年少者日本語教育実践研究 報告日 2004年8月19日
日本語初級レベルの年少者に対する支援のあり方
実践報告者:尹 菊姫
名前 M君
在籍学年 小学校6年生
指導開始時の在日期間 1ヶ月
言語環境 韓国語
家庭内言語 韓国語
言語使用状況 難しい漢語の語彙はまだ足りない。
日本語
[JSLバンドスケール]
子どもの様子 活発で明るい子です。数学が得意です。集 中力が少し足りないですが、熱意は見せて います。
今までの支援の有無 なし
測定日 聞く 話す 読む 書く 5.19 1 1 2 1 7.14 3 3 3 3
実践の概要
期間 2004年5月19日〜7月14日(9回)
時間 毎週水曜日 3・4限、10時〜11時45分、20分の休み時間を 含む
形態 取り出し
目標 日本語に聞きなれること、日本語に親しめること
実践報告
本実践報告では指導する当時、日本に来たばかりで日本語レベルが初級であったM君に 対する支援のあり方を記録する。授業を始めた5月19日当時のM君との発言からM君はひ らがなは覚えたもののカタカナはまだ学習していないことが分かった。また文章レベルで 話すこと、書くこと、聞くことは出来ない、なので授業中は横になっているとの本人の発 言によって、まず日本語に慣れることを支援する時に念頭に置くことにした。また、数学
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科目が一番得意だということで、本来自身をもっている数学科目を日本語指導と共に生か してあげたいことも支援する際に注目したところだ。
指導内容:
① 6月2日のM君の発言にもよるが、授業中、横になっていたり他のことをして いるということで少しでも授業に集中する姿勢が身につけられるように「授業記録ノート」
を作り、授業で聞いたことや黒板に書かれていることを韓国語あるいは日本語で書いてみ ることにした。そのノートに書かれた記録を「取り出し」で検討する。
② その他に得意な科目である「数学」の教科内容をドリルを使って読んだり、それを訳す ことで、問題が求める答えは何かを考える学習を行った。
→ 目標 : 日本語の読み・書きの練習をすることで日本語と親しくなること。
その他、相手が話す日本語をよく聞いて書けるようにすること。
(→ 授業記録ノート使用)
得意な数学科目を日本語指導と共に生かすこと。
(→数学ドリル使用)
5月19日 (水)
3限:M君と初めて会う日である。相談室へ入り、お互いの自己紹介や趣味について話した。
M君はひらがなの読み書きには問題ないが、カタカナがまだ覚えられていないこと や漢字は難しいし、今はひらがなだけで精一杯と言っていた。日本語を接するのは マンガを見るときだが、意味は分からない。得意な科目は数学と運動である。今、
学校で行われている数学の進度は自分には簡単だというが、文章のでる問題はその 意味が分からないため解くことができないという。その他、理科の時間に行う実験 がとても楽しいと言っていた。中学校へ進学した後の成績や、中学に入るためには 日本語検定試験2級が必要だという情報を気にしている様子であった。
4限:運動会の練習をしていて、先生の説明を韓国語に訳した。
Ex)タワーをつくる、1段目、2段目、トップ、飛行機、滑り台 一番上にあがる、おおやまをつくる
しかし、翻訳よりも「あれは簡単だ、だれがあれをするの?」と言っていた。自分も参 加したいという意思を表していたように見える。
5月26日(水)
3限、4限:どんな授業がしたいかを本人に聞いてみた。
また、学校生活の中で困っていることなどを聞いてみた。
困っていることは授業の教科内容が理解できないことである。数学のドリル を見ながら、文章で出来ている問題が難しいというところで、M君の得意な 数学を生かすためにドリルを使った日本語指導を行うことにした。
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6月2日(水)
3限、4限:数学ドリルの内容を読み、どんな意味かをさぐり、答えをみつける指導を行 っ
た。
EX)
Q1.A駅からは、東山行きのバスが18分おきに、西川行きのバスが30分おきに発車 しています。午前 7 時に東山行きと西川行きが同時に発車しました。次に同時に発車す るのは何時何分ですか?
