伊藤昭彦 *1, 2,飯尾淳弘 *
3,羽島知洋 *
2
*1国立環境研究所,*2海洋研究開発機構,*3静岡大学農学部
セミナー室
植物の高CO2 応答-12地球環境変動と植物の応答
はじめに
本シリーズの初回(彦坂・寺島)で述べられたよう に,工業活動や森林破壊などの人為起源排出によって,
大気CO2 濃度は産業革命前の約280 ppmvから今日の約 400 ppmvへと増加してきた.しかし,現時点(2013年 7月)において,気候変動枠組み条約などの国際交渉は 大幅に停滞しており,実効性のある排出削減のための枠 組みを打ち出せていない.近年,リーマンショック後の 世界的な経済成長の鈍化により,ある程度までCO2 排 出量は抑制されたらしいが,同時に環境対策への投資を 減少させたため,結果的には大気CO2 濃度上昇の抑制 にはつながらなかった.さらに,シェールガスなど新た な化石燃料の採掘利用が進められており,少なくとも近 未来的には現在以上のペースで大気中へのCO2 蓄積が 進む可能性が高い.
将来,どの程度まで大気中のCO2 など温室効果ガス 濃度が上昇するかは,気候変動予測およびそれに基づく 対策を実施するうえで鍵となる要因であるが,これはグ ローバルな炭素循環やさまざまな社会経済要因も絡む複 雑な問題である.現在では,世界の主要研究機関によっ て作成された共通シナリオ (Representative Concentra- tion Pathway ; RCP) が評価に使用されている(1).そこ では,温室効果(地球全体の平均で,対流圏上端から外 に出てゆくエネルギーを正味で減らし,地球を暖めよう
とする放射強制力と呼ばれる効果)の増加幅に基づいて
+2.6, +4.5, +6.0, +8.5 W m−2 の4種類のシナリオが 選択されており,それぞれに対応した2100年以降まで の温室効果ガス濃度パスを考えることになる(図1). ここで用いた単位「W m−2」は,1秒間に1平方メート ルあたり何ジュールのエネルギーが与えられるかを示し ており,関東近辺での年平均日射量が150 W m−2 程度 であることを考えると,上記の温室効果は決して小さく ないことがわかる.+2.6 W m−2 のシナリオは気候変動 抑制に向けて大規模な対策を講じたケース,+8.5 W m−2 のシナリオは「なりゆき任せ」で化石燃料を大量 に消費するケースに相当すると考えられる.たとえば 2100年時点での大気CO2 濃度は,それぞれ 421, 538, 670, 936 ppmv まで増加するとされている.
これまでの気候モデルを用いた数値実験によると,大 気中のCO2 濃度上昇の結果,温度・日射・降水量が広 範囲で変化することが予測されており,それには熱波や 干ばつのようなダメージの大きい極端現象も含まれる.
いわゆる温暖化問題の議論では,このような気候変動 や,それに伴う海面上昇や氷床融解,あるいは食糧不足 や伝染病拡大などのリスクに注目が集められている.現 在,それらに関する研究が世界各地で進められており,
その状況は「気候変動に関する政府間パネル (IPCC)」
の報告書として,ほぼ5年に1回のペースで公表されて いる(2).
このような温室効果ガスの増加に伴う気候変動とその 社会影響に注目が集まる一方で,大気CO2 濃度の上昇 そのものがもたらす影響も無視することはできない.水 域では,水中に溶存するCO2 がpHを低下させ,サンゴ などが作る炭酸カルシウムの殻を溶解させて生存を脅か す「海洋酸性化」の影響が注目されている(3).陸域で は,動物には直接的影響はほとんどないと考えられる が,植物にとってCO2 は光合成の基質であり,大気 CO2 増加が植物にさまざまなレベルで影響を与えるこ とは,これまで本シリーズの記事で述べられてきたとお りである.余談になるが,地球の温度上昇を抑制する気 候工学的手法の一つとしてエアロゾル散布などによる日 射量調節 (Solar Radiation Management) が提案されて おり,これを大規模に採用した場合,温度条件は現在水 準に維持しつつ大気CO2 濃度は大きく上昇する,とい う現在の高CO2 暴露実験に似た状況になるかもしれな い.
