熱中症リスク評価や数値モデル検証に関連する屋内熱環境の計測
明星大学 理工学部 環境・生態学系 4年 13T7-031 塩野大和 指導教員 亀卦川 幸浩
1.はじめに
近年、地球温暖化やヒートアイランド現象の影響も あり熱中症患者が増加している。そして、熱中症患者 の特徴として屋内で発症する高齢者が多い。しかし、
これまでは外気温と熱中症患者の関係については研 究されていたが、室温との関係は検討された例は少な く、熱中症発症時の室温は推定するしか方法がない。
また、屋内で発症する高齢者の熱中症患者はエアコン を使用していないケースが多いことが報告されてい る。一方、指導教員の研究グループは都市気象のシミ ュレーションにおいて同時に室温を予測可能な数値 モデルである、WRF-CM-BEMを開発した。このモデ ルは室内での熱中症発症リスクの評価に適用可能と 考えられるが、サブモデルである BEM(ビルエネル ギーモデル)について、電力需要の過大予測や室温予 測精度が未検証である1)という問題がある。
2.先行研究
先行研究2)では、2013~14年の夏季7~9月におい て東京都監察医務院で取り扱った全ての異状死例か ら、死因が熱中症と診断された事例を抽出し、抽出し た事例の性別、年齢、発生日、発生場所、時間帯、家 族構成、エアコン使用状況、生活背景および既住症に ついて調査した。その結果、熱中症死亡者の大部分は 高齢者の屋内発生事例であり、気温が急激に上昇する 中、エアコンの稼働がない状況下で発生していた。独 居者の割合が高く、家族と同居が確認された事例も過 半数が日中独居状態であった。総じて高齢独居者、経 済的困窮者、要介護者など、社会的弱者が熱中症死亡 者の多数を占めているものと考えられた。
一方、亀卦川他1)では、WRF-CM-BEM を2013年 夏季の大阪に適用し、変電所供給区域毎の地域電力需 要量の再現性を実測資料との比較により検証した。そ の結果、WRF-CM-BEMによる地域電力需要量の再現 精度は、業務区域にて誤差10%前後と良好である一方、
住宅地区では誤差40%程度の過大評価であり,住居に 多い建物部分空調を陽に考慮する方向へ BEM を改良 し,更なる精度改善が今後必要と指摘されている。こ の問題を受け、指導教員の研究グループはBEM の改 良に着手した。改良後のBEM を検証する為に、室温 等の建物内熱環境の計測データが必要である。
3.研究目的
以上により、本研究の目的としては熱中症の発症リ スクに関する建物内熱環境の実態を把握するととも
に BEM の検証データを取得すべく、実在する住宅建 築を対象とした室温等の計測実験を実施する。そして、
求められた結果より建物の規模や構造の違いが建物 内熱環境にどのような影響を与えているのかを計測 値の解析を通じ明らかにする。
4.研究手法
(1) WRF-CM-BEMの概要
本研究はWRF-CM-BEMの改良に関連する。このモ
デルは米国で開発が進められているコミュニティ領 域気候モデル WRF に都市気候・建物エネルギーモデ
ルCM-BEMと略記)を組み込んだ連成モデルである。
図1はWRF-CM-BEMの概念図である。WRF-CM-BEM は領域気候モデル WRF によって計算領域の境界条件 (気温、風速などの気象条件)と都市の街区条件や人工 排熱、エネルギーシステムなどの都市パラメータを CM-BEMに入力しCM-BEMからWRFへ境界条件(運 動量、熱フラックス)を入力して、再現される気候に影 響を与え、現状の都市の気候に与える影響を表現する。
図1 WRF-CM-BEM概念図
また、CM-BEM は多層都市キャノピーモデル(以下 CM と略記)と建物エネルギーモデル(以下 BEM と略 記)の連成モデルである。この二つのモデルの間では CM から建物周りの気象条件を出力し BEM に入力、
BEM から建物内部の排熱を出力し CM に入力して建 物からの排熱が建物周りの気候に影響を与えること を表現する。以上によりキャノピー気象に対する建物 側での冷房エネルギー消費の応答と、その結果生ずる 冷房排熱の変動過程をシミュレート可能である。
(2)観測の概要
本研究では、戸建住宅4戸、集合住宅6部屋を対象 に2016年8月中旬より約1か月程度の期間、小型計 測器(T&D社製 RTR-52 + 温度センサTR-5101、T&D 社製 RTR-53A + 温湿度センサTR-3310、黒球温度計
