378 化学と生物 Vol. 55, No. 6, 2017
染色体にリボソーム RNA 遺伝子の無い環境細菌の発見
予想外なゲノム構造と進化
染色体には生存に必須な遺伝子が存在し,親から子へ と安定に受け渡すことで生物は命をつないでいる.細菌 の染色体構造は多様で,通常大腸菌の染色体のように一 つの環状DNAだが,線状染色体や複数染色体も知られ ている.複数染色体では,最大のものは主染色体,それ より小さなものは第二染色体,第三染色体(以下,第 染色体と略)と呼ばれ,細胞周期と同調して複製され,
分配機構によって娘細胞に受け渡される(1).一方,多く の細菌はプラスミドと呼ばれる一般に小さな環状DNA をもち,たとえば薬剤耐性遺伝子のような特定の条件下 で必要となる遺伝子が存在している.プラスミドは染色 体とは独立して自律的に複製し,低コピーだと分配機構 が用いられ,高コピーだと確率的に分配される.
必須遺伝子の有無で染色体かプラスミドかを区別でき るといっても,判断に困ることが多い.そこで慣例的に 用いられてきたのがリボソームRNA(rRNA)オペロン
( )である.rRNAはタンパク質合成を担うリボソー ムの構成要素で,rRNA遺伝子はすべての生物がもつ必 須遺伝子である.主染色体のみ,あるいは主染色体と第 染色体上に1〜15コピーの が分布することは,当然 のことと考えられてきた.しかし最近われわれは,確率 的に分配されうる高コピーレプリコン(9〜10 kb)のみ
に が存在している環境細菌 を
発見した(2)のでここに紹介する.
属 は
α
プ ロ テ オ バ ク テ リ ア 綱科の好気性自由生活型細菌で,大気中の塵 や植物を含むさまざまな環境から分離されているもの
の,その性状はほとんど知られていない.われわれの研 究から,マメ科植物ダイズの根粒共生が破綻すると葉圏 細菌叢が激変し,特に の存在比率が増加す ることが明らかとなっていた(3, 4).マメ科植物が根粒菌 だけでなく葉圏細菌をも制御するという新しい植物‒微 生物相互作用を理解するため, をダイズか ら選択的に分離培養する方法を構築し(5),遺伝的特徴づ けを目的として sp. AU20株のゲノム解読 を行った.
構築したAU20株の完全ゲノムは3.7 Mbの染色体と8 つのレプリコンからなり,リボソームタンパク質をはじ めとするハウスキーピング遺伝子は染色体から見つかっ た が,唯 一 の は9.4 kbの レ プ リ コ ン(pAU20 ) に存在していた(図1A).pAU20 と染色体をつなぐ リードや,相同な配列は見つからないことから,染色体 に挿入される可能性は考えにくい.16S rRNA遺伝子を プローブとするサザンブロッティングを行ったところ,
唯一の が9.4 kbのレプリコンのみに存在することが 証明された.
pAU20 の複製と分配にかかわる遺伝子を調べてみ ると,プラスミド型複製開始タンパク質をコードする と複製起点 が見つかったが,分配にかかわる 遺伝子は見つからなかった.RepAと の構造は,
γ
プロテオバクテリア綱 の高コピープラス ミドpPS10と類似していた.pAU20 のコピー数を定 量PCRで調べたところ,対数増殖期で18コピー存在し,pPS10のコピー数(15コピー)に匹敵することから,
図1■染色体にrRNA遺伝子のないゲノム 構造と進化
A: sp. AU20株のゲノムマップ.
B: 科細菌の16S rRNA遺 伝子による系統樹とゲノム構造の概要.
が存在するレプリコンを推定した株名を黒字 で示す.詳細は文献2.
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pAU20 も確率的に分配されうる高コピーレプリコン であると結論づけた.以上から,AU20株は の無い 染色体と の存在する高コピーレプリコンからなる新 規 の ゲ ノ ム 構 造 を も つ こ と が 判 明 し た.ま た,
pAU20 はレプリコンサイズが小さく,高コピーであ り,分配関連遺伝子が欠如しているという点で既知の が存在するレプリコンと異なり,新しいタイプのレ プリコンであることも明記したい.