広域スケールでの植物高CO2 応答
本稿では,群落よりも大きい広域スケール(アジア地 域やグローバルなど)での植物の高CO2 応答に関する 研究を紹介する.このスケールでは,植物の応答が将来 の地球環境変動で重要な役割を果たすことが解明されつ つあり,より理解を深めることで将来予測とそれに基づ く対策を通じて社会に貢献できる.まず,植物の応答が 大気組成や気候にもたらす「フィードバック効果」につ いて説明する.気候変動のような環境変動が進むと,陸 域生態系にさまざまな影響を与えるが,それは必ずしも 一方的なものではなく,構造と機能の変化を通じて大気 の組成や気候を変化させる反作用(フィードバック)を もたらしうる.このようなフィードバックのうち,特に 将来の温暖化を考えるうえでいち早く注目されたのが
「炭素循環フィードバック」である(4).このフィード バックは,生態系が環境変化に応答して正味のCO2 吸 収速度を変え,その結果,大気CO2 濃度とそれに伴う 気候変動の進み方に影響を及ぼすものである.さらにそ のフィードバックは,1) 大気CO2 濃度上昇がもたらす 植物への施肥効果により炭素固定速度が上昇し,大気中 のCO2 濃度上昇を抑える(負の)方向に働く「CO2 炭 素循環フィードバック」と,2) 温度上昇によって呼 吸・分解速度が上昇し,結果的に濃度上昇を促進する
(正の)方向に働く「気候‒炭素循環フィードバック」と いう,相反する2つのフィードバックのバランスによっ て決まると考えられている(図1).実際にはそれらに 加えて,窒素循環の変化によるフィードバックや,火災 や害虫発生など撹乱パターンの変化によるフィードバッ ク,対流圏(地表に近い大気)のオゾン濃度上昇による 影響とフィードバックなど,さまざまなプロセスが同時 に進行する.ある一定の空間スケールを超えると,これ ら植物(生態系)からのフィードバックは地球環境変動 を考えるうえで極めて重要な一要素となるが,炭素循環 フィードバックだけを見ても,植物や土壌微生物の CO2・温度感度の設定次第で,推定される応答幅の度合 いが大きく変わりうることが示唆されている.
広域スケールの研究には,ラボや圃場での実験とは 違った難しさがある.広い地域にはタイプの異なる植物 が混在しており,それらが生育している環境も均質では ない.そのため,大気CO2 濃度が一様に増加したとし ても,植物の応答は場所ごとに大きく変わりうる.この ような複雑さや多様性をどう克服するかが研究上の大き な課題であり,筆者らは2つのアプローチで研究を進め てきた.一つは,世界各地で観測されたデータを横断的 に解析して,一般的な傾向や関係性を見いだそうとする
「メタ分析」である.もう一つは,地球上で営まれてい る諸プロセスを可能な限り取り入れた「地球システムモ
図1■地球環境変動と植物の応答 排 出 シ ナ リ オ (RCP) に よ る 大 気 CO2 濃度予測と,それによって生じ る植物(生態系)応答を介した広域 ス ケ ー ル の 大 気・気 候 に 対 す る フ ィ ー ド バ ッ ク.CO2‒炭 素 循 環 フィードバックは変化を抑える負の 方向に,気候‒炭素循環フィードバッ クは変化を増幅する正の方向に作用 する.
デル」を開発し大規模なシミュレーションを行って予測 を行おうとするものである.両者を組み合わせて,観測 事実(帰納)と理論的推測(演繹)の両方に立脚した,
より信頼できる気候変動予測を実現することを目指して 研究を続けており,本稿ではそれぞれの取組について紹 介する.