→「18分」を「じゅうはちぷん」、「30分」を「さんじゅうぷん」と読んでいた。「分」
の読み方が数字によって違うということを習ったようである。漢字の読み方は知らなかっ たので、ほとんど書いてあげたが、「分」の読み方の区別が出来ていることがわかった。
Q2.たて12Cm,横16Cmの長方形の紙を同じ向きにしきつめて正方形を作りま す。いちばん小さい正方形の1辺の長さは何Cmになりますか?
→読み終わってすぐ「長方形ってなんですか?」、「正方形ってなんですか?」という質問 がでた。韓国語で説明すると、「あ。この答えは2だな。」と答えた。
Q3.いちごが60個、キャラメルが36個あります。この両方を、できるだけ多くの 子供に等分します。いちごもキャラメルもあまりがでないように分けられるのは子供の 数が何人のときですか。
→「いちご」を「りんご」と認識していた。カタカナはあったが、なんとか読んでいる様 子だった。
このように文章で出来ている数学の問題はその意味を知らないと解けないことがある。そ れによって「最大公約数」か「最小公倍数」かの区別ができる。上の問題を読むのは漢字 の振り仮名を使って読めているが、一つ一つの語彙の意味が分からなかったので、翻訳な しでは理解できなかった。なので今回は語彙の意味を韓国語で説明し、知ってるかな?と 思われる語彙はM君に聞いてみた。他に、促音がうまく読めないことが分かった。
※ここで本人から授業中はよく理解できないから横になっているか、他のことをしている という話しを聞き、「授業記録ノート」をつくり、出来る限りのことは聞き、または読む ことで教科内容を記録することを課題として与えることにした。
6月9日(水)
3限:「授業記録ノート」に書かれた内容を検討した。
書かれた科目は「漢字」と「国語」の授業についての記録であった。
「漢字」:同じ音のじゅく語単調(変化のないこと)
短調(短部階のこと)
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「国語」:火星に生命をさぐる。火星になにがあれば生命のおる確率が高くなるか?
海→生命のみなもと 70%
水→海をふくむ
バーチャルウォータ ?
以上のようなことがノートに書かれてあったが、「国語」は語彙の説明をしているうちに「あ
〜こういう授業をしたんだ。なるほど」といった反応を見せた。しかし「漢字」の授業記 録ではどんな漢字を習ったのか分からなかったので、今度からは細かく記録することを指 摘した。
その他、「今日は何日?」という話しがでて、ついたち、ふつか、みっか・・・の読み方を 説明したが、既に認識されていた。「ようか・はつか・ここのか・むいか」がまだ、少し定 着していないが、1日、2日、3日・・・に読み方があることは知っていることが分かっ た。
4限:地震対策のための避難訓練を行った。他の学生は皆、準備してきた頭用のカバーが 用意されていなかったので、戸惑った様子を見せていた。「あの帽子のようなもの、
準備してない?」と聞いたところ、「知らない」と答えた。真剣に避難訓練に取り込 んでいる様子ではなく、楽しんでいた。また、担任の先生とお話しする機会ができ、
M君の担任先生に対する気持ちを伝えた。本人は担任の先生に聞きたいことがあっ ても、聞くことが出来ない。聞いたとしても日本語の答えが返ってくるため理解す ることができないという話をしていたからである。
6月16日(水)
3限、4限−「授業記録ノート」を忘れていたため、算数ドリルを使った日本語指導を行 った。ここでの項目は「平均」である。
EX)
Aはん5人とBはん6人について、50m走の記録を調べたら、Aはん5人の合計は43 秒、Bはん6人の合計は51秒でした。どちらのはんのほうが速いといえますか。
ざるAには8個で460gのたまごが、ざるBには 6 個で330gのたまごが入っていま す。重いたまごが入っているといえるのは、どちらのざるですか。
まさしさんは240ページある本をちょうど 8 日間で読み終わり、288ページある本を ちょうど12日間で読み終わりました。速く読み終えたといえるのはどちらの本ですか。
以上の問題を読み上げ、翻訳はなるべく本人に聞いて、知らない意味や語彙はこちらか ら教えるという方法を用いて指導した。6月2日にも同じドリルを使って指導したが、ここ
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でも思ったことは数学レベルは高いが日本語がそれに追いつけないことであった。少しず つ読むスピードや本文を解釈する感覚がつかめてきたようである。
