平成28年4月から農林水産省が始める「知」の集積と活 用の場は,農林水産・食品分野と異分野の知識・技術・アイ ディアを集積し,農林水産・食品産業に新たなイノベーショ ンを創出し,これまでできなかった研究開発を推進するもの で す.こ の 場 は,生 産 者,民 間 企 業,大 学,研 究 機 関,
NGO/NPO,金融機関,公的機関といった多様な関係者が集 い,自由な議論を行う①産学官連携協議会(会員制),プロ デューサーが研究課題の具体化,ビジネスモデルを検討す る,②研究開発プラットフォーム,③研究コンソーシアムの 3層で構成します.これら3層が一体的に機能することで,
応用段階から商品化・事業化につながる研究開発を推進しま す.
農林水産・食品分野における産学連携研究 の現状と問題
これまで,農林水産・食品分野における産学連携研究は,
産学連携の促進と技術開発から実証試験までの切れ目ない支 援と知的財産・研究成果の円滑な移転・橋渡しを行うことと してその推進が図られてきました.その結果,単独の組織で は達成できなかった一定の研究成果が得られてきました.さ らに,異分野の先端技術導入のための研究開発や,民間企業 が主体となった新たな商品化・事業化や普及に対する支援の 導入などにより,産学連携研究の強化が図られてきました.
一方,わが国の農林水産・食品分野の研究開発費は,
2004年をピークに減少傾向にあり,異分野と比較して,民 間企業の研究開発投資も低調な状況にあります.民間の研究 開発投資を促すとともに,選択と集中により限られた資源を 効果的に活用して,確実に成果につなげる必要があります.
他方,オランダなどにおいては,近年,既存の研究分野 や業種の枠を超えた研究開発により,価値ある商品やサービ スを提供し,新たな市場を切り拓く取り組みが活発に行われ ており,農林水産・食品産業の競争力強化につながっていま す(表1).
このため,世界に誇る食の安全と美味しさを実現する技 術と日本の豊かな食文化を活かし,わが国の農林水産・食品 産業の成長産業化を通じて,国民が真に豊かさを実感できる
社会を構築するため,農林水産・食品分野と異分野の新たな 連携により,革新的な研究成果を生み出し,これをスピード 感をもって新たな商品化・事業化に導く,新たな産学連携研 究の仕組みが求められています.
「知」の集積と活用の場のコンセプト・目指 すべき姿
農林水産省農林水産技術会議事務局は,平成27年5月に 各分野の有識者から構成される『「知」の集積と活用の場の 構築に向けた検討会』を立ち上げ,同年9月に基本的な考え 方や具体的な仕組みなどを示した中間とりまとめを公表し,
その後,同年12月に産学連携協議会(準備会)の立ち上げ,
セミナー・ワークショップ,ポスターセッションの試行・実 証を重ね,場の具体的運用のあり方を検討しました(表2, 図1).
1. 基本的な考え方
「知」の集積と活用の場は,農林水産・食品分野と異分野 の融合を図り,スピード感をもって新たな商品・事業を生み 出すため,資質と志をもったあらゆる立場の主体に開かれ,
「人」,「情報(場)」,「資金」の3つがオープンな場となるこ とを目指します.
①「人」のオープン:農林水産・食品分野の関係者に加え,
異分野も含めた産学官の研究者および研究機関,生産者,
金融,消費者,NGO/NPOなどの多様な人材が活躍でき る環境をつくります.
②「情報(場)」のオープン:これまで農林水産・食品分野 および異分野で各組織に蓄積された成果情報を共有する とともに,多様なステークホルダーが活発な情報交流を 行うことができる環境をつくります.
③「資金」のオープン:公的資金のみに限らず,民間資金な どの多様な資金を柔軟かつ戦略的に活用して研究開発を 実施します.
