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化学と生物 Vol. 52, No. 3, 2014新しいトリプトファン代謝経路を放線菌から発見
放線菌由来プレニル化インドールの生合成経路の解明
放線菌は多様な二次代謝産物を生産する産業上重要な 微生物である.ストレプトマイシンやエバーメクチンな ど多くの化合物が放線菌から単離され,医薬品などとし て利用されてきた.近年のゲノム解析の進展によって多 くの放線菌ゲノムも解読されたが,それによって,多く の株が実際に生産している化合物の数よりはるかに多く の数の二次代謝産物生合成遺伝子を有していることが明 らかになってきた.そのような機能未知の生合成遺伝子 群のなかには,新たな代謝経路のための酵素群をコード し,新規化合物の生合成に関与するものが数多く存在す ると期待されるため,近年その解析が盛んに行われてい る.
プレニル化インドールは糸状菌から数多く単離されて おり,抗腫瘍活性などさまざまな活性を示す化合物群で ある.その生合成研究も盛んに行われており,最終産物 の構造多様化を担うプレニル基転移酵素について広く研 究が行われている(1)
.一方で,原核生物である放線菌か
らはプレニル化インドールの単離例は少ない.必然的に それらの生合成経路についての報告も少なく,生合成に おける鍵反応を担うプレニル基転移酵素については,こ れまでに sp. SN-593 からトリプトファン の6位をジメチルアリル化する酵素としてIptAの機能 解析が報告されているのみであった(2)
.
はSN-593 株のゲノム上でトリプトファナーゼ遺伝子などとクラス ターを形成しており,6-ジメチルアリルインドール-3-カ ルバルデヒドの生合成に関与している(図1
-A).IptA
と相同性を示す酵素遺伝子はA3(2) や ATCC 23877など ほかの放線菌ゲノム上にも存在しており, と類似 した構造の遺伝子クラスターを形成することが知られて いた.その一方で,これまで A3(2) にお いてプレニル化インドールの生産は知られていなかっ た.今回,本菌株における ホモログを含む生合成 遺伝子クラスターの解析によって新規プレニル化イン
図1■放線菌に分布するプレニル化インドール生合成遺伝子クラスターと推定生合成経路
破線部分は推定反応.A : sp. SN-593におけるプレニル化インドールの推定生合成経路.B : A3(2) において明ら かにされた生合成経路.
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ドールが同定され,その生合成経路が報告された(3)
.
データベースの検索によって上述の3菌株にとどまら ず10種以上の放線菌に ホモログを含む類似の遺伝 子クラスターが新たに見いだされた.それらには属以外の放線菌も含まれており,多様な放線菌 にプレニル化インドール生合成経路が広く分布している ことが推測された.それらの遺伝子クラスターは構成遺 伝子としてSN-593株のようにトリプトファナーゼ遺伝 子を有するもの(図1-A)と,フラビン依存型モノオキ シゲナーゼ (FMO) 遺伝子を有するもの(図1-B)の2 種に分類することが可能であった. A3(2)
に存在するプレニル基転移酵素遺伝子 は,
FMO遺伝子 と遺伝子クラスターを形成して おり,SN-593株とは異なる新規なプレニル化インドー ルの生産に関与していると期待された.そこで,本遺伝 子クラスターによって生合成される化合物の同定のため に と が A3(2) と近縁 の TK23 に導入された.次いで,
形質転換体の生産物を分析することで,これらの遺伝子 産物によって生合成される化合物が新規構造をもつ5-ジ メチルアリルインドール-3-アセトニトリル (5-DMAI- AN) であることが明らかにされた.
