教
教員 員養 養成 成系 系大 大学 学の の大 大学 学生 生の の P PC CK K に に関 関す する る研 研究 究
-熟達者による授業の授業参観を通して-
保森 智彦
岡山理科大学教育学部初等教育学科
1.問題と目的
社会の変化が激しい時代を迎え,我が国 の教育は学習者に知識技能を教授する時代 から,学習者自ら課題を発見し解決するた めの資質・能力を身に付けることが重視さ れる時代に入った。学習者自らが自律的な 学びによって資質・能力を獲得することが 求められている1)。また,現職教師の大量退 職が急速に加速しており,この
10
年間で45
歳以上60
歳未満のベテランと呼ばれる 教師が約11
%減少し,反対に35
歳未満の 教師が約10
%増加している2)。このような時代を見据え,文部科学省3)
はこれからの教師に求められる資質・能力 に「探究力」を挙げ,学び続ける学習者の育 成の重要性を示すだけでなく教師自身にも 学び続ける必要性があることを示した。言 うまでもなく,学校現場では若手教師がベ テラン教師から学ぶ機会が減少しており,
教師自身が自律的に学ぶ探究力の重要性が いよいよ高まっている。
そのような中,
Pedagogical Content Knowledge
4)(以下:「PCK
」)に焦点を当 てた教師の省察研究が進められてきた。PCK
とは「授業を想定した内容に関する知 識」と呼ばれ,教師の専門性の中心概念であ り5),授業における「教材内容」「教授方法」に関する知識が関連付けられた複合的知識 である4)。吉崎6)は,
Shulman
4)が提唱した
PCK
を授業中の教師の意思決定の側面 から「授業についての教師の知識領域」を7
領域(1
「教材内容についての知識」2
「教授 方法についての知識」3
「生徒についての知 識」及び「123
のそれぞれの複合部分」)
に まとめており,その中心にあたる部分をPCK
としている。現職教師を対象とした
PCK
研究では,若 手教師が身近にベテラン教師がいなくても,ベテラン教師に見られる適応的熟達が促進 されるための省察マトリクスを用いた省察 法の研究が行われてきた7)8)9)10)11)。
一方,大学生を対象とした
PCK
に関する 先行研究は少ない。例えば,理科教育に関す る研究12)13)や算数教育に関する研究7)が ある。例えば,隅田ら12)は,大学
2
年生に中学 校3
年生用の授業を実施し,イオンを教え ることについてのPCK
測定用テストの検 証を行った。その結果,大学生が中学校3
年 生の授業を実際に受ける介入を通してイオ ンを教えるための内容と教え方を学び,PCK
測定用テストの妥当性と信頼性を明 らかにした。保森7)は,大学1
年生10
名 に熟達者の授業VTR
を視聴してもらい,ポ イントとなる児童が発言した場面でVTR
を一時中断しインタビューした結果をまと めている。その結果,大学1
年のPCK
は3
つの知識が十分関連付いておらず,精緻化されていないことを明らかにした。
このように大学生を対象とした研究はさ れており,幾分,大学生の
PCK
の様相が明 らかになりつつある。しかし,これらの研究 は大学生を対象に,授業参観や授業体験等 の介入後のPCK
が調査されており,それら の介入前の様相は調査されていない。その ため,大学生がもともと持っているPCK
に ついては明らかにされていない。管見の限 りであるが,それらを調査した研究は見当 たらなかった。教員養成系の大学には学校現場での即戦 力となる新人教員の養成が求められており,
そのための教師養成の高度化が求められて いる14)。現在の教員養成系大学では,教職 教養や専門教科の講義や演習が中心であり,
実践力を養う場としては模擬授業や教育実 習程度である。講義の多くは「教科内容・指 導方法・子供」に関する知識が別々に扱われ ており,それら
3
つの知識を関連付け複合 的に学ぶ場は少ないのが現状である。しかし,前述したように,
PCK
を構成す る3
つの知識が関連付けられた複合的知識 は教師の専門性の中心概念であり,現職教 師を対象としてPCK
の違いによって授業 観察や授業中の教師の思考や指導方法等に 違いが生じることも明らかにされている7)8)9)10)11)。このことから,特に教員養成系 大学において大学生を対象とした
PCK
の 調査を行い,その変容の研究を行うことを 通して,教師の実践力や探究力を身に付け るための知見を得ることは重要である。そこで,本研究では以下の2つを目的と する。
(
1
)大学生がもともと持っているPCK
の 実態を明らかにする。(
2
)熟達者の授業を参観することが大学生 のPCK