これらの3つを「オープン(Openness)」にすることに よって,「知」の集積と活用の場に参画する者の「協創(Col- laboration)」を促し,わが国の農林水産・食品産業が,国民
農林水産 ・ 食品産業にイノベーションを創出する産学官連携 研究の新たな仕組み“「知」の集積と活用の場”の構築につい て
田中健一
農林水産省農林水産技術会議事務局研究推進課産学連携室長
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
バイオサイエンススコープ
が真に豊かさを実感できる社会の構築および世界に向けて
「貢献(Contribution)」することを基本的な考え方としてい
ます(図2).
「知」の集積と活用の場の3層構造の基本的 役割
「知」の集積と活用の場は,①産学官連携協議会,②研究 開発プラットフォーム,③研究コンソーシアムの3層構造
(図3)で構成します.
①産学官連携協議会:農林水産・食品分野と異分野の幅広い 組織・人材を会員として,会員相互の交流や生産現場か ら消費までに至るさまざまな情報の交換を通じ,イノ ベーションを創出する新たな研究開発グループ(研究開 発プラットフォーム)の形成を促す組織とします.
②研究開発プラットフォーム:産学官連携協議会の会員のう ち,一定の研究領域に関する問題意識や課題を共有し,
既存の研究開発のチームの壁を越えて,プロデューサー 人材(またはチーム)が中心となって,新たな研究開発 の戦略づくりを行うグループとします.
③研究コンソーシアム:研究開発プラットフォームの戦略に 基づいて,専門的なアイディアをもち寄り,革新的な研 表1■イノベーションの創出に関する海外の先行事例
表2■「知」の集積と活用の構築に向けた検討会の構成員
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
究開発を行う研究開発のグループとします.
「知」の集積と活用の場づくりは,図4のような流れで進 めます.
平成28年4月から「知」の集積と活用の場を具体化する ための準備として,平成27年12月に産学官連携協議会(準 備会)を立ち上げ,平成28年3月1日現在,農林水産・食品 産業,電気・精密機械製造業,化学工業など多様な分野から 法人,個人合わせて625の者が入会しています(表3).
「知」の集積と活用の場で想定される研究開 発ステージと当面のテーマ
「知」の集積と活用の場は,大学などで基礎から応用程度 までの研究開発ステージで生み出された技術やノウハウを,
民間企業などの商品化・事業化につなげるまでの間に位置す る部分の研究開発を推進します(図5).
当面推進する研究領域(表4,図6)としては,農林水産 省の政策課題や農林水産研究基本計画を踏まえつつ,①日本 食・食産業のグローバル展開,②健康長寿社会の実現に向け た健康増進産業の創出,③農林水産業の情報産業化と生産シ 図1■「知」の集積と活用の場試行的なセミナー・ワークショップの様子
図2■「知」の集積と活用の場の基本的考え方
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
図3■「知」の集積と活用の場のイメージ
図4■「知」の集積と活用の場づくりの流れ(イメージ)
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
ステムの革新,④新たな生物系素材産業の創出,⑤次世代水 産増養殖業の創出,⑥世界の種苗産業における日本イニシア チブの実現の6研究領域としますが,これ以外の研究領域で あっても将来性の高いものは対象としていきます.
知的財産を含む情報の取り扱い
「知」の集積と活用の場においては,各層において参加者 が事前に知的財産を含めて情報の取り扱いについて十分に理 解したうえで,新たなビジネスモデルが効果的に創出される
ように場の活動が行われることが重要です.このため,3層 のそれぞれの会議や事業の開始前に,知的財産の扱いを参加 者で取り決め,十分に周知することを原則とします.
ただし,国の支援を受けず,会員同士が自己責任,自己 負担で取り組みを行う場合,制限を設けず,協議会はこのよ うな活動を妨げないこととします.