また,SCO7467とSCO7468の組換えタンパク質の機 能解析によって,5-DMAIAN生合成経路の概要が明ら かにされた(図1-B)
.その生合成経路では,始めにプ
レニル基転移酵素であるSCO7467がトリプトファンの5 位にジメチルアリル基を付加して5-ジメチルアリルトリ プトファン (5-DMAT) が生成する.この5-DMATは,SCO7468によって5-ジメチルアリルインドール-3-アセ タルドキシム (5-DMAIAOx) へと変換される.化学合 成した反応中間体を用いた実験によって,この反応がト リプトファン骨格のアミノ基の2回の水酸化反応と,そ れに続いて起こる脱水・脱炭酸によって進行することが 示唆された.同様の反応は植物由来のCYP79に分類さ れるシトクロムP-450によって触媒されることがこれま でに報告されていたが(4)
,SCO7468のようにFMOに
よって触媒される例は知られていなかった.5-DMAIA- Oxは 脱 水 反 応 を 受 け る こ と で 最 終 産 物 で あ る 5-DMAIANへと変換されうるので生合成における中間 体であると推測されるが,その脱水酵素の同定には至っ ていない.以上のように,放線菌に広く分布しているプレニル化
インドールの生合成遺伝子クラスターの機能解析によっ て,トリプトファンのプレニル化によって開始される新 たな代謝経路の概要が明らかにされた.各遺伝子クラス ターにはプレニル基転移酵素やトリプトファナーゼ,
FMOが共通して存在するが,これらの酵素によって生 じた化合物の代謝は菌株ごとに異なり最終産物の構造に は多様性が見受けられる.今回単離された 5-DMAIAN のようなニトリル体以外にも,オキシム体や6-プレニル トリプトフォールなどが単離されていることからも最終 産物の構造多様性は示唆される(5)
.今後の研究によって
さらなるプレニル化インドールが発見されることを期待 したい.インドール骨格を有する化合物には,植物ホル モンのオーキシンとして知られるインドール酢酸や,セ ロトニンなど生物の生理機能に深くかかわる化合物も多 く知られているため,プレニル化インドール類にも何ら かの生理活性が期待される.また,糸状菌由来のイン ドールプレニル基転移酵素の多くは基質特異性が広いた め,それを利用してさまざまなプレニル化化合物が合成 されている(6).放線菌由来のIptAもさまざまなイン
ドール類をプレニル化可能であることが示されており,生物活性を示すプレニル化化合物合成のツールとしての 放線菌由来プレニル基転移酵素の拡充も待たれる.
1) S. Li : , 27, 57 (2010).
2) S. Takahashi, H. Takagi, A. Toyoda, M. Uramoto, T.
Nogawa, M. Ueki, Y. Sakaki & H. Osada : , 192, 2839 (2010).
3) T. Ozaki, M. Nishiyama & T. Kuzuyama : , 288, 9946 (2013).
4) M. D. Mikkelsen, B. L. Petersen, C. E. Olsen & B. A.
Halkier : , 22, 279 (2002).
5) J. M. Sánchez López, M. Martínez Insua, J. Pérez Baz, J.
L. Fernández Puentes & L. M. Cañedo Hernández : , 66, 863 (2003).
6) N. Steffan, A. Grundmann, W. Yin, A. Kremer & S.
Li : , 16, 218 (2009).
(尾崎太郎
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1, 2,葛山智久 *
1, *
1東京大学生物生産工 学研究センター,*
2現 東京大学大学院農学生命科 学研究科)今日の話題
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化学と生物 Vol. 52, No. 3, 2014プロフィル
尾崎 太郎(Taro OZAKI)
<略歴>2008年東京大学農学部生物生産 科学課程生命化学専修卒業/2010年同大 学大学院農学生命科学研究科応用生命工 学専攻博士前期課程修了/2013年同大学 大学院農学生命科学研究科応用生命工学専 攻博士後期課程修了,博士(農学)取得/
2010 〜 2013年日本学術振興会特別研究員
(DC1)/2013年東京大学大学院農学生命 科学研究科応用生命工学専攻特任助教,現 在に至る<研究テーマと抱負>放線菌に数 多く見つかる休眠生合成遺伝子群の活性化 機構の解明とそれを応用した新規化合物や 新規代謝経路の探索<趣味>観劇,読書
葛山 智久(Tomohisa KUZUYAMA)
<略歴>1990年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1992年同大学大学院農学系研究 科農芸化学専攻修士課程修了/1995年同 大学大学院農学生命科学研究科応用生命 化学専攻博士課程修了,博士(農学)取 得/1994 〜 1995年日本学術振興会特別研 究員(DC2)/1995年東京大学分子細胞生 物学研究所助手/2003 〜 2004年文部科学 省長期在外研究員(甲種)(米国The Salk Institute for Biological Studies)/2004年 東京大学生物生産工学研究センター助教 授/2007年同大学生物生産工学研究セン ター准教授,現在に至る<研究テーマ>微 生物の生産する複雑な構造をもつ天然有機 化合物の生合成マシナリーの解明<趣味>
旅行,ドライブ