原子と電磁波との相互作用: 時間に依存する摂動論
時間に依存する Schr¨odinger 波動方程式:
i¯h∂ψ
∂t = (H0 + HI(t))ψ (1) HI(t) は電子と外場との相互作用を表している。 H0 の固有関 数 ψn(~r) および固有値 En は既に求まっていると仮定する。 す なわち、摂動項 HI → 0 のとき、式 (1) の解は
ψn(~r)e−iEnt¯h (2) となる。
ここで ψ(~r, t) を関数系 (2) について展開する:
ψ(~r, t) = X
n an(t)e−iEnt¯h ψn(~r) (3)
展開係数 an(t) の物理的意味について:時刻 t のとき、電子が 状態 ψn(~r) に見出される確率は |an(t)|2 である。(ただし、電子 の初期状態は初期条件で与えられているとする。)
展開式 (2) を波動方程式 (1) に代入すると、係数 an(t) について の Schr¨odinger 方程式は得られる:
i¯hX
n
dan
dt e−iEnt¯h ψn(~r) = X
m am(t)e−iEmt¯h HI(t)ψm(~r)
ここで両辺を ψn∗(~r) をかけて~r について積分する。関数系 ψn(~r) 直交性を使うと、
i¯hdan
dt = X
m am(t)eiωnmthψn|HI(t)|ψmi (4) ただし、
hψn|HI(t)|ψmi ≡ Z d3r ψn∗(~r)HI(~r, t)ψm(~r) ωnm ≡ En − Em
¯
h (5)
を定義した。
ここで初期条件として、t ≤ 0 のときに HI(t) = 0 で、粒子は定 常状態 ψi(~r) に存在すると仮定する。t > 0 のときに外場との相 互作用 HI(t) は存在する。すなわち、式 (3) より
an(t) = δni (t ≤ 0) 式 (4) の両辺を Z t
0 定積分する。左辺において
Z t
0 dt′dan
dt′ = an(t) − δni
を使うと、
an(t) = δni + 1 i¯h
X
m
Z t
0 dt′hψn|HI(t′)|ψmiam(t′)eiωnmt′
ここから1次摂動論の近似を使う:右辺の第1項は HI につい て0次の項(無摂動項)である。従って、右辺の第2項を1次摂動 論で近似するために、次のように置き換える: am(t′) → δmi. 従って、1次の摂動論で
an(t) = δni + 1 i¯h
Z t
0 dt′hψn|HI(t′)|ψiieiωnit′ (6) 結論:電子は t ≤ 0 に状態 ψi(~r) に存在し、外場との相互作用 は t = 0 から t までに続いたときに、電子は別の状態 ψf(~r) (但 し f 6= i) に見出される確率は次のようになる:
Wf i(t) = |af(t)|2 = 1
¯
h2|Z0t dt′hψf|HI(t′)|ψiieiωf it′|2 (7) この結果は極めて重要である!
ここで具体的に振動する電場中の原子を考える。原子と電場と の相互作用ハミルトニアンは HI(t) = d~· E(t)~ である。ただし、
d~= e~r は原子の 電気双極子モーメント (dipole moment) である。
(~r は電子の位置である。) すなわち、
HI(t) = d~· E(t) =~ e
2~r ·E~0eiωt +E~0∗e−iωt (8) ベクトル E~0 の形について:
• z 方向に線偏光の電場: E~0 = E0(0,0,1) を使うと E~(t) = E0(0,0,cosωt)で表される。E~0 = E0(0,0,−i)を使うとE(t) =~ E0(0,0,sinωt) で表される。
• (x, y) 平面に円偏光の電場: E~0 = E0(1,−i,0) を使うと E~(t) = E0(cosωt,sinωt,0) で表される。 E~0 = E0(−1,−i,0) を使うと
E~(t) = E0(−cos(ωt),sin(ωt),0) で表される。
電場中の遷移確率 (7) は次のようになる:
Wf i(t) = 1
¯
h2|E~0 · d~f iZ0t dt′ei(ωf i+ω)t′ +E~0∗ · d~f iZ0tdt′ei(ωf i−ω)t′|2
ただし、双極子モーメントの遷移行列要素を次のように定義し た:
d~f i = e Z d3r ψf∗(~r)~r ψi(~r) (9) 式 (9) の時間積分について次の恒等式を使う:
|Z0t dt′ei(ωf i±ω)t′|2 = |ei(ωf i±ω)t − 1 i(ωf i ±ω) |2
= 4
(ωf i ± ω)2 sin2 (ωf i ± ω)t 2 従って、時間当たりの遷移確率は次のようになる:
wf i(t) ≡ Wf i t
= 2π
¯ h2
|E~0 · d~f i|2 sin2 ω2+t
πω2+2 t +|E~0∗ · d~f i|2 sin2 ω2−t πω22−t
+ 1