にどのような影響を及ぼすか を明らかにする。これらの目的を達成することで,今後の
介入研究(熟達者の授業を参観する事によ る
PCK
の変容)の知見を得ることとする。なお,本稿においては,子供についての知 識を含めた吉崎15)の
PCK
を援用し,「教授 方法」「生徒」という文言については,小学 校の学校現場で用いられている「指導方略」「児童」という表記に置き換えて記述する。
2.硏究の方法 2-1 調査の対象
調査の対象は,
A
県内のB
大学教育学部2
年生110
名(A
群)と1
年生50
名(B
群)とし,すべての対象者から承諾を得た上で 実施した。両群とも教育実習の経験はない。
なお,大学の講義の関係上,
A
群は後述す る算数の教材研究を行った後,授業VTR
を 視聴し最終質問に回答した。B
群は最終質 問のみ回答した。2-2 調査の期間
20XX
年7
月及び8
月に実施した。2-3 調査の手続き
調査は以下に示す保森7)の方法を参考に 行った。
まず,表表 11に示す授業
VTR
の視聴前に授 業で扱われる教材について最低限の知識を 与えた。それは,教材に関する知識が全くな い中で授業VTR
を視聴しても,授業のゴー ルが分からないため,授業者の意図推測や 視聴した感想のみに終始してしまう可能性 があるからである。したがって,A
群(2
年)の調査協力者は視聴する授業と同じように 紙を折ったり切ったりする体験をし,紙を 折る回数と紙の枚数を表に表し,規則性を 考え,式表現して一般化した。
次に,
A
群(2
年)は表表 11に示す授業VTR
を視聴し,①〜④に示した4
つのポイント と な る 児 童 の 発 言 場 面 で 筆 者 に よ っ てVTR
を一時中断され,インタビューを受けた。インタビューの内容は次の通りである。
質問
1
「このとき授業者は何を考えてい ると思いますか」質問
2
「もし,自分が授業者だったら,こ のあとどのように授業を展開し ますか」質問
3
「それはなぜですか」なお,質問
1
に対する発話からは,調査 協力者のPCK
に関する教材内容や児童,指導方略についての知識などを引き出すこ とができる。質問
2
と3
は,教授行動の意 思決定及びその理由を求める方法であり 5), 主にPCK
の指導方略に関する知識を引き 出すことができる。特に質問3
は,調査協 力者がなぜその指導方略を選択したのかと いう理由づけが得られるため,調査協力者自身の指導観などの信念についても引き出 すことができる。
最後に,筆者によって次の
3
つの最終質 問が与えられ,回答した。最終質問
1
「算数の学習指導において子 供を理解する上で大事なこ とは何だと思いますか?」最終質問
2
「算数の学習指導において教 材研究をする上で大事なこ とは何だと思いますか?」最終質問
3
「算数の学習指導において教 え方を考える上で大事なこ とは何だと思いますか?」これらの
3
つの最終質問は,PCK
の3
要 素と関連した内容である。B
群(1
年)は大 学生がもともと持っているPCK
の実態を 調査するため,A
群(2
年)が行った事前の 教材研究やVTR
の視聴は行わず,最終質問 のみ実施した。2-4 視聴した授業の内容と一時中断し た場面
視聴した授業は,
C
県内の国立大学附属 小学校の算数の授業である。これはC
県内 の国立大学教員に研究の主旨及び調査の目 的や方法を伝えた上で,算数指導が熟達し た教師の授業として推薦された。授業の内容は第
5
学年の「伴って変わる 量」の発展であった。授業は授業者の発問を 中心に,児童が事象の規則性に気付いてい くものである。児童の反応を事前に予想し て授業を計画し,授業中の児童の反応に即 時的に対応しながら授業を展開していく本 実践は,授業者のPCK
を観察する上で適し ている。この授業VTR
を調査協力者であるA
群(2
年)に観察してもらい,筆者が質問 をし,回答を得た。2-5 分析の方法
分析は,本稿では
KH Coder 3
を使用して計量テキスト分析を行った。このソフト は内容分析及びテキストマイニングを活用 した分析ソフトである。文字表記されたア ンケートの回答文の分析について,自動的 に語句を抽出したり要約したりすることが できる。このことで客観性の高いデータを 取得することができるため,調査の目的に 応じた客観的な分析が可能である。ソフト には共起分析ツールも準備されており,ア ンケートへの回答文から抽出された複数の 語句がどのように関連付いているかを分析 し,図表現することができる。図表現では共 起の強弱によって線や円の大小,色彩濃度 が変化し,該当する語句の頻度が高いほど 円の面積が大きく,円の色が濃いほど中心 的な語句として表現される。分析は語句の 最小出現回数を