植物パラメータのグローバルなメタ分析
メタ分析 (meta-analysis) とは,ある対象について過 去に出版された多数の論文や資料からデータを抽出して 統計学的手法でそれらを統合・分析することであり,
個々の実験からは知ることのできない一般性の高い傾向 を見いだそうとするものである.現在では,人工衛星な どのリモートセンシングによって,地球全体をくまなく 観測することも可能になっているが,上空での測定デー タを植生情報に変換するにはまだ誤差要因が多い.一方 メタ分析は,空間的にカバーできる面積は少ないもの の,地上での実測データに基づく分,確度の高い解析が 可能である.過去の研究を参照するという点では,メタ 分析はレビュー(総説)と似ているが,データの収集方 法が系統的・客観的である点,データの統合に統計学的 手法を利用している点が大きく異なる.近年,IT技術 の発達により文献収集や解析が容易になり,メタ分析は 生物学をはじめ多くの分野で行われるようになってい る.その一般的な特徴や統計処理の方法については文献 5などを参照されたい.本節では,広域スケールでの植 物の高CO2 応答予測を目指した取組例を紹介する.
植物を高CO2 濃度環境で生育させて,形態や成長応 答を観察する研究は1970年代以前から行われており,
1996年に米国オハイオ州立大学のCurtisらが最初のメ タ分析結果を発表した(6).彼らは38報の文献から木本 植物41種についてデータを集め,葉のガス交換速度と 比葉面積,窒素量の高CO2 応答を分析した.その後 CurtisとWang(7) によってデータベースが拡張され,光 合成速度の上昇や窒素含有量,比葉面積の低下など,木 本植物に一般的な傾向が報告された.しかし,彼らが利 用したデータのほとんどは鉢植え苗木を用いた室内実験 のものであったため,その結果を野外植物にそのまま適 用することは困難であった(そこで見られたポットサイ ズ効果については彦坂・寺島の記事を参照).
1990年代からは,オープントップチャンバーや個体 チャンバーなど野外で高CO2 を暴露できる装置が普及 し,また,1990年代後半からは開放型の高CO2 暴露シ ステム (FACE) が世界各地で稼働して,より自然に近
い状態で実験が可能になった.このような野外実験例が 増えるに伴い,そのデータを用いたメタ分析も行われる ようになった.FACE実験データに関するメタ分析は,
米国イリノイ大学のAinsworthらによって精力的に行
われ(8, 9),光合成速度の上昇の程度は植物タイプによる
違いが大きく,樹木や草本で大きくマメ科植物やC4 植 物,作物,灌木で比較的小さいこと,光合成系のなかで もカルボキシレーション反応で特にダウンレギュレー ション(高CO2 を暴露し続けることでデンプンの過剰 な蓄積や窒素欠乏が起こって光合成能力が低下する現 象)が大きいことなど,野外での高CO2 応答特性が詳 細に整理された.同じ研究グループのLeakeyらは,上 記のメタ分析を含め,FACE実験から得られたCO2 お よびそのほかの複合要因に対する応答に関して,主要な 知見をまとめている(10).
植物や生態系の高CO2 応答特性について,さまざま な項目に着目したメタ分析が行われてきた.しかし,そ れらの結果を広域スケールのモデルに取り込み,植物や 生態系の将来予測に反映させた研究はほとんどない.そ の理由は,これらメタ分析の知見を広域スケールに適用 するには,サンプルサイズが依然として小さく,大きな 偏りが残されている可能性が高いためと思われる.これ までの高CO2 暴露実験は,大部分が温帯から冷温帯に 集中しており,陸上植物の生産力やバイオマスの約半分 を占める熱帯では,ほとんど研究が行われていない.特 に,森林を対象としたFACE実験のほとんどは比較的 若い人工林で行われており,天然状態の熱帯林では報告 された例はない.メタ分析が一般的な傾向を整理するう えで有効な手段であることは間違いないが,植物の高 CO2 応答について,広域スケールのモデル予測に反映 されるまでにはさらなるデータの集積と解析が必要であ ろう.