6月23日(水)
3限、4限:前回に引き続き「授業記録ノート」が書かれていない。次回からは必ず記録 して取り出し授業で検討することを約束した。なので、ここではパソコンを使って自己紹 介をしてみることにした。また、担任先生が休み時間に訪れ、以下の内容を拝見し「頑張 ってるな。よかったな。」と頭をなでると、とても照れながらも喜んでいた。
僕の 名前 (なまえ)は やんじぇむん です。
ぼくは 今 余丁町小学校に かよっています。
僕は 韓国人 です。
僕の しゅみは テコンド です。
テコンドは 韓国が でんとう です。
これは あいてから こうげきを ふせぐため スポーツ です。
ぼくは この 術を ともだちから にげるために つかった。
それは ごしんじゅつ です。
ぼくの 家族は 4人 です。
おとうさん、おかあさん、いもうととぼくです。
線を引いた部分はM君の書いた内容で、その他は指導者の支援によって書かれた文章であ る。この中で驚いたのは「こうげき」という語彙をしっていたことで、「どうやって分かっ たの?」という質問に、カード遊びを通じて分かったと答えた。本人が通っている学校名
「余丁町」を知っていなかった。
趣味の話しを韓国語でしていくうちに、私からの「なんのために習ったの?」、「どんなス ポーツなの?」「これ、どこかでつかった?」という問いに対してとても一生懸命に説明し ていたことが印象的だった。その答えを一つずつ書いたものである。続いて家族の紹介を するところで「僕の人生の中で一番長い文章だ。」と言いながら、集中できない様子であっ た。日本語で考えることはまだ難しかった様子だったので、次はこれを韓国語に翻訳する ことにした。「M君が翻訳者だから、翻訳してみて」と語彙の意味を把握しているかを見る ために行ったものである。翻訳者になった気分で「ここではこの単語を使おうかな?おと うさんをどんな表現にしようかな?パパっていうのは子供っぽいからお父さんと訳そう。」
と言いながら翻訳が終わった。今度使った日本語の意味は把握しているようだった。
6月30日(水)
「授業ノート」を検討した。ノートに記録された内容は以下のようである。
<国語>
ていねい語
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どんなとき使うか どんな言葉かあるか
尊敬語 どんなときに使うか
①聞き手 や ②話題
まず、M君の書いた内容を読み、解釈することから始めた。「ていねい語・尊敬語」は韓国 語に例えて訳し、その他「どんなときつかうか?」という文章では「どんな」という言葉 をわかっていなかったため、「こ・そ・あ・ど」がまだ定着していないことが伺えた。M君 からの発言で「では、店に入るときにいらっしゃいませ。というのもこのことですよね?」
という話しがあったので、「お客様にむかって挨拶をすることだからそうだね。」と答えた が、他の例えをあげたが、難しそうだった。
例えば、申し訳ない、いらっしゃいますか、めしあがります、等 の例
※ ここで、実践の授業でも指摘されたことをM君に確認してみることにした。指摘された ことは、バンドスケールレベルで始めは皆「1」だと書いていたことに対して、よく観 察してみるとそうではないかもしれないという話しがあったからである。そこで、M君 に友達との会話の様子を伺ってみたり、授業中、どれだけのことが聞き取れるかの確認 をしてみた。授業の内容は「先生の話は半分は聞こえるけど半分は聞こえない。でも、
前よりはよくなった。でも分からない言葉がたくさんある。」と答えていた。また「友 達との対話はよく分かるし、理解しやすい。また自分も短い言葉で答えたりもする。例 えば、やろう〜、わかった、うん、あそぼう〜、できない等といった言葉を用いて答え る。」という。ここで、思ったことは私との取り出し授業で韓国語で話すことに慣れて いて、日本語で話すということが恥ずかしいという空気に流れてしまったことである。
そこで、日本語の聞き取りレベルを把握するために日本語でいくつかの質問をした。
( K:私 M:M君 )
K:今日は何時におきました?
M:7じ 20 分(韓国語で)
K:日本語で答えてください。
M:やだ・・・え・・・・(韓国語)7 時20分(日本語)
K:あさごはんはたべました?
M:(うなずく)
K:なにをたべましたか?
M:ぱん(韓国語で)
K:今日は、ちこくした?