2
とした。なお,「子供・子 ども」の表現の違いについては,そのまま学 生の言葉を生かして抽出したが,意味は同 義であるとして分析した。3.研究の結果
3-1 調査結果(最終質問
1
)「算数の学習指導において子供を理解す る上で大事なことは何だと思いますか?」
の結果について,図図 11,,22に示す。この質問
は
PCK
の3
要素のうち「児童理解」に該当 する。まず
B
群(1
年)の結果(図図 11)を見る と,「理解,子ども,授業,把握」といった 語句の出現頻度が高かった。例えば,子ども が授業できちんと理解できているかを把握 するといった回答である。このことから,「授業で子供が理解できているかを把握す ること」が大切だと思う学生が多いことが 分かる。
また,「問題,苦手,持つ,楽しい,教え る」といった語句の出現頻度が高かった。例 えば,問題を考えるのが苦手な児童でも楽 しいと言ってくれるように教えるといった 回答である。このことから,「算数が苦手な 子が楽しくなるように教えること」が大切 だと思う学生が多いことが分かる。
また,「子供,尊重,考え」といった語句 の出現頻度が高かった。このことから,「子 供の考えを尊重すること」が大切だと思う 学生が多いことが分かる。
一方,
A
群(2
年)の結果(図図 22)を見る と,「子供,理解,授業,大事,考える,思 う」といった語句の出現頻度が高かった。例 えば,授業で子供が理解できているかを考 えることが大事だと思うといった回答であ図
図 11
B
群児童理解(1
年) 図図 22A
群児童理解(2
年)る。このことから,「授業で子供の考えや現 状を理解すること,答えより子供の思考過 程を理解すること」が大切だと思うと回答 した学生が多かった。このことからまず教 師自身が児童の学習状況を理解することが 大事であると考えていることが分かる。
また,「子ども,信頼,創造,捉える」と いった語句の出現頻度が高かった。このこ とから,「子供は創造性があると捉え,信頼 すること」が大切だと思う学生が多いこと が分かる。
また,「児童,思考,過程,沿う」といっ た語句の出現頻度が高かった。このことか ら,「児童の思考過程に沿うこと」が大切だ と思う学生が多いことが分かる。
また,「算数,考え,聞く,大切,学ぶ,
答え」といった語句の出現頻度が高かった。
例えば,「算数を学ぶのではなく,算数で学 ぶことが大切である,子供の考えを聞き,答 えを出すことより学んだことが活用できる ようになること」が大切だと思うと回答し た学生が多かった。このことから正答を出 すことより算数によって育てられる資質・
能力,活用力といった観点で子供を理解し ようと認識している学生が多いことが分か る。
児童理解に関して
A
群(2
年)とB
群(1
年)の結果を比較すると,B
群(1
年)は子 供を理解する上で大事なことは,子供が分 かっているかどうか,算数の苦手意識を払 拭するといった「学習の理解度や学習意欲」であると認識しているという点が特徴であ ったのに対し,
A
群(2
年)は「学習の理解 度や学習意欲」よりも,児童への信頼感,児 童の創造性や思考過程の重視」などの児童 観(信念)を多く持っていることが分かっ た。3-2 調査結果(最終質問
2
)「算数の学習指導において教材研究をす る上で大事なことは何だと思いますか?」
の結果について図図 33,,44に示す。この質問は
PCK
の3
要素のうち「教材内容」に該当す る。まず
B
群(1
年)の結果(図図 33)を見る と,「理解,教材,児童,自分,出来る,説 明」といった語句の出現頻度が高かった。例 えば,自分が教材を理解し,児童に説明でき ることが大切だと思うといった回答である。このことから「まず自分が教材を理解し児 童に説明したり教えたり出来るようになる こと」が大切だと思う学生が多いことが分
図
図 33
B
群教材内容(1
年) 図図 44A
群教材内容(2
年)かる。
また,「考える,子供,教える,分かる」
といった語句の出現頻度が高かった。例え ば,子どもに何を教えたり考えさせたりす ればいいのかが分かることといった回答で ある。このことから「子供に何を教えるかを 考えること」が大切だと思う学生が多いこ とが分かる。
また,「学習,指導,要領,教科書,違う,
部分,知る」といった語句の出現頻度が高か った。このことから「学習指導要領を基にし たり,前の教科書との違いを知ったりする こと」が大切だと思う学生が多いことが分 かる。
B
群(1