植生や生態系のモデルによる再現性を向上させるに は,高CO2 濃度への応答感度だけでなく,さまざまな 生物的・環境的な要因を現実的にモデルに取り入れる必 要がある.そこで筆者らは,植生の構造や機能を代表す る パ ラ メ ー タ の 一 つ で あ る 葉 面 積 指 数 (leaf area index ; LAI) に着目し,木本植物を中心としたメタ分析 を実施した.LAIは植物群落の土地面積あたりの総葉面 積と定義され,植生キャノピーによる光エネルギーの吸 収,CO2 同化,蒸散速度に深く関係している.LAIがそ の場所の温度・水分条件や植生タイプによって大きく変 わることは経験的に知られていたが,グローバルなス ケールで一般的傾向を調べた例はこれまでになかった.
もしそのような関係が見つかれば,植生モデルを用いた
広域スケールの予測研究や生態系から気候へのフィード バックメカニズムの解明に非常に有益であろう.そのよ うな期待のもと,各種データベースや独自の調査によっ て,2011年までに発行された約600報の文献から,地上 観測が行われた世界約2,600カ所のLAIデータを収集し てメタ分析を進めた.
図2は,各サイトで観測されたLAIの最大値と,気象 要因(年平均温度,湿潤係数)および植生タイプ(常緑 針葉樹,常緑広葉樹,落葉広葉樹)との関係を調べたも のである(11).湿潤係数とは,年間の降水量と可能蒸発 散量の比であり,その場所の乾湿の指標である.湿潤指 数の対数値[log湿潤係数]が0より大きい場合は湿潤
(降水>可能蒸発散量),逆に0より小さい場合は乾燥
(降水<可能蒸発散量)していることを意味する.ここ では,施肥や灌水などの人為的影響や火災や風害などの 自然撹乱による影響が大きいと判断されたデータは除外 している.LAIは,温度に対して9℃と24℃付近にピー クをもつ二山型の変化を示すが,湿潤指数に対しては 0.3付近で飽和する曲線関係を示す傾向があることがわ かった.それぞれの要因の影響を重回帰分析で調べる と,温度の影響は年平均気温が9℃以下の冷涼な地域で のみ検出され,水分の影響は温度にかかわらず湿潤指数 が0.3以下の乾燥した地域で検出された.つまり,これ まで経験的に知られてきた,低温条件では温度が,乾燥 条件では水分がLAIを制限するという概念は,グロー バルなデータを用いたメタ分析からも裏づけられたこと
になる.植生タイプ別に見ると,落葉広葉樹のLAIは 湿潤指数に対して飽和型の曲線関係となるのに対して,
常緑針葉樹のLAIは飽和せず直線的に増加することが わかった.このように環境要因とLAIの関係が植生タ イプによって異なるメカニズムは不明だが,少なくと も,気候変動に対する生態系応答をモデルで予測する場 合には,こうした植生タイプによる違いを考慮する必要 があるだろう.このLAIに関するメタ分析は,まだ データの地域的偏りもあって不十分な部分もあるが,高 CO2 暴露実験のメタ分析と比べると広い地域や植生タ イプをカバーできていると考えられる.ここで収集した データは,植生モデルの検証や改良などに利用する予定 である.
メタ分析はレビューと比べて客観的で一般性が高いと 期待されるが,その結果を使う前に問題点や限界を知っ ておくべきだろう.同じテーマについて行われたいくつ かのメタ分析の結果を比較した研究(メタ‒メタ分析や メガ分析とも呼ばれる)によると,参照した文献,デー タの抽出・統合方法の違い,データの独立性の定義な ど,さまざまな要因が結果に影響を与える可能性が示さ れている.メタ分析の結果を利用する場合には,データ の抽出や解析方法をよく理解したうえで,主観的な部分 が残っていることに注意すべきである.また自分でメタ 分析を行う場合には,複数の手法を試して結果に大きな 影響が生じないことを確認し,採用した手法を論文に詳 述することが重要である.
図2■ 気 象 要 因 とLAIの 関 係(a, b :全データ,c, d :主要な3つの植 生タイプ)
濃い色のシンボルは平均値を表す.
温度は1℃間隔,湿潤係数は0.1間隔 に分割し,データ数が20以上の場合 にのみ表示した.湿潤係数は年間の 降水量と可能蒸発散量との比であり,
log湿潤係数>0は降水>蒸発散にな る湿潤状態,0未満の場合は降水<蒸 発散になる乾燥状態を意味する.実 線はセグメント回帰の結果.変曲点 の数を変化させ,最も当てはまりの 良い結果を示した.