(明星大建築学系より借用))による建物屋内外の熱 環境の連続計測を 10 分間隔で行った。観測対象とし た戸建住宅は、東京都の青梅市・稲城市・品川区と千 葉県流山市に立地する計4戸である。その他に東京大 学柏キャンパス周辺の集合住宅6部屋で測定を行っ た。対象の各住居における空調・非空調スペースにそ れぞれ計測器を設置し測定した。測定結果より測定地 域や建物の違いから出る影響を解析した。測定の際の 注意点として、測器は放射の影響をできるだけ受けな いようにするために壁から60㎝以上離して測定した。
加えて、エアコンの使用時間を把握するためにエアコ ンの吹き出し口にも測器を設置した。以上の測定箇所 の一覧を表1に示す。
表1 戸建・集合住宅における測定箇所の一覧
屋内 屋外
空調部 非空調部 集合住宅 居間+エアコンの
吹き出し口 脱衣所等
戸建住宅
1階(居間)
2階(個室)
+エアコン吹き出 し口
1階(脱衣
所等)
2階(廊下
等)
日陰(雨ど い等)
表1に加え、青梅市と流山市の戸建2戸には日本建 築学会環境基準(*注1)に基づき測定箇所を増やし、室 温の鉛直分布も測定した。
注1)日本建築学会環境基準 AIJES-H002-2008「室内温熱環境
測定基準・同解説(p.21,26)によると、居住域を「床と床上180
㎝の高さの間によって、壁、窓または固定された空調設備から 60㎝離れた鉛直面で囲まれた空間とする」と定義し、測定位置 は「床上110㎝の位置を気温とする。この高さは椅座時には10
㎝および60㎝、立位時の腹部に当たるが、椅座時には10㎝お よび60㎝、立位時には10㎝および170㎝においても測定する ことが望ましい」と記述している。
5.観測結果
解析を通して建築物の構造は築年数が経つほど構 造が古くなり断熱・機密性能が低くなり、室温も高い 傾向にあるのではないか。それにより、室温が外気温 より高い時間帯が多いのではないかとの仮説を立て、
非空調スペースの室温と外気温の比較によりその仮 説の検証を試みた。その検証に関連し、戸建住宅にお いては1階と2階の非空調スペースの比較も行った。
仮説検証の具体的手法として、室温が外気温より高い 時間帯が全時間帯に占める割合を算出した。以降この 割合をAと表す。
A =(xの合計 観測データ数の合計⁄ )× 100
Xは“室温-外気温”を意味し、その値が正ならば1 点、x≦0ならば0点とした。この方法で算出された Aと各建物の竣工年の相関を図2に示す。Aが下がる 部分に注目し考察したところ、断熱性能基準が改正さ れていることがわかり、図2に改正年(↓)を加えた。
図2よりAは省エネ法等により断熱性能基準が改正さ れた事に対応し築浅の建物ほど減少する合理的傾向 を示した。
図2住宅竣工年とAの相関図と断熱性能基準改正年
次に戸建住宅に注目し、1階と2階のAの差を比較 したところ、新基準に改正される毎にAの差が減少し ていることがわかった。一覧を表2に示す。このこと から、基準の改正等から構造が変化し1階と2階のA が減少しているのではないかと推測された。これは、
断熱性・機密性が高い近年の住宅ほど、夏期の室温上 昇が緩和され、2 階への暖気滞留も軽減されているた めと考えられた。
表2 各戸建住宅の竣工年と温度差の比較
6.まとめと今後の課題
今回の解析から築年数が経つにつれて外気温より も室温が高い時間帯が増えていることがわかった。建 物内熱環境が悪くなっているので、築年数が経ってい る住宅はより熱中症対策が必要となることが分かっ た。数値モデルを用いた都市気象の研究では、建物用 途毎に壁体の熱物性等について一定の入力条件を現 在用いている。しかし、本研究では築年数により室温 の振る舞いが異なる事が判明した。このため、今後の シミュレーションによる研究では、計算対象地域の建 築ストックの用途構成のみならず築年数の構成も考 慮した断熱性能等に関わる入力条件の設定が必要と なることが判明した。
7.参考文献
1) 亀卦川他6名, 日射と電力需要の再現性に着目した都 市気象・建物エネルギー連成数値モデルの検証,土木学 会論文集G(2016年6月投稿、改訂中)
2)鈴木秀人(2015), 熱中症死亡者の特徴, 公衆衛生, Vol.79, No.6, pp.384-387
地域 品川区 青梅市 稲城市 流山市 1階と2階のA差 14.3% 11.2% 4.5% 0.9%
竣工年 1986 1997 2004 2014