もし本ゲノム構造がAU20株のみで見られるならば,
環境中あるいは実験過程で短期的に生じたゲノム構造を 偶然観察している可能性がある.そこで,近縁な
科細菌12菌株のドラフトゲノムを新た に解読し, の存在するレプリコンを推定した.結果 として,AU20株と16S rRNA遺伝子配列が99.3%以上 一致する 4株は,地理的分布や分離源を問 わず,9〜10 kbの高コピーレプリコンのみに を有し ていた(図1B).一方,16Sが97.2%以下の近縁株は染 色体に2〜4コピーの が存在すると推定された.以上 から, の共通祖先において の存在する 高コピーレプリコンの獲得と染色体からの の欠失と いうゲノム再編成が起こることで本ゲノム構造が確立し たという進化的道筋が考えられ,細菌のゲノム進化は予 想以上にダイナミックであることが示された.
本ゲノム構造の生物学的意義を考えてみると,まず遺 伝子量の増加が挙げられる.染色体上の を欠損する ことでコピー数を変化させた大腸菌の研究から, の コピー数が高いほど,環境変化に素早く対応できること が知られている(6). でも同様ならば,先の
研究(3, 4)で見られた存在比率の増加は,本ゲノム構造を
有することが原因の一つかもしれない.ほかの意義とし て, を染色体から離すことで新しい転写制御機構を 得ている可能性や,16S rRNA遺伝子の水平伝播への関 与が挙げられる.
現時点で本ゲノム構造をもつことが判明している細菌 は のみである.2014年11月時点で2,767株 の完全ゲノムを調べたが,本ゲノム構造をもつ細菌は見 つからなかった. が染色体マーカーとして用いられ
てきた歴史を踏まえると完全ゲノムデータベースから見 つからないのは当然とも言える.2016年10月時点では 53門74綱171目386科1,947属39,764株68,915個 の ゲ ノ ムプロジェクトが完了・進行しているので(Genomes Online Database; GOLD),今後,ドラフトゲノムデー タベースから本ゲノム構造を効率的に探索する方法を構 築し,ゲノム構造としての一般性を明らかにすることが 期待される.
(本稿で紹介した研究は,東北大学生命科学研究科に おいて実施し,一部は日本学術振興会特別研究員奨励費 の助成を受けて行われた.)
1) E. S. Egan, M. A. Fogel & M. K. Waldor: , 56, 1129 (2005).
2) M. Anda, Y. Ohtsubo, T. Okubo, M. Sugawara, Y. Naga- ta, M. Tsuda, K. Minamisawa & H. Mitsui:
, 112, 14343 (2015).
3) S. Ikeda, T. Okubo, T. Kaneko, S. Inaba, T. Maekawa, S.
Eda, S. Sato, S. Tabata, H. Mitsui & K. Minamisawa:
, 4, 315 (2010).
4) S. Ikeda, M. Anda, S. Inaba, S. Eda, S. Sato, K. Sasaki, S.
Tabata, H. Mitsui, T. Sato, T. Shinano : , 77, 1973 (2010).
5) M. Anda, S. Ikeda, S. Eda, T. Okubo, S. Sato, S. Tabata, H. Mitsui & K. Minamisawa: , 26, 172 (2011).
6) C. Condon, D. Liveris, C. Squires, I. Schwarts & C.
Squires: , 177, 4152 (1995).
(按田瑞恵,東京大学大学院理学系研究科)
プロフィール
按田 瑞恵(Mizue ANDA)
<略歴>2009年北海道大学農学部生物機 能化学科卒業/2012〜2014年日本学術振 興会特別研究員(DC2)/2015年東北大学 大学院生命科学研究科修了(博士(生命科 学))/2015〜2017年大阪大学微生物病研 究所 特任研究員/2017年4月〜東京大学 大学院理学系研究科生物科学専攻 特任研 究員<研究テーマと抱負>ゲノム情報解析 手法の開発<趣味>スポーツ全般(ソフト ボール,水泳,ジョギング)
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.378
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