地球システムモデルを用いた地球環境予測と植物の CO2 応答
地球温暖化問題がクローズアップされるにつれ,それ まで用いられてきた気候モデルは現実世界のいくつかの 重要な要素(たとえば生態系)が含まれておらず,より さまざまなプロセスを取り扱えるモデルの開発およびそ れを用いた予測が要望されるようになってきた.たとえ ば,それまでの気候モデルでは大気CO2 濃度を図1のよ うなシナリオで与えるため,陸上の植生や海洋のCO2 交換を介した動的なフィードバックが考慮されていな かった.しかし,陸上植生による1年間の光合成量は大 気CO2 量の約7分の1にも達するため(2),植生応答が大 気中のCO2 濃度,そして気候に影響を与えることは十 分考えられることである.そこで,地球表層付近の諸コ ンポーネント,すなわち大気・海洋・陸域・雪氷におけ るさまざまな物理的,化学的,生物的プロセスを取り入 れた「地球システムモデル」の開発が世界の主要研究機 関で進められている(図3).日本では,海洋研究開発 機構/東京大学大気海洋研究所/国立環境研究所のグ ループ(12),そして気象研究所のグループで,それぞれ 独自のモデル開発が進められている.地球システムモデ ルでは,前記の炭素循環フィードバックを考慮できるよ うになったものの,以下に述べるように,植物の高CO2 応答の扱いはモデル開発上の最大の課題の一つとして残 されている.
最近,世界の多数の専門家が執筆したIPCC第5次報 告書が公表され,地球システムモデルによる予測結果は 近年の重要な科学的知見として取り上げられた.しか し,この分野で使用されているモデルは非常に複雑化し ており,巨大な計算機を用いてすら1回の計算に数週間
以上を要することも珍しくない.また,構造の複雑さゆ えに,複数のモデル間で結果が異なる,すなわち予測の 不確実性を生み出すことがままあり,その原因を特定す ることも容易ではない.そもそも将来予測の結果を観測 データと比較して検証することは不可能なため,地球シ ステムモデルの相互比較プロジェクト CMIP5 (Coupled Model Intercomparison Project Phase 5) においては,
複数モデルの比較を行いながら問題点を洗い出す努力が 続けられている.そこでは,過去(産業革命前)から将 来にわたる温室効果ガスやエアロゾルの排出量,森林の 耕作地転換や火山噴火,さらに太陽活動の周期性をも考 慮した より現実に沿った 実験に加え,個々の要素が 地球環境にどの程度影響力があるのかを調べる 感度実 験 など,何通りもの実験が実施されている.
陸域植生や海洋における交換量の変化が,大気CO2 濃度を変化させて炭素循環フィードバックをもたらすこ とは前述したとおりだが,CMIP5においても巧妙な感 度実験や数理的手法を駆使して,これに関係する諸要因 についてのフィードバックの大きさや空間的パターンを 探るための研究が行われてきた(13, 14).それによると,
どのモデルにおいても温度上昇は海洋や陸域への正味 CO2 吸収量を減少させ,大気CO2 濃度の上昇と温暖化 を加速する方向に働いていた(図4:正のフィードバッ ク).一方,大気CO2 濃度の上昇そのものは,陸上と海 洋への炭素吸収量を増加させ,温暖化を抑制する方向に 働く(負のフィードバック).問題は,特にCO2 増加に 対する陸域植生の応答幅には顕著なモデル間/実験間の 差異が見られることである.これは,植生に関する数式 化やパラメータ設定がモデル間で異なることに加え,そ のフィードバックの大きさが植生に固有のものではな 図3■地球システムモデルの概念図(図の提供:海洋研究開発機構)
全球の大気,海洋,陸面を3次元格子状に区切り(図左),各格子内における物理プロセスに加えて大気化学/エアロゾル反応,海洋生態 系や陸域生態系における物質循環のプロセス(図右)が数値的に計算される.