「知」の集積と活用の場の今後5年間の方向
「知」の集積と活用の場の構築に当たっては,28年度予算 において支援事業が講じられており,28年4月以降,「産学 官連携協議会」,「研究開発プラットフォーム」,「研究コン ソーシアム」を順に立ち上げながら,それぞれの活動を支援 していきます.具体的には「研究開発プラットフォーム」
は,プロデューサーの活動費などを最長5年支援します.
「研究開発コンソーシアム」は,既存の各種国の研究開発資 金や民間資金に加え,農林水産省で初めて民間資金を活用す る「マッチングファンド方式(国:2/3以内,民間:1/3以 上)」の研究開発資金を導入し,商品化・事業化の基盤とな る革新的な研究開発(3〜5年)を推進します.
3層が有機的な連携を図り,全体の運営がなされることが 重要で,これらの取り組み全体を総括的に把握する仕組みが 必要とされたことから,第3者で構成される評価委員会が,
協議会と研究開発プラットフォームの活動状況について評価 を行います.5年間の事業において,事業開始後3年目を中 間評価,事業開始後5年目を期末評価と位置づけ,当初目的 の達成度や課題の明確化を図り新たな施策の展開に反映しま 表3■産学官連携協議会(準備会)
図5■「知」の集積と活用の場で想定される研究 開発のステージ
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
表4■当面推進する研究領域(テーマ)
図6■農林水産・食品分野における主な政策と農林水産研究基本計画の重点目標について
日本農芸化学会 ● 化学 と 生物
す(図7).
「知」の集積と活用の場の中長期的視点によ る展開の必要性について
オランダ,ベルギーなど,農林水産・食品産業の産業競 争力を強化している国々では,このような取り組みを開始し てから5, 10, 15年という中長期的な取り組みを通じて,多様 な民間企業や大学・研究機関などの「知」を集積し,優れた 成果を上げることに成功しています.わが国がこのような諸 外国に追いつき,より優れた成果を上げて農林水産・食品産 業の産業競争力の強化を図るためには,スピード感をもった 研究開発を推進しつつ,5, 10, 15年という中長期的な視点を もって「知」の集積と活用の場およびこの場で活躍する研究 人材およびプロデューサー人材を育てていくことが必要で す.このような考え方を踏まえ,平成28年度からの5年間を
「知」の集積と活用の場の第1期と位置づけつつ,さらなる 発展を期するために,継続的な評価と改善を通じて,中長期 的な視野で本施策を推進していくことが必要です.本施策を 推進する国と「知」の集積と活用の場に参画する産学官連携 協議会の会員は,互いにこのビジョンを共有しつつ,この場 がより良いものとなるよう双方が継続的な努力をしていくこ とが必要です.
以下にわが国で進める「知」の集積と活用の場や諸外国 の事例に関する情報へのアクセス先をリストアップしますの で,是非ご覧ください(1〜4).読者の皆様の「知」の集積と活 用の場へのご参加をお待ちしています.
文献
1) 「知」 の 集 積 と 活 用 の 場 に 関 す る 情 報:http://www.
s.affrc.go.jp/docs/knowledge/knowledge/index.htm 2) 海外の事例:オランダのフードバレーに関する情報:
http://www.foodvalley.nl/
3) 海外の事例:ベルギーのフランダースバイオに関する情 報:http://flandersbio.be/
4) 農林水産・食品分野の研究成果,文献等に関する情報:
http://www.agropedia.affrc.go.jp/top プロフィール
田中 健一(Kenichi TANAKA)
<略歴>筑波大学第二学群農林学類/1989年度卒業/1990年農林 水産省入省/2008年生産局園芸課課長補佐(総括)/同年生産局 農業環境対策課課長補佐(総括)/2011年長崎県農林部農政課企 画監/2013年長崎県農林部農産園芸課長/2014年農林水産技術会 議事務局研究推進課産学連携室長<研究テーマと抱負>地方創生 と産学連携研究<趣味>水泳,釣り
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.598 図7■「知」の集積と活用の場の今後5年間の流れ(イメージ)