年)の特徴としては,教材研究を する上で大事なことは,児童に何を教える かという教授する内容を考えることが大事 である認識しているという点である。一方,
A
群(2
年)の結果(図図 44)を見る と,「考える,子供,授業,教材,育てる,見方,考え方」といった語句の出現頻度が高 かった。例えば,この授業で子供のどんな見 方や考え方を育てるのかを考えて教材研究 することが大切だといった回答である。こ の回答文をみると,「知識や見方・考え方な ど子供の何を育てるかを考える,社会の身
近なものにつなげて考える,子供が自発的 に学ぶためにはどうすればいいか考える」
といった回答が多かった。このことから,
「単に教材内容を教えるのではなく, 教 材を通して子供のどのような見方・考え方 を育てるのか」ということが大切だと思う 学生が多いと言える。
また,「教える,教科書,教師,内容,使 う」といった語句の出現頻度が高かった。こ の回答文をみると「教科書を教えるのでは なく,教科書で何を教えるのかを考えるこ とが大事」という回答が見られた。このこと から「単に教科書の内容を教えるのではな く,教科書を通して何を教えるのかを考え ること」が大切だと思う学生が多いことが 分かる。
教材内容に関して
A
群(2
年)とB
群(1
年)の結果を比較すると,B
群(1
年)は教 材研究をする上で大事なことは,児童に教 える内容を考えることが大事であるといっ た「教授内容」を考えることであると認識し ているという点が特徴であったのに対し,A
群(2
年)は「教授内容」よりも,教材を 通して子供のどのような見方・考え方を育 てるのかといった「教材観」(信念)を多く 持っていることが分かった。図
図 66
A
群指導方略(2
年)図
図 55
B
群指導方略(1
年)3-3 調査結果(最終質問
3
)「算数の学習指導において教え方を考え る上で大事なことは何だと思いますか?」
の結果について図図 55,,66に示す。この質問は
PCK
の3
要素のうち「指導方略」に該当す る。まず
B
群(1
年)の結果(図図 55)を見る と,「授業,思う,図,使う,絵」といった 語句の出現頻度が高かった。例えば,授業で は図や絵を使って教えることが大切だと思 うといった回答である。このことから「授業 では絵や図を使って教えること」が大切だ と思う学生が多いことが分かる。また,「意 見,グループ,増やす,交流,人,違う」と いった語句の出現頻度が高かった。このこ とから,教え方を考える際は「グループの人 と違う意見を交流すること」が大切だと思 う学生が多いことが分かる。また,「具体,身近,説明」といった語句 の出現頻度が高かった。このことから,「身 近な具体物を使って説明すること」が大切 だと思う学生が多いことが分かる。
また,「教える,自分,理解」といった語 句の出現頻度が高かった。このことから,
「まず自分が教えることを理解すること」
が大切だと思う学生が多いことが分かる。
これは大学生自身が教える以前の問題意識 として,まず自身が教材を理解しておくこ とが大切であると思っていることを表して いると言える。また同様に,「学習,指導,
要領」といった語句の出現頻度が高かった ことからもその意識が伺える。
B
群(1
年)の特徴としては,教え方を考 える上で大事なことは,絵や図,身近な具体 物を使う,グループ交流を行うといった学 習方法を考えることであると認識している という点である。一方,
A
群(2
年)の結果(図図 66)を見る と,「児童,プロセス,重視,思考,結果,躓く,想定,沿う」といった語句の出現頻度
が高かった。例えば,結果よりも児童の思考 を重視し,躓いた時の思考のプロセスに沿 うことが大切だと思うといった回答である。
このことから,教え方を考える際は「児童の 結果より思考のプロセスを重視すること、
児童が躓くことを想定すること」が大切だ と思う学生が多いことが分かる。
また,「児童,重視,プロセス,想定,思 考,結果,計画」といった語句の出現頻度が 高かった。例えば,児童の反応を予想し,結 果より児童の思考のプロセスを重視して計 画を立てることが大切といった回答である。
このことから,「結果より児童の思考のプロ セスに沿うこと,児童の躓きを想定して計 画すること」が大切だと思う学生が多いこ とが分かる。
また,「答え,学び,発問,過程,意図,
持つ」といった語句の出現頻度が高かった。
例えば,答えを出すだけではなく,学びの過 程を考えて意図を持って発問することが大 切といった回答である。このことから,「答 えより学びの過程を重視し,意図を持って 発問すること」が大切だと思う学生が多い ことが分かる。