く,設定するシナリオ,すなわち大気CO2 濃度や気候 変化の進行速度によっても大きく変化するからである
(図4点 線).こ の よ う なCMIP5の 研 究 か ら,植 物 の CO2 応答による気候システムへのフィードバックは,
気候システムに内在するほかのプロセス(たとえば雲形 成や海氷融解)によるフィードバックに匹敵するほどの 影響力をもつことが示唆されている.そのため,植物の CO2 応答に関するモデル推定に残されたこのような不 確実性を減少させることは,気候変動予測の精度を高め るうえで優先度の高い課題として浮かび上がっているの である.
おわりに
植物の高CO2 応答は,本シリーズで見てきたように 分子・遺伝子スケールから生態系・地球スケールでいろ いろな様相を見せており,その解明には植物生理の包括 的理解につながるだけでなく,地球温暖化の予測にも直 結する重要性がある.筆者ら広域スケールを対象とする 研究者は,ともすればデータ解析とコンピュータ計算の
世界に閉じこもりがちになるが,少しでもモデル構造を 精緻化しようとすると,現場の植物から得られる知見の 必要性を痛感することになる.たとえば,本シリーズで 何度も取り上げられてきたように,植物の高CO2 応答 において,窒素の欠乏は長期的なダウンレギュレーショ ンを引き起こす重要な役割を果たしている.しかし,そ の応答を広域スケールのモデルに導入し信頼性のある予 測を行うには,植物のミクロスケールの理解が不可欠で ある.これまで別個に研究を進めてきた分子・遺伝子ス ケールの研究者と,広域スケールの研究者がコンソーシ アムを組んで研究する機会を得たことは世界的にも画期 的なことであり,科学として新たなステップとなっただ けでなく,今後の地球環境の予測性能を向上させること で社会への貢献が大いに期待できるだろう.
謝辞:本研究は文部科学省科学研究費新学術領域研究「植物の高CO2 応 答」および文部科学省「気候変動リスク情報創生プログラム」の補助を 受けた.
文献
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図4■大気CO2 濃度と炭素循環フィードバック
地球システムモデル “MIROC-ESM” から得られた,CO2‒炭素循 環フィードバック(青)と気候炭素循環フィードバック(赤)の強さ.
それぞれのフィードバックを分離して計測するため,特殊な実験 設定を用いている.大気CO2 濃度は,284 ppmvから毎年1%増加 するシナリオを用いている.縦棒は Arora (2013) から得た も の で あ り,MIROC-ESMを 含 む 計9モ デ ル か ら 得 ら れ た 両 フィードバックの最大‒最小幅を表す(薄灰色:CO2‒炭素循環 フィードバック,濃灰色:気候‒炭素循環フィードバック).大気 のCO2 濃度増加速度が変わる(■:毎年0.5%増加,×:毎年2.0%
増加)と,CO2‒炭素循環フィードバックが大きく変化することが わかる.
プロフィル
伊藤 昭彦(Akihiko ITO)
<略歴>2000年筑波大学大学院生物科学 研究科修了/同年海洋研究開発機構研究 員/2006年から国立環境研究所研究員を へて現在,主任研究員<研究テーマと抱 負>陸域生態系モデルの開発,変動環境下 でのシミュレーション,生態系パラメータ のメタ分析<趣味>読書とサイクリング
飯尾 淳弘(Atsuhiro IIO)
<略歴>2005年岐阜大学大学院連合農学 研究科修了/2006年静岡大学農学部博士 研究員/2010年国立環境研究所特別研究 員/2013年静岡大学農学部特任助教<研 究テーマと抱負>森林の光合成,蒸散プロ セスの調査と,それを組み込んだ樹木のガ ス交換推定モデルの構築,および森林管理 への応用<趣味>コーヒーと読書
羽島 知洋(Tomohiro HAJIMA)
<略歴>2008年東京大学大学院農学生命 科学研究科にて学位取得/日本学術振興会 特別研究員を経た後に海洋研究開発機構
<研究テーマと抱負>陸域の生態系の物質 循環過程を中心とした地球環境全体の相互 作用過程の解明と,数値計算モデルを用 いた地球環境変動予測<趣味>サッカー,
フットサル