒
判例⑧の言う第二の論理は︑そもそも適式に選任されていな
い取締役︵表見的取締役の第一類型︶にさえ︑取締役登記現出