また,「実際,説明,見つける,出る」と いった語句の出現頻度が高かった。例えば,
実際に学校の外に出て実物を見つけたりし て説明することが大切といった回答である。
このことから,「実際に出かけたり見つけた りして説明すること」が大切だと思う学生 が多いことが分かる。
また,「予想,考え,意見」といった語句 の出現頻度が高かった。このことから,「事 前に考えを予想しておくこと」が大切だと 思う学生が多いことが分かる。
指導方略に関して
A
群(2
年)とB
群(1
年)の結果を比較すると,B
群(1
年)は教 え方を考える上で大事なことは,絵や図,身 近な具体物を使う,グループ交流を行うと いった「学習方法」を考えることであると認識しているという点が特徴であったのに対 し,
A
群(2
年)は「学習方法」よりも,児 童の思考過程に沿うことや意図を持って発 問することといった「指導観」(信念)を多 く持っていることが分かった。4.考察
4-1 教育実践への示唆
本研究では以下の2つの目的とした。
(
1
)大学生がもともと持っているPCK
の 実態を明らかにする。(
2
)熟達者の授業を参観することが大学生 のPCK
にどのような影響を及ぼすか を明らかにする。(
1
)については,B
群(1
年)の結果から,児童理解に関しては児童の「学習の理解度 や学習意欲」を理解することが大事である と認識しており,教材内容に関しては,児童 に教える「教授内容」を考えることが大事で あると認識していた。指導方略に関しては,
絵や図,身近な具体物,グループ交流という
「学習方法」を考えることが大事であると 認識していた点が特徴だった。つまり,「児 童に教材を教えるために,いかに分かりや すく教え,児童に理解させたり意欲を高め たりするか」を考えていると推察される。こ の教授型の意識は恐らく中学・高校時代に 高校受験・大学受験に向けて学習経験を積 む中で形成された
PCK
であると推察でき る。恐らくこのような
PCK
を持つ大学生に 対してPCK
に変容をもたらすような講義 や演習等をしなければ,「先生という仕事は 教科書の内容を分かりやすく教授する(教 え授ける)ことである」と捉えたまま学校現 場に赴任する可能性が高い。そして,恐ら く,中学・高校時代に形成されたPCK
は現 職教師となっても持続し続け,同僚教師や 先輩教師などからPCK
を変容させるよう な影響を受けない限り,経験年数とは無関係に持ち続けると推察される11)。
文部科学省1)が示すように,変化が激し い時代を迎え,我が国の教育は学習者に知 識技能を教授する時代から,学習者自ら課 題を発見し解決するための資質・能力を身 に付けることが重要視される時代に入った。
さらに資質・能力を学習者自らが自律的な 学びによって獲得するための教師の指導力 が求められている。そのためには,教員養成 系 大 学 に お い て 時 代 に 対 応 す る た め の
PCK
を育成しておく必要がある。(
2
)については,A
群(2
年)の結果から,児童理解に関しては「学習の理解度や学習 意欲」よりも「児童への信頼感,児童の創造 性や思考過程の重視」などの児童観(信念)
を有しており,教材内容に関しては「教授内 容」よりも「どのような見方・考え方を育て るのか」といった教材観(信念)を有してい た。指導方略に関しては「学習方法」よりも
「児童の思考過程に沿うことや意図を持っ て発問すること」といった指導観(信念)を 有している点が特徴だった。つまり,「この 教材で児童はいかに考えるか,教師はいか に児童の思考過程に沿いながら児童の見 方・考え方を育てるかといった観点で教材 を理解し指導方法を考える。児童の創造性 を信頼する。」と考えていると推察される。
A
群のB
群との大きな差異はPCK
が単 なる知識として深化しただけはなく,それ を支える信念が形成されているという点で ある。これは,熟達者の授業参観を通して,経験年数の異なる教師の授業参観の思考の 違いを知ることにより,自身の既有の知識 にはない新しい次元にある知識に触れたこ とが要因ではないかと推察できる。そのた め,前述のような
PCK
を有したものと推察 される。これは,言うまでもなく文部科学省1)。が目指すこれからの教員像に近付いてい ると言えるだろう。
(
1
)(2
)の結果から,本研究で使用した硏究の手法は,教員養成系大学においてこ れからの教員に求められる資質・能力を育 成する上で有効な手段であると推察される。
本研究では調査対象を
A
群とB
群とした が,対象を同一の大学生とし,講義に本手法 を導入することによって,導入前後におけ る比較を通して,大学生に自己のPCK