t (cosω±t,sinω±t,sin 2ωt,cos 2ω) (10) ただし、
ω± ≡ ωf i ±ω
を定義した。式 (5) を使うと、時間の単位をもつ量 1
ωf i = h¯
Ef − Ei ≃ 10−15eV · [s]
1[eV] = 10−15[s]
は極めて短い時間である。電場の角振動数 ω について、ω ≃ ωf i の場合は同様に 1/ω は非常に短い時間である。それに対し て、電場が作用する時間 t はマクロの時間 (t ≃ 1 s) であるの で t >> 1/ω±, 即ち ω±t >> 1 が成り立つ。従って、式 (10) で 極限 t → ∞ をとることができる。そのときに、物理数学で学 んだ次の公式を使う:
tlim→∞
sin2 Ω2t
πΩ22t = δ(Ω) lim
t→∞
sin Ωt
t = lim
t→∞
cos Ωt t = 0 ただし、δ(Ω) は Dirac の delta 関数である。
それを使うと時間当たりの遷移確率は次のようになる:
wf i = 2π
¯ h2
|E~0 · d~f i|2δ (ωf i +ω) +|E~0∗ · d~f i|2δ(ωf i − ω)
(11) この結果は「フェルミの黄金律」 (Fermi’s Golden Rule) と呼ば れ、極めて重要な法則である。
式 (11) の第1項は、振動数 ω の電磁波の放出を表し、第2項は 電磁波の吸収を表している:
• i =基底状態、f =励起状態の場合、式 (11)の第2項を使っ て電磁波の吸収率を計算できる。
• i =励起状態、f =基底状態の場合、式 (11)の第1項を使っ て励起状態 i からの 放射率およびその励起状態の寿命を計 算できる。
ここで放射の選択律 (selection rules) について考える:原 子の状態 i と f との関係はどうなるか?
式 (11) の第1項(光子放出)において、
E~0 · d~f i = e Z d3r ψf∗(~r)E~0 ·~rψi(~r) (12) 積分関数は ~r → −~r に対して偶関数でなければこの積分はゼ ロ。ここで parity について勉強したことを思い出す:
ψn,l,m(−~r) = (−1)lψn,l,m(~r)
従って、積分 (12) がゼロにならないために、選択律 li+lf = 奇 数は必要である。例えば、s ↔ p, p ↔ d などの遷移は許され る。
しかし、より厳しい選択律がある:
∆l = |lf − li| = ±1, ∆m = |mf − mi| = 0,±1 (13) それを理解するために、式 (12) において
• 一般にベクトル E~0 を次のように表すことができる:
E~0 = E0−(1,−i,0)
√2 +E0+(−1,−i,0)
√2 + E0z(0,0,1)
(14)
• 以前勉強した球面関数 Y1,α の形を使って、
ベクトル ~r を次のように表すことができる:
~r = r(sin Θ cos Φ, sin Θ sinφ, rcos Θ)
=
v u u u t
4π 3
Y1,1
(−1, i,0)
√2 +Y1,−1
(1, i,0)
√2 +Y1,0(0,0,1)
• 従って、(12) の積分は E~0 · d~f i = e
v u u u t
4π 3
Z d3r · r
× ψf∗(~r) (Y1,1E0+ +Y1,−1E0− +Y1,0E0z)ψi(~r)
(15) この中の立体角度についての積分は
Z dΩYl∗f,mf(Ω)Y1,m(Ω)Yli,mi(Ω) (16) ここは (li, mi) は電場との相互作用前の電子の角運動量 ~li を表し、 (1, m) は電場が持ち込む角運動量 ~lγ を表し、
(lf, mf) は電場との相互作用後の電子の角運動量 ~lf を表し ている。
従って、積分 (16) はゼロにならないために、角運動量の保 存則 が成り立つことが必要である:
~li +~lγ =~lf
|~lγ| = 1 から、選択率 (13) は得られる。
なお、水素原子について式 (15) の積分を解析的に求めること ができるが、ここで省略する。
まとめ
最初 (t = 0 までに) 粒子の状態は ψi(~r) とする。t = 0 から外場 が働き (角振動数 ω)、粒子との相互作用のハミルトニアンは
HI(~r, t) = V(~r)eiωt +V†(~r)e−iωt (17) で表す。(電場の場合は V(~r) = e~r · E~0, V † = V∗.) そのときに粒 子の状態が ψf(~r) へ変わる確率 Wf i は外場が作用した時間に比 例し、時間当たりの遷移確率 (遷移率 = transition rate) は、
1次の摂動論では wf i = Wf i
t = 2π
¯ h2
|Vf i|2δ(ωf i + ω) + |Vf i†|2δ(ωf i − ω)
(18) ただし、Vf i, Vf i† を次のように定義した:
Vf i = Z d3r ψf∗(~r)V(~r)ψi(~r) (19) Vf i† = Z d3r ψf∗(~r)V†(~r)ψi(~r) (20) 具体的に光吸収 (photo absorption)を考える。式 (18) の 第2項は、一つの孤立した状態 f (エネルギー Ef) への遷移 率を与えているが、実際に観測可能な量はエネルギー間隔 [Ef − dEf/2, Ef + dEf/2] への遷移率である。 その間隔の中の 状態数を dN(Ef) で表すと、
dwf i = 2π
¯
h |Vf i†|2δ(Ef − Ei + ¯hω) · dN(Ef) (21) になる。 ここで状態密度 ρ(E) = density of states を次のよ うに定義する:
dN(E) = dN(E)
dE dE ≡ ρ(E) dE (22)
すなわち、状態密度はエネルギー間隔 dE 当たりの状態の数で ある。そのエネルギー間隔当たりへの遷移率は、式 (21) より
dwf i
dEf = 2π
¯
h |Vf i†|2δ(Ef − Ei + ¯hω) · ρ(Ef) (23) 式 (23) を間隔 [Ef − dEf/2, Ef + dEf/2] について積分すれば、
遷移率は
wf i = 2π
¯
h |Vf i†|2ρ(Ef), (Ef = Ei + ¯hω) (24) となる。
例えば、終状態は離散的な状態(原子の励起状態)である場合 は、充分狭いエネルギー間隔 dEf が観測可能であれば、 その 中に1個の状態のみ (エネルギー Ef = Ei + ¯hω) が存在すれば、
ρ(Ef) = 1 となる。式 (20) と水素原子の波動関数 ψi(~r), ψf(~r) を 使えば、色々な遷移率の計算と実験との比較できる。
練習問題
水素原子は基底状態にあるとする:
ψi(~r) = 1
√πa3e−ra (a = h¯2
m e2 = Bohr radius)
(25) z 方向に線偏光の電場 Ez(t) = E0sinωt (ただし E0 = 1 [N/C], 角 振動数 ω を適当にとる) をかけたときに、原子は励起エネルギ
ー ∆E = 10.2± 0.5 eV の状態に見出される遷移率を求めよ。た
だし、n = 2, ℓ = 1, ℓz = (0,±1) の励起状態の波動関数は ψf(~r) = 1
√24a5 r e−2ra Y1,ℓz(Θ,Φ) (26) で与えられる。
電場による水素原子の電離過程(光電効果):
ψi(~r) は式 (25) の水素原子基底状態、ψf は飛び出した電子の状 態(連続状態)とする:
ψf(~r) = 1
√V ei~k·~r (27) ただし、~p = ¯h~k は飛び出し電子の運動量、V は全体積である。
電場は方向 (Θ, φ) に線偏光とする。
~k を z 方向にする。電子の位置ベクトルの方向を (Θ′, φ′) とす れば
E~0 ·~r = E0r(cos Θ cos Θ′ + sin Θ sin Θ′cos(φ −φ′)). それを使って Vf i† = ie
2
πa3−
1
2 V−12E0Z0∞r3dr Z 1
−1d cos Θ′Z02πdφ′
× e−ikrcos Θ′−ra (cos Θ cos Θ′ + sin Θ sin Θ′cos(φ −φ′))
練習問題
遷移率 (24) について次の公式を導け:
wf i = π2
¯ hV
29e2E02cos2Θa7k2
(1 + k2a2)6 ρ(Ef) (28) 飛び出した電子の状態数の計算:体積 V, 運動量の間隔 d3p の中の状態数は、不確定性原理より
dN = Vd3p
(2π¯h)3 = V
(2π)3d3k = V
(2π)3dΩk2dk 電子のエネルギー E = 2mk2 を使って、k2dk = √
2m3E dE から
dN = V
(2π)3dΩ√
2m3E dE
⇒ ρ(E) = dN
dE = V
(2π)3dΩ√
2m3E (29)
それを式 (28) に代入して、電子が立体角 dΩ へ飛び出す遷移率 は
wf i = 26mk3e2E02a7cos2Θ
π¯h3(1 + k2a2)6 · dΩ (30) 練習問題
水素原子の基底状態のエネルギーを Ei = ¯hωi と表したとき に、エネルギー保存法則 Ef = Ei + ¯hω を次のように書ける:
¯ h2k2
2m = ¯h(ω − ωi)
そのときに、式 (30) を次のように書けることを示せ:
wf i = 26E02a3 πh¯
ωi ω
!6
ω ωi − 1
3 2
cos2Θ (31)
また、それを立体角について積分すれば遷移率は次のようにな ることを示せ:
Z dΩwf i = 28E02a3 3¯h
ωi ω
!6
ω ωi − 1
3 2
(32) 具体的に、電場 E0 = 1 [N/C], 角振動数 ω = 5 ×1016 [Hz] の場合 は、1秒間当たりの電離(電離率)を求めよ。