M:ちこくじゃない。(韓国語で)
K:日本語で答えてください。なぜ日本語で話せないの?友達とは話すじゃない?
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M:やだ。(笑う)
K:なぜ?
M:ただ。
K:今日の授業は何時におわりますか?
M:1 時におわる。(韓国語で)
K:前、あげた「思い出ぽろぽろ」はみた?
M:全部みないで寝ました。(韓国語で)
K:どういう時には「全部みないでねました」といってもいいです。
M:・・・・
K:おもしろくなかったですか?
M:べつに・・・(韓国語で)
K:でも、M君とても日本語聞けるようになったんだね。
M:それはそうですよ。何ヶ月もたったんですから。(韓国語で)
以上のように聞き取りはほぼ出来ているが、日本語で答えることに慣れていないことが 分かる。友達と遊んでいる様子を伺う限りでは日本語で答えを返していることもあるが、
取り出し授業中、韓国語で話すことに慣れてしまって、日本語で答えることを拒否してい るようだった。でも、初めよりは聞き取りのレベルもよくなっていることが分かった。
7月7日(水)
夏合宿の説明をしていたので、それを通訳してあげるようになった。合宿の会長と副会 長を選んだり、それぞれグループごとに担当を決める時間であった。M君は積極的にグル ープの中でのお話しに入り、副会長をしたいとの意思を伝えたが、他の友達が心配をして いる様子が伺えた。グループごとに渡された一枚の紙に会長、副会長、食当番などを決め、
名前を記入し、担任の先生に渡すようになっていた。
7月14日(水)
授業ノートを検討した。一番たくさん、記録されていた日だった。
(以下、M君の授業記録ノートから)
生き物 いっぱいいる
笑った 感情 生きてないものは 死ぬとはいわない 死んだ ⇒ 命がある
やまなし 一五月 クラムボン 夕べ
クニの行動や様子が分かるところ
つうと銀の色の腹をひるがえして一ぴきの魚か・・・
魚がまたつうともどって下の方へ行きました。上からもどってきて
以上の内容をまず、よみ、解釈した。終わってから夏休みの計画について話し合って授
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業は終了した。夏休みには学校で行く合宿に参加することと、親戚が日本へ来るので、親 戚と遊ぶことを楽しみにしているようであった。また、他の指導教官であるP先生とは日 本語の授業を続けるといって、場所も学校側で提供してくれるという。
取り出し授業を終えて・・・
9回にわたって1時間30分ほどの授業は確かに短く感じられ、あっという間に終わって しまった。今回の取り出し授業で思ったことは指導員であった自分が年少者の日本語教育 についてよく把握していなかったことや、小学生の教科内容を把握していなかったため、
教えるよりは教えられることもあって、どこを基準にして日本語を教えればいいのかとい う点で未熟であったし、漠然としていた。学生の足りないと思うところと上手だと思うと ころを教育の面に加えることはとても難しい。本来、考えていた日本語に慣れるようにす るために、また授業によく参加するために作った「授業記録ノート」を検討するのも、そ の書いたものを読み、解釈することだったので、どれほどの成果があったのかは分からな い。また、得意な算数科目を日本語指導と共に行うことで、M君のもっている数学能力を 生かすということも 9 回の授業だけでは、よく分からない。また、途中の実践報告の場で 指摘されたように「日本語で質問してみること」や「日本語で答えること」を指導員であ る自分が見逃していたため、日本語でコミュニケーションすることがおかしいという空気 を作ってしまったことが振り返ってみると、M君の隠された能力を使うという面で残念な ところだった。確かに母語を用いて日本語を指導するときのメリットは大きい。でも、韓 国語でのコミュニケーションが教員と学生との間で定着すると、日本語を使うことが逆に おかしくなる場合もある。M君の他の日本語指導教官とも主に韓国語で話しているという が、来期、M君を指導する際には日本語で指導できる人がいいと思われる。
バンドスケールレベル
聞く 3 話す 3 読む 3 書く 3
始めの授業で思っていたM君のレベルより、日本語のレベルが高くなっている。4技能 は、授業中の授業ノートを読んだり、数学ドリルを読んで意味を解釈することや、(「読み・
書き・聞く」)授業外の学校生活から伺った様子(「話す」)から計ったレベルである。
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