や信 念の変容を自覚させることができるだろう。この自覚が模擬授業を考える際の基盤とな り,授業を実践することでさらに内化され,
実践力を身に付けることが出来ると期待さ れる。
4-2 今後の課題
今後の課題は以下の
2
点である。1点目は,実践化の問題である。前述した ように,本手法を講義に導入することで大 学生に自己の
PCK
や信念の変容を自覚さ せ,模擬授業を考える際の基盤となること が期待されるが,それが模擬授業の立案段 階や実践段階でいかに活用できるか,とい う点について検討されていない。したがっ て,今後は本手法を講義に導入し,導入前後 のデータ収集を通して効果を検証し,改善 を図ることで実践化の問題に取り組む必要 があるだろう。2
点目は,大学生のPCK
の持続性の検討 である。保森 11)は初任教師を対象にPCK
に基づいた省察がPCK
の持続性に有効で あることを明らかにしているが,大学生を 対象としたPCK
の持続性に関する研究は なされていない。本研究では,A
群のPCK
に「この教材で児童はいかに考えるか,教師 はいかに児童の思考過程に沿うか。児童の 創造性を信頼する。」といった特徴が見られ たが,PCK
の持続性は検討されておらず今 後の課題である。A
群に見られたPCK
の獲 得後,実際に模擬授業を経験することで,PCK
がどのように変容するか,さらに模擬 授業の回数と大学生のPCK
にはどのような関係があるかといった点は検討されてい ない。
教員養成系大学において,学校現場で即 戦力となる実践力を身に付けるためには,
PCK
が単なる知識ではなく実践を通して より精緻化され,実行可能なものまで高め ておく必要がある。そのため,今後はA
群 のようなPCK
を構築した後,模擬授業を通 してPCK
の変容を分析することで,授業参 観や模擬授業における省察や指導の視点を 検討するなどの介入の在り方を検討する必 要があるだろう。参考文献
1)文部科学省,幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び 特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策 等について(答申),中央教育審議会,(2016)
2)文部科学省,令和元年度学校教員統計調査(確定値)の 公表について,学校教員統計調査,p 2(2021a)
3)文部科学省,教職生活の全体を通じた教員の資質能力 の総合的な向上方策について審議経過報告,中央教育 審議会,(2011)
4)Shulman, L. S.,Knowledge and Teaching : Foundations of the New Reform. Harvard Educational Review, 57(1), pp 1-22 (1987)
5)佐藤 学,教師の省察と見識一教職専門性の基礎一日 本教師教育学会(編),日本教師教育学会年報,第二号,
日本教育新聞社, pp 20-35 (1993)
6)吉崎静夫,教師の意思決定と授業研究,ぎょうせい,
pp 87-94 (1991)
7) 保森智彦,算数の授業観察時の発話プロトコル分析を とおした教師のPCKの検討,日本教科教育学会誌, 40 (1), pp 1-14(2017a)
8) 保森智彦,マトリクス省察法による中堅教師の発話の 変容の分析,広島大学大学院教育学研究科紀要,第一部,
66,pp 43-51 (2017b)
9) 保森智彦,算数の授業中と省察の発話プロトコル分析 をとおした教師のPCK の検討,日本教科教育学会誌, 41 (1),pp 59-71 (2018)
10) 保森智彦,マトリクス省察法による初任教師の発話
の変容の分析,日本教科教育学会誌,41(4),pp 27- 39(2019)
11) 保森智彦,算数及び他教科における教師によるマト リクス省察法の効果の検証,別府大学短期大学部紀 要,pp 31-42 (2020)
12) 隅田学・坂本延代・中山迅,「ものの溶け方」に関す る大学生と小学校教師の理科授業観,愛媛大学教育実 践総合センター紀要,19,pp 33-40(2001) 13) 古屋光一,PCK(授業を前提とした教材の知識)を育
成する教師教育プログラムの開発とその効果:「化学変 化とイオン」を題材にして,理科教育学研究,53,1, pp 105-121(2012)
14)文部科学省,「令和の日本型学校教育」を担う教師の 養成・採用・研修等の在り方について(諮問),p5(2021b) 15)吉崎静夫,授業実施過程における教師の意思決定,
日本教育工学雑誌, 8(2), pp61-70 (1983)